2013-04-01

[古い航海日誌 霞峰丸③] 堺入港、船員生活に終止符

入港と言う事で、気が張っているせいか七時前に目が覚めた、ポールドのカーテンを開けて外を覗くと左舷に四国の山々が見える、室戸岬だろうか灯台が見える。いつもは朝食は食べないんだが士官食堂に行き久し振りに朝食を食べた。下船の荷物などの準備は既に終わっているし部屋を整理して無線室へ、入港は予定より少し遅れて昼前に堺港沖に着く予定だ、早目に昼食をとる事にした、艫の食堂に行き同じテーブルの2等航海士、2等機関士、3等機関士に下船の挨拶、3等航海士は当直中だし後だな、、、隣のサロンテーブルの船長、1等航海士、1等機関士に下船の挨拶をした。最後の食事を済ませて急ぎ部員食堂に行き甲板長、躁機長、ギャレ―に行き司厨長などに挨拶をして一安心だ。無線室へ行き通信長と当直を代わり間もなく入港スタンバイがかかった、、堺港沖に到着するとタグボートが本船の前後に付いて並走している、そして1時過ぎに関西石油の専用桟橋に着桟した。昨年の12月23日に本船に乗船して約7ヶ月、あと数時間で本船ともお別れだ、デッキから桟橋を見下ろしていると複雑な心境になって来る、、、。入港手続きが終わると、どっと交替の乗組員、関係者が乗船して来ていつものように目が回る忙しさ、、交替の次席通信士と引き継ぎをして本船での全ての仕事が終わった。通信長に挨拶に行くとタラップまで見送りに来て頂いた、次席君、元気でな、、商売が成功する事を祈っているよ、、、 と右手を出してきた、黙って握手をすると胸に迫るものを感じ柄にもなく目がしらが熱くなった、、、はい、頑張ります、いろいろと有難うございました、、タラップを一段一段かみしめるように降りて約四十日振りに地に足がついた、、、、。

 

思えば無線通信士の国家試験に合格し、東京の大手海運会社、飯野海運に入社した。初めて乗船したのが北米航路の総トン数 9,887トンの材木専用船 ” 瑞陽丸 ” だ、広島県尾道市の日立造船向島造船所で乗船し北米のタコマに向かった、冬の北太平洋の時化の船酔いに悩まされた。1月13日に岡山県の宇野港に入港したが転船で同じ宇野港に入港していた貨物船 ” 錦陽丸 ” 9,627トンに乗船し瀬戸内海を航海し1月22日福岡県博多港で又転船のため下船、翌日山口県の岩国で油槽船 ” 剛邦丸 ” 28,294 G/T 50.408 D/WT に乗船した。鹿児島県の喜入、横浜と内航船で乗船し2月1日横浜で衣命下船、2月24日山口県の徳山にてペルシャ湾航路の油槽船 ” 鶴邦丸 ” (写真) 29,312 G/T 50,340 D/WT に乗船した。中近東、クーウェイトのミナ・アル・アマディーに行き4月13日徳山にて退職のため衣命下船。ここまでは何れ 「第2の人生」 で紹介したいと思うがネ、、、海技試験を受験のための乗船経歴を付ける為、乗下船を繰り返し運輸省の海技試験に合格し正式に3等通信士になった。

 

飯野海運を諸般の事情で退職したが、すぐに当ブログ 「古い航海日誌」 でご紹介した日正汽船(現JX日鉱日石シィッピング)に入社したのである。

 

 

日正汽船に入社し最初に乗船したのが北米航路の材木専用船 清峰丸/JENU (写真)だ。

総トン数   10、182 G/T

重量トン数  16,250 D/W

本船には2回乗船している、主にアメリカのワシントン州、オレゴン州が積地であった。タコマ、エバレット等、よく揺れる船で苦労した思い出がある。

 

 

2番目に乗船したのが南太平洋、「天国に一番近い島」 でお馴染のニューカレドニア航路のニッケル鉱石専用船 佐賀関丸/JKST  (写真)だ。本船も2回乗船している。

総トン数   12,094 G/T

重量トン数  19,698 D/W

ニューカレドニアのヌーメアに入港し入港手続きをし、各積地に向かう、、ヌーメアでの上陸、観光、積地での魚釣り貝拾い、美しい海岸線、サンゴ礁など思い出が一杯だ。

 

 

4回目の乗船がニッケル鉱石専用船 日正丸/JMVY (写真) だ。

総トン数   9,786 G/T

重量トン数 15,583 D/W

乗船当初はニューカレドニア、インドネシアの旧セレベス島からのニッケル鉱輸送に従事したがその後、不定期船となりイタリア、アメリカ、メキシコ、パナマ、パプアニューギニア、オーストラリア、韓国、シンガポール、、、などと廻り1年近く乗船し広島県尾道市の日立造船向島造船所で売船となり下船した。

 

 

本船乗船前に私も結婚した、大阪で式を挙げて狭い古いマンションを借りた。そして6回目の乗船が最新鋭のニッケル鉱石専用船 日豊丸/JCFH (写真) だ。

総トン数   15,259 G/T

重量トン数  25,391 D/W

乗船当初は日本とニューカレドニア航路に就航していた。荷役用のクレンを4基搭載し積地での荷役も向上し早い時は1ヶ月で日本とニューカレドニアを往復した。アラスカのスキャグウエーにも亜鉛鉱だったと思うが積み荷行った、乗り心地が良くちょうど1年乗船し山口県下松市のか笠戸ドッグで下船した。

 

休暇下船し1ヶ月くらいしたある日、本社より電話が来た。本社勤務をしてくれないか、、、と言うものだ、断ってもいいんですか? と尋ねると、いや、社命だ、一カ月後には出勤してくれ、と言う。社命じゃ仕方がない、しぶしぶと返事をしたが、それから慌ただしく大阪から東京に引っ越す準備をして、板橋区のマンションの8階に引っ越しが完了した。

 

本社は当時、丸の内にあった。皇居の前のオフィス街の一角にある(写真)、毎日地下鉄で大手町まで、そこから地下道を少し歩いて会社の前に出る。船員課勤務だ、慣れれば、まー陸上勤務も悪くはないな! 休みの時は、野球、下手なマージャン、船員課、隣の課の女子スタッフと旅行等、結構楽しかった思い出がある、、、そして2年間の本社勤務が終えて大分に引っ越した。

 

 

海上復帰して最初に乗船したのが、どうせタンカーなら、、本人の希望も聞いて頂き、 霞峰丸/JFVQ (写真) になった。

総トン数    70,654 G/T

重量トン数  121,298 D/W

全長        278 メーター

幅          44 メーター

広島県因島市の日立造船因島工場で昭和51年6月24日に乗船した。それから最後の航海が終わった昭和53年7月1日までの2年間で3回連続で本船に乗船した。サウジアラビアのカフジ・イランのカーグ島・オマーンのマスカット、など日本とペルシャ湾を何往復したろうか、、、、2年間の本社勤務を含め約10年にわたる船員生活が終わった。

 

そして 「古いスコアカード第3の人生」 有給下船、第3の人生のスタート へと続いたのである。

 

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2013-03-21

[古い航海日誌 霞峰丸③] 下船前夜、最後の当直

心配した台風も大した影響はなく順調に航海を続け奄美諸島の東岸を北上中だ、家に船舶電話で電話してみたが、みんな元気で安心した。左舷には奄美諸島の島影が見渡せる、、もうこの光景を見るのも最後になるか、予定通り明日の昼には堺港、関西石油の専用桟橋に着桟予定だ。本船での最後の夕食を食べて、当直交替の1時間前に無線室に行った。今航休暇下船し退職する旨まだ誰にも話しをしてないんだが、せめて上司の通信長には話さないといけないだろう、、、、お茶を飲みながらその旨を話すと、、以外にも、そーか、実は私も若い頃に一度、大手船舶会社を退職したんだが1年後に又今の○○汽船に入ったんだよ、、と言う。「免状を持っている船舶職員は仕事を辞めても又ダメなら船に戻ればいい、、と安易な気持ちで船を降りて、陸上の仕事を始めても、賃金など色々な面で又船に戻ってくる人が多い、家庭などの問題もあるし、決して反対はしないが、君も船を辞めるのであれば免状を海に捨てて行く、位の覚悟は無いとダメだ、、、」といろいろアドバイスを頂いた。私は船舶通信士が好きだし、決して船が嫌な訳ではないんだが、人生は一度きりだ、、どうしてもやりたい事がある、それに船の甲板部、機関部、に比べると無線部のエレクトロニクスの技術革新は顕著だ、人工衛星を幾つか打ちあげれば地球上の何処にいても簡単に通信ができる時代が来る、既に通信士が三名から二名に減員された、いずれは近い将来、通信士は要らなくなるのは間違いない、(現に今はごく一部の船舶以外は通信士は乗船していない)。と私も熱っぽく持論をぶち明けた、、私はもうすぐ定年だが君はまだ若いんだ、よく考えて自分の進む道を決めたらいい、、、! 8時より本船での最後のワッチだ、いつものように仕事を進め夜の24:00、オートアラーム(警急自動受信機)の試験をしてログブックに Tested  auto  alarm  in  good  condition  and  then  commenced  watch  on  A.A  at  1500z   とログブックに記入、本船と言うより船舶通信士としての最後の当直が終わった。

 

 

当直が終わりいつものように腰にバスタオルを巻き付けてバスルームへ、昨日より湯船も海水から清水に変わった、霞峰丸温泉の風呂にゆっくりつかって着替えてサロンで映りの悪いテレビを見ながら一人で一杯始めた、残った缶ビールも二缶を残して通信長に差し上げ、愛用のウイスキー ニッカ G&G は今日飲んでちょうど無くなる、、飲み方が上手だねやー、、一人でチビチビやっていると、ニューカレドニアでの観光、パナマ運河、イタリヤのベネチア観光、アラスカ、スキャグウエーでの氷河、韓国、釜山での楽しかった事、オーストラリアのシドニー、シンガポール、アメリカのフロリダ、シアトル、、など等いろいろな事が思い出される。船舶通信士に未だ多少の未練はあるがもう決めた事だ、自分の思った道を進もう、、、。本船での生活も残すところあす一日だけ、今日は早めに寝よう、、、

 

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2013-03-12

[古い航海日誌 霞峰丸③] バシ―海峡通過、大時化の台湾沖

ホンヒ1030バシーツウカETAサカイ1ヒ1100ヨテ」センテウ (本日10:30バシー海峡通過、堺1日11:00着予定」船長 本社宛てに通過電報を打電した。 しかーしだ! 台風の通過で台湾東方海上は大時化だ、心配した台風はスピードをあげコースを少し北寄りに向けて沖縄先島諸島の一部を暴風圏に巻き込み東シナ海に抜けた。それでも海上は20メーターを越す強風が吹き荒れ海上は大時化状態が続いている。ローリング(横揺れ)は僅かだが時々おおきな波にぶち当たり船体がギシギシ音をたてる、、波がデッキ(甲板)の上を流れる、、全長278メーター、幅44メーター、121,298重量トン、原油を満載した本船はびくともしない、時化のためスピードが落ちているが27,600馬力のエンジンが回り巨体が波を押しのけて進んでいる、やっぱり大きな船は時化の時は楽だねー、以前に乗船した事のある北米航路の材木専用船、清峰丸(15,720DWT)、冬の北太平洋は日本を出港してからアメリカに着くまで大時化状態だ、空船時20数度揺れる事もある、(言っておきますが、大型船で二十数度の揺れとは大変なもんですでネ、、)外を見ると恐怖をおぼえる、先日、仕事で最近まで遠洋漁業のマグロ船に乗っていたと言う人をお供したんだが、あんな船、おらにせわせると遊びだネ、、(あのような船{大型船}の仕事、私に言わせると遊びのようなものですね、、)と言っておられたが、確かに数百トンの漁船と大型船を比べると仕事環境の厳しさはそれぞれ違うと思うが、大型船には大型船の厳しさがあると思うがネ、、、

 

