2017-07-04

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ みちずれ ♪ 牧村三枝子

   みちずれ    唄: 牧村三枝子
 
 
 
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2017-06-09

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 今日の日はさようなら ♪ ダ・カーポ  芹 洋子

今日の日はさようなら     
唄 : ダ・カーポ  芹 洋子
 
 
 
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2017-05-19

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 女心の唄 ♪ バーブ佐竹

女心の唄

 
 

昭和39年(1964)12月に発売になり大ヒットした、、、
 
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2017-04-14

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 夫婦坂 ♪  都はるみ

作詞 : 星野哲郎
作曲 : 市川昭介      
夫婦坂
唄  : 都 はるみ 


 
 

 
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2017-03-30

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 大阪しぐれ ♪  都 はるみ


作詞 : 吉岡 治    大阪しぐれ
作曲 : 市川昭介
 
 
 

都 はるみ、本名、北村春美 (昭和23年(1948)2月22日生まれ)  は、昭和後期の日本を代表する女性演歌歌手である。1964年、「困るのことヨ」で、デビュー、同年 「アンコ椿は恋の花」 がミリオンセラーになる大ヒットとなり、その後も多くのヒット曲を発表しレコード大賞など数々の賞を受賞している日本を代表する女性演歌歌手だ、、、
 
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2017-03-14

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 仰げば尊し ♪ 立川澄人

仰げば尊し
唄 : 立川澄人
 
 
 

今月に入り市内を走っていると卒業式を迎えた学生、生徒、園児、などの姿を目にする。「仰げば尊し(あおげばとうとし)」文部省唱歌で昭和30年代までは「蛍の光」と並ぶ卒業式ソングの定番であったが、現代は卒業式に歌われる歌は下記のごとく色々だそうだね、、時代の流れを感じずにはおれない、、、

合唱曲 「旅立ちの日に」、 
コブクロ 「桜」
森山直太郎 「さくら」
EXILE 「道」
ゆず 「栄光の架け橋」
いきものがかり 「SAKURA]
ZONE 「卒業」
など等

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2017-02-25

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ ふるさとのはなしをしよう ♪ 北原謙二


 

北原謙二(本名:謙太郎)は昭和14年(1939)大阪生まれ。ジャズ喫茶で歌っているところをスカウトされ昭和36年(1961)にレコードデビューしました。「ふるさとのはなしをしよう」は昭和40年(1965)のヒット曲、代表曲は昭和37年(1962)にヒットした「若いふたり」。平成17年(2005)1月26日、虚血性心疾患により死去。享年65歳。
 
作詞: 伊野上のぼる
作曲: キダ・タロー   
ふるさとのはなしをしよう  
唄 : 北原謙二
 

1 砂山に さわぐ潮風                                                    
  かつお舟 はいる浜辺の
  夕焼けが 海をいろどる
  きみの知らない ぼくのふるさと
  ふるさとの はなしをしよう

2 鳴る花火 ならぶ夜店に
  縁日の まちのともしび
  下町の 夜が匂うよ
  きみが生まれた きみのふるさと
  ふるさとの はなしをしよう

3 今頃は 丘の畑に
  桃の実が 赤くなるころ
  遠い日の 夢の数々
  ぼくは知りたい きみのふるさと
  ふるさとの はなしをしよう

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2017-02-09

[hamさんの日本の歌心の歌] 青春時代、ビッグ4そろい踏み

まもなく誕生日を迎え、また一つ歳を重ねる事になる、、
日曜日の昼すぎ、会社の寮の食堂でテレビから流れる 司会の玉置 宏さんの ”1週間のご無沙汰です、、” で始まる 「ロッテ歌のアルバム」 演歌全盛時代で出る歌、出る歌が大ヒットした、女性では仲宗根美樹(川は流れる)、西田佐知子(アカシヤの雨がやむとき)、弘田三枝子(バケーション)、、など等がヒットしていた、私の青春まっただ中だ、あれから半世紀以上が過ぎた、、、

 

青春時代ビッグ4
( 橋 幸男、 舟木一夫、 西郷輝彦、 三田 明 )

そろい踏み、、、
 
 
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2017-01-18

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 春よ来い ♪

作詞: 相馬御風      春よ来い
作曲: 弘田龍太郎
 
 

春よ来い 早く来い
あるきはじめた みいちゃんが
赤い鼻緒の じょじょはいて
おんもへ出たいと 待っている

春よ来い 早く来い
おうちのまえの 桃の木の
つぼみもみんな ふくらんで
はよ咲きたいと 待っている

 
作詞者の 相馬御風 は私の郷里の上越市の隣の新潟県糸魚川市出身である。歌詞に登場する「みいちゃん」とは相馬御風の長女「文子(ふみこ)」がモデルとされている。「じょじょ(草履)」「おんも(そと)」は郷土で幼少の頃に使われた幼稚語で、雪に閉ざされた厳しい越後の冬で春を待ち望む人々の強い思いが伝わってくる。
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2016-12-30

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪夜空のトランペット/夕焼けのトランペット♪ 


夜空のトランペット/夕焼けのトランペット
                  Nini Rosso

 

 
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2016-12-10

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 新潟県民歌 ♪


新潟県民歌

作曲:明本京静
作詞:高下玉衛

 
 
 
(1)世紀明けゆく西北の
   山河新たに旭(ひ)は映えて
   県民二百五十万
   希望に燃えてこぞり起(た)つ
   ここぞ民主の新潟県

(2)五穀の宝庫土壌(つち)肥えて
   尽きぬ越後の野の幸に
   文化産業絢爛(けんらん)と
   花咲き薫るこの繁華(はんか)
   興(おこ)せ自由の新潟県

(3)日本海の若潮に
   弥彦妙高佐渡晴れて
   世界をむすぶ観光の
   絵巻彩(あや)なすわが郷土
   拓(ひら)け詩(し)の国新潟県

(4)越佐の天地玲瓏(れいろう)と
   今ぞ平和の鐘は鳴る
   ああ新しき憲法の
   聖(きよ)き理想を炬(ひ)と翳(かざ)し
   築け栄(はえ)ある新潟県 

新潟県民歌は昭和22年一般公募により制作され、昭和23年3月28日に新潟第一師範学校講堂で発表会が催されました。小学校の低学年ころまでは県民歌を歌いよく耳にしたが、その後はほとんど耳にすることが無くなった、今でも歌詞の1番は耳に焼き付いている、歌詞はちょっと難しいが良い歌だ、広く県民に歌い継がれたら良いと思うんだがね、、、ご当地の大分県には色々と調べたが県民歌というのは無さそうだ。大分県と新潟県は共通点が多い、大分県の面積は6,339平方キロ、新潟県の面積は12,580平方キロ、人口は約119万人と236,5万人と面積、人口ともに新潟県の半分が大分県、両県とも海があり、山があり、田んぼがあり、故郷の近くには温泉もたくさんあり、妙高連山がご当地の九重連山に似ている、新潟県、大分県も食べる物が美味しい、ただ大分県には鱈が無いのが淋しいね、これから鱈の煮つけが美味しいがね、、その代りこちらには一年を通して新鮮な柑橘類が店頭に並んでいるのが嬉しいね、、故郷はこれから厳しい冬を迎えるが、ご当地は昨日も日中は18度を超えていた、今年も残り少しとなった、間もなくこちらに来て4年目の新年を迎える事になる、、、

 
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2016-11-23

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 中の島ブルース ♪ アローナイツ

中の島ブルース

赤いネオンに 身をまかせ
燃えて花咲く アカシアの
あまい香りに 誘われて
あなたと二人 散った街
ああ ここは札幌 中の島ブルースよ

水の都に すてた恋
泣いて別れた 淀屋橋
ほろりと落とした 幸せを
あなたと二人 拾う街
ああ ここは大阪 中の島ブルースよ

会えば別れが つらいのと
泣いてすがった 思い出の
小雨そぼ降る 石畳
あなたと二人 濡れた街
ああ ここは長崎 中の島ブルースよ

 
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2016-11-01

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 故郷(ふるさと) ♪  里山

故郷(ふるさと)
 
 
        
   1)  兎(うさぎ)追いし かの山
       小鮒(こぶな)釣りし かの川
       夢は今も めぐりて、
       忘れがたき 故郷(ふるさと)

   2)  如何(いか)に在(い)ます 父母
       恙(つつが)なしや 友がき
       雨に風に つけても
       思い出(い)ずる 故郷

   3)  志(こころざし)を はたして
       いつの日にか 帰らん
       山は青き 故郷
       水は清き 故郷

 
故郷、新潟の妙高連山の山々が例年よりも遅く雪化粧したと言う、、このメロディーを聞くと何故か幼少期を思い出す。この曲を作詞した高野辰之は現長野県中野市出身である、数年前に斑尾山に登り帰りに高野辰之の故郷を訪ね高野辰之記念館を見学した。 

 兎(うさぎ)追いし かの山
       小鮒(こぶな)釣りし かの川

高野辰之が眺めた かの山 かの川 を眺めていると子供の頃の故郷にそっくりだ、、、
      
 

  1.  
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2016-10-13

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 里の秋 ♪ 川田正子

 
作詞: 斎藤信夫
作曲: 海沼實         
里の秋
唄 : 川田正子
 
 
 
    1 静かな静かな 里の秋
      お背戸(せど)に木の実の 落ちる夜は
      ああ母さんと ただ二人
      栗の実煮てます いろりばた

    2 明るい明るい 星の空
      鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
      ああ父さんの あの笑顔
      栗の実食べては 思い出す

    3 さよならさよなら 椰子(やし)の島
      お舟にゆられて 帰られる
      ああ父さんよ 御無事でと
      今夜も母さんと 祈ります

囲炉裏を囲み、ふるさとの秋を母親と過ごしながら、夜空の下で遠く南の島にいる父親を思い描き、父親の無事の帰りを願う母子の思いを歌っている。この歌を聞くと田舎での幼少期の秋を思い出す。遠い昔の子供の頃だ、夏休みが終わり学校が始まるとイナゴを採りながら学校へ向かう、母親が手拭いを縫って袋を作ってくれ、竹の筒を袋に縛りつけ、採ったイナゴを竹の筒の口から無理やりに突っ込み竹の筒をポン、ポンと叩くとイナゴが袋の中に落ちる、学校に着くころには袋はイナゴで一杯になる。給食の小母さんが大きな鍋でイナゴを茹で、運動場(体育館)に敷いたゴザの上に赤く茹であがったイナゴが積み上げられる、、11月になり稲刈りが終わると近くの田んぼの落穂拾いだ、小学校のグランドに敷いたゴザに拾ってきた落穂を並べて天日干しだ、、それが終わると田んぼに出てイナゴの卵拾いだ、稲の切り株あたりにオレンジ色をしたイナゴの卵がかたまって落ちている、拾って袋に入れて学校に持っていく、結構お金になったようだネ、学校では教材などを買ったのだろう、、

 
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2016-09-14

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 黄色いリボン ♪ ジョニー・ハート楽団

黄色いリボン   ジョニー・ハート楽団

ジョン・フォード監督、ジョン・ウエイン主演のアメリカ映画「黄色いリボン」で唄われたアメリカ民謡だ。軽快なメロディーが何とも良いね、やっとの思いで手にした当時人気のパイオニアーの4CHステレオ、「黄色いリボン」「峠の幌馬車」「戦場にかける橋」などなどの4CHレコードを買いレコードが擦り切れるほど聞いた、若き日の良き思い出だ、、、
 
 

 
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2016-08-31

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ アルプスの牧場 ♪ 灰田勝彦

♪ アルプスの牧場 ♪

      唄: 灰田勝彦 
 
 
 
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2016-08-05

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 川は流れる ♪ 仲宗根美樹

仕事中に民放のラジオを聞いていると懐かしい曲が流れた、リスナーがリクエストした曲だが、ほー、民放でもこんな古い歌謡曲をリクエストする人がいるんだ、、思わずボリュームを上げて聞き惚れた。昭和36~7年ころ大ヒットしてよくテレビなどから流れていた。仲宗根美樹が唄った「川は流れる」だ、橋幸男、吉永小百合の「いつでも夢を」、中尾ミエの可愛いベービー、倍賞千恵子の「下町の太陽」、ダークダックスの「山男の歌」、北島三郎の「なみだ船」などが流行していた、、ちょうど明星ラーメン、リプトンのティーパックが発売された頃だが、私の青春まっただ中で良く記憶に残っている、良き時代だったねー、、、
仲宗根美樹(本名 國場 勝子、くにばかつこ)は昭和19年(1944)6月23日東京生まれであるが両親は沖縄出身で第二次世界大戦の戦火を逃れるため東京に疎開し生まれた。波乱万丈の人生を歩まれたようだが今は確か銀座でクラブを経営されていると思うが、、、

 
 
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2016-07-06

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 夏の思い出 ♪


先月は雨ばかりで観測史上5番目に雨の多い月だったようだが7月に入り今度は連日33度~35度の暑い日が続いているご当地、まだ梅雨明けになっていないんですよ、、
 
  夏が来れば思い出す、♪、♪、♯
夢にまでみた尾瀬ヶ原、尾瀬沼を二泊三日で歩き百名山の至仏山に登り眺めた尾瀬沼(写真)、、、2週間後に北アルプス白馬岳の大雪渓を登り日本最大の白馬山荘に泊まりご来光を拝み蓮華温泉までの縦走、、、夏が来れば思い出す、この曲の作詞者の江間章子さんは我が故郷の新潟県上越市の出身だ、、
 
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2016-06-16

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 花 ♪ 石嶺聡子

作詞作曲 : 喜納昌吉 
唄    : 石嶺聡子          



沖縄地方もいよいよ梅雨明け宣言があった、この曲を聞くと何度か訪れた
美しい沖縄を思い出す、、、


 
 
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2016-05-31

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 丘を越えて ♪ 藤山一郎/明大マンドリン倶楽部

作詞: 島田芳文
作曲: 古賀政男
演奏: 明治大学マンドリン倶楽部    
丘を越えて

 
 
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2016-05-14

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 酒場すずめ ♪ 村上幸子

酒場すずめ    唄: 村上幸子

以前にもアップした事があるんだが、、、
昭和33年(1958)10月21日生まれの村上幸子(本名 鈴木幸子)は新潟県村上市(旧、岩船郡荒川町)出身の演歌歌手であった。1979年「雪の越後を後にして」で歌手デビュー、昭和59年(1984)に発売になった「酒場すずめ」が大ヒットした。歓楽街に出るとあちこちの店から聞こえていた歌で好きな歌だった。1988年に発売になった「不如帰(ほととぎす)」もヒットし始め文化放送のラジオ番組「走れ歌謡曲」のパーソナリティーも務めるようになったが1989年に急性リンパ腫と診断され次第に病状は悪化し平成2年(1990)7月23日31歳の若さで帰らぬ人となった、、、 合掌


 
 
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2016-04-26

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 夢呼ぶ海の歌声 ♪ 白根一男

このたびの熊本大地震で大きな被害が出た熊本県に多くの自衛隊員が災害救助復興支援で派遣され困難な環境の中で活動している。ご当地でもよく災害支援と書いた自衛隊車両を目にするが、先日海上自衛隊の車両を見たがその中に白い体練服を着た数人の隊員の姿が目に留まった。懐かしいなー、、、学生の頃、日曜日になると多摩川での訓練、東京湾でのカッター訓練、そのたびに歌ったと言うか、歌わされたと言うか、 眉あげて 富士を仰ぐ、、、、この歌が映画”眞白き富士の嶺”の主題歌とは知らなかったね、、この歌を知っている人は少ないだろう、、、


作詞:清水みのる
        夢呼ぶ海の歌声
作曲:福島正二
 
 

 
(1) 眉あげて 富士を仰ぐ
        大空は 今日も真澄(ますみ)よ

   流れ来る 汐の香りに
   よみがえる 若き血潮よ

     漕ぎゆけば オールもつ手に
   ほほえみの 瞳かがやく

  (2) 群(むれ)唄う かもめつれて
  コバルトの 海をいざ行こう

夢呼ぶは 島のそよ風
     ささやくは 金の小波(さざなみ)

  君知るや オール持つ手に
  虹立つよ 波のしぶきに

(3) 夕なぎの 海もはるか
  むらさきに 霞む江ノ島

  あこがれを 友と歌えば
  手を振りて 招く人影

      いつの日も オール持つ手に
   若き日の 夢は踊るよ
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2016-04-14

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ バラが咲いた ♪  マイク眞木

作詞、作曲: 浜口庫之助    バラが咲いた
唄: マイク眞木

昭和41年(1966)、フォーク歌手のマイク眞木が歌った「バラが咲いた」 が大ヒットした。フォークソングのはしりであろう、マイク真木の先祖の真木景信は水戸藩に家禄(江戸時代に武士などに支給されていた給与)三千石で仕え、その妻は水戸藩主である徳川頼房(水戸藩の初代藩主で徳川家康の十一男)の十女で徳川光圀の妹にあたる千姫であると言われている。


 
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2016-03-21

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 思い出のアルバム ♪

作詞: 増子とし
作曲: 本多鉄麿     思い出のアルバム 
 

日本の歌100選に選ばれ昭和56年(1981)NHK「みんなの歌」で紹介された、幼稚園児が卒園までの1年の間に起こった出来事を思い出し、卒園して小学1年生になる様子を歌っている。孫も来月から1年生だ、早いもんだねー、、、
 
 
いつのことだか 思いだしてごらん
あんなことこんなこと あったでしょう
うれしかったこと おもしろかったこと
いつになっても わすれない

のことです 思いだしてごらん
あんなことこんなこと あったでしょう
ぽかぽかおにわで なかよく遊
んだ
きれいな花も 咲いていた

のことです 思いだしてごらん
あんなことこんなこと あったでしょう
むぎわらぼうしで みんなはだかんぼ
おふねも見たよ 砂山


秋のことです 思いだしてごらん
あんなことこんなこと あったでしょう
どんぐり山の ハイキング ラララ
い葉っぱも とんでいた

のことです 思いだしてごらん
あんなことこんなこと あったでしょう
もみの木かざって メリークリスマス
サンタのおじいさん 笑
ってた

冬のことです 思いだしてごらん
あんなことこんなこと あったでしょう
い雪の日に あったかい部屋
たのしいはなし ききました

一年じゅうを 思いだしてごらん
あんなことこんなこと あったでしょう
のお花も きれいに咲いて
もうすぐみんなは 一年生

 
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2016-03-07

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 春よ来い ♪

童謡  ♪ 春よ来い ♪

作詞: 相馬御風
作曲: 弘田龍太郎

 
春よ来い 早く来い
あるきはじめた みいちゃんが
赤い鼻緒の じょじょはいて
おんもへ出たいと 待っている

春よ来い 早く来い
おうちのまえの 桃の木の
つぼみもみんな ふくらんで
はよ咲きたいと 待っている
 
 

この曲を作詞した相馬御風(1883~1950)は私の故郷の隣の市、新潟県糸魚川市出身で御風の生家などを訪ねたことがあり、この曲を聞いていると雪深い越後の冬のなか、静かに春を待ち望む光景が目に浮かぶ。この曲に出てくる「みいちゃん」とは相馬御風の長女「文子(ふみこ)」がモデルと言われている。1年前に開業した北陸新幹線の糸魚川駅の発車メロディーになっている筈だが、、、
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2016-02-16

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 四季の歌 ♪ 芹 洋子

四季の歌    唄: 芹 洋子
 
 
 
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2016-02-04

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 早春賦 ♪ NHK東京放送児童合唱団

正月と思っていたら、いつの間にか2月に入り、今日は二十四節気の一つの立春だ。暦の上では今日から春だ、しかし春とは言え寒さ厳しき今日この頃だ、、この曲を作詞した大分県臼杵市出身の吉丸一昌が長野県の大町、安曇野を訪れ安曇野の寒さ、そして暖かさなど早春の情景をうたった歌と言われている。

