hamさんのひとり言。

昔の話と今の話。

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[古い航海日誌 霞峰丸①] 休暇中、 乗船命令、、、

2011-04-22

月日の経つのは早い、1月24日大阪の堺港で霞峰丸を休暇下船して2ヶ月が過ぎた4月のある日、本社より1通の電報がきた、  乗船命令だ、、、! 4ツキ20ヒ、サカイニテ、カホ○ゼウセンネガウ」センインカ (4月20日堺にて霞峰丸乗船願う」船員課 ) 実は前に本社の船員課に電話して乗船希望などを連絡してある、どうせタンカーに乗るなら霞峰丸が最高だ、最新鋭の20万トンクラスのタンカーはどうも乗り心地が悪い、その点、12万トンの三島型の霞峰丸は最高だ、、本社船員課勤務の経験があるんだ、多少は無理も聞いて頂けるってもんだ、、私が下船した時に交替で乗船してきた2等通信士の先輩が通信長に昇格し、私がその後に2等通信士で乗船するわけだ、乗船中は毎日、無線で社船連絡と言うのがあり、社船の動静は解っている、通信士の特権だ、 下船前から、この次の乗船する船は 又霞峰丸にしよう、、、! 自分で決めていた。 乗船が決まると又何かと忙しいんだ、、半年ほど家を留守にする訳だ、これもやっておこう、あれもやらなければ、、、、、、、 

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[古い航海日誌 霞峰丸①] 休暇中、県内観光、、

2011-04-14

1月25日に大阪の堺港で霞峰丸を休暇下船して早いもので1ヶ月が過ぎちゃった、2月初めに一人で鹿児島へ観光に出かけ、天気の良い日は1才を過ぎヨチヨチ歩きの長男を連れて3人で県内の観光地によく出かけた、、せっかく借りたレンタカーだ、使わない手はない、、、臼杵市の大仏見物、高崎山の猿を見たり、結構忙しい毎日だ、乗船は4月の下旬の予定だ、ポカポカ陽気のある日、家族3人で竹田市の岡城見物に出かけた(写真) 。

岡城は竹田市出身の滝廉太郎の ”荒城の月” の舞台になった城はあまりにも有名だ。源平合戦において、郷土の武将「緒方三郎惟栄(これよし)」が九州武士団を率いて、大宰府に落ちてきた平氏を九州から追い落とし、平氏滅亡のきっかけとなった事は有名である。豪傑で知られる惟栄だが、源頼朝と仲違いをした源義経を迎え入れるため、文治元年(1185)岡城を築城したと伝えられている。しかし、頼朝の怒りを買った惟栄は群馬県沼田に流され義経入城の夢は幻と消えたのである。
その後、岡城は中世では志賀氏の居城となり、天正14年(1586)には島津藩3万7000人もの軍勢に対し、わずか1,000人で撃退した。その戦いぶりに豊臣秀吉から感状を与えられたと言う。難攻不落の名城は、文禄3年(1594)、中川公の入封によって岡藩の城となった。
現在残されている城郭は、中川公によって築城されたもので、本丸、二の丸、三の丸、西の丸などの主な曲輪(くるわ)から成っている。趣味人であった藩主は、城の北側にある絶壁を三日月型にくり抜き、その中に明かりを灯して、月のない夜も月見の宴を楽しんだと言われている。又
岡城跡の松籟(しょうらい)」(松葉が風にゆれ動く際に立てる音)は、『日本の音風景100選』に選ばれている。

 

 

   

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[古い航海日誌 霞峰丸①] 休暇、鹿児島の旅④ 旅の最後、、

2011-04-06

上司のN通信長から 遠慮するな、ゆっくりすれば良い、! という言葉に甘えて一泊の予定が三泊してしまった、すっかりお世話になり又どこかの船で再会を約束して朝九時前に鹿児島市のN通信長宅を出発し一路、大分の自宅へ向かった。国道10号線を都城市を通り宮崎市へ、山の中、平野、と単純な道だ、レンタカーのニッサンサニーは順調に走り昼過ぎに宮崎市へ、ここでドライブインへ寄り昼食、ここで腹も満腹、30分ほど休憩をした後、いよいよ最後の行程、大分へ向かった。新富町、高鍋町、川南町、都農町を通り、海岸線、平野と結構、飽きがこない光景だ、一気に日向市まで来た。ここで休憩タイム、そして海岸線を景色を眺めながら延岡市まで来た、ここで休憩タイム、大分県まであとわずかだが、ここで国道10号線を行くか、海岸線の国道388号線を佐伯市、津久見市、臼杵市経由で帰るか、思案のしどころ、、、海岸線を景色を眺めながら、、、、と思ったが、こちらは後ほど又ゆっくり来る事にして、今回は国道10号線を急ぐ事にした。山の中を何とも面白くも無いルートだ、途中2回ほど小休憩してとっぷりと陽も暮れた7時前に大分の自宅に無事に帰りついた。
今回すっかりお世話になったN通信長、その後霞峰丸で一度一緒に乗船したがその後、定年を迎えられたが数年前に持病の糖尿病が原因で他界されたと言う風のたより、、、一度、機会があれば墓前にお参りをしたいと思っているが、、、、

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[古い航海日誌 霞峰丸①] 休暇、鹿児島の旅③ 薩摩半島へ、、

2011-03-28

鹿児島の旅4日目、今日も快晴だ、二人を乗せたニッサンサニー、鹿児島、錦江湾を左に見て国道226号線を南下し途中、石油基地のある喜入町へ、ここは以前少し在籍した事のある会社のタンカーで入港した事がある、薩摩半島の南部は船員の多いところだ、特に頴娃町は多いところ、我社もたくさんの乗組員が住んでいる、有名な指宿温泉により半島南端の赤水鼻のフラワーパーク鹿児島、パーキングガーデン、ここから眺める開聞岳、見とれてしまう光景だネ、、開聞岳を眺めながら有名な池田湖へ、開聞岳の噴火によって出来たカルデラ湖、九州最大の湖とは知らなかった、天然記念物の大ウナギが生息している、、ここで食べた流しソーメンが忘れられない、、そして国道226号線経由鹿児島市に戻ったが知覧町も寄りたかったんだが時間も無く次の機会と言う事で、、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] 休暇、鹿児島の旅② 鹿児島市内、

2011-03-21

朝、お世話になったT先生の官舎で再会を約束して別れ国道3号線を一路、鹿児島に向けて走った、、夕方までに鹿児島市内に入れば良い、急ぐ事は無い、一人旅だ、、右に八代海、天草を眺めながらニッサン、サニーは快適に走る、、鹿児島市近くで上司のN通信長宅に電話をして待ち合わせ場所を確認、市内で無事、再会しN通信長宅へ到着だ、、、奥様にも船で何度かお会いしている、夜は きびなご の刺身、奥さまの手料理で 薩摩の白波 ニッカウヰスキー G&G でグッツリとやったのは言うまでも無い、T通信長とはどう言う訳か短期間も含め3回一緒に乗船している、乗船中は3日と空けずに2人でウイスキーをロックで軽く1本は空けた、お陰で自慢にはならぬが急性肝炎、黄疸で1ヶ月間、東京高輪の船員保険病院に入院した苦い経験もあるんだ。
翌日は天気も快晴、今日はN通信長ご自慢のニッサンサニー1300のツインキャブ、で鹿児島近郊を案内してくれるとの事、以前に普通2種免許も取得している、船乗りが2種免許を取ってどうするんですか? と聞いた事があるんだが、 定年になったら車の運転が好きなんで個人タクシーでもやろうと思っている、、 との事だったが、助手席に乗っていても運転技術の講義も始まる、、、吉野公園、城山公園、ここはその後M社の集まりでも行く機会があった、標高107メーターの城山山頂付近、ここは西南の役での最後の激戦地であったと言う、そして薩摩藩主島津氏の別邸跡の磯庭園、又の名を仙巌園、せんがんえん、(写真上)を訪れた、そしてフェリーで桜島へ(写真)テレビでは良く見る光景だが実際に見ると感動する、、、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] 休暇、鹿児島の旅① 熊本健軍で一杯

2011-03-10

休暇下船して10日くらいは色々と忙しい日々が続くが、ひと段落したところで乗船中から計画をしていた鹿児島方面に車での旅に出る事にした、しかし、長男は未だ1才と5カ月だし、この際、私が一人で出かけた。有難い事に船員は全国各地に散在している、あらかじめ乗船中に配乗表を眺めて、休暇下船中の知人の目星を付けておく訳だ、鹿児島県南部は特に船員の多いところ、鹿児島市在住の数回一緒に乗船した事のある上司の通信長、Nさん宅に寄る事にしている。自宅マンションを出発してR442号線,R57号線で阿蘇を経由して熊本へ、ここには学生の頃、及び卒業してからも国家試験受験などで色々とお世話になったし、結婚式にも出席して頂いた、T先生がおられる、九州電波監理局(現九州総合通信局)に単身赴任で勤務されている、電話したところ快諾を頂いた。数年振りに再会し、夜熊本市内の健軍の居酒屋で一杯となった、その後スナックを数軒廻り先生の官舎に帰ったのは零時を過ぎていた、、何も無いぞ、、、 と言われた通り男一人、単身赴任の部屋には何もなかったな、、、、男二人、寝るには十分だ、色々とお世話になったT先生、数年前にM先輩の一周忌法要でお会いしたのが最後だが、お元気だろうか、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] 休暇、毎日の足、レンタカー、

