hamさんのひとり言。

昔の話と今の話。

[新米ドライバー ②] 自業自得

2015-02-27

ご当地には大小20社近くのタクシー会社が存在する、こちらで新米ドライバーを始めて1~2か月もすると、×××タクシーのドライバーはマナーが悪いなー、、と感じていた、勿論立派なドライバーもいるんだろうがね。午後いつものようにデパート横の一方通行の通りをゆっくりと流していると、私の車から3~40メータくらい前、スクランブル交差点の歩道の停止線で×××タクシーが赤信号で止まっていた、一人の女性がそのタクシーに乗ろうとしてドライバーと何やら話していたようだが、乗車せずにこちらに歩いてきた、どうしたのかな?と思ったがドアーを開けて、 どうぞ! ○○までなんですが良いですか? と聞いてきた、えー、どうぞ、有難うございます、、余計な事だが、お客さん前の車に乗車されなかったんですか? えー、○○までですけど良いですか?と聞いたら他の車に乗ってくれって断られました! 今の時代にそんなドライバーがいるんだね、、お客さん、それって乗車拒否で違反なんですよ、まだそんな運転手がいるんですか! タクシー業界も自由化により車両が過剰となり、おまけにタクシー離れでどこの会社も売り上げ増に苦慮している現状だがね、、今はお客様がタクシー会社を選ぶ時代だ。
空車になり又デパート横の一方通行の通りに戻ると又×××タクシーが赤信号で歩道の停止線に止っている、私は二番目だ、一番前に止るのが一番お客を拾えるわけだ、一人の若い女性が小さな子供を抱っこしてタクシーに向かって歩いてきた、前の×××タクシーがドアーを開けたが、お客さんその車には乗らずに横を素通りして私の車の横に来た、ドアーを開けて、はい、どうぞ! 前の×××タクシー、いい恥をかいたろうな、、信号が青になると前の×××タクシー、周り中に聞こえるようなタイヤのキシム音を発して急発進して行った、よっぽど腹が立ったんだろうが交差点には多くの人がいたが、あんな運転をする会社のタクシーには乗らない、と思った人がいるだろう、、、 
以前にも同じ一方通行の通りで流していると歩道のお婆ちゃんがこちらを見て手を挙げた、ハザードランプを点灯して左に寄ろうとしたがどうだ、前を走っていた×××タクシーがお婆ちゃんの前で止った、お婆ちゃんが、違う違う、と言うしぐさで手を振り後ろにさがった、するとどうだ、そのタクシー、歩道に乗り上げてドアーを開けて無理矢理にお婆ちゃんに乗るように催促したようだ、、一度いやな思いをしたお客さんはもう二度とそこの会社の車には乗らないだろう、、×××タクシーに関しては良い話は聞かない、同業社だ、あまり悪口は言いたくないがチョット今の時代にひどいね、自業自得、これはドライバーだけじゃなく会社にも問題があると思うがね、、、

 
固定リンク : トラックバック(0)
110おすすめ

[新米ドライバー ②] さすが大したもんだわ!

2015-02-26

昨年末より勤務先からおおせつけられている、ある大きな会社のお偉さんを高級車でお供する仕事、精神的、体力的にも結構大変な仕事なんだ、若いベテランの人に変わってもらえるよう上司に話してはあるんだが、先週、そして昨日も急に上司から、 ○○さん、急なんだが明日又頼みたいんだが、頼む! と手を合わせて頼まれると頭から、いやです! と言う訳にもいかない。今朝また早朝から福岡まで行ってきた、いつも思う事なんだが、大きな会社のナンバーツーともなればやっぱり違うねー、 各支社の責任者に電話でいろいろな指示を出したり、状況を聞いたり、叱ったり、しかし最後にはうまくお世辞を言ったり、褒めたり、電話の内容を盗み聞きしていると、やっぱり頭が切れるね、、随分と勉強になった。月が替わると直に3日ほどまた仕事があるようだが、やっとお役御免となりそうだな、、、
固定リンク : トラックバック(0)
101おすすめ