作詞: 吉丸一昌       
早春賦
作曲: 中田 章
 
 
 

 
春は名のみの 風の寒さや
谷のうぐいす 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず
時にあらずと 声もたてず

 

氷融け去り 葦はつのぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の

 

春と聞かねば 知らでありしを
聞けばせかるる 胸の思いを
いかにせよと この頃か
いかにせよと この頃

 
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2016-01-15

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 恋あざみ ♪ 勝 彩也

  ♪ 恋あざみ ♪  唄: 勝 彩也

 

北海道出身の勝 彩也(かつ あや)さん、昭和45年にテイチクレコードより発売され大ヒットした。あの独特な歌いまわし、声がなんとも味がある、、体調を崩し間もなくテレビなどから姿が見えなくなったので団塊の世代の人くらいしか知らないかね、、、

 
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2016-01-02

[hamさんの日本の歌心の歌] 震災復興支援ソング ♪ 花は咲く ♪

平成27年度も自然災害の多い年であった、尊い命を奪われたり、家屋を失ったり、被害に遭った人々を思うと胸が痛む思いだ。新しい28年は災害の無い平穏な年である事を心から願いたい、、、

平成23年3月11日東日本を襲った大震災から間もなく5年を迎える、18,460人の人々が犠牲となり沢山の方々が家を失い、今なお19万人を超す人々が避難生活を送っておられる、一日も早い復興を祈るのみだ、、、


災害復興支援ソング  ♪ 花は咲く ♪

 
 
 
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2015-12-17

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 夕陽の丘 ♪ 石原裕次郎&浅丘ルリ子

夕日の丘

 
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2015-12-02

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 君だけを ♪ 西郷輝彦

歌謡曲全盛期の昭和39年(1964)この年は日本全国で大きな出来事がたくさんあった。10月10日第18回東京オリンピックが開かれ、東海道新幹線(東京~新大阪)が開業した、ひかりで料金が2,480円、こだまで2,280円だった。東京モノレールが開業したのもこの年だ、6月16日 新潟地震が発生し26名が死亡し大きな被害がでた。カルビーの「かっぱえびせん」、ロッテ「ガーナチョコ」が発売されたのもこの年だ。この年の2月クラウンレコードから彗星のごとく現れた鹿児島県出身の西郷輝彦、「君だけを」が大ヒット、出る曲、出る曲、みなヒットした、橋 幸夫、舟木一夫、も発売になる曲がすべてヒットした「御三家」とはやし立てられた、他にもたくさんの歌手がヒットをとばし、夜ともなればどのチャンネルを回しても(当時は選局はリモコンではなくチャンネルをガチャガチャ回したね)歌番組をやっていた、青春まっただなかだったなー、、、
 
 
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2015-11-17

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 湖愁 ♪ 松島アキラ

先日仕事で県外に行き退屈しのぎにラジオの選局をあちこちとタッチしていたら懐かしい曲が聞こえてきた、松島アキラの「湖愁」だ。半世紀も前の日曜日の午後、寮の食堂のテレビで、玉置 宏さんの名司会で、1週間のご無沙汰でした、、、、、 で始まる「ロッテ歌のアルバム」で初めて聞いた曲、松島アキラの「湖愁」、良い曲だなー、、さっそくレコードを買ってきてレコードプレイヤーを持っている友達の部屋に行き、レコードが擦り切れるほど聞いた、松島アキラ(愛称はスピッツ)東京都出身、昭和36年(1961)9月ビクターレコードから「湖愁」でデビュー、大ヒットした。今はどうされているんだろう、、?
 
 
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2015-10-23

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 青い山脈 ♪ 藤山一郎 奈良光枝

 青い山脈   作詞:西條八十
         作曲:服部良一

石坂洋二郎原作の映画「青い山脈」の主題歌として昭和24年(1949)に発表された曲で、当初は藤山一郎と奈良光枝が歌っていた。「昭和の歌謡曲」「心に残る歌謡曲」「懐かしの歌謡曲」などなどで常に一位の座を占める人気の歌謡曲で老若男女を問わず知らない人はいないだろう、、、

 
 
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2015-10-07

[hamさんの日本の歌心の歌] 世界の三大行進曲

旧友 (Teike 「Alte Kameraden」) 演奏: 陸上自衛隊東部方面音楽隊
1889年にカール、タイケが作曲したドイツを代表する軍隊行進曲である。

 



星条旗よ永遠なれ (Stars and Stripes Forever )
演奏: 日米海軍軍楽隊 

行進曲の神様と呼ばれた、元アメリカ海兵隊音楽隊隊長のスーザが作曲した行進曲の1つで、最もよく知られておりアメリカ合衆国の「国の公式行進曲」(National March)に制定されている。

 



行進曲「軍艦」  (March "Man of War" )
演奏: 海上自衛隊東京音楽隊
明治33年(1900)に瀬戸口藤吉が作曲し「軍艦行進曲」として日本を代表する行進曲の一つであり、以前は必ずと言っても良いほどパチンコ店などでBGMとして流されるなど広く国民に親しまれていた。


 
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2015-09-16

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 坊がつる賛歌 ♪ 芹 洋子

13日に九重連山の西の外れ涌蓋山に登り九重の山々を眺めていると、昨年登った平治岳、今年登った大船山など九重の山々、坊がつる、ミヤマキリシマの素晴らしさを思い出し、ついつい自慢したくなる。来年の6月は平治岳に又登りたいですネ、、、九重の山に登ると「坊がつる賛歌」がしぜんと口からでます、、、
 
 
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2015-09-01

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 高原の駅よさようなら ♪ 小畑 実

先日仕事で県外に行き、お客様を待っている間の退屈しのぎにラジオをあちこち探していると珍しく懐かしい歌声が聞こえてきた、思わず顔がほころびボリュームをあげて口ずさんだね、、子供の頃はまだテレビが無かった、ラジオが唯一の娯楽、NHKラジオ第一放送の「のど自慢」を聞いているとこの、高原の駅よさようなら、 山のけむり、などの曲がよく歌われていた、歳がばれるが懐かしいねー、、、

作詞:  佐伯孝夫
作曲:  佐々木俊一     高原の駅よさようなら       
唄 :  小畑 実


 
 

 

1) しばし別れの夜汽車の窓よ
  云わず語らずに心とこころ
    またの逢う日を目と目で誓い
  涙見せずにさようなら

 

2) 旅のおひとと恨までおくれ
     二人抱(いだ)いて眺めた月を
   離れはなれて相呼ぶ夜は
  男涙でくもらせる

 

   3) わかりましたわ わかってくれた
      あとは云うまい 聞かずにおくれ
   想い切なく手に手をとれば
     笛がひびくよ 高原の駅

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2015-08-16

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 夏の思い出 ♪

夏の思い出 この曲を聞くと尾瀬を思い出す、、、
二年前の7月、夢にまでみた尾瀬を一人で訪ねた、尾瀬ヶ原、尾瀬沼、百名山の燧ヶ岳(ひうちがだけ)そして南にそびえる百名山の至仏山(しぶつさん)も登ると言う欲張った計画であったが、前日までの雨で燧ヶ岳の登山道は危険だから今日は断念した方が良いと言う山小屋の管理人のアドバイスで燧ヶ岳登山は中止としたが、そのかわり尾瀬沼をばっちり散策する事ができた。2泊3日の私の夏の思い出だ、、、

★ 尾瀬の旅 ①     = こちら =
★ 尾瀬の旅 ②     = こちら =
★ 尾瀬の旅 ③     = こちら =


♪夏の思い出♪



 
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2015-07-31

[hamさんの日本の歌心の歌] NHKラジオ 「昼のいこい」 テーマソング

最近はラジオを聞く機会がほとんど無くなったのではないだろうか、私は今の仕事、新米タクシードライバーを始めてか、お客様が乗車していない空車の時は常にラジオを聞いている、聞いていると言ってもハンドルを握っているのでラジオに集中して聞いているわけではない、聞き流しているって感じだな、、この方が余計な事を考えず、運転に集中できるからだ。昼食時は大体おなじ公園でパンとジュースで済ませる、それから座席を倒してNHK第一放送を聞く、ニュースに続いて「昼のいこい」を聞くが、このテーマ曲を聞くと田舎での子供の頃を思い出す。まだテレビの無い子供の頃はラジオが主役、昼前に両親が田んぼから帰りラジオのスイッチを入れる、「昼のいこい」で流れていたテーマソング、昭和20年代から放送されているが昔とちっとも変っていない、作曲家の古関 裕而さんの作曲だ、、、
 
 
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2015-07-18

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 海ゆかば ♪ 伊藤久男

  海ゆかば    唄: 伊藤久男
 
 

若い船員時代、南太平洋のニューカレドニア航路のニッケル鉱専用船に長いあいだ乗船した事がある。日本からニューカレドニアの往復で毎航通る海域のソロモン諸島のブーゲンビル島、ガダルカナル島、パプアニューギニアのラバウルなど太平洋戦争の激戦地である。この海域を通ると夜ワッチ(当直)が終わると真っ暗闇のデッキに出て黙とうを捧げ口ずさんだ曲だ、準国歌と呼ばれるに相応しい曲だ、、、
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2015-07-04

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 涙そうそう ♪ 森山良子 

何度も沖縄を訪れたがこの曲を聞くと沖縄を思い出す、、良い曲だ、、、
 
作詞: 森山良子     涙そうそう
作曲: BEGIN


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2015-06-19

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪港町ブルース♪ 森 進一

♪ 港町ブルース ♪  唄: 森 進一 

1、背のびして見る 海峡を
  今日も汽笛が 遠ざかる
  あなたにあげた 夜をかえして
  港  港 函館 通り雨

2、流す涙で 割る酒は
  だました男の 味がする
  あなたの影を ひきずりながら
  港  宮古 釜石 気仙沼

3、出船 入船 別れ船
  あなた乗せない 帰り船
  うしろ姿も 他人の空似
  港  三崎 焼津に 御前崎

4、別れりゃ三月 待ちわびる
  女心の やるせなさ
  明日はいらない 今夜が欲しい
  港  高知 高松 八幡浜

5、呼んでとどかぬ 人の名を
  こぼれた酒と 指で書く
  海に涙の あゝ愚痴ばかり
  港  別府 長崎 枕崎

6、女心の 残り火が
  燃えて身を焼く 桜島
  ここは鹿児島 旅路の果てか
  港  港町ブルースよ

昭和44年に発売さえた 森 進一の 「港町ブルース」 好きな曲だ、シングルレコードでは最高の売り上げを記録したミリオンセラーだ。 以前にも一度アップしたんだが削除されちゃった。この曲を聞くと昔の船乗り時代を思い出す。苫小牧、室蘭、秋田、新潟、敦賀。舞鶴、宮津、戸畑、博多、長崎、鹿児島、津久見、大分、徳島、新居浜、今治、徳山、岩国、下松、広島、尾道、宇野、大阪、和歌山、名古屋、清水、横浜、東京、君津、鹿島、、、、などちょっと思い出しただけでも色々な町が浮かんでくる。それぞれの港にそれぞれの思い出がある、、、



 
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2015-06-08

[hamさんの日本の歌心の歌] 明大マンドリン倶楽部

明治大学マンドリン倶楽部演奏会
 
 
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2015-05-21

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪みかんの花咲く丘♪

作詞: 加藤省吾
作詞: 海沼 実      みかんの花咲く丘


みかんの花が 咲いている
思い出の道 丘の道
はるかに見える 青い海
お船がとおく 霞(かす)んでる

黒い煙を はきながら
お船はどこへ 行くのでしょう
波に揺られて 島のかげ
汽笛がぼうと 鳴りました

何時か来た丘 母さんと
一緒に眺(なが)めた あの島よ
今日もひとりで 見ていると
やさしい母さん 思われる



雪国生まれの私はミカンは大好きだがミカンの木も花もよくは知らない、縁が有り南の国へ引っ越し、仕事でよくお客さまをお供し市内のある地区へ行くことがある、曲がりくねった急な坂をどんどんと登って行く、別府湾を一望できる素晴らしい景色だ、作詞の加藤省吾は静岡県出身でこのような光景の中で詩を作ったんではないだろうかね。昔はこの辺は一面にミカン畑だったようであるが別荘ができたり住宅もどんどん増えてミカン畑も少なくなったと言うがところどころにミカン畑が存在する。白いミカンの花が咲いている、初めて見るミカンの花だ、作曲の海沼 実は長野県松代町の出身で「音羽ゆりかご会」の創設者として知られている、、、
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2015-05-04

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪夏は来ぬ♪ 東京放送児童合唱

今日は25度を超す夏日、いよいよ暑くなってきたなー! この時期になると思い出す「夏は来ぬ」、作曲の小山作之助は郷土の新潟県上越市の現大潟区出身で、明治29年(1896)に発表されたこの曲は日本の歌百選に選ばれ3月に開業した北陸新幹線、上越妙高駅の発車メロディーになっている、

作詞:佐々木信綱、
作曲:小山作之助       夏は来ぬ
 
 
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2015-04-20

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪今日の日はさようなら♪ 



昭和41年(1966)森山良子が歌い大ヒットした、日本の歌100選に選ばれている、、



   いつまでも絶えることなく
   友だちでいよう
   明日の日を夢見て
   希望の道を

   空を飛ぶ鳥のように
   自由に生きる
   今日の日はさようなら
   またあう日まで

   信じあうよろこびを
   大切にしよう
   今日の日はさようなら
   またあう日まで
   またあう日まで

 
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2015-04-13

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪北国の春♪ 千 昌夫


九州のご当地では桜の花もすっかり散り完全に葉桜となったが木々は芽吹き新緑の季節となった。ニュースによれば桜前線もだいぶ北上し北国の本格的な春ももうすぐだろう、、2011年3月11日東北の大災害から4年が過ぎ復興も進んでいると聞くが、家を失い家族を失い、まだ仮設住宅暮らしの人々も多くおられると聞き胸が痛む思いで、一日も早く本当の春がくるよう祈るばかりだ、、、十数年前に取引先メーカーの工場見学で岩手県の千厩(せんまや)、陸前高田市、宮古市を訪れた事がある、陸前高田市ではご当地出身の歌手、千 昌夫さんが関与していたホテルに宿泊したが窓からは広大な松原が見渡せたが、災害で奇跡の一本松を残して全滅したと言う、できればもう一度訪ねてみたいものだが、はたして??? 昭和52年(1977)4月発売の「北国の春」が大ヒットし「星影のワルツ」につぐミリオンセラーとなった、、、

 
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2015-04-01

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪春の歌メドレー♪ 由紀さおり&安田祥子


 
今日から4月、卯月(うずき)、April、春本番だ、桜もあちこちで満開の声も聞こえている、ご当地大分もここ2~3日の20度を超す暖かさで一気に開花も進み場所により満開に近いところもある。桜前線も北上を続け、1か月もすれば津軽海峡を越えるだろう。家の近くの堤防の菜の花も綺麗に咲いて目を楽しませてくれる(写真)、街中の街路樹も新芽を吹きはじめている、、春はいいねー、、!  

★ どこかで春が、、 春が来た、、 春の小川、、 花、、
  
唄 由紀さおり & 安田祥子

 
 
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2015-03-16

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 奥飛騨慕情 ♪ 竜 鉄也 

作詞、作曲: 竜 鉄也     奥飛騨慕情
 

1) 風の噂に 一人来て
   湯の香恋しい 奥飛騨路
   水の流れも そのままに
   君はいでゆの ネオン花
   あゝ奥飛騨に 雨が降る
2) 情けのふちに 咲いたとて
   さだめ悲しい 流れ花
   未練残した 盃に
   面影ゆれて また浮ぶ
   あゝ奥飛騨に 雨が降る
3) 抱いたのぞみの はかなさを
   知るや谷間の 白百合よ
   泣いてまた呼ぶ 雷鳥の
   声もかなしく 消えてゆく
   あゝ奥飛騨に 雨がふる

竜 鉄也(本名 田村鉄之助)、昭和11年(1936)1月1日、奈良県吉野郡生まれの全盲の演歌歌手、作詞作曲家、マッサージ師。3歳の時に岐阜県の現在の高山市に引っ越し、中学2年生の時に失明する、マッサージの勉強をし作詞、作曲も手がけ昭和55年(1980)に作詞作曲し歌った「奥飛騨慕情」が大ヒットした。平成22年12月28日くも膜下出血で高山市内の病院で74歳の生涯を閉じた、、、合掌


 
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2015-03-07

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 仰げば尊し ♪ コロンビア合唱団

  仰げば尊し    唄: コロンビア合唱団
 
 

1. 仰げば 尊し 我が師の恩
  教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
  思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
  今こそ 別れめ いざさらば


2. 互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
  別(わか)るる後(のち)にも やよ 忘るな
  身を立て 名をあげ やよ 励めよ
  今こそ 別れめ いざさらば


3. 朝夕 馴(な)れにし 学びの窓
  蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
  忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
  今こそ 別れめ いざさらば

弥生三月は卒業、旅立ちの季節、ご当地でも昨日は県内のほとんどの中学校で卒業式が行われた。卒業式と言えば歌われる曲は「蛍の光」「仰げば尊し」が定番であった。私は小学校も中学校も「蛍の光」を歌ったが最近は歌詞が民主主義的でないとか、文語が難解であるなどの理由からあまり歌われなくなったようだ、卒業生が教師に感謝し、そして学校生活を振り返る内容の歌だが、最近は「旅立ちの日に」「贈る言葉」森山直太郎の「さくら」など、より時代に合った歌が歌われるようだネ、、、
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2015-02-25

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 潮来花嫁さん ♪ 花村菊江

歌謡曲の全盛期であった昭和35年、テレビ、ラジオ、どこかで歌謡曲の番組が放送されていて、よく流れていた曲だ、私も好きな曲でレコードを買ってきて、友達からプレイヤーを借りラジオにつなぎよく聞いた曲だ。

  潮来花嫁さん    唄: 花村菊江

 
 

花村菊江
日本の演歌歌手で本名は伊藤幸子、昭和13年5月20日東京生まれ。昭和31年(1956)「いつも貴方のことばかり」でデビュー、昭和32年「花の奴さん」がヒットし昭和35年(1960)発売の「潮来花嫁さん」が大ヒットした、茨城県潮来市と関係が深く平成17年(2005)潮来市の前川あやめ園に「潮来花嫁さん」の記念碑がたてられた。平成23年9月29日、くも膜下出血で73歳の生涯を閉じた、夫は元プロ野球選手で近鉄、阪神でプレイをした伊藤幸男投手、、、

 
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2015-02-11

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 他人船 ♪ 三船和子

歌手の三船和子(本名 緒方一子)、愛知県一宮市出身、昭和40年作曲家遠藤 実さんのミノルフォンレコードの第1号歌手として「ベトナムの赤い月」でデビュー、翌年の昭和41年に「他人船」が大ヒットした。その後交通事故などの不運もあったが昭和58年(1983)「だんな様」で再デビューし大ヒットした。青春まっただ中の昭和41年、テレビの歌番組では橋 幸夫の「霧氷」、千 昌夫の「星影のワルツ」、マイク真木の「バラが咲いた」、青江三奈の「恍惚のブルース」、高倉 健の「唐獅子牡丹」などがいつも聞こえ、映画では昨年亡くなられた大俳優の高倉 健さんの「網走番外地」シリーズが放映されていた。

他人船     唄: 三船 和子

 
 

 
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2015-01-31

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 浪花節だよ人生は ♪ 木村友衛

作詞: 藤田まさと
作曲: 四方章人      浪花節だよ人生は
唄 : 木村友衛

 
 

