2013-09-11

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 宇野港入港、錦陽丸転船

1か月以上も日本を離れたのは初めて、学生の頃、実習で乗船したのはマレーシアで20数日間、前夜は興奮してなかなか寝付けなかった。紀伊水道を通り大阪湾に入ると大小たくさんの船が行きかう、大阪港、神戸港の沖には沢山の船が停泊している、デッキに出ると風は肌寒いが瀬戸内海の島々、陸の景色を眺めていると飽きないネ、、、勿論今のような本四連絡橋なんて無い、昼過ぎに本船は宇野港の材木岸壁に着岸した、本船の前に転船で乗船する北米航路、総トン数9,627トンの錦陽丸が着岸している、同じファンネルマーク(写真)の船が2はい、並んで着岸している滅多に見れない光景だ、。さっそく税関、検疫、代理店などが乗船して入港手続きが始まり税関による乗組員の携帯品の通関手続き、サンキストオレンジなどの植物検査など、てんてこ舞いの忙しさだね、私も外地で買った酒、キスチョコ、サンキストオレンジなど通関しスタンプを押してもらった。交代の次席さんと引き継ぎを行い、サンキストオレンジを田舎に送るべく担いで駅まで送りに行ってきた、こんな美味しいオレンジ、田舎では食べたことが無いだろう、、、

錦陽丸へは明日乗船しようと思うが夕食後、隣に停泊中の錦陽丸に挨拶に行ったが通信長は家に帰っていて不在、夜遅く船に戻られるとの事だ、夜、交代の次席さんと通信長と三人で通信長の部屋で一杯会となった、そして瑞陽丸での最後の夜は更けていった、、、

 

固定リンク : トラックバック(0)
149おすすめ

2013-09-04

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 懐かしい日本の島影

アメリカのワシントン州のタコマを出港以来2週間、青空はほとんど見ていない、日本近海に来て初めて見る青空、右舷前方を見ると日本の島影が見えてきた。連日の時化でうんざりしたが日本の島影を見ると元気が出てきたね、、段々と島影がはっきりとしてきた、房総半島の野島崎灯台だ、ここからコースを変えて紀伊半島沖に向かう、伊豆諸島の島々が見えている、右舷に美しい富士山が見える(写真)、やっぱり日本一の山は素晴らしいネ、、、昼食を食べて通信長と当直を交代しワッチをしていると、昼食の終わった通信長が無線室に来た、次席さん、キャプテンが本社に電話して聞いた結果だが、、、宇野で錦陽丸に転船なんだが話はこうだ、、、、錦陽丸の次席さん、事情があり急に下船願いが出て宇野で下船したとの事、交代を予定している次席通信士も事情があり直に乗船不可能で、錦陽丸は宇野と博多港の2港揚げで博多を出港するまでには乗船が可能と言う、と言うことは私は宇野から博多までの内航だけ乗船でその後はどうなるんですかね? 今の予定では博多で下船し翌日、山口県の下松で油送船 ”剛邦丸”に転船の予定だそうだ、、との事、俺は便利屋のようなもんだな、剛邦丸(28,294G/T)は就航当時はスーパータンカーと呼ばれた船だったが今は国内航路に就航している、と言うことはいつでも転船できる状態なので又転船だな、、、会社は一日も早く乗船経歴を付けて海技試験を受験させるつもりだな、、? まー使われている身だ、文句は言えねー!

固定リンク : トラックバック(0)
185おすすめ

2013-08-28

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 日付変更線通過、

外は相変わらず時化ている、暫く青空は見ていない、往航時、船酔いに悩まされたがだいぶ慣れてきた、食事も普通に食べれるようになったが、、当直は正午からなので午前中はベッドの中、11:30から昼食を食べて12:00から16:00までワッチ(当直)だ、夕食は16:30からだがチョット早いね、そして20:00から24:00まで又ワッチだ、夜中に当直が終わり入浴、それから一人か、たまにサードオフィサー(3等航海士)と一杯となるわけだ、大体1時半くらいまで、それからベッドの中で本を読んでいると知らないうちに寝てるネ、、今の時期、この航路はほとんどデッキに出ることは無い、風が強く吹雪状態で危険だし、外は視界が悪く何も見えない。午後のワッチの時にヌーンポジション(正午の位置)を見ると午前中に日付変更線を通過した、復航は毎日30分くらいずつ時計がバックする、(一日が長くなる)そして日付変更線通過で日付が一日進んで日本と同じ日付になった。

