2017-11-30

[今日の話] 11月も終わり

11月も今日で終わり、明日から師走だ、、郷里では周りの山々が雪で白くなっているだろう、ご当地の山々は先日、由布岳、鶴見岳が頂上部分がうっすら白くなったが日中に気温が上がると消えてしまう。数日前より寒い朝はちょこっとストーブを入れるが、部屋が温まれば切ってします、別に無ければ無くてもいいんだが、相方が寒いと言いうので入れるだけ、炬燵で十分だ。月初めに2回、九重の指山と小鹿山に登って来たが、紅葉が見頃で天気も良く最高の山行きであった。12月も出来れば2~3回くらいは登りたいと思います、、
仕事の方はお蔭で今月は30日で1日少ない月だが、先月に続き私が目標としている運収の大台を突破する事ができた、これって結構すごいことなんです、、12月は夜は勿論だが昼間も普段の月に比べると忙しい月なので、安全運転に留意して頑張ろうと思いますがね、、、
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2017-11-28

[第2の人生] 清峰丸、 懐かしい日本の島影


毎日ガスがかかっている中を航行しているが千島列島沖あたりに来ると北海道のJOC(落石)JHK(函館)などの中波の海岸局の信号が強力に入感する、日本に帰って来たなー! 実感するね。北海道沖から一気に南下し、午後の当直中、右舷に房総半島だろう日本の島影が見えてきた。まだ携帯電話なんてのは無い、船の船舶電話が通じるようになり乗組員が家族に電話をしているんだろう、暫くは順番待ちが続く。間もなく右舷に房総半島の最南端、野島埼の白い灯台(写真)が見え、左舷に伊豆大島が見えている、そして東京湾に出入りする大小たくさんの船が行き来しレーダーも2台フル回転しているようだ。ブリッジ(船橋)では緊張の連続だろうが、こちらはコーヒーを飲みながら周りの景色に見入っている、、入港書類の準備も終わったし明日の早朝には伊勢湾の名古屋港沖に到着する。私は急遽名古屋で依命下船する事になった、私の交代が手配できたため下船し海技士の国家試験を受験する事になった。午後には下船し夜には東京に帰れるかね、、、
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2017-11-27

[今日の話] 私の第一の人生

私の場合、過去、未来を含め自分の人生を振り返ると大きく四つに分けられるように思う。生まれてから義務教育の中学卒業までが第1の人生だ、この間は大体の人はそんなに大きな違いが無いのではないだろうか。誕生して小学校に入学するまで保育園か、幼稚園に行く、百姓生まれの私は幼稚園、保育園と名の付くところには行っていないが、同級生をみても保育園に行った子はいない。昼間は晴れていれば母親にリヤカーと呼ばれる荷車に乗せられて、畑、田んぼへ連れて行かれる、畑、田んぼが私の保育園のようなもんだ、もっとも当時は今のような立派な保育園、幼稚園は無かった、通っていた小学校の校舎の一角の一つの教室が保育所で一人か二人の先生と言うか保母さんが何人かの幼児を預かっていたと言った方がいいかもしれない。木造二階建ての校舎、児童数200人くらいの田舎の小学校だ、今は恐らく児童数は100人にも満たないだろう、勿論鉄筋コンクリート造りの校舎に変わっているが。成績は自分で言うのもおかしいが、真ん中よりもちょっと上だ、 しかーしだ! 手先が器用で図工はいつもトップ、田んぼで鍛えた足、身体は小さいが校内のマラソン大会はいつも1~2位だったな、、喧嘩も当然ながら強かったし悪ガキだ、通信簿にはいつも「落ち着きが無い」、良く考えれば解るのに落ち着きが無く間違いをする、、、、と書かれていた。5年生の時に授業で作った ”鉱石ラジオ” 一番早く綺麗に完成して一番良く鳴り先生に褒められた、、この先生に褒められた一言がその後の私の人生に大きく影響をもたらした。
 

中学校に進み、野球部、吹奏楽部、科学部、を渡り歩いた。学校の帰りに町のラジオ屋に寄り要らない部品をもらい集めてラジオ、(5球スーパー)を作った。2年生の時に新しく赴任して来た若い先生、アマチュア無線をやっておられた ( JAØ○○ ) 先生の下宿によく遊びに行き色々と無線の部品を貰ってきて無線機(送信機)も作った、アンカバー(違法無線局だ)、その中学校も、卒業時期がきて高校に進学するか、就職するかだが、色々な事情で就職する同級生も数人いたが私はお陰で進学する事にした。私の第1の人生も終わり高校受験だ、その中学校もその後の統合で今は無い、、、