2011-03-02

7ヶ月振りに我が家に帰った、乗船する時に7ヶ月であった長男はヨチヨチ歩きだ、、次の乗船は4月だろう、3ヶ月の休みだが7ヶ月家を空けて休暇終了後は又半年は留守にする訳だ、やる事はたくさんある、、、しかし地方の事、どけへ行くにも足変わりの車が不可欠だ、、、かと言って1年のうち家にいるのは2-3ヶ月、妻も未だ車の免許は持っていない、数年は免許の取得も無理だろう、いろいろな維持管理費を考えると暫くの間は車を買うよりも借りた方が有利、、、、という結果になった。 いろいろなレンタカー会社と交渉して一番気に入っているニッサン、サニーを2ヶ月くらい借りる事にした、、、、せっかく借りた車だ、使わない手はない、、、どんどん使おう、、同じマンションの3階に住む同じ趣味で何かとお世話になっているH嬢にも空いている時は使ってもらう事にした。

     
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[古い航海日誌 霞峰丸①] 待ちに待った、霞峰丸、休暇下船、

2011-02-24

7ヶ月振りの休暇下船と言う事で嬉しさのあまり、いつもは10時頃目が覚めるが今朝は7時前に目が覚めた、ポールドを覗くと懐かしい日本の島影が見える、さっそく着替えてデッキに出てみると左舷に四国の山々が見渡せる、デッキでの潮風は結構冷たい、、、1月だもんなー、、! 部屋に戻り洗面を済ませ船尾(とも)の士官食堂へ、私は朝食を食べるのは停泊中だけだが、テーブルには私の分も用意してあった、味噌汁に焼き魚、焼のり、生卵、佃煮、納豆だ、、、食事を済ませ船首(おもと)に帰る時、フライングパッセージを歩きながら昨年の6月に乗船以来7ヶ月お世話になった本船をじっくりと眺めた、、、この船は貴重な三島型の大型タンカーで 乗り心地は最高だ、、出来ればこの次も本船に乗りたいなー、、、、
間もなく紀伊水道から友ヶ島水道を通り大阪湾に入った、前方に堺の石油コンビナートが見えてきた、タグボートが本船に付き添うように並走している、昼前に堺市の関西石油の桟橋に無事接岸した。いつもの事だが戦場のような慌ただしさだ、2泊して3日目の朝早く出港する、正味1日半しかない、バタバタして忙しくなるのも無理はない、、、昼食時、士官食堂で霞峰丸最後の食事だ、居合わせた乗組員に下船の挨拶をして部員食堂へ行き甲板長、躁機長、司厨長に下船の挨拶、、昼食後、私の交替で乗船してきた先輩の次席さんと機器及び書類関係の引き継ぎをして3時過ぎ本船での全ての任務が終了した。改めて上司の通信長、キャプテンに挨拶を済ませてタラップを降りた、、、陸から見る本船 霞峰丸/JFVQ 300メーター近い巨体が横たわっている、、 長い間お世話になったな、又戻ってくるから頼むな、、、タクシーで一旦、南海電車の駅に向かったが、、運転手さん、このまま大阪空港まで頼むわ! 大阪、伊丹から最終便の飛行機に乗り9時近くに妻と長男が待つ南大分のマンションに7ヶ月振りに戻った、、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] バシ―海峡通過、南西諸島を北上、、

2011-02-18

シンガポールを通過して南シナ海に出たとたん海は時化ている、この航路は半分は時化で半分はべた凪だ、、うまい事したもんだネ、、、季節風で前から強い風が吹いている、船が進んで自然に発生する風も加わって食事に船尾の居住区から船首の居住区に帰る時は向かい風で大変だ、ハンドレールに掴まりながら命がけだぜ、、、、300メーター近い船、ピッチング(縦揺れ)で船が折れないか心配になる、、、、 台湾の南端のガランピ岬を通過して台湾東岸を北上しいよいよ南西諸島まで来た、もう日本の領海内だ、乗船した時は夏の初めだったが下船する時は冬の真っ最中だ、生まれて7ヶ月だった長男は1才2ヶ月に成っている、、大きく成ったろうなー、、、、 夕食後久し振りに家に電話してみた、元気そうな妻の声を聞いて安心、、、あと3日もすれば家に帰れるかな、、、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] シンガポール通過、休暇下船決まる、

2011-02-11

セイロン島、ドンドラヘッドを通過して3日目、マラッカ海峡で倉敷市の水島港からイランのカーグ島に向かう社船 ”日鉱丸/JGKV” 180,000トンとすれ違った、後輩のT君が乗船しているが卒業してからは会っていない、元気でやっているだろう、、そして難所のシンガポール海峡だ、船上からシンガポールの高層ビルが見渡せる(写真)、、、以前にも日正丸でシンガポールに入港した事はあるが一度、観光でゆっくりと来てみたいもんだね、、、、、、、

  
本来であれば前航、大阪の堺港で休暇下船し正月は家で過ごす予定が交替者の手配がつかず1航海延ばされた、今航は下船は間違いはないだろう、、そろそろ交替電報が来る頃だが、、、午後、本社宛てにシンガポールの通過電報を打電した、 ホンヒ1130ポールツウカ、へムイサカイ25ヒヒル」センテウ ( 本日11:30シンガポール通過、25日昼、堺着予定」船長 ) と言うぐあいだ、、、そして当直も終わりに近づいたが日本の長崎無線局/JOS の一括呼び出しで本船が呼ばれた、、 来たな、、これだな、、! 早速に長崎無線局と連絡を取ると QTC だ、、 サカイニテ、、、、二ツ、、、、、、、ゲセン、カワリ、、、、、、、、、、」センインカ やったー、下船が決まった、、    思えば昨年の6月24日瀬戸内海の広島県因島市の日立造船で本船に乗船し7ヶ月、5航海、乗船した、、これから日本に帰るまでの約8日間、ゆっくりと休暇中の過ごし方を考える、、これが又楽しいんだわね、、、、、、

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[古い航海日誌 霞峰丸①] 南十字星と肩振り、、、

2011-02-05

オマーンのマスカットを出港してアラビア海を南東に進みスリランカ(旧セイロン)のドンドラ岬の灯台の光が見える、ペルシャ湾航路の片道のおよそ三分の一近く来た事になる、夜の12時にワッチ(当直)が終わり、久し振りにブリッジ(船橋)に行って肩振ってくるか、、、『肩ふり』とは、典型的な船乗り言葉で『仲間同士が気軽に、気ままにおしゃべりをする、、、』というような意味です。
ブリッジに行くとサードオフィサー(3等航海士)から引き継いだセコンドオフィサー(2等航海士)が真っ暗なブリッジのカーテンで仕切られたチャートルームで海図に向かっていた、、、 おー、次席さん、今コーヒー入れますよ、、、、、

クオーターマスターがコーヒーをおとしている、、、ブリッジに良い香りが漂う、、、コーヒーカップを片手に持ち、真っ暗で何も見えない海を眺めながら特別にテーマがあるわけでもない、、、いろいろな話が始まる、セコンドオフィサーは九州のある国立大学の出身だ、、酒を一滴も飲まない、飲まないと言うより飲めない変わり者だ、、クオーターマスターは四国の瀬戸内海のある島の出身、、、、私は船員生活がそんなに長い訳でもないが、それでもいろいろな事があった、、、、冬の大時化の北太平洋で、飲んだ風邪薬が原因か、、?、、死ぬ思いをした事、  パナマのクリストバルでスリに追っかけられた事、   イタリアのベニス近郊の港で近くの工場の女子社員と行ったソフトボール、、、など等、いろいろと思い出される、、空を見上げると一面、満天の星、、南十字星がくっきりと見える、日本では見る事は出来ないだろう、、、多分沖縄では季節により水平線、低い位置に見えるかもネ、、 さーて、そろそろ寝るかな! なに、寝るの? 4時まで仕事をするのに付き合いが悪いね! とうとうワッチの終わる4時まで付き合わされた、、、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] やる事無し、、釣り三昧、

2011-01-28

タンカー(油送船)の積み荷中はガスが発生する為、特に火気厳禁だ、停泊中は当直もない為、開店休業、、、夜には荷役が終わり堺向け出港する予定だが、たまには日光浴でも、と思いボートデッキに出てみるとブリッジ(船橋)のウイングにクオーターマスターの姿が、行ってみると、コーヒー入れますよ、とのお誘い、能登半島出身の船員生活20年のベテランだ、能登半島は良いところだから一度遊びに来い、、、、いろいろと郷里の話、家族の話を聞かせてもらった、、、、
      
