2014-07-12

[古い航海日誌 鶴邦丸] 退社、そして入社

山口県の旧徳山市の○○石油の専用桟橋でお世話になった鶴邦丸を退職の為下船し、次の就職のことで学校に行かなくてはならない、東京に向かうべく宇部空港に行き、飛行機で羽田へ着いたが夜もたっぷり暮れていた。学校に行くのは明日にして、今晩は寮にお世話になろう、、と言うことで浜松町から寮に向かった、、、

 
寮の玄関の前に立つと中から大きな声が聞こえる、あれー、先生の声だな、まずいところに来てしまったなー、しかしもう一人聞き覚えのある声も聞こえるが、、いまさら帰るわけにもいかず玄関の戸を開けた。先生、○○海運を退社しました! おー、お前はもう船に乗らないのか? いえ、また船会社に就職したいのですが、、すると、実験で日永丸に乗船した時のキャプテンがみえているからお願いして見ろよ、、研究室にいた時に実験助手でフィリピン航路の材木船に2航海、乗船した事があるんだが、その時にお世話になったキャプテンが陸上籍に変わり今は船員課長である、ちょうど寮の誕生会に招かれていたわけだ。キャプテンから、 ○○、おまえうちの会社に来い、、内心は貨物船が多い会社に就職したいんだが、話の成り行きで、はい、おねがいします! と言う事になり日正汽船(現、JXオーシャン(株))に入社する事になった。2年間の本社勤務を含め、清峰丸、佐賀関丸、佐賀関丸、清峰丸、日正丸、日豊丸、本社勤務、霞峰丸、霞峰丸、霞峰丸、とお世話になった。
 
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2014-07-05

[古い航海日誌 鶴邦丸] 徳山入港、さようなら鶴邦丸



沖縄東方海上を北上し奄美諸島沖にくると空は晴れあがり夏の日差しだ、入港前になると早く目が覚める、デッキに出て日光浴だ(写真)、明日にはいよいよ下船だが、デッキから海を眺めていると本船での色々な出来事が思い出される。
 

朝、目が覚めると本船は豊後水道から豊予海峡を通り周防灘に入った、右舷には四国の島影、左舷には九州、そして山口県、瀬戸内海の島々が臨める、まさに海上からでないと経験できない光景だ。まもなく前方に○○石油の製油所が見えてきた、本船は徐々に減速してタグボートも本船の横を併走し1時間後、製油所の専用桟橋に着桟した。代理店、官憲が乗船し入港手続きが始まり1時間ほどで終了すると直に荷役作業が始まり本社や交代の乗組員が乗船してきて戦場のような忙しさだ。身の回りの荷物は整理し、部屋は交代の先輩が使われるので既にボーイさんが綺麗に掃除してくれた。まもなく私の交代の○○先輩が乗船してきた、 ○○君、おまえ会社を辞めるのか、? 他社に就職したい、とも言えず、今後の事はゆっくり考えます、、、と言う事にした。
本船での最後の食事のカレーを食べて幹部乗組員に挨拶をして40日間お世話になった本船のタラップをおりた。北米航路の瑞陽丸、錦陽丸、剛邦丸、そして本船鶴邦丸、短い期間であったがみんな気の良い乗組員ばかりだった、冬の北太平洋での苦しい船酔い、一生忘れる事はないだろう、、桟橋から眺める本船は大きい、そして、あのファンネルマーク(写真)、またどこかの港で見る事が出来るだろう、、さようなら、鶴邦丸、、、
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2014-06-26

[古い航海日誌 鶴邦丸] 懐かしい日本の島影

順調な航海を続ける本船は、バシー海峡を通過し石垣島、宮古島の遥か東方海上を北上し沖縄本島沖にさしかかった(写真)、約40日振りに見る日本の島影だ。本船の左舷側を○○タンカーの大型タンカーが沖縄本島の方に向かっているようだ、恐らく金武湾の石油備蓄基地に向かっているのだろう。沖縄の島影を眺めていると今航の色々な事が思い出される、なんと言っても私の電報の受信間違いで本船が数時間、目的地と違う方向に走った事だ、一生忘れられない大失態だ、私が退職を決意した大きな要因の一つになった。ちょっとした受信間違いがこれほど大きな意味を持つ間違いになるとは思わなかった、それだけ通信というものの重要性を改めて知る事になった。タンカーに乗船するのはこれが初めで最後になるかもしれないなー!
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2014-06-17