 

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2017-11-26

[パチリ と一枚] 菱ヶ岳(ひしがだけ)


菱ヶ岳は山登りに興味を持ち始めて、南葉山、米山、に続き3山目に登った山だ。県北にも菱ヶ岳はあるが郷里の上越市安塚区に位置する山で、頸城平野から北に米山、南に妙高山、東に菱ヶ岳と修験の霊山として明治初年に至るまでは女人禁制の山であったと伝えられている薬師信仰の山です。頂上からは日本海、同じく薬師信仰の米山、阿弥陀信仰の日本百名山の妙高山を見渡すことができます。山麓には立派な施設の ”雪だるま温泉” があり冬はスキーで賑わう、、、
 
2011・8・6
by  ham

 
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2017-11-25

[新米ドライバー ②] JPN TAXI (ジャパン タクシー) ②


先月末に JPN TAXI をブログにアップさせていただいたが今月の初めに当社に県内の1号車(九州でも1号車と言われるが、それはどうかね?)が納車になり(写真)、関係者が集まり当社で引き渡し式が行なわれた。翌日から143号車の担当者が乗務している、トヨタ、ニッサン、ホンダ、の販売されているボックスタイプの車種をタクシーに使用しているのはご当地ではよく見るが、ロンドンタクシーに似た本格的なタクシー仕様のトヨタのJPN TAXI(ジャパンタクシー)だ。納車になり3週間ほど過ぎ、色々な同僚に意見を聞いてみると千差万別だな、運転はしていないが、内装、装備などを見てみると、後ろの座席からスマホなどを充電する端子が付いていたり、今までには無いちょっとした気配りが感じられる。一度くらいは運転してみたいもんだが新米ドライバーにはちょっと無理かね、、、
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2017-11-24

[新米ドライバー ②] 可愛いお客さん

今日の勤務もそろそろ終わりに近づいた、、キンコン、キンコン、市内南部の公民館に4台口で配車になった。現地に着くと既に3台は現着していた、間もなく引率の数名の先生に伴われて小さな子供たちが賑やかに出てきた。近くの保育園児で保育園までお供するわけだ、車の助手席に引率の先生が乗り、後ろの席にちびっ子が乗り込んできた、 おねがいします! お願いちまちゅ! 先生に教えられているんだろうが、偉いもんだね。走り始めると、まー賑やかなもんです、運転手さん、かっこいいなー、僕もタクシーの運転手になろっと! 嬉しい事言ってくれるね、、3歳児と4歳児だそうだが着くまで賑やかなこと、先生が気をつかって、うるさくてすいません! しきりに恐縮するが、みんな嬉しいんですよ、、保育園に着き下車するときに全員がそれぞれ、ありがとうございました! 車が動き始めても手を振って見送ってくれ、可愛いですね、えらいもんです。

 
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2017-11-23

[仲良し、ちびっ子二人] ちびっ子二人

 

郷里の山間部では雪が積もったようだ、近くに住む二歳と0歳の孫の仲良しちびっ子二人、毎日のように我が家にやってくる、、賑やかでそれなりに楽しかったな、、、
 

遠く離れてしまった今はなかなか会えない、お姉ちゃんは二年生、妹は来年から一年生だ、小さな子供の成長の早さには驚くが、こちらはどんどん老いていく、、、
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2017-11-22

[街中で見かけた話題、光景] あッ ”雪中梅” だ!


仕事で市内を流していると歩道に赤いのぼりが見える(写真)、、 あれー? あッ ”雪中梅”だ! 郷里の三和区にある丸山酒造の名酒だ。遠く九州の、しかもご当地には全国的人気の麦焼酎「二階堂」「いいちこ」がある、懐かしいやら、嬉しいやら、暫く車を止めてのぼりを眺めていたが、思い切ってお店に寄り、状況を話し写真を撮らせていただけないか訊ねるとスタッフの女性がニコニコしながら いいですよ! 快諾をいただいた。
 