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 潮来花嫁さん ♪ 花村菊江

2015-02-25

歌謡曲の全盛期であった昭和35年、テレビ、ラジオ、どこかで歌謡曲の番組が放送されていて、よく流れていた曲だ、私も好きな曲でレコードを買ってきて、友達からプレイヤーを借りラジオにつなぎよく聞いた曲だ。

  潮来花嫁さん    唄: 花村菊江

 
 

花村菊江
日本の演歌歌手で本名は伊藤幸子、昭和13年5月20日東京生まれ。昭和31年(1956)「いつも貴方のことばかり」でデビュー、昭和32年「花の奴さん」がヒットし昭和35年(1960)発売の「潮来花嫁さん」が大ヒットした、茨城県潮来市と関係が深く平成17年(2005)潮来市の前川あやめ園に「潮来花嫁さん」の記念碑がたてられた。平成23年9月29日、くも膜下出血で73歳の生涯を閉じた、夫は元プロ野球選手で近鉄、阪神でプレイをした伊藤幸男投手、、、

 
固定リンク : トラックバック(0)
95おすすめ

[新米ドライバー ②] 最近ついてるねー!

2015-02-24

今月は28日、いつもより2~3日すくない、自分なりに設定している最低限の運賃収入、今までに達成できなかったのは1ヶ月だけ、しかし今月は無理だろうなーと思っていたが最近はついている、今日で目標額を突破してしまった、うまくしたもんだねー、、、

先日も一日の売り上げ目標は突破したし、さーて、あとはのんびりと行くかね! 燃料を入れて流していると裁判所などがある交差点で手が挙がった、見ると5~6人いる、おいおい、そんなに乗れないがね、停車してトランクを開けていると一人が、空港までお見送りいけないで申し訳ありません、、内心、えッ、空港まで行くお客さんか? 旅行カバンを曳いていた二人が乗車された。大分空港までお願いします、今からだと夜勤務の先輩が乗車されるまでには戻れるし、燃料も満タンだ。車内での二人の会話を聞いていると、二人とも弁護士か裁判官か、司法の関係者であることは間違いない、、、

デパートの横から中年の女性が乗車された。行き先は運転免許試験場だ、シメタ!かなりの料金になる、走り始めると何か喋っている、電話でもしているのかな、とルームミラーを覗くが電話じゃない、ちょっとおかしいんじゃないかなー、、心配になり試に、お客さん、○○バイパス経由でよろしいでしょうか? 近い方で! まともな返事が返ってきた、目的地に着くまで一人喋りをしていたね。お客さんが降りると一人の60歳代と思われる男が近づいてきた、乗れるかね? 念のため、お客さん、電話はされていませんか? 尋ねると、電話はしてないと言う、ついてるねー、どうぞ、どうぞ、、行き先はパチンコ屋までだが運転免許試験場は市内の郊外にあるため、パチンコまではこれも結構な距離がある。パチンコ店でお客を降ろすと昼近くだ、午前中で一日の予定額を突破した、家に帰りゆっくりと昼飯にするかな、、、

朝一番であるテレビ局のスタッフを猿の高崎山までお供した、もう直ぐ別府だ、空車になり気分を良くして海を眺めながら別大国道を走っていると市街地に入ってすぐのマンションに配車だ、30歳代と思われる女性が乗車してきた、行き先は市内の東部だ、これも結構な距離だ、hamさんの勘ではどうやら彼氏の処に泊まったようだな、空車になり、るんるん気分で中心部に戻り、小さな公園の中のトイレに寄りスッキリ、さーもうひと頑張りするか! 車の横に若い女性が立っている、一瞬、車上狙いじゃないだろうな?? 車に戻ると、すいません、乗れますか? えー、どうぞどうぞ! 行き先は大学病院までだと、これも隣の市で結構な距離だ、今日もなんやかんや午前中で一日の目標額を軽々と突破した、家に帰り昼食を食べてちょっと昼寝、、

今月も残り4日だ、どこまで売り上げを伸ばせるか、、がんばるぞー!