 

午後の当直時、会社より乗組員の日本での交代電報がきた、 なにー! 私は岡山県の宇野で同じ社船の貨物船 錦陽丸 に転船ときた、、、乗船前は経歴を付けて海技試験の国家試験を受験予定の為、本船は3~4航海くらい乗船と聞いていたんだが、せっかく本船にも慣れてきたのに、会社も何を考えているんだい、しかし社命だ、仕方があるめー、、電報をキャプテンに持っていくと、次席さん、転船だが会社から何か聞いてるの? いえー、何も聞いてません、こっちが聞きたいくらいです、、、船舶電話が使えるようになったら会社に聞いてみるよ、、との事、夜ブリッジ(船橋)に用事で顔を出すとサードオフィサーが、ワッチが終わったら軽く次席さんの送別会やりますか、良い酒がありますから、、との事、ワッチが終わりサロンで二人で一杯を初めた、サードオフィサーがクルボイジェのナポレオンを持ってきた、勿論私は飲んだことが無いし、高そうな酒だ、私は手持ちで一番高そうなおつまみ、シャケ缶、と雪印の6Pチーズを提供した、(値段はだいぶ違うがネ、、)神戸商船大学出身のベテラン、いずれはキャプテン(船長)になる人だ、、学生の頃の話、外国の話、日本の港での話、、、、、といろいろ話がはずんだ、、

固定リンク : トラックバック(0)
150おすすめ

2013-08-20

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 大時化の北太平洋

アメリカのタコマを出港して正月の間は緯度も比較的低い海域を航行していたが少しずつ北に上がり大時化状態が続いている、外は吹雪で霙のような雪が吹きつけている、デッキ(甲板)に積んだ材木の上が凍りウインチのワイヤーにつららが垂れて見ただけでも寒くなる、海にでも落ちれば5分と持たないだろう、、往航の空船時のように短い周期でゴロゴロ揺れないが今度は材木をデッキにも積んでいるために重心が高くなり揺れる周期はゆっくりだ、傾いたまま戻らなく同じ方向から大きな波でも来れば最悪、転覆もありうる、大きな波で船首がグーッと空を突くように持ち上がり、今度は崖から転げ降りるように波の中に船首を突っ込み、その度に大きな波しぶきが上がり(写真)ブリッジ(船橋)まで飛んでくる、恐怖を覚える。今日は少し時化がおさまったので甲板部が甲板上の材木が時化で崩れないように船のコース(進路)を変えて、船が揺れないようにし、甲板上の材木をワイヤー、チェーンなどで固定しているんだが、ラッシングの締め直し作業をしている、航海中、時化の中で材木が荷崩れを起こすと直すことが出来ないし、最悪は転覆もありうる、寒い外で材木の上での命がけの作業だ。アメリカでお土産としてサンキストオレンジを2箱、キスチョコと呼ばれる小粒のチョコを銀色の紙で一個一個包んであるんだが、これが又美味しいんだ、癖になりそうな味だね、そしてウイスキーのシーバスリーガルの高級品、ロイヤルサルートを1本買った。

