2016-08-31

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ アルプスの牧場 ♪ 灰田勝彦

♪ アルプスの牧場 ♪

      唄: 灰田勝彦 
 
 
 
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2016-08-30

[第2の人生] 綿陽丸、博多入港、中洲へ

いつもはエンジンの心地良い振動の中で目が覚めるんだが、いつもと違う雰囲気に目が覚めた、シーンとしている、慌ててベッドから飛び起きてポールドを覗くと本船は停船している、直ぐに着替えて無線室にいくと通信長が書類の整理をしている、おー次席さん、まだ寝ていればいいのに、本船は3日間ほど沖待ちだ! との事。なにもやる事がない、テレビを見るか部屋で本でも読むか、なにもやる事が無いのも辛いもんだね、乗船したばかりで飲む酒も無い、夕食を食べて酒を買いに通船で上陸した、本船のほかに港内に停泊している他の船にも寄るので3~40分ほどかかった。一軒の酒やに寄り、ニッカG&Gと缶ビールを買い、船に戻るのもちょっと早いし最終の通船で帰ればいい、、そうだ、中洲にでも行ってみるか、タクシーで歓楽街の中洲に行き、あても無くぷらぷらと歩いていると一軒の看板が目に入った、 スナック 汽笛 と書いてある。引きつけられるようにドアーを押して中に入るとボックス席が一つとカウンターだけの小さな店だ、カウンターに先客が一人だけ、ボックス席に誘われたが、いやカウンターでいいよ、酒やで買ったウイスキーとビールの入った紙袋をカウンターに置くと勝手に覗き込んで、あら、ビールとウイスキーじゃない、酒を売る店だから持ち込みはダメよ! こっちも負けておれない、 なんだよ、持ち込めば安くあがると思ったのに、、 冗談がきついわね、いまのようにカラオケなんてない、有線んで森 進一の「港町ブルース」をリクエストして、しんみりと聞いているとカウンター越しに前に来て、森     進一が好きなんですか!と言う、いや、森 進一が好きなんじゃない、この歌が好きなんだ、お店のあちこちからよく流れていた曲で好きな曲だ。ママさんにお店の名前「汽笛」の由来を尋ねると、長崎県の小さな港町の出身と言い、汽笛の音が好きで汽笛の音を聞くと故郷を思い出すと言う。私は上陸するときはいつもネクタイをしてスーツを着ていくことにしている。お客さんは博多の人ではなさそうだけど、どんな人? どんな人って、普通の人さね、、だんだんと良い雰囲気になってきた、もう少し居たいんだが最終の通船の時間が迫ってきた、これに乗らないと船には戻れない、名残惜しいが又来る約束をして船に戻った、、、
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2016-08-29

[今日の話] 残暑お見舞い申し上げます

 
                                                            By  ham/波夢
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2016-08-28

[今日の話] 久しぶりの日曜日

先週は月曜日に山に行った為に休んだので日曜日は振替出勤した、従って二週間ぶりの休みだ。いつもより少しゆっくり寝て6時に起床だ。やる事はいっぱいある、大事なパソコンのセキュリティーソフトの3年の有効期限が間もなく終了する、3年のダウンロード版の更新手続きは完了しているんだがインストールは未だ済んでいない。Windows10 のデスクトップパソコンは自動的に有効期限が3年間延長になり最新のバージョンになっていることが確認できたのでOKだ。問題はノートパソコンの Windows7 だ、普通の人であればどうって事はないんだろうが、パソコンど素人のhamさんにとっては、ちょいと厄介だ、画面の説明を何回も読みアンインストールから始め、四苦八苦して1時間半ほどかけてやっと終了した。パソコンは他にもいくつかの設定やら変更をしなければいけない項目があるんだがまたの機会だね、、、
昼食を食べて午後から、実は1年前の7月、車でバックして洗濯干し場の一部を壊してしまった、、少し涼しくなったら直すよ! 涼しさを通り越し寒くなってしまった、暖かくなったら直すよ! 暖かい時期を通り越し暑くなってしまった。しかーしだ! これ以上変な理屈は無理、年貢の納め時だね、材料などは以前に購入済み、暑いのに3時間ほどかけて1年ぶりに完成した、、 やれやれ! 明日から又1週間の頑張りだ、、、
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2016-08-27

[古い航海日誌 日正丸②] フィリピン沖を北上、台風が、

目が覚めると本船は少しローリング(横揺れ)している、ベッドから起きてポールドのカーテンを開けて外を眺めると左舷に島影が見えているが海はウネリがある、起きたついでに洗面を済ませ、昼食には少し早いし、ソファーに横になり一度読んだ週刊誌を読みかえし暇つぶしだ。昼食を食べてワッチに入り銚子無線局/JCSの一括呼び出しを聞いていると本船が呼ばれた、そしてFAXで天気図を受信していると 何! フィリピンの当方海上に台風が発生して北西に進んでいるではないか、こりゃまともにぶつかる可能性があるなー、天気図をブリッジに持っていき、銚子無線局/JCSにQTC(電報がある)だ、銚子無線局とQSO(交信)し電報を受信すると本社からだ、本船の揚げ地が苫小牧に決まった。ちょうど食事が済んだキャプテンが階段を上がってきたので電報を渡し、キャプテン本船の東方に台風が発生し北西に進んでいるようです! 夜になると本船の揺れも大きくなってきた、久しぶりの時化で気分が冴えないね、、夜のワッチが終わり久しぶりにブリッジに肩を振りにいった。セコンドオフィサー(2等航海士)は広島商船出身だ、クオーターマスター(操舵手)がいつものようにコーヒーを入れてくれ2時間ほど肩を振りシャワーを浴びていつものように軽く一杯飲んでベッドに入った、、、明日は大時化になるだろう、、
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2016-08-26