[古い航海日誌 鶴邦丸] 南シナ海北上中、下船準備

本船は南シナ海を山口県の徳山(現周南市)向け北上中だ、この海域から一昼夜ちょっと走れば香港だろう、しかし今の会社では先ず香港に行くことはないだろう。退職を決心したが何かしら寂しい気もするが、通信長は、せっかく国家試験を受けたのに船を下りてどうするの?と心配してくれているが、今のところ、これからのことは未だ何も考えていません、下船してからゆっくり考えたいと思います、、としか答えようがない。今航は三席さんも見習いで乗船しているが未だ独り立ちは無理のようだ。私の交代で乗船される先輩の職種は通信長だが海上籍から陸上籍に変わり現在は船員課勤務だが、海上籍に復帰し私の交代として乗船される。今の通信長が休暇下船されるとそのまま通信長に繰り上げだろう。下船準備といっても大した荷物は無いんだがクウェートでお土産に買った品物だけ入港後、通関を済ませて田舎に送るための準備だけしたが、、、夜の零時に当直が終わりシャワーを浴びて一人部屋でビールとウイスキーで一杯を初めたが、今日は酔わないねー、、、
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2014-06-06

[古い航海日誌 鶴邦丸] シンガポール通過、下船決まる

退職の件で通信長には一晩考えてみます、と伝えたが腹はもう決まっている、翌日9時過ぎに起きて無線室へ行き、当直中の通信長に、一晩考えてみたんですが、やっぱり私には船は向かないようなんで退社したいと思いますので、ご迷惑をおかけしますが交代の手配をお願いします、、と通信長に告げると、そうか、残念だがキャプテンに話してなんとか交代を手配してもらうよ! 気持ちがすっきりした。昼食を食べて午後のワッチに入っていると昼食の終わったキャプテンが電報送信帳を持って無線室にやってきた。 二ツ○○○タイショクネガイデタ、コウタイテハタム」センテウ 長崎無線局/JOS経由、本社の船員課あて打電した。翌日本船はマラッカ海峡に入り、夕方シンガポール沖を通過した。遠くにシンガポールの高層ビルが見える(写真)、タンカーではシンガポールの沖は毎航通るがシンガポールに入港することは無いだろう、、今の会社を辞めて次に入社したい会社は東南アジア航路の貨物船ばかりだ、シンガポールなんていつでも来れるだろう、、、シンガポール海峡を通過して本船は南シナ海にでた。キャプテンから本社の船員課宛に交代の電報を打ってもらったが二日間たっても、なんの連絡もなしだ、えー、イライラするなー、しかし三日目に電報が来た、 ニツ○○○トクヤマニテゲセン、カワリ○○○○」センインカ 下船は決まったが私の交代で乗船するのはなんと、本社勤務をしている私の先輩ではないか、交代がいなく急遽、陸上勤務から海上勤務になったんだろう、、こりゃー先輩に迷惑をかけるなー、、、なにかすっきりしないが、あと1週間がんばろう、、、
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2014-05-26

[古い航海日誌 鶴邦丸] 退職を決心!

すっきりしない日々が続いたが思い切って退職を決心した。早めに起きて無線室へ、通信長は見習いの三席さんのD君となにやら話していたが、局長、ちょっとお話があるんですが!温厚で紳士な通信長、ほー、改まってどうしたね?こー言う時ははっきりと言った方が良い、退職しようと思うんですが、、、ときりだすとびっくりした顔をして当然だが退職する理由などを尋ねてきた。理由はタンカーが嫌になったこと、入港前の電報の受信間違も影響している、しかしそんなことは言えない、嘘も方便だ、どうも船が合わないようなんで船を辞めたいんです!すると通信長はキャプテンに話して今航徳山で下船できるように本社の船員課に交渉してもらうから、せっかく入社したんだから、、、と言うが腹は決まっている。昼食を食べて午後からの当直に入っていると昼食を終わったキャプテンが無線室にやってきた。次席さん、一応船員課に下船希望の電報を入れるから、と電報依頼書を持ってきた、 二ツ○○○ゲセンネガイデタ、コウタイテハタム」センテウ さっそく長崎無線局と連絡をとり本社宛に打電した。今日明日くらいには何か言ってくるだろう、しかし日本ではもう夕方だ、明日だな、翌日の午後の私の当直時に長崎無線局の一括呼び出しで本船が呼ばれた、よし、来たな!22Mhzで長崎無線局を呼びなんとか連絡がとれ受信すると本社からだ、しかーしだ!本文を受信し始めると暗号電報だ、暗号電報を受けるのは初めての経験だ、間違いのないように電文を確認しQSLを送る、暗号で全く意味がわからないがキャプテンに届けた、当然キャプテンの部屋には暗号の解読書があるはずだ。しかし無線室の棚にも分厚い暗号の解読書があることは知っていた。内心びくびくしながら分厚い解読書を見て解読方法が解った。もう昔の事で時効だ、内容はこうだ、 ミ」ニツ○○○コウタイテハツカズ、セットクセヨ」センインカ 私の交代者の手配がつかないので説得せよ、と言う内容だ。当然の事だが通信士には守秘義務がある、なにくわぬ顔をして夜の当直に入っていると案の定、通信長がやってきた、内容はわかっている。通信長の立場も有ると思い、気持ちは変わらないと思いますが一晩考えてみます、、、と言うことにした。
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2014-05-19