固定リンク : トラックバック(0)
124おすすめ

2013-08-09

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 洋上の正月

アメリカ、ワシントン州のタコマを出港して大晦日、夜の当直を終えて食堂に行くと年越しそばが用意してある、ふだんと全く変わらないが船上で新しい年を迎えた、日本では元旦の夕方だろう、正月になると司厨部は正月料理で大変だ、いつもは朝食は無しで寝ているんだがこの日ばかりは眠い目をこすりながら起きて食堂へ、サロン食堂でキャプテンの音頭で祝杯をあげた、テーブルには沢山の正月料理が並んでいる、1時間ほど通信長とワッチを変わり、その後部屋で又1時間ほど寝る、正月は当直の無い乗組員は正月休みだ、朝から酒を飲みとおす人、マージャンにふける人、読書をする人、、、、など色々だが当直のある乗組員は正月と言えども普段と全く変わらない、洋上はかなり時化ているがデッキに材木を満載しているため、重心が高くなったため揺れるローリングの周期はゆっくりで体には堪えないね、夕食後、通信長が当直だが無線室に行き色々とお話をしたが、東北出身であと数年で定年を迎える通信長、定年になったら女房と二人で今度は仕事を離れてゆっくりと客船で世界一周しようと思う、、、と言っておられたがもう他界されたろう、、、

固定リンク : トラックバック(0)
134おすすめ

2013-08-02

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] タコマ出港、宇野向け、

 

タコマ停泊中、荷役に使うデリックが落下する事故があり修理のため荷役が少し遅れ停泊も予定より伸びた、停泊中にお正月を迎えたのでは乗組員が正月ゆっくりできない、キャプテンから号令がかかり荷役を急ぎ何とか年末に出港できそうになった。停泊中に三回上陸してタコマの街まで行ってきた、別に用事が有るわけではないんだがお土産屋さんに入り日本では売っていないアルバムを買った。

そしてハッチ(船倉)に材木を積み、デッキの上にも材木を満載し甲板部総動員で材木をワイヤー、チェーンなどでラッシング(崩れないように縛る)する(写真)、しっかりラッシングしないと時化などで荷崩れを起こすと大変だ、最悪は転覆も考えられる、、

 

午後本船はタコマ港の岸壁を離れ一路岡山県の宇野に向かった。又約2週間の航海が始まる、さっそくワッチ(当直)だ(写真)、一括呼び出しを聞くと銚子無線局/JCS にQTC(電報がある)、乗組員宛てと船長宛ての電報を受信した、すると 「ネンガ13」 ときた、ネンガ電報が13通あると言うことだ、まだ仕事も慣れないのにワッチ中にそんなに処理できないし、ネンガ電報は元旦までに受信すれば良い、ネンガ電報の受信は後にしてもらうことにした。夕方、通信長と当直交代の時に、ネンガの受信は私にやらせてくれ、と通信長に頼み夜の当直時に受信することにした。夜8時からのワッチの時に性根を入れてネンガ電報13通を受信した、それを慶弔用の用紙に書き直し元旦に乗組員に渡すわけだ、、、

固定リンク : トラックバック(0)
141おすすめ

2013-07-21

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 初めてのアメリカ

本船はビルが立ち並ぶ大都市シアトルを過ぎるとまもなくワシントン州のタコマ(Tacoma)の港に着岸した。同じ埠頭には他社の日本船が1パイ荷役中だ、着岸すると代理店、税関など官憲が乗船し入港手続きが行われたが乗組員のビザなどは郵送してあり簡単に終了する。ここタコマは人口20万人くらいの都市だ、デッキに立つと12月と言うのに日本ほど寒くはない、遠くに日本の富士山に似た山が見える、荷役関係の人に下手な英語で尋ねると レイニア―山(Mt Rainier)と言う、1,500メーター位ですか? 尋ねると、なんと約4,500メーターだと、周りにあまり山が見えないので低く見えるがねー、

 

 

