hamさんのひとり言。

昔の話と今の話。

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[古い航海日誌 日正丸②] 宮津出港、尾道の向島ドッグ休暇下船

2017-07-19

京都府宮津市の日本冶金での荷役作業は終わった、停泊中に天橋立見物などに出かけ有意義な3日間だったな。山陰沖から関門海峡を通り瀬戸内海へ、、一年前の11月26日大分県の佐賀関で本船、貨物船 日正丸/JMVY(写真) 1万2千トンに乗船し約11ヶ月ちかくになる、千葉県の君津市の新日鉄の君津製鉄所で鋼材を積みパナマ運河を通り大西洋へ、カリブ海で正月を迎えイタリヤ、アメリカ、メキシコ、カナダ、オーストラリア、韓国、シンガポール、インドネシア、パプアニューギニア、ニューカレドニア、と行き訪れた港は日本、9港、海外16港、合計25港を訪れたことに成る。本船では色々な経験をした、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸を左右に見ながら通ったジブラルタル海峡、イタリヤ、ベニスでの観光、バンカー(給油)で寄ったバンクーバーの綺麗な町、アラスカ、スキャグウエイでの氷河、オーストラリア、タスマニア島ホバートの秋の景色、韓国、釜山での高校野球見物、それと淡い恋?、 シンガポールでの居酒屋、インドネシアの田舎町での戦争がもたらした日本人2世との出会い、南の島ブーゲンビル島での魚釣り、ニューカレドニア、ヌーメアでのバーべキュウ、。南太平洋での台風との遭遇、カリブ海で迎えた正月、南半球での南十字星、など等思い出せばきりが無い、、、
 
瀬戸内海の綺麗な景色を眺めていると色々な事が思い出される、入港した色々な港でそれぞれ思い出がある、午後には広島県尾道市の向かいにある日立造船向島工場沖に到着しタグボートに曳かれてドッグに入渠した、ドライドッグに入り直ぐに海水が排水され大きな本船が船台の上に座った。喫水線から船底まで藻が付いたり、船体もペンキが剥がれたり錆びたり、悪いが、汚ねー船だなー、、1年近く荒海を航海してきた証だろう、、ここ向島工場(写真)は以前に少し在籍した事の有る会社でも来たことがある。坂の多い尾道市は好きな町のひとつだ、又是非訪れて見たい町だな、今は尾道と向島は立派な橋で結ばれているが当時は橋が無く渡船で渡った、もっとも直ぐ目の前なので数分で着いてしまう、、色々と思い出を残してくれた日正丸だが近いうちに海外に売船になると聞いている。交代の次席通信士と交代引継ぎをして翌日おもいで多い日正丸を後にした、、、   有難う、日正丸、、Bon Voyage
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[古い航海日誌 日正丸②] 京都 宮津入港

2017-07-07

九州西岸、対馬海峡、山陰沖、そして若狭湾から京都の宮津港に入港した、約1か月ぶりに日本に帰ってきた。この辺一帯は国定公園で海岸線が綺麗だが、沖から眺める景色も格別ですね。入港して直ぐに官憲、代理店が乗船し、いつもの如く慌ただしく入港手続きだ。こちらで数名の乗組員が交代する、私は尾道の向島ドックで休暇下船だ。通信長は奥さまが訪船しておられるし、翌日天気も良いし入港前より考えていた天の橋立へ行く事にした。途中までタクシーで行き、後は普段の運動不足の事も考え、ひたすら歩くことにした。道路の両側には土産物店が並んでいるが一軒に入ってみた、色々な貝殻が売っているが値段をよく見ると、 なにー!  目を疑う、、、ニューカレドニアの土産店で安く買える貝殻が10倍近くの値段だ、、海岸に行けばいくらでも落ちているような貝殻が1,000円前後もする。乗組員が家に帰って花器にすると言って持ち帰った50-60センチも有る大きな貝の片方、(正式な名前は解らないがみんなシャコ貝と言っていたが)ここの土産店で15,000円で売っている。インドネシアの田舎にでも行けば日本のタバコ10個位と交換してくれる、判っていれば沢山の貝殻を拾って、こちらの土産店に引き取ってもらえばいい稼ぎになるなー、、、丘の上に登り話のたねに自分の股から天橋立を覗いて見た、周りを見渡すと他にも妙な格好をして逆さに股から眺めている人が数人いた(写真)、何処に行くあても無く市内を歩きまわり、夕方に棒のようになった足を引きずりながら船に戻った、、疲れたー!

 
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[古い航海日誌 日正丸②] 下船準備

2017-06-27

順調に航海を続け本船は太平洋から東シナ海に入り京都府の宮津に向かっている、昨年の11月26日に佐賀関で本船 日正丸/JMVY 16,159重量トン(写真)に乗船し11か月になる、本船での生活も残すところ少しになった。宮津でニッケル鉱を下して広島県尾道市の日立造船尾道ドックに入渠し私は休暇下船となる。佐賀の関で乗船し千葉県君津市の現新日鉄住金の君津製鉄所で鋼材を満載し中米のパナマ、イタリアのラベンナ、キヨジヤ(ベニスの横)、アメリカフロリダのタンパ、メキシコのタンピコ、パナマ、アラスカのスキャグウエー、オーストラリア、タスマニア島のホバート、オーストラリア南部のポートピリー、シドニー近郊のポートケンブラ、韓国の釜山、シンガポール、インドネシア、セレベス島のマカッサル、ポマラ、パプアニューギニアのブーゲンビル島、などを廻ってきた。古い本船はスピードも遅く13~4ノットくらいで乗組員も29名と多く楽しいね。通信長と手分けして入港書類の作成にとりかかる、宮津に入港したら天橋立見物にでも行こうと思っている、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 赤道通過

2017-06-17

夜当直が終り風呂に入り、久し振りに湯船にどっぷり浸かり(大体はシャワーだ)あー、良い気持ち! 自慢の海水風呂だ、風呂を出て腰にバスタオルを巻きつけてボートデッキへ出た、誰も見ている人はいないわね 見ているのは満天の星だけだネ、 シャーッ と言う船が波を切って進む音、そしてエンジンの低音の快い響き、どちらを向いても満天の星空だ、南十字星が綺麗に輝いている、左舷にニューアイルランド島の灯台の灯りが見えている、、 
♪ さーらーば ラバウルよー 又来るまーでーよー、、♪ いつも口ずさむ曲だ、この海域ではいつもワッチが終わってからデッキで黙とうするんだが、裸にバスタオル1枚じゃちょっとまずいだろう、、、
赤道を通過してまもなく熱帯低気圧が発生して西に進んでいる、キャプテンの判断で本船はコースを北東方向に変えて北上を続け、小笠原諸島の南、南硫黄島の横を通った(写真)、海抜916メーター有ると言うが岩ばかりの無人島だ、通常の航海ではまず南硫黄島を見る事は無いだろう。今航日本で休暇下船の予定だ、そろそろ下船準備を始めるかね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ニューカレドニア発、京都宮津向け

2017-06-01

そろそろ停泊も退屈してきた、8日間でニッケル鉱を満載し昼食後に出港スタンバイがかかった。出港と言っても何もない、沖に停泊している本船はブリッジのキャプテン(船長)の合図で船首のアンカー(錨)がガラガラと音をたてて巻き上げられる、煙突から黒い煙が出てエンジンが動き始めた。デッドスローアヘッド(前進微速)、本船はゆっくりと動き始めた、30分ほどでサンゴ礁を抜けて外洋に出てフルアヘッド(前進全速)、日本に向かった。ニューカレドニアを出て、バヌアツ共和国のニューへブリデス諸島の西、ガダルカナル島などが有る、ソロモン諸島の西、そしてパプアニューギニアのブーゲンビル島の西、ラバウルのあるニューブリテン島の東を通りここからコースは日本に向けられる。この海域はそんなに大きく時化る事は無い、日本との時差も2時間だし、日本との通信も楽だし、この航路が好きだね、、、夜デッキに出てみると満天の星に南十字星が輝いている、明日にはソロモン諸島沖を通るだろう、一杯飲んで早めに寝るかねー、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 釣り三昧

2017-05-17

古い本船は荷役作業も時間がかかる、早くて1週間はかかるが、天候などにより10日くらいかかる事もある。午前中は無線室の掃除、整理、機器の点検整備、FAX受信などが主で、あとはお茶タイムだ。10時過ぎになるとキャプテンが決まって、どうですか! と言って無線室に入ってくる、一緒にお茶だな。昼食を食べて部屋に帰り少し読書、日記などを書いていると眠くなる、ちょっと昼寝タイムだ、目が覚めて無線室でFAX受信、などをしているとボートデッキでゴルフの練習をしていたキャプテンと通信長がやって来て又お茶タイム、お茶が終わるとデッキに出て裸で日光浴をしたりデッキで釣りをする、これがけっこう釣れるんだ、5時に夕食を食べてからは麻雀をするか、又デッキで釣りだ、、、
 
日曜日チョフサー(1等航海士)が救命艇(写真)の試験を兼ねて沖釣りに出かけると言うので仲間に入れてもらい7人でオニギリを持って釣りに出かけた。リーフの中なので波も無く最高だ、水は澄んで海底が見え、たくさん泳いでいる魚が手に取るように見える、魚の前に糸を垂らすがなかなか食いついてくれない、海水が澄んでいて見えるのが釣れない原因のようだ、ポイントを何度か移動してちょっと深いところへ移動すると、今度は入れ食い状態、ヒラアジ、クロダイ、などなど熱帯魚のように綺麗な魚もたくさん釣れたが食べる気がしない、午後の2時過ぎに本船に戻ったが大漁だ、司厨長に頼んで刺身にさばいてもらい、夕食時29名の乗組員の胃の中へ、、、旨かったー!
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[古い航海日誌 日正丸②] ヌーメア出港、積地テオディ行き

2017-05-04

ヌーメアの町に上陸しバーベキューを楽しみ、デパートで買い物もしたし夕方通船で沖に停泊している本船に戻った。今航の積地はニューカレドニア西岸の北部にあるテオディだ、夜中にヌーメアを出港し、明け方、明るくなるのを待って外洋からパッセーシを通りサンゴ礁の中に入り積地のテオディの沖合に到着しアンカーを降ろした。本船は荷役設備が古いため、荷役作業に1週間から10日くらいかかる予定だ。当社にはニューカレドニア航路のニッケル鉱専用船が本船を含め3隻あるが他の2隻はクレーンを搭載した最新鋭の専用船で本船よりも倍くらい大きい船だが荷役作業は4~5日で終了するが本船はウインチのため時間がかかる。アンカーを降ろすと間もなく陸からボートで荷役の関係者、シッパーなどが乗船し荷役の打ち合わせが始まった。ニッケル鉱を積んだ艀をタグボートが曳いて艀を本船に横づけし荷役が始まった。退屈な日が始まるねー!
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[古い航海日誌 日正丸②] ニューカレドニア ヌーメア観光 ②

2017-04-21


海岸でのバーベキューを楽しみ駐在員が手配してくれたバスでヌーメア観光に出かけた。フランス領ニューカレドニアの首都であり最大都市のヌーメアはニューカレドニア本島南部の半島に位置する。南太平洋で最も都市化、産業化された街のひとつと言われている。メラネシアやポリネシアの多くの島からの出稼ぎや移民も多い。首都といっても小さな町だ、車で数十分も走れば端に行ってしまう。バスで高台に行ってみると、それは素晴らしい景色で圧倒される(写真)、何と言っても海の色がちがうね、高台には錆びついた旧日本軍が設置した高射砲が残っている。白い建物にアンテナ群が見える、あれは何だ? 近くに行ってみると毎航通信する Noumea Radio/FJP だ、、、
 

市内の中心部に戻り帰りの通船まで時間があるのでデパートに行ってみた、酒類は船で注文しているので特別に買うものはないんだが、フランスのシャネルの化粧品の香水などを数本買ってみたが特別にあげる人もいないんだがね、、、公園のベンチで掛けているとポリネシア系の現地人の女性2人が寄ってきて、ヤポン? ときた、 シー! と言うと、カメラで写真を撮ってやるか? と言っているようだが、フランス語でチンプンカン、、、一枚撮ってもらい、ついでに二人の写真を撮ってあげると大そう喜んでいた、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ニューカレドニア ヌーメア ①

2017-04-13


通船で20分ほどでヌーメアの岸壁に着岸した、他に大型の外航船が1隻、荷役作業をしている。当社のヌーメア駐在員が手配してくれたマイクロバスで海水浴場の端に到着した。海岸線には欧州風の高級ホテルが建ち並び、海岸ではビキニ姿の観光客が泳いでいる、ハワイのワイキキ海岸のように観光客がたくさん泳いでいるのと違い、のんびりと高級リゾート地の雰囲気だ、そんな中で我々は、、、、ちょっと場違いな一団に見えるがね、、駐在員が手配してくれた食材でバーベキュウだ、心地よい海風に吹かれて、綺麗な女性のビキニ姿を眺めてのビール、これは最高だわ!!  酔い覚ましに海水パンツに着替えて泳ぐ人、私はビールを飲んで景色を眺めたほうがいい、、、
航海中はそれぞれ当直時間が違うので一緒に飲みかわす事はない、すっかり上機嫌になり、こんどはバスで観光に出かけた、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ニューカレドニア ヌーメア入港

2017-04-03



日本を出て12日目に南半球の天国に一番近い島、フランス領ニューカレドニアの首都 ヌーメアに入港した。以前に佐賀関丸に2回乗船しニューカレドニアには6~7回は来ているが約1年ぶりのニューカレドニアだ。日本の四国くらいの大きさでフランス領の島だ、従って言葉はフランス語を使っている。首都のヌーメアで入港手続きをして積地に向かう、サンゴ礁のパッセージを通りヌーメアの港に入ってきた、古い写真で写りが悪いが入港前の灯台だが真っ青な海に白い灯台が映える、、、南半球は日本と反対で冬が終わりこれから春だが年中夏のようなもんですね、、、
 

今航は積み地に向け夜の出港となるため、当直者を残して上陸し海水浴場でバーべキューをする事になった。上陸するため通船から本船を眺めると、ペンキが剥がれ気の毒な感じだが荒海を1年近く航海してきた証だろう(写真)、今航日本に帰りドッグに入渠予定だ、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ボトルシップ作り ②

2017-03-20

ボトルシップ作りは焦ってはだめだ、凪で船が揺れていない、気分がのっている時に作業にかかる、朝起きて昼食に行くまでか、夕食後のせいぜい30分から1時間くらいで止めることにしている、今回は乗組員からもらったサントリーレッドの空瓶と私が飲んだハイニッカの空瓶の2本を使った。船体と船台が完成し塗装も終わり帆の作成に取り掛かった、帆は私はガーゼを使い、それにセメダインを塗りパリパリに固めるわけだ、船体には帆やマストを建てる時に使う糸やロープの糸を通す空間を作っておく。船体は外れないように強力な接着剤で空瓶に固定する。瓶の口から長いピンセット、自作の工具を使い糸を付けたマストの竹ひご3本を入れ船体の中を通し、船尾の穴から出した糸を引いてマストを立て、糸を船尾の穴に接着剤で止め、残った糸は針金の先にカッターの刃を付けた工具で切断する。後は外で帆を加工して、丸く瓶に入る太さに丸めて空瓶に入れてピンセット、工具でマストに接着剤で止める、、船尾から出ている不必要な糸を切断し、穴を埋めて塗装し完成だ(写真)、、。市販で売られている品は瓶をカットしてある物が多いね、、、たくさん作ったが、ほとんど他人にあげてしまい残っているのは実家に一個あるだけだ。仕事をリタイヤーしてサンデー毎日にでもなったら又挑戦してみたい気もするがね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ボトルシップ作り ①

2017-03-13

寝ても起きても360度なにも見えない、見えるのは真っ青な海だけだ、、以前に佐賀関丸に乗船時に甲板部のTさんからボトルシップの作り方を習い10個くらいは作った。全てジョニーウオーカー(スコッチウイスキー)の空瓶を使った、この空瓶は入口と本体の部分の径の差が少ないため比較的に作るのが容易で初心者向きだ。乗組員の一人がサントリーレッドの大びんのウイスキーを飲んでいたので飲み終ったら空瓶をビール1本と交換してもらう事で話が付いていた。そのウイスキーが飲み終えたと言う事で空瓶を頂きさっそくボトルシップ作りに取り掛かった。特別な工具は必要ない、カッターナイフに自作で作った工具が数種類だけ、材料も特別なものは必要ない、セメダイン、ガーゼ、竹ひご、塗装に使うペンキ、あとは無線室にあるものを活用するだけだな、、幸いに小さいころから手先は器用な方だ、なにせ瓶の中で組み立てるわけだ、結構ねばりと根性が必要だな、、、当直中の手が空いている時に船体を作る材木削りから始めサンドペーパーで綺麗に磨き赤と白のペンキで塗装する、、船体の出来上がりだ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 乗組員に嬉しい知らせ

2017-02-28

舞鶴のドッグを出港して6日目、グアム島の遥か西方海上をフランス領のニューカレドニアに向け順調な航海を続けている。昼食を済ませて午後のワッチ(当直)をしていると、オヤジさん(司厨手、コックさん)が珍しく無線室に入ってきた、次席さん、私んとこに電報来ていませんかね! 今のところ電報はありませんが後20分くらいで銚子無線局/JCSの一括呼び出しがありますからお茶でも飲んで待っててください、、オヤジさんの奥さん、今回が初めての出産予定で予定日を過ぎているんだが心配で仕事が手に付かないんだとの事、、私は独り者だがその気持ちわかりますね、、お茶を飲みながら一括を聞いていると、 ・---  --  ・・・-  -・--  (JMVY)  本船に電報がありますね、 16Mhz で銚子無線局とQSO(交信)し電報を受信した。 オヤジさん、解りましたか? そんなの解るわけないじゃないですか! おめでとうございます、無事女の子が生まれて母子ともに元気だそうですよ、、あの嬉しそうな顔は今でも思い出される、  しかーしだ! こう言う知らせばかりではない、知らせたくない電報も来ることがある、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 舞鶴出港、ニューカレドニア行き

2017-02-17

思いもかけず舞鶴でのドッグ入渠中の3日間は大阪の兄のところに行ったり、映画を見たり、舞鶴の街をぶらぶらと観光めぐりと、久しぶりにのんびり過ごすことが出来た。ドッグでの修理が終わり午後ドッグをはなれ南半球の天国に一番近い島、フランス領のニューカレドニアに向かった。ニューカレドニアは以前も佐賀関丸で何回も行っているが約1年ぶりになる。翌日の朝、関門海峡(写真)を通過した。午後に佐賀関沖を通過だ、日本鉱業佐賀関精錬所の煙突が懐かしい、昨年の11月下旬に佐賀関町で本船に乗船し約10か月ぶりになる、今航はニューカレドニアでニッケル鉱を積み京都の宮津揚げとなる、との後、広島県尾道市の日立造船向島工場に入渠し休暇下船の予定だ。ここ豊後水道は瀬戸内海の石油基地に向かう大型のタンカー、貨物船、そして関門海峡に向かう貨物船、内航船、そして漁船など多くの船が行き交う、房総半島沖から秋田、敦賀、舞鶴、そして関門海峡、豊後水道、と約2週間、日本近海にいた事になる。豊後水道を過ぎると間もなく水の子灯台を通過した、右舷に九州の島影、左舷に四国の島影がのぞめるが、段々と島影も薄らぎ間もなく島影が見えなくなった。日本とも1か月のお別れだ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 敦賀出港、舞鶴ドッグへ

2017-02-07

敦賀での荷役作業が終わり推進器(ペラ)の修理のため急きょ近くの日立造船舞鶴工場に向かった、数時間でドッグの沖に到着、直ぐに造船所のタグボートに曳かれてドライドッグに入り門が閉じドッグの海水が抜かれ本船は船台の上に横たわった。修理に3日間ほどかかるとの事だが今回は甲板部の一部が船に残り他の乗組員は一応休みとの事で大部分の乗組員は家に帰ったようだが、私は待っている人もいないし大阪にいる兄のところに行き一晩お世話になってきた。

 
こちらのドッグは戦前は海軍工廠であったようだ、今も海上自衛隊舞鶴基地があり町には制服を着た自衛官の姿を良く目にする、又一度は海上保安官も夢見て受験した海上保安学校もある。暇つぶしに一軒の映画館に入り映画を見たが何年ぶりの事だろう、、「岸壁の母」でお馴染みの東舞鶴に行ってみた、子供のころラジオのニュースで軽快なメロディーが流れた後、ソ連のナホトカから帰国船 ”興安丸” (写真)が舞鶴に入港したニュースをよく聞いた。20年前興安丸が入港したであろう岸壁に立って沖を眺めると岸壁で息子の帰りを待つ「岸壁の母」の主人公 「端野いせ」 さんの姿が目に浮かぶようだ、、そしてその足で引揚記念公園へ行き見学した。