「浪花節だよ人生は」は歌手の小野由紀子が昭和51年に唄ったのが最初である、その後、浪曲師の二代目木村友衛がこの歌詞が自分の人生の写しのような気がする、と言う事で作詞家の藤田まさとに直訴し昭和56年(1981)に唄い初め、地道なキャンペーンなどが実を結び徐々に人気が出、細川たかし、水前寺清子など、16人とも17人とも言われる人に唄われ大ヒットした。私は酒場の女の生き様を唄ったのであろうこの曲は、やっぱり木村友衛が歌うのが一番好きだ。歌手は加齢とともに歌い方などが微妙に変化するが、本当は木村友衛が歌い始めたころの歌が好きなんだがブログに埋め込み禁止となっているのでこちらにした、、、   こちらもどうぞ
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2015-01-19

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 木曽路の女 ♪ 原田悠里

木曽路の女
     
    

     唄 : 原田悠里


  

原田悠里
昭和29年(1954)熊本県本渡市(現天草市)生まれ、鹿児島大学教育学部音楽科卒、横浜市の公立小学校に音楽の教師で2年間勤め、歌手の道へ進み昭和57年(1982)6月「俺に咲いた花」でデビュー、昭和60年「木曽路の女」が大ヒットした、、、

 
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2015-01-02

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ お正月 ♪

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2014-12-11

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 蛍 ♪ 松原のぶえ

 

一年前になるが耶馬溪に紅葉見物に行った時に、あの歌手の松原のぶえさんは確か大分県の耶馬溪出身だったと思うが元気なんだろうか、、最近はテレビなどではあまり見なくなった、しかし、あのはりのあるクセのない発声、素晴らしい歌唱力を誇り、女性演歌歌手を代表する実力派歌手の一人であると思うが、不幸にも小さい頃から腎臓障害があり又周囲の環境にも恵まれなかったようだが頑張っていただきたいね、、、ヒット曲の中でもこの ”蛍” が好きだ、、、
 
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2014-11-30

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 古城 ♪ 三橋美智也

先日車の中のラジオから懐かしい曲が流れ思わずボリュームを上げ聞き入った、誰にも思い出の歌があり歌手がいるだろう、青春時代の昭和30年代、美空ひばり、島倉千代子、春日八郎、三波春夫、村田英雄、などと共に一世を風靡した三橋美智也、民謡で鍛えた抜群の歌唱力と美声に魅了された。当時は高度成長時代、激動の青春時代が走馬灯のように頭を通過し、遠く過ぎ去った青春時代がよみがえった。昭和の歌謡曲にはなぜか時代を超えた淡い郷愁をおぼえる、、、
 

昭和5年(1930)11月10日北海道上磯町(現北斗市)生まれの演歌歌手で戦後の日本を代表する歌手の一人、「おんな船頭唄」「リンゴ村から」「哀愁列車」「夕焼けとんび」「ああ大阪城」「あの娘が泣いてる波止場」「リンゴ村から」「おさげと花と地蔵さんと」「おさらば東京」「達者でな」「石狩川悲歌」「星屑の街」、、、などなどヒット曲は数えきれない、全盛期は「三橋で明けて三橋で暮れる」と言われるほどの絶大な人気を得て「みっちー」の愛称で親しまれ18曲ものミリオンセラーを出した、、門下に細川たかし、石川さゆり、さんらがいる。平成7年10月ゴルフ場からの帰りに倒れ、そのまま意識が戻ることなく平成8年(1996)1月8日、多臓器不全のため亡くなった、享年65歳であった。私の脳裏に残る昭和の大歌手は全て他界されてしまった、、、合掌
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2014-11-14

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ さよなら港 ♪ 藤島桓夫

さよなら港   唄 藤島桓夫
 

演歌歌手の藤島桓夫(ふじしまたけお)と言えば「月の法善寺横町」が有名である、しかしこの「さよなら港」を知っている人は恐らく昭和30年代前半以前に生まれた人だろう。昭和2年(1927)10月6日大阪市西成区出身の演歌歌手、昭和25年(1950) 「あゝ東京へ汽車は行く」でデビュー、昭和29年「初めて来た港」がヒットし、その後「帰りの港」「さよなら港」など港シリーズで一世を風靡した。マドロス姿でステージに立つ姿はカッコ良かったなー!晩年になり飲み会の折、カラオケで昔の船員時代を思い出し、この歌を大声で歌い、若い者のひんしゅくをかった思い出がある。昭和35年(1960)「月の法善寺横町」が大ヒットした。平成6年(1994)1月10日に倒れ、2月1日高血圧性脳出血のため死去、享年66歳、勲4等瑞宝章を追贈、、、
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2014-11-01

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 東京ナイトクラブ ♪ 松尾和子・フランク永井

東京ナイトクラブ
唄: 松尾和子・フランク永井

 

作詞:佐伯孝夫 作曲:吉田 正 の名コンビで昭和34年(1959)に発売され大ヒットした。日本のムード歌謡曲の代表作で、デュエットソングとしても人気がある曲だ、、、
 
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2014-10-18

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ おんなの宿 ♪ 大下八郎

青春まっただ中のころテレビでよく歌われていた。歌手の大下八郎さんは秋田県能代市出身で、のど自慢で民謡を歌っている時に関係者の目にとまり作曲家の船村 徹のもとでレッスンをかさね昭和38年(1963)にデビューし翌昭和39年に「おんなの宿」が大ヒットした。

作詞: 星野哲郎
作曲: 船村 徹       おんなの宿

 
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2014-09-26

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ みちずれ ♪ 牧村三枝子

作詞: 水木かおる
作曲: 遠藤 実        みちずれ
 
 
「みちずれ」はもともとは歌手であり俳優の 渡 哲也 が歌った曲らしいんだが、牧村三枝子が渡 哲也に、この曲を歌わせてほしい、と直談判し男っ気のある先輩の渡 哲也が快諾、自分の曲は廃版にして、牧村三枝子が昭和53年の秋に発表、100万枚ちかい売り上げをあげた。ちょうど船員生活に終止符をうち、田舎に帰り商売を始めた時だったが、テレビでよく流れていた、私の好きな曲だ。ほかに「友禅流し」 「夫婦きどり」などがヒットした。
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2014-09-13

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 朝 ♪ 高田彬生、コロムビア合唱団

いつものように今日も仕事、土曜日は暇だ、特に午前中は。中心部にあるトキハ(ときわ)デパート横の一方通行のサンサン通り、デパートが開くまでは人通りもまばらだ、朝の時間帯は商店、デパートへの納入業者のとトラックがたくさん止まっている。ご当地で新米タクシードライバーになって3か月、サンサン通りをゆっくり流していると、朝ーは ふたたーびー、♪♪ 何とも懐かしいメロディーが流れてきた、、時間は10時、そーか、トキハの開店時にこの曲が流れるのか、、、最近はほとんど耳にしないが、幼少の頃ラジオからよく流れていた、思わず車を端に止めて聞き入った、、、 

作詞: 島崎藤村
作曲: 小田進吾          
唄 : 高田彬生、コロムビア合唱団


 
 

1) 朝は再び 此処にあり
   朝は我等と 共にあり
   埋れよ眠り 行けよ夢
   隠れよ さらば小夜嵐

2) 諸羽うち振る くだかけ(鶏)は
   咽喉(のんど)の笛を 吹鳴らし
   きょうの命の 戦闘(たたかい)の
   よそおいせよと 叫ぶかな

3) 野に出でよ 野に出でよ
   稲の穂は 黄にみのりたり
   草鞋(わらじ)とく結(ゆ)え 鍬も取れ
   風に嘶(いなな)く 馬もやれ

 
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2014-08-31

[hamさんの日本の歌心の歌] 低音の魅力 ♪ 男のブルース ♪ 三船 浩

  作詞:藤間哲郎
  作曲:山口俊郎     男のブルース


 
 

昭和30年代だ、フランク永井、神戸一郎、石原裕次郎、などと共に、低音の魅力で一世を風靡した歌手、hamさんの故郷、新潟県の上越市の隣、新井市(現妙高市)出身の歌手、三船 浩(本名 森田肖三)。NHKのど自慢で新潟県代表となり、関東甲信越大会で優勝、全国大会で3位になった実力派だ。スポーツマンでもあり柔道4段の腕前で、名前の三船は講道館の三船久蔵十段からの命名と言われている。昭和31年「男のブルース」でキングレコードからデビューしNHKの紅白にも3回出場し、晩年は日本歌手協会の理事長なども務めたが平成17年7月8日脳梗塞のため死去した。数あるヒット曲でも私はこの曲が好きだ、、、
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2014-08-16

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 黄色いリボン ♪ ジョニー ハート楽団

黄色いリボン  ジョニー・ハート楽団
 


 
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2014-07-27

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 朝はどこから ♪ 桐朋学園大学

作詞: 森 まさる
作詞: 橋本国彦     朝はどこから



 

子供の頃、よくラジオから流れていた曲だ、この曲を聞くとなにか、すがすがしく元気が湧きでてきた記憶がある、、、
昭和21年3月、敗戦で沈んでいた日本を元気づけようと朝日新聞が全国から募集し、たくさんの応募の中から一位に選ばれ、6月にコロンビアレコードから発売された。昭和21年から昭和37年までNHKのラジオ第一放送(JOAK)で放送された歌謡番組「ラジオ歌謡」で放送された。

 
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2014-07-13

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 若者たち ♪ ザ・ブロードサイド・フォー 


 
作詞: 藤田敏雄         若者たち
作曲: 佐藤 勝             
唄 : ザ・ブロードサイド・フォー

昭和41年(1966)映画監督、黒沢 明さんの息子さんの黒沢久雄が大学在学中に3人でフォークグループ「ザ・ブロードサイド・スリー」を結成、その後一人(山口敏孝)が加わり「ザ・ブロードサイド・フォー」と改名し「若者たち」がドラマの主題歌として大ヒットした。みんな歳をとりましたなー、、、

 
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2014-06-27

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪早春賦♪ 国立音楽大学カメラータ・ムジカ合唱団



作詞:吉丸一昌
作曲:中田 章 


1.  春は名のみの風の寒さや
   谷の鴬歌は思えど
   時にあらずと声も立てず
   時にあらずと声も立てず

2.  氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ
   さては時ぞと思うあやにく
   今日もきのうも雪の空
   今日もきのうも雪の空

3.  春と聞かねば知らでありしを
   聞けば急(せ)かるる胸の思いを
   いかにせよとのこの頃か
   いかにせよとのこの頃か

作詞の吉丸一昌は明治16年(1873)、大分県臼杵市で生まれました。東京帝国大学を卒業し、明治41年(1908)東京音楽学校(現東京芸術大学)教授となりました。故郷の臼杵市に吉丸一昌記念館(早春賦の館)が建てられています、大正5年(1916)43歳の若さで没。
吉丸一昌は大正の初めに何度か長野県の安曇野を訪れ穂高町(現安曇野市)あたりの雪解けを待つ風景に感動しこの歌を作ったと伝えられています。
穂高町のわさび農場の近くを流れる穂高川の土手に「早春賦」の歌碑が建っており毎年、雪解けの4月に「早春賦音楽祭」が開かれていると言う。
東京都出身で作曲の中田 章は「夏の思い出」 「小さい秋みつけた」 「雪の降る町」などを作曲した中田喜直の父にあたる。




 

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2014-06-10

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 十代の恋よさようなら ♪ 神戸一郎

                                               十代の恋よさようなら


作詞:石本美由起
作曲:上原げんと                  唄 神戸一郎

1) 好きでならない 人なれど
    別れてひとり 湖に
    悲しく棄てる 男の涙
    ああ十代の 恋よ さようなら

2) 月の渚を さまよえば
    返らぬ夢を 慕うよに
    はぐれて一羽 啼く水鳥よ
    ああ十代の 恋よ さようなら

3) 恋の名残りか むらさきの
    りんどう風に 散る夜は
    瞼に沁みる ホテルの灯り
    ああ十代の 恋よ さようなら


青春まっただ中の頃、テレビの歌番組によく出ていた歌手、、、
いやー、ハンサムだなー、、歌手の神戸一郎(かんべいちろう)、昭和13年(1938)9月7日生まれの神戸市出身、美声と歌のうまさは藤山一郎さんのようだ、との事から「神戸の藤山一郎」から芸名「神戸一郎」となったと言われている。昭和32年(1957)に歌手デビュー「十代の恋よさようなら」が大ヒットしNHK紅白歌合戦にも4回出場し、映画にも多数出演した。歌手を辞めてからは実業家として活躍されていたが本年4月27日、私と同じ病気で亡くなられた、享年75歳、、 合掌




 
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2014-06-04

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ なみだの操 ♪ 宮路オサム


 
    なみだの操     唄 宮路オサム

昭和40年代の後半テレビ、ラジオでよく耳にした歌だ、元「殿さまキングス」のボーカルとしてコミックバンドで活躍しその後、歌謡曲に転向、昭和48年(1973)にだした「なみだの操」が大ヒットした。私の好きな曲のひとつだが、茨城県出身の宮路オサムと言う歌手も好きだ、、、
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2014-05-20

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 中の島ブルース ♪ アローナイツ

 

「中之島ブルース」と言うと内山田洋とクール・ファイブを思い浮かべる、しかし元々は秋庭豊とアローナイツが昭和48年(1973)に札幌市の中之島を舞台にし自主制作したシングル盤である。

6人のメンバー全員が北海道出身で(4人が歌志内出身)歌志内炭鉱の炭坑夫として働きながら社内のアマチュアバンドなどとして活動を行っていた。その後札幌のクラブ歌手となり昭和48年に札幌を舞台とした「中の島ブルース」を自主制作し、有線放送を通じて全国的な人気となり昭和50年、歌詞を大阪、長崎と補作し、内山田洋とクールファイブとの競作と言う形で再発売され一大ヒット曲となった。

当時は外国航路の船員であった、港の酒場に行くと有線放送から、森進一の「港町ブルース」、青江三奈、などと共によく流れていたブルース、好きな曲だ、、、

 

 

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2014-05-04

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 昭和の大歌手

 

子供の頃ラジオからよく流れていた歌、今でもはっきり覚えている。三橋美智也、春日八郎、島倉千代子、残念ながら御三方とも他界されてしまったが今でも唄い語り継がれている戦後の昭和を代表する大歌手だ。

 

三橋美智也

昭和5年(1930)11月10日、北海道函館近郊の上磯町(現北斗市)生まれ。戦後の日本を代表する歌手の一人である、歌手の細川たかしさんは門下生の一人である。民謡歌手であったが昭和30(1955)「おんな船頭唄」で演歌デビュー、その後「リンゴ村から」、「哀愁列車」、「おさらば東京」、「夕焼けとんび」、「古城」、「達者でな」、「星屑の町」、「石狩川エレジー」などなど次々と大ヒットを飛ばし18曲ものミリオンセラーを出し歌謡界黄金時代を代表する男性歌手である。平成8年1月8日65歳にて死去、、

 

春日八郎

大正13年(1924)10月9日、福島県の会津坂下町生まれ。歌手の藤山一郎さんのステージを見て歌手に憧れ東京音楽学校(現東京音楽大学)に学び、下積み生活のすえ「赤いランプの終列車」が大ヒットし、その後「お富さん」、「別れの一本杉」、「あん時ゃどしゃ降り」、「山の吊橋」、「足摺岬」、「長崎のひと」、、などなど沢山のヒット曲を出した。平成3年(1991)10月22日67歳にて死去、、

 

島倉千代子

昭和13年(1938)3月30日、東京都品川区北品川生まれ。子供の頃、長野県松本市に疎開し終戦後、東京にもどり昭和28年(1953)東京高等音楽学校に入学、昭和29年コロンビア全国歌謡コンクールで優勝しコロンビアと専属契約、16歳の島倉千代子が歌手デビューし「この世の花」が大ヒットし、「東京だよお母さん」、「からたち日記」、「あいのさざなみ」、「人生いろいろ」、「逢いたいなあの人に」、「襟裳岬」、「ほんきかしら」、、などなど多数のヒット曲を出したが、華々しい舞台とは反対に保証人で大きな債務を負うなど辛い時期もすごし、又晩年は病に苦しみ平成25年11月8日75歳にて死去、、

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2014-04-18

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ この広い野原いっぱい、 若者たち ♪

 

「この広い野原いっぱい」    「若者たち」

 

作曲が森山良子で昭和42年(1967)にリリースされたフォークソング、小学校の音楽の教科書にも採用され昭和49年(1974)にNHKの「みんなの歌」でも放送された。

 

昭和41年(1966)に ザ・ブロード・サイド・フォーが歌った曲だが元々はフジテレビで放送された「若者たち」の主題歌として制作された曲だ。

 

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2014-04-01

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 信濃恋 ♪ 坂詰晴夫

新潟県長岡市の昔からの友人の坂詰晴夫氏が作詞し歌っている曲です。スナックなどのカラオケにも入っているようです、昔から一緒に飲むとカラオケが始まり当時から歌は上手かったのですが、最近はさらに腕が上がったようです。

 

作詞: 坂詰晴夫

作曲: ノヴァ高橋      信濃恋

編曲: 諏訪利行

 

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2014-03-21

[hamさんの日本の歌心の歌] 選抜高校野球大会歌「今ありて」

春を告げる第86回選抜高等学校野球大会が開幕した。私は昔から高校野球が甲子園で始まると、いよいよ本格的な春だなー、、と感じる。開会式で選手が胸を張って行進する姿をみると、すがすがしく元気をもらえる、開会式の行進と言うと大会歌だ、夏の大会の「栄冠は君に輝く」ほど知られてはいないが、選抜大会の三代目の大会歌「今ありて」も良い曲だ、、、。

 

作詞: 阿久 悠

作曲: 谷村新司      今ありて

 

 

 

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2014-03-03

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 仰げば尊し ♪

3月に入り、あちこちの学校で卒業式を迎え、新たな学校へ、社会人へと巣立っている。卒業式と言うと私は ♪蛍の光♪ ♪仰げば尊し♪ を思い出すが、私は卒業式で歌ったのは「蛍の光」だけだ、寒い木造の運動場で歌の意味も解らず音楽の先生の指導で「蛍の光」の練習をさせられた記憶がある。しかし今は卒業式で「蛍の光」「仰げば尊し」を歌う学校はほとんど少ないと言う。歌詞の言葉が難しい、歌詞の一部が民主的でない、などなどの理由のようである。今は「旅立ちの日に」 「贈る言葉」 「さくら」 などが歌われているようだ。しかしかって日本の植民地であった、台湾では今もこの曲「仰げば尊し」が卒業式の歌として定着しているようである。

 

私はこの曲は作詞者、作曲者不明のスコットランド民謡と思っていたが、最近になり作詞者はアメリカのティシモー・H・ブロスナン(T・H・Brosnan)であることが判明し、作曲者はH・N・Dとしか判明していないが女性であると推測されている、曲名もズバリ Song for the close of school となっていて、まさしく卒業式の歌だ、、、。

 

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2014-02-18

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 早春賦 ♪ NHK東京放送児童合唱団

春は名のみの 風の寒さや、、、、、

 

立春は過ぎたとは言え、南の国も寒い一日でした、、、

しかし春は一歩一歩、近づいて来ています、、、もう少しの辛抱でしょう、

 

           早春賦

作詞  吉丸一昌

作曲  中田 章

 

東京音楽学校の教授だった作詞家の吉丸一昌は大正の初期に長野県安曇野を訪れ、穂高町あたりの雪解け風景に感銘を受けて「早春賦」の詩を書き上げたと言われている。

 

(1)春は名のみの 風の寒さや
   谷のうぐいす 歌は思えど
   時にあらずと 声もたてず
   時にあらずと 声もたてず

 

(2)氷融け去り 葦はつのぐむ

   さては時ぞと 思うあやにく
   今日も昨日も 雪の空
   今日も昨日も 雪の空

 

(3)春と聞かねば 知らでありしを
   聞けばせかるる 胸の思いを
   いかにせよと この頃か
   いかにせよと この頃

 

