[古い航海日誌 日正丸②] ブーゲンビル島入港

2016-10-31

赤道を通過して2日目に本船はパプアニューギニアのブーゲンビル島に入港した、入港と言っても港がある訳でもなく、ただ湾の中にアンカーを降ろすだけ。穏やかな湾は吸い込まれそうな不気味な青が印象的だ、陸を見ると一面が森林で、ひときわ高くそびえている山、バルビ山(3,100メーター)が目に付く。ここは先の第2次世界大戦でブーゲンビル島沖海戦、ブーゲンビル島沖航空戦が行われ、たくさんの若き命が散ったところだ。連合艦隊司令長官、山本五十六大将が戦死された島だ。湾の中を見渡すと先の大戦で沈没したと思われる船の船首部の一部、マストなどの不気味な姿が海面に顔を出している。島や近海には多くの方々が眠っている、祖国の為に散った人々を偲びデッキからそっと手を合わせ黙祷をした。島には世界最大のパングナ銅山が有るが、これが元で何回か内戦が起こり悲劇を生んだ島である。アンカーを降ろして待つこと3時間、官憲、代理店がボートでやって来た。なんとまーのんびりしたところだ、入港手続きも無事終わったが荷役作業は明日からだと言う。1週間は停泊するだろう、我が無線部は当直もないし何をして過ごそうか、上陸しても何もないし、釣りをするくらいだろう、、
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[hamさんの登山記] 二百名山 由布岳登山(東登山口)

2016-10-30


明日は久しぶりに仲間からゴルフに誘われ仕事は休み、従って今日は明日の代わりに出勤する予定もあったが、天気予報は降水確率0パーセント、ここのところ日曜日は天気が悪い、 こんなに天気が良いのに仕事なんかやってられない。何処の山に登るか? 今年の目標に祖母、傾き山系の傾山に登る予定が入っている、しかし8月以来、高低差の多い山は登っていない、今の体力では頂上に立つのは無理がありそうだ、よし、由布岳に登ろう! 由布岳は3回目の登山になるが、今回は初めての東登山口から登る事にした、こちらのルートは結構厳しいようだ。秋の快晴だ中央登山口は恐らく広い駐車場は一杯だろう。家を出て1時間くらいで東登山口(写真)に到着だ。先客は県外ナンバーの一台だけ、車を路肩に止めて準備をして登山届を記入して出発した。
 

樹林帯のなかを緩やかに登って行く、途中から登山道らしい登山道ではなくなる、赤や黄色の目印のテープの数が少なく又登山者も少なく落ち葉で登山道を見分けにくくなっている、おまけに登りはどうしても目線が低くなるので目印を見失いやすい、案の定何回か登山道から外れ、おかしいな、完全に登山道から外れているな! こう言う時はやたらと歩き回らず時間をロスするが元に戻ることが鉄則だ、中央登山口から日向岳を経由してくるコースとの分岐点(写真)に到着した。コースレートでは40分とあるが45分で到着した、コースを見失ったロスなどを考えるとここまでは極めて順調にきた。これからが本当の登山道になる、、、
 

今年の紅葉は少しおかしい、樹木によっては綺麗に紅葉しているがもう落葉している木もあり未だ紅葉前の樹木もある。登山口を出てから1時間ちょっと、樹木の間から付近の鶴見岳、湯布院の街並みも見えるようになったきた(写真)
 

登山口を出て2時間半、険しい頂上、噴煙を上げる伽藍岳(写真)湯布院街、遠く九重連山が見渡せる、汗ばんだ体に通り過ぎる冷たい風が心地よい。
 

ロープを掴み岩場をよじ登る、垂直に近い岩場を鎖を掴んで登る、滑落すれば大怪我は免れない、運が悪ければ命を取られるだろう、内心、こりゃ下山はなおの事怖いなー!
 

登山口を出て3時間、やっとお鉢めぐりとの分岐点(写真)に到着した。同年配くらいの男性が、いやー、きついですね! 声をかけてきた。訊ねるとお鉢めぐりをしてきたとの事、お鉢めぐりは1時間半くらいかかり急な下り、急な登り返し、危険な場所もある。日本百名山、200名山一筆書きの田中陽希さんもビビった長野県の戸隠山の有名な蟻の背わたり、剣の刃渡り、から見れば何とかなると思うが今の私には体力的に無理だ、、、
 

向かいが西峰だ(写真)、熊本、大分大地震の4日前に西峰に登ったが地震後は8月まで由布岳は危険なため登山禁止になった。
 

登山口を出て3時間15分、由布岳(東峰)1,580メーターの頂上に立った(写真)。狭い頂上には20名くらいの先客が、天気も良いし、昼にはちょいと早いがコンビニで買ったオニギリ2個とお茶で昼飯とした、いつもの事だが美味しいねー、そして頂上からの眺め、感動だね!
 

頂上からは遠く祖母、傾き山系、阿蘇の山々、九重連山、福岡の英彦山、国東半島の山々、近隣の山々、360度の大パンラマだ、厳しい山登りだったがその分、達成感は口には言い表せないだろう、、、頂上に30分ほど滞在し寒くなったので下山を始めた。登りよりも下山が危険だ、怪我をしないように慎重に下ったが、ちょいと膝に来たね、、


 由布岳登山スライドショーは  = こちら =

 
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[新米ドライバー ②] 久しぶりの秋晴れで大忙し

2016-10-29

今年は秋になり天気が長続きしない、特に週末はいつも天気が悪い、しかし今週末は天気予報では晴れ、特に明日の日曜日は降水確率は0パーセント、土曜日は比較的に暇な事が多い。いつもより1時間遅く出勤だ、暇なら明日は山に行く予定なので色々と調べようと山の本、タブレット端末を持って出勤だ、しかーしだ! タブレットの電源を入れると チンコーン、チンコーン 配車だ。空車になり、いつもの公園横のマンションの陰になり目立たないところで車を止めてタブレットの電源を入れると、 チンコーン、 チンコーン、 配車だ。配車室に俺の行動を見られているのか? 車の居場所はGPSで解るが車の中で俺が何をしているかまでは解らんだろう、、。今日は駅の南口前のいこいの道広場ではサイクルフェスタが行われていて、全国から自転車の選手が集まりレースをやっていて付近の道路は規制でいつも通りに通行が出来ない、又食の祭典も広場で開催されており、おまけに複合施設が昨日オープンし買い物客がたくさん繰り出し南口は沢山の人でごった返している。府内中央口(北口)はと言うと明日開催される第36回大分国際車いすマラソンの選手が海外、全国各地から二百数十名も集まり商店街の広場で開会式が行われ、車いすの選手たちがボランティアと一緒に車いすで町の中を見物、買い物で移動している。お蔭で今日一日はゆっくりする暇も無く動き回ったが、道路も混み大変な一日だったね。
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[今日の話] 久しぶりの一杯会