 
固定リンク : トラックバック(0)
136おすすめ

[古い航海日誌 日正丸②] ジブラルタル海峡通過、大西洋へ

2015-02-23

右舷にユーラシア大陸、左舷にアフリカ大陸が見渡せる地中海と大西洋の入り口、ジブラルタル海峡を通過した。フロリダ州のタンパまで約4,200マイル、古くて遅い本船では12~3日はかかる、バハマ諸島までは島影も見えないだろう、退屈まぎれにボトルシップ作りでもしようと思うがジブラルタル海峡から大西洋にでると多少ローリング(横揺れ)している、細かい作業のボトルシップ作りは無理だし、娯楽室に行くとマージャン卓が1卓動いている、やじ馬が3人マージャンを見ていたが私の顔をみると、おー、カモが来たわ、メンバーもそろったし、、俺はあまり気が進まないけどね、、今日は負けてやるからさー、と言う事で誘い込まれてマージャンを始めたが案の定カモにされて一人負け、えー、来るんじゃなかったなー、週刊誌もすべて読み終わったし、ビデオも何回も見て、やる事が無い、退屈だねー! 8時から当直に入ったが通信長から、これからはサンフランシスコ、San Francisco Radio/KPH も聞いてくれとの事で暫くはフランスと両方のTL(一括呼び出し)を聴取する事になる。
固定リンク : トラックバック(0)
126おすすめ

[今日の話] 北陸新幹線開業に期待が高まる我が故郷、上越市

2015-02-22


北陸地方の長年の願いでもあった北陸新幹線の長野、金沢間がいよいよ3月14日開業する。我が故郷の上越市もその沿線にあり上越妙高駅が新しく誕生した。しかし残念だが速達タイプの「かがやき」が停車しない、しかし私は新潟県民、特に上越地方の人に、裏切り者、と怒られるかもしれないが、あるていど予想はしていた。JR側からみれば富山、金沢には航空機との競争もあり1分でも5分でも早く到着させたいと言う願望はあるだろう、しかしせめて一日、朝、昼、夕、夜と4本くらいは停車してもらいたいなー、しかしこれも今後の乗降客数しだいで十分可能性を秘めていると私は考える。東京から上越妙高駅まで「はくたか」で約1時間50分から2時間10分だ。四季がはっきりして、海、山、平野、そして歴史的にも価値のある名所、史蹟が多数存在し、偉人も多数輩出している上越市を多数の人に訪れてもらいたい、、

AKB48の「恋するフォーチューンクッキー」に合わせてダンスを踊ったり上越市をPRする動画が公開された。私にとって懐かしい地名や顔が出てくる、 上越市は良いとこだしけ、おまんもえってみてくんないや、、!



 