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2014-01-28

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 新潟ブルース ♪ 黒沢明とロスプリモス

病室の六階の窓からは大分市の歓楽街、都町の灯りが見える、、当時はちょっと大きな町の歓楽街にはキャバレーと言うのがあった。長い航海から帰り日本の港に入ると夜はビシッとスーツを着て、一目散にキャバレーに走った。故郷の今や日本海側最大の都市の新潟市、信濃川にかかる萬代橋の近く、信濃川沿いにキャバレー香港があった。エスカレーターで登り入り口を入るとボーイさんが席に案内してくれた。ホールのまん中には一段高くなったステージがある。少しずつ段になっていて、どのボックス席からもステージが見えるようになっている。やがてウエートレスがやってくる、人気のあるウエートレスは指名が入るといなくなる、又代わりの違ったウエートレスがやってくる、長い時間、席にいてくれるウエートレスは人気のないもてない女性だ、、ちょうど当時人気のあった歌手の西川峰子がステージで歌っていた。しかし、こうしたキャバレーもいつの頃からか見なくなった、、さびしいねー!地方の歓楽街の灯りを見ると新潟の歓楽街、古町、そしてキャバレー香港、美川憲一の新潟ブルース、を思い出す、、、美川憲一の新潟ブルースは見つからなかったので、黒沢明とロスプリモスで、、、。

 

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2014-01-10

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 越のおおはし ♪ 坂詰晴夫

私の友人で新潟県長岡市在住の坂詰晴夫氏が近くを流れる信濃川にかかる 越のおおはし を題材に詩を書き歌っている曲です。

 

作詞: 坂詰晴夫      越のおおはし

作曲: 諏訪利行

 

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2013-12-30

[hamさんの日本の歌心の歌] 日本が誇る「行進曲」

作曲:瀬戸口藤吉   軍艦行進曲(行進曲、軍艦)

作曲:團 伊玖磨   祝典行進曲

作曲:吉本光蔵    君が代行進曲

 

祝典行進曲は昭和34年(1959)、皇太子(明仁親王)、美智子妃のご成婚を祝して作曲された。

 

 

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2013-12-07

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 青い山脈 ♪ 藤山一郎、奈良光枝

作詞:西條八十     青い山脈

作曲:服部良一

唄 :藤山一郎 奈良光枝

 

1、 若くあかるい歌声に
   雪崩は消える 花も咲く
   青い山脈 雪割桜
   空のはて 今日もわれらの夢を呼ぶ

 

2、 古い上衣よ さようなら
   さみしい夢よ さようなら
   青い山脈 バラ色雲へ
   あこがれの 旅の乙女に鳥も啼く

 

3、 雨にぬれてる焼けあとの
   名も無い花もふり仰ぐ
   青い山脈 かがやく嶺の
   なつかしさ 見れば涙がまたにじむ

 

4、 父も夢見た 母も見た
   旅路のはての その涯の
   青い山脈 みどりの谷へ
   旅をゆく 若いわれらに鐘が鳴る

 

第二次大戦敗戦後の日本で、軍国主義の重苦しい空気から解放された喜びを謳歌する、暗い世の中を吹き飛ばす歌が次々と生まれました。代表したのが並木路子さんの『りんごの歌』と石坂洋次郎原作の映画「青い山脈」の主題歌として昭和24年(1949)に発売になり大ヒットした曲だ。藤山一郎・奈良光枝さんが歌った『青い山脈』でした。奈良光枝さんは早く世を去られたため藤山一郎さんが唄われました。

すくなくとも50歳以上の方であれば一度や二度、口ずさんだ曲だろう、幼少の頃、ラジオから流れる歌といっしょによく歌った記憶がある、青春時代を思い出す良い曲ですね、、、。

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2013-11-18

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 酒場すずめ ♪ 村上幸子

私と同じ新潟県出身の女性演歌歌手の村上幸子さん、私の好きな歌手の一人だ、昭和54年(1979)21歳「雪の越後を後にして」でデビューし、昭和59年発売になった「酒場すずめ」が大ヒットした、当時は仕事で高田の仲町などの歓楽街に出かける事が多かったが新潟県出身の歌手と言うこともあると思うが、あちこちからよく聞こえてきた曲だ。昭和63年にリリースされた「不如帰(ほととぎす)」も好きな曲だが、当時の昭和天皇が重体で、歌詞の一部が「時期的に適切な表現でないので、、、」と言うことから放送中止になったと言うエピソードがある。文化放送のラジオ番組の「走れ歌謡曲」のパーソナリティーも務め人気があったが昭和64年(1989)急性リンパ腫と診断され入院したが翌年の7月23日31歳の生涯を閉じた、、合掌

 

作詞 山田孝雄

作曲 四万章人    酒場すずめ

 

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2013-10-31

[hamさんの日本の歌心の歌] 「高田の四季」

私の長い人生の中で故郷を離れた17年間いがいを過ごした上越市、(42年前に旧高田市と旧直江津市が合併して上越市が誕生)10月も今日で終わり、故郷を離れる日まで1週間をきった、外出したついでに高田公園(高田城址公園)に足が向き車で1周してみた。ハンドルを握りながら色々な事が頭をよぎっていった。春は百万人観桜会で賑わい、夏は東洋一のはす祭りで賑わい、秋の外堀の枯れたハスも旅情を誘う、雪化粧の高田城三重櫓も綺麗だ、こんどこの光景を見れるのはいつだろうか、、

 

 高田の四季

 

作詞・作曲 町田太郎

 

1) 高田の春は爛漫と 古城を包む春霞
   ああこの地 我等が故郷
   頸城平の緑を越えて 虹が懸るよ妙高山に

 

2) 高田の夏は爽涼と 日本海の波が呼ぶ
   ああこの地 我等が故郷
   榊神社の森黄昏て 南葉の山に半輪の月

 

3) 高田の秋はさやくして 青田の川に紅葉浮く
   ああこの地 我等が故郷
   杜の都も錦を帯びて 鐘がどよむよあの寺町に

 

4) 高田の冬は霏々として 繚乱香る六つの華
   ああこの地 我等が故郷
   金谷山頭スキーに暮れて 雁木に映ゆる町並灯かり

 

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2013-10-10

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 今日の日はさようなら ♪ 本田路津子

作詞、作曲 金子詔一の 「今日の日はさようなら」(きょうのひはさようなら) は昭和41年(1966)森山良子のヒット曲で 2007年に文化庁と日本PTA全国協議会が、親子で長く歌い継いでほしい童謡・唱歌や歌謡曲など101曲を選定した日本の歌百選に選ばれた曲である。

 

 1) いつまでも 絶えることなく

    友達でいよう

    明日の日を夢見て

    希望の道を

 

 2) 空を飛ぶ 鳥のように 

    自由に生きる

    今日の日はさようなら

    またあう日まで

 

 3) 信じあう よろこびを

    大切にしよう

    今日の日はさようなら

    またあう日まで

    またあう日まで

 

 

 

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2013-10-01

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 赤とんぼ ♪ 由紀さおり 安田祥子

 

今日から10月、越後もすっかり秋らしくなってきたこの頃、米どころ頸城平野も稲の刈り取りもほとんど終わりに近づいた感じだネ、、昔は今の時期、田んぼに行けばたくさんの赤とんぼが飛んでいたが今は全く姿を見ることが出来ない。先日仕事で米山の中腹の水野登山口まで行ったが、良い眺めだ(写真)、港の白いタンクが見えるところが中部電力の上越火力発電所と国際石油開発帝石のLNG基地だ。両方とも来年の初めと5月には工事も全て完了しフル操業が始まる。米山の頂上付近は少し紅葉が始まった感じだがこれからは一気に秋も深まるだろう、、、。

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2013-09-15

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 落ち葉しぐれ ♪ 三浦洸一

           落ち葉しぐれ

 

作詞: 吉川静夫
作曲: 吉田 正
唄 : 三浦洸一

 

1)旅の落葉が しぐれに濡れて
  流れはてない ギターひき
  のぞみも夢も はかなく消えて
  唄も涙の 渡り鳥

2)酒にやつれて 未練にやせて
  男流れの ギターひき
  あの日も君も 帰らぬものを
  呼ぶな他国の 夜の風

3)暗い裏街 酒場の隅が
  せめてねぐらの ギターひき
  灯かげも淋し 蛍光灯の
  影にしみじみ ひとり泣く

 

三浦洸一(本名、桑田利康)、昭和3年1月1日神奈川県三浦市出身の85歳、東洋音楽学校(現、東京音楽大学)声楽科卒、昭和28年「落ち葉しぐれ」が大ヒットし、一躍注目を集めた。「踊り子」「異国の丘」「東京の人」「弁天小僧」などがヒットした。

子供の頃のNHKのど自慢、でよく歌われ、大人がよく口ずさんでいたのを思い出す、、、
 

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2013-09-02

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 夢追い酒 ♪ 渥美二郎

昭和53年(1978)2月にシングルで発売された 渥美二郎 の  夢追い酒 発売当時は鳴かず飛ばずの曲であったが渥美二郎の全国区を回っての地道な活動が実って、発売から約1年近くたって爆発的にヒットした。

 

作詞:  星野栄一

作曲:  遠藤 実

唄 :  渥美二郎


1) 悲しさまぎらす この酒を
   誰が名付けた 夢追い酒と
   あなたなぜなぜ わたしを捨てた
   みんなあげてつくした その果てに
   夜の酒場で ひとり泣く

2) 死ぬまで一緒と信じてた
   わたし馬鹿です 馬鹿でした
   あなたなぜなぜ わたしを捨てた
   指をからめ 眠った幸せを
   思い出させる 流し唄

3) おまえと呼ばれた 気がしたの
   雨ににじんだ 酒場の小窓
   あなたなぜなぜ わたしを捨てた
   じんとお酒 心に燃えさせて
   夢を追いましょ もう一度


 

 

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2013-08-22

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 青葉城恋歌 ♪ さとう宗幸

            青葉城恋歌

 

作詞:    星野船一

作曲、唄: さとう宗幸

 

(1) 広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず

   早瀬(はやせ)躍(おど)る光に 揺れていた君の瞳

   時はめぐり また夏はきて あの日と同じ 流れの岸

   瀬音(せおと)ゆかしき 杜(もり)の都 あの人は もういない

 

(2) 七夕の飾りは揺れて 想い出は帰らず

   夜空輝く星に 願いをこめた君の囁き

   時はめぐり また夏が来て あの日と同じ 七夕祭り

   葉ずれさやけき 杜の都 あの人は もういない

 

(3) 青葉通る薫る葉緑 想い出は帰らず

   樹(こ)かげこぼれる灯(ともしび)に ぬれていた君の頬

   時はめぐり また夏が来て あの日と同じ 通りの角(かど)

   吹く風やさしき 杜の都 あの人は もういない

 

   時はめぐり また夏が来て あの日と同じ 流れの岸

   瀬音ゆかしき 杜の都 あの人は もういない

 

この歌は青葉城の城下町、仙台市の風景、星間船一の失恋の叙情詩に 仙台市を中心に活動していたシンガーソングライターのさとう宗幸が曲を付け歌った、昭和53年(1978)5月5日にシングルで発売になり、いきなりヒットし全国で歌い継がれてきた名曲だ、、、。

 

仕事でなんどか杜の都 仙台を訪れたが都会の中に旅情を感じる良い街だね、また訪れてみたいもんだが、、、

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2013-08-03

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 思い出のアルバム ♪ 

 作詞:増子とし、

 作曲:本多鉄麿      思い出のアルバム

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2013-07-20

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 峠の幌馬車 ♪ ビリー・ボーン

最近はマニア以外はあまり家庭でホームステレオを、でーんと置いて楽しんでいる人は少ない、小型のステレオ装置でも素晴らしい音響効果を演出できる。40年くらい前だろうか、4チャンネルのステレオが一時期、流行した、船員時代に一時、本社勤務を命じられ丸の内にあった会社まで通勤した。ステレオがほしくてボーナスの一部でパイオニアの4チャンネルステレオを買った。真ん中にレコードプレイヤー、アンプ、チューナーが有り両側にスピーカーボックスがでーんとある、更に小さなスピーカーボックスが二つある。嬉しくて嬉しくてマンションの部屋でボリュームを上げてよく聞いた、しかーしだ! 4チャンネルのレコードがちょっと値段が高いのが頭が痛い、クラシック、など毎月1~2枚買うのが精いっぱいだった。一番最初に買ったレコードが ビリー・ボーン楽団の ”峠の幌馬車” だったなー、。

 

 

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2013-07-07

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 四季の歌 ♪  芹 洋子

             四季の歌

 

作詞・作曲 荒木とよひさ

    唄 芹 洋子

 

 

(1) 春を愛する人は 心清き人

    すみれの花のような 僕の友だち

 

(2) 夏を愛する人は 心強き人

    岩をくだく波のような 僕の父親

 

(3) 秋を愛する人は 心深き人

    愛を語るハイネのような 僕の恋人

 

(4) 冬を愛する人は 心広き人

    根雪をとかす大地のような 僕の母親

 

     ランララララ、、、

 

この曲を作詞・作曲した荒木とよひさは昭和18年(1943)中国の大連生まれ、日大芸術学部在学中から音楽活動を始め、昭和46年(1971)に「四季の歌」の作詞・作曲をしました。当初はあまり注目されませんでしたが、昭和51年(1976)に芹洋子さんのレコードが発売されると一挙に火がつき、数百万枚を売る大ヒットとなりました。荒木とよひささんが妙高高原でのスキーで骨折して入院中に作った曲だと言われています。

 

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2013-06-22

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 青春の城下町 ♪ 梶 光夫

昨日だったろうか仕事で駅前で待機していた午後、もちろんラジオを聞いているわけさネ、、、NHKでなんと言う番組かはわからないが、岡 晴夫の ”泣くな小鳩よ” が流れてきた、歳がばれるが大好きな曲だ、おーいいねー、少し空いている窓を閉めて口ずさんだ、懐かしい曲が流れて、梶 光夫の ”青春の城下町” が流れてきた、昭和30年代の後半、私の青春時代だ、演歌全盛期であったろう、多くの歌手がデビューした、又それがほとんどヒットしたねー、橋 幸夫、西郷輝彦、舟木一夫、三田 明、松島あきら、北原謙二、久保 浩、北島三郎、新川次郎、大下八郎、バーブ佐竹、一節太郎、こまどり姉妹、三沢あけみ、弘田みえこ、仲曽根美樹、西田佐智子、、などなどきりがない、、梶 光夫は昭和39年 ”青春の城下町” が大ヒットした、そして翌年だったろうか、俳優の高田浩吉さんの娘さん高田美和とのコンビで「我が愛を星に祈りて」も大ヒットした、ふたりで歌う青春純愛作品のきっかけとなり人気を集めていった、たくさんのテレビに出演したり、多くのグラビアを飾るスターとなった。、テレビを中心に映画にも出演した。しかし父親との芸能生活五年間との約束があったそうで、昭和45年に歌手を引退し、現在はジュエリーデザイナー、宝石鑑定士として活躍しているが、最近は時々テレビに出演し歌を披露している。

 

 

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2013-06-09

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 岸壁の母 ♪ 二葉百合子

「岸壁の母」を聞くたびに幼年期まだ家にはテレビがない、夜のNHKラヂオ、第一放送のニュースで軽快な音楽が流れ(曲名は解らない)ナホトカからの帰国船 興安丸 が舞鶴に入港した、、、、、、と言うニュースがよく流れていたことを思い出す。船員になり秋田港を出港して間もなく港内で沈木(沈んでいる材木)をペラ(推進器)がひっかけペラを損傷し敦賀に入港、荷役が終了した後、近くの日立造船舞鶴工場に修理のため急きょ入渠した。特別にやることもない為ぶらっと舞鶴の街を散策に出かけ舞鶴港の岸壁に立ってみた、約20年前「岸壁の母」の主人公の 端野いせ さんが帰国船が着くたびに息子さんの帰りを信じこの舞鶴の岸壁に立ったんだなー、、、

 

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2013-05-10

[hamさんの日本の歌心の歌] 唱歌・ ♪ 夏の思い出 ♪

 
作詞  江間章子
作曲  中田喜直     夏の思い出
 
  夏がくれば 思い出す
  はるかな尾瀬
 遠い空
  霧のなかに うかびくる
  やさしい影 野の小径
(こみち)
  水芭蕉(みずばしょう)の花が 咲いている
  夢見て咲いている水のほとり
  石楠花
(しゃくなげ)色に たそがれる
  はるかな尾瀬 遠い空

    夏がくれば 思い出す
    はるかな尾瀬 野の旅よ
    花のなかに そよそよと
    ゆれゆれる 浮き島よ
    水芭蕉の花が 匂っている
    夢みて匂っている水のほとり
    まなこつぶれば なつかしい
    はるかな尾瀬 遠い空

 
 
昭和24年(1949)NHKのラジオ番組の 「ラジオ歌謡」 で石井好子さんの歌で初めて放送された。瞬く間に人々の心を捉え尾瀬の人気が急速に高まったと言われている。 しかーしだ! 昭和を代表する唱歌の作詞家、この曲の作詞者の江間章子さんは、わが故郷の高田市(現上越市出身と言うことを知る人は少ないだろう、、、、。
私の今年の山行きの大きな目標の一つに尾瀬がある、まだ見ぬ尾瀬、今年の夏はじっくりと尾瀬を満喫したいと思っている、もう一つの大きな目標は白馬岳だ、あの大雪渓を息も絶え絶え登ってみたい、、楽しみだなー!
 