[新米ドライバー] 不思議な女性



朝方ちょこっと雨が、久しぶりの雨だ、忙しくなるな、もっと降れ、、、張り切っていつもより早めに家を出たが段々と空が明るくなり雨の気配は全く無し、、だめだこりゃ! 点呼を受けて出庫したが大した事は無い。あるファッションホテルに配車になった、いつもの中心部ではなく海に近いところにあるホテル地帯だ、行くのは初めてで恐る恐る車を薄暗い駐車場に入れたが何処からお客が出てくるか解らない、勘で車を反対側に移動すると少し明るいところが見えてきた、ここが出入り口だな、? 車が来るのを見ていたように、すぐに若い女性が大きな旅行カバンを引いて出てきた、このようなところではドアーサービスなしで車から出ないんだが大きなカバンがある、トランクを開けて外に出てカバンを持とうとすると20代と思われる若い女性、すいません、めっちゃ重いですよ! と言う、こっちも負けておれない、冗談で、 お客さん、まさかカバンの中に死体なんか入っていないでしょうね? すると相手も負けていないね、 運転手さん、解るんですか? ときた。その道の女性ではない事は解っているんだが、行き先を尋ねると意外にも市役所との事、このお客さん、市役所に努めているんだろうか? 関係ないことだが気になるね、、試しに、お客さん、市役所のどちらにお着けしますか? すると、んー、何処にしようかな、真ん中の所がいいわ! この人は市役所を知っているね、、市役所に着くとカバンを引いて中に入って行ったが、勘の良いhamさんだが今回のお客さんは解らんね、、、 
数日前より担当する車が新車ではないが新しい車に変わった、古い車の方が気が楽だがね、、、
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2016-08-25

[豊後の名所・史跡] 浄土宗西山派 来迎寺


市内中心部に近い金池町にある名刹、万寿寺に仕事で良く行くが東門のすぐ北西側に立派な門構えの寺院がある、浄土宗西山派の来迎寺(写真)、一度こちらのご住職をお供したことがあるんだがこちらの寺院も古い歴史のある寺院である。
文亀元年(1501)に創建された浄土宗西山派の寺院で開祖、文忠梵榮(もんちゅうぼんえい)上人が仏道修行のために、諸国を巡った折に豊後国を訪れたところ、その徳のすぐれた人望に深く感動した大友氏第18代親治(ちかはる)が上人を府内町に引き留めて当寺を建立しました。それ以来500年以上この地にあります。戦国時代の府内を描いた「府内古図」と現在に残る地割から復元すると、大友館跡から450m北に位置することが解ります。当時の海岸線は現在よりもはるかに南で、古絵図には来迎寺の北西に舟入が描かれています。貞享5年(1688)の火災のためそれ以前の来迎寺の姿についてはよく解っていません。しかし元禄12(1699)に戸倉貞則が著したとされる「豊府聞書」によると、この被災以前の来迎寺は広大で美しく、特に書院は黄金色の障壁画で飾られる見事なもので寛永16(1639)には府内藩主の日根野吉明が熊本藩主の細川忠利をもてなしたことが記されています。この記録は江戸時代の来迎寺の姿を描写したものですが戦国時代もこのように壮麗な寺院であったと考えられます。
                                                   = 案内板より =

 
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2016-08-23

[hamさんの登山記] 尺間山(しゃくまさん)登山


今年の春より山の仲間つくりと技術の向上を目指して登山教室に行っているが、今回は大分県南部の佐伯市弥生にある霊峰尺間山(645m)だ。山頂には尺間神社があり、古くから霊峰として知られ毎年新年には御来光や初詣客で賑わう。マイクロバスで津久見市側の登山口より登り始めた。
 

登山道は尺間神社の参道にもなっている、毎度のことだが山岳ガイドの先生から色々とアドバイスなどをいただき登って行く、20名くらいの参加だが男性は私を含めて4名、あとは40~60代くらいの女性軍団だが、まー賑やかだ、途中で400段の石段を登るんだがなんとか皆について行けた、、、
 

400段の石段を登りきると天見ヶ平(てんみがだいら)の展望台だ、佐伯市、津久見市の境の彦岳、四浦半島リアス式海岸、豊後水道、四国などが望めて素晴らしい絶景だ、しかし晴れているんだが視界があまり良くなくイマイチだったが大分観光百選の3位入選地である、、、
 