岸壁の母    唄 : 二葉百合子
 
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 敦賀入港、嫌な税関

2017-01-27

推進器(スクリュー)のトラブルでスピードが出ず半日遅れて福井県の敦賀に入港した。日本に帰り2港目となるため入港手続きは無く代理店が乗船し荷役の打ち合わせ、荷役終了後、急遽舞鶴のドッグに入渠するためドッグの関係者も乗船しキャプテン、チョフサー(1等航海士)は忙しそうだ、2晩ほど停泊するが無線部は大した仕事も無い、私は大阪にいる兄のところにでも久しぶりに遊びに行く予定にしている。部屋で大阪へ行く準備をしているとボーイさんが慌てて、税関が二人来ました! なに、税関が何しに来た? 通信長に連絡、サロンに行くと書類の確認とストアーの確認に来たと言う、(秋田に入港時、酒、タバコなどの免税品を規定量いがいストアーに保管し、税関が封印していく)敦賀港あたりは外航船が滅多に入港しないため早い話が、遊びに来るようなもんだ、通信長が酒を二本準備してくれ、との事でボーイさんに話し、スコッチウイスキーのジョニーウオーカーのブラックラベル、ジョニ黒(写真)を持ってきてもらい、わざわざ税関から見えるところに置いた、税関がチラッと見たのを確認した、シメタ! ごちゃごちゃ言われないためのお土産だ、帰る時にタラップまで送り、二人のうち上司と思われる税関に、一本飲んでください! と差し出すと、 いやいや、それは困ります! と言うがなんの事は無い、周りをチラッと見て、口とは反対に手でカバンを開いている、、参ったね! 
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[古い航海日誌 日正丸②] 秋田出港、アクシデント

2017-01-16

秋田での荷役作業が終了し次の揚げ地の福井県の敦賀へ向けて出港した。停泊中の遊び疲れでワッチが終わるとシャワーを浴びて爆睡だ、いつもと違う状況にハット目が覚めた、船の振動がすごい、何だ! ちょうど船が衝突を避けるためアスターン(後進)をかけたのか? 慌ててポールドのカーテンを開けて外を覗くと、それらしき光景ではない、本船は走っているようだ、しかしいやにスピードが遅いなー、 着替えて無線室に上がると通信長が、秋田を出港して間もなく枕木(水中に沈んでいる材木)をペラ(推進器)が引っかけ、ペラが破損し曲がったのだろうとの事だが、そのためスピードが出ず振動しているらしい。敦賀での荷役が終了したら舞鶴のドッグに入渠するようだ、との事だ、内心、シメタ!! ちょうど日本海の新潟県沖を航行中で、ここから3~4時間も走れば直江津に入港できるんだがね、能登半島を周り敦賀へ向かう、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 秋田の夜

2017-01-07

秋田港での荷役も始まった、午前中は無線室で機器の手入れ、書類の整理などをして過ごし、午後は昼寝と散歩がてら街に出てみるが特別に用事もない、航海中の酒のおつまみは敦賀で購入予定だ。夜はまた上陸して昨日のキャバレーに行くかな、、今日は一人で行く予定だ、あまり早く行ってもお金がかかるだけだ、夕食後レクレーションルームで乗組員の麻雀を見学して、シャワーを浴びて部屋にいると通信長が入ってきた、何だ、次席君まだいるのか、早く上陸しなきゃ! 着替えてタクシーを拾い歓楽街に向かった。キャバレーT に入り昨日の和服の女性を指名すると間もなくテーブルにやって来た。ステージでは何かショーをやっているがあまり興味が無いね、綺麗な女性で人気があるんだろう、時々席を外すと違う女性が席に着く、着物の女性が戻って来て、お店が終わってからラーメンでも食べに行きませんか! と誘われ内心、いいね、いいね、シメタ、、?? キャバレーを出て指定されたラーメン屋でビールを飲んで待っていると暫くすると女性が入ってきた、しかーしだ! もう一人、若い女性も一緒じゃないか、 ○○ちゃんも一緒に行きたいと言うから連れてきた! 内心、一人で来るんじゃないのかよ、 結局三人でラーメンを食べて、勘定は勿論こちら払い、  おとなしく船に戻り寝るか、、タクシーを拾い船に戻ったが午前さまだ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 1か月ぶりの日本、秋田入港

2016-12-26

1か月ぶりに見る日本の島影だ、三陸沖を北上、そして津軽海峡だ、本州最北端、大間崎、右舷に北海道、左舷に本州青森県だ。竜飛崎を通り日本海へ、そして日本海を南下し秋田港に入港だ、直ぐにタグボート2はい(2隻)が本船と並走し岸壁に着岸した。岸壁では代理店と官憲が待っていて直ぐに乗船してきて入港手続きが始まった。例により目が回る忙しさだ、ここで7名の乗組員が交代する、秋田港では半分の鉱石をおろし、残りは敦賀の2港揚げとなる。荷役作業は翌日からと言う事で夕食後、サードオフィサー(3等航海士)とボーイさんと一緒に上陸した。時間も少し早いし、まず一軒の居酒屋に入り軽く一杯やりながら時間調整だ、店を出て歓楽街を歩いているとすれ違う女性は美人が多い、さすが秋田県だと実感する、キャバレー T と書いた大きな看板が目に付いた、ボックスに案内されると、着物が似合う中年の美人女性と若い女性がついた。二人ともなかなかの美人だ、途中から若い女性が一人増えて女性が三人になった。2時間ほどそれは楽しかったネ、又明日もある、今日はこれで帰るかね、、と言いう事で3人でラーメンを食べ午前さまになる前に船に戻ってきた、
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[古い航海日誌 日正丸②] 入港準備

2016-12-18

伊豆諸島の東方沖を北上し秋田に向かっている、入港書類の作成にかからないといけない、通信長と手分けして作るんだが大部分は私がやらされる、、昔はパーサー(事務長)が乗船して書類を作成していたが今は合理化で事務部が作成する事になっている、海上が凪の時は良いんだが時化ている時は大変だ、今のようにパソコンでもあればいいんだが、当時はそんなものは無い、タイプライターとカーボン紙を入れて手書きだ、、船が揺れるときはタイプは使えない、それでも走っていれば入港するので間にあわせなければいけない、船が揺れている時は思考力も鈍る、厳しい通信長と一緒のときは少しでも間違っていると、いや、間違っていなくても、タイプした字が1字ずれていても、赤い色鉛筆でせっかく作った書類一面に赤線を引かれる、、、 私の印を押すと言う事は私が作った書類に成るんだよ、、やり直し! とくる、、でも今の通信長は余りうるさい事は言わない、いいのか悪いのかねー、、
 
夜のワッチ(当直)が終わり、バスルームに行くと今日から浴槽に入っている水は、いつもの海水から清水にに変わっている、おー、いいね、いいね! どっぷりと湯船に浸かる、海水風呂も体が温まりいいんだが、やっぱり清水は気持ちが良い。シャワーを浴びて スナック日正丸 の開店だが、日本で沢山買い込んだオツマミもだいぶ減ってきたが、今日はちょっと豪華に薄くきざんだ玉ねぎに熱湯をかけ、マヨネーズをたっぷりと振りかけオニオンスライスの出来上がりだ、あとはサバの水煮の缶詰だね、、まずは缶ビールを一缶ググッと飲み干す、そして愛用のニッカ G&G をロックで2杯、あまり強くないhamさん、いい気分になってくる、、さー、入港したら秋田美人が待っているね!!  
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[古い航海日誌 日正丸②] 洋上のジョギング

2016-12-08

本船は北マリアナ諸島の西方を秋田に向け順調に航海をしている。船の夕食はワッチ(当直)の関係で4時半から5時半までだ、夕食を済ませデッキに出てみると真っ青な海に白い航跡が延びている、綺麗だなー! 写真でも撮ろうと部屋に戻りカメラを持ってくると、おやじさん(コックさん)がデッキで一服している、ついでに一枚パチリ撮ってもらった(写真)、、、そうだ、久しぶりに走ろうか、、船上では運動不足になりやすい、少しウネリがあり時々かるいローリング(横揺れ)があるが気を付けて走れば問題が無いだろう、軽く運動をして船上をぐるりと1周すると200メーター以上はあるだろう、6周したが良い汗をかいた、シャワーを浴びてソファーにひっくり返り暫く休み、8時から又ワッチだ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] エンジントラブル 漂流中

2016-11-29

ブーゲンビル島を出て2日目、なんかいつもと違う状況に目が覚めた。んッ、俺は今どこにいるんだろう? はっと我に返った、エンジンが止まっているじゃん! カーテンを開けてポールド(窓)から外を覗くと漂流している、慌てて着替えてブリッジ(船橋)に行くとサードオフィサー(3等航海士)とクオーターマスター(操舵手)がお茶タイムだ、美味しいコーヒーを入れていただき肩ふりだ(船乗り言葉でお喋りで暇つぶし)、エンジントラブルで先ほどから止まり修理に2~3時間かかるそうだ。北緯4度 東経153度、モートロック諸島の西方沖だ、、ウイングに出てみるとレーダーマストに国際旗流信号の D 旗(本船を避けよ、本船は操縦が困難)が揚がっている、(写真上)は G 旗(本船は水先人がほしい)だ。レーダーを覗くと20海里くらい先に船影がある、ウイングに出て双眼鏡を覗いていると、きたきた、、 水平線に船のレーダーマストが見え始めた、段々と船の下の部分が見えてきた、、嘘のようだが地球が丸いと言う事を実感できる、それにしても早い船だなー、、近くに来てみると客船だ、本船は13ノットそこそこ、恐らく20ノットくらいで走るだろう、日本の1万トンくらいの客船 さくら丸 だ(当時は国際見本市船として航海していた)コースからしてオーストラリアかニュージーランドに行くんだろうか、さーて、昼食を食べてワッチだ、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] ブーゲンビル島発、日本向け

2016-11-21

上陸してもジャンブルのようなところだ、退屈な毎日だが午前中は無線室で機器の点検、整理などで過ごし午後は釣りか昼寝で過ごす。いつも午後から1時間くらいの釣りで結構釣れた、すべて夜の一杯のおつまみになる。8日ほど停泊した本船は、アンカー(錨)がガラガラ音をたてて巻き上げられエンジンが動き始め本船も少しずつ動き始めた、段々と速力が増し銅鉱石を満載しブーゲンビル島を離れ日本に向かった。もうこの島に来ることは無いだろう、段々と薄れてくる島影に向かい黙とうを捧げた。午後のワッチ(当直)で銚子無線局/JCSにQTCだ、さっそく銚子無線局を呼び出し電報を受信すると本社からだ。本船の揚げ地は秋田と敦賀の2港揚げと連絡が来た。秋田か秋田美人だな、楽しみだねー! やっぱり航海中の方が落ち着くね、明日には赤道を通過するだろう、夜ワッチが終わりデッキに出てみると満天の星だ、海上でしか味わえない光景だろう、左舷にはパプアニューギニアの島だろうか、灯台の灯りが見えている、さー、一杯飲んで寝るかね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 退屈な毎日、釣り三昧

2016-11-11

入港して3日もすると退屈でしょうがない、外では赤道直下のジリッジリ焼け付く暑さの中で銅鉱石の積み込みが行われている。我が無線部は停泊中は当直は無いし機器の手入れ、ストアーの整理などをして過ごすが共同通信社のJJCをFAX受信し娯楽室に掲示する、日本を出港すると情報が入手できない乗組員にとって楽しみの一つになる。局長、10時ですからお茶にしますか! 二人でソファーでお茶タイムだ、暫くするとキャプテンが無線室に入ってくる、 どうですか! いつもの口癖だ、キャプテン、コーヒーにしますか、日本茶にしますか? するといつも、両方! とくる。通信長とキャプテンが二人揃うとゴルフの話になる、勿論上陸してもゴルフ場なんてのは無いし練習場も無い。どうやら二人は午後から上陸して海岸の砂浜でゴルフのバンカーの練習をする事で話がまとまったようだ。私は午後から通信長とキャプテンが上陸したのを見届けて部屋で昼寝、、
1時間ほど昼寝をしてデッキに出てみるが 暑いねー! 反対側に回ると日陰で多少はましだ、誰の持ち物か解らないが釣竿が2~3本置いてある、勝手に使って釣り糸を垂らし30分ほど待つがちっともあたりがこない、だめだこりゃ、部屋で週刊誌でも読むかな、、リールを巻き始めると、ググっと大きなあたりが、、必死にリールを巻くが、こりゃかなりの大物だな?? 時間をかけて慎重に巻き上げると海面に魚の影が見えてきた、何だこりゃ、でっけーなー! 鯛のようだが鯛とは違うな、、直ぐにギャレー(調理場)に持っていくと丁度、司厨長と親父さん(コックさん)が夕食の支度をしている、おー、ヒラアジじゃない、これは最高ですよ、、あとでさばいておいてやるよ、、船の夕食は早い、5時から夕食を食べていると通信長が、次席さん、大きなヒラアジを釣ったそうじゃないか、まさか一人で食べるなんて事はしないよなー、、すると、キャプテンが、麻雀が終わったら私の部屋で一杯やるかね、サロン、支度をしておいてな!ボーイさんにたのんでいる、こりゃえらいことになったなー、、麻雀が終わりキャプテンの部屋で3人で一杯会だ、司厨長がヒラアジの刺身、チーズなどで作ったおつまみを持ってきて一緒に加わった。キャプテンの部屋は我々の部屋の何倍も広い、バスルーム、トイレのほかにベッドルーム、デイルームには大きな机と応接セットがでーんと置かれている、、やっぱり美味しいねー! 
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[古い航海日誌 日正丸②] ブーゲンビル島入港

2016-10-31

赤道を通過して2日目に本船はパプアニューギニアのブーゲンビル島に入港した、入港と言っても港がある訳でもなく、ただ湾の中にアンカーを降ろすだけ。穏やかな湾は吸い込まれそうな不気味な青が印象的だ、陸を見ると一面が森林で、ひときわ高くそびえている山、バルビ山(3,100メーター)が目に付く。ここは先の第2次世界大戦でブーゲンビル島沖海戦、ブーゲンビル島沖航空戦が行われ、たくさんの若き命が散ったところだ。連合艦隊司令長官、山本五十六大将が戦死された島だ。湾の中を見渡すと先の大戦で沈没したと思われる船の船首部の一部、マストなどの不気味な姿が海面に顔を出している。島や近海には多くの方々が眠っている、祖国の為に散った人々を偲びデッキからそっと手を合わせ黙祷をした。島には世界最大のパングナ銅山が有るが、これが元で何回か内戦が起こり悲劇を生んだ島である。アンカーを降ろして待つこと3時間、官憲、代理店がボートでやって来た。なんとまーのんびりしたところだ、入港手続きも無事終わったが荷役作業は明日からだと言う。1週間は停泊するだろう、我が無線部は当直もないし何をして過ごそうか、上陸しても何もないし、釣りをするくらいだろう、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 退屈な毎日

2016-10-22


日本を出て4日目になり、そろそろ退屈になってきた。10時前に目が覚めるが起きるにはちょっと早いしベッドで週刊誌を1~2冊読みあさる、11時にようやくベッドから起き上がり着替えて洗面を済ませ下のサロン食堂へ行き昼食だ。昼食はいつも12時からワッチ(当直)に入るセコンドオフィサー(2等航海士)、セコンドエンジニアー(2等機関士)と3人で食事を食べる。食事が終わり部屋に戻るとボーイさんが綺麗に部屋を掃除してベッドメーキングをしてくれる(写真)、有難いね、、12時に通信長とワッチを交代する、サロン士官(船長、機関長、通信長、1等航海士、1等機関士)は12時から食事だ。当直中にポールド(窓)を覗くとキャプテンがボートデッキでゴルフの練習だ、紐のついたボールをネットに向かい打っている、あんな紐の付いたボールを打って何が面白いかね? その後風呂に入りブリッジ(船橋)に上がって行き3時になると正確に決まって、 どうですか? と言って無線室に入ってくる、 こっちはいつもその時間になるとポットでお湯を沸かしておく、、キャプテンちょうどお湯が沸いたところです、、30分ほどお茶を飲みながら世間話だね、キャプテンは瀬戸内海の○○島の出身で、口は悪いが気持ちの良い船長だ。
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[古い航海日誌 日正丸②] 苫小牧出港、パプアニューギニア行

2016-10-14

停泊中は夜になると上陸し遊びに出かけたが、もうお金も無くなったし最後の夜は船でしょんぼりと過ごすかね、、テレビを見ていると通信長がレクレーションルームを覗き、次席君、なんで上陸しないんだい? 上陸したいんですがお金がないんです! バンス(前借)すればいいじゃないか、幾らでも出すよ! と言う事でその気になり、止せばいいのにお金を前借して上陸した、、そして午前様だな、、、
本船は4日目の朝苫小牧を出港した。行き先は全く予想外のパプアニューギニアのブーゲンビル島だ、今度は赤い泥のニッケル鉱ではなく赤い鉱石の銅鉱石を積みに行く、本当はヨーロッパのフランスかドイツあたりに行きたかったがね、、まーパプアニューギニアのブーゲンビル島は行ったことがないし話のタネに良いかね。下北半島を廻り三陸沖を航行していると北海道と京浜を結ぶ大型カーフェリーとすれ違った、夜デッキに出ると右舷に灯りが見えるが金華山あたりだろうか、コースを南南東にとり南下していく。夜の当直が終わり、さすがに停泊中の遊び疲れでさっとシャワーを浴びてバタンキューだ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 苫小牧入港、1か月半ぶりの日本

2016-10-05

北海道の苫小牧沖に着いた、工場の煙突、石油タンクなどが見える。すぐにパイロット(水先案内人)が乗船し1時間ほどで着岸した。すぐに税関が乗船し通関手続きが始まった、パッセージ(廊下)に乗組員の通関するお土産品を並べて置いてあるんだが携帯品リストと付きあわせチェックするのに立ち会うわけだ。入港手続きが終わり、消耗品、事務書類などどっさりと届き、それを各パートごとに分けたり目の回る忙しさだ。夕食後無線室で書類の整理をしていると甲板員のN君がやってきた、次席さん、上陸しないのかね? 未だ仕事が残ってて上陸できないんだよ、、じゃ、待っててやるよ! 内心、俺に飲み代を出させるつもりだろう、、、二人で一軒のすし屋に入ったがやっぱり旨いね、その後二人でキャバレーに行った、小さなウエイトレスが10人くらいの店だ、他にお客が二人、これじゃもてるわね、、ふところが心配になりましたってー、午前様の前に船に戻り一日目終わった、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 入港準備

2016-09-21

房総半島を通過し三陸沖を北上している。入港前になると事務部は入港書類の作成だ、今航はシンガポール、インドネシアのマカッサルに寄港しているので乗組員がお土産品をたくさん買っている、乗組員に申告してもらい、それに基づいて携帯品リストを作成する。今のようにパソコンがあれば楽なんだがね、カーボン紙を入れて手書きやタイプライターで作成する。免税の酒、タバコの入港後の許容量以外はストアー(船倉)に保管し税関が封印するんだが、乗組員から集める、などなど結構大変だ。夕方までに全て入港準備は完了した、明朝には苫小牧沖に到着予定。夜デッキに出てみると左舷に東北の岩手県だろうか灯りが見えている、1か月半ぶりの日本だ。ワッチが終わり風呂にどっぷり浸かり部屋で恒例の一杯だが今夜は少しで終わり早めにベッドに入ったが久しぶりの日本入港前で興奮してなかなか寝付けない、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 台風一過、遭難訓練

2016-09-13

心配した大型で強い台風は奄美諸島から東シナ海に入り朝鮮半島に向かっている、台風一過、本船は台風の通過した後を航行し伊豆諸島近海まで北上してきた、海上はまだ少しウネリが残っているが真っ青な海面に本船の航跡が白く残っている。昼食の終わった通信長が無線室に来て、午後遭難訓練があるそうだから救命艇用ポータブル無線機を準備しておくように、、、 内心、何でこんな時に遭難訓練なんてするんだよ、、ジージージージー、暫くして船内の非常ベルがけたたましく鳴り響いた、当直以外の乗組員は直ちに右舷ボートデッキに集合せよ! さっそくポータブル無線機を持ち、通信長は非常持ち出しの書類関係を持って出てきた。チョフサー(1等航海士)の指示で甲板部の乗組員が右舷の救命艇(写真)を降ろす準備を始めた、今日はウネリがある為、救命艇は海面まで降ろして訓練終了だ。私は救命艇用の無線機を出しホイップアンテナを延ばしハンドルを回してもらい小さな電鍵で試験電波の発射だ、よし、異常なし! その旨ログブック(業務日誌)に記入して終わり、しかーしだ! 遭難した時に荒れる海の救命艇の中でこんな事できるかねー、、あと2日で苫小牧に入港だ、久しぶりに風呂は海水風呂から清水風呂になった、夜のワッチが終わり、どっぷりと湯船に浸かりバスタオルを腰に巻きつけデッキに出ると伊豆諸島の島だろうか、灯台の光が見える、、さーて、一杯やるかね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 台風接近で大時化