本船は三島型の船のため、居住部が船首と船尾にある、時化の時は艫の士官食堂まで食事に行くのも命がけだ、たくさんのパイプが張りめぐらされているデッキ(甲板)の上、2メーターくらいの処にフライングパッセージ(通路)が通っている、途中に2ヶ所、避難用のトンネルがあるが、時化の時は波しぶきが容赦なく襲いかぶる、雨の日に道路を歩いていて車に泥水をかけられるのとわけが違う、下手をすると怪我をしたり命取りになりかねない、波の合間をぬってトンネルまでダッシュする、その代わり凪の時は景色を眺めながら(景色と言っても見えるのは海ばかりだがネ、、) 鼻歌まじりだ。

趣味のアマチュア無線のアンテナを撤去しないといけないんだがこの時化では無理だし、食事が終わりレクリェーションルームを覗くと、 いやー、次席さんお待ちしていました、、 案の定マージャンに誘いこまれた、結果は予定通り大負けでした、マージャンが下手なhamさん、本船でも結構、奉公したネ、本船での最後のマージャンも終わったし夜のワッチに行くか、、、

 

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2013-03-01

[古い航海日誌 霞峰丸③] 南シナ海、洋上のアマチュア無線

CQ CQ CQ こちらわ JR6KRG 海上移動、南シナ海、、、、、受信すると、 うわーっと沢山の局が呼んでくる、これがたまらなく快感だ、、、本船に乗船以来、日本のアマチュア無線局とは1,300局近くQSO(交信)した、外国の局とは100カントリー以上250局のQSOだ、日本とは殆んど21Mhz,外国は21Mhzと14Mhz、28Mhzがちょっと、、日本国内には多くの親しい友達が出来た、殆んど毎日と言っても良いくらい声をかけて頂いた局もおられる、有難いねー、、! お陰で海外の珍しい珍局とも数局、交信する事が出来た。乗船前に1000枚作ったQSLカード(交信証)も(写真)も足らなくなり嬉しい悲鳴だわね、、下船後、又作って送らないといけない、、、大西洋、アフリカのカナリー諸島沖で操業中の日本のマグロ漁船ともQSO(交信)した、半年後に三浦半島の三崎港に帰るから、マグロ一匹あげるから取りに来い、! と言われたが、、、南極の昭和基地、、故郷の局とも数局、交信できた、、、。

 

天国に一番近い島、南太平洋ニューカレドニア航路のニッケル鉱専用船に乗船していた時は当直以外の時間は読書かボトルシップ作り(空きビンの中に帆船を作る)をしたんだが、本船タンカーに乗船してからはアマチュア無線に明け暮れた、今航休暇下船してその後、退職する大きな要因の一つだ、、、八重洲無線のFT-200(写真)、故障もしないで良く働いてくれた。呼んできてくれた多くの局に、今航、休暇下船する旨お話し、明日の夜中にバシ―海峡を通過するのでオンエアーするのは明日の夜が最後になる事を説明した、、するとどうだ、益々沢山の局が呼んでくる、日本との時差が30分位しかない事もあるが、これで終わりにしようと思っても沢山の局が呼んできて終われない、、、参ったなー! 私自身も船上からのアマチュア無線は今度が最後になる、今日はサービスしちゃうか、、、と言う事で3時半(日本時間4時)まで運用したがそれでも未だ多くの局が呼んでくる、明日もう一日、QRV(運用)する旨お話し勘弁してもらった。艫のドクターの部屋から自分の部屋のある船首までフライングパッセージを歩いて帰る、今日は十五夜で明るい、パントリーに寄り冷蔵庫から缶ビールを一缶持って部屋でキューッと一杯飲んで寝るか、、、しかーしだ! 気になる台風、今の状態だと明後日に台湾の東側でバッチリと遭遇する可能性があるね、、、

 

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2013-02-23

[古い航海日誌 霞峰丸③] 南シナ海、船上の散髪

シンガポールを通過した本船は南シナ海にはいり順調に航海を続けている、この時期はよっぽど運が悪くない限り時化る事はない、ただフィリピンの遥か東方海上、カロリン諸島付近に二つの台風が発生し西にゆっくりと進んでいる、小さな台風の子供だが段々と発達してくる可能性が大きいな、、、。朝、目が覚めてベッドでゴロゴロしていると部屋の電話が鳴った、出て見ると司厨長からだ、 次席さん、起きてますか、散髪しますか、、? 以前よりお願いしておいたんだが、はい、お願いします、、 すぐに洗面を済ませて事務室へ、上は裸になり本船の理容室オープンだ、、、少しくらいトラ刈りでも日本に着く頃にはちょうど良くなりますからね、、、 そんな事言わないで丁寧に頼みますよ、、電気バリカンで裾を刈りあとはハサミでチョキチョキとプロ顔負けだ、時々、痛い! ごめん、ハサミが切れないんだわ、、終わって頭のすそを剃刀で剃って終了だ、、、バスルームに行きシャワーを浴びる、鏡で自分の顔を覗くと、、んーん、立派なもんだぜ、 着替えて昼食を食べに艫のサロン食堂へ、ついでに散髪料、缶ビール四缶を持って司厨長へ、有難うございました、散髪代です、一杯飲んで下さい、、、これでOKだ。今日は洋食、野菜スープから始まる、ボーイさんが、次席さん、肉の焼き方はどうしますか、、、 焦げるほど焼いて下さい、、大きな牛肉だが、レストランで食べれば数千円はするだろう、、最後はコーヒーにデザートのオレンジだ、、食事が終わり冷房のきいた船内から外に出ると焼けるような暑さだ、フライングパッセージを歩いていると約15ノットのスピード(時速約28キロ)で走っている本船、自然に起きる風が気持ちが良い、左舷水平線を見ると南下している大型タンカーが見える、これからペルシャ湾に向かうんだろう、、ざまーみろー、こちらはあと一週間で日本だわ、、、

 

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2013-02-15

[古い航海日誌 霞峰丸③] シンガポール通過、

スリランカのドンドラヘッドを通過した本船はインド洋、ベンガル湾を横断してマラッカ海峡に入った、左舷にマレー半島、右舷にインドネシアのスマトラ島が見渡せる。大小たくさんの船とすれ違うが三分の一くらいは日本船のようだ、さすがは海運国日本だ、(残念だが今は違うネ)。そしてシンガポール海峡だ、シンガポールの高層ビルが手に取るように見える、そしてたくさんの船が停泊している(写真)、この海域は何回通ったろうか、30回近くは通ったろう。しかしこの光景を眺めるのも今回が最後になりそうだ、、、少なくとも海から眺めるのは最後だ。こうしてシンガポールを眺めていると、以前に日正丸で大分県の津久見市からセメントを積んでシンガポールに入港した、そして港外で沖待ちをしている時に、よりもよって本船のホイップアンテナに雷が落ちてアンテナが破損してしまった事、沖待ちの時に小さな船で現地の住民が船にお土産を売りに来るんだが、値切りに値切って べっ甲亀を買った事などが懐かしく思い出される。夜には南シナ海に入るだろう、、、。

 

 

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2013-02-06

[古い航海日誌 霞峰丸③] ドンドラ岬通過、休暇下船決まる

10時過ぎに目が覚めたが昨夜はワッチが終わってから、一人でかなり飲んだようだ、ビールを一缶飲みほしてウイスキーをロックで3~4杯飲んだろうか、顔がほてっているのがわかる、腰にバスタオルを巻き付けてバスルームへ、海水風呂に浸かりシャワーを浴びて部屋に戻るとボーイさんが部屋掃除に来ていた、 次席さん、今航休暇下船ですか、? んー、交替者がいればその予定だが、、 すると、 マージャンのメンバーがいなくなり困ったなー、、 と言う、 下手くそがいなくなり、まきあげる相手がいなくなるもんなー、、! いやー、そー言う意味じゃないんですが、、このボーイさんも麻雀は初心者で下手な私がちょうど良い相手のようだ、、、ポールド(窓)を覗くと白波がたちインド洋は時化ている、南半球では冬だ、先程セイロン島(スリランカ)のドンドラ岬を通過したようだ。サロン食堂に行き昼食を済ませ午後のワッチに入った、キャプテンが食事に行く途中、電報送信ノートを持って無線室に来た、本社宛ての電報だ、 ホンヒ1015ドンドラツウカ、ヘムイサカイ1ヒヒル」センテウ (本日10:15ドンドラ岬通過、ETA(着予定)堺1日昼」船長)、ポットでお湯を沸かして、まず熱いコーヒーを一杯飲んでからだ、、いよいよ日本の海岸局との通信も再開だ、長崎無線局/JOS、銚子無線局/JCS に電報があるのは前もって両局のTL(一括呼び出し)でわかっている、この海域からの日本との通信は結構大変だ、、、16:30JSTの長崎無線局の一括呼び出しの後QRY(通信の順番をつける)のタイミングを狙う事にした、22Mhz帯で5番目に連絡が取れた、本船の順番がきて通信を始めると3通の電報があると言う、2通は乗組員個人宛、そのうちの一通はあまり知らせたくない内容の電報だ、もう一通は家族から堺に訪船するという内容の電報、残りは本社からの電報だが、以外にも堺での交替電報だ、今航はいやに早く来たなー、! 今航は7名の乗組員が交替する予定だが、受信すると全員の交替が決まった、やったー、下船が決まった! その後、銚子無線局と交信し1通の個人宛の電報を受信し、ワッチが終わり夕食を食べに行くと同じテーブルのセコンドオフィサー(2等航海士)が、次席さん、今航休暇下船で、この次も又本船ですか、ときた、 いやー、本船(タンカー)に続けて3回乗船したんでこの次は日寿丸(ニューカレドニア航路の貨物船)が良いですね!、乗組員には誰一人と今航で退職するなんて話してない、、、、。

 

夜のワッチが終わり月あかりのなかフライングパッセージを歩き艫のドクターの部屋に行き趣味のアマチュア無線を始めた、日本とは未だ時差が3時間ちょっとあり日本では朝方に近い、 CQ CQ CQ こちらは JR6KRG 海上移動、、、受信するとヨーロッパの局がどっさりと呼んでくる、イタリヤ、ユウゴスラビア、チェコスロバキヤ、ドイツ、フランス、など等だ、2~3局とQSO(交信)したが、かすかに日本の局も数局呼んできている、週末でもないのにこんな時間にかー、、、と思うが有難い話だ、頼みもしないのに、なにか家族にことづけでもあれば連絡しますが、、 と親切な人もいる、こうして海上移動で運用できるのもあと1週間足らずだ、今日は早目に1時間ほどで切り上げシャワーを浴びて、スナック霞峰丸の開店だ、缶ビールを一缶飲んで ニッカG&G のロック、おつまみはペルシャ湾のアジの開きとチーズだわね、、昨夜はチョット飲み過ぎたので今夜はほどほどに、、準備した氷も無くなったし2杯で終わりにした、、2時過ぎにベッドに入ったがいつの間にか寝ていたネ、、、。

 

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2013-01-29

[古い航海日誌 霞峰丸③] アラビア海航行中、退職後の準備

カフジを出港した本船はホルムズ海峡を通過してアラビア海を航行している。家族でクリスマスをと思ったが不運にも乗船命令がきた、 23ヒ、サカイニテカホ○ニツウ、ゼウセンネガウ」センインカ  12月23日大阪の堺にて本船、霞峰丸に連続して3回目の乗船だった。通信士の国家試験に合格後、東京の飯野海運(株)に入社し、翌年一身上の都合で退職、翌月に今の日正汽船(株)、昨年からはJX日鉱日石シッピング(株)に変わったが、、に入社した。それから貨物船、清峰丸、佐賀関丸、佐賀関丸、日正丸、清峰丸、日豊丸、2年間の本社勤務、油送船、霞峰丸、霞峰丸、霞峰丸、と乗船し足かけ10年近くの船舶会社勤務が続いたが、本船に乗船後5航海(日本とペルシャ湾を5往復)、約、地球を4周した勘定だが、いよいよ今航、日本に帰り休暇下船の予定だが、その後、退職を予定している。夜のワッチが終わりいつものように部屋で一人、愛用のニッカウヰスキーG&Gのロックをアジの開きを肴にチビチビやっているといろいろな事が思い出される。船舶通信士も法の改正で3名が2名に減員され機械(警急自動受信機)が通信士に変わりワッチ(当直)する、、科学の進歩は著しい、人工衛星がどんどんあがり、近い将来、通信士が要らなくなる世の中が来るのは間違いないな、、、思えば無線が好きで会社の前の京浜運河を通る外国航路の船舶通信士に憧れて大手機械メーカーを退職、進学し念願の船舶通信士になった。この道にまだ多少の未練はあるがどうしてもやりたい事がある、、人生は一度っきりだ!