   
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2013-04-28

[hamさんの日本の歌心の歌] ” この広い野原いっぱい ” 森山良子

この広い野原いっぱい
 
     唄  森山良子
 
 
 
小薗江圭子 作詞 
森山 良子  作曲
 
 
 
1、 この広い野原いっぱい 咲く花を
   ひとつ残らず あなたにあげる
   赤いリボンの 花束にして

2、 この広い夜空いっぱい 咲く星を
   ひとつ残らず あなたにあげる
   虹にかがやく ガラスにつめて

 
3、 この広い海いっぱい 咲く船を
   ひとつ残らず あなたにあげる
   青い帆に イニシャルつけて

4、 この広い世界中の なにもかも
   ひとつ残らず あなたにあげる
   だからわたしに 手紙を書いて
   手紙を書いて

 
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2013-04-12

[hamさんの日本の歌心の歌] ” 喜びも悲しみも幾年月 ” 若山 彰

私は仕事中、空車の時は常にラジオのスイッチオンだ、これは別に仕事のやる気がないとか怠けているわけではないんだ、、この方が運転に集中できるし交通速報などの情報も取れる、、今日ラジオのスピーカーから流れてきた、、、 ♪ ♪ おいら岬のー 灯台守は、、、、 ♪  かなり昔の仕事が船乗りだったせいもあるが、灯台が好きだ、なにかロマンを感じるね、、旅行、仕事などで灯台のある地方を訪ねると灯台のあるところに行ってみたくなる、そしてそこから海を眺めるわけさ、、、犬吠崎、観音崎、潮岬、弾崎、狼煙崎、佐多岬、鳥が首、などなどあげればきりがない、ましてや海からは海外も含めていろいろな灯台を眺めてきた。南太平洋ニューカレドニア航路の船に乗船中は約1か月ぶりに日本に帰ると一番初めに見える日本が水の子灯台(写真)だ。それから間もなく右舷に愛媛県の山々、左舷に宮崎県の山々が見えてくる、、おー、やっと日本に帰ってきたなー! よくデッキで水の子灯台を眺めながら口ずさんだ曲だ、

 

 

   

作詞・作曲:木下忠司、唄:若山 彰

 

 

 俺(おい)ら岬の 灯台守は
  妻と二人で 沖行く船の
  無事を祈って 灯(ひ)をかざす
  灯をかざす

 

2 冬が来たぞと 海鳥なけば
  北は雪国 吹雪の夜の
  沖に霧笛が 呼びかける
  呼びかける

 

3 離れ小島に 南の風が
  吹けば春来る 花の香(か)便り
  遠い故里 思い出す
  思い出す

 

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2013-03-30

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 昭和歌メドレー ♪ 「青春ビッグ4」

 

 
 
田舎育ちの16歳の少年が都会に出て昼間は油まみれで働き、夜は眠い目を擦りながらの夜間高校生、辞めて田舎に帰りたくなったのは一度や二度ではない、、そんな時に勇気、元気をもらったのが歌謡曲だ、特に日曜日の午後、寮の食堂に一台ある14インチのテレビ、名司会の玉置 宏さんの 「一週間のご無沙汰です、、」 で始まる ” ロッテ歌のアルバム ” を見る事だった。
 
当時、「御三家」 と呼ばれた、橋 幸夫、 舟木一夫、 西郷輝彦、 この三人に一人 三田 明 が加わって「四天王」 と呼ばれた。青春時代まっただ中、同年代の四人の歌声が聞こえると、つい口ずさんでしまう、、、、。
 

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2013-03-13

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 別れの磯千鳥 ♪ 井上ひろし

 

 

作詞・ 横山たか子        別れの磯千鳥       

作曲・ フランシス座波

編曲・ 大橋節夫

 

1.
   逢うが別れの はじめとは
   知らぬ私じゃ ないけれど
   切なく残る この思い
   知っているのは 磯千鳥

2.
   泣いてくれるな そよ風よ
   希望抱いた あの人に
   晴れの笑顔が 何故悲し
   沖のかもめも 涙声

3.
   希望の船よ ドラの音に
   いとしあなたの 面影が
   はるか彼方に 消えて行く
   青い空には 黒けむり


 

むかしの古い写真を整理していると懐かしい写真が出てきた、大手機械メーカーの同じ寮に住んでいた同僚がハワイアンバンドを作り毎日部屋で練習をやっていた。スチールギター、ドラム、ギターなどを部屋に並べて数人でやっていた、寮の同じ棟の同じ2階だ嫌でも音が聞こえてくる、リーダーは岩手県出身のスチールギターを弾いていたY君、夏になるとよく、どちらかに出かけて演奏をしていたようだが、、、良く弾いていた曲だ、、、

 

この曲の作曲者のフランシスコ座波(ざなみ)は、本名座波(ざは)嘉一と言い、両親は沖縄出身でハワイに生れた日系二世。父はハワイで財を成した日系一世である。この曲の作曲は1941年頃と言われているが彼は1949年、35歳の若さで死去した事で詳細はわからない。歌詞も日本の無名の女学生が作ったとも言われているが真相は不明のようだ。
 

 

井上ひろしは昭和16年8月23日横浜市に生まれた。水原 弘、守屋 浩、とともにロカビリー三人ひろし、(これに、かまやつひろしを加えて四人ひろし)と言われたが、44歳の若さで心筋梗塞で死去した。飛行機事故で亡くなられた歌手の坂本 九は井上ひろしのバンドボーイとしてこの世界に入っている。
 

 

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2013-02-24

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 幸せを掴んじゃおう ♪ 金田星雄 小宮恵子

確か以前にも一度アップした事があるんだが削除されてしまった、昭和37年都会に出て昼間大手機械メーカーで働き、夜は定時制高校に通っていた、グラウンドの端に建っていたプレハブの教室、冬の夜は寒い日もある、震えながら授業をうけた事が懐かしく思い出される。鶴見線の国道駅で降りて寮に帰る途中、東海道線、京浜急行線の線路わきの路地を歩いていると大衆食堂、居酒屋から良く聞こえていた曲だ。辛い時などは足を止めて聞き入り故郷を思い出し又元気をもらった好きな忘れられない曲だ、、、。

 

金田星雄さんは元プロ野球、国鉄スワローズ、巨人で活躍した400勝投手、金田正一さんの弟さんだ、国鉄スワローズに投手として入団したが1軍での出番はなく二年で退団し歌手となった。小宮恵子さんとのデュエットで歌った「幸せを掴んじゃおう」が大ヒットした。

清純派美人歌手の小宮恵子さんは石川県金沢市出身で16歳でキングレコードよりデビュー「幸せを掴んじゃおう」が大ヒットし一躍有名スターに、その後ソロで歌った「島のアンコさん」などがヒットした。

 

 

  (1)  幸せは どこにある
      あの雲の 行くところ
      しあわせは 遠いもの
      あの山の その向こう
      そうじゃない そうじゃない
      街角の 工事場に
      横丁の 石垣に
      ポッチリと 止まってる


  (2)  幸せは どこにある
      宝石の 城の中
      幸せは 遠いもの
      七彩の 虹越えて
      そうじゃない そうじゃない
      母さんの 丸い背に
      あの人の ほっぺたに
      ポッチリと 光ってる


   (3) だけど だけど
      幸せは すぐ消える
      幸せは すぐ逃げる
      つかんじゃおう 両手で


 

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2013-02-14

[hamさんの日本の歌心の歌] 「海」 松原遠く、、消ゆるところ、、、

朝から春を思わせるような天気、厳しかった北国の冬もようやく終盤かな、、18日は二十四節気の雨水だ、仕事で海岸線を走っていると太陽の光がベタ凪の日本海に反射して眩しい感じさえする。つい2日前までは連日の荒天で大時化が続いていたのに信じられない光景だ、やっぱり晴れは良いネ、、思わず歌を口ずさんでしまう、、  松原遠く消ゆるところ、白帆の影は浮かぶー、、、、 と、、、

一)

 松原遠く消ゆるところ、
 白帆の影は浮かぶ、
 干網浜に高くして、
 かもめは低く波に飛ぶ、
 見よ、昼の海、
 見よ、昼の海、


 (二)

 島山闇に著(しる)きあたり、
 漁火、光淡し、
 寄る波岸に緩くして、
 浦風輕く沙吹く、
 見よ、夜の海、
 見よ、夜の海、


この小学校唱歌 「海」 の作詞、作曲者は我が故郷が生んだ、音楽教育の母 と呼ばれた小山作之助である事を知っている人は何人いるだろうか、殆んどの資料では作詞、作曲者不詳となっている。小山作之助は29歳で最初の歌曲集「国民唱歌集」を 発表し、唱歌、軍歌、校歌、などたくさんの曲を作ったが「作曲者不詳」として自分の名前 を出さなかったものが多かった為と言われている。この曲は大正2年(1913)に発行された「尋常小学唱歌」にて発表され、地元の大潟町(現、上越市大潟区)の海岸の景色、昼と夜の海の情景を歌った曲である。昭和16年(1941)に発表された「海は広いな 大きいなー」の歌い出しで始まる童謡「海」とは同名異曲である。他にも、卯の花の匂う垣根に、ほととぎす、、、で有名な「夏は来ぬ」、「漁業の歌」、、、、などが有名である。

地元の人でさへ知らないのに他所の人は尚の事、知る由もない、、地元出身の偉人が作曲した曲を列車が着くたびに駅のホームで流している駅を幾つも知っている、地元の関係者は何故もっと宣伝しないのだろうか、、この地は歴史に残る偉人をたくさん輩出している、、、又この地には名所、史跡がたくさん存在する、これほどの地は国内にはそうはないだろう?、行政、関係者が努力しているのは解るんだが、失礼ながら何かポイントがずれているような気がしてならない、2年後には北陸新幹線も開業し首都圏から僅か1時間45分位で来れるように成る、一日観光して日帰りでも十分楽しめる、近くには温泉もたくさんある、ゴルフ場もたくさんある、ご飯、肴、酒も美味しい処だ、週末ともなれば新幹線が着くたびに観光バスが発車するようになると良いんだがねー、、 そう言う日が来る事を夢み、願っている、、、。
 

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2013-02-11

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 愛と死をみつめて ♪ 青山和子

 
 
 
 

      

愛と死を見つめて

作詞:大矢弘子
作曲:土田啓四郎      唄: 青山和子

まこ・・・・
甘えてばかりで ごめんネ
みこは、とってもしあわせなの
はかないいのちと しった日に
意地悪いって 泣いたとき
涙をふいて くれた・・まこ

まこ・・・・
わがままいって ごめんネ
みこは、ほんとにうれしかったの
たとえその瞳は 見えずとも
ふたりでゆめみた 信濃路を
せおって歩くと いった・・まこ

まこ・・・・
げんきになれずに ごめんネ
みこは、もっと生きたかったの
たとえこの身は 召されても
二人の愛は 永遠に咲く
みこのいのちを いきて・・まこ

 
 

愛と死をみつめて』は実存した大学生河野 実(まこと)さん、(マコ)と難病の軟骨肉腫に冒されて21年の生涯を閉じた大島 みち子(ミコ)さん、との実際の3年間に及ぶ純愛文通を書籍化したものであり、昭和38年に出版されて160万部を売り、大ヒットとなった。

TBS系の「東芝日曜劇場」で放映され、日活で浜田光夫、吉永小百合、主演で映画化され空前の大ヒットとなった、歌手、青山和子でレコードが発売されてこれも大ヒット、その年のレコード大賞に選ばれた。その後も映画化されたりテレビなどで放映されている。主人公の河野 実さんは現在、コンサルティング会社を経営されていると言う記事を以前に見た事があるが、、、。

 

 

兵庫県の県立西脇高等学校に通うミコ(本名、大島みち子)は、顔を難病の軟骨肉腫に冒されていた。そして大阪大学付属病院に入院した際、同じ病棟で大阪府出身で長野県に疎開し、長野県の伊那北高校出身の浪人生マコ(本名、河野 実)と出会い、お互いに阪神タイガースファン同士で意気投合し文通を始める。その後ミコが京都の同志社大学、マコが東京の中央大学へ進学してからも文通は続き、ミコの病気が再発して再入院した後も、マコは夏休みに大阪駅のホームでビール売りのアルバイトなどをしてミコを励ます。夏休みが終わって東京に戻ったあとも、ミコはマコとの文通が闘病生活の大きな支えになっていた。マコはその後もアルバイトをして長距離電話で励ましたり、旅費を工面して阪大病院を訪れるなどして2人の愛はますます深まるばかり、しかしミコの病状は悪化をたどり、手術で顔の半分を失うがさらに病気は悪化していく。そしてマコの願いも届かず、22歳の誕生日の前日にミコはこの世を去って逝った、、、、、。

 

病院の外に、健康な日を三日ください。

 

 一日目、私は故郷に飛んで帰りましょう。

 

   二日目、私は貴方の所へ飛んで行きたい。

 

     三日目、私は一人ぼっちで思い出と遊びます。

 

       そして静かに一日が過ぎたら、三日間の健康をありがとう、

         

            と笑っ­て永遠の眠りにつくでしょう

 

東京オリンピックのあった年の暮れ、横浜で働いていた私は、川崎の映画館に吉永小百合、浜田光夫、主演の「愛と死を見つめて」を見に行った。二人の愛情に胸が熱くなり、柄にもなく何度も涙を流した、ハンカチなんて上品な物は持っていない、館内が暗くなると手で涙を拭いたのを昨日のように思い出す、、、、。

 

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2013-01-30

[hamさんの日本の歌心の歌] とんがり帽子(鐘の鳴る丘)

 作詞 菊田 一夫      唄 とんがり帽子(川田正子)
 作曲 古関 裕而

 

       緑の丘の赤い屋根
       とんがり帽子の時計台
       鐘が鳴ります キンコンカン
       メーメー子山羊も啼いてます
       風がそよそよ丘の家
       黄色いお窓は俺らの家よ

       緑の丘の麦畑
       俺らが一人でいる時に
       鐘が鳴ります キンコンカン
       鳴る鳴る鐘は父母の
       元気でいろよ言う声よ
       口笛吹いて俺らは元気

       とんがり帽子の時計台
       夜になったら星が出る
       鐘が鳴ります キンコンカン
       俺らはかえる屋根の下
       父さん母さんいないけど
       丘のあの窓俺らの家よ

       おやすみなさい 空の星
       おやすみなさい 仲間たち
       鐘が鳴ります キンコンカン
       昨日にまさる 今日よりも
       明日はもっと幸せに
       みんななかよく おやすみなさい

 

 

歳がばれるが(とっくにばれてるネ、、) まだテレビの無い幼少期、毎日のようにラジオから流れていた歌だ、、、

「鐘の鳴る丘」とは、戦争の空襲などにより家や親を失った孤児たちが街中にあふれていた時代に戦争から復員して来た主人公が孤児たちと知り合い、やがて信州の山里で共同生活を始め、その共同生活の施設が丘の上にあり、とがった屋根の時計台に鐘を備えているというドラマの設定による、NHKのラジオドラマであり昭和22年7月から昭和25年12月まで放送され、敗戦により日本全体がしずんでいた時に、大人子供を問わず多くの人々の共感を呼び大ヒットとなった。この時の主題歌が「とんがり帽子」であるがドラマの名前から「鐘の鳴る丘」と呼ばれる事もある。松竹で映画化もされて反響を呼んだ。

 

作詞者の菊田一夫は戦時中、岩手県江刺群(現、奥州市江刺区)の疎開先で丘の中腹にあるトンガリ屋根の役場をみて「鐘の鳴る丘」を執筆したと言われております。今は明治記念館として保存されており、夕刻には、「とんがり帽子」がオルゴールでのメロデーとして流れます。

和製スーザと呼ばれた作曲者の古関裕而は福島県の出身で「とんがり帽子」が母校の福島県立福島商業高等学校の応援歌として使われているそうだ。

                       

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2013-01-12

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ アカシアの雨が止むとき ♪ 西田佐知子 

 
 
 
  水木かおる 作詞
  藤原秀行  作曲  唄 西田佐知子
 
    アカシヤの雨にうたれて
    このまま死んでしまいたい
    夜が明ける 日がのぼる
    朝の光のその中で
    冷たくなったわたしを見つけて
    あの人は
    涙を流してくれるでしょうか
 
 
ほっそりとした清楚な容姿の大阪出身で都会的な雰囲気をもつ歌手だった。少し鼻にかかった声がなんとも新鮮だ。昭和35年4月に発売されたこの曲、テレビ、ラジオとあちこちから流れていた、丁度、安保の年だ、デモ隊と警察との衝突で東大生が犠牲になった歴史に残る事件があった。続いて 「コーヒールンバ」 「エリカの花散るとき」 「東京ブルース」 「赤坂の夜は更けて」 など等と大ヒットしレコード大賞特別賞を受賞している。昭和46年(1971) 俳優でTV司会、タレントの関口 宏さんと結婚され主婦業に専念されてほとんどTVから姿が消えた。もう70歳はゆうに超えておられるだろう、、、
 
 
 

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2012-12-30

[hamさんの日本の歌心の歌] 今年一年有難うございました、

ニニ・ロッソのトランペット  ♪ 北上夜曲

 

 

 

今年も越すところ二日となりました、今年一年 hamさんのブログに訪問いただきまして大変有難うございました、又多くの方に心温まるコメントを頂き感謝致します。来年も引き続き宜しくお願い申し上げます。

 

きたる新しい年が皆様にとりまして佳き年でありますよう北の国よりお祈り申し上げます。

 

                            越後の爺  By ham

 

                                                 

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2012-12-15

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 山小舎の灯 ♪ 近江俊郎 .

今年も残すところ半年、遅ればせながら昨年から始めた山登り、すっかり山の虜になったネ、、今年も戸隠山、雨飾山、苗場山、高妻山、富士山、権現岳、鉾ヶ岳、火打山、など等、登る事ができた。来年はどの山に登ろうかと、、、、昼間、仕事で駅前の待機場所で待機している時に山の資料を調べる、来年は是非、尾瀬に行ってみたい、どうせなら燧ヶ岳、至仏山、にも登りたいしなー、どこの山小屋に泊まるかな、尾瀬沼の三平下かなー、、にやにやしながら美しいであろう未だ見ぬ尾瀬を思い浮かべ、、黄昏の灯火は、ほのかに点りて、、、、、、と口ずさんでいると、、ピンポーン、 配車だ、 このー、今良いところなのに、もうちょっと待ってろー、、思わずマイクを握って喋る、、勿論、マイクのPTT(プレストーク)を押さずにだけどね、、、、

 

 

      作詞、作曲、 米山正夫

    唄、    近江俊郎

                    

 

1 たそがれの灯(ともしび)
  ほのかに点(とも)りて
  懐かしき山小舎は ふもとの小径よ
  思い出の窓に寄り 君をしのべば
  風は過ぎし日の 歌をばささやくよ

 

2 暮れ行くは白馬(しろうま)
  穂高(ほたか)は茜(あかね)
  樺(かば)の木のほの白き 影も薄れ行く
  寂しさに君呼べど わが声むなしく
  はるか谷間より こだまはかえり来る

 

3 山小舎の灯は 今宵も点りて
  独り聞くせせらぎも 静かに更けゆく
  憧れは若き日の 夢をのせて
  夕べ星のごと み空に群れとぶよ

    

 

★ 昭和22年NHKのラジオ歌謡として発表されました、作曲作詞の米山正夫の

  代表作の一つです。

 

 

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2012-11-29

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 知床旅情 ♪ 森繁久弥

 
 知 床 旅 情

   作詩作曲 森繁久弥
   昭和35年 
 
 
 
    1 知床の岬に はまなすの咲く頃
     思い出しておくれ 俺達のことを
     飲んで騒いで 丘に登れば
     遥か国後に 白夜は明ける
  

   2 旅の情けか 酔うほどにさまよい
     浜に出てみれば 月は照る波の上
     今宵こそ君を 抱きしめんと
     岩影に寄れば ピリカが笑う


   3 別れの日は来た 羅臼の村にも
     君は出て行く 峠を越えて
     忘れちゃ嫌だよ 気まぐれ烏さん
     私を泣かすな 白いカモメよ
     白いカモメよ
 
 
この曲は今から52年前の昭和35年(1960)に森繁久弥さんが作詞、作曲した。大正2年(1913)年生まれの森繁久彌さんが47歳の時のこと。北海道の知床半島の羅臼村(現羅臼町)で現地の人々に協力をして頂き映画のロケをしていた。ロケ地での撮影も終了し、森繁久弥さんが知床半島の羅臼村(当時)を離れる日がきたがその前夜、森繁久弥さんは村の人に書くものを準備してもらい、達筆で一気に詩を書き上げた。それが、「知床旅情」(当時の題名は「さらばラウスよ」)であった。詩を書き上げると、すぐさまギターを爪弾き、あっという間に作曲もしたと言われている。そして、森繁久弥さんは、離村を惜しみ森繁久弥さんを取り囲んだ羅臼の人々に、惜別と感謝の想いを込めてギター片手に、「知床旅情」を披露したのである。その後この曲は昭和46年(1971)に加藤登紀子さんが歌って大ヒットした。

 

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2012-11-09

[hamさんの日本の歌心の歌] 新潟県民歌

 
 
新潟県民歌 
 
作曲:明本京静 作詞:高下玉衛

 一、世紀明けゆく西北の
   山河新たに旭(ひ)は映えて
   県民二百五十万
   希望に燃えてこぞり起(た)つ
   ここぞ民主の新潟県

 二、五穀の宝庫土壌(つち)肥えて
   尽きぬ越後の野の幸に
   文化産業絢爛(けんらん)と
   花咲き薫るこの繁華(はんか)
   興(おこ)せ自由の新潟県

 三、日本海の若潮に
   弥彦妙高佐渡晴れて
   世界をむすぶ観光の
   絵巻彩(あや)なすわが郷土
   拓(ひら)け詩(し)の国新潟県

 四、越佐の天地玲瓏(れいろう)と
   今ぞ平和の鐘は鳴る
   ああ新しき憲法の
   聖(きよ)き理想を炬(ひ)と翳(かざ)し
   築け栄(はえ)ある新潟県
 