[古い航海日誌 鶴邦丸] インド洋の夕日

クウエートのミナ・アル・アマディー港を出港しペルシャ湾、ホルムズ海峡からインド洋のアラビア海に出た。ドアーを開けてデッキに出ると相変わらず焼けつくような暑さだ。航海中は10時頃に起きて、昼食を食べて当直に入り、また夕方4:30から夕食を食べて夜の8:00~夜中の零時まで当直に入る、毎日が版で押したような生活が続く、、夕食を食べてレクレーションルームを覗くと麻雀をやっているグループ、将棋をやっている人、、色々だが直ぐに自分の部屋に向かった。フライングパッセージを歩いていると丁度夕日が沈むところだ、潮風に吹かれながら暫く海を眺めていると、なにか寂しいような、わびしいような気分が冴えない、船が嫌じゃないんだがどうもタンカーが嫌だ、それに入港前の仕事の大失態も影響しているんだろう、退職する方向でだいぶ腹もかたまってきている、一両日中には結論を出そうと思っているんだが、それにしても綺麗な夕日だなー、、、

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2014-05-08

[古い航海日誌 鶴邦丸] アマディー出港、徳山向け、嫌になってきたねー!

積荷が終わり原油を満載した本船は夜しずかに桟橋を離れて山口県の徳山(現周南市)に向かった。停泊中は煙草もろくに吸えないし酒も飲めない、見えるのは砂漠だけだ。デッキに出てみると真っ暗闇の中を進んでいる、シャーっと本船が海水をかき分けて進む音だけが不気味だ。船内時間の零時まで2時間ほどワッチをして当直が終わった。明日から17~8日の航海が始まる、さっそくバスルームに行きシャワーを浴びた、鍵を掛ける心配もないし酒も飲める、入港してもろくに上陸もできない、また上陸してもなにも無い、これじゃー航海中の方がましだわ!シャワーを浴びて部屋でビールを飲んでいるとなんだか嫌になってきた、やっぱり船乗りになったんだ、色々な国にも行ってみたい、タンカーじゃまるで夢がない、お金を貯めるんならタンカーが良いだろうがネ、入港前の仕事上の大失敗も原因しているんだろうか、、、こんな会社辞めてやろうか、、!船が嫌じゃないんだが、正直なところ入社前に研究室にいたのでどこの会社から求人が来ているかちゃーんと解っている、その中に大手海運会社の子会社で東南アジア航路の貨物船だけを運航している会社がある、辞めてこの会社に行くかなー、まー2~3日ゆっくり考えてみよう、、

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2014-04-30

[古い航海日誌 鶴邦丸] クウェート、 ミナアル アマディー入港

本船は夜、クウェートのミナアル アマディに着桟した。早速税関やら官憲が乗船して入港手続きが行われ30分ほどで終了した、間もなく原油の荷役も始まった、桟橋には外国籍のタンカーが1ぱい着桟しているが荷役はほとんど終わっているようで間もなく出港するようだ。アルコール類はストアーに入れシールされたのでビールも飲めないし今晩は早めに寝ることにする。しかーしだ!暑くてなかなか眠れそうにない、部屋に有ったゴザを水で濡らしてベッドではなくソファーに敷いてベンチレーターの風を体に当てて下着一枚で寝ることにした。夜なかじゅう体に風を当てていたせいだろうか、あさ起きると体がだるい、、積荷中は特に火気厳禁で無線室で書類の整理をするくらいだ、日中は焼けるように暑い、初めて来たペルシャ湾、デッキに出ても遠くに砂漠が見えるだけでなーんにもない、クウェートの町にでも行こうと思ったが内心がっかりだ、、、、、

食事の時にほかの乗組員に尋ねると、次席さん、ペルシャ湾なんてどこに行っても砂漠ばかりでなにも無いよ、、と冷たい返事、、日中は焼けるように暑いが日が沈むと少し涼しくなる、現地の作業員は寒い寒いと言ってセーターを着込みデッキにござを敷いてイスラムのお祈りを始める、夕食を食べて少し涼しくなったので桟橋を歩いてシーメンズクラブに行ってみた、売店のようなものがありお土産などを買うことも出来るが船で土産用のコニャック、壁掛けなどを注文したので特別に買うものもない。当社はタンカーがほとんど、部屋でぼけーっとしているとなにか嫌になってきたねー、、、

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2014-04-21

[古い航海日誌 鶴邦丸] とんでもない大失敗!