停泊中は暇つぶしに苦労する、かと言って仕事をしている人もいるのであまりブラブラは出来ないし、結構気を使うんです、、昼食後、釣りには全く興味が無いんだが暇つぶしに親父さん(コックさん)から釣り竿を借りて念の為、昼食の魚の残物を餌代わりにもらい船首の救命艇の陰で釣りだ、初めは餌無しで糸を垂らすがさすがにペルシャ湾のカフジ沖のアジのように餌無しでは釣れない、それでも餌を付けると5分位で引きが、、、、これや結構大物だな、、、釣りあげてみると30センチくらいの名前は解らないが熱帯魚のような魚が釣れた、2時間くらいで平アジなどを含め7~8匹釣れた、さすがこの辺の魚は純粋だ、、?、素人の釣り人でも結構釣れる、、、夕食の士官食堂のテーブル2つに少しの新鮮な刺身の皿が並んだ、、、キャプテンが、 おー、この刺身どうしたの、誰が釣ったの、、、! ボーイさんがよけいな事を、、 ハイ、次席さんが釣りました、、 内心、 馬鹿、余計な事言うな、サボっていたのがばれるじゃないか、、、、 いや、キャプテン、ちょっと試しに10分位、、、、下手な言い訳だ、、(汗)  やっぱり新鮮なのは旨いね、次席さんこれから毎航頼むよ、、、、 ゲッ、、

       
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[古い航海日誌 霞峰丸①] オマーン、 マスカット入港、病院へ、、

2011-01-20

今航の積地はオマーン国、の首都マスカットだ、なんとも美味しそうな地名だが、ぶどうのマスカットとは全く関係が無い、Muscat はアラビア語で「最良の停泊地」と言う意味、アラビア半島の東南端に位置し、アラビア海(インド洋)に面し、北西にアラブ首長国連邦、西にサウジアラビア、南西にイエメンと隣接する。ペルシャ湾の入り口、ホルムズ海峡も領海に持つ、従って今航はホルムズ海峡を通らない為いつもより1日短い航海だ。アラビア半島に近づくと黄砂のせいか、晴れているのに太陽はぼんやり、、、緯度は北緯23度くらい、ほぼ台湾と同じくらいだが、ムッとする暑さだ、勿論オマーン国は初めて行く国だが、中近東の石油産油国では石油の輸出を始めたのは新しい、マスカット沖に到着し、早速に官憲、代理店などが来船し入港手続きが始まった、、しかーしだ!
  
アラビア海、航行中甲板員のH君、作業中、目に異物が入りその異物がとれず目が充血している、日本に帰るまでは未だ20日近くかかる、マスカットの病院で治療してもらう事に成った、正衛生管理者のチョフサー(1等航海士)から荷役が有るので病院に付き添いが出来ないので悪いが私にH君の付き添いで上陸、病院に一緒に行ってくれ、通信長には了解済み との事、嫌です、と言う訳にもいかないし入港手続き終了後、代理店と一緒に通船で上陸した。港に着くと代理店は、病院には電話しておくから、ここからタクシーで行ってくれ、、とタクシーを停めてドライバーにアラビア語で何やら、、タクシー代は代理店で払うから、バイバイ、! オイオイ、一緒に行ってくれるんじゃないの、、、、、! さっさと車に乗って行ってしまった、H君と二人でタクシーで病院へ、、運転手はアラビア独特の白い衣装である、砂漠の中に岩だけの低い山が連なる道路を15分位走りマスカット市内の病院に着いた、病院と言っても日本の大きな病院のようじゃないんだ、白い一部2階建てのような施設、衛生管理者が作ってくれた書類を持って眼科へ、英語が得意じゃないhamさんだ、ドキドキ、、、多分インド人だろう女医さんだ、治療を終え、 目に入った異物はとれた、必ず目薬を差し仕事は3日くらいは休み眼帯をしておくように、、 との事だ、、治療を終えて部屋を出るとさっきのタクシーのドライバー、が迎えに来ていた、タクシーで又港へトンボ帰り、しかしここでマツダ自動車のお偉さんが喜びそうな事を発見した、行き交う車の殆んどが、トヨタ、ニッサン、じゃないんだ、日本のマツダの車だ、へー、たまげたね! そう言えば病院に停まっていた車も殆んどがマツダの車だった、、港に着きタクシーを降りるとムッとした暑さ、多分40度は越えているだろう、、代理店が用意していてくれた通船で本船に戻る、段々と本船に近づくと、つくずく、 いやー、本船もでっかいなー、、、焼けつく暑さに海風は気持ちが良い、、、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] 洋上の正月、、

2011-01-13

 

シンガポール海峡、マラッカ海峡と通過して北緯5度、赤道直下の冬のインド洋はサイクロンでもない限り殆んど連日のべた凪だ、まるで湖でも走っているかと錯覚をおこす、ただ違うのは湖水の色と違って濃い青、不気味な感じさえする青だ、、 スリランカ、旧セイロン島沖で新年を迎える、航海中の新年、正月は普段と何ら変わりがないが、数日前より司厨部は正月の準備に大忙しだった。31日の大晦日の夜、各食堂には年越しそばが用意してあった、希望者は夫々勝手に食べる、、、 正月元旦の各食堂のテーブルは沢山の正月料理が並べられる、司厨部の腕のみせどころだな、、8時半、可能な限り全員が各食堂に集まり新年の祝杯をあげる、テーブルには大きな鯛、おせち料理がところ狭しと並ぶ、我が士官食堂はキャプテンの乾杯の音頭で祝宴が始まる、何回目の洋上での正月だろうか、、、、甲板長、躁機長、司厨長の3人が挨拶に士官食堂に来られた、自分の父親のような大先輩だ、 今年も宜しくお願いします、、、 と言われて酒を注いで貰ったが、内心複雑な心境だが、これもこう言う社会だから、、、、昼から当直が有るので少し早めに切り上げて部員食堂に行き、ボースン(甲板長)、ナンバン(躁機長)、司厨長にお酒を注いで挨拶、酒の好きな人は今日ばかりは一日中、酒浸りだ、、レクレーションルームでは朝からマージャンも始まった、、午後のワッチ(当直)の時に珍しくサロンボーイがコーヒーを飲みに来た、30分程して帰ったかと思うと今度はセーラー(甲板員)のN君、Y君が二人、マージャンで負けた、 とぶつぶつ言いながら 次席さん、コーヒー飲みたいんだわ、! 入ってきた。 今日ばかりは一日賑やかな船内だ、、今頃、留守を守る我が家では嫁と一歳に成ったばかりの長男は元気で新年を迎えたろうか、、、、

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[古い航海日誌 霞峰丸①] シンガポール通過、

2011-01-05

大阪から約2,700マイル(約5,000キロ)航海して午後の当直時、航路の難所の一つ、シンガポール海峡にさしかかった、ブリッジ(船橋)ではキャプテンが自ら操船の指揮をとり、セコンドオフィサー(2等航海士)は自船の位置の確認、見張りに余念がない、クオーターマスター(操舵手)は舵輪を握っている、ピリピリとした空気が伝わってくる、機関部も緊急時に備えてスタンバイ状態が続く、我が無線部もシンガポール海岸局の航行警報などの受信など情報収集に努める。                      

ポールド(窓)を覗くとシンガポールの高層ビルが立ち並び、その海岸寄りにシンガポールのシンボル、マーライオンが見える、目を右に移すと、チャンギ国際空港を頻繁に離発着するジャンボ機が、、、、港には大小、沢山の船舶が停泊している、シンガポール港は香港と並んでコンテナの取扱量は世界のトップの座を競うアジア最大級のハブ港であったが近年になり中国の上海港にその座を奪われつつあるようだ。 

冷房の利いた船内から一歩、外のデッキに立つと赤道直下の灼熱の太陽が照り暑いのなんの、、、、、それにしても昔は若かったねー、、!   

                    

                          

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[古い航海日誌 霞峰丸①] 南シナ海ど真ん中、退屈な毎日、、

2010-12-22

堺を出港して5日目、南シナ海のど真ん中をシンガポールに向けて航行している、海は白波が立って少し時化ている程度、そろそろ退屈になって来る頃だ、普段は9時半頃目が覚める、ベッドで寝たまま少し週刊誌、雑誌を読む、そしてたまに気が向くと日記を書くことにしている、、10時過ぎにベッドを出て洗面、パントリーに行きコーヒーを作る、そしてサロンルームでコーヒーを飲みながら起きがけのタバコを一服、、、これが又何とも言えないんだ、、! それから気が向くとボートデッキに出て景色を眺めながら(景色と言っても見えるのは海だけだがね、、、)自己流の体操をちょこっと、、、、、、
11時半からフライングパッセージを歩いて船尾の士官食堂まで昼食に行く、この間にボーイさんが部屋掃除、ベッドメイクをしてくれる、、2等航海士、2等機関士、と3人で昼食だ。サロン士官は12時から昼食となる。

船内時間の12時からワッチ(当直)だ、当直は時間とのたたかい、うっかり忘れた、、なんて事の無いように常に時計とにらめっこ、、、2時過ぎにコーヒーを入れて一服しているとキャプテンが どうですか、! と言って入って来る、以前に他船で一緒だった事がある、ブリッジに行くと煙たがられるんだろう、、、色々と昔の苦労話を聞かせて頂く、勉強に成る事がある、、でもあまり長居されると仕事にさしつかえるんだが、、、、、その辺はさすが心得たもんだ、30分位で、 はい、ご馳走さま、、、、、、、
4時に当直が終わり通信長と引き継ぎ交替する、そして4時半から待ちに待った夕食に成る、夕食はテーブルに2等航海士、3等航海士、2等機関士、3等機関士、と5人全員が揃うひと時だ、、5時から隣のテーブルでサロン士官、キャプテン、機関長、通信長、1等航海士、1等機関士、が夕食となる。夜のワッチ(当直)まで気が向くとジョギングだ、船を1周すると4~500メーターはあるだろう、たまに誘われると下手な麻雀だ、大体が負けるね、! あとはレクレーションルームでビデオを見るか、部屋で読書、入港前は仕事、、、、 