 
新潟県民歌を知っている県民は果たしてどの位いるだろうか、恐らく昭和20年代の前半くらいまでに生まれた人くらいではないだろうか、、、、私は歌詞は1番しか知らないが小学校の低学年のころ学校でよく歌った記憶があるが、その後は歌う機会もなかったし県民歌は殆んど聞いた事も無い、、たまに思い出して自分で勝手に口ずさむ程度だ、、県民歌に相応しい良い曲だ、折角ある県民歌、もっと広く県民にPRして県民に愛され歌い継がれるようにしたらどうだろうね。
県民歌は昭和22年に一般公募により制作され、昭和23年3月28日に新潟第一師範学校(新潟大学教育学部の前身)講堂で発表会が催された。当時はひろく愛唱されたが、その後、時の流れとともに、歌われることが少なくなりこんにちは全くと言ってもいいほど聞かれなくなった。
 

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2012-10-31

[hamさんの日本の歌心の歌] 夜空のトランペット ♪ 二二・ロッソ ♪

 

二二・ロッソ (Nini Rosso)

 

イタリアのトリノ出身のトランペット奏者、日本にも度々来日しているので日本でも有名であるが1994年腫瘍の為死去。夜空のトランペット、夕焼のトランペット、夜明けのトランペット、さすらいのトランペット、さすらいのマーチ、、、等が有名である。

 

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2012-10-17

[hamさんの日本の歌心の歌] 倍賞千恵子 ♪ あざみの唄 ♪

 

作詞:横井弘、作曲:八洲秀章

        、唄:倍賞千恵子

 

 1 山には山の愁いあり
   海には海のかなしみや
   ましてこころの花園に
   咲きしあざみの花ならば

 

 2 高嶺(たかね)の百合のそれよりも
       秘めたる夢をひとすじに
       くれない燃ゆるその姿
       あざみに深きわが想い

 

     3 いとしき花よ 汝(な)はあざみ
       こころの花よ 汝はあざみ
       さだめの径(みち)は果てなくも
       香れよ せめてわが胸に
       あああー

 

 
 
 
 

この曲は昭和20年(1945)に復員してきた当時18歳の横井弘が、家族が疎開していた長野県下諏訪、霧ヶ峰八島高原(八島ヶ原湿原がありたくさんの高山植物が有名)で、咲いていたアザミの花に自分の理想の女性像を重ねあわせて綴ったものと言われています、八島高原にはこの歌の歌碑が建っています。

八洲秀章が作曲した曲がNHKの「ラジオ歌謡」で昭和24年8月に全国に放送された。

 

ラジオ歌謡 、、、 昭和21年~昭和37年までNHK、ラジオ第一放送で放送されていた歌謡番組、今でも歌い継がれているたくさんの叙情歌が放送された。

 

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2012-10-04

[hamさんの日本の歌心の歌] ダ・カーポ ♪野に咲く花のように♪

 
 
仕事中お客様が乗っていない時は小さな声でラジオをかけて走っている、ラジオを聞きながら仕事をしているのか、、 と思われるかもしれないが決してそうではない、私の場合二つの理由がある、 一つは、 走行中、別に熱心にラジオを聞いている訳ではないんだが何か聞こえていた方が仕事に集中できる、でないと色々な事が頭に浮かんで運転に集中できない、、、一つは、一般道路、高速道路の状況が放送される事がある、、JRなどの列車の運行状況が放送される事がある、、地震、気象状況などが放送される事がある、、以上の事からNHKを聞いている事が多いんだが、、ダ・カーポの ”野に咲く花のように” が流れてきた、思わずボリュームを上げた、目的地に着いてボリュームを下げるのを忘れて車を降りドアーサービス、お客様が乗車されて小走りに運転席に戻り慌ててボリュームを下げると、運転手さん、悪いけど鳴らしておいて、、私この曲好きなんだ、、思いがけない言葉が、私も好きな曲なんです、それじゃすいません音量を上げさせていただきます、、、。
それから車内の会話が弾んだのは言うまでもない、この歌を聞くと昔テレビで放映されていた、画家 山下 清 を描いた 「裸の大将」 の主題歌で流れていた事を思い出す、そして元気をもらう事が出来る、小林亜星 さんの作曲で ダ・カーポ のあの澄み切った声が好きだネ、、、
 
         

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2012-09-24

[hamさんの日本の歌心の歌] 岡本敦郎  ♪ 憧れの郵便馬車 ♪

 

 

           憧れの郵便馬車

   

        作詩 丘灯至夫  作曲 古関裕而
        昭和27年  唄 岡本敦郎


      1 南の丘を はるばると
        郵便馬車が やってくる
        うれしい便りを のせて
        ひずめのひびきも かるく
        耳をすまして ごらんなさい
        ほらほらほらほら やってくる
        郵便馬車は 夢の馬車


      2 レモンの花の 咲く道を
        郵便馬車は 日に一度
        うれしい便りは 誰に
        君 僕 あなたの胸に
        広い牧場の おひるどき
        ほらほらほらほら やってくる
        郵便馬車は 夢の馬車


      3 峠を越えて はるばると
        郵便馬車の 見える頃
        うれしい便りは まだか
        若者みんなが 待つよ
        耳をすまして ごらんなさい
        ほらほらほらほら やってくる
        郵便馬車は 夢の馬車

 

昭和20年代、我が家にはテレビなんて無い、しかし周りには負けない性能の良いラジオがあった。短波放送が聞けるんだ、巨人ファンで野球キチの私はフェージングの中から聞こえる巨人戦の実況放送をラジオにかじりついて聞いた記憶がある、確か監督が水原 茂、ピッチャー、別所、大友、キャッチャー、藤尾、広岡、与那嶺、選手あたりが活躍していた頃だ、そんな中で歌の番組もあり、よく聞こえて来た歌、岡本敦郎の ”憧れの郵便馬車” 甘い、いい声しているなー、テレビのないラジオの時代の昔の歌手は実力本位だ、鍛え方が違うな、、「朝はどこから」でデビューし「高原列車は行く」 「白い花の咲く頃」 など多くのヒット曲を残している。北海道小樽市生まれで武蔵野音楽学校(現、武蔵野音楽大学)声楽家を卒業、90歳近い今でもたまにテレビに出演され甘い美しい声を聞かせている、いつまでも現役でいてもらいたいなー、、、、

 

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2012-09-08

[hamさんの日本の歌心の歌] バーブ佐竹 ♪ 女心の唄 ♪

  女 心 の 唄

 

  作詩 山北由希夫  作曲 吉田矢健治

  唄、 バーブ佐竹

 

  1 あなただけはと 信じつつ
    恋におぼれて しまったの
    こころ変わりが せつなくて
    つのる想いの しのび泣き


  2 どうせ私を だますなら
    だまし続けて 欲しかった
    酔っている夜は 痛まぬが
    さめてなおます 胸の傷


  3 うわべばかりと つい知らず
    惚れてすがった 薄情け
    酒が言わせた 言葉だと
    なんでいまさら 逃げるのよ


  4 女ですもの 人並みに
    夢をみたのが なぜ悪い
    今夜しみじみ 知らされた
    男心の 裏表

 

 
 
私の青春時代、昭和40年前後はデビューする歌手がみんなヒットを飛ばす歌謡曲全盛期であった。そんな中でオリンピックの年、昭和39年12月に 「女心の唄」 でデビューした バーブ佐竹 いきなり250万枚を超える大ヒットとなった。翌年1965年のレコード大賞新人賞を受賞、その年の紅白歌合戦に出場、4年連続の出場を果たした。
 
バーブ佐竹、本名 佐武 豊(さたけゆたか)は昭和10年(1935)2月7日、北海道釧路市で生まれた、22歳の時に歌手を志して上京し、流しのギター弾き、クラブなどの専属歌手として長い下積み生活を経験して昭和39年「女心の唄」でデビューした。ギターを片手に唄う、あの独特な低音は女心をくすぐったに違いあるめ―、、私も好きな歌だ、悪いが決してハンサムとは言い難い細い目、、、当の本人も 「顔じゃないよ、心だよ」 と言った言葉が当時、流行語となった。その後 「ネオン川」 もヒットしたがその後はあまり記憶にない、、、、、、平成15年12月5日、多臓器不全により68歳で死去した。
 

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2012-08-23

[hamさんの日本の歌心の歌] アルプスの牧場 (関 大八)

先日、日本百名山の一つ 苗場山に行ってきた、8合目を過ぎて間もなく大平原に出た、日本の2000メーターの高地に、こんなところがあるんだ、、、一面の高山植物の中の木道を歩くと魚沼の山々が見渡せ、地糖の水に、ぽっかり浮かんだ雲が写っている、、向こうに牛がのんびりと草をむしっている姿が脳裏に浮かんだ、、、雲がゆーく雲がゆく、、、アルプスの牧場よ、、、、勝手に口ずさんでいた、、、。そー言えば灰田勝彦が歌っていた歌だな、、「アルプスの牧場」 伊藤久男の「山のけむり」 など昔NHKののど自慢でよく歌われていた、、、、。山下敬次二郎さんの後輩でヨ―デル歌謡の第一人者、ウィリー沖山の直弟子の 関 大八 の歌です。

 

 

歌手であり、ウクレレ奏者、作曲家、俳優として活躍した 灰田勝彦さんは明治44年(1911)8月20日アメリカのハワイで生まれた。父親の故郷の広島に亡き父親の納骨のため帰国したがハワイには戻らず立教大学に進み歌手となった。「煌めく星座」 「新雪」 「鈴懸けの経」 「加藤隼戦闘隊」 「アルプスの牧場」 「野球小僧」 など等、数々のヒット曲を発表し、大の野球きちがいで知られる、後輩の元巨人軍の長島茂雄、王 貞治さんとは親交が厚かったと言われる。昭和57年(1982)5月21日銀座の高級クラブで不調を訴え、その後末期の肝臓がんと診断され、11月3日母校、立教大学に建立された「鈴懸の径」の除幕式に出席するのを楽しみにしていたが願いが叶わず10月26日71歳でこの世を去った。除幕式には母校の先輩のディックミネさんが出席し、涙ながらに「鈴懸の径」を唄ったと言われる、、、、。 チョット鼻にかかった甘い歌声がなんとも好きだ。

 

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2012-08-06

[hamさんの日本の歌心の歌] 北原謙二♪ふるさとの話しをしよぅ♭

北原謙二  ♪ ふるさとの はなしをしよう ♯

 
 
 
作詞:伊野上のぼる、作曲:キダ・タロー、唄:北原謙二

 

1 砂山に さわぐ潮風
  かつお舟 はいる浜辺の
  夕焼けが 海をいろどる
  きみの知らない ぼくのふるさと
  ふるさとの はなしをしよう

 

2 鳴る花火 ならぶ夜店に
  縁日の まちのともしび
  下町の 夜が匂うよ
  きみが生まれた きみのふるさと
  ふるさとの はなしをしよう

 

3 今頃は 丘の畑に
  桃の実が 赤くなるころ
  遠い日の 夢の数々
  ぼくは知りたい きみのふるさと
  ふるさとの はなしをしよう

 

昔、都会で働いていた頃、町のあちこちのテレビ、ラジオからよく聞こえていた歌だ、この歌を聞くと故郷を思い出し、寂しくなったり又元気をもらった、正直なところこの歌手の「北原謙二」は鼻にかかった声であまり好きでは無かったんだが、昭和40年にヒットしたこの歌は好きだ、今日も仕事で海の横を走っていると自然に口ずさんだネ、、、、。

 

北原謙二(本名:謙太郎)は、昭和14年(1939)大阪生まれ、ジャズ喫茶で歌っているところをスカウトされ、昭和36年(1961)にレコード・デビューしました。昭和37年(1962)に「若いふたり」がヒットし、昭和40年に「ふるさとのはなしをしよう」が大ヒットした。平成3年(1991)3月、脳内出血で倒れ左半身マヒと闘いながらリハビリを重ね3年後に復帰しました。平成17年(2005)1月26日、虚血性心疾患により65歳で死去した。

 

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2012-07-28

[hamさんの日本の歌心の歌] 岡 晴夫 ♪ 憧れのハワイ航路 ♪

青春時代の夢は外国航路の船舶通信士、でも出来れば客船に乗りたいな、客船に乗ればハワイに寄る機会があるはずだ、、しかし客船に乗船する夢は叶わなかった。念願の船舶通信士になり北米航路の材木専用船に乗船した。冬の北太平洋の時化と言うのは想像を絶する、経験した者でないと解らないだろう。当直中に気象通報を受信していると当時の大阪商船三井船舶の南米航路の定期貨客船、 ”あるぜんちな丸” が本船よりも遥か南のハワイの近くを航行中だ、パナマ運河を通り南米のブラジル、アルゼンチンまで行くのだろう、、同じ南米航路の定期貨客船 ”ぶらじる丸” も同航路を運航している。日正丸に乗船時、アラスカのスキャグウェイからオーストラリアのタスマニア島のホバートへ向った時に丁度、ハワイの東方海上を通過した。 ハワイか、行ってみたいなー! デッキに出て海を眺めて、 はーれた空、そーよぐ風、、、、、、、 岡 晴夫の 憧れのハワイ航路 を口ずさんだもんだ、、あの甘い歌声が好きだねー!

 

 

  晴れた空 そよぐ風
  港 出船の ドラの音(ね)愉(たの)し
  別れテープを 笑顔で切れば
  希望はてない 遥かな潮路
  ああ 憧れの ハワイ航路

 

  波の背を バラ色に
  染めて真赤な 夕陽が沈む
  一人デッキで ウクレレ弾けば
  歌もなつかし あのアロハオエ
  ああ 憧れの ハワイ航路

 

  常夏の 黄金月(こがねづき)
  夜のキャビンの 小窓を照らす
  夢も通うよ あのホノルルの
  椰子の並木路 ホワイトホテル
  ああ 憧れの ハワイ航路

 

 

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2012-07-16

[hamさんの日本の歌心の歌] 行進曲 ♪ 海を行く ♯

仕事で港の横を通ると、いつもの岸壁に係留されている4はいの大型タグボート、いづれも、おもてのマストからメインマスト、艫のマストへと沢山の国際信号旗(International Maritime Signal Flag)が掲げられ風になびいている、お客さんが、 おー、大漁だったんですかね、! 一瞬、 えッ、 いや、お客さん、あれは漁船ではないので多分、今日は海の日の祝日ですから掲げているのだと思いますが、 あーそうか、今日は祝日だもんね、、 (私がそう思っただけで真意は解りません、天気が良いので旗の虫干しでもしているのかもしれませんが、、、、、)、お客さんを降ろした後、港の前で車を止めて海を眺める、どうせ今日は暇だし36度の猛暑日だ、ちょっと息抜きでもすっか、、、、沢山の釣り人が釣りを楽しんでいる、海を眺めていると遠い昔、学生の頃、訓練でよく歌った唄、、 男と生まれ海を行く、若い命の血は燃える、、、 を口ずさんだ、そして厳しかったカッタ―訓練(写真)を思いだした、、、、あの頃は若かったねー、、crying 当たり前か、、、、以前に確か一度、掲載した事があると思うんだが、海上自衛隊で歌われている、、、
 
 
 
 
 

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2012-07-04

[hamさんの日本の歌心の歌] 仲宗根美樹  ♪ 川は流れる ♭

4月になろうかというのに周りの田んぼには未だ雪が残っていた、昭和37年の3月下旬、16歳の私は夜行の鈍行の汽車に乗り、翌朝上野駅に降り立った、、、大都会、東京は修学旅行で来た時以来だ、慣れない都会での生活は寂しいやらで泣きたい時もあったなー、、、そんな時に元気を貰ったのが毎週日曜日の午後のテレビ、 1週間のご無沙汰です、、、! 名司会、玉置 宏の ”ロッテ唄のアルバム” だ、歌謡曲全盛期で、北島三郎、舟木一夫、橋 幸夫、西郷輝彦、弘田三枝子、三橋美智也、島倉千代子、、など等きりがない、そんな中に沖縄出身の歌手、仲宗根美樹がいた、ハスキーな声がなんとも魅力があった、、、

 

 

 

川 は 流 れ る

作詩 横井 弘  作曲 桜田誠一
昭和36年 
1 病葉(わくらば)を 今日も浮かべて
  街の谷 川は流れる
  ささやかな 望み破れて
  哀しみに 染まる瞳に
  黄昏の 水のまぶしさ


2 思い出の 橋のたもとに
  錆びついた 夢のかずかず
  ある人は 心つめたく
  ある人は 好きで別れて
  吹き抜ける 風に泣いてる


3 ともし灯も 薄い谷間を
  ひとすじに 川は流れる
  人の世の 塵にまみれて
  なお生きる 水をみつめて
  嘆くまい 明日は明かるく

 

                  

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2012-06-18

[hamさんの日本の歌心の歌] 芹洋子 ♪坊がつる讃歌♪

 
 
             坊がつる讃歌          作詞:神尾明正/松本征夫
                                作曲:竹山仙史
                                唄  :芹 洋子
 
 
 

1 人みな花に 酔うときも
  残雪恋し 山に入り
  涙を流す 山男
  雪解(ゆきげ)の水に 春を知る


2 ミヤマキリシマ 咲き誇り
  山くれないに 大船(たいせん)
  峰を仰ぎて 山男
  花の情を 知る者ぞ


3 四面山なる 坊がつる
  夏はキャンプの 火を囲み
  夜空を仰ぐ 山男
  無我を悟るは この時ぞ


4 出湯の窓に 夜霧来て
  せせらぎに寝る 山宿に
  一夜を憩う 山男
  星を仰ぎて 明日を待つ


5 石楠花谷(しゃくなげだに)の 三俣(みまた)
  花を散らしつ 篠分けて
  湯沢に下る 山男
  メランコリーを知るや君


6 深山紅葉(みやまもみじ)に 初時雨(はつしぐれ)
  暮雨滝(くらさめたき)の 水音を
  佇み聞くは 山男
  もののあわれを 知る頃ぞ


7 町の乙女等 思いつつ
  尾根の処女雪 蹴立てつつ
  久住(くじゅう)に立つや 山男
  浩然の気は 言いがたし


8 白銀(しろがね)の峰 思いつつ
  今宵湯宿に 身を寄せつ
  斗志に燃ゆる 山男
  夢に九重(くじゅう)の 雪を蹴る


9 三俣の尾根に 霧飛びて
  平治(ひじ)に厚き 雲は来ぬ
  峰を仰ぎて 山男
  今草原の 草に伏す

 

 

坊がつる、は大分県の竹田市にある標高1,200メーターに広がる盆地、湿地で、阿蘇から続く九重連山の久住山、大船山などに囲まれた阿蘇、くじゅう国立公園に含まれている。タデ原湿原とともに日本最大級の面積を持つ湿原で 「くじゅう坊がつる、タデ原湿原」 として2005年11月8日ラムサール条約に湿地として登録されている、又ミヤマキリシマの群生地として国の天然記念物にも指定されています。

この歌は 旧制広島高等師範学校(現広島大学)山岳部の部歌として昭和15年8月に作られたと言われている。 四半世紀以上作者不明でしたが 昭和53年に判明した時、作詞者は千葉大名誉教授、神尾明氏で、作曲者は宇都宮大名誉教授、武山信治氏(竹山仙史は武山信治さんの書道の揮毫)でした。作詩の神尾先生はまさか自分が-書いた詩に曲がつけられてたとは知らなかったそうである。

歌手の芹 洋子さんがこの歌を唄うようになったきっかけは、昭和52年の夏、阿蘇山麓での野外コンサートの折、宿舎にギターを持った若者たちが遊びに来て「坊がつる讃歌」を唄い、コンサートで歌ってみたら、、、と勧められたのが始まりと言われています。

数年後から始まる、私にとっての第四の人生で、ここ 坊がつる を訪れる事を楽しみにしている、、、

 

 

ラムサール条約

ラムサール条約(Ramsar  Convention)は湿地の保存に関する国際条約で湿地の生態系を守る目的で1971年2月2日に制定され1975年12月21日に発効した。「ラムサール条約」は条約が作成されたイランの都市、ラムサールにちなむ略称である。
 