翌朝、サロン食堂で食事をしているとキャプテンが、次席さん、後から用事があり上陸するが一緒に行くかね、! とお誘いが、えッ、私がですか? 通信長が船の方は私がいるから上陸して来いと言う、、代理店が用意してくれた車でタコマの街へ、、結構都会だねー、、昼はレストランでキャプテンがご馳走してくれた、カメラをテーブルの上に置いてあるのを見たんだろう、お客さんの女性が写真を撮ってやると、シャッターを切ってくれた(写真上)。キャプテンから市内のポイントを聞いて別れ、あちこちと歩き回ったが静かで綺麗な町だね、あらかじめ聞いておいたスーパーに入ると魚屋のおっさんが私の顔を見て、スジコ、スジコ、と言う、日本人は良く買うので知っているようだ、乗組員も結構買って食べている、私も買ってみたがあまり好きではないネ、、、足が棒になるほど歩き回ってキャプテンと待ち合わせの場所で合流して代理店の車で船に戻った。サードオフィサー(3等航海士)にも誘われているし又上陸しよう、、。

固定リンク : トラックバック(0)
177おすすめ

2013-07-10

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] おー、アメリカ大陸だ

アメリカ大陸に近づき、やっと時化もおさまった、でも相変わらずウネリがありゴロゴロと揺れるが大分船にも慣れた感じだな、、食事も美味しくなった、日本のドッグを出港して13日目、水平線上に島影が見えてきた、さっそくブリッジ(船橋)に行きチャート(海図)を覗くとアメリカ大陸だ、アメリカに来るのも見るのも初めて、学生の時に乗船実習でマレーシアに行ったのが初めての外国だ。サードオフィサー(3等航海士)が、次席さんはアメリカは初めてですか? と聞いてきた、左舷に見えるのがカナダのバンクーバー島、右舷に見えるのがアメリカだと、、、まもなくカナダとアメリカの間のファン デ フカ 海峡(Juan de Fuca Strait)を通過するようだ、キャプテンもブリッジに上がってきた。右舷に見えている、ポートアンジェルス(Port Angeles)もたまに入港するようだ、その後 エバレット、シアトル沖を通り今航の積地タコマ(Tacoma)に向かう。停泊中にサードオフィサーが一緒にタコマの街に行こうと誘ってくれた、さーて、食事をして午後からワッチ(当直)だ、当直中は窓の外を見るのも忙しくなりそうだなー、、日本の銚子無線局/JCSとサンフランシスコRadio/KPH とQSO(通信)する、このサンフランシスコRadio/KPH も十数年前に廃局されたがこの無線設備がそっくりアマチュア無線局 K6KPH として運用されていると言う話を聞いたことがあるが、、さすがアメリカはやる事がでっかいネ、、、

 

 

 

 

固定リンク : トラックバック(0)
144おすすめ

2013-07-03

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 時化の北太平洋、日付変更線通過

連日の時化でうんざりするが今の時期、この航路の宿命だ、北緯50度アリューシャン列島の南側まで北上した、ポールド(窓)を覗くと外は吹雪のようだ、危険で外には出れないし寒くて凍え死ぬだろう。今朝早く本船は日付変更線を通過した。目が覚めて昼食にはちょっと早いしベッドで読書だ、往航は船内時間の調整で一日30分くらい時計を進めるので休む時間が減るわけさ、、その分帰りの航海は時間を遅らせるので一日が長くなるさ、アメリカ大陸に近づけば時化もおさまってくるだろう、そろそろ通信長と手分けをして入港書類の作成をしなければいけない、船酔いなんて言ってられないんだわ、、、そろっと起きて食堂へ行き昼食だ、そして午後から当直、、、