なるほどお店を見ると看板に、「八海山」「久保田」「〆張鶴」「越乃寒梅」など越後の名酒が書いてある(写真)、さすがに九州までくるとあまり知られていないが東日本ではなかなか入手できない名酒なんだ、入手できても結構な値段がする。酒屋さんでも”雪中梅”を置いているお店は極わずかだ、以前はよく取引先メーカーの担当者などに 社長、雪中梅なんとか1本手に入りませんかね! 頼まれた。解ったよ、今度来るときまでに準備しておくよ、、知っている酒屋さんに行きお願いすると、雪中梅2本に他の酒8本抱き合わせで購入した、そのうちになかなか雪中梅は入荷しないので今度から雪中梅1本に他の酒9本抱き合わせでお願いしますとなった、内心、弱音につけ込んで??と思うが、それほど入手できなかった名酒だ。
 
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2017-11-21

[第2の人生] 清峰丸、 悲しい知らせ


毎日、日本時間の夜に当社の社船が自船の動静(入、出港、通過など)、通信士の乗下船などの情報を連絡する社船連絡と呼ばれるものがある。当社は西向け航路の船舶が多いため南シナ海、ベンガル湾などを航行している船舶が主に当番船となり中継などを担当するようになっている。しかし本船はアメリカ航路の為、日付変更線あたりから東を航行中の時は社船連絡の時間がワッチ(当直)から外れるため社船連絡には出れないんだが日本に向かい日付変更線を通過し私のワッチ時間に社船連絡の時間が入ってきた。本船も ○○ヒエバレットハツ、ナゴヤムケETA○○ヒヨテイ と送信すると当番船がアラビア海にいる社船に中継してくれる。日本からペルシャ湾のサウディアラビアのラスタヌラに向かい原油を積みブラジルで降ろし、ブラジルで鉄鉱石を積み日本に向かう三国間航路に就航している鉱油兼用船の瑞鵬丸(164,970重量トン) (写真)がインド洋を日本に向け航行中、社船連絡に出てきたが驚く情報を送信してきた。 ホンヒゴゼン、1トウコウカイシガユクエフメイトナル、カイチュウニテンラクトオモワレルガ、ショウサイフメイ、キンキュウシンゴウヲソウシンシ、ケンメイニソウサクチュウデアルガ、イマダニハッケンデキズ、フキンカイイキヲソウサクチュウ、、、、 と送信してきた。私の後輩のT君が乗船している、あと2週間くらいで日本に入港するんだが何が起きたんだろう。広いインド洋での捜索、発見は不可能に近い、それでも百分の一、千分の一の確率に望みをかけて懸命に捜索している姿が目に浮かぶ。インド洋と北太平洋ではとてつもない距離だ、無事発見を祈るのみだ、、、
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2017-11-20

[今日の話] 両子寺の紅葉


 

大分県内の紅葉のスポットはピークを迎えている。昨年は豊後大野市朝地町にある人気スポットの用作公園(ゆうじゃくこうえん)、竹田市の岡城に行ったが、今年は日曜の昨日に紅葉の人気スポットの上位を占める国東半島の両子寺(ふたごじ)に行ってきた。ご当地としては寒い朝を迎え風も少し冷たかったが北国から見ればしれているネ、、国東半島のほぼ中央に位置する両子寺は六郷満山天台宗の古刹だ、寺院の裏には国東半島の最高峰の両子山がある、3年前に登った山だが寺院の横から登る。寺院に着くと結構たくさんの人が来ている、県内では4番目に人気の紅葉スポットだ。しかしピークを少し過ぎた感じだね、、
天台宗別格本山総持院足曳山両子寺(ふたごじ)は養老二年(718)仁聞菩薩により開基されたと伝えられ、六郷満山の中山本寺で修行の中心地として栄えた。江戸時代には杵築藩の祈願所となり六郷満山の総持院として満山を統括する立場にあった。

六郷満山

国東半島のほぼ中央に位置する両子山から谷間は放射状に海岸へ延びている、約28の谷を六つの里に分け六郷と称し、この地に開かれた天台宗寺院全体を総称しして六郷満山と呼んでいる。奈良、平安、鎌倉の時代より、宇佐八幡宮〈全国八幡宮の総本社〉の庇護と影響の下に神仏習合の独特の寺院集団と信仰が形成され、最盛期には半島一帯に185の寺院、洞窟、僧坊、を含めて約八百の大小の堂、石仏、石塔が点在し、仏の里といわれる六郷満山仏教文化圏が開かれてきました。
 

