2014-01-20

[古い航海日誌 剛邦丸] 鶴邦丸、乗船きまる

横浜で剛邦丸を下船して田舎には帰らず真っ直ぐ母校に行き、青雲寮から研究室に通い色々と手伝いをしてきたが会社より正式に乗船命令がきた。予定通り山口県の徳山市からタンカーの鶴邦丸に乗船だ。久し振りに恩師や後輩たちに会い、学校のすぐ近くにある喫茶店のスパゲテイーナポリタンを食べ、○○屋の弁当を食べ、○○のソバを食べたが懐かしい味だ、、、。 しかし数年前に上京した折に懐かしく母校を訪ねたが、すっかり変わり果て、喫茶店の跡は母校の校門あたりに変わり、ソバ屋、弁当屋、のすがたは確認できなかった。そりゃー40年も経てば変わるわなー、、、乗船まで未だ数日あるので久し振りに新潟に帰る事にした。田舎へのお土産に今回は奮発して虎屋の羊羹を買った。もう親のすねかじりではない、上野駅からは定番の急行 白山ではなく今回は特急 白鳥にした、勿論一等車ではなく二等車だけどさ、やっぱり煙の出ないのは良いね、田舎は未だ電化されてはいないので気動車だ、高田までの停車駅も少なく時間が少し早い、おー、食堂車が連結されているで、、、 田舎では久し振りにのーんびりと過ごした。

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2014-01-05

[古い航海日誌 剛邦丸] 青雲寮

横浜の京浜港で油送船剛邦丸を下船し故郷の新潟には帰らずに学校に向かった。もう学生じゃないんだ、今度は先輩だわ!お世話になった先生に挨拶に研究室に行った、乗船するまで後輩たちの面倒を見てくれ、午後の俺の授業、お前が少し学生たちに話をしてくれ、と相変わらずだ。学生たちの前で乗船中の体験談などを話すと、学生たちの目は輝いている、俺も数年前まではこうだったなー乗船まで青雲寮(写真)でお世話になる事にした、寮と言えば聞いたところが良いんだが、東京の高級地、高輪の泉岳寺の横に位置する場所にはおおよそ不似合いな築4~50年は経っているであろう木造二階建ての一般の住宅を改造して寮に使っている。一階は8畳ほどの部屋がリビング兼食堂兼自習室だ、両側の押入れがカーテンで仕切られたベッド兼自室だね、プライバシーなんて気の利いたものは持ちあわせていない、二階はお客さん用、先輩用に使っている、ここで十名近い学生が交代で食事を作り、朝六時の総員起し、甲板掃除(掃除)、国旗掲揚、から消灯まで規則正しい寮生活を送っている。ここの寮生活を送った経験のある学生はひと味ちがうのは言うまでもない、卒業後、国家試験に合格し船会社に就職する時に、寮にいた学生を指定して採用する会社があったのも事実だ。卒業した先輩だ、甲板掃除や食事当番は無いが決してだらしのない生活は出来ない、6時の総員起こしには起きて学生達と一緒に食事をする、朝食はアルマイト(金属)の食器にご飯とみそ汁、それにせいぜい生卵か焼き海苔くらいだ。毎朝食事当番が寮長から食費を預かり買い出しから食事つくりまで担当する、少ない予算からなんとかやりくりをしなければいけない、行きつけの八百屋の大将が、今日は何を作るんだい、これ余ったから持ってけや、、、とよくタダで頂いたもんだ。勿論アルコールなんてもってのほか、、こんな中にも月に一回、誕生会と言いうのがある、誕生会と言ってもいわゆる飲み会だ、この時ばかりはおおいに飲むが回り近所に迷惑をかけるのは厳禁だ、、乗船までの2週間ほど青雲寮から学校までの通勤が始まった、、、。