2016-09-04

ドドーン、、振動と激しい揺れで目が覚めた、、本船はニッケル鉱を満載しているためゴロゴロと良く揺れるし、風も強いためしぶきが容赦なく船体にぶち当たる、こんな大時化は久しぶりだなー。軽い船酔いで頭が重いし食欲もない、陸上にいれば会社に電話を入れて、今日はちょっと体調が悪いので休ませていただきます! で済むんだが船はそうはいかない。顔を洗って着替えて食堂に行くがこの時化では司厨部も手の込んだご馳走は作れない、こういう時はお茶づけが一番いい。午後から通信長と変わりワッチに入り天気図を受信すると台風は本船から約250マイルくらいの海域にあり北西に進んでいる、、キャプテンが食事を済ませ上がってきた、次席さん、天気図わできたかね? 天気図を見て、コースを少し変えるか! ブリッジに上がって行った。時化で本船のスピードも出ないので本船の進路を少し東に変えて台風が過ぎた後を行くようだ。ポールド(窓)を覗くと時化も段々とひどくなってきているようだ、10メーター近くもある大波が容赦なく本船にぶち当たる、そのたびに、ドドドーン、、船体が壊れるんじゃないかい、不安になる。ワッチが終わりレクレーションルーム(娯楽室)を覗くと、いつもは2卓ほど動いている麻雀卓だが流石に麻雀をする人はいない、部屋に戻りベッドにひっくり返るが8時から又ワッチだし寝るわけにいかない、読み終わった週刊誌を読み返し時間をつぶすが、明日いっぱいは大時化が続くだろう、嫌な商売だねー!
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[古い航海日誌 日正丸②] フィリピン沖を北上、台風が、

2016-08-27

目が覚めると本船は少しローリング(横揺れ)している、ベッドから起きてポールドのカーテンを開けて外を眺めると左舷に島影が見えているが海はウネリがある、起きたついでに洗面を済ませ、昼食には少し早いし、ソファーに横になり一度読んだ週刊誌を読みかえし暇つぶしだ。昼食を食べてワッチに入り銚子無線局/JCSの一括呼び出しを聞いていると本船が呼ばれた、そしてFAXで天気図を受信していると 何! フィリピンの当方海上に台風が発生して北西に進んでいるではないか、こりゃまともにぶつかる可能性があるなー、天気図をブリッジに持っていき、銚子無線局/JCSにQTC(電報がある)だ、銚子無線局とQSO(交信)し電報を受信すると本社からだ、本船の揚げ地が苫小牧に決まった。ちょうど食事が済んだキャプテンが階段を上がってきたので電報を渡し、キャプテン本船の東方に台風が発生し北西に進んでいるようです! 夜になると本船の揺れも大きくなってきた、久しぶりの時化で気分が冴えないね、、夜のワッチが終わり久しぶりにブリッジに肩を振りにいった。セコンドオフィサー(2等航海士)は広島商船出身だ、クオーターマスター(操舵手)がいつものようにコーヒーを入れてくれ2時間ほど肩を振りシャワーを浴びていつものように軽く一杯飲んでベッドに入った、、、明日は大時化になるだろう、、
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[古い航海日誌 日正丸②] レイテ島沖を航行中

2016-08-19

インドネシア、スラウェシ島のポマラを出港しセレベス海を北上しスル諸島の間を通過してスル海に出た。ジリジリと焼きつく灼熱の太陽がふりそそぎ、真っ青な海に本船の白い航跡が残る、コースを北東にとりフィリピン、ミンダナオ島の北側を航行しボホール海を通り太平洋に抜けるコースだ。夜になると右舷左舷に灯台の灯りが見える、ボホール海に入りレイテ島沖だ、ここは第二次世界大戦の海戦が行われた海域だ、デッキに出てそっと黙とうを捧げた、右舷の遥か先は研究室にいた頃、実験で乗船した日永丸で入港したブトゥアンがある、懐かしいねー、、ワッチ(当直)が終わり、久しぶりにサードオフィサー(3等航海士)と一杯さ、日本で司厨長に頼んで玉ねぎを個人用に買ってもらいチャンバー(業務用の食糧などを保管する大きな冷蔵庫)に保管してある玉ねぎを持ってきて薄くスライスして熱湯をかけ鰹節をかけ醤油またはマヨネーズをかけてオニオンスライスの出来上がりだ。ビールを飲み、次に愛用のニッカG&Gのロックだ、若いころは結構飲めるもんですね、、明日には太平洋に出るだろう、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ポマラ出港、日本向け

2016-08-03

インドネシアのスラウエシ島(旧セレベス島)のポマラでのニッケル鉱の積み込みがようやく終わった。1週間ほど停泊し午前中は仕事、午後は自由時間で魚釣り、読書、昼寝、3回ほど上陸してみたが退屈で参った。日本での揚げ地は今のところ不明で日本に向け航行せよ、と言う事だ。ここは南半球、フロレス海からマカッサル海峡、セレベス海からフィリピンのルソン島、ミンダナオ島の間の通り太平洋に抜け日本に向け北上するコースだ。夜ワッチ(当直)が終わって缶ビールを持ってデッキに出てみると南十字星が綺麗だ、そしてマカッサルの灯りが綺麗に見えていて一句でそうな雰囲気だね、低音のエンジン音が不気味に聞こえる。シンガポール海峡を航行できない中近東から日本に向かう大型タンカーがロンボク海峡からこのコースを航行する。フロレス海の海水の風呂にどっぷりと浸かり目を閉じるとリラックスできる、やっぱり航海中が落ち着くね! 部屋に戻りもう一度、飲み直しだ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ポマラ停泊中の出来事

2016-07-25

ポマラに停泊して4日目、昼寝と釣りにも飽きてきた、暇つぶしにぶらっと艀に乗って上陸してみた。丸太で造った桟橋では艀にベルトコンベアーで運ばれてくるニッケル鉱が次々と積み込まれている。先日ゴルフの練習をした飛行場へ向かうと、ちょうど1機のセスナ機が着陸し、サングラスをかけた男が降りてきた、恐らくシッパーだろうか、、、。あてもなくぶらぶら歩いていると何処からともなく一人の女性が近づいてきた、よく陽に焼けた健康的な20歳代と思われる目鼻の整った綺麗な女性ではないか、内心、ドキドキしたがね、、こんなところに何で日本人がいるんだい? 一枚の写真を見せて片言の日本語で、私のパパさん! という。現地の女性だ、話を聞いてみるとどうやら現地の女性と日本の男性の間に生まれたハーフの子供のようだ。母親に聞いているのか名前はタナカ○○と言い日本の長崎県の○○○市に住んでいて以前はずっと手紙がきていたが手紙も途絶え連絡が取れないと言う。パパさんに会いたいので私を日本に連れて行ってくれないか、と言う。それは難しい話だ、勿論パスポートやビザなんて持っていない、手を合わせ目に涙をうかべて船長さんに頼んでくれ、と言う。けなげな彼女の頼みに私は出来もしない約束をしてしまった、日本に帰り休暇になったら探してあげる、、、、とね。船に戻り夕食時に隣のテーブルで食事をしているキャプテンに話すと、ほー、次席さん、日本に連れて行ってやればいいじゃないか! キャプテン、また無責任な事言わないで下さいよ、、向かいに座っているセコンドエンジニアーが、俺も上陸したけど誰にも頼まれなかったなー、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ポマラ上陸、ゴルフ練習?

2016-07-15

サロンで昼食を食べていると隣のテーブルの通信長がニヤニヤしながら、次席君、午後から上陸してゴルフの打ちっぱなしに行こうや! と言う、 えッ、こんなところにゴルフの練習場なんてあるんですか? 300ヤードくらい飛ばしても大丈夫らしいよ、しかも若い女性がボールをマットの上に置いてくれるらしいよ、、、と言う事でキャプテンと通信長がいつもデッキで練習に使っているロストボールをバケツに一杯持ってハシケに乗って上陸した。道路は舗装なんてしてない、こんなところに本当にゴルフの練習場なんてあるのかな?? 赤土の道を5分ほど歩くと広い原っぱに出た、通信長が、ここだな! 局長、これってただの原っぱじゃないですか! ニヤニヤしながら Maco International Airport だよ、、飛行場と言っても建物一つない、ただの赤土の原っぱだ、あると言えば吹き流しが一つ立っている。ボールをマットに置いてくれる若い女の子って何処にいるんですか? もうじき来るよ、、カチーン、 カチーン、するとどこからともなく5歳くらいから15歳くらいまでの男の子、女の子が大勢集まってきた。通信長が、ほら次席君、若い女の子が沢山来たじゃないか、、子供じゃないですか! ゴルフボールをクラブで打つと子供たちが走ってボールを拾いに行き持ってきてくれる、、すると何かくれ、、と言っているようだが何もあげる物は無い、タバコでも良い、と言う事でボールを3個拾ってきたらタバコを1本あげることにした。しかしなんとなく罪悪感があり終わってから子供たちに何か買ってあげようと街に連れて行ってもらったが町という町ではない、不衛生で悪臭が鼻をつく、ニワトリが歩いていたり、子供が外で汲んできた水で体を洗ったりしている、ポケットにマカッサルで借りた外貨の残りがあったので子供たちに好きなものを買ってあげたがとても物を買う気にはなれない、、二人で又艀に乗って船に戻ったが、もう上陸しないでいいわ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ポマラ入港、上陸

2016-07-05

いつもと違う環境に目が覚めた、エンジンが停止したようだ、エンジンが動く快い振動が普通で静かになると逆に目が覚める。ポマラの沖合に到着し、ガラガラー、、アンカー(錨)が打たれた。間もなくタグボートに曳かれた艀がやってきた、ニッケル鉱とたくさんのステべ(人夫)が乗っている。打ち合わせが終わり荷役作業が始まり、ニッケル鉱を積んだ艀がタグに曳かれて本船に横づけして荷役が始まったが、古い本船はクレーン設備が無くウインチだ、約1週間ほど停泊しニッケル鉱を積み込む。マカッサルから乗船してきた乗客も艀に乗ってポマラに帰って行った。退屈な1週間が始まる、午前中は無線機器、アンテナ、バッテリーの手入れ、FAXの受信などをして午後は一応自由時間だ、ちょっと昼寝をしてデッキに出て釣り糸を垂らす、私は釣り道具は持っていないが他人の道具を勝手に使うわけだ、エサはなんでもいい、エサなしでも釣れてくることがある、こちらの魚は純粋だね、、チヌやヒラアジと呼ばれる魚が良く釣れる、夜の一杯のおつまみになるわけさ、、夜は誘われて久しぶりに麻雀となったが大負けでしたね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] マカッサル出港 ポマラ行

2016-06-23

夕方になると沢山の乗客が乗船してきた、乗客と言っても本船は貨物船だ、ライフジャケットも救命艇もこんなにたくさんの乗客の分は無い、日本ではありえない事だがね、、恐らく税関や警察あたりが乗客からコミッションを取っているんだろう、みんな大きな荷物を持っている、恐らく都会のマカッサルに買い物に来たんだろう、ボートデッキ、アッパーデッキ、下部のパッセージに段ボールやゴザを敷いて休んでいる。明日の朝にはポマラの沖に到着する、上の階には登ってこないんだが夜の当直中にときどき下から若い女性が恐る恐る階段を登ってくる、そして無線室を覗きこむ、 No, Go Down! 怒鳴ると首をすくめて降りて行く、、風呂から出てきた通信長が腰にバスタオルを巻いて、おい次席君、いまの若い女の子、君の事が好きだと言ってるで! 局長こそ夜中に若い女性を部屋に連れ込まないでくださいよ! 航海中は部屋のドアーのカギなどは掛けた事がないが気味が悪い、ビールを二缶飲んでカギを掛けて寝ることにした、朝になればポマラ沖に到着だ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] インドネシア マカッサル入港

2016-06-15

シンガポールを出港して南半球に入り南緯5度くらいを東に進み船足の遅い本船は3日目の朝、インドネシアのセレベス島(現スラウェシ島)のマカッサルに入港した。マカッサル(元ウジュン・パンダン)はインドネシア共和国のほぼ中央のスラウェシ(Sulawesi) 島(旧セレベス島)の南端に位置し、東部インドネシア諸島の拠点になってる。またタナ・トラジャをはじめとする観光資源の豊富な南スラウェシ州の州都であり観光拠点でもある。マカッサル  市の人口は約130万人、古くから香料の集積港として栄え、その後オランダの植民地となり、オランダ植民地時代から日本軍政時代を通じてマカッサルと呼ばれていた。1971年スハルトの政権下、ウジュン・パンダンと改称されたが、1999年10月13日付けのハビビ大統領の決定にもとづいて、マカッサルの名称に戻された。着岸すると代理店、税関、検疫官、警察、軍隊、などなど20人くらいが乗船してきたが仕事をしているのは数人だけ、あとは黙ってテーブルに掛けてコーヒーを飲んでいるだけだ、現地の人が喜ぶリンゴ、醤油」(キッコーマン)を袋に入れて準備しておいたが、それを渡すと、オー、キッコーマン、、喜んで受け取り下船していった、土産をもらいに来るわけだ。昼食を食べてさっそく上陸し一軒の土産物店に入ってみた、女性スタッフがさかんに高い宝石を勧めるが、そんな物には興味がない、洋銀で出来、ガラスのケースに入った帆船、バリ人形、ヤシの実で作った、こっけいな顔をした猿、錫で作ったビールグラスを土産として買った。数軒のお店をまわり足が棒になった、そろそろ腹も減って来たし船に戻るかねー、すると後ろで、へー、マスター! 振り向くと先ほど本船に来た警察官が車の中から声をかけてきた、船に戻るところだ、と告げると車に乗れと言う、船まで送ってもらったので司厨長に話てお土産を一袋もらい渡すとニコニコして、何か用事は無いか、と言っているようだ、、夕方には積地のポマラに向け出港する、少し寝るかね、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] シンガポール出港、インドネシア マカッサル行き

2016-06-07

シンガポールでの荷役作業が終わり午後、インドネシアのセレベス島(現スラウェシ島)のマカッサル向け出港した。沖から眺めるシンガポールの街は綺麗だね。インドネシアのスマトラ島沖、ジャワ島とボルネオ島の間のジャワ海を通りマカッサルに向かう。夜には赤道を通過して南半球に入った。海は白波が立ちけっこう時化ている、デッキに出てみると右舷に見えるインドネシアのスマトラ島や小さな島々の灯りが綺麗だ。船内時間の零時に当直が終わりオートアラームの試験をしてセットし一日が終わりだ。シャワーを浴びて部屋で一杯やっていると無線室のオートアラームのベルが ジジジジジジー けたたましく鳴った、ベルは通信長の部屋にも付いていて無線室に行かないとベルは止められないようになっている、遭難通信の警急信号を受信したか誤動作したかいずれだが、急ぎ無線室に行き受信機のスイッチを入れて中波の500Khzを受信してみる、暫くワッチしてみるが遭難通信、緊急通信などは受信できなかった、赤道近くは空電が多くオートアラームが空電などで誤作動したようだ、その旨ログブック(業務日誌)に記載し部屋に戻り飲みなおしだ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] シンガポール停泊中、落雷か?

2016-05-26

入港すると寝不足でたまらんね、ゆっくりと寝ていたいんだがそうもいかない、眠い目をこすりながら朝食を食べて無線室へ、お茶を沸かしていると朝食の済んだ通信長がやってきた。仕事の打ち合わせをしたが、午前中はストアーの整理、バッテリールームの整理などをして午後は上陸して市内観光に行くことにした。ポールド(窓)を覗いていた通信長が、おい次席君、君ホイップアンテナを何処へ持っていったんだ? ときた、はー! 内心長い航海で少し頭がおかしくなったんじゃないのかなー?? どうしたんですか? ホイップアンテナが随分短くなっているんじゃないかい、、と言う。何を訳の解らんことを言ってんのかなー、何気なく外のボートデッキを覗くと、んッ、マストの上についているHF(短波)用のホイップアンテナが随分と短かくなっているようだ、デッキに目をやると何か棒状のものが裂けた状態で落ちているではないか、暫くは状況をよく理解できなかったが段々とわかってきた。局長、これはアンテナに雷が落ちたんじゃないでしょうか! そう言えば夜中に雷が鳴って何かバシっと言う音がしたなー、犯人は雷だ、幸いにアンテナは全てアースに落としてあったのでアンテナの損傷で済んだがアースに切り替えてなかったら大変な事になるところだった。9月にはドックに入渠するので、それまではロングワイヤーを使うことにした、それにしても、よりによって本船に落ちなくてもいいのになー、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] シンガポールの街へ

2016-05-17

現地の沖売りが慌てて下船しアンカーを巻き上げ着岸するために動き始めた。いよいよシンガポールかー、高層ビルが段々と近づきシンボルのマーライオンもよく見える。倉庫が立ち並ぶ岸壁に近づき、2ハイが着岸している間に本船を着けるようだ、セメントを1万トン積んだ大型船だ、車の縦列駐車のようなわけにはいかない、船首を岸壁に当てたようだが事なきを得た。夕食後ボーイさん二人と一緒に上陸した。まず一杯飲みに行こう、、と言うことで日本人に人気のある居酒屋に行った。お店は混雑している、半分近くは日本人だろうか、船員、商社マン、観光客など色々だ、日本語、英語、中国語などいろいろな言葉が飛び交っている、異様な雰囲気だな。三人で歩いてオーチャードロードまで行き、あてもなく歩き回った結果腹が減ってきたね、と言うことで屋台でラーメンを食べたが、暑いのに又熱いラーメンだ、、飲んで食べたねー、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] シンガポール入港、 べっ甲亀の剥製をゲット

2016-05-07

本船は昼前にシンガポール沖のアンカー錨地に到着した、VHFでアンカー(錨)を降ろす位置を指定してきた、ガラガラガラ、、、アンカーが音をたてて海に沈んでいく。周りには大小たくさんの船が錨をおろしている。陸を見るとシンガポールの高層ビル、シンボルのマーライオンも見える。さっそく官憲が乗船し入港手続きが始まった、さすがに世界に誇る国際貿易港だ、手続きも手際が良いね、30分ほどで入港手続きも終了だ、何処からともなく数隻のジャンク(小さなボート)が近づいてきた、そして馴れ馴れしくタラップを登ってきた、手にバナナの大きな房を持った男、バリ人形を持った男、ポルノ写真を持った男、大きなべっ甲亀の剥製を持った男、などなどいろいろだ、船のパッセージ(通路)に並べ始めた。ちょっとひやかしにでも行くかね、べっ甲亀なら少し興味がある、おー、マスター、べっ甲安いよ、30,000万円でいいよ! ときた。5,000円なら考えてもいいよ、、あまりほしそうな顔をしないことだ。15分くらいして通路を通ると、先ほどのべっ甲亀の男が私を見つけて寄ってきた、マスター、べっ甲20,000円で良いよ! きたきた、5,000円なら買うよ、、 内心はほしいんだがダメでもともとだ、値切るだけ値切ってやれ、、30分ほどすると、出港用意、おもて(船首)スタンバイ! 着岸するため出港用意の船内放送があった。船が動き始める前に土産売りの男たちが下船しないといけない、ポケットに5,000円を入れて下に降りてみると男が私を見つけて小走りに寄ってきた、マスター、10,000円でいいよ! 5,000円なら買うよ、、その場を去ろうとすると、5,000円でいいよ、持ってけ、泥棒! と来たね。と言うわけで頭の先から1メーターくらいは有りそうなべっ甲亀の剥製を5,000円の破格値でゲットした、俺の勝ちだね、、おそらく日本で買えば10万や20万は楽にするだろう、、、男は小走りに通路を走って行った。間もなくエンジンが動き始め本船は着岸するために静かに動き始めた、、、 
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[古い航海日誌 日正丸②] 南シナ海、入港前夜