2016-10-28


○○さん、フグの旨い季節になってきましたし、久しぶりにフグ刺しで一杯やりませんか? 勤務先の先輩から、先輩と言っても歳は私の方がだいぶ多いがね、ご当地は臼杵のフグが有名で気軽にフグを食べることが出来る。と言う事で仲間三人で仕事が終わってから久しぶりに一杯会だ。今の会社に入って2年半、社員のほとんどが私の先輩だが私よりも遅く入社した人も10人を超すようになった。在籍する営業所でも150人を超すドライバーがいる、新米ドライバーの私だが年齢だけはベスト10以内に入るのは間違いがないようだな、、従って話ずらいのか私から話しかける以外は滅多に相手から話しかけられる事は無い。親睦の意味からもゴルフ、飲み会、などなど誘われればよっぽどの事がないかぎり出席だ。アルコールが入ると会社の事、他の運転手の事などなど、良い事、悪い事、いろいろと話が飛び出す、へー、そうなんだ、そんな事まったく知りませんでしたよ、、、段々と口も軽くなるが、明日も朝から仕事だ、大事なお客さんの命を預かる仕事、ボーっとしてハンドルを握るわけにはいかない、、さー、私は帰りますよ!
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[街中で見かけた話題、光景] 複合商業施設のオープン

2016-10-27



昨年の春に駅ビルのAMU PLAZA がオープンし大分駅府内中央口(北口)のお客の流れが大きく変わった、反対側の大分駅上野の森口(南口)は以前は裏口と呼ばれていたようだが駅ビルの開業により、どちらが表か裏か解らないほど立派な駅南口に生まれ変わった。しかし南口の駅周辺はマンションばかりで北口に比べると華やかさは無い、かろうじて いこいの道(芝生公園)で週末になるとたくさんのテントが建ち色々なイベントがくりひろげられ賑わう程度。5月に南口から1~2分の交差点にテナントビルがオープンし大型ファミリーレストラン、焼き肉店、などなどが入居し少しだが雰囲気が変わってきた。しかし駅のロータリーの空き地に建設中であった複合商業施設「アクロスプラザ大分駅南」(写真)が完成し28にオープンする。1階の食品スーパー「フードウェイ」、2回の家電量販店の「ベスト電器」を核にドラッグストアー、100円ショップ、飲食店など等13店舗が入居する。北口からの通路を出ると目の前が施設だ、年間1千万人の来場者を見込むと言う、これで南口の人の流れも大きく変わるだろう。
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[第2の人生] 剛邦丸、 徳山の夜

2016-10-26

夕食が済み船にいても退屈でしょうがない、ちょっと一杯でも飲みに行くか、通信長に ちょっと買い物
に行ってきます!
 嘘もほうべんだ。ちょっと時間が早いので時間調整にパチンコに寄ったがパチンコは得意でもないしどうでも良い、とにかく1時間ほどつぶすのが目的だ。さーて知らない土地だ、何処へ行けばいいんだい、、こう言う時はタクシーに乗るのが一番いい、運転手さん、何処か面白いところありませんか? お客さん、面白いところって飲むところですか、徳山(現周南市)は全国的にも飲み屋が多いところなんですよ、との事だ、これだけの町だ、キャバレーの一軒や二軒はあるだろう、と言う事でキャバレーに連れて行ってもらった、結構おおきなキャバレーだ、ボーイさんが、お客さんご指名は? と聞いてきたが、 いや初めて来たんです、一つのボックス席に案内されて待っていると、間もなく20歳代の女性が席にやってきた。決して美人ではないが整った顔つきの魅力的な女性だ、ステージではショーが行われているが、そんなことは全く興味が無い、色々と話をするが、どうも言葉は東日本の様で歯切れがいい、あなたは出身は何処ですか、と尋ねると北の方ですとの事だが、試しに、美人だから秋田県でしょう! すると、もう少し南の新潟県です! えッ、私も新潟県出身で高田だよ、 すると、私は隣の柏崎市です、との事。同じ同県人と言う事ですっかり意気投合したネ、柏崎出身の女性がなんでまた遠い山口県の徳山市で働いているのか尋ねると、東京で知り合い結婚し、旦那さんの郷里の徳山市に来たが1年前に離婚しこちらで働いていると言う、よくある話だが、彼女を指名しなるべく長い間席にいてもらう事にしたが同じ同県人だ、話は尽きないが何故か今夜は酔わない、しかーしだ! 見習いの身で朝帰りはまずいだろう、本船は今のところ内航に従事しているので徳山は近いうちに又入港するだろう、名残惜しいが再開を約束し、後ろ髪をひかれる思いで船に戻った、、、
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[今日の話] 健康診断

2016-10-24

今日は年に一度の勤務先の健康診断、夜の勤務のある人は春と秋の二回健康診断があるが、私は昼間だけの勤務で秋の一回だけだ。今日から4日間あるんだが、どうせなら早い方が良いだろう、、朝の忙しい時間は仕事をして9時過ぎに一段落で営業所に戻り健康診断。最近は自分の健康が気になり始めたネ、会社の検診はどちらかと言うと必要最小限の検査だ、私はこれとは別に個人的に健康診断を受けるようにしている。今年の目標は体重を3~5キロ減量であったが体重測定をすると1年前より3キロ増加、なにー! 聴力も僅かだが悪くなったようだ、メタボ予備軍を克服できないねー、年内には何とか3キロ減量し、一年後の検診までには更に3~5キロくらい減量したいもんだが、性根を入れてやってみようかね、、、
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[豊後の名所・史跡] 真田幸村の愛馬、真田栗毛の埋所