 
頂上の尺間神社(写真)からは西側が開けており、祖母、傾系の山々、九重連山、阿蘇山などが望める、、下山後バスで途中の景色の良いところに移動し途中のコンビニで買ったオニギリで昼食だ、、その後、道の駅弥生に併設されている入浴施設、やよいの湯 に移動、今日は時間はたっぷりある、ゆっくりと風呂に浸かり帰途についた。登山教室も今回が最後と言う事で夕方の5時から近くの居酒屋でご苦労さま会となった。今回の山行に参加できなかった人も数人参加し賑やかな会となった。登山教室は今回で終わりとなったが、今までの参加者、有志で又山に行くことを約束して散会となったが山の友も出来たし、私にとって目的が達成でき有意義な登山教室であった、、、
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2016-08-21

[第2の人生] 瑞陽丸下船、綿陽丸乗船、博多向け

瑞陽丸での最後の朝食を食べてキャプテン、通信長、乗組員に挨拶を済ませ1航海お世話になった本船のタラップを降りて岸壁の隣に着岸している綿陽丸のタラップを登り同じ北米航路の貨物船、錦陽丸に乗船した、総トン数9,627トンの本船は瑞陽丸より1年早く就航した船で大きさもほとんど同じだ。宇野港で積み荷の北米材を半分ほどおろして残りは博多港での2港揚げになる。宇野港での荷役も終わりハッチ(船倉のふた)を閉めたり出港の準備をしている。通信長の部屋に挨拶に行くと、おー、次席さんかね、よろしくたのむね! 無線室に行き先ずキャプテンの部屋に挨拶に行った、あとは昼食時に挨拶をすることにしてお茶タイムだ、、、昼食時にサロン士官、メスルーム士官に挨拶を済ませ午後、博多に向け出港した。デッキに出てみると大小たくさんの島が見渡せ飽きない光景だ(写真)、夕方デッキに出ると島々に電気が灯り、あちこちの灯台が光を放っている。夜の当直が終わりシャワーを浴びて本来ならビールをグイッといくところだがビールもないし入浴後おとなしく寝ることにした、目が覚めれば関門海峡を通過して玄界灘に出ているだろう、、、
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2016-08-20

[街中で見かけた話題、光景] 大人気、駅前広場の噴水


梅雨明けまでは記録的な降雨量であったご当地の大分市だが、梅雨明けした途端に猛暑が続き1か月も雨らしい雨が降っていない。夏休みに入り連日にぎわっている場所がある、駅前広場の噴水だ、上野の森口(南口)、昔は裏口と呼ばれていたが、今は表口の府内中央口と比べても人の流れが少し少ないだけで優劣がつけられない立派な駅前に生まれ変わっている。この南口の駅前広場の噴水が昼間はちびっ子の遊び場で賑わっている(写真)


この噴水、水が噴水になったり、チョロチョロになったり、霧状になったり色々と変化するように設計されている。仕事で毎日十数回は駅前を通るが、若いお母さんに連れられて、たくさんのチビッ子が着替えを持ってやってくる。お母さんはベンチで観戦だが溺れる心配は無く安心だな、、遊びが終わるとペットボトルに入れて持ってきた水で顔を洗い、体に水をかけてヌードになり着替えていっちょう終わり、、、
ちょうど信号機があり信号待ちの時に眺めていると信号が変わったのに気付かず後ろから、プー、プー

 

夜になるとLED証明が点きまた違った雰囲気になる(写真)、7月1日から10月31日まで稼働している、、、

 
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2016-08-19

[古い航海日誌 日正丸②] レイテ島沖を航行中

インドネシア、スラウェシ島のポマラを出港しセレベス海を北上しスル諸島の間を通過してスル海に出た。ジリジリと焼きつく灼熱の太陽がふりそそぎ、真っ青な海に本船の白い航跡が残る、コースを北東にとりフィリピン、ミンダナオ島の北側を航行しボホール海を通り太平洋に抜けるコースだ。夜になると右舷左舷に灯台の灯りが見える、ボホール海に入りレイテ島沖だ、ここは第二次世界大戦の海戦が行われた海域だ、デッキに出てそっと黙とうを捧げた、右舷の遥か先は研究室にいた頃、実験で乗船した日永丸で入港したブトゥアンがある、懐かしいねー、、ワッチ(当直)が終わり、久しぶりにサードオフィサー(3等航海士)と一杯さ、日本で司厨長に頼んで玉ねぎを個人用に買ってもらいチャンバー(業務用の食糧などを保管する大きな冷蔵庫)に保管してある玉ねぎを持ってきて薄くスライスして熱湯をかけ鰹節をかけ醤油またはマヨネーズをかけてオニオンスライスの出来上がりだ。ビールを飲み、次に愛用のニッカG&Gのロックだ、若いころは結構飲めるもんですね、、明日には太平洋に出るだろう、、、
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2016-08-18

[豊後の名所・史跡] 天台宗 飛来山霊山寺


大分市民に親しまれている霊山(りょうぜん)の山麓にある天台宗 飛来山霊山寺(ひらいざん りょうぜんじ)(写真)、由緒ある古刹である。元明天皇の和銅元年(708年)の建立で本尊は十一面観世音菩薩を安置し木彫で背丈1,8メートルの立像である。
 

伝説によれば田尻村(現大分市田尻)に住んでいた七郎祐世という猟人が夢のお告げにより山に登って観音像を見つけ罪障消滅のために自ら剃髪して草堂を建て尊像を安置したのがこの寺の始まりと伝えられる。その後、インドの僧、那伽法師の来山により山の姿がインドの霊鷲山(釈尊の説法した山)によく似ているのに驚き「霊鷲山の一角が日本に飛んで来たのではあるまいか」との事から飛来山霊山寺と名付けられ、また天台宗開祖である伝教大師最澄や弘法大師空海、慈覚大師円仁などが来錫され、弘仁5年(814年)に天台宗寺院となった。
 