昨夜ホルムズ海峡を通過した本船はペルシャ湾をクウエートのミナ・アル・アマディ(Mina Al Ahmadi)に向け航行している。ペルシャ湾と言っても広い、少し白波が立っている、そして右舷にはかすかにアジア大陸のイランが見える、夜にはクウエートのアマディーに入港するだろう。午後のワッチに入り間もなくクウエートの海岸局(Kuwait Radio/9kk)経由で代理店から電報が来た。本船の積地がアマディーからシュワイバ(Ash Shuaybah)に変更になるが東京の本社から未だ正式に連絡が無い、後ほど又連絡する、と言う内容だ。タイピングしてキャプテンに届けると、電文を見てキャプテンはブリッジ(船橋)に上がって行った。そして数時間後に海岸局が本船を呼んできた、国際電報を受信すると、電文の中に I I と言う文字が続いた、外国の海岸局の場合は I が二回 (・・  ・・)はレピートする意味にも使われる事があるんだが、私は次につながる単語からしてそのまま I I(アイ・アイ) と受信した。しかーしだ! 当然だが受信した語数が一語多くなる、どうしょう、!語数により課金される、焦ったがすぐにQSL(受信証)を送信しないで海岸局を待たせて通信長の部屋に走って行った。通信長は窓のカーテンを閉めて机に座り墨と毛筆で書道の練習中だった、電文を見せて状況を話すと、、これで良いよ!外国の海岸局の場合は語数が合わない事はよくある事だ、、タイプで打ってキャプテンのところへ、やれやれ、、16:00当直が終わり通信長、三席さんと替わりメスルームで夕食を食べて入港前なので無線室に行くとキャプテンが電報を持って無線室に入ってきた。局長、どうもおかしいんだよなー、代理店が言ってる事と、本社が言っていることが違うんだが、、? キャプテンと通信長が電文を見ながら喋っている中で、、ひょっとして先ほどの電報、私の受信間違いではないのか、、でも通信長はあれで良い、と言っていた。不安になってきたが思い切って、通信長、先ほどの電報は、、、、、、、、! と状況を話すと、通信長の顔色が変わったのが判った、すると通信長の口から思いもかけない言葉が、君たちは未だ慣れないのに早く送信するから相手も早く送信してくる、だから間違うんだよ!ときた、なにー、解らないからあんたに聞いたんじゃないか、あんたがそれで良いと言ったじゃないか、、、と思い、口から出かかったが、、しかし、定年前のナンバーワン通信長と言われる人だ、じっと堪えて我慢した、キャプテンが、局長、これは責任問題だぜ!そりゃそーだ、数万トンのタンカーが逆方向ではないが、少なくとも数時間目的地と違う方向に走ったんだ、入港時間が遅れるのは間違いない、I I (アイ)二文字でほぼ反対の意味に変わってしまった。結局、積地は初めの通りMina Al Ahmadiだ、悔しいやら、腹がたつやら、情けないやら、、、すっきりしないねー、、、

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2014-04-13

[古い航海日誌 鶴邦丸] ホルムズ海峡通過、ペルシャ湾へ

アラビア海をわたりオマーン湾に近づくと更に熱くなってきた、日中はムッとする暑さ、デッキの鉄板は暑さで焼け付き卵を落とすと半熟の卵焼きができるだろう、。オマーン湾に入りしばらくすると左舷にアラビア半島が見えてきた、赤茶色の小高い山、地面が焼け付いている感じだ、見ただけでも熱そうな光景だネ、、船上からは緑なんて見えない。

午後からワッチに入ったがこの海域まで来ると日本との時差も大きくなり、日本では夕方から夜に入り通信に使う周波数も一定しない、長崎無線局/JOSでは高い周波数の運用は終了してくるし、その時の空中線状況により周波数を選定する。ワッチ中に日本とQSO(通信)できない時は現地、日本、ともに夜になる夜の私のワッチ(当直)まで持ち越しになることが多い。ワッチが終わり夕食を食べにフライングパッセージを歩いていると右舷にもアジア大陸、イランが水平線に見えている、間もなくホルムズ海峡(写真)だろう、、。