2016-04-25

バリンタン海峡を通過して南シナ海に入り順調な航海を続け明日の昼前にシンガポールに入港する。タンカーでペルシャ湾の行き返りにシンガポールの沖を通りシンガポールの高層ビルを眺めたがね、、やっぱり航海中が落ち着く、すっかり船乗りになりエンジンの振動がここちよく感じられ、エンジンが止まると目が覚める。夜の当直が終わり、いつもはシャワーを浴びることが多いんだが久しぶりに風呂を沸かし湯船にどっぷりと浸かった。風呂を沸かすのは蒸気で沸かす、蒸気のバルブを開けると数分で沸いてしまう、海水風呂だがこれが又良いねー、、、腰にバスタオルを巻きつけてデッキに出てみると南十字星が高い位置に綺麗に輝いている、風呂上りに火照った体に海風は気持ちが良いが、体が潮風でこれではベッドに入れない、又バスルームに行きシャワーを浴びて部屋で一人ビールで乾杯た、明日は入港で朝には起きないといけない、早めに寝るかね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] バリンタン海峡通過、東シナ海へ

2016-04-17

大分県の津久見を出港して3日目、本船は台湾とフィリピンの間の海峡のフィリピン寄りのバリンタン海峡を通過した。真っ青な海に南国の太陽がじりじりと照りつけている、小さな3千トンくらいのタンカーが一緒に走っているが、何処に行くのかねー! やっぱり船乗りは航海中が一番落ち着くねー、、まー、周りは海ばかりで遊びに行きたくても行けないし諦めムードで落ち着くわな、、韓国の釜山、津久見と停泊が長かったので無線室も随分と汚れてしまった、当直時にモップで綺麗に水拭きし、乾いてからワックスがけだ、少し時間をおいてからウエスで床を拭く、、床はピカピカになりましたってー、、今までジリジリと照りつけていた太陽が雲に隠れ空が真っ黒になり激しいスコールだ、デッキの汚れを綺麗に洗い流してくれたようだ、20分ほどでスコールもあがり又太陽がジりジりと照りつける。明日からシンガポールの入港書類の作成にとりかからないと間に合わない、夕食を食べて久しぶりに下手な麻雀でもするかね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 津久見出港、シンガポール行き

2016-04-09

津久見市のセメント工場でセメント約1万トンをハッチ(船倉)に積み込みが完了し、朝セメント工場の専用岸壁から2隻のタグボートに引かれて岸壁を離れた、間もなくブリッジ(船橋)のキャプテン(船長)から、Dead Slow Ahead(前進微速)の号令がかかりエンジンが動き始める。港外に出ると2隻のタグボートが汽笛を鳴らして本船から離れ本船のスピードが少しずつ増していく。今航はシンガポールでセメントを降ろしてインドネシアのポマラでニッケル鉱を積んで日本に帰る予定だ、今度日本に戻るのは1か月半後かな、津久見でも夜は毎日遊びに出かけ良く遊んだね、、右舷には大分県南部の美しい海岸線が見渡せ左舷には四国の島影が見える、暫く走ると両舷の島影がだんだんと遠のき前方に水の子島灯台が見えてきた(写真)。水の子島灯台は日本の灯台50選に選ばれ、離島の灯台としては日本一、石造の灯台としては島根県の出雲日御碕灯台に次いで日本で二番目の高さを誇り、映画の「喜びも悲しみも幾とし月」の舞台にもなった。まもなく左舷から四国の島影が消えた。奄美諸島の沖から沖縄諸島沖、台湾沖を通りバリンタン海峡から南シナ海に入る、、さーて、昼食を食べてワッチに入るかね!
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[古い航海日誌 日正丸②] 津久見入港

2016-03-29

周防灘を航行し豊予海峡にさしかかると右舷に懐かしい佐賀関の日本鉱業、佐賀関精錬所の巨大煙突が見えてきた、佐賀関丸で南太平洋のニューカレドニアからニッケル鉱を積んで何度も入港したところだ。間もなくで白い山肌の光景が見えてきた、セメントの町の津久見市だ、セメントよりも高校野球が強かった津久見高校で知っているね、タグボートが2隻本船に近づいてき、パイロットボートからパイロット(水先案内人)が乗船し30分ほどでセメント工場の岸壁に着岸した。すぐに検疫官が乗船し検疫が終了し税関、代理店も乗船して入港手続きだ、イタリヤ、アメリカ、メキシコ、アラスカ、オーストラリア、韓国、と廻り、長い航海で乗組員の土産物がたくさんある、パッセージ(廊下)に並べられた土産品と入港前に作成した携帯品リストとで税関がチェックし通関の判を押していく、細かくチェックするのは免税品の酒、タバコ類だ、、1時間ほどで入港手続きも終了し、こちらで10名の乗組員の交代がある、新しく乗船してくる乗組員、休暇で下船する乗組員、家族なども訪船し船内は大忙しだ。夕食を食べると甲板員のN君が、おい次席さん、飲みに行くぞ! さっそく誘いに来た。あまり大きな町ではないがネオンが点く数軒の店がある一軒に入ってみた、若い女性が5~6人いる感じの良い店だ。日本の女性のお店は約5か月ぶりだ、二人でとうとうかんばんまで遊んでいた、、、いやー飲んだね、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 釜山出港、津久見向け

2016-03-18

オーストラリアのシドニー近郊のポートケンブラで積み込んだ鋼材の荷揚げがすべて終了した。1週間ほど停泊したが、まーよく遊んだね? 人々の顔を見ても日本人と変わらない、日本語は結構通じる、日本のNHKテレビが映る、船舶電話がつながる、外国にいる気がしないね。昼間は高校野球見物に行ったり、若い綺麗な女子大学生と知り合いになり市内の案内をしてもらったり、夜は毎日遊びに出る、まー疲れましたってー! 
 
出港して朝鮮海峡を航行し間もなくで日本の領海だ、対馬の島々の灯りだろうか綺麗だ、昨年の11月下旬に日本の港を出港して4か月半ぶりだ、明日の昼頃には大分県の津久見港に入港予定だ。夜ワッチ(当直)に入っていると日本の中波の海岸局がガンガンと入感している。ワッチが終わり風呂に入ると、いつもは海水風呂だが今日は清水風呂だ、部屋でビールを1缶飲んでベッドに入るが興奮してなかなか寝付けない、また起きてビールをもう一缶やっつけてようやく寝た。ボー、ボー、 汽笛の音で目が覚めた、はっと起き上がりポールド(窓)のカーテンを開けるとちょうど関門海峡(写真)を通過するところだ。周防灘を航行していると右舷に九州福岡県、大分県が左舷に山口県、四国の島影が見渡せる。岩国か徳山に向かうのだろうかタンカーが航行し、鉱石専用船も見える、小さな内航船も数隻みえ賑やかな海域だ、デッキで外を眺めていると飽きないね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 釜山観光

2016-03-09

サロンで食事をしているとボーイさんが、次席さん、税関ゲートに面会の人が来ているそうです、内心、あー、あの女性かもしれないな?? 男かね、女かね? するとボーイさんが、それが綺麗な若い女性らしいですよ! 食事中のみんなの箸が止まった。急いで食事をして税関ゲートに行ってみると、やはり大学生の彼女が手を振っているではないか、釜山市内を案内してくれると言う、通信長に話すと、おー、いいよいいよ、泊まってきてもいいよ、、何を考えているのかねー、タクシーで市内の竜頭山公園へ連れて行ってくれた、高台にあり市内を一望でき素晴らしい眺めだね(写真)、ベンチでコーラを飲みながら家族の事などいろいろと教えてくれた、大学を卒業したら日本で働きたいとの事で日本語も上手だ。日本に帰ったら新潟の実家に海苔を送ってやろうと思い彼女に話すとチャガル市場という水産物市場に案内してくれた、海苔をたくさん買った、値段は驚くほど安いが加工は雑だね。明後日は大学が休みなので又案内してくれると言うが、この際お言葉にあまえて案内していただくことにした。約束の時間に税関ゲートに行くとニコニコしながら手を振っている、日本製の古い車(トヨタ コロナ)がタクシーとして動いている、海雲台ビーチに向かった、韓国でも有名な観光地で綺麗な砂浜が延々と続いている。夏のシーズンは観光客で賑わうらしいが今はオフシーズンで人影もまばらだが、、ホテルのレストランで食事をした、彼女は三人兄弟の三番目とのことだが、二日間親切に案内をしていただきお礼に人形をプレゼントしたが喜んでいただきこちらも感激した。卒業して日本に行くようになったら連絡をする、ということだったがその後連絡はこなかった、、海を越えたはかない恋は実らなかったねー、、、 
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[古い航海日誌 日正丸②] 韓国、釜山停泊中

2016-02-28

無線部は停泊中は当直は無いが朝から夕方までは一応勤務時間になっている、しかし公開中は日曜日も祝日も無い、船が走っている間はワッチ(当直)がある。多少はおおめに見ていただき午前中はゴソゴソと仕事をする、テレビ(NHK)は入るしラジオは入るから必要もないがFAXで新聞は受信する、あとはバッテリーの手入れ充電、ストアー(倉庫)の整理、アンテナの点検、無線機器の点検手入れなどをして過ごす。昼食を食べて少しテレビを見て、夜になれば遊びに出るのにそなえて部屋で昼寝だね。5時から夕食を食べて、今日は遊びに出るのは止そうかな、久しぶりに麻雀でもするか、、部屋にいると乗組員の一人が部屋にやってきた、おい次席さん、ゲートに彼女が迎えに来ているよ、次席さんを呼んで来てくれと、しつこく言うんだがね、、と言うことでシャワーを浴びて支度をして出かけることに、、疲れるねー、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 韓国釜山停泊中、歓楽街へ

2016-02-08

夕食を食べて日本のNHKテレビを見ていると(NHKしか映らなかったね)甲板員のN君が、次席さん、上陸しないのかね! と言う事で二人で上陸することになった。ゲートを出るとタクシーが何台も待機している、乗ったタクシーの運転手は日本で生まれたと言う事で日本語は上手だね、色々と釜山の事を教えてくれた。朝鮮半島は日本が占領していた関係で釜山の街も日本の町名が残っている、賑やかな通りはナカダ通りと言ったような記憶があるが確かではない。タクシーの運転手が1軒のお店を紹介してくれたが、随分高級なクラブのような構えで躊躇したが、ポケットには札束を入れてきた、何とかなるだろう、、日本人である事を告げると、いらっしゃいませ! 20歳くらいの綺麗な女性が案内してくれた。釜山の大学に通っているが、卒業したら日本の大学に留学したいと言う。周りの客を見ても酔っ払い、大きな声で喋っているような品の無いお客はいない、なかなか酔う雰囲気ではない、しかし席に着いた二人の女性は船の事、日本の事、色々と訊ねてきて結構楽しかったね。明日の昼間に釜山市内を案内してくれるがどうか、と言う。私は願ってもない事だ、しかしN君は、俺は仕事だよ! との事、シメシメ、じゃ折角だから俺一人で案内してもらうよ! 良い雰囲気になってきましたでね、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 釜山停泊中

2016-01-28

港内にて沖待ちをしていた本船は2隻のタグボートに押されて昼前に着岸した。代理店、荷役関係者が乗船しチョフサー(1等航海士)と打ち合わせし、鋼材の荷下ろしに5日ほどかかるようだ。何気なくサロンルームのテレビのスイッチを入れると薄っすらとテレビが映るではないか、アンテナを切り替えると日本のNHKが映っている、約5か月振りに見る日本のテレビだ。まてよ、VHFのテレビが映るってことは船舶電話も繋がるのではないかな? 船舶電話が設置してあるレクレーションルームに行きスイッチを入れてみると間もなく圏内の緑のランプが点灯した。試しに恐る恐る通話の呼び出しボタンを押すと、ビービーという呼び出し音に続いて、はい、厳原船舶台です、、女性の声が飛び込んできた。東京441の○○○○お願いします、あと料金お願いします、学校の研究室へ電話をしてみた、助手のMさんが出た、今どこにいるの? 釜山ですよ、、、、、、 船に乗船して来る関係者、岸壁で作業している作業員、みな日本人と変わらない顔だ、日本のテレビは映りが悪いが映るし、電話が繋がり外国にいる気がしないね。午後から無線室の床磨きをすることにした、床に液状のワックスを塗りウエスでふき取りピカピカになりましたってー、、夕食を食べて上陸し歓楽街にでも一杯飲みに行きますかね、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 釜山入港中、高校野球観戦

2016-01-16

釜山に入港し官憲が乗船してきたが数名の税関の一人が高校野球の試合があるから見に行かないかとしつこく誘われたんだが、断るわけにもいかないし通信長が私に行って来いと言うし、しぶしぶと行くことにした。約束の時間に通船で上陸すると手を振って待っている、さすがにゲートはフリーパスだ。外に出ると手を挙げてタクシーを止めて私に先に乗れと言う。乗車し野球場へ着くと先にサッサと降りて行く、チケット売り場に来ても全く入場料金を払う様子はない、なーるほど、誘った目的はこれだな、、、韓国も日本と同じく野球が盛んのようだ、野球場はほぼ満席に近い状態でチーム名など詳細はよく解からないが、野球は日本も同じだし結構楽しめた。野球が終わると市内を案内してくれると言うので断るわけにもいかず、ついて行く事にしたが相変わらずタクシーを止めて料金はこちら払い、市内の高台にある公園に案内してくれた。釜山市内が一望できる公園だ、数か所を案内していただき、お礼に夕食に誘うと、美味しい焼肉屋があると言うことで案内してくれたが、なるほど流石は焼き肉の本場だな、、明日もよかったら案内をしてくれると言うが、仕事があると丁重にお断りをしましたがね、ポケットから沢山のウオン紙幣が出て行ったが日本円に換算すると大した金額ではないのがせめてもの慰めだネ、、、

 

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[古い航海日誌 日正丸②] 釜山の町へ、そして散髪屋

2016-01-07

とりあえず日本円で3万円ほど韓国の通貨ウオンを借りたが全て紙幣でポケットに入り切れないほどの量がある、紙幣を数えもせずに50枚ほど持って韓国の釜山港の沖に停泊している本船から通船で釜山の町に上陸した。町には古いトヨタの車がたくさん走っている、少し歩いてみたが右も左も解からない、タクシーを止めて乗ったが韓国語はまるで解からない、下手な英語と身振り手振りでなんとか通じたようだね、運転手は色々と韓国語で喋るがチンプンカンだね、散髪屋に着いたようだ、料金を払い店に入ると若い数名のスタッフが声をかけるが韓国語でさっぱり解からない、こっちも意地だ、日本語で喋る、、、若い女性スタッフが店の中から一人の老人を連れてきた、日本人かね! 決して上手な日本語ではないが大体は意味が分かる程度の日本語を考えながら喋り始めた。日本が朝鮮半島を占領していたので大体のお年寄りは日本語はある程度喋るそうだが、お年寄りはあまり日本人を良くは思っていないようだ。髪の毛のカットを始めるともう一人の若い女性が何やら手まねで聞いてきたが、どうやら手の爪を切るか?と聞いているようだ、OK と返事をすると小さな椅子を持ってきて横にチョコンと座り丁寧に手の爪を切り磨いてくれた。料金も日本に比べると驚くほど安い、若い女性がカットしてくれて爪まで切ってくれる、月に2~3回きたいくらいだね、、散髪屋を出て通船の時間まで少し時間があるので歩いてみた。タクシーが2~3台、乗らないのか?と止まるがNO、、夕方には通船で本船に戻ったが、散髪もしたし着岸したら色々と上陸してみよう、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 韓国 釜山入港

2015-12-26


 

夜のワッチ(当直)の間ちょいちょいとデッキに出てみると対馬の灯りだろうか綺麗だ、一句浮かびそうな雰囲気だ、、夜中の12時にワッチが終わり海水の浴槽に浸かり、今日も一日が終わったなー! 部屋で一人いつものビールを1缶飲んでウイスキー、ニッカG&Gを飲んで今日は早めに寝ることにする。ガラガラガラガラ、、、大きな音で目が覚めた、釜山港の沖に到着しアンカー(錨)が投錨されたようだ、、朝には入港手続きがあるだろう、7時には起きなければいけない、目覚まし時計を確認して又ひと眠り、、。目覚ましで起こされて目をこすりこすりデッキに出てみると港内にアンカーしている、海軍の艦船や兵員を輸送する輸送船だろうか(写真)が停泊している。航海中は朝飯は食べないので久しぶりの朝食だ、9時過ぎには代理店、官憲が乗船してきて入港手続きが行われる予定だ、通信長と作成した入港書類をそろえて準備OK,クオーターマスター(総舵手)がサロンにやってきて、サンパンが本船に向かってきます、と連絡に来た。間もなく本船に着いたボートから検疫官、税関、代理店、警察などがタラップを登ってきた。なんだか知らないが随分たくさん来ました、、あらかじめ準備をしておいたお土産を渡して入港手続きは無事に終了した。代理店が外貨のウオンをどっさりとカバンから出してきた、乗組員に希望金額を分けて渡さないといけないが大変な仕事だ。昼食を食べたら偵察を兼ねて通船で上陸し延びた髪の散髪にでも行こうと思う、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 懐かしい日本の島影

2015-12-16

食事を食べにサロンルームに下りて行きポールド(窓)を覗くと水平線に島影らしきものが見える(写真)、間違いない奄美諸島だろう、4か月半ぶりに見る日本の島影だ。テレビのスイッチを入れチャンネルを回すとちょっと映りが悪いがNHKが映るではないか、感激したねー! あとは何も映らない、、だんだんと島影が大きくなり午後のワッチに入ると間もなく本船は東シナ海に抜けた。日本近海を航行しているとなんだか気持ちが昂ぶるね、、無線室で一人コーヒーを飲んでいると JMVY DE JOS QTC 長崎無線局が中波の500KHZで呼んできた、商売、商売、、、JOS DE JMVY QSW UP 電報を受信すると本社からだ、韓国の釜山に入港後3~4日沖待ちの予定とのこと、、夕方になると右舷に九州本土、五島列島の島々が見えてきた。船舶電話が使えるだろうと思いワッチが終わり電話をかけに行くと既に電話中だ、他にも3人が順番待ちをしている、4か月半ぶりだ、家族に電話をしているんだろう、今は世界中どこの海域からも電話はできるがね、暗くなると島影の明かりが綺麗だ、夜中には釜山沖に到着する予定だが、アンカー(錨)をして入港手続きは明日の朝になるだろう、夜のワッチが終わったら今日は早めに一杯飲んで寝ることにするかね、、、  
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[古い航海日誌 日正丸②] 懐かしい呼び出し符号

2015-12-07

千葉県君津市の新日鉄の専用岸壁を出港して4か月半が過ぎた、赤道を通過して北上を続けた本船は台湾のはるか東方海上を航行中だ、沖縄の北の奄美諸島から東シナ海に入り3日後に韓国の釜山に入港予定だ、地球を1周半くらいはしたろう。午後のワッチの時に沖縄の中波の海岸局/JCXが入感してきた、そして夜になると長崎無線局/JOS 鹿児島無線/JDA 大分無線/JIT などが入感してきた、懐かしいねー! やっと日本に帰ってきたという実感だ、しかし日本に帰るのは未だ10日くらい先だ。赤道を通過してからは他船を見ることはなかったが時々本船の近くを他船が航行しているのが見える、空には鳥も飛んでいる、陸に近づいて来た事を実感する。晩秋の頃に日本を出港し、春も終わろうとしている、、長かったねー! 夜のワッチが終わり、ゆっくりと風呂に浸かり部屋で久しぶりに日本のラジオを聴きながら一杯だ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 遭難訓練

2015-11-26

赤道を通過した本船は韓国の釜山に向けて航行中だ、奄美諸島を抜けて東シナ海に出ることになる。多少のうねりがあるがこの海域はいつもこんな感じだな、鋼材を満載している本船はボットムヘビーで快いローリング(横揺れ)をしている。昼食を食べてワッチ(当直)に入りコーヒーを飲んでいると、 ジジジジィー、、、、 船内の非常ベルがけたたましく鳴り始めた、 遭難訓練、全員直ちに右舷ボートデッキに集まれー、、、と放送が流れた。すぐに所定の場所に格納してある救命艇用無線電信無線機を持ち出しボートデッキに向かった、救命艇用無線機の持ち出しは2等通信士の役だ、この無線機がまた重たいんだわ、通信長は非常持ち出し書類を持って出てきた。エンジンも停止したようだ、キャプテンはブリッジから様子を見守っている、チョフサー(1等航海士)の指示で甲板部の乗組員が救命艇(写真)を下す準備をしている、無線機を積み込み救命艇に乗船した、そしてゆっくりと救命艇は下がり海面まで下したところで今度はゆっくりと巻き上げ今回の遭難訓練は終了した。ついでに救命艇用無線機の試験もする事にした、電波法で定期的に試験をし、その結果をログブック(業務日誌)に記載することになっているんだ。ホイップアンテナを伸ばしハンドルを回して発電して小さな電鍵で通信するんだが、時化の海でハンドルを回して通信なんか出来るか疑問だがね?で無いよりは良いか、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 順調な航海、赤道通過