今の上越市は直江津地区、春日地区、高田地区、と大きく分けて3つの地域が存在した。直江津地区は荒川(関川)の西岸に国府、国分寺を中心に府中文化が花開き、ついで慶長12年(1607)堀 忠俊が荒川の東岸に福島城(現古城小学校周辺)を築き荒川河口港として発展した。春日地区は高田、直江津の中間に位置し上杉謙信の居城があり城下として名をはせた、しかし上杉謙信の死後、養子の上杉景勝、景虎による相続争い、「御館の乱」 により春日山城下、府中は焼失した、その後入城した堀 忠俊が上杉的な春日山城を廃し福島城に移った為、春日山山下は荒地、水田と化した。しかし現在では高田、直江津両市が合併し新しい上越市が生まれると市役所、文化会館、などの施設が置かれ行政、文化の中枢的な位置を占めるようになった。高田地区は関川と矢代川の合流点の川原、荒れ地を切り開いて高田城と城下町を造ったところである。原野であった為、都市計画は思い通りに行われ京都にならって碁盤状に道路を走らせ理想的な城下町が造られた。城下町は春日山山下、福島城下町から寺社や商工業者に特権を与えて強制的に移住させて造ったものであった。こうして江戸時代は高田が政治、産業、文化の中心地として活気を見せたのである。
直江津
上越地方は大宝2年(702)にそれまで属していた越中国(現富山県)から越後国(現新潟県)に組み入れられたがこの時に国府(今で言う県庁所在地)が上越の地に置かれた。国府、国分寺の位置に関しては色々な説があるが、ともあれ直江津には国分寺、府中八幡宮、居多神社、八坂神社など古代にまつわる寺社があり、鎌倉時代には親鸞聖人の配流にちなむ光源寺、国府別院、上杉謙信時代のものとしては至徳寺、安国寺、などの他お館城など武将の居館跡が確認されている。直江津港の歴史も古代にさかのぼり港の周辺は廻船問屋、港湾関係者が多く住み、蔵などが建ち並び福島城築城後、城下町は春日山山下から移し、寺社などによって形を整えたが完成を見ぬ間に高田城の築城により福島城下は取り壊され荒野と化したのであるが、直江津港を中心とした港町は高田藩の保護により高田城下などと違った繁栄をきたした。
高田
築城前の高田は関川、矢代川の合流点に当たる一面の河原と原野でその周辺に村落が発達していたと言う、松平忠輝はこの周辺の村落に幕府から動員を命ぜられた13藩の大名が出した10万人の人夫を駐留させ物資を供給させたという、城下町の建設の為に福島城下に移らないで春日山山下に留まっていた寺社や町など、それに福島城下の寺社、町を根こそぎにして高田に移動させた。このように江戸時代に入り高田は直江津に替り賑わい繁栄した。
現在の上越市は工業の町、直江津市と 商業の町、高田市が昭和46年に合併して 人口132,000人の上越市が誕生しまし た。 そして平成17年1月近隣14の市町村が合併し 人口が約210,000人となり平成19年4月1日、自主自立の町づくりを実現させるため特例市と成りました。上越市と言うと、上越線の沿線にあるようなイメージがあり、特に比較的に高齢の人からはあまり評判がよくなく、市の名前を変更しては、、と真剣に協議された時期もあったようだが合併して既に40数年もたち、すっかり上越市という地名が根付いたようだ。北陸自動車道、上信越自動車道、が通り北陸新幹線が通る上越市、ますますの発展が期待される上越市を是非おとずれてみては如何でしょう、、、


 
固定リンク : トラックバック(0)
118おすすめ

[第2の人生] 日永丸 マコ停泊中 バナナ

2015-02-21

停泊中は当直は無いが気象衛星ESSAの画像受信、電界強度の測定受信は続けている、狭い無線室に実験機材などで足の踏み場も無い状態だがなんとかスペースを見つけて4人でお茶タイムだ、時々キャプテン(船長)がみえると私は立ってコーヒーを飲む。デッキではラワンの材木を筏に組みタグボートが曳いてくると、ステベ(人夫)が大木にワイヤーを掛け、ウインチで引き揚げ船倉に入れて行く、時々ワイヤーから材木が抜けて落下する事があり危険な作業だ。デッキに出て作業を眺めていると一人の人夫が親しげに話しかけてきた、日本のチキンラーメンが好きだと言う、夜食用に買い込んであったので5個ほどあげると、幾らか、、、と言う、お金は要らない、プレゼントだと言うとたいそう喜んでいた。夕食を食べてデッキで海を眺めていると、、へー、マスター! と叫ぶ声が、見るとラーメンをあげた人夫がバナナの大きな房を肩に担いでやってきた、私にラーメンを頂いたお礼のプレゼントだとさしだしてきた、何十本も付いた大きな枝だ(写真)、未だ熟してはいないが帰りの航海の頃にはちょうど良いと言う、新聞紙で包み無線室の隅に立てかけておいたが数日できれいに黄色に色付いた。
固定リンク : トラックバック(0)
86おすすめ