ホルムズ海峡はオマーンとイランに接する海峡でもっとも狭いところは30数キロだ、日本が輸入する石油の80パーセントはペルシャ湾から船で運ばれ年間約3400隻の原油、LNGを積載したタンカーがこの海峡を通過し日本に向かう、日本のみならず世界にとっても極めて重要な海峡だ。狭く通過船舶が多く、衝突を避けるため幅3キロメーターの西行き、東行きのレーンが設けられている、、、。

 

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2014-04-10

[古い航海日誌 鶴邦丸] アラビア海北上中

セイロン島(現スリランカ)のドンドラヘッドを通過した本船はコースを北西にとりペルシャ湾の入り口のオ―マン湾に向け航行している(写真)、日本を出て2週間が過ぎた、この間1万6000馬力のエンジンは一度も休むことなく動きっ放しだ、大したもんだね、、あと4日ほどでクウエートに入港する。アラビア海に入ると途端に日本との通信が大変になったネ、焼けつくような暑さの中をデッキに出てみると本船の横をたくさんの魚が飛び跳ねて本船と並走している、あれやトビウオかい?いや随分大きな魚だわ?ブリッジに肩振りに行きクオーターマスターに聞いてみると、あれはイルカですよ!イルカの大群は初めて見た。しばらくブリッジで肩を振り(肩振り、とは船乗り言葉で、暇つぶしをする、と言うような意味だ)ブリッジからそのままフライングパッセージを歩いて艫のメスルームへ昼食に、セコンドエンジニアーは今航日本で休暇下船との事だ、予定では赤ちゃんが生まれるので前航、徳山で休暇下船の予定だったが交代者の手配がつかず1航海伸びたらしい、初めての子供が生まれるのに奥さんの横に居れない、船乗りの宿命だね。昼食を食べて又午後からワッチ(当直)だ、、、

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2014-04-03

[古い航海日誌 鶴邦丸] ドンドラ岬通過、嬉しい知らせ

昼食を食べてワッチに入った、まもなくセイロン島(現スリランカ)のドンドラ岬を通過する予定だ。日本とは3時間半近くの時差がある、長崎無線局/JOSの一括呼び出しでJHRF本船が呼ばれた、この辺の海域まで来ると日本との通信も結構大変になる。一括呼び出しが終わると大体の周波数でQRY(通信順位)をとるがこれに入らないと通信ができないことがある、2台の受信機を使って16Mhzと22Mhzを聞いて無線局/JOSを呼ぶがなかなか連絡がとれない、少し焦りも出てきた、すると南シナ海を航行中の同じ会社の社船 富士山丸が16Mhzで通信した、しめた、このチャンスだ!性根を入れてコールすると JHRF QRY5 と戻ってきた、やったー!そして富士山丸との通信が終わり JHRF DE JOS QTC2 と呼んできた、2通の電報があるようだ。念のためテープレコーダーをセットして通信をすると1通は本社から、もう一通はセコンドエンジニアー(2等機関士)宛だ、 ○八四○オンナノコウマレタ、ボシトモニゲンキ」ハハ とある。そう言えば2~3日前に昼食の時にあまり喋らないセコンドエンジニアーが珍しく、次席さん、この辺でも日本と連絡が取れるんですか? と言った事を思い出した、結構大変ですがまだ連絡は取れますよ!夕食に行くときに艫のパッセージで会ったので、セコンドエンジニアー、おめでとうございます! と電報を差し出すと、受け取りすぐに読んでいたが、食堂のテーブルに座ると、いやー、予定日を三日ほど過ぎていたので心配していたんですよ、、あまり喋らないエンジニアーが嬉しいのか口が滑らかだ、セコンドオフィサー(2等航海士)がボーイさんに、 おい、メスさん、冷蔵庫から私のビール2~3本持ってきてくれ!セコンドエンジニアーの初めての子供の出産祝いと言うことでテーブルの6人で祝杯をあげた、。夜のワッチの時にセコンドエンジニアーが缶ビールを3本持って無線室にやってきた、悪いけどこの電報お願いします、とメモを持ってきた、日本は夜中だし配達は明日でいいですか、いつでもいいですから、ワッチでも終わったら飲んで! とビールを置いて行った。夜になると長崎無線局/JOSの運用している周波数も少なくなる 13006,5KhzのJORでやっと電報を送信することが出来た。デッキの外に出てみるとドンドラ岬の灯台の灯りが光っている、今日はなんだか良い仕事をしたような気がするな! 