 

退職後は故郷に帰り小さいながらも商売をやりたいと思う、もう社名は決まっている、今からみれば、センスの無い地味な名前だったが(数年後に法人化と同時に社名も変えた)、自分の力で、一からのスタートとなる、当然ながら不安もあるが若さと頑張りで行くしかないだろう、、、僅かな貯蓄を使っての開業となる、大した事はできないが少しづつ焦らずに行こう、、夜のワッチが終わると色々な構想を考える日々、、、これが又結構たのしいんだ、、趣味のアマチュア無線とワッチ以外の時間も結構忙しいネ、、しかしこちらは正式に休暇下船が決まったら閉局しようと思っているが、、色々な事を考えながらチビチビとやっていると結構、酒の量もすすむ、おー、もう3時か、、そろそろ寝るかネ、、、

 

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2013-01-19

[古い航海日誌 霞峰丸③] さらばじゃ、ペルシャ湾

 

 

サウジアラビアのラスアル・カフジで原油の積み込みが終了した本船は朝食後、出港スタンバイがかかった、綱取りボートがブイに係留された本船の船首、船尾の太いホーサーを外した、そして本船のメインエンジンが動き始めた、少しずつ本船は動き始めコースをホルムズ海峡に向け針路をとった。やれやれ、やっと酒も解禁になったし、タバコも無線室で吸う事が出来る、、、既に外は焼けるような暑さだが、デッキに出て見た、と言っても見えるのは海だけ、、明日にはアラビア海に入る、いよいよペルシャ湾も最後だな、最後となると寂しいような気もするが、イランのカーグ島、イラクのバスラ、クーウェイトのアマディー、サウディアラビアのラスアル・カフジ、ラス・タヌラ、オマーンのマスカット、、、など十数回来た事になるが面白くないところだ。昼食を食べて午後のワッチ(当直)だ、キャプテンが本社宛ての国際電報を持ってきた、積み荷の大事な電報だ、タイプライタ―で用紙に打ち直し語数を数えて電文を作り、フランスの St.Lys Radio/FFL とQSO(交信)する、ヨーロッパの海岸局はどこもモールスは上手だしスムースな交信が出来る。 

 

 

入港中は部屋に鍵をかけたり、タバコも吸いたい時に吸えないが、やっぱり航海中はいいね、鍵なんかかけた事はない、夜の12時、ワッチが終わってから腰にバスタオルを巻き付けてバスルームに行き、ゆっくり湯舟に浸かりシャワーを浴びて部屋で一杯、スナック霞峰丸のオープンだ、イスラムの国は酒は飲めない、従って船でも酒はロッカーに集めて封印される、昨夜はビールも飲めなかったね、、まずは缶ビールで一人乾杯だ、おつまみは釣りあげたアジの開き、いい味ですでね、今航は最後の航海になる予定なのでお土産用にコニャックのレミーマルタン(REMY MARTIN NAPOLEON) (写真)を買った。1本は免税で買えるので毎航一本ずつ買って通関してあるのでコニャック、スコッチウイスキーなど5本貯まったが、重いので送ろうかね、、妻にはお土産にフランスの香水、シャネル #5 を買った。日本まで約6,500海里、12,000キロの航海が始まった、、、。

 

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2013-01-11

[古い航海日誌 霞峰丸③] 最後のペルシャ湾

アラビア海を北上してアラビア半島の近くに来るとムッとする暑さになる、オマーン湾に入りホルムズ海峡を通過してペルシャ湾に入ったが風が強く海上は白波が立ち時化ている、まー時化ていると言ってもペルシャ湾だ、大した事はない。ペルシャ湾を奥深く進みクウェートとの国境に近い「中立地帯」、ラスアル・カフジの沖合に朝方に到着しアンカーを降ろした。すぐに官憲、代理店などが乗船し入港手続きが始まり無事に終わった、そして昼前にブイに係留し早速に荷役作業が始まった。積み荷中はガスが発生するので火気は厳しく制限される、喫煙できるのは艫(とも)に一ヶ所あるだけ、従って暑い中100メーター近く有るフライングパッセージをてくてくと歩いて艫までタバコを吸いに行く、ヘビースモーカーのhamさんにとっては辛い事、、日中の外は焼けつくように暑く40度は楽にあるね、、FAXの受診も出来ない為、開店休業状態で午後は部屋で鍵をかけて読書だネ、、、

 

日中は40度を超す暑さだが日が沈むと結構しのぎ易い、本船に乗船して来ている現地の作業員は寒い寒いとセーターを着込む、夕食を食べてデッキで涼んでいると現地の作業員が船のデッキにゴザのようなものを敷いて日が沈む太陽に向かってイスラム教のお祈りを捧げている。日が沈んで少し涼しくなったのでこっそりと釣り糸を垂れる、、いつもの事だが入れ食い状態、、、ペルシャ湾のアジは素直だね、帰りの航海中の酒のおつまみに使うわけだ、、数十匹釣ったところで終わり、あとは腹を開いて塩を点けてボートデッキに紐を張り、それに針金で一匹ずつ引っ掛けておく、アジの開きの出来上がり、、。ここペルシャ湾での釣りも今回が最後になるだろう、周りを見ても今航は本船の他に小型のタンカーが一ぱいアンカーを降ろしているだけで静かなもんだ、あとは海以外、なーんにも見えない。 レクレーションルームに顔を出すとマージャンで3卓動いている、、一番下手くそのメンバーのところに入れて頂きマージャンを始めたが終わってみればやっぱりカモにされたネ、やらなければ良かったなー、、 と思うがあとのまつりさ、、明日の朝には日本に向け出航するだろう、。

 

ラスアル・カフジ

カフジ油田は、サウジアラビアとクウェートとの間に設定されていた「中立地帯」(現在の分割地帯)のラスアル・カフジ沖合約 40km のアラビア湾陸棚(水深 30m )に位置する油田で、日本のアラビア石油が1957年以降、サウジとクウェートからそれぞれ権益を獲得し、1960年に油田を掘り当てた。1日当たり約30万バレル(1バレルは約160リットル弱です)を産出し、日本の石油消費量の約5─8%を占めた時期もあった。

 

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2013-01-05

[古い航海日誌 霞峰丸③] 順調な航海、アラビア海航行中

シンガポール、マラッカ海峡を通過した本船は順調に航海を続けスリランカ(旧セイロン島)のドンドラ岬を通過しアラビア海に入った、アラビア海を斜めに北上するんだが、気温も段々と上昇する。趣味のアマチュア無線も日本との交信はかなり厳しく成ってくる、設備の良い高性能のアンテナ、ハイパワー(高出力)の局とは可能だが出力が10Wそこそこの局とは厳しい状況だ、極力、信号の弱い局を優先してQSO(交信)するんだが時々、CW(電信)に切り替えたり日本の局にサービスするのも大変だ、日本との時差も4時間くらいになる、日本では朝方になるが私の出てくるのを待っていてくれる局もいる、日本との伝搬状況が悪い時は主にヨーロッパの局と交信する、たくさんのヨーロッパの局に混じって時々、アフリカ、インド洋のフランス領、レユニオン島、などの局も呼んでくる。そろそろ入港書類も通信長と手分けして作成にかかる、、、後5日でサウディアラビアのカフジ入港だ、、。

 

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2012-12-19

[古い航海日誌 霞峰丸③] シンガポール通過、

大阪の堺を出港以来、順調な航海を続けた本船は南シナ海から狭いシンガポール海峡へ針路を取った。ブリッジ(船橋),エンジン、はスタンバイ体制だ、早目に昼食を済ませて私も当直の為、無線室へ、通信長と引き継ぎをしてワッチ(当直)に入る。早速にシンガポールの海岸局、Singapore  Radio/9VG  の航行警報を受信する、大型船は、船名、トン数、ドラフト(喫水)積み荷、仕向け地、海峡の通過時間、速力、などなどを無線局に通報し、その資料を海岸局が航行警報として送信してくる。受信した航行警報をブリッジに持っていくと皆ピリピリしている、キャプテンはじっと船首方向を見つめている、、セコンドオフィサー(2等航海士)はチャート(海図)に位置を入れている、サードオフィサー(3等航海士)は双眼鏡を覗いたり、レーダーを覗いたりしている、クオーターマスター(操舵手)は舵を握っている、緊張の連続だ、、キャプテンから針路変更の指示が出る、スターボード○○○度、、クオーターマスターがスターボード○○○サー、、コンパスを見ながら舵輪を回す、、、、

 

シンガポールは世界有数の貿易港だ、相変わらずたくさんの船舶が沖に停泊して入港の順番を待っている。数年前に 日正丸/JMVY でシンガポールに入港し、沖待ちの時に小さな船で土産物を売りに来るんだが大きな鼈甲亀(べっこおかめ)を買ったのを懐かしく思い出した。もう船でシンガポールに来る事はないだろう、何れは観光でゆっくりと来て見たいもんだネ、、、、。無事に難所のシンガポールを通過した、キャプテンがいつものように本社宛ての電報の依頼に来た、  ホンヒ1430ポールツウカ、ヘムイカフジ○○ヒアサ」センテウ (本日14:30シンガポール通過、○○日朝、カフジ着予定」船長)、シンガポール海峡を通過し引き続きマラッカ海峡だ、大型タンカー、コンテナ船、貨物船、自動車専用船など東シナ海へ向かうたくさんの船とすれ違う、日本からペルシャ湾までの大体半分だ。ワッチが終わり夕食後、レクレーションルームに顔を出すと、待ってました、とばかりにマージャンに誘われた、、、、よし、たまにはカモになるか、! 

 

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2012-12-07

[古い航海日誌 霞峰丸③] 船内の一日、天気図の受信

航海中は単調な生活が続く、本船での私の一日は大体船内時間の10:30頃に起きる、着替えて洗面だ、それからパントリーに行きお湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れる、晴れていれば、と言うよりは北半球の今の時期は雨が降るのは珍しいくらい、たまにスコールが来る程度、コーヒーカップを持ってボートデッキに出て潮風に吹かれながら何も見えない、見えるのは真っ青な海だけ、海を眺めながらコーヒーを飲むわけだ、たまに気が向くと海水の朝風呂に入りシャワーを浴びる、艫のサロン食堂に行きセコンドオフィサー、セコンドエンジニアーと三人で昼食だ、そして正午から午後の4時まで当直に入る。船の夕食は早い、4時半から夕食だ、食後は自由時間だがマージャンをするか、ビデオを見るか、本を読むかだが最近は趣味のアマチュア無線が多いね、、そして船内時間の夜の8時から夜中の12時まで当直、、当直が終わると先ずわシャワーを浴びていよいよ一人で淋しく一杯となる、、おかずは日本で買い入れた缶詰、チーズ、後は得意料理のオニオンスライスにマヨネーズ、醤油をかける、、など等、、ビール、ウイスキーと続き1時か1時半頃まで、それから気が向くと柄にもなく日記を書く、今のようにパソコンでもあれば面白かっただろうに、、ベッドに入り本を読む、30分位すると自然と寝ているネ、、、、

 