[街中で見かけた話題、光景] 帰ってきた大友宗麟

2015-02-19

JR大分駅の駅ビル(JRおおいたシティー)の工事も外装工事が終わり内装工事が行われている、駅ビル工事と共に駅北口前広場の工事も行われているが、大分のシンボル的存在で駅前に立っていた豊後の戦国の武将でキリシタン大名で有名な大友宗麟公の銅像(写真)が工事に伴い一昨年の夏に一時撤去されていたが駅前広場の工事も進み、台座も完成し昨日、一年半ぶりに駅前に戻り台座に備え付けられた。この像はヨーロッパ使節団派遣400周年を記念して1982年にJR大分駅北口に設置されたものだ。新しく設置される、フランシスコ・ザビエルの銅像などと共に、駅前広場が完成する来月21日に銅像の除幕式が行われ正式にお披露目される。駅前広場の工事も7~80パーセントは完成している、今は歩道などの工事が行われており、完成すれば新しい市民の憩いの場となるだろう、、、
固定リンク : トラックバック(0)
97おすすめ

[今日の話] 誕生日

2015-02-18

ついに古希を迎えた、還暦は満年齢で迎えるが古希は数えで迎えるようだ、つまり満69歳が古希だ。しかし本人はまったくそのような認識は持っていない。  しかーしだ! 日本人の男性の平均寿命は80,2歳で世界第4位、女性は86,6歳で世界第一位、なにー、すると俺も平均的にはあと残すところ10年くらいの命かよ、、なにか寂しい気持ちにもなる。普段通りに夕食を食べていると、ピコ、ピコ、ピコ、Skype(スカイプ)が呼んできた。リモコンでテレビからスカイプに切り替えると孫のちびっ子二人が映しだされた、じいちゃん、おたんじょうびおめでとう、、10日後にかみさんが誕生日なので、この時に一緒に誕生祝いをしようと言う事になっているが、これからは残された人生、一日、一日を大事に過ごそうと思う、、、
固定リンク : トラックバック(0)
101おすすめ

[街中で見かけた話題、光景] ほのぼのとした光景

2015-02-17

仕事で、あるテレビ局のスタッフをお供して、空車で市内の中心部に向かっていた。40キロ制限の中心線のある2車線道路、朝晩の通勤時間帯はかなり渋滞する道路だ、5~60メーター位さきの歩道にカートを引いた、かなりご高齢と思われるお婆ちゃんが立っているのを確認した、んッ、あのお婆ちゃん道路を横断したいんじゃないかなー、、しかし横断歩道じゃないので私の前を行った車も、反対車線の車も勿論止る気配が無い、するとお婆ちゃんがいる歩道と反対の向かいの歩道を歩いていた男がいたが、ふと立ち止まり、お婆ちゃんの方を見て、小走りに道路を横断してお婆ちゃんの前に行き何か話している、とっさにルームミラーで後続車を確認すると1台の車が後ろから来ていたが徐行し近くで停車すると、対向車線の車も停車した、男性がお婆ちゃんの手をとり、お婆ちゃんと一緒に道路を横断して行く、普通の人の5~6倍はかかったが無事道路を渡り終わり、男性がこちらの方を見て、ちょこっと手を挙げて、有難う、すまん、、と言うような仕草、、顔を見ると30歳代と思われるが、この青年の行動に車を運転していなかったら拍手をしてやりたかったネ、、、

 
今日の大分地方の日中の最高気温は16度、仕事で駅南口の芝生公園よこの交差点に近づくと小さな保育園児と思われる集団が信号待ちをしていた。今日は暖かくなったので散歩だな、、ちょうど信号が赤になったので、横断歩道の手前でこの光景を眺めていると、保父さんが5~6人が乗っている荷車のような車を引いて、保母さんが、2歳くらいの小さな子供4人が持った紐を曳いて横断歩道を渡り始めたが広い道路、小さな子供の足では横断歩道の信号が青の間に渡れない、幸い車の通りは少ない道路、保母さんがしきりに、こちらを見て、すいません、、と言うような仕草、いいよ、いいよ、いくらでも渡りきるのを待ってやるよ、、あまりにも可愛い光景に、すでに横断歩道を渡り切っているのにニヤニヤしながら、この光景を眺めていると後ろから、クラクションが、ピーッ!
固定リンク : トラックバック(0)
248おすすめ