夜の8時から12時まで当直だ、夜の当直は殆んど無線室には訪ねてくる人はいない、一人ぼっちだ、、、当直中、社船 日王丸 238,731重量トン (写真)が中波500Khzで呼んできた、サウディアラビアのラスタヌラから原油を満載して岡山県倉敷市の水島港に向かっている、5日後に入港だそうだ、本船の遥か西方を航行している、、、船内時間の12時に当直が終わり、今は朝の8時まではオートアラーム(警急自動受信機)に切り替える。以前は通信長、2等通信士、3等通信士、で3交代制であったが今は2人で16時間、当直する事に成っている。当直が終わると 霞峰丸温泉?で1日の疲れを癒す、、入浴後はいよいよ スナック 霞峰丸 で一杯だ、 しかーしだ! ウエイトレスもバーテンもいない完全セルフサービスになる、先ずは缶ビールで 乾杯! と成る、それから愛用のニッカ G&G のロックだ、おかずは普通は殆んどが缶詰とオニオンスライス、、、、通常は2時頃、スナック 霞峰丸 は閉店し単純な1日が終わる、、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] 大時化の太平洋、、

2010-12-15

 
 
堺を出港して翌朝には奄美諸島沖を南下していた。しかし海は低気圧の通過で猛烈な時化だ、この航路は今の時期は太平洋は時化の日が多い、しかしインド洋はべた凪だ、夏は反対で太平洋は大体が凪の日が多いが、インド洋は時化ている、、うまくしたもんだねー! 全長276メーター、幅44メーター、深さ21、5メーター、12万トンの本船(写真)はびくともしない、27,600馬力のジーゼルエンジン、波を押し分けて進んでいる。午後の当直時、右舷に奄美大島だろうか、大きな島が見えている、当直が終わる頃ポールド(窓)を覗くと徳之島だろうか、沖永良部島だろうか、小さな島影、日本の見納めだ、、、、、
 
 
時化は慣れているんでそうは苦にならないんだが、問題は食事だ、おもて(船首)から、とも(船尾)のハウスまで行かなければいけない。大きな波が船体にぶち当たり、しぶきが容赦なく降り注ぐ、キャプテン、通信長、チーフオフィサー(1等航海士)は合羽を着て、フライングパッセージ(写真)を歩いて、、、、
しかーしだ! 若くて元気なオイラは、そんな面倒な事はやってられない、100メーターはあろうか、フライングパッセージを波の合間を見計らって猛ダッシュ、疲れたら途中の退避トンネル(写真)で一休みだ、食事をするのも命がけだ、、(写真は以前に乗船した事のある4万トンのタンカー、本船はこの3倍の大きさ)。船の食事は豪華だ、週に1~2回は洋食のフルコース、船内生活の楽しみの一つだ、、、、
 
 
                              
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[古い航海日誌 霞峰丸①] 最後の航海、、

2010-12-08

6月24日広島県因島の日立造船で本船に乗船し4航海が終わり、12月18日大阪の、堺港で休暇下船を予定していた、乗船前から正月は家で迎えようと言う予定であった、しかーしだ!  楽しみにしていた休暇下船、代わりの交替の手配がつかずもう1航海頼む、、、と言う何ともやるせない連絡がきた、、私も本社の船員課勤務を経験した身、配乗の係りの苦労もよく解っている、もう1航海延長だ、家で迎える予定の正月はインド洋で迎える事になる、冬の大時化の北太平洋、大西洋のカリブ海、南太平洋、フィリピンのダバオ、何回か洋上、外地での正月を経験した、しかし正月はやっぱりコタツに入り紅白歌合戦を聞いて新年を迎える、、、これが一番良いね、、12月20日、正月を目の前にして、後ろ髪を引かれる思いで堺を出港した、今航の積地はアラビア半島の先端にあるオマーンの首都、マスカットだ、始めて行くところだが、何とも美味しそうな名前だ、、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] 堺港、 忙しい入港中、、

2010-11-30

日本でのタンカーの荷役作業は早い、、入港すると翌日の夕方には荷役作業は大体終わる、翌日の早朝には出港する、従って入港中は忙しい、次に日本に帰るのは40日近く後になる、散髪に行く人、航海中の消耗品を買いに行く人、家族が訪船している乗組員は船内に泊まったり、近くの高石市にある船員の宿泊保養施設を利用したり、とにかく入港中は慌ただしいひと時だ、入港した日の夕方、通信長が、次席さん、旨いものでも食べに行こう、、とお誘いだ、、船での夕食をキャンセルして2人で堺の繁華街に出かけた、上司の通信長は数年前に病に倒れてからはアルコールは殆んど飲まない、昔は浴びるほど飲んだらしい、、、 (写真は荷役中の社船 ”日彦 ” 281,705 トン)

堺市内の繁華街のある一軒の上品な料理屋ののれんをくぐった。店内の真ん中に2メーターくらいはあるだろう、大きな生け簀が置いてある、、なかにはいろいろな魚が泳いでいる、 もし、ご希望があれば生け簀の中の魚を料理しますが、、、! との事だ、、 通信長が、次席さん、好きな物を好きなだけ食べろ、、、  えらく話の解る上司だ、、お言葉に甘えてイカ、エビ、その他数匹ほど頼んで刺身、煮付け、等いろいろと料理を作って頂いた、通信長は折角だからとお銚子一本だけつき合うとの事だ、私は遠慮はしない、ビール、ウイスキーと、美味しい料理で酒もどんどんと進みます、、、しかーしだ!  2人じゃとても食べ切れない、 気持ち良くお金を使ってくれるもんだ、お店の板前さん、、 お客さん勿体ないですから残った物はどうぞお持ち帰り下さい、準備しますから、、上司いわく、 次席さん、お金と言うものは時期が来ればいくらでも貯まる、、、 なるほどね! すっかりご馳走になり良い気分でお土産を持って10時近くに船に戻った、美味しい刺身のお土産がある、又数名の乗組員を誘って遅くまで宴会だ、、、、翌日は当然、2日酔いだったね、、、、、、!
随分とお世話になった定年前のW通信長、退職後、数年で娘さんの住んで居られる函館へ奥さまと一緒に引っ越されたが10数年前他界されたと風の便りだ、合掌


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[古い航海日誌 霞峰丸①] 40日振りの日本、堺入港、

2010-11-23

広島県、因島のドッグを出港して40日近く、朝目が覚めて部屋のポールド(窓)を覗くと左舷に懐かしい日本の山々が望め、やがて室戸岬だろう灯台が遥かに見渡せる、何年も船乗りをやっていてもやはり日本の山々を見ると懐かしさを感じる、 やっぱり日本人なんだね、、、     まもなく本船は淡路島の東、友ヶ島水道にさしかかった、いよいよ大阪湾だ。暫くすると堺の臨界工業地帯沖に到着した、4隻のタグボートも本船の船首、船尾に寄り添うように付いている、今航は初めて入港する港、パイロット(水先案内人)も乗船してきた、いよいよ堺港の関西石油の専用桟橋に向け静かに動き始めた。        (写真はタグボートに引かれ着桟する社船 ”日王” 303,994 トン)

入港前になると船内も何となくざわつく、、サロンルームの誰も見ていないテレビを覗くとちょうど甲子園球場の高校野球をやっている、今頃、下船中で有れば恐らくテレビに釘付けだろうが、、、関西石油(今は名前が変わっているだろう)の専用桟橋に着船すると税関、代理店が乗船してきた、入港手続きも20分位で終わり関西石油の関係者、停泊中の作業の応援にポートパーサー、ポートヘルパー、訪船してきた家族、交替の乗組員などで船はごったがえしている、、、、明日の夕方には荷役は終了するが組合との協定でもう一晩停泊して3日目の朝早くには又ペルシャ湾向けに出港する予定だ。昨年秋に生まれた長男も9カ月だ、今航は妻は訪船しないし次航の楽しみだ、、長男も1才近くになるし大きく成っているだろう、、、、、、   (写真は鹿島港で荷役中の社船 ”日王” 303,994トン)

 

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[古い航海日誌 霞峰丸①] バシ―海峡通過、東シナ海へ、、

2010-11-12

台湾とフィリピンの間の海峡の台湾よりの、バシ―海峡を通過した、台湾最南端のガランピ岬まではすぐの距離だ、台湾の東岸を北上し、本来は南西諸島東岸を通るんだが、今航は潮の関係で先島諸島沖から東シナ海へ出た。
ここまで来ると日本の領海内、日本に帰って来たなー、、、! と言う感じだ。後2日ちょっとで大阪の堺港に入港する、こちらで7人の乗組員が交替する、タンカーはあまり長く乗船する人はいないがそれでも10ヶ月振りに休暇下船の乗組員もいる、、  いやー、本当にご苦労様でしたね、
          