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2017-11-18

[街中で見かけた話題、光景] 「おおいた光のファンタジー2017~星空のランウエイ」


 


この秋一番の寒い朝を迎えた16日、大分市の中心市街地で今年も「おおいた光のファンタジー2017~星空のランウエイ」が始まった。夜、大分駅府内北口前ひろばで歌手のクリスタル・ケイさんらが出席して点灯式が行なわれた。先月より駅ビル、駅前広場、中央通りの両側歩道の街路樹、照明塔などに業者がLED電球などを取り付ける工事が行われていたんだが、、、来年の2月14日まで午後5時から午前零時まで点灯され、毎時ちょうどと各30分に季節に合わせた光と音のショーが大分の冬を色鮮やかに演出する。

 昨年の動画
 
 

 
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2017-11-16

[街中で見かけた話題、光景] 寒ーい朝、

今年も 「今朝はこの秋一番の冷え込みとなりました、、、」 こんなニュースが聞けるようになりました。しかーしだ! ご当地の今朝の最低気温は約10度、日中の最高気温は15度、会社に出勤すると仲間が、今朝は寒かったねー、でも○○さんは寒いところの出身だから寒くは無いでしょう! えー、暑くは無いですが、特別に寒いっていう認識は無いですね、、朝のうちは車の暖房を弱く、ちょこっと入れたが日中は冷房を弱くして、入れたり切ったりの繰り返しだ。朝登校する女子高生のグループを見ていると三分の一の女子高生は首にマフラーを巻きつけて、中には毛糸の手袋をして耳あてをしている子もいる。街を行く人々を見てもほとんどが真冬の格好だな、、、北国育ちの私とは5~7度くらいの温度差がありそうですね、、、
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2017-11-14

[新米ドライバー ②] 棚からぼたもち、、不倫か?

ゴミ捨てに行って外から帰った妻が、お父さん、雨降ってるよ、運転気をつけてね! わかっちょるって(解ってるって)、6時過ぎに家を出たが雨降りの朝は未だ暗い。今日は忙しくなるかなー、、車の点検をし点呼を受けて張り切って出庫した。市内の中心部を流していると7時過ぎ、露地の交差点に二人の男女が立って男が手を挙げた。ファッションホテルのすぐ近くの交差点だ、こんな時間に二人ズ連れ、間違いなくホテルの帰りだな、、若い女性と40歳くらいの男だがお世辞にも女性にもてる顔つきではないね、、男が○○町を経由して○○まで! ○○町を経由して○○までですね、かしこまりました、、市内だが結構な距離だ、内心、朝一番でついてるねー 、走り始めると間もなく男が、これタクシー代! と言って女性にお金を渡している、女性が、そんなの頂くわけにはいきません! 内心、くれると言うんだから貰っておけば、、二人で時々交わす会話は小さな声でよく聞こえないが大体の想像はつく。○○町のコンビニで男は下車、着いたら電話してね! と言っている。お客さん、バイパス経由でよろしいですか? すると、いえ、○○の方から! バイパス経由の方が近いはずだが、こっちは少しでも遠い方が運賃が上がるし逆に有難い話だ。間もなく女性は寝たようだ、、目的地の近くに来たので、お客さん! 起こして、先を右に曲がって踏切を渡っても良いですか? 暫く周りを見渡して、踏切を渡ってまっすぐ行ってくれと言うが、なにか様子がおかしい、、その先は女性が道案内をしているが、戻る方向だ、大きな団地の中を通り、その先の看板のところを左に曲がってください! お客さん、これは○○ではなくて○○○ですが、、 はい、寝ちゃったもんですから! どんどん山の中に入って行く。女性が○○の方からと言った意味が解った、そして山間部の小さな集落に着いたが、運賃は正規なルートで来る5割増しくらいになった、儀礼的に、お客さん遠回りになってしまって申し訳ありませんでした、 すると、いえ、私が寝てしまったものですからすいませんでした! 勘の良いhamさんの推測は、年齢からして彼氏と彼女の仲ではないし、言葉使いからして恐らく同じ勤務先の二人だろう、、、
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2017-11-12