2015-11-18

シドニー近郊のポートケンブラを出港した本船は順調な航海を続けている。サンゴ海からソロモン諸島の沖合を航行しソロモン海に入る、第二次世界大戦の激戦地、ガダルカナル島、右舷方向にブーゲンビル島、左舷方向にニューブリテン島のラバウル、などなど戦史に残る激戦地があり、多数の尊い命が失われたところだ。戦争は知らないが、幼いころ着せられた衣類にゼロ戦などの柄が入っていたり、近くの港に流れ着いた機雷を警察官が始末しようとしていたところ突然爆発し近くで見ていた子供など多数の命が奪われた事など幼心に覚えている。この海域に入るといつも複雑な思いになり、夜のワッチ(当直)が終わると真っ暗闇のボートデッキに出て柄にもなく黙とうを捧げるんだ、そして、 さーらーばラバウルよー♪また来るまーでーよー   と口ずさむ、、、
赤道直下とは言え夜のデッキで潮風に当たっていると寒くなった、日正丸温泉に浸かり部屋で一人寂しく一杯だ、オーストラリアで6Pチーズを沢山仕入れたのでウイスキーのおつまみは当分チーズだろう、、翌日の昼前に赤道を通過した、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 南太平洋を北上中

2015-11-07

シドニー近郊のポートケンブラを出港した本船は翌日の午後にはブリスベンの近くの有名なゴールドコースト沖を北上している。コースを変更して数時間走ればゴールドコーストだがね、、朝と言っても10時過ぎだが目が覚めてデッキに出てみると南半球は秋とは言え、南緯28度くらいの海上は太陽がギラギラ輝き紺碧の海(写真)、と言っても古い写真で色がくすんでいるがね、、ちょうど本船の左舷を1万トン位の白い客船が南下して行ったがコースからしてシドニーかメルボルンあたりに向かっているんだろう。北東に1日くらい走れば天国に一番近い島ニューカレドニアだ、本船に乗船する前に佐賀関丸/JKSTで6~7回行ったが綺麗な島だ、ニューカレドニア航路のニッケル鉱専用船が数隻あるので恐らくまた行く機会があるだろう。さーて飯を食べてワッチに行くかね!ドアーを開けて船内に入るとギャレーから良い匂いがしてくる、食堂へ行くと今日は洋食だと言う、ボーイさんが次席さん焼き具合はどうしますか? 私は焼き方の悪い肉は苦手だ、黒くなるほど焼いてくれる!今日のスープはポタージュだ、旨いねー、行儀が悪いがお代わりをしたね、しっかりと焼いた分厚い牛肉を食べて元気が出たねー、コーヒーを飲んで今日のデザートはオーストラリアで仕入れたんだろうか、オレンジだ。部屋に戻り仕度をして無線室へ、通信長が、次席君、JOS(長崎無線局)にQTC(電報が有る)だがあんたに仕事を残しておいてやったからね!4時までワッチ(当直)だ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ポートケンブラ出港、韓国釜山向け

2015-10-27

オーストラリアのシドニー近郊ポートケンブラの製鉄所で鋼材を積んだ本船は夕方岸壁を離れ揚げ地、韓国の釜山向かった。オーストラリアではタスマニア島のホバート、アデレード近郊のポートピリーそしてシドニー近郊のポートケンブラと3港に寄港した。ポートピリーではちょっと奮発してお土産にオーストラリア、オパール、コアラの縫いぐるみを買った。ホバートの綺麗な街並み、ポートケンブラではシドニーまで出かけ、寿司を食べた事、現地に居住の数人の日本人からシドニー見物のいろいろなアドバイスをもらった事、など思い出一杯だった。出港して間もなくシドニー沖を航行、沖から眺めるシドニーの景色が素晴らしい。夜のワッチ(当直)でSydney Radio/VIS と日本の長崎無線局/JOS 銚子無線局/JCS にTR(入出港通知)を送り1通の電報を受信した。Brisbane Radio/VIB ニューカレドニアのNoumea Radio/FJP の中波の電波が強力に入感している、佐賀関丸/JKSTで何回もニューカレドニアに行ったが懐かしいね、韓国の釜山まで2週間の航海が始まったが、やっぱり航海中の方が落ち着くね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ポートケンブラ入港中 シドニー見物

2015-10-18


4月、南半球では秋だ、暑くも無し寒くも無しオーストラリアのシドニーは最高の気候だね。予定通りエンジニアー3人と一緒にシドニー見物に出かけた。甲板部は荷役作業が有るため遠くまでは無理のようだ、バスで出かけたがウーロンゴングの町を出るとバスは暫く郊外を走るが、いやー、オーストラリアの国土の広さを実感したね、右を見ても、左を見ても、前を見ても後ろを見ても山が見えない、まず狭い日本では考えられない光景だ。

 

あらかじめ代理店に聞いておいたんだが、バスを降りてハーバーブリッジを見渡せる港の公園までやってきた、近くにはオペラハウスも見える、シドニーを代表する二つのシンボルだ。



公園のベンチに腰かけてシドニー湾を眺めると多くの外航船が停泊している、4人で当てもなくシドニーの中心街を歩くと SUSHI 寿司 と言う看板が目に入った。ファーストエンジニアー(1等機関士)が、おい、久し振りに寿司でも食おうか! いいね、いいね、、すぐにまとまり寿司やへ、日本人の板前さんが我々の顔を見て、へー、いらっしゃい! やっぱり旨いねー、何か月ぶりだろう、ビールもキリンビールが有るじゃないか、夜になるとお客の大部分が日本人だそうだ。中心部を散策するがポートピリーでお土産も買ったし特別に買うものも無い。航海中は運動不足だ、足が棒のようになるまで歩き帰りはバスに乗る元気がない、割り勘でタクシーで帰ろう、と言う事になりタクシーで船に向かったが、ここでも初めての体験が、夕陽が水平線に沈むのは航海中はほとんど毎日のように眺めるが、夕陽が地平線に沈むのは初めて見たね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] オーストラリア ポートケンブラ入港

2015-10-05

タスマニア島のホバート、オーストラリア南岸のポートピリーで亜鉛鉱を荷揚げし空船になりオーストラリア3港目、シドニー近郊のウーロンゴング(Wollongong)のポートケンブラ(Port Kembla)沖に到着し直にパイロットが乗船、製鉄所の専用岸壁に着岸した。代理店と工場の関係者が乗船し荷役の打ち合わせだ、翌日より鋼材の荷役作業が始まるが4~5日停泊の予定という。代理店に訊ねるとシドニーまではバスがたくさん出ていると言うし是非シドニー見物に出かけようと思っているが、一人ではちょっと心細いし通信長を誘うと、私は留守番をしているから君一人で行って来いよ! と冷たい返事、夕食時に同じテーブルの仲間を誘うが、デッキオフィサー(2等航海士、3等航海士)は荷役作業が有るので無理と言いう、ならばとエンジニアーを誘うと、セコンドエンジニアー(2等機関士)が、えー、良いと思いますよ、すると隣の席のサードエンジニアー(3等機関士)も、私も一緒に行きたいですねー、ファーストエンジニアー(1等機関士)に相談してみますよ、との事。すると隣のテーブルで食事をしていたファーストエンジニアーが、おー、俺が留守番しているから二人とも行って来いよ!すると、隣のチーフエンジニアー(機関長)が、いや、俺が留守番しているからファーストエンジニアーも皆で行って来いよ、、との事になった、結局、私とエンジニアー3人で明日シドニー見物に行く話がまとまった。楽しみだねー!
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[古い航海日誌 日正丸②] メルボルン沖を航行中

2015-09-23

オーストラリアの南岸ポートピリーを就航して2日目にタスマニア島とオーストラリア本島の間のバス海峡メルボルン沖を通過した。メルボルンと言うと昭和31年に夏季オリンピックでは初めて南半球で開かれた都市だ、平泳ぎの潜水泳法で金メダルを取った古川 勝、体操の小野 喬、両選手はよく記憶に残っている、他にも金メダルをとった人がいると思うが覚えていないね、、、
日正丸/JMVY 15,583重量トンは心地よいエンジン音をたてて順調な航海を続けている。デッキに出ると半袖ではちょっと寒い気がするがハンドレールにもたれて大陸を眺めていると日本の海運会社の貨物船が航行している、さすが海運国の日本だね、地球の何処に行っても日本船がいる、
午後のワッチで本社より電報がきた、シドニー近郊のポートケンブラで鋼材約1万トンを積み韓国の釜山で積み荷をおろし、その後大分県の津久見でセメントを積みシンガポール揚げと言う、シンガポールか、良いねー!

本船の無線設備
短波 1KW送信機         1台
短波、中波 1KW送信機      1台
中短波 非常用 50W送信機    1台
救命艇用送受信機         1台
オールバンド受信機        2台
オールバンド非常用受信機     1台
警急自動受信機(オートアラーム) 1台
FAX受信機           1台
レーダー             2台
ロラン              1台

アンテナ、ロングワイヤー     2張
アンテナ、HF用ホイップ     1本 



 
オートアラームの試験をして夜の12時にワッチ(当直)が終わりいつもはシャワーだが久し振りに風呂を沸かし(沸かすと言っても蒸気バルブを回せば蒸気で数分で大きな湯船の風呂が沸く)湯船にどっぷりと浸かる、この間に貯まりに貯まった洗濯物を洗濯機に放り込み、どっさりと洗濯をしたが、洗濯物を干すところを考えなかったネ、部屋に張った洗濯物を干すロープでは足りず椅子からソファーまで洗濯物を並べ恒例のスナック日正丸のオープンだ、おつまみは玉ねぎを薄くスライスし熱湯をぶっかけて、マヨネーズをかけて出来上がり、意外と手が込んでいると思いませんかね、缶ビールを1~2缶やっつけてお気に入りのニッカG&Gのロックを2杯飲むと良い気分になってくる、2時か2時半頃にベッドに入り本に目を通していると、そのうちに睡魔に襲われ目が覚めると朝の10時か10半だね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ポートピリー出港、ポートケンブラ行き

2015-09-15

ポートピリーでの停泊中はゆっくりできた、と言うより退屈したくらいだ。キャプテンと通信長は午後はボートデッキでゴルフの練習、私は数本のアンテナ(ロングワイヤー)を降ろして碍子や滑車の点検整備をしたり無線機器の点検をし無線室の床磨きだ、ワックスがけをしてピカピカになりましたってー、、夕方には荷役作業が終了したが、日没後の出港は許可にならない為、翌朝パイロット(水先案内人)が乗船し静かに岸壁を離れて同じオーストラリアのシドニー近郊のポートケンブラ(Port Kembla)に向かった。アデレード、メルボルンの沖を通りシドニーの少し南、ウーロンゴング(Wollongong)のポートケンブラで鋼材を積み込む、古い速力の遅い本船で約3日ちょっとかかるだろう、左舷にはオーストラリア大陸を眺め航海するわけだ、スペンサー湾を出てカンガルー島沖で日本の大手海運会社の○○川丸とすれちがったがアデレードに向かうんだろう、、さーて、昼食を食べてワッチ(当直)だ、、!
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[古い航海日誌 日正丸②] ポートピリー入港

2015-09-07

タスマニア島のホバートを出港して右舷にオーストラリア大陸を眺めながら北西に針路をとり有名なカンガルー島の沖を航行した。野生動物の宝庫であるカンガルー島はアシカ、カンガルー、コアラ、ワラビー、ペンギン、ハリモグラ、などたくさんの動物が生息し観察することが出来る観光スポットだ。二日目の朝、目が覚めるとポートピリー沖にアンカー(錨)を降ろしていた。航海中は朝食を食べない習慣になっているんだが入港中は食べる事にしている、9時にパイロット(水先案内人)オンボードで着岸予定という。着桟用意、艫、おもてスタンバイ!船内放送がありパイロットが乗船しアンカーがガラガラ音をたてて巻き上げられエンジンも煙突から黒い煙をだし動き始めた、本船も静かに動き始め1時間ほどで岸壁に着岸した。オーストラリア2港目なので官憲は乗船してこないし着岸後すぐに荷役が始まった。午後からぶらりと上陸してみたが小さな町だ、あてもなく歩いていると一軒の土産物店らしき店が目についたので入って、コアラの縫いぐるみを買ったが女性のスタッフが盛んにオーストラリアオパールを勧めているようだ、船でバンス(前借)した手持ちのドルで買えそうなので買っちゃったネ、女性スタッフの愛想がいいこと、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ホバート出港ポートピリー行き

2015-08-29

オーストラリアのタスマニア島ホバートで積み荷の亜鉛鉱の一部を降ろし夕方に出港した。日本の高級住宅街と錯覚しそうな綺麗な街並みだ、南半球は今が秋だが日本ではそろそろ桜の便りが聞かれる頃だろう、、ずいぶん遠くに来たもんだなー!同じオーストラリアの南岸のポートピリー(Port Pirie)に向かった。南オーストラリア州の州都のアデレードから200キロちょっと北西方向にあり、スペンサー湾の東岸の奥にある街だ。夜当直が終わりいつもはシャワーが多いが今日は湯船にどっぷりと浸かった。その間に貯まった洗濯物を洗濯機に放り込んで洗濯、腰にバスタオルを巻きつけてデッキに出てみたが星が綺麗だ、タスマニア島とオーストラリア大陸の間にある小さな島々の灯りが綺麗だね、さすがに腰に巻いたバスタオル一枚では寒くなってきた。部屋に戻りスナック日正丸のオープンと行くかね、、いつものように冷蔵庫で冷やしておいた缶ビールを一気に飲む、それからお気に入りのニッカG&Gのロックを2杯、おつまみはサバの水煮の缶詰だが、マグロかブリの刺身でも食べたいねー!気が向くと柄にもなく日記を書く、日記といっても毎日が同じ生活で書く事も無いんだが、1時半にはスナック日正丸の閉店でベッドにひっくり返り他所のパートから借りてきた古い週刊誌を見ていると眠っちゃうね、、今のようにパソコンでもあるとねー、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] オーストラリア タスマニア島 ホバート入港

2015-08-21

太平洋を北から南まで縦断した長い航海もようやく終わりだ、間もなくオーストラリア大陸の南にあるタスマニア島のホバートに入港する。いつも目が覚めるのは10時頃だが今日は入港なので目覚ましで7時に起きて久し振りに朝食を食べた。無線室で通信長と入港書類のチェックなどをして準備OKだ。入港中は通信が出来ないので日本の銚子無線局/JCSと長崎無線教/JOSに電報が無いか確認、続いてシドニーRadio/VISも確認するが何れもQRUだ。ポールド(窓)を覗くと本船の横に2隻のタグボートが併走している、そしてパイロットボートが本船に着船しパイロットが縄梯子を登り本船に乗船しブリッジへ、ゆっくりしたスピードでホバートの港内に入って来た、そしてタグボートに押されて無事に着岸した。対岸では日本のマグロ漁船も3隻着岸している。すぐに代理店、検疫官が乗船してきた、書類をチェックし乗組員の健康状態などを尋ねられ検疫が終了した、すぐに税関が乗船してきた、書類をチェックし酒、タバコ関係のストアー(倉庫)を封印して入港手続きが無事に終わり、デッキでは直に荷役作業が始まった。昼食を食べて、ぶらりと上陸してみた、オーストラリアは南半球で日本とは逆で秋だが港から近くの街並みは綺麗だねー、洋風の建物が整然と立ち並び、庭の樹木も紅葉している。日本円で5万円ほどオーストラリアドルをバンス(前借)したが、ここでは使うところが無い、2時間ほど街を歩き回り船に戻ったが、疲れたねー、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 南太平洋航行中

2015-08-12

赤道を通過した本船は順調な航海を続けている、デッキに出てみると真っ青な海に本船の白い航跡だけが残っている。アラスカのスカグウエーを出港して3週間が過ぎた、時々水平線に小さな島影が見えるが何の島かさっぱり解らない、ブリッジに上がってチャートルームのチャートを覗くと小さな島だな、こんな島には人は住んではいないだろう、サードオフィサー(3等航海士)に訊ねると明日にはニューカレドニア沖を通過すると言う。ニューカレドニアかー、懐かしいなー!佐賀関丸で何度も来ている日本の四国ほどのフランス統治のサンゴ礁に囲まれた美しい島だ。食事のため食堂へ行くと今日は洋食の日だ、長い航海で食事が楽しみの一つでもある、スープから始まり最後がデザートのフルコースだが、そろそろ飽きてきたね、できれば特上寿司でも腹いっぱい食べてみたい感じだ。午後のワッチ(当直)でタスマニア島のホバートに入港後すぐに着岸し荷役を始める旨の国際電報をシドニーの海岸局経由で受信した、さっそく通信長と手分けをして入港書類の作成にとりかかった、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 嬉しい知らせ

2015-08-04

赤道を通過した本船は順調な航海を続けている、ときどき南半球の小さな島が水平線に見える事がある。そして南太平洋の島々を観光するんだろうか、真っ白な客船とすれ違う、あと5日ほどでオーストラリア大陸の南岸にあるタスマニア島のホバートに入港する。夜のワッチ中に珍しく司厨部の親父さん(コックさん)が無線室にやってきた、いやー、親父さん珍しいですね、コーヒーでも入れますから! すると真剣な顔をして、次席さん、私に電報がきていませんかね? と言う。いや、今のところ電報は有りませんが、もう少しで長崎無線局/JOS と銚子無線局/JCSの一括呼び出しが有りますから、、実は妻が出産予定で2日前が予定日なんです、二人目なんで心配はしていないんですが、、との事だ。長崎無線局の一括呼び出しを聞いたが本船は呼ばれなかった、親父さん、本船宛ての電報は有りませんがあと30分で銚子無線局の一括呼び出しが有りますからちょっと待ってて下さい、、そして30分後の銚子無線局の一括呼び出しで本船が呼ばれた。さっそく12Mhzで連絡がとれた、JMVY DE JCS QTC2 ときた、電報が2通あるようだ、受信すると1通目は本社からだ、そして2通目、親父さんが受信しているところを覗きこんでいる、親父さん、見ないでください!他人の電報なら見せるわけにはいかない、私には守秘義務がある、本文を受信すると、 アサオンナウマレタ、ボシトモニゲンキ」ハハ  親父さん、おめでとうございます、女の子が生まれたそうです、、ニコニコした顔で、そうですか有難うございます、部屋に帰った親父さん、缶ビールを2缶もって無線室に又やってきた、次席さん一杯飲んでください! こういう良い知らせばかりだと良いがね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 赤道通過、通過祝い

2015-07-25

ハワイ諸島沖、そしてジョンストン島沖を通りマーシャル諸島の東沖を航行した。ここは1954年(昭和29年)3月1日、アメリカの水爆実験が行われたビキニ環礁があるところだ、静岡県の焼津港所属の第五福竜丸が被爆した海域だ、140トンの小さな木造の遠洋マグロ漁船、何とも複雑な気持ちで近くの海域を航行した。そして赤道直下のキリバス共和国沖を通過した。ここは有名なクリスマス島(Christmas Island)があるところだ、1777年12月24日のクリスマスイブにキャプテンクックが発見し上陸した事でこの名前が付けられた、その後イギリスの植民地となったが1979年にキリバス共和国として独立した。この島は世界で1番早く21世紀の朝日が昇る島と言うことで有名になった。西経150度であるが日付変更線が島の東側を通っているため、今でも世界で1番朝日の昇るのが早い国と言う事に成る。インド洋にもオーストラリア領のクリスマス島がある。夜の12時にワッチ(当直)が終わりブリッジに肩振りだ、セコンドオフィサー(2等航海士)の当直だ、コーヒーを飲みながらウイングに出て満天の星を眺める、 何ともロマンチックなひと時だネ、、セコンドオフィサーが、次席さんワッチが終わったら久し振りに一緒に赤道通過祝いをしませんか!と言う事になり4時少し前に一足お先に下りてサロンで一杯の準備だ、準備と言っても何もない、氷とグラスとビール、ウイスキー、おつまみの缶詰とチーズを準備するだけだがね、、2人で航海中の事、色々の港の話、学生の頃の話、故郷の話、などなどあっと言う間に朝の7時だ、おいおい、寝るぞ、、ワッチまで4時間くらい寝れますよ、、若かったねー、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 順調な航海