入港書類の作成もほぼ出来上がったし、後は入港を待つばかり、船では真水は貴重だ、水不足の心配も無くなり今日から湯ぶねも海水から真水に変わった、夜のワッチ(当直)が終わり、いつものように腰にバスタオルを巻きつけて、パッセージ(通路)に出るが(写真)人っ子一人いない、シーンとしている、この広い、おもて(船首)の居住区にいるのは船長、1等航海士、2等航海士、3等航海士、通信長、2等通信士、の6人だけだ、、ゆっくりと湯ぶねに浸かり、 気持ちいー、、、! 部屋に戻りビールで乾杯、ニッカウヰスキーをチビリ、チビリ、、、単純な船内生活の至福のひと時だ、、、

          
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[古い航海日誌 霞峰丸①] 順調な航海、、、南シナ海ど真ん中、

2010-11-06

フィリピンを横断した大型の台風は中国大陸に上陸した、白波がたち、2-3メーターの波があるが12万トンの本船には全く関係が無い、、時々大きな波が船首にぶち当たり、しぶきが飛び散る、丁度、フィリピンのルソン島とベトナムの間位だ、あと2日ちょっとでバシ―海峡、、今航休暇下船する予定の乗組員はイライラしている、、大体はシンガポールを通過して南シナ海に出ると交替電報が来るんだが今航は未だこない、、、昼食時、ボーイさんが、 次席さん、交替電報まだ来ませんかね、、、! 今航休暇予定らしい、、午後の私の当直時、長崎無線局/JOS の一括呼び出しで本船が呼ばれた、、 これだな、、直ぐに長崎無線局/JOSと連絡をとるとやっぱり交替電報だ、下船予定者7人全員の下船が決まった、下船する人は良いなー、俺らは乗船したばかり、、、今年の正月は本船で迎える予定だ、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] シンガポール通過、時化の南シナ海、SOS受信、

2010-10-30

朝9時過ぎに目が覚めてポールド(窓)を覗くと本船はシンガポール海峡を通過して南シナ海に出ていた、しかし海上は大時化だ、フィリピンを横断した大型台風の余波だ、ローリング(横揺れ)は僅かだが時々、大きな波が船首にぶち当たり船がギシギシときしむ、その旅に波しぶきがブリッジ(船橋)近くまで飛んでくる、、久し振りの時化で軽い船酔いだろうか、食欲も無いがこの程度の時化で海の男が船酔いなんて言ってられない、船尾にある食堂まで行かなければいけない、普段はすこぶる快適な三島型の本船だが時化ると最悪だ、船首の部屋から船尾のハウスまで100メーター近くあるフライングパッセージを風と波しぶきの中を渡って行かなければいけない、勿論強風で傘なんてのは使えない、雨合羽を着て行く人もいるが、俺らはそんな面倒な事はできねー、、、途中2か所ある退避用のトンネルまで波の状況を見計らって猛ダッシュだ、、 しかーしだ!  こんど戻る時は向かい風でなかなか前に進めない、風に飛ばされない様にハンドレールにしがみ付きながら少しずつ前に進む、船首のハウスに着いた時には全身海水でびしょ濡れ、、、馬鹿だねー、合羽を着れば良いのに、、、

夜のワッチ(当直)が終わり、シャワーを浴びて部屋でアジの開きで一杯やっていると、無線室にあるオートアラーム(警急自動受信機)が動作して、無線室、通信長の部屋、ブリッジにあるブザーがけたたましい音で鳴った、私の部屋にはブザーは付いていないが良く聞こえる強烈な音なんだ、無線室まで行かないとブザーは止められない様になっている、この海域は空電が多くたまに誤動作する事がある、急いで無線室に行って通信長と500khzを受信すると SOS SOS SOS 遭難信号が聞こえる、ジャワ海を航行中のインドネシアのフェリーが火災を起こし遭難信号を発信している、本船からは1日以上かかる距離だ、暫く受信しているとイギリス船籍の貨物船が救助に向かっているようだ、一応ブリッジに遭難船の位置などを報告、無線業務日誌にその旨記載し電波法に規定されているオートアラームの試験を行い、 Tested Auto Alarm in good condition and them comenced watch on A,A at 18:00 GMT (スペルが間違っているかもね)業務日誌に記載、、、人騒がせな船、酔いが冷めちゃって又部屋に帰り飲みなおしだね、、、、!


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[古い航海日誌 霞峰丸①] マラッカ、シンガポール海峡、、

2010-10-22

本船はマラッカ海峡に入りそしてシンガポール海峡へ向かう、未だ大型タンカーの経験の浅いキャプテン、シンガポール海峡の入口の安全なところに一旦アンカーを下ろした、ここで潮待ちだ(満潮になるのを待つ)、船の夕食は早い、4時半からだ、夕食後デッキに出ると遠くにインドネシア、スマトラ島が見える、原油を満載している為、喫水が低くなっている、(海面とデッキの距離が短くなっている)海賊船などの注意が必要だ、ブリッジでは2人が見張りにたっている、夜中の満潮時にシンガポール海峡を通過予定だ、寝て起きれば南シナ海に出ているだろう、、、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] 社船、日晴丸、、、

2010-10-14

ペルシャ湾のサウジアラビア、カフジを出港以来、順調な航海を続け昨夜、スリランカ(セイロン島)のドンドラ岬を通過した。12万トンの三島型の本船、殆んど今の時期は揺れる事はあまりない、揺れても僅か、船首方向の住居部に部屋、仕事場のある我々は静かで快適である、、、船上に居る事さえ忘れる事がある、この航路は大きく分けると4つに分かれる、日本を出港して台湾の南、バシ―海峡まで、、シンガポール海峡まで、、スリランカのドンドラ岬まで、、そしてペルシャ湾まで、、、 帰りの航海の4分の1が終わった事になる、ドンドラヘッドを交わすと日本、太平洋側からスエズ運河経由、ヨーロッパに向かう、中近東方面に向かう、タンカー、自動車専用船、コンテナ船、など色々な船と行き交う、、昨日の社船連絡(社内の全船舶が時間、周波数を決めて定時連絡をする)で、岡山県倉敷市の水島港からペルシャ湾に向かっている社船 ”日晴丸” と本日の午後の私の当直時行き交う筈だ、、”日晴丸” 237,586トン(写真)は当社では一番新しいVLCC,大型油送船だ、、中波、500Khzで日晴丸/JGTNを呼ぶと直ぐに応答があり、お互いの noon position (昼の位置)を交換した、相手の位置をブリッジのセコンドオフィサー(2等航海士)に持って行くと直ぐにチャートに向かい、位置を入れて、後30分くらいで行き交いますね、、! 間もなく 日晴丸が国際VHFで本船を呼んできた、キャプテンに連絡すると間もなくキャプテンもブリッジに上って来た、キャプテンの指示で僅かにコースを変えて接近する事に、、、レーダーでは日晴丸の船影をとらえている、20分くらいで水平線上に見えてきた、双眼鏡で覗くと船のブリッジが先に見える、ウソだと思うだろうが地球が丸い、と言う事を実感できる、、、、23万トンの巨体がはっきり見えるようになった、全長300メーターちょっと、ドラフト(喫水)20メーターの空船の姿はまるで島が動いているようだ、、お互いのご安航を祈った、、そして段々と遠ざかる船影を見ていると、、これから暑いペルシャ湾に行くのかよ、、おいらは後10日ちょっとで日本に帰るのに、、、って感じだ、、、。


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[古い航海日誌 霞峰丸①] アジの開きで一杯、、

2010-10-06

単純な毎日、あと日本まで2週間の航海だ、アラビア海の真ん中を順調に航海している、夜の12時、当直が終わり部屋で腰にバスタオルを巻きつけてパッセージのドアーを開けてボートデッキへ出る、、空は満点の星、、、 今日も一日終わったなー、妻と一歳半の長男の待つ日本はそろそろ朝だ、そろそろ起きる頃だろうか、、、暫くもの思いにふけり、バスルームへ、どっぷりと湯船に浸かり一日の疲れをとる、、 大して疲れもしませんがね、、! そして楽しみの一つ、居酒屋 霞峰丸 のオープンだ、おかずはペルシャ湾で釣ったアジの開き、、先ずは缶ビールで乾杯だ、続いてご愛用の、ニッカ G&G ウイスキーだ、ロックで2-3杯、航海中、船内で使う酒、タバコ類は全て免税扱い、従って国内での市販価格の半分だ、、と言う事は半分は税金って事、、 変な言いわけだが、ついつい、飲み過ぎ、吸い過ぎちゃう、、、

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[古い航海日誌 霞峰丸①] アラビア海、エンジンルーム見学、

2010-09-29

サウジアラビアのカフジを出港して(出港と言っても陸から数10キロも沖合に停泊していただけ)2日目ホルムズ海峡を通過してアラビア海に出た、後は早く日本に帰るだけだな、、、、もうカフジには行かなくてもいいな、、、、でもアジ釣りだけは魅力があるね、、、!