文永5年(1268)の火災で伽藍、堂塔などが焼失したが本尊は難を逃れ、大友氏の外護もあって寺坊三百余ヶ寺を建て郷土文化の中心として盛大を極めたが大友氏落去後、衰徴し天正14年、薩豊の乱により観音像のみを残し焼失してしまった。元和9年(1623)6月越前より流された松平忠直(一伯公)が津守村(現大分市津守)に居住、仏道に信仰を求め当寺に参詣され本堂、山門、鐘楼が再建された。その際に植えられたと伝えられる樹齢400年、樹高35m、幹回り4,4mの杉が現存しており、昭和49年(1974)2月1日に大分市の銘木に指定されている。

 
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2016-08-17

[新米ドライバー] びっくりしたね!

あるマンションから40歳代くらいと80歳くらいの女性が乗車された、たぶん親子だろうか、行き先は市内中心部のクリニックだ。運転手さん、旧道から行ってください! と言う事で旧道を走行した。センターラインのない狭い道だ、信号が少ないので裏通りを利用する車も多い、制限速度30キロメーターで歩行者、自転車なども通り細心の注意が必要だ。片側2車線の大きな通りの交差点が見えてきた、信号は青だ、ついてるねー! 交差点に入ると右側から軽自動車が、、 70歳代くらいと思われる女性だ、ブレーキを掛けるでもなく、こちらを見て、この交差点はこっちが優先でしょう! と言うような顔をしている、、信号無視なんてもんじゃない、多分ぼやっとして信号を見落としてんだろう、後ろのお客さんもびっくりして、危ない!信号無視だ! 50キロくらいで走っていれば発見が遅れ衝突は免れなかったろう。お客さんをおろし中心部の中央線のある片側1車線の道路を走っていると、ここは道路の両側の路側帯が自転車専用道になっているので30キロ制限だ、前方に赤い回転灯が回っているのが見えた、パトカーかな? 近づくとミニパトが止まり古い軽自動車が歩道に止まり70歳代と思われる女がたぶん車検証だろう、二人の警察官に渡している、あれーこの車?この女さっきの女じゃん、、、どうやらミニパトに捕まったようだな、、止まっている位置などからしてまた信号無視をしたんじゃないだろうか、、このような人は捕まったほうがいいね、、、
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2016-08-16

[パチリ と一枚] JR日本最南端の駅 西大山駅


先日鹿児島県指宿市にある日本百名山の開聞岳に登るべく国道226号線を走っていると 日本最南端の駅 という小さな看板が目に入った。もの好きなhamさん、翌日開聞岳に登った後、温泉でひと風呂浴びて行ってきた。JR九州の指宿枕崎線の北緯31度11分にある西大山駅である(写真)
昭和35年(1960)3月22日に開業以来名実ともに日本最南端の駅であったが2003年に沖縄都市モノレール(ゆいレール)が開業し2004年に標柱が「JR日本最南端の駅」に変更されたが、現存する普通鉄道(通常の軌条を使った鉄道)の駅としては日本最南端の駅である。無人駅で駅舎などは無く、周りには田んぼ畑などがありホームから眺める開聞岳の風景(写真上)はポスターなどによく使われている。駅にいると次から次へと訪れる人が絶えない、乗客ではなさそうだな、、、


 
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2016-08-15

[新米ドライバー] パチンコ狂、明と暗

この仕事をやっていると当然のことながら色々なお客さんをお供する事になる。特に昼間はパチンコ屋までお供する事がよくある。若い客は遠くのパチンコまでお供する事がよくあるが、高齢のお客はほとんどが近くのワンメーターで行けるパチンコ屋までが多い。

ある小さなマンションに配車になった、あッ、駅前のパチンコだな? 乗車すると、 駅前ね! ワンメーターで行けるんだが混み具合、信号待ちでワンメーターで行けない事もあるんだが、お客さんが道順を言ってくるんだが一方通行の細い道を通るんだ、一時停止の交差点、車が来ていなくても確実に止まるんだが、車も来ていないのに馬鹿正直に止まらんでもいいのに! とくる、交差点で信号が黄色になったので減速し止まると、黄色なんか行っちゃえばいいのに!とくる、、内心、タクシー料金のワンメーターの60円が気になるのならパチンコなんてするな、、と言いたくなる。

ある小さなアパートに配車になった、よくお供する70歳代の後半と思われるお婆ちゃんだ、いつものように仲の良いお婆ちゃんも一緒に乗車、元気の良いお二人なんだ、運転手さん、○○○までね! パチンコ屋だ、お客さんどちらから行きますか? 運転手さんの行きやすい方から行って! さっきのお客とえらい違いだ、運転手さん涼しいところで仕事が出来て良いね、パチンコで負けることを考えれば一日タクシーに乗れるんだけどね、今日は給料をもらったからさ! えッ、お客さん未だ働いておられるんですか? 温泉に入りに行くのとパチンコが仕事のようなもんで、今日はお年寄りの給料日さ! そうか、今日は15日か、忘れてたわ、下車するときに冷たい物でも飲んで、と200円を頂いた、、、
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2016-08-14