2015-07-15

明けても暮れても海の上だ、長い航海で娯楽用のビデオも全部見終わった、と言うよりも3回くらいは見たネ、週刊誌も全て見終わった、たまに気が向くと夕食後デッキを歩くが夕日が綺麗だ。マージャンの好きな乗組員は夕食後は連日マージャンだが私は下手であまりやる気が起きない。午後のワッチ(当直)中にバッテリーの充電を行った、バッテリー液(蒸留水)を補液し比重を測定する、充電が完了するまで半日くらいはかかる、ついでに法定で定められた救命艇用の無線機の試験だ、ホイップアンテナを延ばしハンドルを回して発電するんだが、時化の海上で救命艇の中でこんなこと出来るかねー、、試験の結果を業務日誌に記入する。もう一つ非常用の無線機も試験をした、バッテリーで動作する出力50ワットの無線機だ、退船する時は自動的にSOSを送信するようになっている。いずれも試験の結果を業務日誌に記載する事になっている。ワッチ中に本社からの電報を銚子無線局/JCS経由で受信し、新聞を受信し今日のワッチは随分仕事をしたような気がする、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 太平洋ど真ん中、 肩振り 

2015-07-06

アラスカのスカグウエーを出港した本船は順調に航海を続け1週間後、ハワイ諸島の西方海域を通過した。久し振りに早めに目が覚めたのでコーヒーカップを片手にデッキに出てみると外はじりじりと照りつける太陽が眩しい、紺碧の海だ、後ろを見ると本船の白い航跡が続いている。この海域から1日も走らないでハワイに入港できるが、ちょこっと寄港しワイキキででも泳いでみたいもんだね!
昼食には未だ早いしブリッジ(船橋)に行って肩でも振るか、、サードオフィサー(3等航海士)とクオーターマスター(操舵手)がコーヒータイムの最中だ、次席さんコーヒーでもどうですか、、クオーターマスターにコーヒーを入れてもらったが、ブリッジは無線室と違いコーヒーはインスタントではなく本格的なコーヒーを飲んでいる、やっぱり香りが違うね、、サードオフィサーちょっとハワイにでも寄る用事は無いですかねー、すると、有りますよ、次席さんちょっと大怪我でもしませんか、アンテナの点検でレーダーマストに登り、誤って落下した、って事でどうですかそれじゃ怪我で済まないわね、死んでしまうよ死んだら遺体をハワイで降ろす事に成るでしょうから、、、この航路はほとんど船に会う事はないが1時間ほど前に日本のマグロ漁船に会ったようだ、サードオフィサーの話ではあと4日くらいで小さな島が見えるかもしれないとの事だが、、2時間ほどブリッジで肩振り(肩振りとは船乗り言葉でお喋りをして暇つぶしをする事)をしたが昼食を食べて午後からワッチ(当直)だ、、、

 
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[古い航海日誌 日正丸②] ボトルシップ作り

2015-06-27

アラスカのスカグウエーを出港して3日目、少しウネリが有るが順調にオーストラリアに向けて航行中だ、退屈になってきたし、やっとボトルシップ作りに向かう気になってきた。昨年本船に乗船前に仕入れた材料、材料と言っても大した物ではない、竹ひご、瞬間接着剤、赤と白のペンキ、ゴムひも、等だ、あとはほとんど無線室に有るものを拝借すれば良い、、、以前に乗船した佐賀関丸の操舵手のTさんが私の師匠だ、作り方の要領さえ解かれば後は作る人のセンスだな。使う空瓶によって帆船の大きさを決め木材を切って船体作りから始める、船体の中を少し削っておき後から瓶の中で帆を立てたり、色々な糸を通すのに使う、大事な帆はガーゼにセメダイン接着剤を塗り固まらせ竹ひごに風を受けているように形を作り接着剤で付ける。工具はピンセット、硬い鋼線の先端にカッターの刃を小さく折った物を接着剤で貼る、など何種類か作った特殊な工具を使うわけだ。船体を乗せる台を瓶の中に接着剤で固定し、それに塗装し準備した船体を空瓶の口から入れ、接着剤で固定する。予め必要な沢山の糸を通しておき、それぞれの糸の長さを変えておき、どの糸か解るようにしておく、船体の真ん中を削ったのが解らないように色を塗った厚紙を入れて甲板の代わりに船体に貼り付け糸が見えないようにする。糸は船体の外側から小さな穴をあけ船体の中を通し、すべての糸を船尾に空けた穴から出し空瓶の外に出しておく。糸に付けたマスト、帆などを慎重に口から入れマストを立て接着剤で固定し、それに帆を接着剤で固定する、瞬間接着剤は長い鋼線の先端に付けて空瓶の中に入れ接着部に付けるわけだ、すべての作業が終わったら船尾から出ている全ての糸を接着剤で固定し特殊なカッターで切り穴をふさぎ、その部分を塗装し完成だ(写真)、お土産店、インテリアショップなどで売られている品は瓶を切断して中に入れ又接着剤で貼り合せたものがほとんどだ、細かい仕事なので気が向いた時に神経を集中して作る、暇人のやる事だネ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] スカグウエー出港、オーストラリア、ホバート向け

2015-06-16

アラスカのスカグウエー(Skagway)で鉱石を満載した本船 日正丸/JMVY 16,159重量トン、乗組員29名(写真)は昼過ぎに出港した。今航の揚げ地はオーストラリア大陸の南に位置するタスマニア島のホバートとオーストラリア大陸の南側、アデレード近郊のポートピリー2港揚げ予定だ。北半球の北緯59度から南半球の南緯43度まで太平洋を縦断する事になる、約7,240マイル(約13,400キロ)、3週間ちょっとの航海だ、遠いねー!4~5日も走れば真夏の天気だ、そんなに時化る航路ではないのがせめてもの救いだな、、、
小さな島がたくさん点在するリアス式海岸の海を進みデッキで綺麗な景色を堪能したが夜には太平洋の外洋に出た。ハワイ沖から赤道直下の小さな島々の間を通り南太平洋のフィージー島沖などを通りタスマニア島に向かう。赤道近くまでは島影も見えないだろう。夜のワッチ(当直)が終わり、いつもの通り海水風呂に浸かり部屋で一人出港祝いだ、先ずは缶ビールを1缶飲んで、後はお気に入りのニッカG&Gをロックで頂くわけだ、やっぱり航海中がいちばん落ち着くね、2~3日して揺れが無くなったらボトルシップ作りでも始めようと思っているが、時間だけは十分にある、ぼとぼち行きましょう、、、

 
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[古い航海日誌 日正丸②] アラスカ スカグウエー(Skagway)停泊中

2015-06-10



北緯59度に位置するアラスカのスカグウェイは特に夏の間クルーズ客船の停泊地として人気があり、人口が数百人の町がクルーズ客船が入港すると人口が数倍になり、観光業が町の経済で重要な役割を果たしている。狭軌道鉄道であり、この地域の鉱業の歴史の一部だったホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートが現在では夏季のみ観光目的で運行されている。また作家ジャック・ロンドンの小説「野性の呼び声」の舞台になった場所でもある。
午前中は船内で無線機の手入れなどをして過ごし、昼食を済ませて上陸し町へ行ってみた。街と言っても今の時期は人通りもまばらで、ぽつんぽつんとお店があるていどで映画の西部を思い浮かべる光景だネ、こんな町も昔、金鉱山から金の採掘が盛んな頃は賑わったようだ。1軒の土産物店に入ってみた、商売をやっていると言うよりも、休業しているような雰囲気だ、アザラシの革で作ったアザラシの小さな置物を土産に買った。運動を兼ねて町を歩き回ったが寒いねー、、、

 
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[古い航海日誌 日正丸②] アラスカ スカグウエー入港

2015-06-03

一日近く入り組んだ海岸線を航行し氷河見学を堪能させていただき夕方アラスカのスカグウエーに入港し、さっそく官憲が乗船し入港手続きが行われたがアメリカは入港手続きも簡単だ。さっそく代理店も乗船し荷役の打ち合わせがあり翌日の朝から亜鉛鉱の積み込みが行われ、3日目の朝オーストラリアのタスマニア島ホバートに向け出港予定と決まった。夕食を食べて散歩がてら港の近くを散歩したが(写真)、さすがに吹く風が冷たいね、、真っ白な豪華クルーズ客船が入港している、昔は鉱山で栄えた町だが今は人口が数百人と言うが氷河見物のクルーズ客船が入港すると数千人になると言う。明日は日中に街の散策に出かけようと思うが何か西部劇にでも出てくるような雰囲気だね、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 氷河の海岸線が素晴らしい

2015-05-25

毎朝9時過ぎに起きて着替え、デッキに出てタバコを一服吸うのが日課だ、右舷には相変わらずアメリカ大陸が見える、内航船ならともかく、毎日毎日大陸が見えるのは船に乗るようになって初めての経験だ、赤道近くからどんどん北上し北緯50度を越した、北海道の稚内よりはるかに北のカラフトくらいだろうか、しかし海流のせいだろう、その割には寒くない。本船は外洋から小さな島がたくさん浮かび地形が複雑に入り組んだ湾内に入っていった、海面は油をひいたように静かで不気味だが時々ちかくで魚が飛び跳ねている、前方に氷河が見えてきた(写真)生まれて初めて見る光景だ、時々氷の塊が海に崩れ落ちるのが見える、高いお金を払ってクルーズ客船で氷河見物に来なくてもタダで氷河見物を満喫できる、船乗りの特権だね、、次々に替わる景色でいくら見ても飽きがこない、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] アメリカ大陸西岸を北上中、スキャグウエイ行き

2015-05-14

パナマ運河を通過した本船は中米のコスタリカ、ニカラグア、エルサルバドル、グアテマラ沖を北上しメキシコ沖まで来た。右舷には中米の国々の島影が見渡せる、左舷にはイルカの群れだろうか、本船と並走している、アラスカのスキャグウエー(Skagway)に向け順調に航海している、パナマから約4,700マイル、速力の遅い本船では約2週間ほどかかる、赤道近くの北緯8度くらいから北緯60度まで北上する。スキャグウエーは氷河見物の観光地だ、綺麗な海岸線を見るのも楽しみだネ、、こちらで亜鉛鉱を積み今度は太平洋を南下しオーストラリアのタスマニア島へ向かう。先日よりご飯のコメはアメリカのフロリダで積み込んだカリフォルニア米だ、ちょっと粒が長い感じだが味は日本の米とあまり変わらない位に美味しい、まー越後のコシヒカリと言う訳にはいかないがね、、食後のデザートもフロリダで積み込んだサンキストオレンジだ、長い航海で食事だけが楽しみだ、キャプテンと通信長は昼食後ボートデッキでゴルフの練習だ、紐の付いたゴルフボールを打っている、あんな紐の付いた止っているボールを打って何が面白いのかね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] パナマ運河通過

2015-05-05


メキシコのタンピコを出港いらい順調にカリブ海を南下しパナマの大西洋側のクリストバルに入港した。往航時と同じく燃料と水を積み込むためだ、燃料の積み込みが終わり次第パナマ運河に向かう予定になっている。短い時間だが散歩を兼ねて町に出かけてきた、一人歩きは人通りの少ない路地に入らない事だ、二人連れの子供が走ってきて体にぶつかって財布を抜く、子供だからと言って馬鹿に出来ない、、


燃料の積み込みが終わると運河を通行するパイロット、作業員が乗船して直に出港した。間もなく一番目の閘室に入り閘門が閉められ海水が入れられ海水が増え本船も少しづつ船位が浮上する、二番目の閘室と同じ水位まで船が浮上すると船首の閘門が開き両岸から機関車が本船を曳くわけだ(写真)、三つの閘室を通り海抜26メーターのガツン湖に入る、ガツン湖を航行し太平洋側では三ヵ所の閘室を通り、今度は逆に船を下げていき太平洋岸のバルボアに着く、待ち時間などを含め約24時間くらいかかる、、、



むかい側は反対に大西洋側に向かう船が通るようになっている、ちょうど北欧船籍の貨物船が通って行ったがデッキで女性がデッキチェアーで日光浴だ、日本船とだいぶ違うね、デッキで景色を眺めていると飽きる事はない、長い航海で髪も伸び放題だ、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] メキシコ タンピコ出港、パナマ運河向け

2015-04-27



停泊中、午前中は無線室でバッテリーの点検、アンテナの整備、無線機器の点検などをして過ごし、午後は部屋(写真)で軽く昼寝をしたり、ぶらっと町に出かける、しかし昼間は暑いんだわ、、夜も何回か出かけた。タンピコで5日間停泊しパナマ運河向け出港した、パナマのクリストバルでバンカー(燃料)を積み込む予定だ。メキシコ湾を東方向に進みユカタン半島とキューバの間のユカタン海峡を通りカリブ海に入りベリーズ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ沖を航行しパナマの大西洋岸の都市、クリストバルに向かう。約1,500マイル、遅い本船は4日半くらいはかかる事になる。夕方になると日本の銚子無線局/JCSの22Mhzの電波が強力に入感している、アマチュア無線の21Mhzをワッチしてみると日本の多くのアマチュア無線家の声が聞こえてくる、日本では朝だろう、日本を出港して2か月以上になる、こんなに長い間日本を離れるのは初めてだが未だ半分終わったばかりだ、まだ先が長いねー、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] メキシコ、タンピコ見学

2015-04-17


多くの人夫が乗船してきて朝より荷役作業が始まったが4~5日くらいかかると言う、銃を持った警察か軍隊らしい男も乗船しタラップのところに立っている。どうやら不用な者が乗船しないように見張りをするようだ。近くに行くと人懐っこく話しかけてくるがスペイン語じゃ全く話が通じない、
でも身振り手振りでけっこう通じるもんだね、昼食を食べて町へ出かけるのに銃を持ったガードマンにタクシーを呼んでくれるように頼むと直に呼んでくれた。予め申し込んでおいたメキシコの通貨、ペソを持ってタクシーで街の中心部のお土産店へ行ってみる事にした。こんな処には日本人はいないだろうが運転手に聞いてみると、柔道を教えている日本人がタンピコにいると言う、しかし日本人は何処にでもいるねー、一軒の土産店に入り物色するがこれといってほしい物もないがメキシコの帽子のソンブレロが気に入った。つばの広い綺麗に刺繍がしてある帽子で勿体なくて頭にかぶれない代物だ、あとメキシコの酒、テキーラを買ってみた。店を出てとにかく、あてもなく歩いたネ、、くたくたになり船に戻った、、、

 
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[古い航海日誌 日正丸②] メキシコ、タンピコ入港

2015-04-08

アメリカ、フロリダのタンパを出港後は順調な航海を続け予定より数時間遅れたが3日目の昼前にメキシコ湾に面したメキシコのタンピコ沖にアンカー(錨)を降ろした。間もなく税関など官憲が乗船し入港手続きが行われた、初めてのところで心配したが意外にスムースに入港手続きが終了した。12時頃パイロットが乗船すると言う事で早めに昼食を済ませデッキでタンピコの街の方を眺めているとパイロットボートが見えパイロットが乗船した本船は着岸の為、静かに動き始めた。タンピコは人口が約30万人くらいで重要港になっている。直に岸壁に着岸すると思ったが大きな川を上流に向けゆっくり走っている(写真)、河の両岸には工場群があったり、広い畑もあったり眺めていても飽きない光景だ。暫くすると日本の大手海運会社のグループ会社の貨物船○○川丸が着岸し荷役をしている、さすが海運国日本だな、こんな処にも日本の船が来ている、、、大小数隻の船とすれ違い1時間くらい走りようやく着岸体制に入りタグボートに押されて無事に着岸した。代理店、荷役関係者が乗船し荷役は明日から始まるようだ、予定では5日間ほど停泊すると言う、よし、早めに夕食を食べてタンピコの街の散策にでも行くかネ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] タンパ、フロリダ出港メキシコのタンピコ行き

2015-03-31

タンパで肥料を満載した本船は昼に出港した、新鮮な食糧もたくさん積み込んだし、サンキストオレンジもどっさりと積み込んだ、当分はデザートにオレンジが出るだろう。メキシコのメキシコ湾に面したタンピコまでは約900マイルだ、この海域はそんなに大時化は無いだろうからスピードの遅い本船でも3日目の朝には着くだろう。しかし航海が短いと無線部は事務を兼用しているので入港書類の作成が大変だ、乗組員の所持品リスト、タバコリスト、ワインリスト作成が私の仕事だ、乗組員に申告してもらい、それをタイピングして作成する、今のようにパソコンでもあれば比較的簡単だがカーボン紙を入れてタイプで作成する、凪の時は良いんだが時化ている時はタイプが動かない事がある、大変なんです、、夕食後にデッキに出てみるとマイアミかキューバのハバナにでも向かっているのか真っ白な豪華客船が走っている、スピードの速い客船はみるみる離れて行き間もなく見えなくなったが右舷の方に回ってみると4万トンくらいのタンカーが航行している、30分ほどデッキで変わり映えのしない海を眺めていたが寒くなってきた。夜のワッチ(当直)に入るとアメリカ、テキサス州ガルベストン(Galveston)の中波がバリバリ入感している、短波を聞くと日本の銚子無線局/JCSが日本近海にいるように強力に入感しているが、日本はちょうど朝の通勤時間帯だろうか、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] タンパ フロリダ入港

2015-03-20


バミューダトライアングル(魔の海域?)を無事に通過しアメリカのフロリダ半島西岸のタンパに入港した、長い航海で船体も錆びついている(写真)ここで肥料を積んでメキシコのタンピコで下し、パナマ運河を経由し太平洋に抜け北上しアラスカのスキャグウエイで鉱石を積みオーストラリアのタスマニア島のホバート、南岸のアデレードの近くのポートピリーで下してシドニー近郊のポートケンブラで鋼材を積んで韓国の釜山揚げと決まったが、、長い航海になりそうだわ!

 

着岸後すぐに入港手続きが行われたがアメリカはどこの港もスムーズにいく、タンンパを出港するとオーストラリアまで食料を積み込むのが難しいのでこちらで米(カリフォルニア米)、野菜、肉、果物、など食料を積み込むため司厨長は大忙しだ、頼まれた食料の注文リストを英語に直してタイプし注文書を作成しキャプテンにサインをもらって完成した。間もなくシップチャンドラー(船食)が若い日本人の男性を連れて訪船してきた、フロリダの大学に留学しているのだそうだがアルバイトで通訳の仕事をしているとの事だ。ぶらっと散歩がてら上陸しようと思い船食に話すと、町まで車に乗せて行ってくれると言うことで大きな車(写真)に乗せてもらい町まで出かけた。タンパ(Tampa)はフロリダ半島のメキシコ湾側の中部に位置する人口35万人ほどの町だ、大リーグのヤンキースがキャンプする都市でも有名だが、結構都会的な町だわ、普段の運動不足の解消も兼ねてとにかく歩いた、2~3日足が痛かったねー、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 魔の海域、バミューダトライアングル

2015-03-12


午後のワッチ中に用事でブリッジに行くとセコンドオフィサー(2等航海士)が、おー、次席さん、今バミューダトライアングルの海域に入ったから、緊急事態が起きても直に遭難通信ができるように準備しておいてね、、と真面目そうな顔で言ってきた、何ですかそのバミューダトライアングルと言うのは? 知らんのかね、魔の三角海域をそう言えば聞いたことあるなー、、、食事の終わったキャプテンがブリッジに上がってきた、そしてセコンドオフィサーに 魔の海域に入ったかね? と聞いてきた、内心、へー、キャプテンも気にしてんだなー、、、昔からこの海域では船舶、航空機などが消息を絶ち、しかも残骸などが全く見つからないと言い恐れられた海域だ。当直中なんとなく気になりポールド(窓)をよく覗いた、そして夜中にワッチが終わり一杯飲んでベッドに入るが気になり寝つきが悪かったねー、、 

バミューダトライアングル
フロリダ半島の先端と、大西洋にあるプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域。昔から船や飛行機、もしくは、その乗務員のみが消えてしまうという伝説があることで有名である、今でもこの海域では、原因の解らないミステリーな事件が起きているが過去にも多くの船舶、航空機が消息を絶っている。事件の特徴として、次のようなものが上げられます。
(1) 消息を絶った船や、飛行機の残骸が、まったく発見されない。
(2) 消息を絶つ前に突然、方位磁石や計器が狂う。
(3) この地域で、不思議な光が出現するのを目撃したという報告がある。
原因として最も有力視されているのは海底に眠るメタンハイドレードによる爆発説である。
海域は広さ約17万平方キロメートル、変わりやすく、また非常に激しい気象で知られ多くのハリケーンを産みだす海域でもある。