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2014-03-26

[古い航海日誌 鶴邦丸] インド洋を順調な航海、日光浴

 

シンガポール海峡を通過しマラッカ海峡へ、西に向かう船舶、東に向かう船舶と、たくさんの船が行き交い、左舷にはインドネシアのスマトラ島の島影が見え海を眺めていても飽きがこない。スマトラ島の西端を過ぎるとほぼ真西にコースをとりスリランカの南岸に向ける、南半球は夏でサイクロンでも来ない限り海上はべた凪、海の色は濃紺で不気味な青さだ、空は真っ青に晴れあがり暑いのなんの、朝起きてデッキに出て30分ほど日光浴だ(写真)昼食を食べて午後からワッチだ、インド洋に出ると日本との通信も結構大変になって来たね、今日はバッテリーの点検をして液が減っている箇所に蒸留水を補液し、手入れ、そして充電作業で時々比重を測定するんだがバッテリールームの暑い事、40数度はあるだろう、しかし今の時期この海域は比較的に湿度が低い為その割にカラッとしているので助かるネ、、、。

 

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2014-03-17

[古い航海日誌 鶴邦丸] シンガポール、マラッカ海峡通過

南シナ海を航行中は多少の時化はあったが毎日じりじりと照りつける熱帯の天気だ。そんな中でも時々空が真っ黒になり急にスコールがやってくる、バケツをひっくっり返したような降りかただが10〜15分もすればおさまり又南洋の太陽がじりじりと照りつける。夜になりデッキから南の空を眺めると南十字星が高い位置に綺麗に見える、水平線から水平線まで360度、どこを向いても満天の星、洋上でしか味わえない眺めだろう。日本を出て8日目、本船はいよいよシンガポール海峡だ、夕方シンガポールの島影が見えてきた、夕食後甲板部、機関部にスタンバイがかかった。

早めに無線室へ行き通信長と当直を交代した。早速にシンガポールの海岸局、Singapore  Radio/9VG  の航行警報を受信する。大型船は、船名、トン数、ドラフト(喫水)積み荷、仕向け地、海峡の通過時間、速力、などを無線局に通報し、その資料を海岸局が航行警報として送信してくる。受信した航行警報をブリッジに持っていくと皆ピリピリしている、デッキに出てみるとシンガポールの夜景が綺麗だ、初めて眺めるシンガポールの夜景、感激したね、左舷に見える島影はスマトラ島だろうか、時々すれ違う大型船の赤、緑の航海灯が不気味だ、ずっとこの夜景を眺めていたいがそうもいかない、、。無線室で中波(500Khz)を聞いているとガリガリと空電がすごいね、思わずボリュームを下げたくなるが無事当直も終わった。そして一日で一番楽しいシャワーを浴びて一杯の時間、明日目が覚めればマラッカ海峡だろう、、、。

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2014-03-08

[古い航海日誌 鶴邦丸] 南シナ海、次席通信士の一日

日本を出港して5日目、南シナ海のど真ん中をシンガポール向け航行中だ、三島型の本船は静かで乗船中であることを忘れてしまう、40名近い乗組員で船橋楼に居るのは、船長、1等航海士、2等航海士、3等航海士、通信長、次席通信士、3席通信士の7名だけで静まり返っている。目が覚めて時計を見ると9時過ぎだ、カーテンを開けて船外を覗くと晴れわたり外は暑そうだな。顔を洗い歯を磨き、着替えて、そろそろお茶の時間だな、無線室へ行くか、、無線室は1階上だ、おはようございます! それじゃお茶にしようか、通信長、三席さん、と3人でお茶だ、通信長はあまりコーヒーを好まないようだ、昔の人だねー、三席さんは初めての乗船で船と言うのは全く知らない、通信長に仕事以外でも、船での礼儀、しきたりなど、いろいろと指摘され指導されているようだ。1時間ほど無線室で肩を振り、部屋に戻りソファーにひっくり返り本を読む。11:30フライングパッセージを歩き船尾楼のメスルーム食堂まで食事に行く。12:00からワッチのセコンドオフィサー、セコンドエンジニアーと三人で昼食、部屋に戻るとボーイさんがベッドメイク、部屋掃除を済ませて部屋は綺麗になっている(写真)、10分前、さーて行くか!