[hamさんの登山記] 大分百山 小鹿山登山


先週の九重の指山に続き今週も最高の天気だと言う、何処の山に登るか迷ったが、夕方から用事もあるし比較的に近い山にしよう。別府の裏側、志高湖、神楽女湖の近くに位置する大分百山の小鹿山(おじかやま)に決めた。志高湖の北側を半周し小鹿山(727,6m)に登り、青少年自然の家に下り、自然観察路を神楽女湖(かぐらめこ)に出て志高湖の南側から駐車場に戻る1周コースとした。
 

湖畔のキャンプサイトでは多くの色とりどりのテントが並んでいる(写真)、駐車場で支度を整え湖畔の舗装道路を紅葉の綺麗な周りの景色を眺めながら、、、
 

左が豊後富士の由布岳、右が鶴見岳(写真)、由布岳は今までに3回、毎年登っていたんだが今年は未だ登っていない、できれば年内に登ってみたいがはたして、、鶴見岳は夏に小2の孫と登って来た、、
志高湖の湖畔を半周すると神楽女湖コースの分岐の少し手前に小鹿山への分岐の標識がある。ここから歩きやすい緩やかな森林帯だ、落ち葉を踏みしめて進む、、、

 

暫くで神楽女湖コースへの分岐があるが小鹿山コースに向かい防火帯(写真)に出る。ここからは結構な登りとなるが歩きやすい、、、
 

二人ずれのグループが追い抜いて行く、二年ほど前からは追い越されるばかりで追い抜くことは滅多に無くなった。暫くで視界が開けた、あれー、もう頂上か? (写真)。 あっけなかったねー! 頂上には2つの無線の中継局と思われる建物が、UHF帯の3素子の八木アンテナが上がっている。発電装置もあるところをみればかなり重要な無線局舎のようだがね、、
 
 
頂上からは別府市街、国東半島方面の眺めは素晴らしい(写真)、15分ほど休憩し下山を始めたが、帰りは反対方向の少年自然の家方面に向かった。きつい下りだが丸太で階段を造ってあるので助かるが、逆に登りはかなりなもんですね、、自然の家の横に下山してきたが、子供たちが何やら活動をしているようだ。職員の方に帰りの神楽女湖までのコースを訊ねると親切に説明していただいた。
 

自然の家から約30分ほどで神楽女湖(写真)に到着した。ここは初夏の菖蒲、カキツバタなどが有名だが今の時期はひっそりとしている。
 

神楽女湖から自然道を進み志高湖の湖畔を往路の対岸を進み2時間半くらいで駐車場に戻ってきた。約7キロちょっと物足りない気もしたが昼前に別府経由で戻ってきた、、、

 
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2017-11-11

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 落ち葉しぐれ ♪ 三浦洸一

冬型の気圧配置の今日、南の国は天気は良く晴れていたが季節風が吹き、落ち葉が風に舞っていた。南国もすっかり秋が深まってきた感がある今日この頃、、、
子供の頃日曜日の午後、NHKののど自慢でよく歌われていた曲に「山のけむり」「落ち葉しぐれ」があったのを覚えている。「落ち葉しぐれ」を歌った三浦洸一(本名 桑田利康)は昭和3年(1928)1月1日、神奈川県三浦市三崎地区の浄土真宗本願寺派最福寺の三男として生まれた演歌歌手だ。昭和28年5月「さすらいの恋歌」でデビューした。その年の9月に出した「落ち葉しぐれ」が大ヒットし、その後も多数のヒット曲をだした昭和の大歌手だ、、、

 
 

 
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2017-11-09

[街中で見かけた話題、光景] 松のこも巻


7日は立冬、暦の上では冬の始まりだ、ラジオ、テレビで「恒例の別府公園の松の木のこも巻きが始まった、、、」 ご当地に引っ越してきて冬になると、別府市内の国道10号線沿いの公園の松の木を見ると地面から1メーターくらいのところにコモを巻いてある、あれはどう言う意味かねー?やっと意味が解りましたってー! 仕事で別府まで行き、お客様が下車され又車まで戻られるまで1時間ちかく別府公園前の広い駐車場で待機した(写真)。別府公園内の637本の松の木および市内の17公園の1011本の松の木に市の職員が4日がかりでこもが巻かれるとの事だ。この松の木のこも巻は薬剤を使わない環境に考慮した害虫駆除法とのことだ。松の木に暮らす害虫が冬になると寒さに耐えられずに越冬のため地面に下りてくると、暖かいこもの中を地面と勘違いして過ごす。春になるとこもを外し害虫の居ついたこもを焼却する。しかーしだ! 「害虫駆除の効果はない」という研究もあるようだが、冬の風物詩でもあり、続けているとの事のようだが、雪の降らない地方の光景だな。
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2017-11-07