[今日の話] ばたばたの日曜日

1週間前は宮崎、鹿児島の山行で終わったが、今週はと言うとばたばた忙しい日曜日だ。やる事はたくさんあるので優先順位をつけて実行だ。なんといってもお墓参りを済まさないと気がおさまらない、国道の渋滞が予想されるので早めに向う事に、1時間をかけてお墓に行き無事墓参りを済ませることが出来ヤレヤレだ、帰り道、上りの国道はUターンで大渋滞、、家を出るのが1時間遅かったらえらい目に遭うところだったな、、家に帰り以前から家の屋根の雨とよのところにハチが巣を作っていてハチが出入りしていて洗濯を干すのに危険だとの事だ、準備してあったハチの駆除用のスプレー、噴射した液体が数メーター先まで届く代物だ、脚立にのり3~4メーター先から一気に噴射すると驚いたハチたちが飛び出してきたがばたばたと屋根の上に落ちてきた、2~3匹は逃げられたが動かないハチを数えると20匹くらい、羽を動かしているハチにダメ押しで噴射し、巣にも噴射し完全に駆除が成功したようだ、今は便利なものが売ってるね。以前よりプリンターのインクが2色無くなり綺麗な色が出なくなっていた、家電量販店に行きインクを買い、ホームセンターに行きプリンター用紙のコピー用紙も買って来た。クーラーのフィルターの掃除も残っているんだが今日はタイムオーバーでまた次の休みに持越しとなった。と言う事で1週間に一度の休みも終わり、明日からまた1週間の頑張りだね、タクシードライバーの仕事はお盆も年末年始も関係ねー!
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2016-08-12

[第2の人生] 瑞陽丸 宇野港入港 錦陽丸転船

1か月以上も日本を離れるのは勿論はじめて、学生の時に乗船実習でマレーシアに行き20数日間日本を離れたのが一番長かった。昨夜は興奮してなかなか寝付けなかった、あさ目が覚めてベッドからカーテンを開けてポールド(窓)を覗くと右舷に白い灯台が見える、潮岬灯台だ、学生の時に仲のいい仲間が串本町の出身で彼の家に遊びに行き串本町の橋杭岩、大島、潮岬に行ったが、灯台はやっぱり海から見るのが良いねー、 コースを少し変えて間もなく紀伊水道にさしかかり大小おおくの船が行きかう、大阪港、神戸港には沢山の船が停泊し、沖待ちしている、そして暫くで宇野港の材木岸壁に着岸した。岸壁には転船する予定の北米航路、総トン数9,627トンの錦陽丸が着岸している、同じファンネル(煙突)マークの船が並んで着岸する光景も珍しい。さっそく官憲が乗船し入港手続きが始まった、乗組員の大部分がサンキストオレンジを買っている、こちらの植物検査、携帯品の通関作業などで目の回る忙しさだ。入港手続きが終わり乗船してきた交代の次席さんと引き継ぎを行いサンキストオレンジを田舎に送ろうと担いで発送に行ったが、田舎ではこんな美味しいミカンは見たことも勿論食べたことも無いだろう、アメリカのミカンだきも、食べてみてくんなえ! 隣近所に配ってあげるんだろう。錦陽丸には明日乗船しようと思うが夕食後となりの錦陽丸に挨拶に行ったが通信長は家に帰っていて夜船に戻るとの事だ。本船に戻り通信長、交代の次席さんと三人で歓送会と言う事で一杯を始め、瑞陽丸での最後の夜は更けていった、、、
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2016-08-11

[hamさんの登山記] 日本百名山 開聞岳登山(3)


昨夜はビジネスホテルに宿泊し正解であった、夜中に目が覚めることも無く爆睡であったな、、チリン、チリン、、、スマホのアラームで目が覚めた。今日の日中の気温は35度の予報だ、支度をしてホテルを後にし登山口のある、かいもん山麓ふれあい公園に向かった。途中のコンビニでオニギリなどを買い込み駐車場に到着した、関東ナンバーの車が止まっている、どうやら先客が一人のようだ。準備を整え水もいつもより多めに用意した、、、
 

駐車場からコンクリートの道を10分ほど歩くと2合目登山口だ(写真)、標高は924mだが標高差は800メーターを超す、登りのコースタイムは3時間、高齢者は3時間半とある、まー私の場合は4時間くらい予定しておくかな、、ここからが本格的な登りだ、南国特有の常緑樹林の中を登って行くが登山道は比較的に良く整備されている、、、
 

汗かきの私は5分も歩くと汗びっしょりだ、タオルで汗をぬぐう回数も忙しくなる、タオルを絞るとしたたり落ちる、木の枝につかまり、岩につかまり登って行く、木につかまろうとすると丁度いいところの木に穴が開いている、みんな考えることは同じだな、黒光りしている(写真)、1合目ごとに案内板が立っているので目安となり有難い、、


歩き始めて1時間20分、5合目に到着した、救助第4ポイントと書いてある、救助活動の時にヘリがホバリングし救助できるロケーションだ。視界が開け眼下に錦江湾、長崎鼻、大隅半島などが望める素晴らしい眺めだ。それにしても暑いねー、、、
 