昔の外航船(外国航路の船)は出港して半日もすれば(航路によるが)今と違ってテレビも入らないし何も情報が入らない、唯一、無線が頼りだ、安全航行には気象の天気図が欠かせない、通常は6時間おきにFAXにて天気図(写真右)を受信するんだが、、(海上の気象情報は船舶が気象観測をして無線で気象庁宛て打電する)、FAXが故障した場合はモールスによる送信を受信して天気図を作成しなければならない、五桁の数字ばかりを速いスピードで送信してくるJMBを受信してウェザーチャートと呼ばれる地図にその場で記入して行く、(これって結構神業なんです)、その後に今度はJMCを受信して(大体、タイプ受信する、写真左)今度はウェザーチャートに低気圧、高気圧、熱帯低気圧、前線などを記入して等圧線を記入し天気図を作成する、私は1航海に1~2回、作成要領を忘れないように訓練を兼ねて天気図を作成し、実際にプロが作成するFAXの天気図と比較してみる、、、

 

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2012-11-27

[古い航海日誌 霞峰丸③] CQ CQ CQ アマチュア無線 

CQ CQ CQ こちらは JR6KRG/MM 海上移動、南シナ海、、、、、、、、 南シナ海に入ると、21Mhz  での電波の伝搬は素晴らしい、、一番交信し易い距離だろう、日本との時差も1時間くらいでやり易い、受信すると、うわーッと呼んでくる、超パイルアップで、まるで珍局でも出ているかのように呼んでくる、殆んどが日本の局だが中に旧、ソ連、ヨーロッパの局も含まれる、、たまに夕食が終わってから、1~2時間日本の局とQSO(交信)するんだが8時から又ワッチ(当直)が有るので早目に終わろうとするんだが、次から次へと呼んできて嬉しい悲鳴だネ、、、アンテナは簡単なダイポールアンテナだが海面から20メーターは有るだろう、それになんと言ってもアースが完璧だし効率は最高だ、本当はゆっくりとQSOしたいんだが沢山の局が呼んできてくれるので少しでも多くの局とQSO出来るように簡単な交信になっちゃうが、、、QSOは口で喋れば良いんだが、あとからQSLカード(交信証)を書くのが大変、なるべく貯めない無いようにするんだが、、

 

船内時間、夜中の12時に当直が終わる、いつものようにフライングパッセージを歩いて艫のドクターの部屋へ、凪の月夜の時は良いんだが時化の時は命がけだ、この時間、起きているのはブリッジ(船橋)に二人、エンジンルームに二人だけ、それとhamさん、(笑)、船内は無気味に静まりかえっている、日本では夜中の1時を過ぎている、いつもの周波数で CQ CQ CQ こちらは JR6KRG/MM 海上移動、南シナ海、、、、、、、、 受信すると相変わらず日本全国から沢山の局が呼んできてくれる、中には毎日の事で知っていて、、○○さん、ご苦労様です、お待ちしていました、、 と、恐れ入ったネ、、船内時間の2時近くになると日本との交信は段々とフェードアウトしてくる、すると今度はヨーロッパ方面が強力に入感してくる、その中に珍しいイランの局 EP2○○ (イラン滞在の日本人だ、)が呼んできた、ヨーロッパ方面の局と数局、交信してそろそろ喋るのも面倒になったし、今度は電信(モールス)で  CQ CQ CQ DE JR6KRG/MM ,,, K すると又数局のイギリス、ハンガリー、ユーゴスラビアの局が呼んできた、、今日は夕方、夜中と30局近くの人とQSO(交信)した。そろそろシャワーを浴びてビールでも飲んで寝るかね、、

 

 

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2012-11-18

[古い航海日誌 霞峰丸③] バリンタン海峡通過、南シナ海へ、肩振り

 

オイルロードと呼ばれる日本から中近東のペルシャ湾まで約6,500海里(12,000キロ)何往復したろうか(写真)、奄美諸島の東岸を南下し沖縄、南西諸島東岸を通り往航は台湾とフィリピンの間のフィリピン寄りのバリンタン海峡、そして南シナ海に入る。海峡を通過中、昼食を食べに食堂に行く時にスコールにやられた、猛烈なスコールで100メーターあるフライングパッセージをさすがに走って行く勇気が無い、久し振りに合羽を着こんで食事に出かける、、このスコール、塩風に当たっている船体を真水で洗い流してくれる、たまには必要なんだ、、本船は往復共にシンガポール、マラッカ海峡を通るが超大型タンカー(VLCC)は往復、又は復航時のみ水深のあるジャワ島の近くのロンボック海峡を通り、ボルネオ島、セレベス島の間のマカッサル海峡を通り日本に向かう訳だ。

 

日本を出港して2~3日は何かと落ちつかないが、この辺まで来ると自分のペースで仕事が出来る、夜の12時ワッチ(当直)が終わり、久し振りにブリッジに肩振りに行く事にした。夜はブリッジ(船橋)は真っ暗だ、暫く目が慣れるまでは全く見えない、、クオーターマスター(操舵手)が、おー、いらっしゃい、田舎の土産があるから早速コーヒータイムだネ、、、ポットでお湯を沸かしコーヒーを落としてくれる、インスタントじゃないんだ、、ブリッジ中プーンとコーヒーの良い香りが漂う、、瀬戸内海の小さな島出身のクオーターマスター、今航、奥さんが訪船されてその時の土産だそうだ、、いつも同じ海の上の生活、大した話題はない、精々、マージャンに勝った、負けたの話し、、あとは昔の話し、家庭の話しになる、本船は古い船なので40名近い乗組員が乗船している。セコンドオフィサー(2等航海士)は時々レーダーを覗き航路上に異常は無いか確認している、前々航に故障し苦労したレーダー、その後は順調に動いている。ブリッジからウイングに出てみるとサーっと言う本船が波を切って進む音が聞こえる、空を見上げると満天の星だ、南の方向を見ると水平線の少し上、低い位置に南十字星が輝いている、、、さーて、そろそろ寝るかね、、 と言うと、おー、コーヒーもう一杯入れるから、、、そんなにコーヒーばっかり要りませんがネ、、ブリッジも夜は暇だ、話し相手がほしい訳さ、、とうとう3時を過ぎた、もう寝なきゃな、、と思いきや、セコンドオイサーが あと30分でワッチが終わるから一緒に軽く一杯やりましょう、、と無理やりに誘われとうとう4時まで付き合わされた格好だ、交替のチョフサー(1等航海士)、交替のクオーターマスターもブリッジに来て引き継ぎ、一足お先に宴会の準備をして二人で宴会を始めハッと気が付くと外が明るくなり始めた、、、時計を見ると6時近く、、、

まー二人とも昼近くまで寝る時間がある、、ど―って事はない、、、、。

 

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2012-11-08

[古い航海日誌 霞峰丸③] 最後の航海、

家族が訪船して楽しい2日間もあっという間に終わり、3日目の早朝、家族が下船して本船は又ペルシャ湾に向け静かに桟橋を離れ約40日の航海に出た。そしていつものようにシンガポール、マラッカ海峡を通過しスリランカ(ドンドラヘッド)沖を通りペルシャ湾、イランのカーグ島で原油を満載して又大阪の堺に戻ってきた。昨年の12月、クリスマスの前に本船に乗船し3航海が終わった。貨物船に乗船した時は1年近くは乗船するんだが、タンカーは面白くないネ、、行き先は中近東、ペルシャ湾、桟橋に停泊しても砂漠の何もないところ、積地によっては陸も見えない海の上での荷役、大体の乗組員は休暇の権利が発生する3航海か4航海で休暇下船する。本船 霞峰丸に連続して3回も乗船した乗組員はほとんどいないだろう、、本社勤務から海上に復帰して連続3回目の乗船も3航海が終わり、4航海目、堺の関西石油の専用桟橋をタグボートに引かれて静かに離れた、そしてサウジアラビアのカフジに向かった、、、、、、。

実はこの航海が私にとって最後の航海になるだろう、、、、、理由は未だ内緒だが、今航、堺で休暇下船し退職する予定なんだ、勿論、他の乗組員等には内緒だ、別に船乗りが嫌になった訳ではないんだが、やりたい事がある、、、今航は最後になるであろう航海をじっくり楽しもうと思っている。

 

 

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2012-10-28

[古い航海日誌 霞峰丸③] 大阪、堺港入港、

 

 

 

(写真上) タグボートの力を借りて入港、着桟体制に入る、社船 ” 日王 ”     

       303,994重量トン、 長さ333m  幅 60m

(写真下) 荷役中の ” 日王 ”

 

 

 

四国沖から友ヶ島水道を通り堺沖に到着した、直ぐにタグボートが横に着き、デッドスロ―アヘッド(前進微速)で関西石油の専用桟橋へ着桟した。すぐに税関、代理店が乗船して入港手続きが始まる、そして入港手続きが終わるといつもの事だが戦場のような忙しさ、、新しく乗船する人、休暇で下船する人、家族が訪船したり、色々な業者が訪船してくる、船内は賑やかなもんだ、一段落して昼食だが、例によりカレーライス、上司の通信長も交替で新しい通信長も乗船してこられた、そして引き継ぎが終わり午後には下船された。そして妻が長男を連れて乗船して来た。3ヶ月振りのご対面だ、2歳4カ月の長男、3ヶ月振りに見ると成長が解る、いやー、こんな小さな子、連れてくるの大変だわ、、! と言う、部屋で家族そろって食事をしたが久し振りに家族水入らずのひと時だ、、しかし翌ゝ日の早朝には又ペルシャ湾に向け出港だ、、、やるせない気持もするが、これが船乗りの宿命だな、、翌日の午後は3人で堺の繁華街へ買い物やらに出かけた、楽しい2日間であったが、明日は又お別れか、、、、

 

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2012-10-19

[古い航海日誌 霞峰丸③] バシ―海峡通過、入港準備

 

本船、霞峰丸/JFVQ (写真) 121、298重量トン 全長278メーター 幅44メーター エンジン27、600馬力 は順調な公開を続け、台湾の南方のバシー海峡を通過した。大阪の堺に入港するまで3日だ、船内も入港準備などでざわめき忙しくなる、我が事務部も入港書類の作成、次航の消耗品、食料品の発注準備、提出書類の作成及び準備などで忙しくなる、又下船者は下船準備が忙しい。今日から船内の風呂の浴槽が海水風呂から清水風呂に変わった。翌日、本船は沖縄本島の東を北上している、堺で妻が長男を連れて訪船する予定だが家に電話を入れてみた、40日ぶりに聞く元気な声に安心した、1日早く家を出て大阪の姉の家に一泊すると言う。趣味のアマチュア無線も今日でQRT(閉局)又日本を出港してからだ、夜当直が終わってから映りの悪いテレビを見ながらいつものように ビールとウイスキーで一杯だ、朝には奄美諸島沖だろう、、ポールド(窓)を覗くと左舷に沖縄のどこかの灯台の明かりが光っている、。

 

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2012-10-11

[古い航海日誌 霞峰丸③] きました、交替電報、

本船は順調に航海を続け、昨日シンガポールを通過した、あと1週間で大阪の堺に入港する、今航は堺で9名の乗組員が交替するが未だ交替電報がきていない、早い時はインド洋でくるんだが今航はちょっと遅れている、休暇下船する乗組員は気が落ちつかない、食堂、パッセージでよく、次席さん、未だ交替電報きませんかね、、、と聞かれるが、仕事上の守秘義務と言うものがある、、、大体、午後の私の当直中にくるのがほとんどだ、たぶん今日あたりくるだろう、、当直中に今航休暇下船予定のクオーターマスター(操舵手)が無線室に顔を出して、 きましたか?  もうそこまで来ているんだけどね、、アンテナあたりに引っかかっていませんかね、、 と言うと、 それじゃ俺、登って捕ってきます、、、真面目な顔をして言う、、日本時間 14:30 の 長崎無線局/JOS の一括呼び出しを聞くと JFVQ 本船が呼ばれたな、、、、コーヒーを一杯飲んで長崎無線局とQSO(交信)すると、やはり交替電報だ、、予定の9名全員が下船だ、上司の通信長も今航休暇下船だ、交替の通信長 ○○○ 、あちゃー、俺正直なところ交替の通信長は好きではない、、キャプテンの部屋に届けると、おー、きたかね、、、と一言、夕食時サロン食堂でチーフエンジニアー(機関長)、チョフサー(1等航海士)、通信長に話すだろう、、、。今航は堺に妻が二歳になった長男を連れて訪船する予定だし楽しみだ、沖縄近海で家に電話しようと思うが3ヶ月振りだ、、日本との時差も2時間弱になり、夜、ワッチ(当直)が終わって相変わらず趣味のアマチュア無線を始めると凄いパイルだ、馴染みの局もたくさんできた、アラビア海を航行中の○○タンカー、○○丸の通信士の局も呼んで来た、、この局は奥さまもアマチュア無線をやっておられ毎日、日本の留守宅の奥さんと話をしているのを何度も聞いた事があるので良く知っている局だ、、、10数局とQSO(交信)したし、さーて、そろそろシャワーを浴びて一杯飲んで寝るかね、、