固定リンク : トラックバック(141)
146おすすめ

2013-06-24

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 千島列島沖北上中

向島ドッグを出て東海沖、そして房総半島の先端、野島崎灯台を左舷に見てコースを北海道沖に取る、真っ直ぐに北米に向かわず、大圏コースでどんどん北上して千島列島沖、アリューシャン列島沖を通り今度はアメリカ、ワシントン州のタコマに向け南下する。本船は毎日ゴロゴロと揺れている、船酔いもだいぶ慣れたが依然として頭が重く食欲がない、まー冬の北米航路は連日時化と言うことは話には聞いていたがネベッドに横になっているのが一番楽だがそれじゃ慣れない、ブリッジに肩振りに出かけた、ワッチ中のサードオフィサー(3等航海士)、おー、いらっしゃい! コーヒーでも入れますよ、、さすがに外国航路の船だね、インスタントコーヒーじゃないんだ、ドリップした美味しいコーヒーを入れていただいた、商船大学出身のベテランだ、アメリカのキスチョコでもどうですか! 初めて見るチョコだが小粒で一個づつ銀紙にきれいに包まれている、又いい味なんだがね、、、時々大きくローリングする、足を広げて立っているのも結構疲れる、この航路は冬の時期、往路は空船時、揺れで大変だ、冬が終わると今度はガスがかかり全く見えなくなる、いずれにしてもあまり良い航路ではないようだ。ブリッジ(船橋)で2時間近く肩振り(船乗り言葉で、色々と話をしたりして暇つぶしをする事)をして昼食だ、相変わらず食欲がないが食べないわけにもいかない、さっと済ませて船内時間の12:00からワッチ(当直)だ。食欲は無いがヘビースモーカーのhamさん、タバコだけは船酔いも関係が無いようです、、

固定リンク : トラックバック(1)
152おすすめ

2013-06-17

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 時化の太平洋、船酔い

朝、目が覚めると船が揺れている、昨日は瀬戸内海を航行していたのでほとんど揺れることは無かったが、さすがに太平洋に出るとゴロゴロと揺れている、ポールドのカーテンを開けて外を見ると少し白波が立っている程度だがウネリガある、もともと船にはあまり強い方ではないんだが、これからは船上が私の仕事場だ、そんな事は言っておれない、ベッドから起き上がると頭が重い、気分が冴えない、完全な船酔いだな、航海中は朝食は食べないとボーイさんに話してあるので良いんだが、全く食欲がない、このままベッドで横になっていたいんだが午後からワッチ(当直)だ、何とか起きて着替え食堂に、テーブルに並んだご馳走を見ただけで吐き気が、、やばい! 船酔いで食事はいらない、、、なんてカッコが悪いし、半分ほど食べて、あとはご飯にお茶をかけてお茶漬けだ、、早々に士官食堂を出て汚い話だがトイレに駆け込んだ、デッキに出て頭を冷やすが、さすがに12月の海上は寒い、又吐き気がしてくる、汚い話だが、げーげーするが何も出ない、黄色い胃液が出てくる始末、これが又苦しいんだ、、経験者でないと解らないだろう、、酒の二日酔いなんてもんじゃないんだ、陸上であれば会社に電話して、体調が悪いので休みます、、、で何とかなるが船ではそうはいかない、根性で無線室へ行き当直に入る、 しかーしだ! 当直中に2~3回トイレに駆け込んだネ、、、北太平洋の海域になれば更に時化るだろう、先が思いやられるねー! でも段々となれるだろう、、

 

固定リンク : トラックバック(10)
142おすすめ

2013-06-10

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 向島ドッグ発アメリカ(北米)タコマ行き

日立造船向島工場でのすべての工程が終わり本船は試運転のためドッグを離れた、、そして昼前にすべて完了しドッグの関係者が下船しボートに乗り移りいよいよアメリカ、ワシントン州のタコマに向かった。念願の船舶通信士になり第一歩がスタートした。海上から見る瀬戸内海は綺麗だ、大小たくさんの島々が見えてまるで箱庭のようだ、 よーし、頑張るぞー! もりもりとやる気が湧いてくる、無線室に行くと通信長が海岸局と交信中、 おー次席君、休んでいていいぞ、、、 勉強のため私にやらせてください! 通信長に替わり銚子無線局/JCS と神戸無線局/JCKと交信してTR(動静通知)を送った、 「 TR ムカイシマドッグハツ、タコマユキ 」 すると銚子無線局より 「JDRA DE JCS QSL 」 と送ってきた、 やったー、俺のモールスも通じた、、、感激だ、、通信長の部屋は無線室のすぐ横だ、次席君、解らないときはいつでも呼んでくれ、、、と有難いことば、東北の○○県出身で、あと数年で定年を迎える見た感じ優しそうな通信長だ、、暫くは夕方16:00~20:00の通信長の当直も勉強のため一緒に当直に入ることにしている、デッキに出てみると内航船、小さな漁船に混じり関西と九州を結ぶ大型のカーフェリーも航行している、そして夜の当直時に紀伊水道をぬけて太平洋に出た、これからが本番だ、北米のタコマまで約4,000マイル、約7.500キロの航程だ、13日くらいかかるだろうか、なんとか穏やかな航海を願いたいが冬の北太平洋だ無理な話だろう、、、社船連絡の時に「向島ドッグ発タコマ行き、、、、」と社船に連絡するとインド洋をペルシャ湾に向け航行中の○○丸に乗船中の先輩が「キクンノコンゴノケントウヲイノル、、、、」ときた、先輩は有難いね、、当社には数名の先輩が在籍しているのでなにかと心強い、、、、夜中の零時、ワッチ(当直)が終わりオートアラーム(警急自動受信機)の試験をしてログブック(業務日誌)に、 Tested auto alarm in good condition and them commenced watch on auto alarm at 1500z  と記入して新米船舶通信士の一日目が無事終わった、、、。