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2013-12-19

[古い航海日誌 剛邦丸] 横浜にて剛邦丸下船

徳山で原油をおろした本船は又鹿児島の喜入の石油基地に向け出港した。徳山市のキャバレーで同じ席に付いたウエイトレスの女性、偶然にも同県人と言うことで意気投合し次航また再会を約束して別れたんだが、喜入で積んで又徳山に行くんだろうなー、、しかーしだ! 日向灘を航行中連絡が入った、喜入で積み揚げ地は横浜に変更になったと言う、なにー!しかもだ、私は横浜で下船し24日に徳山で油送船 鶴邦丸/JHRF(50,340D/W)に転船だと言う。11月下旬に北米航路の瑞陽丸に乗船以来2ヶ月ちょっとで3回目の転船だ、会社は一体何を考えているんだい、しかし雇われている身だ、仕方があるめー、、。喜入で原油を満載した本船は横浜(京浜)に向けて出港した。夕方高知県の室戸岬の沖合を通過し、まもなく左舷に和歌山県の潮岬の灯台の灯りが見えてきた、明日の朝には東京湾に入るだろう、そして午後には下船となる、下船準備と言ってもカバン一個だけ、風呂に入り下着の洗濯をして映りの悪いテレビを見ながらビールで一杯、今日は早く寝よう、翌朝、予定通り東京湾に入った、大小沢山の船が行き交う、そして京浜運河の入り口の○石油の専用桟橋に着桟した。間もなく本社から担当者が来船したが、鶴邦丸の次席さんから休暇願が出ているんだが交代要員が手配付かず一航海下船を延ばして貰ったのでこれ以上延ばせないし、人手不足で交代要員が手配できないのでやむなく私のところへ来たらしいな、徳山で新入社員の通信士D君も乗船するのであわせて頼むとの事。新潟までの下船旅費を頂いて新潟へは帰らずに久し振りに母校に向かった、、、。

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2013-12-08

[古い航海日誌 剛邦丸] 徳山の夜

夕食後、一杯のみに出ようと思うがチョット未だ時間が早い、駅近くのパチンコ店に寄ってみた。2~3千円もあれば十分に遊べる、パチンコ店を出たが、さて、何処へ行けば良いんだい、こういう時はタクシーに乗るのが一番だ、運転手さん、何処か面白い所ないですか?お客さん、面白い所って飲む処ですか、徳山(現周南市)は全国的にも有数の飲み屋が多いところですよ、こういう時は知らないお店に行くよりも、キャバレーが良い、、運転手さん、キャバレー有りますか?と言うことで一軒のキャバレーに連れて行ってもらった。結構大きいキャバレーだ、ボーイさんに案内されてボックス席に座ると、お客様、ご指名は? いや、初めてだ、暫くすると20代中ごろくらいだろうか一人のウエートレスが席にやってきた、ごく平凡な容姿の女性だがなにかしら魅力を感じる、、ステージではショーをやっているが、そんなのは全く興味が無い色々と話してみるが、どうも中国地方の言葉ではないような気がする、貴方は出身はどっち? 北の方だと言う、まさか北海道じゃあるめー、、ためしに秋田県か? もうちょっと南です、新潟県です、、内心、新潟県人がこんな遠くまで来て働いている、私も新潟県だよ、高田市だ、 えッ、私は柏崎市です、、すっかり同県人と言うことで意気投合した、東京で知り合い結婚し旦那さんの郷里の徳山に来たんだが数年前に離婚しこちらで働いていると言う、よくある話だ。彼女を指名しなるべく席に長く居てもらうようにしたが、なぜか今夜は酔わない、しかし見習いで朝帰りはまずい、名残惜しいが再会を約束して本船に戻った、、、。

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2013-12-01

[古い航海日誌 剛邦丸] 喜入(鹿児島)発、徳山行き

原油を満載した本船は昼前に鹿児島の喜入石油基地を出港した。行き先は暫く横浜との事であったが急遽、山口県の徳山(現周南市)に変更になった。桜島からは噴煙が上がっているのが解る、右舷には開聞岳の美しい姿が望める、良い景色だねー錦江湾を出た本船は日向灘を北上すると間もなく右舷に水ノ子島灯台(写真)が見えてきた。今は無人だが以前は灯台守が常駐していた、映画の「喜びも悲しみも幾年月」の舞台になった灯台だ、午後の次席さんのワッチの時に、三席さん、JDAとJITにTRを入れてくれるかね!中波の海岸局の鹿児島無線局/JDAと大分無線局/JITにTRを打電した、JIT DE JMJG TR すぐに大分無線局から応答がある、JMJG DE JIT QSW 4?? 、、、豊後水道を通過して周防灘に入った、ワッチが終わり艫の食堂に行くためにフライングパッセージを歩きながら景色を眺めるが1月の海上は風が冷たい、瀬戸内海の大小たくさんの島々、大型船、小型船が多数行き交う光景は絵になるね、、食事の時に同じテーブルのセコンドオフィサー(2等航海士)にマージャンのお誘いを受けるが、内心、まだ見習いの身分でマージャンはまずいだろう、断るのもなんだしすいません、マージャン知らないんです、すると、えー、学生の時に何してたの?ときた。夕食後は通信長の当直に顔を出したり、次席さんの当直に顔を出したり、後は映りの悪いテレビを見る、そして洗濯をしながら風呂に入り部屋でビールをちょこっと飲んでベッドに入り週刊誌など本を読んでいると知らないうちに寝てるネ、、、。