 

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2012-09-28

[古い航海日誌 霞峰丸③] CQ CQ アマチュア無線

 

 

船内時間の24:00 ワッチ(当直)が終わると、相変わらず艫のドクターの部屋まで行き、趣味のアマチュア無線を楽しむ、 好きだねー! 自分でもつくずく思う、他の乗組員によく、 次席さん、仕事で無線をやり、休み時間にまで無線をやらなくても麻雀をしましょう、、、と言われるが、、、真っ暗闇のフライングパッセージをかすかに艫のドアーのポールド(窓)の明りを目印に歩く、空は満天の星だ、南十字星がきれいに輝いている、日本では見れない光景だ。

ペルシャ湾、アラビア海、を航行中は日本とは時差が大きく21Mhzでは電波伝搬状態からしてチョット厳しい、こんな時は21Mhz用のダイポールアンテナにカップラーで無理やりにのせて14Mhzで電波を出す、飛びはいまいちだがCW(電信)で結構ヨーロッパとQSO(交信)できる、たまに日本の局ともつながるが、出力も1KWは出ているだろう、それにアンテナも良い物を使っているんだろう、、。

インドの南、セイロン島を過ぎると日本とのQSO(交信)もし易くなる、いつもと同じ周波数で、 CQ CQ CQ こちらは JR6KRG/MM JR6KRG/MM 海上移動、、、、 受信に移ると多くの日本の局に混じってアフリカの LESOTHO (レソト) 7P8 の局が呼んできた、非常に珍しい珍局なんだ、こりゃ有難い、先ずこちらと交信してだな、、! 簡単な交信が終わると今度は私を呼んできた局が一斉にアフリカの 7P8○○ の局をコールする、 しかーしだ、、!  ここはJR6KRG/MM 局が使っている周波数だから、、、と言って引っこんでしまう、このへんは日本の局と違ってマナーが良いと言うか、相手にしてみれば日本の局なんか珍しくもないザコだわね、、前航、本船を訪ねて来た岡山の局とも久し振りにQSOできた、外国航路の船からアマチュア無線をやっているのはまだまだ少ないので、もてる事もてる事、嬉しい悲鳴だわね、、、北海道から九州まで毎日、沢山の局が呼んできてくれる、、乗船前に作った500枚のQSLカード(交信証) (写真)も2航海で無くなることに、、。

15局と交信したが、そろそろ伝搬状況も悪くなったしそろそろ終わりにするか、しかし交信が終わるとまだまだ当局を呼んできてくれる局がいる、、日本ではそろそろ明るくなってくる頃だが、きりが無い、丁重にお詫びお断りして、今日はこれで終わり。真っ暗闇の中を部屋に戻り、さてと、シャワーを浴びて一杯といくかね、、、、。

 

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2012-09-19

[古い航海日誌 霞峰丸③] スナック ”霞峰丸” 開店、

サウディアラビアのカフジで原油を満載した本船は夕方、ブイを離れて日本に向け航海に出た。中近東での停泊は色々と制約があり1時間でも早く出港したい、、、 停泊中はタバコを吸うのにも苦労する、当時ヘビースモーカーのhamさんには堪える、そして楽しみの酒も飲めない、、夜の12時、当直が終わり直ぐに腰にバスタオルを巻き付けてバスルームに行く、ここは男の世界、誰にも気兼ねする事はない、、、、。日中は40度を超す暑さだが夜になれば結構涼しくなる、復航ともなると酒のおつまみもだいぶ底をついてきている、パントリーに行き玉ねぎを薄くスライスし、これに熱湯をかける、これに鰹節とマヨネーズをかけて醤油をかければ最高、、後は残っている6Pチーズ、それと停泊中に釣ったアジの開きを電熱器でさっとあぶる、、、  さーてと、スナック ”霞峰丸” の開店です、!  先ずは免税の缶ビールを一缶、ぐぐっと一気に空ける、、2日ぶりに飲むビールは最高ですでね、、そしてこれも免税のお気に入りの ニッカウヰスキー G&G のロック、氷の固まりをアイスピックでかち割った氷をグラスに入れて、ウイスキーを注ぐ、グラスを手に持って2~3回まわして口に当てると何ともこおばしい香りがツンと鼻をつく、、一口、口に入れて一気に飲み込む、この時のピリッと喉を通る感触がなんともいいネ、、、ラジオのスイッチを入れてみるとアラビア語の放送ばかりでチンプンカン、、、今頃、妻と長男はどうしているだろうか、元気でいるだろうか、、、チビリ、チビリと3杯くらいやっつけると部屋の時計は2時を差している、日本では朝だ、そろそろ寝るかな、、、。

 

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2012-09-12

[古い航海日誌 霞峰丸③] サウディアラビア、カフジ着、釣り三昧

船がオマーン湾に近づくとムッと暑くなる、40度はらくに終えているだろう、恐らくデッキの鉄板の上に卵を落とせば半熟の目玉焼きにはなるだろう、、左舷にはオマーン王国が見える、赤褐色の低い山が見えるが、こんな処に住みたくないネ、、間もなく本船はホルムズ海峡を通過してペルシャ湾に入ったが、風が結構吹いていて白波が立っている、夜半過ぎに本船はラスアル・カフジの沖合に到着し、直ぐに入港手続きが始まり30分位で終了、ブイに係留されて早速に荷役が始まった。

カフジ油田は、サウジアラビアとクウェートの中間地帯に位置し、日本のアラビア石油が1957年以降、サウジとクウェートからそれぞれ権益を獲得し、1960年に油田を掘り当てた。1日当たり約30万バレルを産出し、日本の石油消費量の約5─8%を占めた時期もあった。(1バレル=約159リッター)

 

外国と言ってもここは海の上、全くリクは見えません、アルコール類はストアーに保管し封印される、タバコも吸うところは船尾の食堂だけに制限される、航海中の方がよっぽど良いね、、原油を積み込み中は船のタンクからガスが出るため火気は厳しく制限される、従って仕事も制約を受けるため開店休業だ、外に出れば日中は恐ろしく暑いが、陽が沈むと急に温度が下がり肌寒い感じになる、現地の人はセーターを着込む人が殆んど、、釣りくらいしかやる事がない、他人の釣り竿を勝手に使い釣りをする、それが又釣れるんですわ、、入れ食い状態、殆んどアジだがね、! ペルシャ湾のアジは素朴だね、私のような釣り人の針にもかかってくれる、、、釣ったアジはすぐに開きにして(写真)デッキに干す訳さ、そして帰りの航海中の酒のおつまみになる、、、。

 

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2012-09-01

[古い航海日誌 霞峰丸③] 医療通信 ・ー  ---  ・・-

 

本船は予定通りセイロン島(現スリランカ)ドンドラ・ヘッド(ドンドラ岬)を通過して針路を北西にとりアラビア海をペルシャ湾に向け航行中だ、今の時期、南半球は夏でインド洋、アラビア海はベタ凪だ、ポールド(窓)を覗くと本船の左舷をイルカの大群が本船と並走して泳いでいる、時々、海面をジャンプしている、まるで、おまえ達、もっと早く走れないのか、、、、と言っているようだ、、電気ポットでお湯を沸かし、コーヒーでも一杯飲もうかと準備していると昼食の終わったキャプテンと通信長が難しそうな顔をして無線室に入ってきた。通信長が、次席さん、医療通信をやってくれないか、、、乗組員の一人が高熱で熱が下がらないと言う、ドンドラヘッド以西は基本的には日本の海岸局と通信しない事になっている、しかし、事は急を要する、キャプテンが、後でチョフサー(1等航海士)が電文のメモを持ってくるから東京の船員保険病院宛てに医療通信でたのむ、、、、との事だ、現在は地球のどの海域からでも衛星を経由してリアルタイムに連絡がとれるが昔は、そーわいかない、無線通信が唯一の連絡手段だ、本船は冷暖房完備のタンカーの為、ドクター(船医)は乗船していない、2~3年前までは社船でも2はい(2隻)の古いタンカーにはドクターが乗船していたがその船も売船になりドクターが乗船している船は無くなった。本船では資格を持っている2人の衛生管理者が選任されており(本船では1等航海士と3等航海士)薬品等の管理をしている。

 

セイロン島を過ぎると日本との通信が極端に困難になる、チョフサーが熱を出している乗組員の病状を詳細に書いたメモを持ってきた、医療通信は遭難通信、緊急通信、非常通信に次いで優先される通信である、今日で日本との時差はマイナス4時間だ、長崎無線局/JOS 銚子無線局/JCS を受信するとやはりこの海域では長崎無線局/JOSの方が通信しやすそうだ、この時間だと日本では夕方の5時、使用する周波数はどれにしようか、、16Mhz(メガヘルツ)で何とか連絡がとれ、苦労して長い電文を打電した、船員保険病院の医者が電文を見て治療方法、投薬などの指示をしてくるわけだ、他の通信より優先して返事がきしだい直接本船を呼んでくる、16Mhzは時間からして伝搬状況が悪くなり使えなくなる可能性がある、他に12MhzのJOUも指定して2波、受信する事にした。いつ本船を呼んでくるか解らない、2台の受信機を使って受信する、他にもトラフィックリスト(一括呼び出し)等もある為、非常用の受信機も総動員だ、、、、そして20分後、長崎無線局が本船を呼んできた、しかーしだ! 案の定、信号が弱い、相手は20KWの出力だ、本船は1KW、これじゃ通信できないな、、今度は12Mhzで本船を呼んできた、予想がピタリだ、、苦労したが長い電文を受信し1等航海士に渡した。医療通信は今回で3回目だ、そのうちの1回は、私が病人だ、北米航路の材木船で冬の時化の北太平洋、まじに、死ぬかと思ったネ、、、キャプテンは、最悪の時はボンベイ(現ムンバイ)に緊急入港しよう、、、と言う予定だったが、ドクターの指示通りの医療行為、投薬が効いたのか夜には少しづつ熱も下がり2日後には仕事が出来るまでに回復した、、、、、。夜、当直が終わってからの一杯は、無事に仕事を遂行出来た充実感などで酒の旨い事、、、、

 

 

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2012-08-24

[古い航海日誌 霞峰丸③] 当直(ワッチ)

私の乗船中の当直は船内時間の12:00~16:00、 20:00~24:00 の8時間、通信長の当直は 08:00~12:00 16:00~20:00 の8時間、以前は08:00~12:00、20:00~24:00は三席さん(3等通信士)12:00~16:00、00:00~04:00は次席さん(2等通信士)、04:00~08:00、16:00~20:00は通信長の当直であったが電波法などが改正され、合理化の一環で通信士が3名から2名に減員された、減員された1名の通信士の当直は通信士に代わってオートアラーム(警急自動受信機)で行う、遭難信号(SOS)の前に発信される警急信号を受信すると無線室、通信長の部屋に備えられたベルが、けたたましい音で鳴るように成っている、このベルを止めるのは無線室へ行かないと止められない仕掛けだ、このオートアラームは赤道近くでは空電などでよく誤動作するんだ、、、、。

 

船舶通信士の大きな任務の一つは、通信機器の保守並びに運用、又国際電気通信条約や法規等を習熟した専任の船舶通信士がその聴覚により、国際電気通信条約に定められた一定の時間割で、又その他の時間は機械(警急自動受信機)により、国際遭難周波数である500kHz(電信)を聴守し、自船が遭難した場合はこれにより救助を求め、他船が遭難した場合または他船の遭難を知った場合はこれにより救助を行うなど、付近を航行する船舶などによる相互救助体制の確立である。大型船は運用時間中、毎時間15分から18分、45分から48分の3分間は地球上の全船舶、全無線局は国際遭難周波数である500Khzでの通信を停止しこの周波数を聴守しその結果をログブック(業務日誌)への記載が義務ずけられている 