[今日の話] 五年目になりました、

四年前の昨日だ、新潟から北陸高速道、舞鶴自動車道、中国自動車道、瀬戸大橋、松山自動車道を経て愛媛県佐多岬半島の三崎港からフェリーで夕闇せまる大分市の佐賀関港に着き大分の土を踏んだ。1泊2日の約1,000キロの道のりだった。当日はホテルに宿泊し翌日の今日から正式に大分市民になった。今日から五年目に入った、まだ1~2年かと思うんだが、月日の経つのは本当に早いねー! せっかく遠い九州の地に来たんだ、あそこにも行ってみたい、、ここにも行きたい、、あの山にも登ってみたい、、○○を食べに行ってみたい、、あれもやってみたい、、これもやりたい、、欲だねー! 時間を持て余した事は無い。
しかーしだ! 人生の四分の三はらくに過ぎてしまった、、これからは欲を出さずに、マイペースで一日一日を大事に過ごしていきたいと思う、、、 
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2017-11-06

[第2の人生] 清峰丸、 肩ふり

北米航路は冬は日本を出港してからアメリカに着くまで時化ている、しかし今の時期は大時化は滅多にないがアメリカを出港してから北海道沖まで毎日ガスがかかり何も見えない。霧笛が不気味に鳴っている、北米材をデッキ(甲板)まで満載しているため、重心が高くなりローリング(横揺れ)もゆっくりとした周期で揺れている。9時過ぎに目が覚め、久し振りにブリッジに行って肩を振ってくるか(肩を振るとは船乗り言葉でお茶飲みをする、暇つぶしをすると言うような意味だな)。当直のサードオフィサー(3等航海士)は商船大出身のバリバリだ、クオーターマスター(操舵手)は能登の出身のベテランだ。アメリカで仕入れた美味しいコーヒーを入れてくれた、お茶菓子もどうぞ! これもアメリカで仕入れた キスチョコだ、コーヒーにチョコはちょっとおかしな組み合わせだが、このキスチョコはまた美味しいんだ。色々な港での話、田舎の話と話がはずむ。サンキストオレンジもアメリカで沢山仕入れたようで、食後のデザートは連日、サンキストオレンジがでるが毎日はいささか飽きるね、、私もお土産に2箱仕入れた。
 
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2017-11-05

[hamさんの登山記] 九重 指山登山


11月に入り最初の日曜日、最近に無い雲一つ無い素晴らしい天気となった。先月は過去にないような雨の多いご当地であった。約1か月ぶりの山行きを決めていたが何処に行こうか? 腰痛も未だ通院中で、あまり高低差のある山、歩く時間の長い山はちょっと不安がある。色々と思案したが九重連山で登っていない山、指山(ゆびやま)に決めた。6時に家を出て1時間半ちょっとで登山口の長者原(写真)に到着した。広い駐車場は既に8割くらい埋っている、あと30分もすれば満杯になるな、、飯田高原の朝は寒いくらいだ、360度どちらを見ても紅葉が素晴らしい、写真の左側、3つの峰が見える三俣山の手前に見える山が指山(1,449m)だ。三俣山の右側に硫黄山の噴煙が見えている、、、
 

支度を整えて登山口へ、今日は自然観察路を通り、雨が池から坊がつるに向かうコースの途中から分岐し指山へ登り、帰りは分岐まで下り自然観察路を往路と反対方向に1周することにした。
 

紅葉のピークは少し過ぎたようだが渓流の音を聞きながら少しの間、木道を進む、最高の気分ですでね! 
 