5合目を過ぎ6合目あたりから登山道は岩がゴロゴロで登りもきつくなってくる、ロープ、梯子で登るところも増えてきた、一口、二口、水を飲む回数も増えてきた、水が足りるだろうか、、心配になってきた。ところどころ視界が開け絶景を楽しめ疲れを癒してくれる、、、
 

登山口を出発して3時間40分、薩摩半島の先端にそびえる百名山 開聞岳の頂上に着いた(写真)、錦江湾、長崎鼻、大隅半島の佐多岬、種子島、屋久島、口ノ永良部島などが望める、ひときわ高い島、屋久島の宮之浦岳も望める、近いうちに登頂したいもんだが、、、きつい思いをして来た甲斐があったね、、ちょっと早いがオニギリを食べて元気回復だ。機会があれば今度は菜の花が咲き乱れる2月頃にまた登ってみたいもんだが、、
 

30分ほど頂上に留まり下山を始めた、かなり疲れもある、大体は怪我をするのは下山時が多い、4か所あった救助ポイントでヘリのお世話にならないように慎重に下山するが結構登ってくる登山客がいる、2時間30分ほどで無事登山口に戻ってきた。とにかくすごい汗だ、温泉施設のヘルシーランドに寄り汗を流しすっきりし、来た道を帰途につき途中2か所ほどサービスエリアで休憩し10時に無事帰ってきた。往復約900キロの旅だ、、、

 
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2016-08-10

[九州ぶらり旅] えびの高原から指宿へ(2)


霧島連山の主峰の韓国岳を下山して休む間もなく霧島神宮へ向かった、折角近くまで来たんだ、参拝しない手はない、、車で30分くらいで霧島神宮の駐車場に到着した。
 

石段を登り朱色の大鳥居(写真)をくぐり閑寂な老杉の濃い緑に包まれた参道を抜けると、格調高い朱塗りの社殿の荘厳かつ豪華絢爛な姿があらわれる。
 

建国神話の主人公である瓊々杵尊(ニニギノミコト)を祀った霧島神宮(写真)の創建が6世紀と古い歴史を誇る神社です。 最初は高千穂峰と火常峰の間にある背門丘に建てられたと言われているが、霧島山の噴火による焼失と再建を繰り返し、500年以上前に現在の場所に移されました。現在の社殿は島津氏第21代当主(第4代薩摩藩主)島津吉貴が、1715年に建立、寄進したもので国の重要文化財に指定されている。参拝し御朱印を頂いてきたが近くに美しい姿を見せる高千穂峰には日を改めて是非登りたいと思っている。
 

参拝が終わり駐車場に戻ると同じグループ会社のタクシーが暇そうに客待ちをしていた、同じ制服、同じ行燈を付けている黒のコンフォートだ、近くの立ち寄り温泉を尋ねると、温泉地だから温泉はいくつでもあるが、、、、ご丁寧に色々と説明し地図までいただいた。そのうちの一軒の関平温泉に寄って温泉に浸かり汗を流し疲れも吹っ飛んだ感がある。
 

一般道を鹿児島空港ICに向かったが錦江湾、桜島が綺麗に見えている(写真)、10数年前にメーカーのお偉さんのお誘いで霧島温泉に泊まり名門の霧島ゴルフ倶楽部でゴルフを楽しんだがそれ以来だ、懐かしいねー! 鹿児島空港ICから九州自動車道に入り桜島SAで休憩、遅い昼飯だ。
 

韓国岳へ登る朝、駐車場で鹿児島市から来たと言う同年配のご夫婦に声を掛けられ、明日は指宿の開聞岳へ登る旨、お話をするといろいろとアドバイスを頂いた。鹿児島から指宿まではスカイラインもあるが料金もかかり山の中を走るので、海岸線を走る一般道も良いとアドバイスを頂いたが寝不足の上疲れもある、なるべく早く指宿に入り登山口を確認し、今夜は車中泊は止めて安いビジネスホテルで宿泊しようと考えている。鹿児島市から指宿スカイラインに入った、通行料を取るだけのことはある、道路は対面通行だが良く整備されていて快適だ、ところどころに展望所が設けてあり休憩が出来る。さすが霧島、錦江湾国立公園だ休憩所から眺める錦江湾、鹿児島市街、桜島の眺めは見事だ(写真)
 

途中の喜入の展望所からは石油の備蓄基地が見渡せる(写真)、中近東などから大型タンカーで運ばれた原油はこちらで備蓄されたり、内航のタンカーなどで各製油所に運ばれる、船員時代に入港した事があり懐かしく眺めた。ちょうど船員時代にお世話になった会社(現JXオーシャン)の大型タンカー BRIGHT  HARMONY 309,774重量トン、長さ332m98m 幅60m が荷役中だ。
 

指宿スカイラインから一般道に入り指宿に、薩摩富士として県民に親しまれている開聞岳(写真)がどこからでも望める 。大うなぎ、ネッシー伝説の池田湖を通り開聞岳の登山口へ、持参したタブレットで市内の安いビジネスホテルを検索し予約しヤレヤレだ、、明日も天気は問題なさそうだが薩摩地方の気温は35度の予想、、ホテルでビールを2缶飲んでテレビでオリンピックを見ていたが9時前には疲れと寝不足で、バタンキュー、、、、
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2016-08-09