2016-10-23


日曜日の夜、NHKの大河ドラマ 真田丸 が放映されているが、大坂の陣で武将として活躍した主人公の真田幸村(信繁)の愛馬の真田栗毛の墓(埋所)が大分市の景勝地、碇山(碇島)にあるのを知る人は少ない(写真)
 

大阪冬の陣
豊臣方は米を備蓄し多くの浪人、武将を集め、上田城で徳川秀忠を苦しめた真田幸村が愛馬の真田栗毛と共に大阪城に入った。徳川家康は豊臣家廃絶のチャンス到来とばかりに諸大名に出撃を命じ、慶長19年11月には20万人を超える軍勢で大阪城を包囲した。真田幸村が急ぎ大阪城南方に出丸(真田出丸)を築き、自らここに居座り、寄せくる徳川勢を撃破した。慶長19年12月4日、松平忠直(徳川家康の孫)が率いる越前勢は加賀勢などと共に南方から真田丸を攻めたが城方の激しい銃撃により多数の死傷者を出して退いた。大阪城が強固であることを知った徳川家康は、かねてこの日のために準備させておいた銃砲、大筒を総動員させて砲撃による攻撃を命じた。城中への連日の集中砲撃により淀君など城内の人々を動揺させ、12月19日外堀を埋める事などを条件に和議に至った。

大阪夏の陣
しかし何としても豊臣家廃絶を目指す徳川家康は和議成立後も豊臣秀頼に城内に籠城する浪人を召し放つか、秀頼が大和か伊勢へ移るかと迫った。豊臣家にとっては受け入れる事はできるはずもなく再び戦いとなった。内堀まで埋め立てられたため大阪城は無防備となり豊臣方の諸将は城を出て場外での戦いを強いられる事になった。徳川方約15万5千人、豊臣方約5万5千人の両軍の本格的な戦闘は慶長20年(元和元年、1615)5月6・7日の両日に行われた、7日は夏の陣最大の激戦となり真田幸村隊は数に勝る松平忠直の率いる越前勢と激突した。真田幸村は松平忠直の家臣の西尾仁左衛門に討たれ、勢いに乗った越前勢は徳川方の中で最高の3750の首級を挙げ大阪城一番乗りを果たした。5月8日焼け残りの櫓に潜んでいた秀頼、淀殿は自刃して豊臣家は滅亡した。執念を果たした徳川家康は安心したのか翌、元和2年4月17日に75歳でこの世を去った。

松平忠直(一伯)と真田栗毛
徳川方から「日本一の兵」と称せられた誉れ高き真田幸村と一心同体で戦場を駆けた真田栗毛は名馬として武将たちの垂涎(すいえん)の的であった。幸村が討たれた後、真田栗毛は越前藩主の松平忠直(20歳)に引き取られ、元和元年7月2日伏見の屋敷から新しい主と共に越前へと旅立った。それから8年後の元和9年(1623)3月15日、松平忠直(一伯、29歳)の豊後(現大分県)配流に伴なわれ、他の忠直の愛馬「細迫」、「定抜」と共に九州へと下った。同年5月2日、ようやく長旅を終えて萩原館(現大分市)に着いた。さらに2年半後の寛永2年正月(1625)津守館(現大分市)に移りここが終焉の地となった。戦場で馬に乗る武士は「馬上」或いは「馬乗」と呼ばれ、馬上の武士は進むも、退くも馬次第で常に馬を鍛えておかなければならなかった。戦国時代の馬は主と生死を共にする同志であり戦友でもあった。

真田栗毛の埋所
津守館で真田栗毛が斃れると、松平忠直(一伯)は碇山(碇島)の中腹に丁重に葬り「真田栗毛埋所」と刻した墓碑(高さ90センチ、幅45センチ)を建立した(写真)。墓石は津守で採石された阿蘇凝灰岩で額が設けられ文字は楷書で薬研彫り(溝がV字型の彫り方)である。真田栗毛が死亡した時期は定かでないが真田栗毛に使用されたと思われる轡が寛永9年(1632)に同所の熊野神社に奉納されていることから、それより少し前と考えられる。真田栗毛の年齢は不明であるが、大坂の陣当時、4歳であったと考えれば越前で9年、萩原で2年半過ごしていることから、津守に移った当時は既に16歳前後だったと考えられる。ご当地に置いてあった郷土史研究家の柴田義弘様の書かれたと思われる案内書の一部を抜粋させていただいた、感謝、感謝、
 



 
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[古い航海日誌 日正丸②] 退屈な毎日

2016-10-22


日本を出て4日目になり、そろそろ退屈になってきた。10時前に目が覚めるが起きるにはちょっと早いしベッドで週刊誌を1~2冊読みあさる、11時にようやくベッドから起き上がり着替えて洗面を済ませ下のサロン食堂へ行き昼食だ。昼食はいつも12時からワッチ(当直)に入るセコンドオフィサー(2等航海士)、セコンドエンジニアー(2等機関士)と3人で食事を食べる。食事が終わり部屋に戻るとボーイさんが綺麗に部屋を掃除してベッドメーキングをしてくれる(写真)、有難いね、、12時に通信長とワッチを交代する、サロン士官(船長、機関長、通信長、1等航海士、1等機関士)は12時から食事だ。当直中にポールド(窓)を覗くとキャプテンがボートデッキでゴルフの練習だ、紐のついたボールをネットに向かい打っている、あんな紐の付いたボールを打って何が面白いかね? その後風呂に入りブリッジ(船橋)に上がって行き3時になると正確に決まって、 どうですか? と言って無線室に入ってくる、 こっちはいつもその時間になるとポットでお湯を沸かしておく、、キャプテンちょうどお湯が沸いたところです、、30分ほどお茶を飲みながら世間話だね、キャプテンは瀬戸内海の○○島の出身で、口は悪いが気持ちの良い船長だ。
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[新米ドライバー ②] 変わった仕事