中年のカップル(ご夫婦ではなさそうだが)が夢中で写真を撮っている、紅葉の木々の中に渓流が、素晴らしい光景です(写真)、実物をお見せできないのが残念だネ、、、
 

自然観察路となっているため、いたるところの木々に丁寧に名前などが書かれた小さな看板が立てられている、残念だが私は木々の名前、草花には興味が無い。中年の男女二人ずれに指山へ行く分岐の場所などを尋ねると丁寧に説明してくれた、山に行く人は皆気持ちの良い人ばかりだ、緩い登りを快適に歩き登山口を出て約1時間ほどで分岐点に着いた(写真)、先ほど説明してくれた二人連れも登って来て、ここです、ここです! 地図とにらめっこしていると同年配のご夫婦と思われる二人も寄ってきて色々とアドバイスしてくれた、有難いねー、
 

10分ほど小休止して自然観察路を指山への分岐を目指して歩く、途中で私と同年配か年上と思われるご夫婦が来られた、分岐までどのくらいかかりますか? 訊ねると、ここから分岐まで20分くらいかね、分岐から頂上まで登りで4~50分くらいかな! 分岐を出て約40分で指山との分岐(写真)に来た。帰りはこの分岐から先へ進み登山口に戻る1周コースだ、
 

分岐を過ぎると本格的な登山道だ、きつい登りもある、しかし登山道は比較的によく整備されていて関係者に感謝だ。途中から樹林帯を過ぎるとミヤマキリシマなどの間を登って行く、ミヤマキリシマは来年の初夏の開花に備えて既に小さな蕾を付けている、展望も開けてきた、、分岐から50分で指山(1,449m)の頂上に到着した(写真)。頂上からは360度の絶景だ、目の前に三俣山が迫り硫黄山の噴煙が良く見える、泉水山、由布岳、遠く福岡県境の英彦山も見えている。頂上には先客が10数名、絶景を堪能している、30分ほど頂上に留まり下山を始めた。下山は分岐点から反対方向に進み1周したことになり
4時間ちょっとで登山口に戻ってきた。今回は快晴で最高の山行きであった、、、 
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2017-11-04

[新米ドライバー ②] なさけねー男?

普段よりも1時間ちかく遅く出勤した、土曜日は比較的に暇な日が多い、しかし長距離が出るのも土曜日に多い。朝一番で市内中心部のあるファッションホテルに配車だ、モニターにはお客様の名前が記入されている、いつもはホテルから電話が入るんだろう、個人情報もあり名前が記入されていないんだが? これは本人が直接電話してタクシーを呼んでいるな、、薄暗いホテルの駐車場に入ると週末のせいもあるが駐車場はほぼ満車だな、この業界は不景気知らずだねや!部屋の入口のところに若い男女が二人、しかし様子がおかしい、何かもめているようだ、いい事をしてきてもめることはねえだろうに! ゆっくり近づいてみると、若い女性は短いスカートを履き、背の高いスラットした容姿で恐らく夜の仕事だろう、若い男はスーツを着た男性で、同じ店で働いているか店の客か??。男は女をタクシーに一緒に乗せようとしつこく誘っているが女は拒んでいる。男が、酔っぱらっているからサポートしないと! と言っている。 内心、何をサポートするんだ、彼女が嫌がっているじゃねーか、、勘の良いhamさんの推理はこうだ、、、朝まで飲んでいて酔っぱらっている彼女を、家まで送ってやるよ、と言いう事でタクシーに乗りホテルに来たが彼女が拒むため諦めてタクシーを呼んだが彼女が一緒にタクシーに乗るのも拒んでいるわけだな、、、男は諦めて一人でタクシーに乗り込んできた。行き先は○町、歓楽街だ、直ぐに携帯で電話しているが相手の女性の声も少し聞こえる、内容からして、先ほどまで飲んでいたお店に電話をしているようだ。運転手さん、○○○ビルまで行って!ビルの前に着くと料金を払い、数軒離れたお店に入って行った。この男、今度は同じお店の他の女性を誘うつもりだろう、、だらしのない嫌な男だね!
 
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2017-11-03

[今日の話] 懐かしい私の趣味 (3)


海上の12万トンのタンカーから送信される電波は兎に角よく飛んでくれた、障害物は全く無し、アースは完ぺき、海面から30メーターはあるだろうアンテナ(空中戦)、連日、世界のアマチュア無線家とのQSO(交信)が続いた。そしてこの趣味が講じて船員生活に終止符を打ち、今度は新潟に帰り無線関係の事業を始める事になった。コールサイン(呼び出し符号)も新しく JHØLNI に変更し、自作の10ワットで始めた無線局が、当時では国内最高の500ワットの無線局(写真)を開局した。深夜、早朝、眠い目を擦りながら世界の珍しい局を探しての交信、、、、
 