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2012-06-08

[hamさんの日本の歌心の歌] 松島アキラ ♪ 湖愁 ♪

私の青春時代はまさに歌謡曲黄金時代であった、なけなしの小遣いでSPレコードを買ったり、当時は確かフォノシートと呼んだような気がするが、ペラペラな薄いプラスティックの様なレコードを買ったり、友達からレコードプレイヤーを借りて夢中で聞いた、、、父親によく、 勉強もしないでそんな事ばっかして、、、 叱られた。その精でも無いだろうが、私は昭和36年高校受験に失敗した、全く想定外で途方に暮れ、浪人するか、就職するかの選択に迫られた、担任の先生の、若い時の一年や二年は幾らでもとり戻せる、、来年又受験すればいいじゃないか、の言葉で踏ん切りがついた、よし、来年又受験しよう、、、 先生の勧めもあり夜は普通高校の定時制に通い昼間は遊んでいるわけにもいかないし、職業訓練所(古いねー!、今で言うテクノスクールだ)へ通った。同級生にめっぽうギターの上手なのがいた、小林 旭の真似でもしたら天下一品だったな、この年も多くの歌謡曲が大ヒットしたアイ・ジョージの「硝子のジョニー」、石原裕次郎の「銀座の恋の物語」、植木等の「スーダラ節」、小林旭の「北帰行」、坂本九の「上を向いて歩こう」、島倉千代子の「襟藻岬」、マヒナ・スターズの「北上夜曲」、フランク永井の「君恋し」、仲宗根美樹の「川は流れる」、など等があるがどれも好きな曲だ、その中に 松島アキラ の 「湖愁」 も大ヒットした、、、

又この年、世界初の有人宇宙船、ガガーリン少佐を乗せたソ連の「ボストーク1号」が打ち上げられ成功した。 「地球は青かった」の言葉は有名である、、。

 

 

 

湖  愁

作詩 宮川哲夫  作曲 渡久地政信
昭和36年
1 悲しい恋の なきがらは
  そっと流そう 泣かないで
  かわいあの娘よ さようなら
  たそがれせまる 湖の
  水に浮かべる 木の葉舟


2 ひとりの旅の 淋しさは
  知っていたのさ 始めから
  はぐれ小鳩か 白樺の
  こずえに一羽 ほろほろと
  泣いて涙で 誰を呼ぶ


3 夕星一つ 又一つ
  ぬれた瞳をしのばせる
  思い出すまい なげくまい
  東京は遠い あの峰の
  越えてはるかな 空のはて

 

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2012-05-22

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ ラバウル小唄 ♪

以前、日本と南太平洋のニューカレドニア航路のニッケル専用船 佐賀関丸、日豊丸(写真)に乗船していた時に毎航通る海域ソロモン海、往航時、赤道を通過して約1日目、復航時、ニューカレドニアを出港して約3日目、ガダルカナル島、ブーゲンビル島などがあるソロモン諸島西方海域を通る、そしてパプアニューギニアのニューブリテン島のラバウルの東方海域、そして夜になるとニューアイルランド島の灯台の灯りが見え何故か寂しさをさそう海域だ。 この海域は何回通ったろう、いつ通っても静かで穏やかな海域だが、この静かな海域で60数年前、戦争でたくさんの尊い命が失われたとは想像できない。この海域にくるとよく、当直が終わると一人真っ暗闇のデッキに出て黙とうを捧げ、柄にもなく涙した事も数回ある、そして この歌を口ずさんだ。 若い頃、酒を飲むとよく先輩、後輩たちとこの歌を大声で歌ったもんだが、今でも酒を飲み調子が出るとたまにこの歌を歌い、若い人たちからひんしゅくをかう、、、、 crying

 

 

 

 

                

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2012-05-01

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 東京の灯よいつまでも ♪

東京の灯よいつまでも(昭和39年)          作詞: 藤間 哲郎
                                                  作曲: 佐伯 としを
                                                     唄: 新川 二郎

 

     雨の外苑 夜霧の日比谷
      今もこの目に やさしく浮かぶ
       君はどうして いるだろか
        あゝ東京の灯よ いつまでも

 

     すぐに忘れる 昨日もあろう
      あすを夢みる 昨日もあろう
       若い心の アルバムに
        あゝ東京の灯よ いつまでも

 

     花の唇 涙の笑顔
      淡い別れに ことさら泣けた
       いとし羽田の あのロビー
        あゝ東京の灯よ いつまでも

 

 

NHKテレビから流れてきた懐かしい局だ、昭和39年、アジアで初めてのオリンピックが東京で開かれた年、日本中がオリンピックに湧いていた。石川県羽咋郡出身の男が金沢ヘルスセンターで歌っていたところを当時の 村田英雄 にスカウトされ昭和37年キングレコードからデビューした 「新川二郎」。 昭和39年 東京の灯よいつまでも が空前の大ヒットとなり同年のNHK紅白歌合戦に出場している。当時横浜で昼間働いて夜は夜間高校へ通っていた私は学校の帰り鶴見線の国道駅から寮に帰る途中の裏通りの食堂、赤ちょうちん、などのテレビから良く流れていた。この歌を聞くと田舎と都会が入り混じり寂しくなり故郷を思い出したり、又元気が出たりもした、好きな曲だ、今でもこの歌を聞くと遠い昔を思い出す。

 

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2012-04-11

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ どこかで春が ♯

仕事でお客様を観光案内していて、越後一宮 居多神社 で ホー、ホヶキョ、ウグイスの鳴き声が、春だねー! ブログを見ると昨年は21日に初めてウグイスの鳴き声を聞いている、我が家の庭でも、町のあちこちで水仙が咲き誇っている、これからは、あちこちで綺麗な花が目に入るだろう、、、、

 

作詞:百田宗治、作曲:草川 信

 

 

どこかで春がうまれてる
どこかで水が流れ出す

どこかでひばりがないている
どこかで芽のでる音がする

山の三月  東風(こち)吹いて
どこかで春がうまれてる

 
 

 

昨年はアップした ♪ どこかで春が ♯ 削除されましたので又アップです、今回は「BS日本、こころの歌」でおなじみの音大出身、若手混声コーラスグループ、 フォレスタ (foresta) です。

 

 

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2012-03-30

[hamさんの日本の歌心の歌] 港町十三番地

仕事中、駅前で待機していると、車のNHKラジオから流れてきた 美空ひばりの 「港町十三番地」 思わずラジオのボリュームを上げて聞いた、、、、

作詞: 石本美由起

作曲: 上原げんと   歌: 美空ひばり

(一)
長い旅路の 航海終えて
船が港に 泊まる夜
海の苦労を グラスの酒に
みんな忘れる マドロス酒場
ああ港町 十三番地

 (三)
 船が着く日に 咲かせた花を
 船が出る夜 散らす風
 涙こらえて 乾杯すれば
 窓で泣いてる 三日月様よ
 ああ港町 十三番地

(二)
銀杏並木の 敷石道を
君と歩くも 久し振り
点るネオン さそわれながら
波止場通りを 左にまがりゃ
ああ港町 十三番地

 

この歌を聞いていると昔の船員時代を思い出す、歌詞を噛みしめて聞いていると、んー、船乗りの心をよく捉えているな、、、北海道の苫小牧に入港して、当時はちょっとした大きな歓楽街にはよく有った、キャバレーと呼ばれるところ、、バーをちょっと大きくした感じの店だった、、、、秋田市の港に入港した時に行ったキャバレー、さすが県庁所在地、大きな豪華な店だった、(タイガーという名前だったような気がするが、、、違ったかな、)さすがに秋田美人が多かった、、、山口県徳山市(今は合併で周南市に変わったようだが)の港に入り行った大きなキャバレー、私の席に付いたウエートレスの出身が偶然にも新潟県柏崎市と言う事で久し振りに新潟弁が通じ感激した記憶がある、ついつい飲み過ぎたね、、、、

 

この歌の「港町」とは京浜急行大師線の港町駅がある当たりと言われている、倉庫などが建ち並ぶところにコロンビアの本社があった、但しこの辺りは9番地であったが歌詞のゴロの良さから13番地になったと言われる、「銀杏並木の 敷石道を」は横浜の山下公園、「マドロス酒場」は横浜の馬車道あたりの酒場をイメージされたと言われている。
 

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2012-03-10

[hamさんの日本の歌心の歌] あれから1年、 ♪ 北国の春

誰もが経験した事の無い大地震、そして襲ってきた大津波、、荒れ狂った黒い大きな波が牙を剥けて迫ってくる、家も、人も、木も、自動車も、学校も、会社も、、、。 なにもかも呑みこんだ大津波、、

夕方からの勤務に備え自宅で支度をしていると、突然襲った大きな揺れ、テレビのスイッチを入れると興奮したアナウンサーが大地震を告げている、、、暫くで大津波の襲来が告げられ、次々襲って来る津波の模様が映し出された、映画でも見ているような光景に言葉を失った。そして福島の原発事故、あの悪夢のような出来事から1年に成ろうとしている、家を失い、親を、子供を、妻を、夫を、家族を失った多くの人の失望、悲しみははかりしれないだろう、そして今なお、先の見えない不自由な避難所生活を余儀なくされている人々、、関係者の懸命な努力で復旧、復興が少しづつ進みつつあるが、、、、被害に遭われた東北の人々に一日も早く本当の 「北国の春」 が来る事を願い、祈らずにはおれない、、、、、、

10数年前、仕事で取引先のメーカーの工場見学に誘って頂き、岩手県の千厩工場から陸前高田工場を見学した、夜は地元出身の歌手がオーナーであったと言われる、”キャピタルホテル1000” に宿泊したが、ホテルの窓から眺めた、あの美しい松原、山々は今はもう見られないんだろうか、美味しかった海鮮料理、今はもう食べれないんだろうか、、翌日、車で宮古工場のある宮古市まで海岸線を北上したが、あの綺麗な海岸線は今はどうなっているんだろうか、、、。これだけ科学の進んだ今の時代、それこそ原子力を使って、自然災害を完全に防げなくても、少しでも被害を軽減できる方法はないのかね、、、、

千 昌夫

♪ 北国の春 ♪

 

 

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2012-02-20

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ どこかで春が

昨日は「草木の芽が出始める」とされる24節気の一つの「雨水」、県内は強い寒気の影響で今冬最低気温を記録したところもあった、しかし日中は時々陽が差していた、今日は薄曇りだが、時々雲の切れ目から太陽がのぞく、、、この日差しにも何かしら春を感じられるような気がするが、、、、。

子供の頃は今の時期、連日の雪模様から解放されて、晴れた日の朝は気温こそは下がり寒いが雪原が氷り雪原を自由に歩く事が出来る、しみ渡り と言って、小学校までショートカットで一直線、普段の半分以下の時間で行ける、この時期の晴れた日の楽しみでもあった、勿論、帰りは気温も上り、凍結も融けてしまいどびって(ぬかるんで)ダメだが、、、大人は自分の家の田圃に穴を掘り、春になると田んぼに蒔く堆肥をソリで運んでいた、今思うと、一面真っ白な雪原によく自分の家の田圃の場所が解るなー、、、と感心するが、、、少しづつ春の足音が感じられる雪国の今日この頃である、、、、、。昨日、仕事中にラジオのスピーカーから流れた曲、、、

 

作詞 百田宗治

作曲 草川 信   ♪ どこかで春が

        どこかで「春」が生まれてる、
        どこかで水がながれ出す。 

        どこかでひばりがないている、
        どこかで芽の出る音がする。

        山の三月東風ふいて
        どこかで「春」が生まれてる。

 


草川 信(1893ー1948)

作曲家、草川 信(くさかわ しん)は、明治26年(1893)2月14日、長野県埴科郡松代町(現・長野市松代町)に生まれた。1913年に東京音楽学校(現、東京芸術大学の全身)に入学し、バイオリンとピアノを学びますが、そのときのピアノの師が、「靴が鳴る」や「雀の学校」の作曲者として知られる弘田龍太郎でした。その弘田との親交から、卒業後、東京で教員をしながら雑誌「赤い鳥」の童謡運動に参加し、1921年に「夕焼け小焼け」を作曲して、童謡作曲家として一躍有名になります。その後も「ゆりかごのうた」や「どこかで春が」「緑のそよ風」「夕焼小焼け」「春のうた」など、流れるような曲に、親しみやすく印象深いメロディを多数生み出したが、幼少の頃の草川 信はとてつもない腕白坊主であったと言われている、昭和23年(1948)に亡くなりました。

 

百田宗治(1893-1955)

明治26年(1893)大阪市に生まれた。昭和30年(1955)に死去。大正、昭和の詩人、児童文学者で高等小学校卒業後、個人的にフランス語を学び、大正4年、はじめて百田宗治の名で詩集「最初の一人」を刊行した。


 

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2012-02-04

[hamさんの日本の歌心の歌]  ♪  ”花” ♯

立春とは言え北の国は例年にない大雪に見舞われている今日この頃、、南の国、沖縄では桜の花(緋寒桜、別名カンヒザクラ)が見頃だろう、そろそろ沖縄の桜前線が南下し始めているかな、、、、、(本土と違って沖縄では桜前線は南下する)、後2ヶ月もすればこちらでも桜の開花が告げられる頃だ、、、、、、。 仕事、遊びを含めて10回は沖縄を訪れているだろうか、沖縄を訪ねると大体足が向くところがある、南部の玉城村(現、南城市)にある ” 浜辺の茶屋 ” と言う喫茶店だ、(隣に有名人の家がある)一風変わった造りのここで潮風に吹かれ、海を眺めながらのコーヒーは格別だ、近くに住む後輩曰く、沖縄にはこの様な景色の良いところは幾らでもありますよ、、、 と言われて連れて行かれた軽食喫茶、少し海岸線から入るが木立の間から見える海の景色、思わずため息が出るほどの絶景だ、、ここのベランダのテーブルでコーヒーをすすっていた時にかかっていた 詞、曲 嘉納昌吉 ”  ” 、、、この歌を聞いていると身も心も洗われる、、、、、、

 

 
喜納 昌吉(きな しょうきち)
 
昭和23年(1948)6月10日、沖縄県コザ市(現、沖縄市)に11人兄弟の四男として生まれる、父親は沖縄民謡の第一人者喜納昌永、沖縄を代表する音楽家、政治家である。2004年、第20回参議院議員通常選挙比例区に民主党から出馬し初当選する、2010年7月、第22回参議院議員通常選挙比例区に民主党から出馬し、再選を目指すも落選。
 

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2012-01-23

[hamさんの日本の歌心の歌] 東京オリンピックと♪ オリンピック行進曲 ♭ 

昭和39年(1964)10月10日、晴天の国立霞ヶ丘競技場(一般的には国立競技場と呼ばれている)においてアジアでは初めての開催となる第18回夏季オリンピックの開会式が行われた。私は当時働いていた横浜にある会社の寮で他の寮生とテレビに釘付で見ていたが未だハッキリと脳裏に焼き付いている。第2次世界大戦で敗北し見事に復興を成し遂げた日本が再び国際社会の中心的な役割に復帰する足がかりとなる大会になった。その開会式の入場行進に使われたのが、作曲家、古関裕而さんの作った オリンピック行進曲だ、行進曲の軽快さに4年に一回行われる世界の祭典、オリンピックに相応しい上品さをかけ備えた素晴らしい曲だ。

 

防衛大学校の学生が持つ各国の国名を記したプラカードを先頭にオリンピック発祥の地、ギリシャを先頭に各国の役員、選手団が行進する、そしてメインスタンドの貴賓席にご臨席の昭和天皇に敬礼をして整然と行進する様は見ていて実に気持ちが良く感激をしたのを覚えている。最近の入場行進はお祭り、友好ムードが先行して緊張感に欠けるような気がするが、時代の流れだろうか、せめて4年に一度の世界のスポーツの祭典、オリンピックの入場行進はある程度の規律もあっても良いような気がするが、、、。

開会式の聖火の最終ランナーは、1945年昭和20年(1945)8月6日に広島近郊の現三次市で生まれた当時早稲田大学陸上部所属の19歳の坂井義則さんだ。原爆投下の日に広島市に程近い場所で誕生した。私と同輩の若者が、青空の下、聖火台への階段を駆け上る姿はまさに日本復興の象徴であった。

この大会で日本はレスリング、体操、柔道、ボクシング、女子バレーボール、重量挙げ、などでアメリカ、ソビエト連邦についで三番目に多い16個の金メダルを獲得した。

東京オリンピックの開催を契機に競技施設や日本国内の交通網の整備に多額の建設費が投入された、又競技やこれらの施設を見る為の旅行需要が喚起され、カラー放送を見るためのカラ―テレビ購入など、色々な面で消費も増えたため、日本経済に「オリンピック景気」といわれる好景気をもたらした。特に開催地の東京では、開催に向けて競技施設のみならず地下鉄やモノレール、ホテル、首都高速道路など様々なインフラ整備が行なわれ、都市間交通機関の中核として東京(首都圏)から名古屋(中京圏)を経由して大阪(京阪神)に至る三大都市圏を結ぶ東海道新幹線も開会式9日前の10月1日に開業した。

 

作曲家 古関裕而

作曲家 古関裕而さんは明治42年(1909)福島市の呉服店に生まれた、父親が音楽が好きで大正時代では未だ珍しかった蓄音器を買い、いつもレコードをかけていたという、幼いころから音楽の中で育ち、ほとんど独学で作曲の道をこころざした。山田耕筰の推挙で東京の楽壇に進出、クラシック畑からポピュラー畑に転身し、多数の軍歌、歌謡曲、早稲田大学第一応援歌「紺碧の空」、慶應義塾大学応援歌「我ぞ覇者」、東京農業大学応援歌「カレッジソング」、中央大学応援歌「あゝ中央の若き日に」、 全国高等学校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」、阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」、読売ジャイアンツの応援歌「闘魂こめて」、東京五輪のオリンピックマーチなど多くの応援歌、行進曲の作曲を手がけ和製スーザと呼ばれる、「フランチェスカの鐘」「長崎の鐘」「イヨマンテの夜」「あこがれの郵便馬車」「君の名は」「高原列車は行く」、、、、など多数の名曲を残している。誕生日を迎えて1週間足らずの平成元年(1989)8月18日死去。盛大な音楽葬が催され生前、早稲田大学、慶應義塾大学の応援歌を作曲していた古関のために、参列した両大学の応援団がそれぞれの応援歌を歌い、古関の棺は左右からさしかけられた両校の校旗をくぐって進み多くの参列者に見送られた。福島市最初の名誉市民で、同地には1988年11月12日、「古関裕而記念館」も建てられている、しかし本人はこの頃すでに入院生活を送っていたため、足を運ぶことは出来なかった。 2009年4月11日、生誕100年を記念し、JR福島駅の発車メロディに古関メロディが採用された。在来線ホームに「高原列車は行く」、新幹線ホームに「栄冠は君に輝く」が採用され、発車メロディ用に30秒間にアレンジされた曲が流れている。
 

 

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2012-01-14

[hamさんの日本の歌心の歌] 青春真っただ中♯夢呼ぶ海の歌声♭

 

青春時代真っただ中の頃、歌の訓練、カッタ―訓練、酒を飲んだ時、など等、必ずと言っても良いほど歌った歌の一つだ、本当の歌の題名が解らず「眉あげて」と言う事で先輩から後輩に歌い継がれた歌、2年ほど前、NHKのラジオから流れ、我に返って聞き入った「夢呼ぶ海の歌声」だ、、、、明治43年1月23日、逗子開成中学校の生徒12人が漕いで沖に出たボートが転覆、全員が死亡した事件を唄った曲に有名な「真白き富士の嶺」があるが原曲は「七里ヶ浜の哀歌」 とも呼ばれる。映画化された時の主題歌として歌われたのがこの曲だ、、、、。

 


 

作詩 清水みのる  作曲 福島正二  (昭和29年 白根一夫が歌った)

1 眉あげて 富士を仰ぐ  大空は 今日も真澄(ますみ)よ 

  流れ来る 汐の香りに  よみがえる 若き血潮よ 

  漕ぎゆけば オール持つ手に  ほほえみの 瞳かがやく

 