   
午後の当直中機関部にちょっと用事があるんだがエンジンルームに電話するとセコンドエンジニアー(2等機関士)が電話に出た、ちょっとエンジンルームに行く事に、、乗船中を含めエンジンルームに行く事は滅多に無い、乗船中一度も行かない事もある、、エンジンルームへ行くドアーを開けると、特有の騒音と共にムッとする熱気が伝わってくる、機関部の人はこの中で仕事をするわけだ、機関部の苦労がうかがえる、、、滑らない様にハンドレールに掴まり何段かの階段を下りてコントロールルームへ、ここだけは冷房が利いていて快適だ、、用事を済ませて帰ろうとすると、、お茶を飲んで行け、との事、、 当直中だからと、ちゅうちょすると、、、次席さん、機関部のお茶も是非飲んで行ってくれ、、予想もしない他のパートの珍客に大歓迎だ、、 そのうちに頼みもしないのに、エンジンルームを案内してやるって事に、、、、、

本船は27,600馬力の低速2サイクルのディーゼルエンジンを1基搭載している、(写真は工場で組み立て中の16,000馬力のエンジン)航海中は100回転ちょっとだ、大型船はプロペラ軸がクランクシャフトに直結されている為後進時はエンジンを逆回転させるわけだ、プロペラにつながっているシャフトの重さも100トン以上あるとの事、あらためてビックリだね、、大型船はエンジンの起動時はセルモーターではなく圧縮空気をシリンダーに送り始動させる、又船ではコスト削減のため、航海中は極めて低質な燃料(C重油と呼ばれる)が使われるが不純物が多いことからこのままでは精密なディーゼルエンジンの使用に耐えないため、油清浄機を何度も通され綺麗な燃料にする。又 低質のC重油は常温での粘度が高いため、使用に際して加熱する必要があり、燃料の粘度を低めてエンジンへスムーズに送る為、蒸気を使用して加熱して燃料の粘度を下げて使用するが、入出港時、狭い海域などを航行するなどエンジンの始動、停止が頻繁に予想される時は良質のA重油を使う。大きな発電機など、なんだか解らないがいろいろな物がところ狭しと並んでいる、船の心臓部だ、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] カフジ出港、日本向け、

2010-09-23

夜中、カフジでの原油の積み込みが終わった、代理店が来船しキャプテンが各書類にサイン、通信長と一緒に立ち会い、クリアランス(出港許可証)を受け取る、直ぐに出港スタンバイがかかる、、、何でそんなに急がんといけないかねー、、、、
船首と船尾のホーサー(ロープ)が外されエンジンが動き始め、本船も静かに船首をペルシャ湾入り口のホルムズ海峡に向け動き始めた。日本での揚げ地大阪の堺まで約18日間の航海が始まる、入港前に乗組員から預かった酒、タバコ類をストアーを開けて出す、、入港中は規定量以外の酒、タバコ類はストアーに保管し税関が封印して行く、ここサウジアラビアは特にうるさい、、デッキに出てみると真っ暗闇、何も見えないが満点の星だ、サーッと言う本船が波をかき分けて進む音だけが不気味に聞こえる、さー、先が長いシャワーを浴びて一杯飲んで寝るかな、、、!

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[古い航海日誌 霞峰丸①] ペルシャ湾のアジ釣り、

2010-09-15

夏の中近東の暑い事、、日中は40度を軽く超える、暑いと言うより痛いと言う感じだ、、船のデッキ(甲板)に卵を落せば半熟の目玉焼きは間違いないだろう、それでも夕方、陽が沈むと急に涼しくなる、涼しいと言っても30度はらくにあるが、、それでも現地の人は寒い寒いと言ってセーターを着込む、、数名の現地人の作業員がデッキにござを敷き夕日に向かって祈りを捧げている、、荷役中は火気厳禁だ、タバコを吸えるのは船の艫の食堂だけ、元ヘビースモーカーの私はほぼ1時間おきに暑い中を艫の食堂まで100メーター以上歩いてタバコを吸いに出かける。夜は娯楽室のマージャン卓はフル稼働だ、マージャンの下手な私は滅多にやらないが、どうしてもメンバーの揃わない時はお声がかかる、、、、
        
夕食後、少し涼しくなったしデッキに出てみた、先客が2人釣りをやっている、釣れますかねー! いやー次席さん、入れ食いだわ、、 誰の釣り竿か知らないがデッキに置いてある釣り竿を無断で拝借、、 餌は何を使うんですかね? 餌なんて要らないよ、、との事、、見ると毛針のようだ、、空船時は海面からデッキまでの距離があり大変だが既に四分の三は原油の積み込みは終わっている、夜半には出港する予定だ、釣り糸を垂らしてみると直ぐに何か手応えを感じた、リールを巻いてみると何と2匹釣れている、、20センチくらいのアジだ、外して直ぐに糸を垂らすと直ぐに何やら手応えが、、引き上げると又アジ、、多い時は3匹、かかってくる、釣ると言うよりも釣り針に引っかかってくると言う感じ、、こちらのアジはちょっと頭が大きい感じがするが、その割には頭が悪いと言うか、素朴と言うか、餌なんて必要無い、針が餌変わりだ、、釣りにはあまり興味の無い私でも面白い、1時間近くでバケツ1杯近くに、、、この辺で止めておこう、、早速にパントリーに行き腹を開いて天日干しの準備、、細い針金をS字に切り、ボートデッキに紐を張りこれに引っかけて天日干し、、これで帰りの航海の一杯のおつまみが出来た訳だ、、、

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[古い航海日誌 霞峰丸①] カフジ入港? あッ、殺される、!

2010-09-08

本船は夕方、カフジ(Khafji)に入港した(写真の印)、入港と言っても港なんてのは無い、カフジ沖のブイに係留するだけだ、ホースを拾い上げて本船につなぎ原油を積み込む、周りを見渡しても陸なんてのはまるで見えない、これだからタンカーは嫌なんだわ、、、! 見えるのは最近の爆発事故で焼け焦げた船が見えるだけ、、

カフジ(Khafji) 
カフジ油田はサウジアラビアとクウェートの中間地帯の沖合40キロに位置し日本のアラビア石油が1957年以降サウジアラビアとクウェートから権益を獲得し1960年に油田を掘り当てた。一日当たり約30万バレルを産出し日本の石油消費量の約5~8%をしめた時期もあった。

沖のブイに係留が終わると直ぐに税関、検疫官、代理店などが来船、入港手続き、終了すると直ぐに荷役が始まる、タンカーは積み荷中、ガスを発生する為、火気厳禁だ、シャワーを浴びて腰にバスタオルを巻きつけて机に向かい部屋でくつろいでいると、
ドアーをノックする音、、、 どーぞ!
振り返ると髭をはやした現地のアラブ人だ、シマッター、鍵を掛けなかった、 私の部屋に入り中から カチッと鍵を掛けるではないか、、 一瞬あたまをよぎった、、、
 ヤバイ、殺される、、、



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[古い航海日誌 霞峰丸①] ホルムズ海峡通過、 ペルシャ湾へ

2010-09-02

アラビア海を北西に向けて進み4日目、北にイラン、南にオマーンの間のオマーン湾に入った、外は黄砂のようにあまり視界が良くない、ムッとする暑さだ、急に行き交う船も多くなってきた。
オマーン湾を進みコースを北に変えて進むとイランの山々が水平線上に見えてきた、そして左舷にアラビア半島のアラブ首長国連邦が見える、暫く走りいよいよホルムズ海峡だ、イランとオマーン(オマーンの飛び地)の間の海峡、もっとも狭い処で33キロ、しかし大型船の通れるところはその1/4程度である、日本に入港するタンカーの8割がここを通り、年間約3,400隻と言われる、ポールド(窓)を覗くと数隻の大型船が見える、いよいよペルシャ湾だ、リトルクオイン(小さなくさび)と呼ばれる、くさびの形をした島と言うか岩が見える、この辺りまで来ると日本との通信は極めて大変なんだが、不思議とこのリトルクオインの近くでは日本との通信が出来るんだ、、、ちょっと専門的に成るが現地時間の夜、4Mhzで交信できる、、こんな海域は他にもある、南米のブラジル沖、カリブ海のメキシコ湾など、、、あと1日ちょっとでカフジに到着だ、、、
 
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[古い航海日誌 霞峰丸①] アラビア海、イルカの大群、、

2010-08-26

9時過ぎに目が覚めた、三島型の本船、エンジンの振動も無く静かで乗船中である事を忘れる事がある、顔を洗い歯を磨き着替えてブリッジに肩振りに出かけた。サードオフィサー(3等航海士)の当直だ、能登半島、七尾市出身の独身だ、私の顔を見るとよく、次席さん、彼女紹介して下さいよ、、、! なかなかの男前で気の良い好青年だが、、クオーターマスター(操舵手)のKさん、福井県三国町、出身、、マージャンがめっぽう強い、、なかなかのコーヒー通で2種類のコーヒーの粉をブレンドしてコーヒーを入れてくれた、左舷を見ると何やら大きな魚が飛び跳ねた、、 おー、クジラか、、、? すると2匹、3匹、、、、どんどん増えてくる、、イルカの大群だ、、何10頭ものイルカが本船と一緒に泳いでいる、アラビア海へようこそ、、、! 本船を歓迎しているようだ、、、と言うかスピードも同じくらい、遊ばれているって感じだな、、2-3分で姿が見えなくなった、、