 

固定リンク : トラックバック(0)
140おすすめ

2013-06-01

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] ドッグ入渠中、無線局の検査

ドライドッグに入渠中のため昼間の仕事は本船に来て宿泊は向島のドッグの近くの一般の旅館と言うか民宿での生活だ、私の泊まっている旅館は本船の乗組員が数名宿泊している。朝旅館を出て夕方旅館に帰る、まだ乗組員の顔もよく解らないし旅館に帰り風呂に入りテレビを見る、いたって健康的な生活だね、、、。本船では業者さんが来船し明日の無線局の検査に備えて主送信機、補助送信機、非常用送信機などの点検、調整だ、私は通信長と一緒に法定備品のチェック、備え付け書類などのチェック、消耗品、備品などのチェックをして何とか夕方までに無線局検査の準備はすべて終了した。

翌日ドッグの監督さんが広島の中国電波管理局(現、中国総合通信局)から来られる検査官を迎えに行き黒塗りの車で本船までご案内してこられた。無線室に入るとそれぞれが名刺を差し出して、技官と事務官の二人だ、それではこれから無線局の検査を実施します! と一言、業者が試験電波を出してください、、すると通信長が、じゃ次席君頼むよ、、 ときた、あまりにも予期しない突然な発言に、 えっ、俺がですか! 腹が決まった、こういう時はオタオタしない、通信長になったつもりでやれば良い、、電鍵をにぎり、 EX EX EX DE JD○○ K 、、、VVV VVV 業者が送信機のメーターの数値を読み上げる、技官が用紙に数値を記入している、、計算尺を取り出して計算している(今なら電卓だろう、、、) HF(短波)の検査が終わり引き続き中波(MF)の検査だ、一通り終わると検査官が、それでは実通試験をしてください、大分無線局(JIT)と交信してください、、、500Hzで JIT JIT DE JD○○ K  すぐに応答がある、 JD○○ DE JIT QSW 、通信波に切り替えて 「タダイマムセンキョクノケンサチュウ、QSA/QRK ?」 電鍵を握る手に汗が(冷や汗)、この間に事務官は業務日誌の記載などを点検したり、備え付け書類のチェックなどをしている、、、、主送信機、補助送信機、非常用送信機を試験、救命艇用の無線機は目視だけだった、警急自動受信機(オートアラーム)、国際VHF、レーダーも備え付け書類などとチェックしている、何かぼろを見つけようと必死だネ、、、、そして昼前に検査が終了した、事務官が無線検査簿に 合格 と記入し署名、、、、特別に指摘事項は有りません、、と言って検査簿を通信長に渡してくれた、、、。やれやれだ、、まさか検査で実通信をやらされるとわな、、、