2016-10-21


市内中心部を流していると電話が来た、 ○○ヘリポートってわかりますか?○○営業所の車が指定なんだが空車が無く手配できないので、、との事。 内心、そんなの解るわけないじゃん、ヘリポートなんてあるんですかね、、 全くわかりません! ○○ゴルフ倶楽部の方向なんだが、データーを送るので詳細はお客様に聞いてくれ! との事だ。 ○○ゴルフ倶楽部の方向となるとかなりの距離でいい仕事だぜ、しかし、あんな山の方にヘリポートなんてあるんだろうか?? あるホテルにお迎えに行くとなるほどパイロットらしい二人の男が乗車してきた。 申し訳ございません、○○ヘリポートの場所は解らないんですが○○ゴルフ倶楽部の方に向かってよろしいでしょうか? と言う事でゴルフ場に向かい、さらにどんどんと山の中に入って行く、途中から更に細い山道に分岐した、 こんな山の中にヘリポートなんてあるはずがない、この山を越えるんだろうかなー、暫く山道を登ると、 運転手さん、その右側のちょっと広いところでUターンして後ろの細い道に入ってくれる! ハンドルを数回切り替えして鋭角に後ろにUターンするように細い道に入ると木で作った簡単なゲートがある、一人の男が下りてゲートを開けてきた、さらに細い山道を暫く走るとパッと広場に出た、一部がコンクリート舗装されているが3~400坪くらいの草ッ原だ、 一機のヘリコプターが駐機している、(写真)、一台の軽自動車が停車していたが中から一人のガードマンらしき人が下りてきた、どうやらいたずらなどされないように警備していたようだ、写真を撮っても良いか訊ねるとOKと言う、こんなまじかでヘリをじっくり見学させていただいたのは初めてだ、これから離陸するんですか? と尋ねると これから準備するのに30分くらいかかりますよ! と言いう事で来た道を戻ったが、ヘリはちょっとした広場があればどこでもヘリポートになるわな、、、それにしても運賃収入は沢山あがり、良い経験をさせていただいた、、
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[今日の話] 安全運転

2016-10-19

勤務先で月に一度、全員懇談会と言うのがある、仕事柄(タクシーの運転手)一日24時間、一年365日動いている仕事だ、全員が一堂に会する事は無理で2日間あり、どちらか都合の良い日に出席する事になっている。朝の6時半に集合だ、入社して3年目だが未だ名前と顔が一致するのは約半分くらいだな、あとは顔は見た事あるが名前が解らない、顔の解らない人も数名いる、えッ、あんな人いたかな?。 時間の半分は事故の話になる、お客さんをお供するこの仕事はなんと言っても事故が一番怖いし避けなければいけない。今は良いのか悪いのか車両にドライブレコーダーが搭載されているので運転状況を全てカメラが記憶している、実際の事故をスクリーンに映して事故を再現し色々な角度から検証する。事故の70パーセントは時速35キロ以内で走行中に起きているが、制限速度が遅いと言う事はそれだけ道が狭い、交通量が多い、歩行者が多い、など危険が多いと言う事になる。 事故の70パーセントは起こるべくして起きている、注意し気をつければ防げる事故がほとんどだ。事故の過失割合など知らない事、誤って解釈していたことなどなど随分と勉強になる。しかーしだ! 悔しいが加齢とともに判断力、視力などなどが衰えてきているのを実感する、心をあらたに気合を入れてハンドルを握りたいと思う、、、
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[新米ドライバー ②] 今日はついてたねー!

2016-10-18

今日も少し早めに家を出て会社へ、この時間だと未だ道路は比較的に空いていてスイスイと行く、車の点検をして点呼を受けていつものコースで市内の中心部へ向かうと、あるホテルの前で、チンコン、チンコン、 配車だ、行き先は目の前のホテル、以前に2回ほどお供したお客さんだ、行き先は大企業の工場だ、とてつもない広い工場でメイン道路は片側2車線の広い道路に信号も何か所もあり一般道と同じだね、正門を入り目的地に行くだけでもかなり走る、運賃も○千円はらくにいく有難いお客だ、空車になり正門を出て中心部へ向かうと直ぐに配車だ、隣の営業所の管轄圏だが私が一番近いところにいるようだ、40歳くらいの男が乗車、行き先は大分駅と言う、運転手さん、08:40分の電車に乗りたいんだがちょっと土産を買いたいんで08:20分頃までに着けないかね? お客さん、本来は○○で行くんですが今は渋滞しています、ちょっと遠回りですが○○経由の方が今の時間はバスレーンを通行できますし早いと思います、 と言う事でこちらも遠回りして早く着けるのは有難い話だが、案の定、中心部に向かう車で1~2キロは渋滞しているようだが、こちらはバスレーンをスイスイと飛ばす、隣の車線は大渋滞だ、へへー、気持ちが良いね、ざまーみろ! 駅には08:18分に到着、 運転手さん、有難う、お釣りはいいから! と言う事で1時間ちょっとで、いつもの半日の売り上げだ、ホテルの待機でも入って少し休むかね、、ホテルへ行くと待機の車がいない、間もなく若い男性客が乗車、行き先は郊外の大型商業施設だ、こりゃ又かなりの売り上げになるな、お客さんを下して中心部へ向かっていると途中で手が挙がり高齢の男性が乗車された、行き先は○○、お客さん反対方向ですね? Uターンして向かうが今度も○千円くらいになる、昼には通常の一日の売り上げを突破した、今日はついてるねー、、 
ルンルンでいつもの公園で昼だ、1時間ほど休み中心部に向かうと又高齢の男性が手を挙げた、運転手さん、駅までだけど良いかね? えー、どうぞ、どうぞ、、どうせ空車で駅の方に行く途中だ、デパート横の一方通行の道路を流していると空車のタクシーが私の前を5~6台走っている、こりゃダメだ! 少し減速して前のタクシーとの距離を開けて走ると、手が挙がる、何回もお供した事のある、ある会社の社長だ、運転手さん、○○にあるゴルフショップに寄ってそれから家に帰りたいんだ! 途中で色々とゴルフの話に花が咲いた、今日は配車は比較的に少なかったが流しでお客を拾えた、それもそこそこの距離で、ついてたねー、、お蔭で一日で二日分の売り上げになっちゃったネ、だからこの仕事は面白い、、
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[第2の人生] 剛邦丸 鹿児島喜入出港、徳山行