 

11:50 有難うございました、交代します! はい、別にありません、じゃお願いしますね!通信長が無線室を出て行く、初めは三席さんも通信長と一緒に、「お願いします」と言って出て行った、、ん? 三席さん、ワッチは12時までなんだから、あんたは12時までいなきゃダメだよ!ちょっと先輩風をふかせて注意してやった。この航路でシンガポールまでは時差も少なく日本との通信は昼間は16Mhz、22Mhzで容易にできる、当直中は500Khzの聴守、長崎無線局/JOS、銚子無線局/JCSの一括呼び出しの聴守、天気図の受信、新聞、航行警報などの受信、電報、気象通報などの送受信、そしてログブック(業務日誌)に記入、などが主な仕事だ、、

 

さーてと、休憩するかネ、、一人でコーヒーを入れてセブンスターを喫って一服する(写真)、もちろん休憩中でも500Khz聴守,無線局の一括呼び出し、FAXの受信などがあり、時計、時間は常に頭においておかなければいけない、時間も船内時間、日本時間/JST、世界時間/GMTを使うわけだ。今日は電波法で定められている救命艇用携帯送受信機の試験をする日だ、デッキに出てホイップアンテナを延ばし、ハンドルを廻し発電し各部の動作状況を確認し、結果を英語でログブックに記入する。

4時に当直が終わり又通信長、三席さんと交代し4:30から夕食に又フライングパッセージを100メーターほど歩いてメスルーム食堂まで行く。

夕食後は今のように洋上ではテレビも見れないし、パソコンも無い、レクレーションルームへ行って古いビデオを見るんだがそれも数日で観終わってしまう、未だマージャンの知らないhamさん、部屋に戻りベッドにひっくり返り本を読む。

8時より夜の当直が始まる、7:50無線室に行き通信長、三席さんと交代する、夜の当直はほとんど無線室に尋ねてくる乗組員はいない、日本との通信は12Mhz,8Mhzで容易に出来る。そして12時前にオートアラーム(警急自動受信機)の動作試験をして結果をログブックに記入、Tested auto alarm in good condition and then commenced watch on auto alarm at 16XXgmt  当直が終わった、、、。

 

夜中の零時に当直が終わり、部屋に戻り素っ裸になり腰にバスタオルを巻いてバスルームへ、3日に一度洗濯をするが洗濯機を回して湯船にどっぷり浸かる、湯船は海水風呂だがシャワーを浴びて部屋に戻り、パントリーの冷蔵庫に冷やしてある缶ビールを2缶、簡単なオツマミで乾杯といく、一日でこの時間が一番幸せだ、ビールを飲みながら時々、柄にもなく日記をつける、、1時半か2時頃にはベッドに入り本を読むんだが、知らないうちに寝ているね、、、。

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2014-02-27

[古い航海日誌 鶴邦丸] 順調な航海、バリンタン海峡通過

 

日本を出港して3日目、ワッチ中にポールド(窓)を覗くとなにやら島らしいのが見える、サードオフィサーはもうシンガポールまで陸は見えないと言ってたがなー!無線室のあるフロアーは無線室とキャプテンの部屋だけ、階段を登ればブリッジだ、JCS(銚子無線局)のTL(一括呼び出し)は終わったばかりだし、トントンとブリッジに行ってみた。チャートルームにいたセコンドオフィサー(2等航海士)、おー、次席さん、ゆっくりしていきなえ、、商船大学出身の、なかなか気さくなセコンドオフィサーだ、私の先輩の話になる、あんたの先輩の○○次席さん○○丸で一緒だったが、綺麗な奥さんだよなー、彼には勿体ないよなー!、、、色々な話が飛び出してくる、そーだ、俺はこんな話をしに来たんじゃねーよな、セコンドオフィサー、今どこいら辺ですか、あれは島ですか? 今、ちょうどバリンタン海峡で、あれはフィリピンのバブヤン諸島の島ですよ、、との事、コースによって見える時と見えない時があるそうだ。この航路(写真右)はシルクロードならぬオイルロードとよばれ日本と中近東、ペルシャ湾を結ぶ、石油資源の乏しい日本にとって極めて大事な航路だ、日本からペルシャ湾まで約6,500マイル(約12,000キロ)、片道18~9日の長い航海、未だ始まったばかりだ、、、。