 
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[古い航海日誌 日正丸②] 大西洋ど真ん中

2015-03-03

ジブラルタル海峡を通過し大西洋をアメリカのフロリダ半島のタンパに向け順調な航海を続けている、空は曇り空で海上は多少白波が立つ程度だ、往航は鋼材を満載しコロコロとよく揺れたが今は空船でゆっくりとした周期で心地よいローリングだ。午後のワッチ(当直)で仕事をつくりブリッジ(船橋)へ行くと当直のセコンドオフィサー(2等航海士)とクオーターマスター(操舵手)が退屈そうに海を眺めている、おー、次席さん、コーヒーでも飲んでいきなよ! クオーターマスターがコーヒーを入れてくれた。セコンドオフィサーは岡山県出身の広島商船出身のベテラン、クオーターマスターは能登半島出身だ、、波間に小さな船が木の葉のように揺れて航行しているのが見える、段々と近づき双眼鏡を覗くと日本のマグロ漁船だ、、チャート(海図)を見ると、西経40度くらいだ、ちょうど日本の北半球のほぼ真裏にあたる、ずいぶん遠くまで来たもんだなー、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ジブラルタル海峡通過、大西洋へ

2015-02-23

右舷にユーラシア大陸、左舷にアフリカ大陸が見渡せる地中海と大西洋の入り口、ジブラルタル海峡を通過した。フロリダ州のタンパまで約4,200マイル、古くて遅い本船では12~3日はかかる、バハマ諸島までは島影も見えないだろう、退屈まぎれにボトルシップ作りでもしようと思うがジブラルタル海峡から大西洋にでると多少ローリング(横揺れ)している、細かい作業のボトルシップ作りは無理だし、娯楽室に行くとマージャン卓が1卓動いている、やじ馬が3人マージャンを見ていたが私の顔をみると、おー、カモが来たわ、メンバーもそろったし、、俺はあまり気が進まないけどね、、今日は負けてやるからさー、と言う事で誘い込まれてマージャンを始めたが案の定カモにされて一人負け、えー、来るんじゃなかったなー、週刊誌もすべて読み終わったし、ビデオも何回も見て、やる事が無い、退屈だねー! 8時から当直に入ったが通信長から、これからはサンフランシスコ、San Francisco Radio/KPH も聞いてくれとの事で暫くはフランスと両方のTL(一括呼び出し)を聴取する事になる。
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[古い航海日誌 日正丸②] シチリア島沖を航行中

2015-02-14

キオジアを出港した本船はアドリア海を進みイタリア半島の長靴の底のイオニア海に入り地中海に浮かぶマルタ島とシチリア島の間のマルタ海峡を通過した。左舷にマルタ島、右舷にシチリア島が遙かに望める、夜にはシチリア海峡にさしかかり左舷にアフリカのチュニジアの灯台の灯りが見える、あとはアルジェリアの沖を西に進みアフリカ大陸とユーラシア大陸の間のジブラルタル海峡を通り大西洋に抜けるわけだ。夜の当直で無線室に行くと通信長が、次席さん、フランスの海岸局に本船あての電報があるようだが、あんたに仕事を残しておいてやったから頼むね! と、こうだ。コーヒーを入れて一杯飲みさっそくフランスの海岸局/FFSとQSO(交信)し、国際電報を受信した。東京の本社からだ、仕向地がアメリカ、フロリダのタンパ(Tampa)だ、こちらで肥料を積んでメキシコのタンピコ(Tampico)揚げとのことだ。タイプで打ってキャプテンの部屋に行くが入浴中のようだ、少し時間をおき届けると電文を見て、ほー、タンパは解るがタンピコはメキシコの何処にあるんだ? キャプテン、メキシコのカリブ海側にある結構大きな町のようですよ、、キャプテンはブリッジに上がって行った。ワッチが終わりバスルームでシャワーを浴び腰にバスタオルを巻きつけてデッキに出てみるが、さすがにアフリカ沖とは言え冬の北緯36度だ寒いね、、もう一度バスルームに飛び込みゆっくりと湯船に浸かり、部屋に戻り「スナック日正丸」の開店だ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] イタリヤ、キオッジヤ出港パナマ向け

2015-02-07

午後タグボートに曳かれてイタリヤのキオッジア(Chioggia)を出港した、今度は空船のため座礁する事はない。キオッジアには日本船が初めての入港であり、今までで一番大きな船らしい、岸壁の近くの野菜の選果場の若い女性社員が何人も岸壁で手を振ってくれている、こちらもデッキに出て手を振るが何かジーンとくるものがある、、、crying  停泊が長くベネチアにも二回いき、ゆっくりと観光もできたしお土産もたくさん買った、そして三食昼寝つきですっかりと太りましたって― (写真)、、又長い航海が始まる、トリエステ(Trieste Radio)の海岸局に中波で出港しパナマに向かう旨連絡を入れた、、 NW QTO Chioggia Bnd For Panama すると OK NW QRU Bon Voyage ときた。イタリアとユーゴスラビア(現クロアチア)の中波の海岸局が強力に入感する、暫くはローマの短波とフランスの短波の海岸局も聴守する事になる。ジブラルタル海峡までは色々な島影、アフリカ大陸などが見渡せるので退屈はしないだろう、夜のワッチ(当直)が終わり、ゆっくりと湯船に浸かり停泊中の貯めた洗濯をし部屋で一人寂しく宴会だ、、日本では朝の通勤時間の頃だろう、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] イタリア、キオッジヤ停泊中

2015-01-29

二回目のベネッチア観光に一人で行ってきた、今回は二回目なので順調に進んだが、とにかくよく歩いた。サンマルコ寺院をじっくり見学し、サンマルコ広場で休憩をしていると日本人と思われる若いカップルに出会った、向こうの方から声をかけてきた、観光で来たんですか? 若い二人は新婚旅行でイタリアに来たがローマでは日本人に会ったがベネッチアでは初めて日本人に会ったと言う事で10分ほどお話をした。バンスしたイタリアの紙幣、リラも手持ちが少なくなったし早めにバスで本船に戻った。積み荷の鋼材の荷下ろしも順調にすすみ船体も浮いてきた、着岸時に座礁したがダイバーが潜り船底を点検し異常がないことが判明し、出港が二日後の午後の予定となったが肝心な次航の仕向地が決まっていない、今の時点ではパナマ運河に向けて航行せよ、との事で決まり次第連絡が来ることになっているが、南米のチリかメキシコの可能性が高いと言う。何ともミステリーだねや、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 退屈な毎日

2015-01-21

停泊も五日目ともなると、そろそろ退屈になってきた。日本で積み込んだVTRのテープも全て見終わって、もう三回も繰り返し見ているし、週刊誌も全て見終わり、他のパートの見てない週刊誌と交換してもらったがそれも見終わった、今の時代であればメールをしたり、インターネットという事も可能だろうがネ、、
朝食が済むと、とりあえず無線室でストアーの整理をしたり、バルブチェック(真空管のチェック)をしたり、バッテリーチェック、無線室床のワックスかけなどをして過ごす。日本との時差もかなりあるのでFAXでの共同ニュース(JJC)の受信も混信などで大変だ、2回くらい受信したものを貼り合せたり、手で修正したりして仕上げる、結構大変なんだが乗組員が楽しみにしているので仕方がないね、、午後は一応フリーなんだが仕事をしている乗組員もいるので、そこはうまくやらないといけない、昼食後は岸壁の近くにある野菜の選果場の若い女性スタッフとソフトボールをすると言うか、教えてやる、そして昼寝をして港の近くを散歩したり、通信長は昼食後はキャプテンなどとマージャンが多い、その後はデッキで二人でゴルフの練習だが見ていると講釈だけは立派だが下手だネ、、、数人の乗組員がベネティア(ベニス)から飛行機でローマまで観光に行ったが私は明日二回目のベネティア観光に行こうと思っている、、、

 
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[古い航海日誌 日正丸②] ベネティア観光 ②

2015-01-13


ベネティアは何と言っても運河と橋の街だ、大小の運河が街の中を通り約100の島を作っている。それぞれの島と島の間には400以上の橋が架けられいて、ほとんどの橋はアーチ状になっている。街での交通手段は船と徒歩で自転車も乗り入れ禁止、街全体が歴史が作りだした何の意図もない芸術、テーマパークでただ感嘆する。ベネティアはそんな場面が延々と続く街である。路地の両側には色々な店が並んでいる、ベネティアはガラス細工が有名である、一軒の店に入ってみた。へー! ため息がでる品がたくさん並んでいる。どうしてガラスでこんな色が出るんだろう、、、形状、色、などが全く違う灰皿を3個買った、灰皿と言うより置物だな、とても吸い殻を入れる気にはならない品だ。あとブランデーグラス6個のセットも買った、グラスには綺麗な模様が描かれ、これで安物のブランデーは飲めないなー! 別の店でゴンドラの置物をゲットした。ベネティアでの名所の一つのリアルト橋(写真)に行った。リアルト橋はベネティアのカナル・グランデに架かる4つの橋の一つでベネティアで最も歴史が深くたくさんの土産物屋などが立ち並び賑わっていた。街を歩き回り腹も減ってきた、一軒のレストランに入り通信長が、本当はラーメンが食べたいが無いよなー! イタリアに来たらやっぱり、スパゲティーを食べなきゃいけないでしょ、、似たようなもんだから、それにするか!と言いう事で三人でスパゲティーにしたが色々な種類があるんだな、私はフィッシと言う事で頼んだら魚が入っているスパゲティーだ。賑やかな路地を歩いていると日本人らしい綺麗な女性が、1か月半ぶりに見る乗組員以外の日本人だ、しかも綺麗な若い女性、自然と声が出てしまった、すいません、日本の方ですか? びっくりした様子で、えー、日本です、実家は東京の杉並区ですが今はこちらに住んでいます、、、今のように海外旅行が盛んではない、海外で日本人に会うと珍しく、つい声を掛けたくなる、、一日中歩き回り又バスで船に戻ってきたがもう1~2回ベネティアに行こうと思う、、、
 

 
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[古い航海日誌 日正丸②] ベネティア観光 ①

2015-01-05



荷役作業が始まったが荷役設備が悪い為すべての鋼材を陸揚げするのに1週間から10日ほどかかると言う、良いね、良いね!せっかく楽しみにしていたんだ、停泊が2日、3日じゃつまらん、、さっそくベニス(ベネティア)観光に行くことにした。通信長とボーイさんの三人で行くことに、とりあえず日本円で5万円ほどイタリアの紙幣リラを借りた。キオッジヤの街から湾の向かい側のベネティアまではバスで4~50分くらいと言う、バス停から三人でバスに乗ってはみたが、はたしてベネティアに行くのか心配になってきた、通信長が、おい、次席君、君はイタリア語が得意だろう、ちょっと運転手に聞いてこいや!いや、僕はフランス語は得意ですがイタリア語はちょっと、まー聞いてきます、日本人は我々だけだ、旅の恥はかき捨て、運転手の所に行き、ヘイ、ベネッティア OK?運転手がニコニコしながら OK,OK,局長、行くそうです!バスは段々と混んできて満員状態になったが、なんとかベネティアに着いたようだ。バスを降りてサンマルコ広場へ向かっていると一人のイタリア人の青年が声をかけてきた、Ciao (チャオ)、どうやら一緒に写真を撮ってくれ、と言っているようだ(写真)
 

ベネティアは水の都と呼ばれるにふさわしい、ゴンドラが行き交う光景は素晴らしい、サンマルコ広場(写真)は観光客が行き交い活気があり、人に慣れた鳩も寄ってくるサンマルコ寺院、ドゥカーレ宮殿など素晴らしい建築だ、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] イタリヤ、キオッジヤ入港

2014-12-23

本船の艫(船尾)に日本の国旗を掲げ、マストにイタリヤの国旗を掲げてベネチア近郊のキオッジアの岸壁に着岸すると、何処からともなく多くのイタリヤ人が岸壁に集まってきた。ヤポーン(Giappone)と叫んでいるようだ、岸壁の端の方に野菜の加工工場が有り多くの女性が働いている、昼休みになると働いている女性たちが船の下にやってくる、サッカーをやろうと言っているようだ、こちらはサッカーのルールなんてまるで知らない、ボールを蹴る事くらいしか知らない。野球(ソフトボール)をしようと誘うと喜んで教えてくれと言う、言葉は通じなくても結構なんとかなるもんですでね、、さすが第二次世界大戦の同盟国だ、親日感情は良いね。新潟の実家と大阪にいる彼女に手紙でもだそうと郵便局の場所を尋ねると、近くなので私が連れて行ってやると言う、小さな郵便局へ行くと高齢の男がニコニコしながら寄ってきた、ヤポーン! 日本人か? と言っているようだ、下手なイタリヤ語で シー! すると私に向かって手で銃を打つ格好して、グアム、バン、バーン と言っているようだ、冗談がきついなー! どうも意味が解らない、さかんにイタリヤ語で銃を構える格好をして何やら話している、日本がグアム島でも攻撃したって言うのかなー?? 船に戻って通信長に、局長、ひょっとすると日本がグアム島を攻撃したかもしれませんよ、先ほど郵便局に行くと、さかんにそれらしき事を言っているんですよねー! すると、 次席さん、長い航海でちょっと頭がおかしくなったんじゃないのかい! 入港後はたいしてやる仕事もない、無線室で退屈しのぎにFAXでJJC(共同通信)の新聞を受信していたが混信が多く写りが悪い、すると大きな字の見出しが出てきた、、グアム島で生存の元日本兵発見 何ーそーだ、郵便局でさかんに言っていたのはこの事だわ、、さっそく通信長の部屋に行き話すと直に無線室にやってきてFAXを見て、へーー、次席さん、頭がおかしくなったんじゃなくて良かったなー! 終戦から27年後の昭和47年(1972)1月24日アメリカ領のグアム島で元日本兵の陸軍軍曹、横井庄一さん(写真)が現地住民に発見され2月2日57歳で日本に帰還した。横井庄一さんが記者会見などで話した「恥ずかしながら帰って参りました、、、、」の言葉が流行語になった、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 大変だ、座礁した、

2014-12-15

パイロットが乗船した本船はタグボートに曳かれて岸壁にゆっくりと近づいていた、通信長と二人でデッキから眺めていた。しかし、そのうちに本船の動きが止まったようだ、通信長が、おい次席さん、少しは動いているか、、、  いやー、動いていないんじゃないですかねー? するとタグボートのエンジンの音が変わってきた、大きな負荷がかかった時の音だ、何か嫌ーな予感がしたがその時、ブチーン、、タグボートと本船に繋がれていた太いロープが切れた、ブリッジのウイングではキャプテンとパイロットが何やら話をしているが、どーやら本船は完全に座礁したらしい、タグボートで逆に曳いたり、エンジンを使って離礁を試みるが全く動かない。ラベンナで積み荷の鋼材を少し下したが未だ1万トン近くの鋼材が積まれている。検討の結果、午後の満潮時を狙ってもう一度、離礁を試みる事になった。岸壁から数十メーターの湾内で本船は立ち往生だ。キャプテンは本社と打ち合わせのため上陸して行った。次席さん、本船は座礁して、これから浸水が始まり転覆するかもしれないな、、、通信長が冗談をとばすが、縁起でもないこと言わないで下さいよ、この港には本船のような大型船は初めて入ったらしい、また日本船も初めての入港だと言う。午後の満潮時にパイロットが再び乗船しタグボートが本船を曳き始めた、すると本船はゆっくりと動き始め無事に着岸が完了した。海底は泥なので船底の損傷はないだろうが、念のため荷役が終了次第ダイバーを入れて点検する事になった。ヤレヤレ、とりあえず一安心だ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] ラベンナ出港、キオッジヤ行き

2014-12-07

船に戻って部屋で風呂に入る準備をしているとクオーターマスターが部屋にやってきて、おい次席さん、イタリヤ人が何かレディオ、オペレーターに会いたいと言ってるようだぞ! との事、タラップまで出ると若いイタリア人の男性が二人立っていた。一人の男性が葉書のようなものを差し出してきた、葉書を見ると、なんとアマチュア無線のQSLカードだ、私もアマチュア無線をやっている旨を告げるとニコニコして握手してきた、レディオルーム(無線室)を見たいと言う、通信長に話すと、君が案内してやれ、、との事で無線室でコーヒーを入れて色々と案内をした、同じ無線家でなにかと話が通じる、日本船が停泊していたので来たと言うが、他国の船に比べ日本船の無線設備はすごい、と感心していた。いずれアマチュア無線の電波での再会を約束して1時間半ほどいて帰って行った。ラベンナでは鉄板をコイル状に巻いた鋼材を陸揚げした。次の揚げ地のキオジアの港の水深が浅い為、こちらで積み荷を少し降ろして船のドラフト(喫水)を浅くするわけだ。翌日の昼前に荷役が終わり出港した、、、

 
ワッチ中にイタリア、トリエステ(Trieste)の海岸局が本船を呼んできた、キオッジア(Chioggia)では翌朝08:30パイロットオンボードで着岸予定、との事で今夜は沖にアンカーする事になった。キオッジア港外にアンカーを下し陸を見ると多分ベネッチア(ベニス)の灯りだろうか、綺麗だねー、、停泊中には勿論ベネッチア観光に出かけようと思っている。翌朝08:30パイロットが乗船し、本船はアンカーを巻きあげゆっくりと動き始めた。港内に入り、ストップエンジン、エンジンが止まり艫(船尾)からの太いロープをタグボートが引っ張っている、そして本船は僅かずつ動き岸壁に近づいている、、しかーしだ! ここでとんでもないアクシデントがおこった、、、 
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[古い航海日誌 日正丸②] イタリア ラベンナ入港

2014-11-29


昼前にイタリアのラベンナ(Ravenna)に入港した(写真)。千葉県の君津を出港し太平洋を横断、パナマ運河を通過し大西洋を横断、ジブラルタル海峡を通過し地中海を航行しイタリア北東部、アドリア海に面した港町、ラベンナに入港した、長かったなー!こちらで積み荷の鋼材を少し下ろす、次の揚げ地のチオギアの港が浅い為、積み荷を少し下ろしドラフト(喫水)を少なくする。さっそく官憲が乗船し入港手続きとなったが意外にスムースに終わった。夕食後上陸してみた、ラベンナはフィレンツエから北東へ約105キロ、ベネティアから南へ約114キロのアドリア海に面した人口約15万の町でイタリアの重要港湾都市だ。町に出ると若い男が親しげに手を上げて、チャオ、ボンジョルノ!ときた、そのくらいのイタリア語は俺にもわかる、大きな声で、ボンジョルノ!と言ってやった、、やっぱりヨーロッパの町はきれいだ、次の揚げ地のチオギアからはベネティアがすぐだ、ここではお金は使わないで散歩だけで船に戻った、明日の午後には出港だ、、、

 
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[古い航海日誌 日正丸②] 地中海を航行中

2014-11-20


ジブラルタル海峡を通過した本船(写真)はアフリカのモロッコ、アルジェリア、チュニジア、沖を航行し有名なシシリー島(シチリア島)沖を航行しイタリヤ半島の南側のイオニア海からアドリア海に入った。
ワッチ(当直)もしなければいけないし、外の景色も眺めなければいけないし、忙しいですでねー、、ここから半日ちょっと走ればギリシャだ、真っ白な豪華客船ともすれ違ったが、ちょっとでいいからアテネでも寄ってもらいたいもんだネ、、、    ユーゴスラビア(現クロアチア)の中波の海岸局がガンガン入感する、入港書類も出来上がったし明日の午後にはイタリアでの1港目の揚げ地、ラベンナ(Ravenna)に入港予定だ。有名なサンマリノの少し北西に位置する町だ。船内時間の24時に当直が終わり、さっそく腰にバスタオルを巻きつけてデッキに出てみると左舷にイタリヤの街の灯りが見えて綺麗だ、、船は男の世界、今の時間、起きているのはブリッジに、セコンドオフィサー(2等航海士)、クオーターマスター(操舵手)、エンジンルームにセコンドエンジニアー(2等機関士)、操機手、の4人だけだ、思い切って腰に巻きつけたバスタオルも取って見る、素っ裸だ、見ているのはお月さんだけ、潮風に吹かれて、気持ちいいねー! 直に潮風で身体が冷え切った、海水風呂にゆっくり入り温まり、今日はビールで終わりだ、明日は初めてのイタリアに入港する、、、

 
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[古い航海日誌 日正丸②] ジブラルタル海峡通過、地中海へ

2014-11-10


午後のワッチ(当直)の時、前方に大陸が見えてきた、大西洋を横断して久し振りに目にする陸地だ。ヨーロッパ大陸、スペインの(イベリア半島)、ジブラルタル(写真)わかるかなー! そして右舷にアフリカ大陸、モロッコが見える、一カ所でヨーロッパ大陸、アフリカ大陸と両方が見渡せる場所はここだけだろう、、なんともロマンティックじゃありませんか、、、アフリカ大陸(モロッコ)とイベリア半島(スペイン)の間、狭いところで約8海里(14-5キロ)だ、双眼鏡を覗くと灯台も見えている、西の大西洋と東の地中海をつなぐ出入り口として軍事上、海上交通上、きわめて重要な位置を占めてきた、イギリス領のジブラルタルにはイギリス軍が駐留している。四日後にはイタリアのラベンナに入港する、通信長と手分けして入港書類の作成にかかった、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 大西洋ど真ん中