2016-10-17

本船は原油を満載し昼前に喜入基地を出港した。外国航路に従事している時は日本では2晩停泊するが本船は今のところ内航に従事しているので荷役が終了すれば一晩で出港する。当初は喜入で積み込み横浜揚げの予定であったが急遽、山口県の徳山(現周南市)揚げに変更になった。食事に行くのにフライングパッセージを歩きながら景色を眺めると、錦江湾に桜島、そして指宿の開聞岳、何回見ても美しい姿だ。午後の次席さんのワッチに入ると、三席さん、JDA/鹿児島無線局とJIT/大分無線局にTRを入れてくれますか! JDA DE JMJG TR 中波の500Khzで鹿児島無線局/JDAをコールすると直ぐに応答がある、JMJG DE JDA QSW 通信波に変更して 1110 キイレハツトクヤマユキ と打電すると JMJG DE JDA QSL NW NIL 大分無線局/JITにもTRを送り日向灘を北上している、時々大型船、漁船、内航船などと行き交う、やがて右舷に四国の山々も見えてきた。夕食時に同じテーブルのセコンドオフィサー(2等航海士)に麻雀を誘われたが内心、未だ見習いの身で麻雀はまずいだろう、断るのも悪いし、すいません、麻雀は知らないんです、 すると 麻雀を知らないなんて、学生の時何してたの! 夕食後は通信長、次席さんのワッチに顔を出したりして過ごす。
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[街中で見かけた話題、光景] 歩行者天国

2016-10-16


ここのところ週末になると天気が悪い、今日も天気予報では雨のち曇り、これじゃ山行は無理だ、朝起きると厚い雲が覆っている、ならばどうする、、いつも行くミカン専門店から売り出しのDMが来ていた、ミカンが大好きな孫のチビッ子二人に送ってやるかね、、と言う事で道の駅に寄りミカン専門店へ、やはりスーパーなどよりかなり安いようだ、詰め放題、など色々あるが二箱ほど送ったが1週間もすれば無くなるだろう、、
午後から買い物に駅ビルに出かけたが駅前の府内中央口前広場で今日はは宗麟まつり(大友宗麟)が行われていた(写真)



駅前の中央通りでは6車線を通行止めにして歩行者天国だ、ついでに色々なブーツを眺めながらぐるっと一回りしたが山に登るよりも疲れたね、、小さな子供たちが喜ぶ遊具や乗り物は順番待ちの長い列ができていた、ラジオ(OBS)の生放送、消防車、白バイ、自衛隊の車、特殊車両などなど色々な車が並び子供たちが乗ったり写真を撮ったりおお賑わいだった、、いつもは仕事で何回も通る交通量の多い駅前通りだが、今日ばかりは歩行者天国で人、人、人、でしたね、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 苫小牧出港、パプアニューギニア行

2016-10-14

停泊中は夜になると上陸し遊びに出かけたが、もうお金も無くなったし最後の夜は船でしょんぼりと過ごすかね、、テレビを見ていると通信長がレクレーションルームを覗き、次席君、なんで上陸しないんだい? 上陸したいんですがお金がないんです! バンス(前借)すればいいじゃないか、幾らでも出すよ! と言う事でその気になり、止せばいいのにお金を前借して上陸した、、そして午前様だな、、、
本船は4日目の朝苫小牧を出港した。行き先は全く予想外のパプアニューギニアのブーゲンビル島だ、今度は赤い泥のニッケル鉱ではなく赤い鉱石の銅鉱石を積みに行く、本当はヨーロッパのフランスかドイツあたりに行きたかったがね、、まーパプアニューギニアのブーゲンビル島は行ったことがないし話のタネに良いかね。下北半島を廻り三陸沖を航行していると北海道と京浜を結ぶ大型カーフェリーとすれ違った、夜デッキに出ると右舷に灯りが見えるが金華山あたりだろうか、コースを南南東にとり南下していく。夜の当直が終わり、さすがに停泊中の遊び疲れでさっとシャワーを浴びてバタンキューだ、、、
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[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 里の秋 ♪ 川田正子

2016-10-13

 
作詞: 斎藤信夫
作曲: 海沼實         
里の秋
唄 : 川田正子
 
 
 
    1 静かな静かな 里の秋
      お背戸(せど)に木の実の 落ちる夜は
      ああ母さんと ただ二人
      栗の実煮てます いろりばた

    2 明るい明るい 星の空
      鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
      ああ父さんの あの笑顔
      栗の実食べては 思い出す

    3 さよならさよなら 椰子(やし)の島
      お舟にゆられて 帰られる
      ああ父さんよ 御無事でと
      今夜も母さんと 祈ります

囲炉裏を囲み、ふるさとの秋を母親と過ごしながら、夜空の下で遠く南の島にいる父親を思い描き、父親の無事の帰りを願う母子の思いを歌っている。この歌を聞くと田舎での幼少期の秋を思い出す。遠い昔の子供の頃だ、夏休みが終わり学校が始まるとイナゴを採りながら学校へ向かう、母親が手拭いを縫って袋を作ってくれ、竹の筒を袋に縛りつけ、採ったイナゴを竹の筒の口から無理やりに突っ込み竹の筒をポン、ポンと叩くとイナゴが袋の中に落ちる、学校に着くころには袋はイナゴで一杯になる。給食の小母さんが大きな鍋でイナゴを茹で、運動場(体育館)に敷いたゴザの上に赤く茹であがったイナゴが積み上げられる、、11月になり稲刈りが終わると近くの田んぼの落穂拾いだ、小学校のグランドに敷いたゴザに拾ってきた落穂を並べて天日干しだ、、それが終わると田んぼに出てイナゴの卵拾いだ、稲の切り株あたりにオレンジ色をしたイナゴの卵がかたまって落ちている、拾って袋に入れて学校に持っていく、結構お金になったようだネ、学校では教材などを買ったのだろう、、