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2014-02-17

[古い航海日誌 鶴邦丸] 沖縄東方海上を南下中

出港して翌日、本船は奄美諸島の東海上をペルシャ湾に向け航行している。海上はところどころで白波が立っている程度で入社後初めて乗船した冬の北米航路の瑞陽丸の時とは船の大きさも違うが、天国と地獄の差だ、三島型の本船は無線室や部屋に居ても乗船中の事を忘れさせるほど静かで乗り心地が良い、、右舷には奄美諸島の島影が見えている。午前中はサードオフィサー(3等航海士)の当直だ、ブリッジに上がってみるとチャートルームでポジション(位置)を入れていた、やー、いらっしゃい、コーヒーでもどうぞ!クオーターマスター(操舵手)がコーヒーを入れてくれた。サードオフィサーは瀬戸内海の国立の商船高校出身、クオーターマスターは能登半島出身だと言う、当社には私の先輩が何人もいて先輩の話を聞かされた。ウイングに出てみると(写真)先ほどまで見えていた島影も消えている、サードオフィサー、今どのあたりですか? そろそろ沖縄本島の東海上ですよ、もうシンガポールまでは陸は見えないと思います、、いよいよ日本ともお別れか!この海域まで南下するとウイングに出ても寒くは無い、むしろ初夏を思わせる暖かさだな、2時間ほどブリッジで肩をふり昼食を食べに食堂に向かった、いよいよ本格的な航海、ワッチが始まるな、、、。

 

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2014-02-09

[古い航海日誌 鶴邦丸] 徳山出港、ミナ アル アマディー(クウエート)行

石油会社の専用桟橋に二晩停泊し三日目の2月26日の朝、本船 鶴邦丸(写真)は桟橋を離れてクウエートのミナ アル アマディーに向かった。今度日本に帰るのは40日後、故郷の新潟では花見の頃だなー、周防灘を南下すると左舷には瀬戸内海の島々や四国、右舷には九州が望める。瀬戸内海から太平洋に向かう船、瀬戸内海から関門海峡に向かう船、又豊後水道から瀬戸内海に向かう船、など大小たくさんの船舶が航行している。

無線室に行くと通信長と三席さんがワッチだ、コーヒーでも入れましょう、と言うと通信長が、旨いお菓子があるからお茶にしましょう、との事で日本茶を入れた。今航奥様が訪船された時のお土産だとの事。いろいろとお話をすると通信長の郷里も私と同じ新潟県と言う事でビックリだ、船乗りと言う感じは全くしない、温厚な喋りかた、風貌は定年前のお爺ちゃん、と言う感じだ。お茶を飲みながら色々と外地の事などを訪ねるが、次席さん、タンカーで行くペルシャ湾の国は何処も同じで砂漠のなかの何もない処だよ、との事で以前に貨物船で世界中を廻った話を聞くと内心がっかりだな。午後からは本船で初めてのワッチ(当直)だ、11:30食堂に向かうため、フライングパッセージ(写真で艫{船尾}までデッキより少し高くなった通路)を歩きながら景色を眺めると豊予水道を通過して豊後水道を南下している、明日の今頃は奄美諸島だろう、、、。

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2014-02-01

[古い航海日誌 鶴邦丸] 徳山にて鶴邦丸乗船

 

故郷、新潟の家の周りにはまだ雪が1メーター50センチくらいは有りそうだ、秋頃には休暇下船するので今年の正月は新潟に帰るよ!と家族に言い残して高田駅から特急白鳥に乗車した。ちょっと出世してもう急行じゃないんだわ、、学校の研究室に寄り恩師に乗船の挨拶をして夜は青雲寮にお世話になった。一日早く徳山市に入り前回の剛邦丸で遊びに行き楽しかったキャバレーにでも行くかな、、、とも思ったが、いや、これからは毎航海、徳山に入港するんだ、楽しみはあとに取っておこう、と言う事で朝一番の飛行機で宇部空港に向かった。午後製油所の桟橋に着くと、これからお世話になる鶴邦丸/JHRF(写真)は既に着桟していた。おーこれが本船かー、でっかいなー!今までに乗船した船では一番大きい、就航した当時は一時期、世界一の大きさを誇っていたらしいが、、乗船してキャプテンに挨拶し、通信長に挨拶、定年前のベテラン通信長だ、温厚そうな風貌、優しそうな喋りに安心したネ、もう一人の入社したばかりで初めての乗船となる、3等通信士のD君は既に乗船していた、私の方が少しだけ先輩だ。D君は通信長の当直に一緒に入る事になった。休暇下船の次席さんと引き継ぎをして本船の乗組員になった。

 

鶴邦丸/JHRF

 

総トン数    29,408トン

重量トン数   50,340トン

長さ       213メーター

幅        30,5メーター

深さ       15,2メーター

エンジン    16,000馬力

 

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