2017-05-11

[今日の話] 宇高連絡船 紫雲丸事故

朝の4時半に起きてテレビのスイッチを入れて新聞に目を通していると、宇高連絡船 紫雲丸事故の放送をしている、直ぐにテレビに目をやり食い入るように見た。昭和30年(1955)5月11日、香川県高松と岡山県宇野を結ぶ旧国鉄の宇高連絡船 紫雲丸(1,449総トン)(写真)が旅客781名、貨車15両を積載して06:40定刻に高松港を出港したが間もなく、宇野から高松に向かっていた宇高連絡船 第三宇高丸と濃霧の中で衝突し間もなく沈没、乗客乗員168名が死亡した事故である。死亡者の中に小、中学生の修学旅行生などが多数含まれていた。事故当時紫雲丸に乗り合わせ事故に遭い助かった92歳のご高齢の男性がテレビに出演されており、目の前で多くの子供たちが海にのみ込まれていく光景が目に焼き付いているが、一人も助けることが出来なかった事だけが心残りで、毎日慰霊碑に手を合わせ船名の由来となった高松市にある紫雲山に登り事故のあった海域を眺め手を合わせていると言っておられた。私も船員時代に高松沖は何回となく航行しているが、紫雲丸事故、1年前の青函連絡船 洞爺丸事故の事は知っていたが未だ子供の頃であり、あの海域であのような大きな事故が遭ったとは知らなかった、元船員のはしくれとして恥ずかしい話だ、、この事故がきっかけで本州と四国を結ぶ連絡橋建設の話が動き出したと言われている。事故から今日で62年、高松に行く機会があれば是非慰霊碑に手を合わせたいと思っている。
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