2014-10-30

パナマ運河を出てカリブ海、そして西インド諸島の島々を眺めてからは、右を見ても左を見ても海、海、海、大西洋ど真ん中だ、毎日見る顔、会う顔も同じ、眺める景色も同じ、陸では考えられないネ、、毎日が単純な生活で退屈だ。朝の9時から10時頃目が覚める、ベッドの中で古い読み終わった週刊誌を読みなおす、部屋で洗面を済ませて11:30から昼食だ、単純な航海で食事が楽しみの一つになる、船内時間の12:00から16:00までワッチ(当直)だ、船の食事は早いが16:30から夕食になる、夕食後は、たまに下手なマージャンをするがカモにされるのがほとんど、気が向くと船のデッキを歩く、あとは部屋のソファーでひっくり返り本を読んだり、時々日記を書くくらいだな、今なら海の上から、いつでもメールもできるし、テレビもパソコンもできるだろうから陸に居るのとあまり変わらないだろうが。20:00から夜中の24:00まで夜のワッチだ、終わると、たまった下着の洗濯をしながら海水風呂に浸かる、シャワーを浴びて部屋で一人一杯やるわけだ。缶ビールを1缶やっつけて、愛用のニッカG&Gをロックで2~3杯、2時頃にはベッドに入り本を読んでいるといつの間にか寝ているネ、、、
凪で気が向くとボトルシップを作る、細かい作業なので船が揺れている時はダメだ、ジョ二ーウオーカーの空瓶で作るのが一番簡単なんだが、何個も作り慣れてくると物足りなくなり、ニッカウヰスキーの大びんに作ってみた(写真)、何日もかかったが時間だけはたっぷりあるからね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 大西洋上の正月

2014-10-23

パナマのクリストバルを出港して暫くはカリブ海の小さな国々の島影が望めたが、今は右を見ても左を見ても海ばかりだね、、明日は正月だ、夜の零時にワッチが終わりサードオフィサーと一緒に食堂で年越しソバを食べた。そして年が明けた元旦、海上は比較的穏やかだ、いつもは朝食なしで寝ているんだが今朝は眠い目をこすって起きた。テーブルには正月料理がところ狭しと並べられている、司厨部が何日も前から準備した正月料理、大変なご馳走だ、キャプテンの音頭で乾杯、、、
正月は当直の無い乗組員は休みだが船が走っている間は休みなしだ、食堂のテーブルにはたくさんのご馳走が並べられている以外は普段と変わらない、海上が時化ていないのがせめてもの慰めだ。一日中仲間の乗組員と酒を飲んでいる人、朝からマージャンをやっている人、寝ている人、テレビも映らない、ラジオも入らない船の上ではやる事は限られる、、でも一年に一回の正月は良いもんだね、、、

 
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[古い航海日誌 日正丸②] 洋上の散髪

2014-10-14

パナマのクリストバルを出港して又イタリアのラベンナまでの長い航海が始まった。本船に乗船する前に散髪屋に行き散髪をしたが1か月もたてば髪も結構延びる、正月もくるしイタリアまでは無理だ、今なら少々トラ刈りでもイタリアに入港する頃にはちょうど良くなる。パナマに入港する前に司厨長に都合の良い日に散髪をお願しておいたんだが、正月の準備で忙しくなるので明日の午前中に散髪するかね!と言う事でカリブ海を航行中に散髪だ、本船には自称理容師が2~3人いるが司厨長はちょいちょい乗組員に頼まれて散髪を引き受けているので腕は一番だ、今航は日本に帰るのはいつかはっきりしないので散髪の希望者が多いそうだ、、上手なもんですでね! 散髪が終わると裾を剃刀で剃って一丁あがりだ、さっそく風呂に行きシャワーを浴びて終了だ、あーすっきりした。昼食を食べに士官食堂に行った時にギャレー(厨房)に行き、司厨長、後で一本飲んでください! とビール一本を置いてきた、船のビールは免税なんで市販の約半値だ、安もんだねー、、、。
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[古い航海日誌 日正丸②] パナマ運河通過、クリストバル着、大西洋へ

2014-10-06


パナマ運河は中米のパナマ共和国にあり、太平洋と大西洋、カリブ海を結ぶ閘門式の全長約80キロメートルの運河だ(写真)。海抜26メートルにあるガツン湖を挟んで船を水門に入れて海水をポンプアップして船を持ち上げ、ガツン湖を航行し、今度は水門の海水を抜いて海抜0まで下げるわけだ。待ち時間を入れて約24時間くらいかけて通過する。
 

運河は東行き、西行き、の一方通行だ、運河の両側の機関車が本船に繋がれたワイヤーを引っ張り閘門の中に入れる(写真)、船尾の水門を閉めてポンプで海水を入れると船が徐々に浮上してくる。次の水門と同じ水位まで浮上すると船首の水門を開いて次の閘門まで移動し又船尾の水門を閉じて海水をポンプアップして船を浮上させる。対岸の運河を太平洋岸に向かう船が閘門に入っている、北欧ノルウエーの貨物船だ、デッキにはデッキチェアーに掛けて日光浴をしている女性の姿が、多分船長の家族だろう、日本船とえらい違いだネ、、実に20数日振りに見る女性だわ、、
 

太平洋側の閘門を通過した本船はガツン湖と言う湖に出た(写真)、部屋のポールド(窓)からパチリ、ここは海水ではないので船底に付いた藻などが取れて自然に掃除をしてくれる。ちょうどクリスマスが終わったばかりで、夜になり湖岸の灯りなどが綺麗だ、、、
 

ガツン湖を通過して今度はカリブ海側の閘門に入るが、今度は逆で閘門の中の海水を排水して、船体が下がり(写真)、船首の門が開き次の閘門に入り、船尾の水門を閉めて海水を排水し船体を下げ、大西洋側と同じ水位になり無事パナマ運河を通過した。大西洋側のクリストバルに着きここでバンカー(燃料)を積み込むので数時間停泊すると言いう。夜中には出港するが夕食を食べて目の保養、気分転換に上陸してみた、裏通りは行かない方が良い、という事なので人通り多い通りを選んで歩いてきた。ズボンの後ろのポケットに財布でも入れて歩いていれば間違いなくスリにやられる、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] パナマ、バルボア到着

2014-09-29


朝方、本船日正丸/JMVY(16,159重量トン)の前方にパナマの太平洋側の町バルボアが見えてきた(写真)、間もなく国際VHFで本船を呼んできて、指示通りに錨地にアンカー(錨)を下ろした。暫くするとパナマ運河通行の為の担当者が数名本船に乗船してきた。話には聞いたが勿論パナマ運河を通るのは初めてだ、わくわくするね!昼前にはアンカーを巻きあげてパナマ運河に向かうとの事だ。早めに昼食を済ませて無線室にいると作業員、パイロットが乗船してアンカーが巻きあげられデッドスロー、アヘッド(前進微速)の指示が出、エンジンが動き本船はゆっくりと動き始めパナマ運河に向かった、、、

大正3年(1914)熱帯のジャングルを切り開き、約10年の歳月をかけて完成したパナマ運河は、全長がおよそ80キロ。現在航行する船は年間約1万5,000隻。世界の貿易の要衝として発展しています。日本は運河の利用国として世界第4位。穀物、鉄鉱石、自動車など年間およそ2,000万トンの貨物が、日本を発着地としてパナマ運河を通って運ばれます。パナマ運河では現在、運河の幅を大型船が通れるよう拡張工事が行われています。完成すれば輸送量は今までの3倍に増えるとみられ、数年後に始まるアメリカからのシェールガス輸入ルートとして日本企業の期待も高 まっています。
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[古い航海日誌 日正丸②] 順調な航海、中米沖を南下中

2014-09-20

中米沖を順調に南下中だ、ブリッジに行きチャートを覗くと、ちょうどニカラグア沖を航行中、左舷にはうっすらとニカラグアの島影が見える(写真)空はいまいちパッとしないが海は紺碧の海だね、、デッキから海面を眺めると吸い込まれそうな気がする。パナマ運河から日本に向かうのだろうか時々、北上する船と行き交う、多分パナマ運河経由でカリブ海に向かうのだろうか、真っ白な豪華客船がスピードの遅い本船を追い抜いて行く。明日の昼前にはパナマ運河の入り口の町、バルボアに着く予定だ。
 
午後のワッチの時に電波法で定められた非常用の送受信機のテストを行った、バッテリーで動く50Wの送信機と受信機の試験、結果良好だがその旨、ログブック(業務日誌)に記入、そして救命艇用の持ち運び式の無線機の試験も実施した、ホイップアンテナを組み立てて、ハンドルを回して発電し、送信、受信、の動作を確認した、結果は良好だがその旨、業務日誌に記入、そしてバッテリーの点検だ、比重を測り、バッテリー液を点検し補液する、そして数時間かけて充電する。ワッチ中の一括呼び出し、毎15分、45分の沈黙時間の聴取、FAXの受信、などの合間合間に時間を見ながら行う。日本との距離は離れているが日本との通信は、時間と周波数を選べば比較的に楽だが時差が結構あるので、いつでもってわけにはいかない。船内時間の16:00、午後のワッチは終わったがバッテリーの充電は夜のワッチまでかかりそうだ。今日のワッチは忙しかったねー、、一服して16:30から夕食だ、食事と夜のワッチ(当直)が終わって風呂に入り、一杯やるのが一日の楽しみだ、、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] アメリカ大陸だー!

2014-09-11

数日前より船内は冷房に切り替わった、ローリング(横揺れ)もほとんど無くなり快適な航海だ。船内時間と日本とは18時間くらいの時差がある、日本では翌日の朝の3時頃だがネ、、揺れも無くなり久し振りに熟睡した、ベッドから起き、タバコをくわえてボートデッキに出てみた。んッ、、、曇り空だが水平線が少し黒い、アメリカ大陸か?さっそくブリッジに上がってチャートルームのチャート(海図)を覗くと、カリフォルニア半島だ(写真)、2週間以上も海しか見えない生活、、サードオフィサー(3等航海士)に尋ねると、これからはパナマ運河まで大陸に沿って南下していくと言う、メキシコ、グアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、と続くわけだ。サードオフィサーが、次席さん、本船の左舷側にクジラがいるんですよ、もう少しすると潮を吹きますよ、、海面を見つめていると、少し離れているが潮が上がった、双眼鏡で見ると間違いない大きなクジラだ、、コーヒーをよばれて昼食まで肩を振ってきた、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] はるかハワイ沖航行中

2014-09-04

大圏コースを通り日付変更線を通過した本船は少しづつ南下している、写真は日本から北米に行く場合の体験コースだが、パナマ運河に向かう本船は写真のコースより南を通る、ちょうどハワイ諸島の遥か北を航行中だ、コースをハワイに向ければ1日半も走ればホノルルに着くんだがねー、、ローリング(横揺れ)もだいぶ少なくなってきた。日本で積み込んだ娯楽用のビデオも全て見終わってしまったし、今日から退屈まぎれにボトルシップ(空瓶の中に帆船を作る)の作成にとりかかった。作り方は以前に乗船した佐賀関丸で乗組員のクオーターマスター(操舵手)に教わったんだが、何個も作り、今では師匠に負けない位な腕前になりましたってー、小さな材木を削ってサンドペーパーで磨いて帆船の本体作りにとりかかった、急ぐ事はない、まだ先は長い、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 日付変更線通過

2014-08-28

千葉県の君津を出港し大圏コースを通るため、房総沖よりどんどん北上する、北米航路のようにアリューシャン列島のすぐ近くまでは北上しないが北緯40数度まで北に上がる。空は鉛色、時々小雪のようなものが舞っている、海は相変わらず時化もようでローリング(横揺れ)がある。食欲もでてきたし揺れにはだいぶ慣れてきたようだな、午後の当直に入っていると通信長がやってきた、次席君、わしゃ明日からマージャンもう止めるわ!どうやら昼食後のマージャンでカモにされたようだ、何日間止めるんですか?とたずねると、ずっとだよ、、その言葉は何回か聞いたことがある、私は船が揺れている時はとてもマージャンをする気になれない。通信長は広島県の瀬戸内海の島の出身だ、東に進む本船は船内時間が毎日20~30分くらいづつ時間が進む、一日が短くなるわけだ、そして午後、日付変更線を通過し、日付が一日バックした。夜の零時にワッチ(当直)が終わり風呂に入り一杯を飲みながら日本で積み込んだ1~2か月前の歌番組などのビデオを見るのが楽しみだ。2時過ぎにベッドに入り週刊誌を読んでいるとそのうちに寝ているネ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 時化の房総沖

2014-08-22

房総半島の野島崎沖300キロを航行中だ、外は低気圧の接近で時化ている(写真)、この程度の時化はよくある事だが積み荷が鋼材で重い為、重心が低いので揺れる周期が早い、ゴロゴロよく揺れる。2か月の休暇で身体から塩気が抜けて軽い船酔いだ、まったく食欲が無い、陸の仕事であれば休暇でもとって休むところだが船ではそうはいかない。まー4~5日もすれば慣れるだろう、、1年前にはこの海域で第一中央汽船のかりふぉるにあ丸(62,147トン)が船体が折れて沈没している、2年前にはやはりこの海域でジャパンラインの鉱石運搬船ぼりばあ丸(54,342トン)が船体が折れて沈没している。本船は16,159重量トン、なんだか不気味で気持ちが悪いね、、、当直中にブリッジに行きセコンドオフィサー(2等航海士)に、セコンドオフィサー、この揺れなんとかならんのですか? 訊ねると、次席さん、この揺れはアメリカの沿岸までダメだね、、2週間ほど我慢だね、なんならもう少し北へ上がりもうちょっと揺らすかね!と言うが、先が思いやられる、、、。

ぼりばあ丸
昭和44年1月4日、ペルーのサンニコラスから鉄鉱石を積んで川崎に向かう途中、房総沖で時化の為浸水しSOSを発信、近くを航行中の健島丸が漂流中の2人を救助したが31名の乗組員が行方不明となり、5日に沈没した。

かりふぉるにあ丸
ロサンジェルスを出港した かりふぉるにあ丸は2月9日、時化の野島崎沖で大波を受け航行不能となりSOSを発信、近くを航行中のニュージーランド船「オーテアロア号」、自動車運搬船「えくあどる丸」などが救助に向かった。
全ての救命ボートを荒天で喪失した為、かりふぉるにあ丸は脱出不能に陥っていたため救助に向かった米軍救難機が救命ボートを投下したが、船体に投下出来ず、「オーテアロア号」から荒天下決死の覚悟で発進した救難艇によって22人を救助した。しかし住村博船長と三等航海士が退船を拒否し、救難艇の固定用に下ろしたロープが救難艇に絡んだため住村船長の指示で三等航海士は切断作業の為の器具を持って下船し、直後にロープが外れるが、住村船長は自ら、沈み行く船と行動を共にする、として下船せず、結果的に殉職した。 船長の最後の言葉は みんな行ってくれ わしゃ残るわ である、、、また救命艇降下作業中に転落したボートにて漂流していた2人が「えくあどる丸」に発見され、米軍救難機の支援の下救助された。悪いが数か月前の韓国、旅客船沈没事故の乗組員、船長の行動とえらい違いだネ、、
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 君津出港、パナマ運河経由イタリヤ行き

2014-08-15

千葉県君津市の現、新日鐵住金君津製鉄所で鋼材約1万トンを積み込む、大きな分厚い鉄板、鉄板をコイル状に巻いたものを荷崩れを起こさないように固定しながら積み込む。今航は長い航海になる、パナマ運河経由でイタリア東岸のラベンナ、チオギア(ベニスの近く)の2港揚げ、その後の予定は未だ解らない、イタリアに着くまでに決まると言う、日本に帰るのは早くて来年の桜咲く頃だろう、、停泊中に4~5ヶ月分の消耗品、主に一杯のおつまみ、週刊誌、航海中、暇つぶしに作るボトルシップの材料などなどを買い込んだ。本船 日正丸/JMVY 15,000トン(写真)は新日鐵住金君津製鉄所の専用岸壁を静かに離れた、岸壁から工場の関係者、代理店が手を振っている、寂しいもんですな、、東京湾の浦賀水道には大小たくさんの船が航行している、房総半島南岸の野嶋崎灯台が見え、右舷側には伊豆大島の島影も見渡せる、段々と日本の島影も薄れてとうとう見えなくなった、どっちを向いても、海、海、海、大圏コースをとるためにいったん北へ進路をとる。パナマ運河の太平洋岸のバルボア(今は名前が変わっていると思うが)まで約14,000キロ、スピードの遅い本船では23~4日くらいかかるのではないだろうか、、先が長いねー、、!
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[古い航海日誌 日正丸②] 千葉、君津入港

2014-08-04

快いエンジンの振動で目が覚めた、部屋で早々に洗面を済ませ、着替えてデッキに出てみた。少し白波が立っているが、まー凪ってもんだろう、、左舷に紀伊半島と言うよりも本州最南端の潮岬の白い灯台が見える、明日から師走だ、海を渡る風はやっぱり冷たい、、昼食を食べてワッチ(当直)だ、大型船や小型船が行き交い、景色を眺めていてもどんどんと変化し飽きないネ、、熊野灘から遠州灘、左舷前方に富士山がくっきりと見えている(写真)、この時期は晴れていれば空気が澄んでいて綺麗だ、、そして右舷に伊豆大島が見えてきた、当直中にチョイチョイと抜け出してデッキに立つわけさ、この辺りから急に行き交う船の数も多くなってきた。東京湾に入ると夜景が綺麗だ。千葉県君津市の現、新日鐵住金君津製鉄所沖にアンカー(錨)を降ろした、今夜は沖待で明日の朝着岸し荷役が始まる予定だ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 佐賀関出港、瀬戸内海の島々

2014-07-28

佐賀関(現大分市)の町に来ると町のシンボル的な存在である旧、日本鉱業の煙突が目に入る(写真)、9月まで乗船していた佐賀関丸で毎航入港していた、小さな町の隅から隅まで解ると言っても決して過言ではないだろう。積み荷のニッケル鉱の荷役作業が終わり3日目の朝、日本鉱業の専用岸壁を静かに離れた。豊後水道から四国沖を千葉県の君津へ向かうのかと思ったが瀬戸内海を通るようだ、こちらの方が距離が近いのだろう、昼過ぎに小さな内航船、漁船に混じり外国航路の大型船、フェリーが行き交う難所、来島海峡を通過した。大小たくさんの島影が見え退屈しない、そして夜になると中国地方、四国の灯り、島々の灯りに行き交う船の灯りが入りまじりなんとも綺麗だ、明日の朝には大阪湾あたりだろうか、、当直が終わりシャワーを浴びて、映りの悪いテレビを見ながら一人でビールで出港祝いだ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 日正丸乗船

2014-07-22


趣味のアマチュア無線が高じて よし、外国航路の船舶通信士になろう、、 希望が叶い念願の船舶通信士として勤務した。柄にもなくメモ程度に書いた日記と、ウエザーチャート(天気図)に記入したヌーンポジション(正午の船の位置)、写真と古ぼけた頭の記憶をたよりに書き綴った「古い航海日誌」もお陰で完結を迎えた。船員生活の中で一番印象に残っている日正丸(写真)の11ヶ月の航跡をもう一度たどってみたいと思います、興味のある方は覗いてみてください。

昭和46年9月22日、大分県の佐賀関にて、、花が咲き乱れ果実がたわわに実る夢の島、神様にいつでも逢える島、働かなくてもいいし、猛獣や虫もいない、そんな天国にいちばん近い島が地球の遥か南にあるという、それが、きっとニューカレドニアだと思う、、、、、 森村 桂の「天国に一番近い島」、そのニューカレドニア航路のニッケル鉱専用船、佐賀関丸を休暇下船、約2か月休み11月26日、同じ佐賀関の日本鉱業(現日鉱日石)の専用岸壁にてニッケル鉱専用船の日正丸/JMVY (写真)に乗船した。
しかし、幸か不幸か、今航からニューカレドニア航路のニッケル鉱の輸送から外れて不定期船になる。新鋭のニッケル鉱専用船が就航し古い本船はお払い箱となったようだな、、私としては願っても無いチャンスだ、今航は千葉県の君津から鋼材を積んでイタリアに向かうと言う。長い航海になるため、乗組員の半数近くが交代となった、我が無線部も通信長、次席通信士が交代になる。たくさんの消耗品(酒のおつまみ)を買い込み、週刊誌なども、どっさりと買い込んだ、今のように船上でインターネットが出来ればねー


 
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プロフィール

名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた
激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る
我が人生、






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