固定リンク : トラックバック(1)
139おすすめ

2013-05-26

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 念願の船舶通信士に

会社の前の京浜運河を航行する外国航路の大型船を眺めて、いつかは船舶通信士になろうと思い7年、念願の通信士の国家試験に合格し外国航路の海運会社に就職が出来た。昭和44年11月25日広島県尾道市の駅に降り立った。向かいには向島が見え日立造船向島工場が見えている、大型船が三ハイ入渠しているが、新造船も見える、そのうちの一ぱいがこれから乗船する”瑞陽丸”だ。おー、あれがこれからお世話になる瑞陽丸だな、北米航路の材木専用船だ、1万トン以上の船は学生の頃、実習で乗船した時いらいだ、、、渡船に乗って数分で向島に着いた。目の前の日立造船向島工場に行き、守衛所より広い工場内を歩いて本船まで行ったが、すでに乾ドッグに入っている。

 

デッキでは工場の作業員が忙しそうに作業をしている、橋を渡って本船に乗船した。無線室に行くと通信長が業者さんと打ち合わせ中だ、おー、次席君か、よろしく頼むよ! 眼鏡をかけた優しそうな顔に少し安心したネ、、 ○○です、よろしくお願いします、、すぐに作業服に着替えて打ち合わせに加わったが、ドッグで無線局の定期検査があるとの事、昼に食堂で乗船の挨拶をした。

 

 

1週間ほど入渠しているが乗下船した乗組員の雇い入れ公認手続きに海運局に行ってきた。船員手帳にしっかりと官庁の雇い入れの公認印が(写真)、 しかーしだ! 通信士の国家試験に合格し無線従事者の免許証は手に入れたがこれだけでは船ではだめだ、、通信の仕事はできるが船舶職員法による船舶通信士ではない、したがって職務は残念だが員外通信士だ、半年間の乗船経歴をつんで今度は海技試験の国家試験に合格しなければいけない、したがって本船はいつまで乗船か解らない、1~2航海になるか、、

 

固定リンク : トラックバック(0)
206おすすめ

2013-05-15

[古い航海日誌 瑞陽丸 ] 就職決まる、、

卒業して二年近くになるが未だ国家試験に合格できない、多くの受験科目の中で二科目が残っている、この二科目が(無線測定、無線機器)私にとって一番の難関なんだが、二年以内に全科目に合格しないと以前に合格した科目合格が無効になり流れてしまう、尻に火がついた状態だ。東京の日比谷に本社がある飯野海運に就職が内定していた、何がなんでも合格しなきゃ、この時ばかりは夢中で勉強したネ、、そして秋の試験で合格することが出来た、この時ばかりは嬉しかった、この時の感動は今でも覚えている。

船員課から乗船命令がきた、11月25日尾道市にある日立造船向島工場にて ”瑞陽丸” に乗船が決まった。北米航路の貨物船だ、 しかーしだ! 合格したが従事者免許証の申請をしなくてはならない、通常は申請しても免許証が手元に届くまで1か月以上はかかる、乗船に間に合わない、、よし、いっちょうやってみるか! 必要書類を揃えて受験地の信越電波管理局(現信越総合通信局)の検定課に行ってみた、事情を話すと担当者は、そう言うことは前例のない事ですから、、、、 と言う。内心、どうせ御役所の言うことだ、 もう乗船命令もきていますし、乗船しなければ船が出港できません! こういう時は少し大げさに言った方が良いんだ、担当者は良いとも悪いとも言わず、ちょっと掛けてて下さい、と一言。30分近く待っていると先ほどの担当者が来て、それでは持ち回りで決済しましたので、、と言って免許証を差し出してきた、内心、なんだ、やればできるじゃん、、丁重にお礼を言って念願の通信士の免許証を手にすることが出来た。

固定リンク : トラックバック(0)
291おすすめ

<< 2017年06月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

TOOLS




ブログランキングに参加中
下のバナーを 
ポチっと押して頂けると
有難いです、 お願い!
   ↓ ↓
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 新潟情報へ

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 大分県情報へ

人気ブログランキングへ





Profile

名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る我が人生、






Recent Comments

お問い合わせ

RSS

RSS2.0

Access Counter

03892280

QRコード