[新米ドライバー ②] お婆ちゃんと十円硬貨

2015-02-16

デパート横の一方通行の通りで手が挙がった、杖をついたご高齢のお婆ちゃんと、お婆ちゃんの腕を持った60歳代と思われる女性だ、60歳代の女性はタクシーの所まで付き添いで来られたようだ。絵てがみの教室に通っておられるとの事だ、もうそろそろ辞めたいんだが仲間の皆さんが親切にしてくれて、いるだけで良いから来い、と言うんで甘えてきているんだ、との事だが、お客さん失礼ですがお幾つですか? と尋ねると、92歳です! えー、お元気ですねー、、 口だけはネ! 話し方は92歳とは思えないしっかりしている、車内でずっとご自宅に着くまでお話をした、、東京の東中野の出身で大分出身の御主人と結婚されたがご主人は戦争に行き、東京も空襲が始まったので大分に疎開し70年になると言う。若い頃に御主人を亡くし随分とご苦労をされたそうだ、一人暮らしだが近くに娘さんが住んで居られ、お世話をされるそうだが、私は意地悪で言ってるんじゃないのよ、自分で出来る事は自分でやらなきゃ! と私に気合を入れるんですよ、、と言っておられたがネ、、、ご自宅に着き料金を告げると、料金を払い、はい、運転手さん、御駄賃! と言って十円硬貨を一枚さしだされた。今の時代、幼稚園の子供でも喜ばない金額だ、、しかし辛い戦争を経験し、堪えがたい時代を過ごされてきた先人達のお陰で今の平和な日本がある、せっかくの御好意だ、お婆ちゃんに丁重にお礼を言い、十円硬貨を頂いた。数年前に新潟でもお供したお客さんのお婆ちゃんから十円硬貨を頂いたことがある。ジャムが入っていた空瓶が私の500円硬貨専用の貯金箱だ、今回も貴重な十円硬貨を一枚、チャリン、、と入れた、500円硬貨に混じって二枚の色の違った十円硬貨が入っている、、、私にとっては何ものにも代えがたい価値のある十円硬貨だ、、、
固定リンク : トラックバック(0)
81おすすめ

[街中で見かけた話題、光景] 大分県護国神社の梅まつり

2015-02-15


北の国では冬型の気圧配置で猛吹雪が続いているが、ご当地の本日の最高気温は15度ちかく、市内の大分県護国神社(写真)の梅も咲き始め梅まつりが開催されていると言う事で歩いて行って来た。護国の大神が鎮まる松栄山は大分市街地にあって五万坪の境内の多くは山林で自然が残る貴重な場所だ、展望台からは大分市街地、別府湾が一望でき、天気の良い日は遠く四国を望むことができる。
 

 
寒紅梅が七分咲きで綺麗だね、、(写真上)
 

境内にはたくさんの梅の木が植えられており小さな白い花が咲き誇り、あたり一面に甘い香りが漂っていた、こちらの梅の木から採れた梅漬けが参拝客にふるまわれるが、私も御朱印を頂き梅漬けを頂いてきた。
 