 

通信はモールス通信により日本の海岸局、銚子無線局/JCS、長崎無線局/JOS、海域によっては外国の海岸局との公衆通信の送受信、電話による遠洋船舶電話/JBOとの公衆電話(古い本船には設置されていない)、などがある。又ファクシミリによる天気図、ニュースの受信(ファクシミリがふっきゅうする前は全てモールスによる受信であった)。航行援助器機のレーダー、ロラン、VHF,などの保守管理も重要な任務の一つである。

しかし、外航船における、世界的な海上における遭難安全制度GMDSS(Global Maritime Distress and Safety System)が1999年2月1日に完全導入され、人の聴覚による聴守を廃止して全て機械による聴守を行うものとなった。船舶職員法(海技士制度)の改正、電波法の無線従事者(総合無線通信士と海上無線通信士)資格の改正、および船舶安全法の改正などによってタイタニック号の遭難以来、100年以上にわたって築かれてきた「船舶通信士」の職場は商船から(一部の大型客船を省き)ほとんど消え去ってしまった。これによって日本の外航商船におけるモースル通信に終わりを告げたのである。現在、モールス通信は一部の漁船、アマチュア無線、自衛隊など一部に使われているのみである。

 

 

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2012-08-15

[古い航海日誌 霞峰丸③] シンガポール通過、、

日本を出港して8日目、本船はシンガポール沖を通過した(写真)、地震のないシンガポールは高層ビルが立ち並ぶ、以前に日正丸でシンガポールに入港したが相変わらず沖にはたくさんの船が停泊している、赤道直下の東南アジアの玄関口であるシンガポールはハブ港である。コンテナ取扱量は中国の上海に次ぎ世界第二位だ、又ハブ空港のチャンギ国際空港から次々に飛行機が飛び立ち、着陸しているのが良く見える、さーすがだね、! そしてマラッカ海峡からシンガポール海峡に入ってくる船の多い事、狭い海域での衝突を避けるため一方通行の航路が定められている。この海峡はタンカーでなんかい通ったろうか、昼間が多いが夜、通過する事もあるし、キャプテンの判断で原油を満載している時は停泊して時間調整する事もある、、、ブリッジ(船橋)では緊張する海域である、大型船の他に小さな船が横切ったり、はしけが通ったり、とにかく通行量の多い海域だ、、、、

 

 

 

 

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2012-08-03

[古い航海日誌 霞峰丸③] 順調に南シナ海、航行中、

 

 

大阪、堺港を出港して4日目、本船(写真左)はバリンタン海峡を通過して南シナ海を順調に航海している、夜中の12時に当直が終わってからレクレーションルームで日本で受け取ったビデオテープで紅白歌合戦を見た、そろそろ退屈になってきたネ、、、、昨夜の当直時の社船連絡で今日の午後位に社船の 日王丸/JDHE (238,731重量トン)とすれ違う事は解っていた、日王丸(写真右)には後輩が乗船している、中波で日王丸を呼んでみた、 JDHE de JFVQ  K  すると直ぐに応答があった、 JFVQ de  JDHE QSW 425 、、、、、お互いの正午のポジションを交換した、日王丸の正午のポジションをブリッジに持っていくと当直のセコンドオフィサー(2等航海士)がチャート(海図)に位置を入れて、1時間後くらいにすれ違いますね、、暫くすると食事の終わったキャプテンがブリッジに上がってきた、セコンドオフィサーから報告を受けて、日王丸の○○船長に敬意を表してご挨拶して行くかね、、、キャプテンの粋な計らいで本船のコースを若干変更した、、暫くすると本船のレーダーに日王丸らしき船影を捉えた、、そして数十分後、水平線にサウジアラビアのラスタヌラから岡山県の倉敷市水島港に向かう日王丸が見えて来た、VHFでキャプテンが話している、、その後、私も後輩と少し話したが卒業してからは一度も会っていないが、次航、休暇下船すると言う、、休暇か、良いなー! こっちは後2~3航海、下船は夏頃の予定だが、、、

 

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2012-07-26

[古い航海日誌 霞峰丸③] 堺出港、サウディアラビア、カフジ行き

入港3日目の早朝、本船は又ペルシャ湾に向けて出港する、六時半出港スタンバイ、訪船していた家族もタラップを降りて下船する、原油を降ろし空船になった300メーター近い本船は見上げるほどの大きさだ、代理店からクリアランス(出港許可証)を受け取り準備OK,既にタグボートも本船の横に到着、艫、おもて、のホーサー(係船用のロープ)も外されタグボートが懸命に桟橋から離れるように引っ張っている、、2~3人の家族が桟橋で手を振っているが、貨物船の出港はドラマも色気も無い、、、数十分後、本船は港外に出ると2隻のタグボートも本船から離れて行った。友ヶ島水道を通り、紀伊水道へ、航海中は朝食は食べないんだが食堂に行き朝食、少しテレビを見て、ちょっとブリッジに肩でも振りに行くか、、! (写真) サードオフィサー(3等航海士)は富山商船出身だ、クオーターマスター(操舵手)は瀬戸内海の島、出身のベテラン、さー、お客さんが来たしお茶にするかね、、今航、奥さんが訪船されて土産に持ってこられたと言うお菓子を頂いた。乗組員は皆、家族のようなもんだ、本船は古い船の為30数名の乗組員が乗船している。船内は暖房で暖かいが、ウイングに出てみると晴れてはいるが2月の海を渡ってくる風は冷たい、右舷に四国、左舷に紀伊半島が見渡せる、、今度日本に帰る頃は南国では桜の便りが聞かれる頃だろう、、、。

 

肩振り 、、船乗り言葉で、お茶でも飲みながらお喋りでも、、、と言うような意味、

 

 

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2012-07-18

[古い航海日誌 霞峰丸③] 大阪、堺港入港、

 

本船は予定通り大阪、堺港の関西石油、専用桟橋に着桟した。 (写真右は荷役中の日彦、300,000トン)いつもの事だが目の廻る忙しさ、入港手続きが終わると新しく乗船する乗組員、訪船してきた家族、本社から関係者、メーカー等が乗船してくる、無線室で届いた沢山の書類の整理をしているとクオーターマスター(操舵手)が、次席さん、お客さんが二人来ているがタラップのところで待ってもらってる、との事、行ってみると二人の青年が待っていた、 岡山のJH4○○○ JR4○○○ です、、、航海中、趣味のアマチュア無線で何回もQSO(交信)した仲間だ、休暇をとって早朝からわざわざ岡山から来たとの事、内心、恐れ入ったネ、、、仕事場の無線室に来て頂き、上司の通信長に挨拶、コーヒーを飲みながら無線室を案内、外に出てアンテナ群も説明しブリッジ(船橋)へ行くと丁度、サードオフィサー(3等航海士)がいたので話しブリッジを案内した、二人とも勿論こんな大きな船の中を見るのは初めて、、入港した当日の昼食は食事の数が解らない為ほとんどカレーだ、、司厨長に二人の昼食の追加をお願いすると快くOKとの事、少し時間をずらせてサロン食堂で三人でカレーで昼食、船の食事は美味しいですネ、、、二人とも感心する事、、ひと通り船内を案内して私の部屋で3時まで趣味のアマチュア無線の話しに花がさいたが、、、又お空での再会を約束して二人は又岡山に帰って行った。航海中故障したメインレーダーの新しい基板も到着し確認して一安心だね、、、本船は2晩停泊して3日目の早朝には又ペルシャ湾向け出港する、今航は家族も訪船しないので夜はテレビを見ながら一人で寂しく一杯といくか、、、、

 

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2012-07-08

[古い航海日誌 霞峰丸③] バシ―海峡通過、入港準備

 

シンガポール海峡を通過した本船は時化の南シナ海を順調に航海し5日目、台湾とフィリピンの間の台湾寄りの海峡、バシ―海峡を通過した(写真左参照)、夜だと台湾南端のガランピの灯台の光が見える事があるが今航は昼間で見えない。ここまで来るともう庭に来たようなもんだ、夜になると日本の中波の海岸局の信号も聞こえてくるし、短波の通信もいつでも簡単に出来る、日本を出港したのが昨年の12月のクリスマスイブ、正月をシンガポール手前の南シナ海で迎え、1月ももうすぐ終わり、ここまで北上すると船内の冷房も必要なくなった、入港前には暖房に切り替わるだろう。今航は堺港で6名の乗組員が交替する。私は夏頃まで乗船する予定だ、まだ1航海が終わりかけているだけ、先が長いねー、、、。入港前になると何かと忙しくなる、乗組員から外地で購入した携帯品を申告してもらい、官憲に提出する携帯品リストの作成、クル―リスト(乗組員名簿)の作成、免税の酒、タバコ、リストの作成など等、上司の通信長と手分けして作成する、又無線局の公衆通信の各提出書類の作成、次航、日本で受け取る消耗品の発注など等、結構忙しいんですわ、航海中、趣味のアマチュア無線で百人を超す人とQSO(交信)した中で今航、大阪の堺へ岡山から遊びに来ると言う人も、勿論、顔も知らない、今航は家族も訪船しないし、まーいいか、、、、。

              

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2012-06-30

[古い航海日誌 霞峰丸③] 大時化の南シナ海、命がけの食事

無事にシンガポール海峡を通過した本船は南シナ海に出た、今までのべた凪が嘘のようだ、南シナ海は大時化、長さが300メーター近くあり、原油を満載している本船はほとんど揺れる事は無いがピッチング(縦揺れ)がいやらしい、、大きな波が船首にぶち当たる、飛沫がブリッジ近くまで飛んでくる、ギシギシと船のきしむ音、なんとも気持ちが悪いね、、こんな時は艫の食堂まで食事に行くのが億劫だが、食べない訳にもいかないし、フライングパッセージには二ヶ所のトンネルになった避難ヶ所がある、大きなうねりが来ると次にうねりが来るまでの間に猛ダッシュでトンネルの有る避難ヶ所まで走る、又タイミングを見て猛ダッシュ命がけだね、、、それでも艫に着くと飛沫で身体がショッパイ、、、食堂に行くと、今日は洋食だ、スープから始まる、ボーイさんが、次席さん、肉の焼き方はどうしますか?  私は中途半端な焼き方は嫌いだ、焦げるほど焼いて、、、最後はデザートの今日はアイスクリーム、これが一番おいしいね、、食事が終わって私とセコンドオフィサー(2等航海士)は船首にある仕事場まで帰らないといけない、今度はダッシュと言う訳にはいかないんだ、季節風と船が進んでいる為に出る風とが重なり猛烈な向い風、、フライングパッセージのハンドレールに掴まりやっと歩く、手を放せば飛ばされそうだ、、食事に行くのも命がけですでネ、、、、その代わりエンジンの振動なども無いし船にいる事を忘れるくらい快適だ、上手くしたもんだネ、、、身体じゅうが潮風と飛沫でショッパイ、急いでバスルームでシャワーを浴びてスッキリ、、、 さー、午後のワッチだ!