家では大きなアンテナ(写真上)を上げて無線、車に乗れば車載機を取り付けて無線、何処かに行く時は携帯の無線機を持って行き無線、兎に角、無線三昧だ、、子供を含め家族四人が全員、無線家であった。一時期、King Of Hobby (趣味の王様)と呼ばれた頃が有ったほどだ。車を見ても乗用車、トラックとアンテナを付けて走る車はよく見かけた、このようなブームは10数年は続いたろうか、、、
しかーしだ! 趣味の多様化、パソコンの普及、携帯電話の普及などでこの趣味の王様、アマチュア無線も次第に廃れ始めた。6畳一間を使っていた我が無線局も子供の成長と共に部屋を占領され、次第に縮小、とうとう無線局も無くなってしまった。私の人生の半分以上は無線に関わって来た事になる、、、

 
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2017-11-02

[今日の話] 懐かしい私の趣味 (2)

当時は未だアマチュア無線人口も少なく、ちょっと変わった趣味ととらえられていた頃だ、毎日夢中になってマイクにかじりついて日本全国いろいろな地方の人とのQSO(交信)に夢中になっていた、たまに生まれ故郷の局とつながると、マイクを握る手に汗をかき興奮して喋った事を今でも鮮明に覚えている。こうした趣味が講じてプロの通信士にあこがれ念願がかない通信士の国家試験に合格、外国航路の船舶通信士となった(写真)
 
あこがれの船舶通信士になり5年、3等通信士から2等通信士に昇進した。中近東ペルシャ湾航路の油送船 霞峰丸 (121,298重量トン)に乗船した(写真)
当時の八重洲無線(株)の人気機種であったFT-200(写真)と言う無線機を持ち込み、上司の許可をとり船からアマチュア無線を運用する事になった。
 
コールサイン(呼び出し符号)も新しく申請して JR6KRG となった。 船首の居住区では業務用の無線に支障をきたす恐れがある為、船尾の居住区の空いているドクター(船医)の部屋を借りる事にした。以前はドクターが乗船していたのだが合理化で乗船しなくなったが、立派な部屋と医務室がある。夜ワッチ(当直)が終わると暗い闇夜の中を船尾の部屋まで行き電波を出して連日連夜、遠く日本の局とQSO(交信)した、当時は未だ海上からオンエアーする局は少なく大変な人気であった、たくさんの局に呼ばれて嬉しい悲鳴だ、又遠く世界各国のアマチュア無線家も呼んできた、下手な英語で、はらはらドキドキ、連日、船上から電波を出しているもんだから、毎日呼んで来てくれる局もいて日本全国に多くの親しい友達が出来、日本の港に入港した時には、るばる遠くから船の見学を兼ねて会いに来てくれる仲間も出来たほどだ、、、(写真は当時のJR6KRG/MMのQSL(交信証))
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2017-11-01

[今日の話] 懐かしい私の趣味 (1)

私の以前の趣味、アマチュア無線の始まりは先日も紹介させていただいたが、小学5年生の時に始まる。理科の時間に”鉱石ラジオ”なるものを作ったが、その結果、一番早く完成し、一番上手に出来て、一番良く鳴った、、K先生に褒められて、、、このたわいもない出来事が、それからの私の長い人生に大きな影響を与えた、と言っても決して過言ではない。学校の帰りにラジオ屋さんに寄り、不要なラジオの部品を貰い、学校の休みの時にはアルバイトをして、、アルバイトと言っても、ラジオ店の人にくっついて行くだけだ、僅かな小遣いを貰い、部品を買ってラジオ(五球スーパーと呼ばれるもの)を作り友達に何台も高く売るわけだ、、、昭和37年の秋に電話級アマチュア無線技士の国家試験に合格、免許を取得した(写真) 今は見る影もないが、まだ坊主頭で若かったねー!
 
当時のアマチュア無線家は無銭家が多いんだが、送信機や受信機は全て自分で作る、根っからの無線好きだ。私も休みのたびに秋葉原通いをして部品を買い無線機(送信機、受信機)を作り、立派な自作の無線局が出来た(写真右)。木造2階建ての古いすきま風の入る寮の屋根の上にアンテナを建てて、昭和38年の3月に無線局の免許状がきて待望の、コールサイン JA1MBB で開局した。
開局して早朝、日曜日ともなれば夢中で全国のアマチュア無線家とQSO(交信)した。そしてQSOすると、その証としてQSL(交信証)を交換する(写真下)
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辛い事もあったが楽しい事も、、
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