2 群(むれ)唄う かもめつれて  コバルトの 海をいざ行こう 

  夢呼ぶは 島のそよ風 ささやくは 金の小波(さざなみ)  

  君知るや オール持つ手に  虹立つよ 波のしぶきに

 

3 夕なぎの 海もはるか  むらさきに 霞む江ノ島 

  あこがれを 友と歌えば  手を振りて 招く人影  

  いつの日も オール持つ手に  若き日の 夢は躍るよ

 

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2012-01-04

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ ああ上野駅、

      ♪ ♯   ああ上野駅           作詞 関口義昭                                        
                                       作曲 荒井英一       
                                    唄 井沢八郎

どこかに故郷の 香りをのせて
入る列車の なつかしさ
上野は俺らの 心の駅だ
くじけちゃならない 人生が
あの日ここから 始まった

就職列車に ゆられて着いた
遠いあの夜を 思いだす
上野は俺らの 心の駅だ
配達帰りの 自転車を
とめて聞いてる 国なまり

ホームの時計を 見つめていたら
母の笑顔に なってきた
上野は俺らの 心の駅だ
お店の仕事は 辛いけど
胸にゃでっかい 夢がある

 

東京オリンピックの開催、それに合わせて東海道新幹線の開業など、昭和30年代の後半は日本の高度成長期の出発点であった。当時の日本経済の根幹を支え、その労働力の基となったのが田舎から集団就職で都会に迎えられ「金の卵」ともてはやされた若者達である。当時の上野駅は東北、信越から上京する時の玄関口であり、「集団就職」や「出稼ぎ」を象徴する駅であった。歌手 井沢八郎の代表作の「ああ上野駅」が世に出たのが昭和39年である。東北出身者を中心に多くの人に愛され続け、心の励みとなり又人生の応援歌にもなっています。

年末、仕事で駅前で待機していると下りの特急列車が着くたびに大きなカバンを引いた、たくさんのお客さんが降りてくる、、、年が明けて3日4日、今度はUターンが始まった、駅前で待機していると家族に車で送ってもらい、 バイバイ、、! まるでちょっと買い物にでも行ってくるような風景だ、、、上りの特急に乗れば途中で新幹線に乗り換えて2時間ちょっとで東京駅に着いてしまう、、、、つくずく時代の流れを感じずにはおれなかったなー、、、、、、、、、。

昭和30年代、まだ田んぼには雪が残っている3月下旬、仲間と上野行きの夜行普通列車に乗った、私の場合は「銀か銅の卵」くらいだが、、、早朝に上野駅に降り立った、私の第二の人生はここから始まった。そして5ヶ月後のお盆に初めての帰省、今度は自分で働いたお金で列車も 急行 白山 お土産は 象印の魔法瓶 と呼ばれるもの(今で言う保温ポットだ)、意気揚々と駅に降りた。しかし又東京に帰る時の寂しさ、、家で両親に ”頑張るんだぞ” と励まされて、とぼとぼ砂利道を歩いて県道まで、そこから、おんぼろバスに揺られて駅へ、そして又蒸気機関車に引かれた急行 白山 で7時間かけて上野駅に降り立った、、、、、特急 はくたか から降りてくる人々を眺めて、つくずく50年、半世紀と言う時代の流れを感じた、。

 

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2011-11-30

[hamさんの日本の歌心の歌] 琵琶湖周航の歌

 
 
    琵琶湖周航の歌                   作詞   小口  太郎    
                       原曲   吉田  千秋

  われは湖の子  さすらいの
      旅にしあれば  しみじみと
     のぼる狭霧や  さざなみの
      志賀の都よ  いざさらば

  松は緑に  砂白き
      雄松が里の  乙女子は
     赤い椿の  森蔭に
      はかない恋に  泣くとかや

  浪のまにまに  漂えば
      赤い泊火  なつかしみ
     行方定めぬ  浪枕
      今日は今津か  長浜か

  瑠璃の花園  珊瑚の宮
      古い伝えの  竹生島
     仏の御手に  いだかれて
      ねむれ乙女子  やすらけく

  矢の根は  深く埋もれて
      夏草しげき  堀のあと
     古城にひとり  佇めば
      比良も伊吹も  夢のごと

  西国十番  長命寺
      汚れ(けがれの現世うつしよ)遠く去りて
     黄金の波に  いざ漕がん
      語れ我が友  熱き心

 
琵琶湖の美しい自然と、周航のロマンを情緒豊かに歌い上げたこの歌は、大正6年に滋賀県高島市今津町で生まれました。大正6年6月、第三高等学校(現京都大学)ボート部は学年末(当時7月卒業)の慣例によって琵琶湖周航に出ていました。小口太郎ら一行は大津の三保ケ崎を漕ぎ出て、1日目は雄松(志賀町近江舞子)に泊まり、2日目の6月28日は、今津の湖岸の宿で、疲れをとっていました。その夜、クルーのひとりが「小口がこんな歌をつくった」と同行の漕友に披露し、彼らはその詞を、当時彼らの間で流行していた歌の節に乗せるとよく合ったので、喜んで合唱したということです。「琵琶湖周航の歌」誕生の瞬間でした。そして三高の寮歌として、学生たちの愛唱歌として広まっていきました。
このころの歌集には、作詞作曲小口太郎、または三高ボート部となっていましたが、小口太郎の人物像すら不詳で、熱心な研究者の手で究明が始まり、曲は「ひつじぐさ」のメロディを借りたものとわかり、昭和54年には「作曲者は吉田千秋」と名前まで特定できましたが、身元は不明のまま、その後の調査で新潟県出身で現東京農業大学に学び、大正4年、雑誌「音楽界」8月号に「琵琶湖周航の歌」の原曲とされる「ひつじぐさ」を発表した。その後幾多の歌手がレコードに吹き込み、昭和46年夏、加藤登紀子の大ヒットへとつながっていきました。

 
 
小口太郎
 
明治30年生まれ。長野県岡谷市出身。第三高等学校(現京都大学)に学び、のち東京帝国大学(現東京大学)に進む。三高在学中の大正6年6月28日、ボートで琵琶湖周航の途中、今津の宿で周航の歌の詞を仲間に披露した。26歳で永眠。
 
吉田千秋

明治28年(1895)2月18日に新潟県中蒲原郡小鹿村大字大鹿(現・新潟市、旧新津市)に生まれた。父親は歴史・地理学者であった吉田東伍で、千秋は次男である。現東京農業大学に学びながら、音楽やローマ字関係の雑誌に投稿を始め、大正4年、雑誌「音楽界」8月号に「琵琶湖周航の歌」の原曲とされる「ひつじぐさ」を発表した。若くして肺結核を患い24歳で永眠。
 
 
 
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2011-11-10

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 港町ブルース、

作詞 深津武志、 なかにし礼     港町ブルース     唄 森 進一

作曲 猪俣公章

背のびして見る 海峡を
今日も汽笛が 遠ざかる
あなたにあげた 夜をかえして
港 港 函館 通り雨

流す涙で 割る酒は
だました男の 味がする
あなたの影を ひきずりながら
港 宮古 釜石 気仙沼

出船 入船 別れ船
あなた乗せない 帰り船
うしろ姿も 他人のそら似
港 三崎 焼津に 御前崎

別れりゃ三月 待ちわびる
女心の やるせなさ
明日はいらない 今夜が欲しい
港 高知 高松 八幡浜

呼んでとどかぬ 人の名を
こぼれた酒と 指で書く
海に涙の ああ愚痴ばかり
港 別府 長崎 枕崎

女心の 残り火は
燃えて身をやく 桜島
ここは鹿児島 旅路の果てか
港 港町 ブルースよ


お客様をお供して駅構内に戻り、ぼんやりと駅前のアーケードを行く人を眺めていると車の中のラジオのスピーカーから流れて来た曲で我に帰った、、、、、森 進一の”港町ブルース”だ、あの潰れたような声、しぼり出すような声が好きだ、、、この歌を聞くと本社勤務も含め十年の船員生活を思い出す。

北アメリカ航路の材木船に乗船していた私は約1ヶ月半ぶりに日本に戻り広島港に着いたが4日ほど沖待ちと言う事で沖に停泊した。入港後の目の回るような忙しさも一段落し夕食を済ませ、サンパン(通船)で上陸してみた、宇品(うじな)と言う地名だったような気がするが、、、、。路面電車の走る、人気の少ない道路の歩道を行くあてもなく歩いていると一軒のスナックからかすかに洩れていた歌がこれ、森進一の「港町ブルース」だ、、、魔法にでもかかったかのように、このスナックのドアーを押して中に入った、、、、、、。

” いらっしゃいませ、どうぞお好きなところにお掛け下さい ” ママさんが一人カウンターの中に立っていた、他にお客さんは誰もいない、、カウンターの一番はじに掛けてビールを注文、先ずビールだ、、、。当時は未だカラオケなんてのはほとんど無い、有線放送だ、港町ブルース をリクエストすると電話で申し込んでくれる、すると順番に曲がかかると言う仕組みだ、ニッカウヰスキーの水割りを飲みながら 港町ブルースをしんみりと聞いているとママさんが お客さんはどう言う人ですか、、? と話しかけてきた、、 どう言う人って普通の人だわね、、 学校の先生、公務員、警察の人、、?  悪いが全部はずれだね、、! 言葉からして広島の人では無いような気がしますが、東京から出張に来ているんですか、、、  まー、本社は東京だし、出張と言えば出張だ、、、 私は上陸する時は特別な事情が無い限り、スーツにネクタイが基本だ、今までに自分から言わない限り職業が船員と言われた事は無い、、、、、。

 

 

この曲を聞くと30年以上たった今でも船で訪れた当時の港の事を、最近は昨日、今日の事さえ忘れるのに比較的鮮明に覚えているから不思議だ。 北海道、苫小牧・ 八戸・ 秋田・ 新潟・ 敦賀・ 舞鶴・ 宮津・ 戸畑・ 博多・ 長崎・ 鹿児島県、喜入・ 津久見・ 大分、佐賀関・ 新居浜・ 愛媛県、菊間・ 徳島・ 徳山・ 岩国・ 下松・ 広島・ 尾道・ 因島・ 倉敷市、水島・ 宇野・ 相生・ 大阪・ 堺・ 和歌山・ 名古屋・ 清水・ 横浜・ 東京・ 君津・ 鹿島・ 沖縄、那覇・ 石垣島・ それぞれの港に思い出がある、、、、、、、。

 

 

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2011-10-30

[hamさんの日本の歌心の歌] ”故郷” 高野辰之記念館

1  兎追ひし かの山
   小鮒(こぶな)釣りし かの川
   夢は今も めぐりて
   忘れがたき 故郷(ふるさと)

2  如何(いか)にいます 父母
   恙(つつが)なしや 友がき
   雨に風に つけても
   思ひ出(い)づる 故郷

3  志(こころざし)を はたして
   いつの日にか 帰らん
   山は靑き 故郷
   水は淸き 故郷

♪ 兎追ひし かの山 小鮒釣りし かの川、、、、、、、 誰もが口ずさんだ事のある 小学校唱歌 ”故郷” あまりにも有名なこの歌詞に出る かの山 とは昨日登った「斑尾山」、付近の「熊坂山」、「大平山」と言われ、又 かの川 とは街の中を流れる「斑川」と言われている、同じ小学校唱歌の有名な「春の小川」もこの川であると言われている。この曲の作詞者は長野県の豊田村(現、中野市)出身の高野辰之である、この美しいであろう故郷を訪ねてみたく、斑尾山を下山して旧、豊田村に向かった、、、、やはり想像していた通り、なだらかな山に囲まれ、棚田や畑が広がるのどかな山裾にあり、今もなお静かな美しいところであった、、、、、、、。

 
高野辰之は明治42年(1909)に文部省の小学校唱歌教科書編さん委員に委嘱され、この作詞委員として、「尋常小学唱歌」(全六冊)の作成に携わり、作曲者の岡野貞一とのコンビで今に残る名唱歌を世に出しました。これらの歌は文化庁実施の親子で歌いつごう日本の歌百選に5曲が選ばれ今なお人々に愛され歌い継がれています。
● 第一学年用 、、、 「日の丸の歌」
● 第二学年用 、、、 「紅葉、もみじ」
● 第三学年用 、、、 「春が来た」
● 第四学年用 、、、 「春の小川」
● 第六学年用 、、、 「故郷」 「朧月夜、おぼろつきよ」
高野辰之の歌からは、故郷を遠く離れて、なお断ちがたい懐旧の念を感じる事ができる、、、、、、。
 
 
文学博士 高野辰之(1876~1947)
明治9年(1876)長野県北部の永江村(現、中野市)の農家に生まれた辰之は豊かな自然の中、厳しい父のもとで農業の手伝いをするかたわら土蔵に隠れて本をむさぼり読むという向学心にあふれた少年であったと言われている。高等小学校を卒業後、母校の永田尋常小学校の代用教員を勤め3年後に長野県尋常師範学校(現信州大学教育学部)に入学、26歳の時、上田万年文学博士(円地文子の父)をたよって上京、博士のもとで国語、国文学の研究に没頭し、やがて「文部省国語教科書編さん委員」に選ばれて国文学者としての地を固めていった。国が初めて発行した国定音楽教科書「尋常小学唱歌」を編さんする一方、「春が来た」、「紅葉」、「朧月夜」、などの唱歌、又全国の多くの小学校、中学校、高校、その他の学校などの校歌などを作詞した。明治後期からは「日本歌謡史」「江戸文学史」「日本演劇史」を次々と書きあげ、これらは高野辰之の三大著作として近代の国文学に大きな功績を残しました。大正14年に東京帝国大学から文学博士の学位を、昭和3年には帝国学士院賞を授与されています。昭和22年(1947)野沢温泉村の別荘「対雲山荘」で永眠、享年71歳。
 
 
 
 高野辰之記念館
高野辰之がかって学び、代用教員として教鞭をとった永江学校、永田尋常小学校の後身の永田小学校の跡地に高野辰之記念館が有ります。敷地内には小川が流れ高野辰之の銅像が建ち、館内には辰之の生涯を紹介したビデオが放映されたくさんの資料が展示されている。又付近には辰之の生家、高野家の菩提寺、唱歌「朧月夜」の歌詞に登場する鐘のあるお寺の真宝寺、「故郷」の かの川 の「斑川」が流れ、又歌碑が歩道に建てられています。
 
岡野辰之記念館の写真は   = こちら =

 

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2011-10-25

[hamさんの日本の歌心の歌] 里の秋

 

作詞
作曲
斎藤信夫
海沼  実      の秋
 


静かな静かな 里の秋
お背戸(せど)に 木(き)の実の 落ちる夜は
  ■ああ 母さんと ただ二人
  ■栗の実 煮てます いろりばた

 
明るい明るい 星の空
鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
  ■ああ 父さんの あの笑顔
  ■栗の実 食べては 思い出す

 
さよならさよなら 椰子(やし)の島
お舟にゆられて 帰られる
  ■おお 父さんよ 御無事(ごぶじ)でと
  ■今夜も 母さんと 祈ります

 

10月も残すところ僅かになった、紅葉前線も駆け足で山を下り、里にも少しづつやって来たようだ、いつも通る道のイチョウの街路樹の葉が黄色く色づき、風に舞っていた、、、、、、、。

 

 

 1945年(昭和20年)12月のNHKラジオ番組「外地引揚同胞激励の午後」で童謡歌手、川田正子の新曲として全国に向けて放送された歌で、父親らの帰還を待ち焦がれる人々の心を瞬く間に捉えた歌。1番ではふるさとの秋を母親と過ごす様子、2番では夜空の下で遠くにいる父親を思う様子、3番では父親の無事の帰りを願う母子の思いを表現している。平成19年(2007)「日本の歌百選」に選ばれた。


 

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2011-10-01

[hamさんの日本の歌心の歌] 雪山賛歌

 ♪  雪よ岩よわれらが宿り
     俺たちゃ町には住めないからに


    山よさよならごきげんよろしゅう
     また来る時には笑ってくれ  ♪ ♪

一昨日、火打山登山に行く為、登山口のある笹ヶ峰に向かっていると、道路脇にひっそりと建っている石碑を見た、以前からある事は解っていたんだが、はたして何の碑なんだろう、、、、と思いつつ今日に至り、よし帰りにじっくりと見ていこう、、、。

大人であれば誰でも一度や二度は口ずさんだ事のある有名な歌 「雪山賛歌」、 この歌が、妙高高原、笹ヶ峰に深くかかわりがある事は恥ずかしながら全く知らなかった、、、、( 汗   )。

この歌は大正末期から昭和の初期にかけ、毎年正月に、山とスキーを愛する京大生らがスキー合宿に集まった際、アメリカ民謡「オー、マイダーリン、クレメンタイン」の替え歌として歌ったのが始まりとされ、その後、京大の山岳部歌となり、後年、ダークダックスが歌って一躍有名に成りました。多くの世界的なアルピニストを輩出した京大山岳部の全ての部員は笹ヶ峰に集い、”雪山賛歌” を歌いついで来ました。元の歌詞には京大ヒュッテから見える山々を歌ったものもあるようです。これを記念してこの地に雪山賛歌の歌碑を建立しました。    = 案内板より =

雪山賛歌の出来るまで、、

大正15年1月現京都大学の山岳部が群馬県の鹿沢温泉でスキ-合宿された。合宿が終わって後に第1次南極観測隊の越冬隊長をされた西堀栄三郎氏、京大カラコルム遠征隊長となった四手井綱彦氏、アフガニスタン遠征隊を勤めた酒戸弥二郎氏、並びに東大スキ-部OBで後にチャチャヌプリ遠征隊長をされた渡辺漸の4名にてスキ-で新鹿沢へ下って宿泊されたが翌日天候が悪化し宿に閉じこめられた。 一行は、退屈まぎれに「山岳部の歌」を作ろうと言うことになり、曲をアメリカ民謡「いとしのクレメンタイン」としこれに合わせて皆で上の句、下の句と持ち寄って作り上げたものであると言う。戦後京大山岳部員が当時の資料に記載されていたこの歌を寮歌に加え歌われ始めたのが急速に一般にも愛唱されるようになったが、作者不詳となっていたものを作詞の状況を知った、京大教授桑原武夫氏が作詞は西堀だと著作権の登録をされたもので、この印税は同山岳部の活動の大きな資金源となっていると言う。

 
第一次南極観測隊
昭和30年(1955)9月にブリュッセルで開かれたCSAGI第2回南極会議において、日本代表の長谷川万吉、永田武らは日本の南極観測参加の申し入れを正式に行った結果認められて、プリンスハラルド海岸における観測を要請された。
南極観測が国際的に承認されたことにより、早速、国内に種々の委員会が設置されて、準備に当たり又、観測隊員の人選も行われ、隊長には東大の永田武氏、副隊長には京大の西堀栄三郎氏が決まった。これらの準備を経て、昭和31年(1956)11月8日、我が国初の南極観測船「宗谷」(満載排水量4,600トン、エンジン4,800馬力)が観測隊員53名、乗組員77名、計130名を乗せて東京港、晴海埠頭を出港したのであった。途中、オーストラリアのフリーマントルに寄港、アフリカ大陸の南端、ケープタウンで観測船宗谷の随伴船として同航する東京水産大学(現、海洋大学)の海鷹丸と合流し、時化の南氷洋を越えて1957年1月30日に南極・オングル島に到着し、一帯を永田隊長が「昭和基地」と命名した。越冬隊員11人を残し、2月15日に帰国の途についた。

南極観測船 ”宗谷” はもともと観測船に建造された船ではなく南極海で厚い氷に閉ざされて動けなくなり、旧ソ連の砕氷船 ”オビ号” に救助された事があった、その後海上自衛隊が運航する、砕氷船 ”ふじ”  ”しらせ” 2009年からは二代目 ”しらせ” が南極観測に参加している。

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良い思いも沢山させて頂いた激動の人生、
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