           

 

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2012-06-21

[古い航海日誌 霞峰丸③] レーダーの故障、

セイロン島(現、スリランカ)ドンドラ岬を通過した本船はマラッカ海峡に向け東に針路をとり航行していた、今の時期のインド洋はベタ凪だ、鏡のような海面を進んでいる、夜の当直中、一人で無線室でコーヒーを飲み一服しているとブリッジで当直中のサードオフィサー(3等航海士)から電話がきた、 レーダーの調子がおかしいのでチョット見てくれませんか、、 と言うものだ。ブリッジに行きレーダーを覗くと、おかしいな! 大分前から時々この様な症状があったが直ぐに治り気にもしなかったが、、、と言う、2台あるレーダーのうちメインレーダーだ、直ぐに通信長の部屋に行くと一人で一杯やっているところだ、、症状を話すと、夜だし暗いので明日の朝からでも次席君、チョット見てやってくれないか、、 と、こうだ。明日の夜にはマラッカ海峡に入る、2台有るとはいえ狭い海峡では2台フル稼働で使う、途端に憂鬱になって来た、当直が終わってからペルシャ湾で釣ったアジの開きで一杯やる予定で楽しみにしていたんだが、それどころでは無くなった、、参ったなー、こんな所でよー! メンツにかけて意地でも直さないと、夜は航行に差し支えるためブリッジは真っ暗にしてある、とにかく明日だ、、レーダーのマニュアルを出してトラブルシュ―ティングなどを参照し、症状からして不良と思われる場所の特定をしなければいけない、当直が終わっても暫く無線室で図面をにらめっこだ、明日の段取りなどを考へ、シャワーを浴びて、明日は朝起きなければいけないし、今日は一杯は止めにしよう、缶ビールを一缶のみ直ぐにベッドにもぐり込んだが、明日の事が頭に浮かびなかなか寝付けない、、、朝7時、目覚ましで目が覚めた、スッキリするために又シャワーを浴びてコーヒーを飲んでブリッジへ、本船は古い船だ、時々症状が出ていた事からして、どこか接触不良の可能性が高いが、可能性のある回路の大きな基板を外して無線室へ持って行き、基盤の端から慎重に目視でチェックし始めると一ヶ所、抵抗の色が少し変色しているヶ所がある、んッ、、ここが臭いなー、 直ぐにブリッジに行き基盤を取り付けて電源を入れ不良と思われるヶ所にチョット振動を与えると、不安定だが映像が出たりするではないか、ここだ! 基盤を取り外して無線室に持ち帰り抵抗を替えようと思うが同じ値の抵抗が無い、止む無く2本の抵抗を並列に使い応急処置だ、基盤のパターンも一部切れかかっている、ここも何れダメになる、、ここも細い銅線を使い応急的に処置しブリッジへ、頼む、直ッてくれ、、、 神にも祈る気持ちだ、、基板を取り付けて恐る恐る電源を入れてブラウン管を覗くと、やった―! 緊張がほぐれてどっと疲れが出た感じだ、サードオフィサー、もう壊さんでね! 次席さん、私が壊したんじゃないですよ、、、3時間近く悪い頭を駆使して頑張った甲斐があった、、意気揚々と無線室に戻り通信長に状況を報告し、大阪の堺宛てにメーカーから新しい基板を送ってもらえるように本社に依頼してもらえるようお願いした、いやー、次席君ご苦労さんだったね、部屋からビールを2本持ってきて、ワッチでも終わったら飲んでくれ、、と上機嫌だ、

 

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2012-06-13

[古い航海日誌 霞峰丸③] インド洋、洋上のアマチュア無線、

サウディアラビア、カフジを出港した本船はペルシャ湾とオマーン湾の間のホルムズ海峡を通過してインド洋アラビア海へ、時々本船の横をイルカの大群が時々とび跳ねながら本船と競争して泳いでいる。通信士が2名に減員されてからはセイロン島(現スリランカ)から西では基本的には日本の海岸局と通信はしない事になっている、確かにこの海域まで来ると日本の海岸局と直接通信するのは大変な事は事実だが、私個人的には異論もあるんだが組合との協定で決定された事項だ、当社はフランスの海岸局/FFSと交信する事になっている。従って約2週間ほど日本の海岸局と通信していないが、復航時スリランカのドンドラ岬を通過すると本社宛てに通過電報を打電する、 18ヒ1230ドンドラツウカ、ヘムイサカイ31ヒアサ」センテウ (18日12:30ドンドラ岬通過、31日朝、堺着予定」船長) となるわけだ。午後の私の当直時日本の海岸局、長崎無線局/JOS 銚子無線局/JCS と交信すると電報がどっさりとある、正月の年賀電報も数通受信した。

 

趣味のアマチュア無線も連日ペルシャ湾、停泊中以外は艫のドクター(船医)の空き部屋まで行って楽しんだ、インド洋まで来ると日本とは3~4時間の時差がある、午後の当直が終わって夕食後5時半頃から1~2時間アマチュア無線を楽しむ、21Mhzでヨーロッパ、アメリカの東海岸、南アメリカあたりが面白いように交信できる、外国は電信(モールス通信)が主だ、その後、電話で日本の局と交信する、毎日呼んできてくれる局もいる、沢山の友達も出来た、瀬戸内の島に在住の盲目の局もおられた、、、留守宅のある大分の同じマンションに住むH嬢とも交信出来たし、同じ大分市内の友人とも交信できた、私の郷里の新潟の局ともつながった、、夜の当直が終わってから又月夜の時は良いんだが真っ暗やみの中を艫の窓からかすかに漏れる明りを頼りに100メーターのフライングパッセージを歩いてドクターの部屋へ、日本では朝の3時4時だが電波伝搬状態の良い時は、 CQ CQ CQ こちらは JR6KRG 海上移動、、、、、、、と始めると、呼んでくるは、呼んでくるは、 もうそろそろ聞こえてくる頃だと待ってました、、、、、と、 ありがたいね!今度船が日本に入港したら船を訪ねてもいいですか? と言う岡山県のアマチュア無線家も、、、

            

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2012-06-04

[古い航海日誌 霞峰丸③] サウディアラビア、カフジ発堺向け、

夜半過ぎ荷役が終わった、クリアランス(出港許可証)を受け取り直ぐに出港だ、出港と言っても広い海の上、沖のブイに係留してあるだけ、ペルシャ湾でも一番面白くも無い積地だ、だからタンカーはきらいだネ、、エンジンが動き始め日本に向かい走り始めた。入港前に集めた乗組員の酒、タバコ類を入れたストアーの封印を外して預かった酒、タバコを各食堂のテーブルの上にリストと一緒に置いておく、、、航海中の方がよっぽど気が楽だ、部屋の鍵をかける必要もないし、酒も飲めるし、所定の場所ではタバコも吸えるしネ、、バスルームの湯船にどっぷりと浸かり手足を延ばす、、気持ちイー、、、そして部屋に戻り、腰にバスタオルを巻き付けて部屋で一杯だ、あまり冷えていない缶ビールを一気飲み、そして愛用のニッカ G&G のロックでちびちびとやる、、至福のひと時だ、、一人で飲んでいると色々な事を思い出す、、、家では妻や二歳になった長男、元気だろうか、、日本まで半月ちょっとの航海だ、、まだ先が長い、そろそろ寝るかネ、、、

 

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2012-05-23

[古い航海日誌 霞峰丸③] ペルシャ湾 釣り三昧とマージャン、

本船はサウディアラビアのカフジ沖に到着した。こちらのブイに係船し荷役作業が行われる、全く陸地は見えない海の上だ、、官憲、代理店などが訪船して入港手続きが行われる、入港前に乗組員から集めた、タバコ、酒類を入れたストアーを税関が封印して行く、出港するまでは開封出来ない。早速荷役作業が始まった、荷役中はタンクからガスが出る為、火気は厳しく制限される、タバコの吸えるのは艫の食堂一ヶ所だけだ、ヘビースモーカーの私は堪えるね、、、仕事もファクシミリの受信、レーダーの試験、もちろん送信機なども動作出来ないし、開店休業状態だ、、書類の整理をしたり後は通信長とお茶タイムだな、、、キャプテンも退屈で、かと言って海の上、どこも行くところがないし、無線室にやってくる、一緒にお茶だね、、後は部屋のドアーの鍵をかけてお昼寝だ、ラジオを入れても何やらアラビア語の放送、コーランの流れる放送、面白くも無い、、以前、部屋の鍵をかけないでいたらアラブ系の男が勝手にニヤニヤして入って来て椅子に坐っていた私の股間に触って来た、、びっくり仰天だ、 Oh,ビッグ とか言って、 何がビッグだ、驚いてチジミあがってしまった、、、 Oh,No、! 必死に抵抗して事なきを得た、、こっちは同性愛者が多いと聞いたが、本当だね、、

 

 

夕食後デッキに出て釣りだ、他の乗組員の釣り竿を勝手に拝借して釣り糸を垂らすと直ぐにコツコツくる、適当にリールを巻くとアジがかかってくる、ちょっと小振りのアジだが入れ食いだわね、こちらのアジはちょっと頭が大きい感じだ、やっぱりこちらの魚は素朴で素人の私の釣り竿でも幾らでも釣れる、、この海域はほとんどアジだ、、釣り方にもよるんだろうが、他の魚は滅多に釣れない、、帰りの航海中の酒の友に最高です、、、 1時間も釣れば数十匹も釣れる、、、と、ボーイさんがやって来た、次席さん、マージャンやりませんか、一人メンバーが足りないんだそうです、、 いや、俺は今、釣りが忙しいからマージャンはやらないよ、、と言うと、 それが、どうしても誘って来い、、 と言うんですよ、、私が麻雀が下手な事は知っている、どうせカモにしようって事だろう、、仕方なく食堂に行くと、今日は3卓動いている、荷役関係の甲板部以外は酒も飲めないし退屈してやる事が無い、、、誘惑に負けて麻雀を始めたが今日は意外と調子が良くついている、、負けは負けたが被害が少なかった、、、、。

 

カフジ油田は、サウジアラビアとクウェートの中間地帯に位置する。アラビア石油が1957年以降、サウジとクウェートからそれぞれ権益を獲得し、1960年に油田を掘り当てた。1日当たり約30万バレルを産出し、日本の石油消費量の約5─8%を占めた時期もあった。

              

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2012-05-15

[古い航海日誌 霞峰丸③] アラビア海からペルシャ湾へ

アラビア海を北上してアラビア半島に近づくと急にムッとした暑さ北緯25度近く、台湾くらいの緯度だが暑いのなんの半端じゃない、40数度あるだろう、上半身裸でコーヒーカップを片手にボートデッキに出てみると肌がチリチリ痛い感じだ、左舷にオマーン王国の赤茶色の山が見えている、以前に入港した事のある首都マスカットの沖を通りオマーン湾を進み暫くで右舷にもユーラシア大陸、イランの赤茶色の山々が見えて来る、デッキにいると汗と潮風で身体がショッパイ、部屋に戻り腰にバスタオルを巻き付けてバスルームに飛び込みシャワーを浴びてスッキリ、素っ裸で部屋のソファーにひっくり返り汗の引くのを待つ、スッキリしたところで食堂に向かい午後からワッチ(当直)だ。
午後の当直時にホルムズ海峡を通過、ポールド(窓)を覗くと大型タンカー、LNGタンカー、自動車専用船、など色々な船とすれ違う。イスラム教が大多数のペルシャ湾岸諸国は飲酒や女性の肌の露出を禁じているが、入港する船にもイスラム教の「おきて」が強要される。明日入港予定の本船は、あらかじめ各個人の居室を含めた船内のアルコール類やポルノ雑誌等すべてを特定のロッカーに集めます。そして入港後に官憲職員によってロッカーが封印され、入港中は開閉厳禁となる、サウジアラビアは特に厳しいように感じる、従って今日は酒の飲み納め、夜のワッチが終わりシャワーを浴びて、あらかじめ申告した酒類以外は全部飲み干す、今日の酒の友はサバの水煮の缶詰、なんとショボイこと、、、、、。



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2012-05-07

[古い航海日誌 霞峰丸③] インド洋からアラビア海へ、

 

今の時期、ここインド洋は夏、通常はほとんど時化る事はない、海面はまるで油でもまいたようなべったりとしている、、海の色も真っ青な絵に書いたような色、まるで湖でも走っているような錯覚さえおこす。外はじりじりと焼けつくような暑さだが船内は冷房で快適だ。本船は三島型と呼ばれる船で(今はこの様な型の船は無いネ)、船首の居住部に部屋、仕事場がある為、航海中はエンジンの音、エンジンの振動も全く感じられず船に乗っている事が忘れられる。ただ食堂は艫にある為、いつも100メーターもあるフライングパッセージを歩いて行かなければいけない、凪の時は海を眺めながら快適だが時化た時は一変、命がけだ。右舷にセイロン島(現、スリランカ)のドンドラ岬が見えている、ここを過ぎると暫くで進路を北西にとりアラビア海を進むわけだ、、そしてここを過ぎると通信長と手分けして入港書類作成の準備に入る。今日は久し振りに早く目が覚めたので午前中、ブリッジ(船橋)へ肩振りに、、、サードオフィサー(3等航海士)の当直だ、決まって当直のクオーターマスター(操舵手)がおいしいコーヒーを入れてくれる、双眼鏡を覗くとドンドラ岬の白い灯台が綺麗に見える、ペルシャ湾から原油を満載した日本の大型タンカー、大手海運会社のコンテナー船とすれ違った、多分日本に向かっているんだろうな、、、さーて、午後から当直だ、食事にでも行くかね、、。