 
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[豊後の名所・史跡] 松平忠直公 居館跡

2016-10-12


松平忠直は徳川家康の孫にあたり、摂津国(現在の大阪府北中部の大半と兵庫県南東部にあたる)にて文禄4年(1595)6月10日に父結城秀康(徳川家康の次男)の長男として生まれた。父結城秀康の後を継いで13歳で越前国北庄{えちぜんのくにきたのしょう}(現、福井県)68万石の2代藩主となった人物である。元和元年(1615)に起きた大阪夏の陣で、松平忠直率いる越前兵は真田幸村(さなだゆきむら)をはじめ3,750余人もの敵兵の首をとり、さらに大阪城へ一番乗りを果たすなど目覚ましい活躍を見せました。しかしこの年に公布された武家諸法度に定められている将軍家への参勤を怠ったことから、元和9年(1623)3月15日隠居を命じられ松平忠直(一伯公29歳の時)は府内(現大分市)藩主、竹中重義の「御預かり」として豊後国(現大分県)萩原村(現大分市)に5月2日に入った。このとき幕府から5,000石の賄料が大分郡内に与えられ、同時に府内目付が派遣され、以後忠直はその監視下に置かれました。萩原館に3年間居住した後、忠直は寛永3年(1626)新たに津守村に建てられた館へと移り(写真)慶安3年(1650)56歳で病死するまで津守館で過ごしました。「一伯公伝記」などの記録によると、2,184坪の敷地を有し、四方に大堀が廻り、東西それぞれに門が構えられ、御居間、内書院、御陵間など20余棟の建物が建てられていたと言う。津守館に在住ちゅうの忠直は次男松千代、三男熊千代、娘おかんの二男・一女をもうけ、また同地の熊野神社(碇山)をはじめ、柞原八幡宮、霊山寺、西光寺、など神社仏閣の再建や寄進に尽くすなど、神仏を厚く信仰し、家族とともに平穏な日々を送りました。忠直の死後、遺体は大分市王子西の浄土寺で火葬された後、遺骨は浄土寺、高野山、津守村に分骨され津守の館跡にその霊を祭った御霊屋が建てられました、その後明治10年に碇山に移築されました。                    = 案内板より一部抜粋 =
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[新米ドライバー ②] 浮気?

2016-10-11

朝一番でいつものファッションホテルに配車になった。たぶん男一人が出てくると思っていたが意に反して30歳代と思われる男女二人が出てきた。乗車すると男が ○○町を経由して○○まで! 走り始めると仲良く話をして時々いちゃついている、別に羨ましいわけではないが内心、いい事をしてきたんだからこんなところでいちゃいちゃしなくても良いだろうに、、話の内容からして初めてじゃない、女性が降りる時に、それじゃ7時にネ! どういう意味だ? 一人になると、運転手さん、ちょっと電話そさせて! えー、どうぞ! 「 あッ、ごめん未だ寝てた、、車が混んじゃってこんな時間になっちゃったけど、もうちょっとで帰る、、、、、、! 」 住宅街のある一軒に着いたが家の前に車が二台止まっていたが一台は軽自動車で奥さんの車だろう、   よく言うよなー、、

昼過ぎに市内中心部の一軒のファッションホテルに2台口で配車になった。一台目は既に到着していた、経験からして、こりゃその道の女性とお客の男性ではないな、間もなく二人が出てきて普通は女性の方が先に車に乗車し、男性が後から別の車に乗ることが多いんだが、男性が一台目の車に乗車し、私の車に女性が乗車した。行き先は市内中心部だ、一方通行が多いところなので、何処から目的地に入るか訊ねると、喋りかたからしてごく普通の女性だが、着いたところはあるマンションだった、、こりゃ不倫かな?
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[今日の話] 今日の一日

2016-10-09

連休もお盆休み、お正月休みも無し、休みと言う休みは1週間に一度だけ日曜日が休み。天気が良ければ湯布院町と玖珠町の間になる福万山に登る予定でいたが昨日までと昨晩の雨で登山道は荒れているだろう、、と言う事で登山は中止とした。ならばやる事はたくさんある、5時にいつものように目が覚める、今日は休みだ未だ早い、二度寝だな、6時に目が覚める、まだ早いな! 三度寝だな、7時に起床した。お彼岸も過ぎ日も短くなってきた、一日なんてわけない、、8時過ぎにはいつもの大衆理容店へ散髪に、三人のスタッフの技術には満足している、髭剃り、洗髪を含めて1,300円とは安いね。家に帰りパソコンをちょこっと覗き近くのホームセンターへ、洗面化粧台の照明のスイッチが接触不良で壊れている、蛇口から水がポタポタ落ちる、の部品を買いに近くの大型ホームセンターへ。家に帰り簡単に昼食を食べて勤務先へ、普段はなかなか車のワックスかけが出来ないのでワックスをかけてピカピカになった、ついでにエンジンルームもエアーでホコリを拭き飛ばし綺麗に拭き取りだ、シートカバーも新しいのに付け替えて全て完了、、ついでにマイカーも洗車してワックスをかけで阿蘇山噴火の降灰も綺麗になりましたってー、、 
家に帰り今度は午前中にホームセンターで買った部品で蛇口の修理、照明のスイッチは既存のスイッチは無く新しい買ったスイッチは形が違うため合わないので少し加工して取り付けOK、ばっちりです、、貴重な一日が、あっという間に終わり明日から又一週間の頑張りだ、、、 
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[街中で見かけた話題、光景] 阿蘇山の降灰

2016-10-08


朝起きてテレビを点けると午前1時46分ころ阿蘇の中岳で36年ぶりに爆発的噴火があったと報じていた。出勤のため車のところに行くと、何だこれ、誰がいたずらしたんだ!?? まてよ?(写真) そーか、阿蘇山の噴火による降灰か、、となりのマンションの駐車場を見ると白い車はみな黒く汚れているし地面は降灰で白くなっている。いやたまげたね、県内でもたまに阿蘇山に近い竹田市では噴火による降灰があるようだが大分市まで降灰があるとは思わなかった、大分市どころか遠く岡山県でも降灰があったというから驚いた。仕事で市内を走り回っていると、あちこちで車の洗車の光景を目にしたしガソリンスタンドの洗車場は何処も満杯だったな、、、
 

昨年の夏に阿蘇の高岳に登り、ついでに中岳も登ってみようと稜線を歩き中岳に向かうとあと数十メーターのところで規制のロープが張ってある、噴煙を見ると風向きは逆だ、よし、あとは自己責任だ、、流石に周りには登山客はいない、ロープをくぐり頂上で写真を撮り中岳の第一火口(写真)を覗きこむと不気味に噴煙を上げていた、ツンと鼻をつくガスの匂い、長居は無用だ、写真を撮り直ぐに引き返した。それから数日後に中岳が噴火し警戒レベル3になった。屋久島沖の口の永良部島の噴火、桜島の噴火、阿蘇山の噴火、熊本の大地震などなど、最近は九州の地下深くで何が起きているんだろうか、無気味だね、、、
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[第2の人生] 剛邦丸、 岩国出港 鹿児島喜入入港