[hamさんの登山記] 百名山、霧島連山韓国岳登山(1)


いつもより少し仕事を早めに切りあげて午後6時に家を出発した、目指すは宮崎自動車道の霧島サービスエリア、今夜は霧島SAで車中泊をし日本百名山に数えられる霧島連山の主峰、韓国岳(からくにだけ)、1,700mメーターに登る予定だ。東九州自動車道を南下し宮崎県の清武JCから宮崎道に入り4時間後の10時に霧島SAに到着だ、東九州自動車道は対面通行のため運転には気をつかう、、疲れましたねー、宮崎県、鹿児島県の日曜、月曜の天気は曇り/晴れ、でマーマーだ。サービスエリアに到着し缶ビールを飲んで、さー寝るか! しかーしだ! 慣れない狭い車内、なかなか寝付けない、外で大きな声がするは、エンジンの音などなどでウトウトするだけで外が明るくなってきた。極端な寝不足で体力、体調が心配だ。隣の小林ICから霧島スカイラインを通りえびの高原登山口の駐車場に到着だ(写真)。時間が早いせいか先客の車は数台、、
 

準備をして登山口(写真)から登り始めた、日中は気温の上昇が予想されるので早めの出発にかぎる、トレーニングを兼ねて緩やかな登りを登って行く、、、硫黄山の横を通ると鼻をつくガスの匂いがする、何か所にも、立ち止まらないで通過してください と言う看板が設置されている、、
 

後ろを振り返ると不動池(写真)や霧島スカイラインが見渡せる、良い眺めだねー、、1合目から順番に案内板が立てられていて有難い。
 

朝が早いことと幸いに少し風があり順調に高度をかせぐことが出来た、、
 

登山口を出て1時間半、コースタイムを上回るペースで韓国岳(1,700m)の頂上(写真)に到着した。晴れていれば新燃岳、高千穂峰、桜島などが望める筈だが生憎の雲で視界はあまり良くない、20分ほど頂上に留まり下山を始めた、、
 

下山は韓国岳避難小屋経由にしたが、こちらはとんでもない急登だ、内心このコースを登らなくてよかった、下山するのにも急な下りだ、予定通り50分ほどで避難小屋(写真)、に到着した。こちらから高浪池を1周しての下山も考えたが下山後は明日の開聞岳登山に備えて鹿児島の指宿まで移動しなければならないし、折角ここまで来たんだ、霧島神宮も参拝もしたい、霧島温泉で温泉にも浸かりたい、と言う事で避難小屋から出発した登山口に向け下山する事にした。



避難小屋から45分ほどで霧島スカイラインの県道に到着し(写真)、県道を10分ほど歩き駐車場に無事戻ってきた。駐車場は登山客、観光客で満杯状態になっていた、、、

 韓国岳のスライドショー  = こちら =

 
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2016-08-05

[hamさんの登山記] 山は呼んでいる、

九州の地に来たんだから九州にある百名山は登らないとまずいだろう、、久住山、阿蘇山(高岳)、祖母山、は制覇した、残りは霧島連山の主峰、韓国岳、鹿児島の開聞岳、屋久島の宮之浦岳だが時間の関係で宮之浦岳は次回にする。土曜日は一日仕事に励み、夕方から車で宮崎に向かいSAで車中泊し明るくなりしだい行動開始だ、歩く距離、高低差などからして体力的には問題が無いと思うが心配は暑さだ、、数年前の夏に谷川岳に登った時の苦い経験がある、、、天候の心配はなさそうだし楽しみだ!
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2016-08-05

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 川は流れる ♪ 仲宗根美樹

仕事中に民放のラジオを聞いていると懐かしい曲が流れた、リスナーがリクエストした曲だが、ほー、民放でもこんな古い歌謡曲をリクエストする人がいるんだ、、思わずボリュームを上げて聞き惚れた。昭和36~7年ころ大ヒットしてよくテレビなどから流れていた。仲宗根美樹が唄った「川は流れる」だ、橋幸男、吉永小百合の「いつでも夢を」、中尾ミエの可愛いベービー、倍賞千恵子の「下町の太陽」、ダークダックスの「山男の歌」、北島三郎の「なみだ船」などが流行していた、、ちょうど明星ラーメン、リプトンのティーパックが発売された頃だが、私の青春まっただ中で良く記憶に残っている、良き時代だったねー、、、
仲宗根美樹(本名 國場 勝子、くにばかつこ)は昭和19年(1944)6月23日東京生まれであるが両親は沖縄出身で第二次世界大戦の戦火を逃れるため東京に疎開し生まれた。波乱万丈の人生を歩まれたようだが今は確か銀座でクラブを経営されていると思うが、、、

 
 