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2013-11-21

[古い航海日誌 剛邦丸] 岩国出港、喜入(鹿児島)入港

予定通り本船は朝、山口県の岩国を出港した。周防灘は小さな船が沢山航行している、中国地方、九州、四国の山々が見渡せる、間もなく豊後水道を通り日向灘に出た。三島型の本船は全く振動もなく乗船中の事を忘れてしまう、午前中は通信長のワッチ(当直)に入っている。昼食を食べて今度は次席さんのワッチに入る、次席さんは鹿児島県の薩摩半島の先端の小さな漁師町の出身だと言う、喜入に入港したらちょっと家に帰ってくるから三席さん頼むネ、、とのこと。大隅半島の沖を航行し錦江湾(鹿児島湾)に入って来た、おー、あれが桜島かよ、、、前方に喜入石油基地のたくさんのタンクが見えてきた、そして夕方には桟橋に着桟してただちに積み込みが始まった、次席さんは夕食を食べないで家に帰る為、上陸していった。乗組員は勿論、知らない人ばかり、夜はテレビを見ながら一人でビールをちびちびとやっているが、歓楽街のネオンがチラチラと頭をよぎるが鹿児島市の天文館まではちょっと遠すぎるし、やっぱりおとなしく寝るかね、、

 

JX日鉱日石石油基地

近年の日本国内、国外の急激な社会情勢の変化や不測の事態に対応するために石油備蓄を行っているが喜入基地はその役を担い、現在は735万KLの貯蔵能力があると言う、30万トンクラスの大型タンカーで海外(主にペルシャ湾、インドネシア)から輸入し一旦タンクに貯蔵し国内の各石油基地に10万トンクラスのタンカーで輸送する。年間200隻以上の大型タンカーが入港し、800隻以上のタンカーがこちらから重油などを積み各地の石油施設に向かう。

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2013-11-12

[古い航海日誌 剛邦丸] 岩国にて剛邦丸乗船

錦陽丸を下船し電車で岩国に着いたが、俺はどこに行けば良いんだい! 代理店に電話して確認すると明朝に着桟するとの事、今夜は小さなホテルに泊まる事にしたが、博多のスナック 

”汽笛”の事が思い出されて、このままホテルで寝るのはちょいと勇気がいる、このまま部屋でおとなしく寝るか、一杯のみに出かけるか、頭の中で両者が格闘している、結果今日はおとなしく寝る事にした。

朝代理店に寄り代理店と一緒に車で本船に向かうと、ちょうど着桟中だ、本船は今のところ内航に従事しているため税関などの手続きはない為に直に乗船する事が出来る。かつてはスーパータンカーと言われた本船はさすがに大きい、私が今までに乗船した船の中では勿論一番大きい。船体も溶接ではなくリベットで接続している、乗船して無線室に行くとちょうど、通信長、次席さんがおられたので挨拶をして、通信長が、三席さんは昼間だけ私と次席さんの両方の当直に一緒に入ってくれ、、との事。船は古いがお金がかかっている船と言うことが直に解る、サロンルームなども流石に高級感がある。本船は原油を降ろして再び鹿児島県の喜入備蓄基地に向かう、揚げ地は今のところ北海道の室蘭か山口県の徳山の予定と言う、私は今のところ本船にはいつまで乗船かは不明と言う。明日の朝には鹿児島に向け出港する、乗船したばかりで今夜は飲みに上陸するわけにはいかないだろう、、、。

 

剛邦丸/JMJG

 

総トン数   28,294 トン

重量トン数  50,408 トン

長さ      213 m

幅       30,5 m

建造    昭和33年11月11日 播磨造船所(相生工場)

 

 

 

 

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辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた激動の人生、
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