2016-10-07

早朝に本船は山口県の岩国を出港した。周防灘を航行しているが大型タンカー、鉱石専用船、フェリー、漁船、内航の貨物船などが行き交い右舷には大分県の国東半島だろうか、左舷には四国だろう、瀬戸内の島々など絵でも見ているようだ。やがて愛媛県の佐多岬と大分県佐賀関の間の豊予海峡だ、佐賀関の日本鉱業佐賀関製錬所(現パンパシフィック)の煙突が見えるね、、まさか数か月後にはこの日本鉱業佐賀関製錬所に入るニッケル鉱専用船に乗船するようになろうとは夢にも思わなかった。午前中は通信長のワッチに、午後は次席さん(2等通信士)のワッチに入ることになった、次席さんは薩摩半島の漁町の出身で、三席さん、喜入に着いたら実家に帰ってくるので頼むね!とのことだ。三島型の本船は船首にある無線室、部屋にいるとエンジンの振動も無く乗船中であることさえ忘れそうだ。豊予海峡を通過して間もなく映画、喜びも悲しみも幾とし月 の舞台にもなった水の子灯台(写真)が見えてきた。
 

右舷に九州の島影を見ながら日向灘を南下し大隅半島から錦江湾に入った、おー、あれが桜島かー、左舷には薩摩富士、開聞岳の姿が美しい、静かな錦江湾を滑るように走り間もなく喜入の石油基地(写真)に着桟した。次席さんは家に帰るため下船していったが、鹿児島までは遠いし、乗船したばかりだ、おとなしく船にいる事にした。
 

JX喜入石油基地

近年の日本国内、国外の急激な社会情勢の変化や不測の事態に対応するために石油備蓄を行っているが喜入基地はその役を担い、現在は735万KLの貯蔵能力があると言う、30万トンクラスの大型タンカーで海外(主にペルシャ湾、インドネシア)から輸入し一旦タンクに貯蔵し国内の各石油基地に10万トンクラスのタンカーで輸送する。年間約200隻以上の大型タンカーが入港し、約350隻以上のタンカーがこちらから重油などを積み各地の石油施設に向かう。



 
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[hamさんの登山記] 大分で一番低い山 碇山(いかりやま)

2016-10-06


 
山登りの好きな hamさんにとって高い有名な山だけが山ではない、以前から大分県で一番低い山が大分市の滝尾にあると聞いていた。その山はJR豊肥線の滝尾駅の南側にあった。豊肥線の踏切を渡ると田園風景が広がる、ほー、大分市にもこんな処があるんだ。田園の中から突然飛び出したような特異な碇山(いかりやま) (写真)は大昔から里人に愛され親しまれ、神と仏が宿る碇山は大分県で一番低い山として又自然と歴史を伝える山である。
 

麓の住宅地の横から熊野神社の大鳥居をくぐりトイレ横の空き地に車を止めて登山靴は履かず(恥ずかしくて履けない)サンダル履きで途中の史跡を見学しながら参道を歩いて登った。まっすぐに歩けば数分で頂上(56.2メーター)にたどり着く(写真)。頂上からは四囲が開け眼下に大分市、遥かに四国、由布岳、鶴見岳などを望める景勝地である。大正4年の大分市誌には「碇島公園」として掲載され大正6年には大分県八景の五位に選ばれていたとの事。今から約9万年前の阿蘇山の大噴火によって中九州地域に広がった阿蘇火砕流堆積物により形成されたと考えられていて、「阿蘇溶結凝灰岩」(あそようけつぎょうかいがん)で出来ている。江戸時代初期の地図には「碇島」(いかりじま)と記されているが昭和12年発行の「大分市誌」には「碇山公園」と記されその頃より碇山(いかりやま)と呼ばれるようになった。
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 苫小牧入港、1か月半ぶりの日本

2016-10-05

北海道の苫小牧沖に着いた、工場の煙突、石油タンクなどが見える。すぐにパイロット(水先案内人)が乗船し1時間ほどで着岸した。すぐに税関が乗船し通関手続きが始まった、パッセージ(廊下)に乗組員の通関するお土産品を並べて置いてあるんだが携帯品リストと付きあわせチェックするのに立ち会うわけだ。入港手続きが終わり、消耗品、事務書類などどっさりと届き、それを各パートごとに分けたり目の回る忙しさだ。夕食後無線室で書類の整理をしていると甲板員のN君がやってきた、次席さん、上陸しないのかね? 未だ仕事が残ってて上陸できないんだよ、、じゃ、待っててやるよ! 内心、俺に飲み代を出させるつもりだろう、、、二人で一軒のすし屋に入ったがやっぱり旨いね、その後二人でキャバレーに行った、小さなウエイトレスが10人くらいの店だ、他にお客が二人、これじゃもてるわね、、ふところが心配になりましたってー、午前様の前に船に戻り一日目終わった、、、
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[癌ばる日記] 定期検査

2016-10-04

今日は半年に一回の検査の日だ、数日前に上司に病院へ検査で行きたいので、さばをよんで1~2時間時間を頂きたい旨お話はしてあったんだが、会社で点呼の時に上司に再度その旨話すと上機嫌で、おー、良いよ行っちょいで! 自分で言うのもなんだが普段からやる事をやっているので気持ちよくOKがでたネ。予約は11時だがその前に採血などがあるので10時半に病院へ到着、自動受付機で受付を済ませて中央処置室へ、直ぐに採尿だ、間もなく呼ばれて検査のための採血だ、腕の肘の内側に2本の太い血管が出ているがそのうちの細い方に看護師さんが注射針を刺した、無知な私は太い方が動脈で針を刺した細い方が静脈とばかり思っていた、看護師さんに、それは静脈ですか? そうですよ! 横の太い血管は動脈でしょ? いえ、太い血管も静脈ですよ! 内心、恥ずかしいー (汗) それじゃ動脈はどれですかネ? 動脈はもう少し中にありみえませんよ! との事だ、そう言えば入院中に何回もした点滴はこの太い血管に針を刺したな、、、静脈は血液が心臓に戻る血管で動脈は心臓から血液が出る血管でしょ? ○○さん、詳しいですね! いや、私は太い血管は動脈とばかり思ってたくらいですから詳しいなんてもんじゃないでしょ、どちらかと言うと馬鹿ってもんでしょう、 それもそうだわね! ときた。
 