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2016-08-04

[新米ドライバー] 山好きなお客さん

以前にも何度か記したことがあるが、当社のタクシーの助手席のヘッドレストの後ろ側に、ドライバーの名前、社名、趣味が書かれ写真が付いた名刺札を貼り付けるようになっている。入社時にとっさに趣味を聞かれ困った、正直なところ今の私に趣味と言えるほどの趣味は無い。アマチュア無線、、今はやっていない、ゴルフ、、ここのところ年に1~2回くらいで趣味と言えるほどではない、ドライブ、、この程度のドライブは趣味とは言えない、誰でもやっている、パチンコはやらないし、釣りもやらない、読書も映画も趣味とは言えない。迷ったすえ 山登りにでもしておくか、、と言いう事で趣味は山登りになっている。他のドライバーの名刺札を見てみると大体が、釣り、カラオケ、ドライブ、スポーツ観戦、読書、ウオーキング、ゴルフ(数名)、あたりだな、、乗車してくるお客さんに良く声を掛けられる、あら、運転手さん山登りをするんですか、どんな山に登るんですか? 口ぶりからして、山と言ってもハイキング程度か山菜取りに行く程度に思っているに違いない。はい、九重の山とか阿蘇、祖母などですが、先日は福岡の英彦山、井原山、雷山に行き今度、宮崎の霧島連山、鹿児島の開聞岳に行く予定です!すると、私も若いころに色々な山に行きました、山は良いですよねー、今は行きたくても足が悪くていけませんが! ほとんどが60代から80代の女性だ、このくらいの年代の山好きな女性が多いのには驚いた。30年40年前は今ほど登山道も整備されていないし、装備も今のように揃っていない、色々と話を聞かせていただくと大変勉強になる、、今は恵まれているねー、私のようなど素人でも山に行ける、感謝、感謝だ、、
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2016-08-03

[古い航海日誌 日正丸②] ポマラ出港、日本向け

インドネシアのスラウエシ島(旧セレベス島)のポマラでのニッケル鉱の積み込みがようやく終わった。1週間ほど停泊し午前中は仕事、午後は自由時間で魚釣り、読書、昼寝、3回ほど上陸してみたが退屈で参った。日本での揚げ地は今のところ不明で日本に向け航行せよ、と言う事だ。ここは南半球、フロレス海からマカッサル海峡、セレベス海からフィリピンのルソン島、ミンダナオ島の間の通り太平洋に抜け日本に向け北上するコースだ。夜ワッチ(当直)が終わって缶ビールを持ってデッキに出てみると南十字星が綺麗だ、そしてマカッサルの灯りが綺麗に見えていて一句でそうな雰囲気だね、低音のエンジン音が不気味に聞こえる。シンガポール海峡を航行できない中近東から日本に向かう大型タンカーがロンボク海峡からこのコースを航行する。フロレス海の海水の風呂にどっぷりと浸かり目を閉じるとリラックスできる、やっぱり航海中が落ち着くね! 部屋に戻りもう一度、飲み直しだ、、、
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2016-08-02

[街中で見かけた話題、光景] 連日の猛暑!

今年のご当地大分県は梅雨に入ると連日の雨で歴史的な降水量を記録した。そして待ちに待った梅雨明け、 これで雨ともお別れだな、、 しかーしだ! 今度は連日の猛暑続きで参ったネ、仕事でお客さんが乗車されると決まって、 毎日暑いですね! 最近は連日35度近くまで気温が上昇する、県内の日田市などは猛暑日続きだ、今のところ今年の特徴は西日本で猛暑が続いている。しかし今年は例年最高気温を記録する常連の群馬県の館林、伊勢崎、埼玉県の熊谷などの名前が聞かれない。週刊天気予報を見ても雨マークは無い、気象予報士の話では、台風でも来ない限り当分雨が降る予定はない! と言う、 当分は暑い日が続きそうですね、、、
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2016-08-01

[豊後の偉人] 別府観光の恩人 油屋熊八


JR別府駅の正面に 山は富士、海は瀬戸内、湯は別府 と言うキャッチフレーズを作り、別府観光の恩人と慕われた油屋熊八の像が立っている(写真)。別府市民、いや大分県民であれば油屋熊八の名前を知らない人はもぐりだな、、別府の名前を全国、世界にPRし「日本一のおんせん県おおいた」の原点を作った人物と言っても過言ではないだろう。文久3年(1863)7月16日に愛媛県宇和島市横新町に裕福な米問屋に生まれ、明治21年(1888)には27歳で宇和島町議に当選。30歳の時に大阪に渡って米相場で富を築き、別名「油屋将軍」として羽振りが良かったが、日清戦争後に相場に失敗して全財産を失う。35歳の時に手提げカバン一つでアメリカに渡り放浪の上、サンフランシスコ滞在中に三谷牧師よりキリスト教の洗礼を受け帰国後、再度相場師となるがうまくいかず、熊八のアメリカ渡航時に別府に身を寄せていた妻を頼り、明治4年(1871)の別府港開港以来温泉地として飛躍的に発展していた別府温泉で再起を図ろうと移り住んだ。「旅人をねんごろにせよ」と言う聖書の言葉を常に実践するために明治44年(1911)10月1日、49歳で別府で亀の井旅館を始め、それ以来経営に専念精進し業務を拡張し設備を改善し名前を亀の井ホテルと改めた。現在の九州横断道路(やまなみハイウエー)の必要性を訴え湯布院の開発、別府ゴルフ場の建設、亀の井自動車(現亀の井バス)の設立、日本初の女性バスガイド解説付きの遊覧バスの開始など油屋熊八の残した功績は数えきれない。昭和10年3月24日71歳でこの世を去った。別府観光の父・別府の恩人として市民に慕われている、、、
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名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る我が人生、






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