 

 

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2012-04-29

[古い航海日誌 霞峰丸③] インド洋、洋上のアマチュア無線、

CQ CQ CQ こちらは JR6KRG 海上移動 、、、、、バシ―海峡通過後はほとんど毎日船上よりアマチュア無線を楽しんだ。夕食を食べてからワッチ(当直)までの1~2時間、又夜中の12時にワッチが終わってから真っ暗な闇夜の中を100メーター先の艫のドアーのポールド(窓)から洩れる、かすかな明かりを頼りにフライングパッセージを歩いて無線機が置いてあるドクターの部屋へ、、、都合の良い事に大分の同じマンションの上の階にアマチュア無線をやっている女性(H嬢)がいて屋上に立派な八木アンテナが上がっている、南シナ海でH嬢とQSO(交信)した折に、今度奥さんを呼んで声を聞かせてあげる、、、と言う話に成っていたが、マラッカ海峡を通過してインド洋ど真ん中、丁度日本とは3時間ほど時差がある、夕食を食べていろいろな無線局とQSO(交信)していると、私を呼んでいる女性の声、、JR6KRG/MM こちらは JR6G●●、、  H嬢だ、直ぐに交信し、今横に奥さんも来ているから、、、との事、色々と近況を話し、、今ちょっと奥さんと替わります、、、当時まだアマチュア無線の免許を持っていなかった相方は、 一言、二言、もしもし元気ですよ、、、、元気な声を聞いて一安心だ、、、、。
当時は未だ比較的、船からアマチュア無線をやっている人は少なかった、ほとんどが船の通信士だが、日本の留守宅の奥さんが免許を持ち洋上の旦那様とQSO(交信)している局も良く聞いたが、ほとんど毎日やっていると日本の馴染みの局もたくさん出来た、たくさんの日本の局が呼んでくれる中に海外の局もたくさん呼んでくる、海外の局に混じって珍しいアフリカの局も呼んでくる、、、、なるべく日本の局との交信をするようにしたが、日本では真夜中の2時、3時だぜ、、、、 お陰でほとんど下手なマージャンをしなくなったネ、、、H嬢は今は熊本市に在住で、今も交流が続いている。


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2012-04-21

[古い航海日誌 霞峰丸③] 赤道直下、シンガポール沖での正月、

乗船後、初めての正月はフィリピン、ミンダナオ島ダバオ湾で迎えた、その後、アメリカのタコマ、南太平洋のニューカレドニア、カリブ海ドミニカ共和国沖、南太平洋ソロモン諸島沖、インド洋、など等だ、今航は南シナ海、シンガポール沖で新年を迎えた。大晦日、食堂には年越しそばが用意されていた、元旦の朝、食堂のテーブルには沢山のご馳走が並ぶ、司厨部の腕のみせどころだ、士官食堂ではキャプテンの音頭で乾杯、祝杯をあげた。私は航海中は朝食を食べないんだが(寝ていた方がいいネ、、、)今日ばかりは眠たい目を擦りながら起きてきた。今回は難所のシンガポール通過前で、当直のある人はゆっくりと酒を飲んでいる訳にはいかない、、この日ばかりは当直の無い人は一日中、酒を飲んでいる人、朝からマージャンをやっている人、ビデオを見ている人、色々だ、、しかし私はこうして洋上で迎える正月は今回が最後になるだろう。 南シナ海に入ってからは連日、空き時間は趣味のアマチュア無線で色々な人とQSO(交信)を楽しんだ。時化ている時は命がけで100メーターはあるフライングパッセージを波の来ないタイミングを見計らって猛ダッシュして行く、口の悪い他の乗組員から、 次席さん、仕事で無線の仕事をして、休み時間まで無線をしなくても麻雀でもやろさねー、、! とよく言われた。


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2012-04-09

[古い航海日誌 霞峰丸③] 南シナ海航行中、年賀電報、

新年は赤道直下、シンガポール沖で迎える事になる、ちょうど狭い海域を航行する事になるので、ゆっくり正月をしておれないだろう、南シナ海ど真ん中、丁度ベトナムと領有権問題で最近よく名前が出る、南沙諸島の間を南下中だ、正月を前に乗組員の家族宛てに年賀電報も連日くる、来ると言っても電報局の職員が配達してくる訳ではない、日本の銚子無線局/JCS 長崎無線局/JOS と本船の無線局(写真)が交信して電報を受信する。そして新年の元旦に乗組員に渡す訳だ。本船は古い船の為、乗組員の数も多いから結構な年賀電報の数になる。本船はペルシア湾航路の為、主に長崎無線局/JOS との交信が多い、(太平洋、大西洋方面は銚子無線局/JCS、 南太平洋、インド洋方面は主に長崎無線局/JOS との交信が多い)。
余談だが独身の頃はなるべく年末に休暇下船し、当時の電電公社の銚子無線局に年末年始にアルバイトに行った、確か銚子市の小畑新町と言うところに受信所が有ったと記憶している、旅館に泊まり2食付きで当時でも一日、一万円頂いた、有難いアルバイトであったな! (もう時効だネ、、、)1960年代の全盛期は年間約130万通の電報を扱っていた世界一の無線局として世界にその名を知られていた。その無線局も船舶にGMDSS が導入されるように成り銚子無線局は平成8年(1996)、そしてその数年後、長崎無線局も長い歴史に終止符がうたれた。


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2012-04-01

[古い航海日誌 霞峰丸③] バシ―海峡通過、洋上のアマチュア無線、

バシ―海峡を通過した本船は南シナ海に出た、海上は白波がたっているが順調な航海だ、今航は趣味のアマチュア無線の無線機を船に持ってきた、船上よりアマチュア無線を楽しもうと思っている、休暇中は妻の実家に無線のアンテナを建てて結構楽しんだ。上司の通信長にその旨話すと、仕事以外の休みの時間にするんだからいいよ、、 と言う事で許可も得た、船首の自分の部屋からでは業務の無線に影響が出ても困るので艫(船尾)のどこか空いている部屋と思ったが、、いい部屋があるわ、、!  ドクターの部屋だ、今はドクター(船医)が乗船していないので部屋は空いている、チョフサー(1等航海士)に話し許可を貰ったが、問題はアンテナだ、思案の末、艫の各部屋に行っているラジオの受信用アンテナが上っているマストとファンネル(煙突)の間にダイポールアンテナを揚げた、海面から空船の時は20メーター以上はらくに有るな、、、、、(写真は当時の八重洲無線の FT-200)
船内時間の夜の12時、ワッチ(当直)が終わり真っ暗な闇夜のフライングパッセージを艫のドアーから洩れる明りをたよりに艫(とも)にあるドクターの部屋へ、日本は深夜の零時半だ、無線機のスイッチを入れて21Mhzを受信すると、コンディション(空中戦状態)が良く、たくさんの局がQSO(交信)しているのが手にとるように良く入っている、、21,32Mhz当たりで無線機を調整して恐る恐る CQ (呼び出し)を出してみる、、、
CQ CQ CQ こちらは JR6KRG JR6KRG 海上移動 、、、、、、、
胸が高鳴る中を受信に移ると、、、、どうだ、沢山の局がこちらを呼んできている、パイルアップだ、、QRM(混信)で相手のコールサイン(呼び出し符号)を確認できない、一人の日本国内の局と数分間交信し終わると次から次へと呼んでくる、沢山の日本の局に混じって、ドイツ、ユーゴスラビア、等ヨーロッパの局も呼んできているが今日は兎に角、日本の局だけにしぼってQSO(交信)、しかーしだ! 何時になっても収まらない、明日またQRV(オンエアー)する旨お話し船上のアマチュア無線、第一日目は予想以上の成果で終わった。 こりゃ退屈しないで楽しみが増えたな、下手なマージャンをしなくても済みそうだ、、、(写真は当時のQSLカード)


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2012-03-22

[古い航海日誌 霞峰丸③] 堺出港、サウディアラビア、カフジ行き

本来であれば家族揃ってクリスマスを祝う予定だったがクリスマスを前に乗船しクリスマスイブの24日は一人で部屋で寂しく一杯やっているとボーイさんから部屋に電話がきた、 一緒に一杯どうですか、、 食堂に行くと司厨部のテーブルで司厨長、親父さん(コックさん)ボーイさん、で酒盛りを始めたところだ、さすがに酒のおつまみはお手のもので豪華なもんだ、ヘネシ―のコニャック、ウイスキー、ビール、鹿児島のイモ焼酎、薩摩の白波、と何でもある、、局長は呼ばないの、、! 誰となく、 いやー、局長はいいわ、、 どうやら通信長は煙たがられているようだな、今航は正月があるので司厨部は大変なんだ、ちょうど南シナ海からシンガポール当たりで正月だろう、赤道直下の熱いところでの正月、気分が出ませんがネ、、、司厨部は朝が早いし、明日の朝出港だ、11時過ぎに早々とお開きとなった。

訪船していた家族が下船しタグボートも本船にやってきた、やがてタグボートが本船からの太いロープを引っ張り巨体が少しづつ桟橋から離れ沖に出た、本船のエンジンが動き始めデッドスロウアヘッド、(前進微速)ゆっくりと動き始めた、暫くでタグボートも汽笛一発鳴らして本船から離れて行った。少しづつスピードを増して紀伊水道を通過して外海に出た、四国沖に出ると冬型の気圧配置で海は時化ている、大きな波が船首にぶち当たり飛沫がブリッジ近くまで飛んでくる、久し振りの乗船ですっかり身体から、しおけが抜けてしまい食欲が無い、軽い船酔いだろうな、、、 まー直ぐに慣れるだろう、夕方、家に電話してみたが変わりなし、元気な様子に一安心、これから又日本に帰るまで40日間、長い航海が始まる、、、、

 

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2012-03-14

[古い航海日誌 霞峰丸③] 霞峰丸、3度目の乗船

乗船命令が来て何かと忙しい日々を過ごしたが、とうとう乗船の日が来てしまった。今航はいつもと違った大きな重たい荷物があるので衣類と一緒に代理店宛て発送したので手荷物は小さなカバンが一つだ。先月2歳になった長男、今度下船する時には喋るのも上手になっているだろう、後ろ髪をひかれる思いで家族とわかれてタクシーで空港に向った。JAL便で伊丹空港へ、そして奮発してタクシーで堺市の関西石油の桟橋に着船している本船へ向かった。桟橋に着くと霞峰丸の巨体が着桟して荷役が始まっている。3ヶ月振りの本船だ、まさか連続で3回本船、霞峰丸に乗船するとはなー、! タラップを登りながら、これから又半年、俺の仕事場、生活の場だ、宜しく頼むぜ! デッキにいた操舵手のIさん、ニコニコしながら、次席さん、どうしたの、忘れ物でも取に来たのかね、、、、部屋に荷物を置いて無線室に行くと通信長が新任の通信長と引き継ぎをしている、下船の次席さんは急ぐので引き継ぎ無しで既に下船されたようだ。外でキャプテンの声が聞こえる、パッセージでキャプテンに乗船の挨拶、おー、又来てくれたかね、宜しく頼むぞ、! 早速、書類の整理に取り掛かり16:30からの夕食時サロン士官に挨拶、ほとんどの乗組員は顔馴染みだ、いよいよ本船での生活が始まった、今回は色々と予定があり少し長く乗船予定だ、来年の7月頃下船する予定でいる、、、


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良い思いも沢山させて頂いた激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る我が人生、






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