外来に行き椅子に座るが相変わらず混んでるね、検査の結果が出るまで1時間ちかくかかる、それから順番に主治医の面談だ、まー2時間は待たんといかんな、、椅子に掛けてうとうと1時間半ほどすると呼ばれた、いや、今日は早いな?? 中に入り主治医の前の椅子に座るが、、内心、ドキドキドキドキ、、、○○さん、合格だね、再発は無し! この言葉を聞いて一安心だ。先生、手術して間もなく3年になりますが未だ再発の可能性はあるんですか? ある、5年間は経過をみないといけないね! あと2年か、、今度は来年の4月だ、予約をして病院を後にしたが、取りあえず一安心だ、、、
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[今日の話] 十月、神無月

2016-10-03

早いもんでもう10月、神無月だ、旧暦の十月、全国の神様が出雲に集まり留守になるので神無月といいますが、逆に出雲では神在月(かみありづき)と呼びます。全国の八百万(やおよろず)の神々が出雲大社に集まられ、諸々の事、特に人々の縁に関することを会議される、と言い伝えられています。「神迎祭(かみむかえさい)」に始まり、神在祭(かみありさい)そして、全国に神々をお見送りする「神等去出祭(からさでさい)が行われます。私も十数年前になるが出雲大社の西の稲佐の浜に神様をお迎えする神迎祭を見学したことがあるが、それは神秘的で幻想的であった。3年前の今頃は病院でMRI CT 検査などを受け極めて高い確率で癌の宣告を受けた、あとは入院してさらに詳細な検査が必要とのこと、、以前から晩年は暖かい九州の地で一生を終える事にしていた、いつ引っ越すか? 今でしょう! ばたばたと引っ越しの準備を始めた。ご当地に引っ越し入院検査の結果、やはり癌の宣告、全摘手術を受け間もなく3年になる、今は半年に一度の検査が明日だ、、、
南国のご当地は未だYシャツ1枚で仕事をしているが、昨日近くの山に登ったらススキが生えてすっかり秋だ、ブログの背景も夏から秋バージョンに変更だな、、、

 
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[hamさんの登山記] 倉木山登山

2016-10-02

9月に入り天候不順で週末はいつもはっきりしない天気で山行は諦めだった、雨の中をカッパを着てまで行く気はない、8月下旬に行った尺間山以来になる。10月か11月には傾山に登る予定ではいるんだが1か月以上も登っていないとなると今の私の体力では無理なような気がする。体力つくり足慣らしを兼ねて由布岳の向かい側にそびえる倉木山(1,160m)に行くことにした。ガイドブックによれば歩行距離7,5キロで2~3時間だ、よし、この山に決めた!
 

朝起きて窓を開けてみると未だ薄暗いが雲が厚そうだ、天気予報では9時ころから晴れで午後からは曇りの予報だ。別府からやまなみハイウエーで由布岳中央登山口まで来ると無料の駐車場は満車だ、人気があるねー、しかーしだ! ガスで山はさっぱり見えない。予定ではこちらの駐車場に車を止めて歩く予定だったが天気もはっきりしないし登山口近くの駐車場まで行くことにした、4~5台程度のスペースのようだが この天気でこの山に登る人はいないだろう、、駐車場に着くが車は一台もいない。準備をして駐車スペースの少し先から右に入り雨乞牧場内のコンクリート道路を登って行く、10分ほどでコンクリート道路は終わり2~3台くらいなら車を止められそうだが、その右側が登山口の入口(写真)だ。
 

登山口から比較的に歩きやすい登山道を登ると間もなく「左急直登」「右山腹廻り」の小さな標柱がある、当初は行は急直登、帰りが山腹廻り、と思ったがガスで周りの山々が全く見えないし前日までや夜半の雨で足場も悪いだろう、この際時間は少しかかるが往復とも山腹廻りで登ることにした。結果的にはこの判断が正解だったな、段々と空が明るくなり雲が薄くなってきた、この分だと頂上に着くころには晴れるな、、今日は登ってくる人はいないだろう、ラジオを出して小さな音でラジオを聞きながら登ることにした。間もなく頂上まで1,5キロのポイントだ(写真)、
 

 
残り1キロの標柱も過ぎ暫くすると後10分の標柱が、いかしこれが問題だ、残り○○分という標柱で少なくとも私はその時間内に着いたことがないね、、前方が明るくなってきた、頂上が近いな? 稜線のようなところに出た(写真)、前方が頂上のようだが、腰くらいまである笹の間をかき分けて進んできた、夜露などで腰までびしょ濡れだ、寒い時期なら大変だが今日はむしろ暑くて蒸し暑くて参った。
 

予定通りに倉木山の頂上に到着だ(写真)、天気も晴れて360度のパノラマだ、目の前には豊後富士の由布岳の雄姿が、裏側には九重連山が望める、頂上を独り占めだ。ちょっと早いがコンビニで買ったオニギリをかじり最高だね、30分くらいするとウエストポーチにお茶のペットボトルを入れ、一本ストックを点いただけの軽装な高齢の男性が登ってきた、長岡ナンバーの車は貴方かね?いつも一人で近くの山に登っているそうだ、歳を尋ねると80歳との事。地元由布市挾間町にお住まいとの事、、近いうちに近くの福万山に登ろうと思い登山口などを尋ねると、私は4~5回登っちょるけん、教えてあげるから私についちょくれ!1時間近く頂上に留まり二人で下山を始めたが、色々な山に登っておられるようだな、
 

目の前の由布岳は見事だ双耳峰の豊後富士と呼ばれるにふさわしい雄姿だ(写真)、熊本、大分地震の3日前に由布岳の西峰に登ったが地震後は危険なため最近まで登山禁止になっていたが今は沢山の人が登っている人気の山だ、東峰にも一昨年に登ったので今度は東側の登山口から登ろうと思うが結構きつい山だ、、、
 

途中から見た湯布院の町だ、観光客もだいぶ戻り結構賑わっていたね、、下山の途中3人のグループが登ってきた、駐車場にはこれから登るグループも、帰途の途中に福万山の登山口に案内していただき家に向かった、、、、
 

 

 
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プロフィール

名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた
激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る
我が人生、






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