           
クオーターマスターが、次席さん、コーヒーもう一杯どうですか、、? と言う、 おい、どうしたの、いやにサービスが良いじゃないですか、暫くすると、、、  本船宛てに電報有りませんかね、、? 実はセイロン島(現スリランカ)のドンドラ岬以西は組合との協定で直接日本の海岸局とは通信しない事に成っている、当社の場合はフランスの海岸局と主に通信をする、この辺りに来ると日本との通信は大変な事は大変なんだ、日本との時差も結構ある、又途中に高いヒマラヤ山脈もある、、、?????(これはウソ)奥さんが丁度出産予定で、予定日を既に3日ほど過ぎていて心配なようだ、、気持ちは良く解る、実は昨日から長崎無線局/JOSに本船宛ての電報がある事は解っている、クオーターマスター、午後からの私のワッチの時に聞いてみますよ、、、12時に当直の終わった Kさん、昼食後さっそく無線室にやってきた、、早速に長崎無線局と交信をした、比較的伝搬状態も良く簡単に交信出来た、 やっぱりKさん宛ての電報だ、、無事に女の子が生まれたそうですよ、母子ともに元気だって、、、 Kさんの、あの嬉しそうな、涙ぐんだ顔が今でも思い出される、、、今では人工衛星経由でリアルタイムに連絡が取れる世の中だ、、、

   
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[古い航海日誌 霞峰丸①] ドンドラ岬通過、、アラビア海へ、、

2010-08-17

午後のワッチ(当直)が終わり夕方、セイロン島のドンドラ岬を通過した、灯台の灯りを眺めていると遠く日本に居る家族の事を思い出す、今頃どうしているだろうか、多分日本ではもう寝たろうな! 夕暮れのインド洋、大型の外洋ヨットと行き交った、波間に浮き沈みしている、何処から来て何処に行くんだろうか、、、、日本を出て3回目の通過電報を本社に打電した、 ○○ヒ○○○○ドンドラツウカ、ヘムイカフジ○○ヒユウ」センテウ (○○日○○時ドンドラ岬通過、○○日夕方カフジ着予定」船長) ここからコースを北西にとりアラビア海をペルシャ湾に向かう、4日くらいだ、、、、

       
夜の当直終了後、腰にバスタオルを巻きつけてボートデッキへ出てみた、男の世界、誰に気兼ねする事も無い、真っ暗やみの海を白波をたてて押し進む本船、空を見上げると一面、満天の星、空気の澄んだ海上からの空は見える星の数が違う、南十字星が綺麗だ、綺麗な十字の星はにせもの、本物は少し隣に見える形の崩れたのが本当の南十字星、、暫く星を眺めてバスルームへ、霞峰丸温泉だ、殆んどの日は海水風呂だ、これが又温まるんだわ、、 後はシャワーだ、、これは清水だよ、、このバスルームは5人で使うだけ、仕事の関係で重なる事は無い、何時間入ってもOKだ、、ゆっくり風呂に浸かり、後は冷たいビールだ、、 乾杯! 

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[古い航海日誌 霞峰丸①] インド洋の夕日、、

2010-08-12

マラッカ海峡を抜けた本船はインド洋にでた、インド洋は太平洋、大西洋と並ぶ3大洋だ、コースをほぼ西にとりセイロン島(スリランカ)のドンドラ岬に向ける、、日本からのオイルロード、ペルシャ湾に向かうタンカー、ペルシャ湾から日本に向かうタンカーの通り道、ひっきりなしに大型船と行き交う、、この海域はインド洋、南太平洋に発生する熱帯低気圧、サイクロンが来なければ殆んど時化る事はない、、その代り赤道直下(北緯6度くらい)暑いのなんの、、、、、(^0^;) ちょっとブリッジ(船橋)に肩振り(船乗り言葉で暇をつぶす、、ような意味、)に行ってちょっと日光浴だ(写真)
   現在と随分、体型が違うね、、、、、(泣)

 
同じ場所で水平線上から日が昇り、水平線上に日が沈む光景を見れる場所はそうは無いだろう、、、
しかーしだ!  洋上の船からは毎日見れる、船乗りの特権だね、、! 色気、センスの無い、食い気だけの私でさえ、、んー、綺麗だなー、、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] オイルロード、マラッカ海峡を行く、、

2010-08-06

日本から中近東ペルシャ湾までの航程、 6,500海里、約12,000キロメーターを通称オイルロード(左図)と呼ばれる、航海の難所、シンガポール海峡を通過後、休む暇も無くマラッカ海峡へと続く。マラッカ海峡はマレー半島とインドネシア、スマトラ島を隔てる海峡で南東端で接続しているシンガポール海峡と併せて太平洋(南シナ海)とインド洋(アンダマン海)を結ぶ重要な航路だ、水深が浅く航路が狭く航海士にとっては気が休まぬ海域だろう、左舷にはスマトラ島の島影、そして大小、沢山の船が行き交う、、、しかーしだ!  我々部外者から見るとただ一面の海を眺めるよりも、正直なところ長い航海で最も気が休まる海域だ、、日本からペルシャ湾までのほぼ中間地点に当たる、、、、、、  昔、海技試験を取るのに習ったんだが、全速前進で航行している船が、緊急停止(ペラを逆転)しても停止するまでに1.5マイル(約2.7キロ)近く流される、(勿論、船のスピード、海流、積み荷などによっての違いはあるが)船の世界での1キロメーターは車の車間距離に置き換えると5メーター程度に相当する極めて危険な至近距離である。

 
夜中の12時、ワッチ(当直)が終わってボートデッキに出てみた、左舷にはところどころインドネシア、スマトラ島の灯りが見える、目を少し移動すると何隻かの船の灯り、赤と緑の舷灯などが見える、、船が波を押し分けて進む音だけが不気味な感じだ、、明日にはアンダマン海に出るだろう、、、部屋に戻りシャワーを浴びてパントリーの冷蔵庫から良く冷えたビールを持ってきて今日も一日無事に終わった事に カンパーイ、、    おつまみは簡単なオニオンスライスにマヨネーズをかけて、、それとさんまの缶詰だ、、


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[古い航海日誌 霞峰丸①] シンガポール通過、、

2010-07-31

日本を出港して1週間、南シナ海に別れを告げていよいよ赤道直下のシンガポール海峡、マラッカ海峡へと向かう。シンガポールとインドネシアのリアウ諸島との間に位置し、長さ約100キロ、幅約16キロの世界でも有数の船舶輻輳海域で有り操船の難所である。大型タンカー、コンテナ船、自動車専用船、貨物船、漁船、など重要物質を運ぶ大型船の年間通過船舶は5万隻を超えると言われている、スエズ運河、パナマ運河、ホルムズ海峡、と並び世界のシーレーンの中でも最重要な場所である。しかし狭く水深の浅いこの海峡は巨大タンカーにとって航行できるギリギリの海域である。

    
シンガポール海峡の東の入口、 イースタンバンク で船内は海峡通過のスタンバイ体制に入る、一瞬の判断の誤りも許されない、ちょっとしたミスが大事故につながり国際問題に発展しかねないからだ、、、ここシンガポール海峡は分離通行方式により車の道路と同じく交通整理されており右側通行を守って航行する、又航路管制センターへ各通過ポイントの状況を連絡する、本船の司令塔のブリッジ(船橋)ではキャプテン自ら操船の指揮をし、2人の航海士が位置の確認、見張りと大忙しだ、我が無線部もシンガポールの海岸局からの航行警報を受信しブリッジに報告する、、、、右舷を見るとシンガポールのビル街が良く見える、(写真上)、港のシンボル、マーライオンも見えるね、、夜の通過の時は又夜景が綺麗なんだ、、左舷を見ると一変、インドネシアの、のどかな農村風景が続く、、こんな緊張感の中、4~5時間の緊迫した状況を無事通過した、そしてマラッカ海峡へ続く、、、本社に2回目の通過電報を打電した、 ○○ヒ○○○○ポールツウカ、ヘムイカフジ、○○ヒ○○」センテウ (○○日○○○○時シンガポール通過、カフジ○○日○○時着予定」船長)という具合だ、やれやれ、、、!

    
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[古い航海日誌 霞峰丸①] 南シナ海ど真ん中、順調な航海、、

2010-07-23

日本を出て順調、快適な航海が続いている、この航路はシンガポールまで台風以外は大して時化る事は無い、ましてや三島型、12万トンの大型船だ、静かで船に居る事さえ忘れる事が有る、、、、馬鹿だね―、、、! バリンタン海峡を通過して3日目、南シナ海ど真ん中、インドシナ半島、ベトナムの沖合くらいだ、、デッキに出るとムッとする暑さ、真っ青な海を白波を立てて押し進む本船、なんとも勇壮で頼もしい姿だ、、たまに水平線上に大型船と行き交う事が有る、衝突回避の為早めにコースを変更するので近くを通る事は滅多にない、、前方に黒い雲が有る、間もなくバケツをひっくり返したようなスコールだ、、これが又デッキに付いた塩などを押し流してくれる、、、 うまくしたもんだね、、、

       
ブリッジのある居住区から艫(とも)までどうしても1日最低2回、昼食と夕食に行かなければいけない、凪の時は外の景色を眺めながら、(景色と言っても見えるのは海だけだがね、、)鼻歌交じりだが、、時化ている時は一変、命がけだ、、フライングパッセージ(写真)のハンドレールにしがみ付き風との闘いだ、本船のフライングパッセージは100メーター位はゆうにあるだろう、(写真は以前、当社に入社する前に少し在籍した事がある○○海運の4万トンのタンカーだ、)途中、避難の為のトンネルが2か所ある、(写真の船は1か所、解るかなー)又大きな横波が船体にぶち当たり波しぶきが飛び散る事が有る、波を見ながら退避トンネルまで猛ダッシュ、、、、、世の中うまくしたもんだね、環境の良い処に居る分、こんな苦労も有る、、、

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[古い航海日誌 霞峰丸①] バリンタン海峡通過、快適な航海、、、

2010-07-17

出港して3日目の午後、台湾とフィリピンの間の海峡(ルソン島寄り)のバリンタン海峡を通過した、(台湾よりの海峡はバシ―海峡)。いよいよ南シナ海に入る、ドッグを出たばかりの本船は船体も綺麗に塗装されて、潮も良くスピードも出るわ、、、日本近海では梅雨前線の影響で海上は多少波が有ったが 12万トンの本船には全く関係ない、台湾近海は今の時期、台風以外は凪の日が殆んどだ、、真っ青な海を白い航跡を残して進む本船(写真)、、、、左舷に小さな島が見えるが、多分無人島だろう、、、、ここで本社に1回目の通過、着予定を打電した、、○○ヒ○○バリンタンツウカ、ヘムイ、カフジ○○ヒアサ」センテウ  ( ○○日○○時バリンタン海峡通過、ETAカフジ○○日朝」船長 )
ETA とは着予定日時の事

    
本船は三島型の船、(船首楼、船橋、船尾楼、と3つに分れている)最近はこの様な型の船は少なくなったが、当時10万トンを超える三島型の大型タンカーは本船の他、他社を含め数はいしか無かった様に記憶している。当社でも三島型のタンカーは本船だけ、すべて20万トンクラスのVLCC、、
船首楼
船首楼は船の前方に位置して向かってくる波が甲板上に打ち込むことを防ぐ役目がある、主に船倉(ボースンストアーと呼ばれる)であり係船する時に使うロープなどを保管している。
船橋
船橋は 船の中央に高く位置し最上層にはブリッジ(船橋)が設けられ船の操縦を行なう、又船長、航海士、通信士、等の居住部屋、サロンルームなどがある。
船尾楼
船尾楼は船の後尾に位置し追い波から船を守役目、又エンジンルーム、厨房、各食堂、機関士、船員の居住部屋、娯楽室、など等がある。

私の仕事場、居住部屋は真ん中の船橋の下にあり、エンジンの音、振動は全く感じられない、走っているのが解らない、ドアーを開けてデッキに出てみると波を切って走る音がするだけだ、、、快適ー、、、、、、
この広い大きなハウスの中には30数名の乗組員のうち、キャプテン、1等航海士、2等航海士、3等航海士、通信長、2等通信士、の6人だけ、、静かなもんだ、、
しかーしだ!   良い事ばかりではないんだ、、、、?


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[古い航海日誌 霞峰丸①] 奄美諸島沖航行中、快適な航海、、CQ CQ、、

2010-07-10

2年振りに海上復帰、そして因島ドッグを出港して2日目の朝8時過ぎに目が覚めた、、一瞬、今の自分の存在を疑った、、、あれッ、俺は今、船に乗っているんじゃないのか、、、、? あの低音の心地よいエンジンの音、そしてエンジンの振動、、全く感じない、航海中で有る事を忘れてしまう、ホテルの一室に居るような感じだ、僅かに丸いポールド(窓)を見て、あッ、船に乗っているんだわ、、! って感じだ。
航海中は朝食は食べない事にしている、従って食堂に行っても私の朝食は準備して無い、、ベッドからやおら起きて着替えボートデッキに出てみた、右舷の水平線上に幾つかの島影が、、、その中にひと際大きい島が見える、あれが奄美大島だな、部屋に戻りパントリーでコーヒーを入れて飲む、美味しいねー! ふと家族の事を思い出した、、家を出て1週間近くなる、妻と8ヶ月に成る長男、どうしているだろう、、熱を出していないだろうか、色々と考えると心配に成るのであまり考えない様にしているんだが、、船舶電話で家に電話をしてみたが元気でいるようで安心だ、、

      
今航は趣味のアマチュア無線の無線機(旧 トリオ TR-7500、写真)を持ってきた、コールサイン(呼び出し符号)も新たに申請して JR6KRG が免許に成った、ドッグ入渠中もドッグハウスから電波を出し近隣の数局と交信する事が出来た。VHFの簡単なアンテナ(アローライン)をボートデッキのハンドレールに結び付けて早々に On Air してみた、、CQ CQ こちらは JR6KRG/MM、、、直ぐに奄美大島の古仁屋にお住まいの局が呼んできた、、海上移動の局とは初めての交信との事、10分くらい話し、同じ奄美大島の友人にも電話してくれて、その局ともQSO(交信)私自身も初めての海上からの運用で興奮してマイクを握っていた記憶が有る、、しかーしだ!  このたわいもない出来事が私の将来に大きな影響を及ぼしたのである、、、、

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[古い航海日誌 霞峰丸①] 日本とも40日間のお別れだ、

2010-07-03

本社勤務が終わり、2年ぶりの海上生活がいよいよ始まった、11時半よりサロン食堂でセコンドオフィサー(2等航海士)セコンドエンジニアー(2等機関士)と一緒に昼食を済ませ本船で初めてのワッチ(当直)が始まった。何もかにもが2年振りだ、、ポールド(窓)を覗くと水の子島灯台が見えている、この灯台は何十回、目にした事だろう、ニューカレドニア航路乗船時、日本に向かい一番初めに目に入る懐かしい日本の光景だ、しかーしだ! 本船は今航から日本での揚げ地は大阪の堺港、従ってこの海域は通らない、次にこの水の子島灯台を目にするのはいつだろう、、、、  この灯台は日本の灯台50選に選ばれている、又映画「喜びも悲しみも幾歳月」のロケにも使われた事でも有名だ。

久し振りのワッチでうろうろしているとブリッジ(船橋)からの専用電話が鳴り 美味しいコーヒーが入ったので手が空いたらどうぞ、、 との事、クオーターマスター(操舵手)がコーヒーを入れてくれた、能登出身のベテランだ、ウイングに出て双眼鏡を覗いていると 次席さん、久し振りの乗船で海が珍しいでしょう、、、  ハイ、すっかり塩っ化が抜けちゃって珍しいですわ、、入渠中に能登の家に帰った時のお土産、と言う事で悪いが何処にでも有るような煎餅をくれた、、セコンドオフィサーは大島商船出身のベテランだ、、今度日本に帰るのは8月の御盆前くらいかな、、、 

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[古い航海日誌 霞峰丸①] 因島ドッグ発、ペルシャ湾へ、、

2010-06-27

霞峰丸/JFVQ
ここ日立造船、因島工場で竣工した三島型の油槽船、

121,298重量トン
エンジン  27,600馬力×1
長さ    265メーター
幅     44メーター
深さ    21,5メーター
航海速力 16ノット

8日間ドックで船体の整備、各部の検査などが行われる、管轄の無線局の検査も行われ無事検査に合格した、航海中は出来ない空中線の手入れ、等高所での作業は大変だが、ドッグでは比較的のんびり出来る。
ドライドッグに海水が注入されて巨大な本船は完全に浮いてドッグから海に出た、船体も綺麗に塗装されて見違えるほどに綺麗に成った、又1年間荒海にもまれる訳だ、、、、、、周防灘に出て簡単に航海試験などが行われて、ドック関係者が下船し、いよいよ針路を中近東ペルシャ湾の奥深いクウェートの近く、サウジアラビアのカフジに向けた、、、、、

             
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[古い航海日誌 霞峰丸①] 辛い家族との別れ、霞峰丸乗船

2010-06-21

乗船の朝、いつもより早く目が覚めた、前日までに準備が出来ているので特別にやる事は無い、朝食を済ませ妻が長男を連れて駅まで見送りに行くと言う、7ヶ月の長男は可愛い盛りだ、、別れが辛くなるので見送りに来なくてもいい、、、と言うんだが、近くの南大分の駅まで見送りに来てくれた。
正月前には休暇下船しようと思っているんだが、今さら何も言う言葉が浮かんでこない、、 身体に気を付けて、留守を頼む、、、ただそれだけだ。意識して平静を保とうとするんだが、、
とうとう電車が入ってきた、溢れる涙を堪えるのに必死だった、、、、、  (^へ^;) 
電車が動き始めると直ぐに2人の姿が見えなくなった、大分駅で特急に乗り替えた、そしてテレビ、映画で何回か目にした、妻子を残して戦地へ向かう光景を思い出した、、、

小倉で山陽新幹線に乗り替えて昼過ぎに尾道で下車だ、ここで高速船に乗り換えた、当時は未だ橋なんて無い、瀬戸内海の幾つかの小島の間を通り過ぎてひときわ大きい島、因島市(現尾道市)へ、日立造船、因島工場だ、大型船が2-3ばい入っている、その中にひと際大きい、2本の煙突、白地に赤で のファンネルマークの船が目に入った、265メーターの巨体がドライドッグに収まっている、、、、あれが今度乗船する 霞峰丸/JFVQ だな、、 3時過ぎに本船に乗船した、通信長、交替の次席通信士に挨拶、夕食時、ドッグハウスの食堂でキャプテンをはじめ士官に挨拶、部員食堂に行き、ボースン(甲板長)、ナンバン(操機長)、司厨長、に挨拶をした、以前に一緒に乗船した事のある懐かしい顔も何人か見える、いよいよ本船での生活が始まった、、、

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プロフィール

名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた
激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る
我が人生、






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