展望台からは大分市街はもちろん、別府湾から国東半島、晴れていれば遠く四国が見渡せる、、、
 
固定リンク : トラックバック(0)
90おすすめ

[古い航海日誌 日正丸②] シチリア島沖を航行中

2015-02-14

キオジアを出港した本船はアドリア海を進みイタリア半島の長靴の底のイオニア海に入り地中海に浮かぶマルタ島とシチリア島の間のマルタ海峡を通過した。左舷にマルタ島、右舷にシチリア島が遙かに望める、夜にはシチリア海峡にさしかかり左舷にアフリカのチュニジアの灯台の灯りが見える、あとはアルジェリアの沖を西に進みアフリカ大陸とユーラシア大陸の間のジブラルタル海峡を通り大西洋に抜けるわけだ。夜の当直で無線室に行くと通信長が、次席さん、フランスの海岸局に本船あての電報があるようだが、あんたに仕事を残しておいてやったから頼むね! と、こうだ。コーヒーを入れて一杯飲みさっそくフランスの海岸局/FFSとQSO(交信)し、国際電報を受信した。東京の本社からだ、仕向地がアメリカ、フロリダのタンパ(Tampa)だ、こちらで肥料を積んでメキシコのタンピコ(Tampico)揚げとのことだ。タイプで打ってキャプテンの部屋に行くが入浴中のようだ、少し時間をおき届けると電文を見て、ほー、タンパは解るがタンピコはメキシコの何処にあるんだ? キャプテン、メキシコのカリブ海側にある結構大きな町のようですよ、、キャプテンはブリッジに上がって行った。ワッチが終わりバスルームでシャワーを浴び腰にバスタオルを巻きつけてデッキに出てみるが、さすがにアフリカ沖とは言え冬の北緯36度だ寒いね、、もう一度バスルームに飛び込みゆっくりと湯船に浸かり、部屋に戻り「スナック日正丸」の開店だ、、、
固定リンク : トラックバック(0)
95おすすめ

[今日の話] 適性検査

2015-02-13

先日運転の適性診断に行ってきた、入社時に初任診断を受けたが、今回は年齢により受診する適齢診断だ。ヘッドフォンをしてパソコンに向かい設問に答えるものと、ハンドル、ペダル、ボタンなどを操作するものなどがある。運転特性に関しては「危険感受性」の診断結果は100店であった、「気持ちのおおらかさ」の診断結果は85点でマーマーだな、{我慢づよく忍耐心があり気持ちのおおらかな人柄}とのこと、自分で言うのもなんだが、それなりに当たっているような気もするがね、、しかし「注意の配分」は31点だ、一点に集中すればするほど、周りの状況が見えなくなるとのこと、、「他人に対する好意」「協調性」「感情の安定性」などはともに6~70点台で、まーまーそんなに付き合いにくい人柄でもなさそうだ。パソコンによる視覚機能測定では「動体視力」「眼球運動」「周辺視野」いづれも悔しいが年齢相応の結果となった、各年齢にも幅があるんだが同年齢では何れも上位であるのがせめてもの慰めだね、、、グラフを見ると何れも3~40歳より急激に悪くなるようだ、やっぱり歳には勝てないんだねー!その分ひといちばい注意してハンドルを握る必要があるようだ。カウンセラーからカウンセリングを受けて帰ってきた。会社の担当者が結果を見て、 ○○さん、まだまだ80歳まで勤務出来るわ! 内心 馬鹿なこと言うんじゃねー、俺にもまだやりたい事がいっぱいあるんだわ、、、自分の長所、短所を認識してハンドルを握ろうと思う、、、
固定リンク : トラックバック(0)
151おすすめ

[第2の人生] 日永丸 マコ停泊中、 パーティー

2015-02-12


マコの沖合に停泊し荷役作業が始まった、ラワン材を筏に組んだ物をタグボートが引いてくる、それを本船のウインチで積み込むわけだ。キャプテンが無線室に来て、おい、アップさん昼を食べないで上陸するからサードオフィサーにも言っといてくれ、、との事。キャプテンとサードオフィサー、H先輩と4人でタグボートに乗って上陸した、実習で行ったマレーシア以来だ。港と言うよりも桟橋のようなところにタグボートが着くと、誰だか知らないが現地の男がダットサンに乗って迎えに来ていた。椰子の木などが茂る林の中を15分ほど走ると家がぽつぽつと見えてきた、大した町ではないが周りの家に比べるとしゃれた一軒に到着した。町長の家だ、玄関には町長夫妻と娘さんが出迎えてくれた。広いリビングには娘さんと同年配の若い女性が6人ほど来ておられた(写真)、アメリカ、イギリス、シンガポール、などの大学に留学経験のある裕福な家庭の娘さんばかりだ。料理が運ばれ食事となった、しかし日本人の私にはどうも味が合わない、まずい食べ物は慣れているが味の合わない食べ物はなかなか喉を通らない、美味しいですか? と訊ねられ、まさかまずいとも言えない、美味しい! と言うとどんどん勧める、これには参ったね、キャプテンは流石に慣れたもんだ、美味しいと言ってどんどん食べている、、食事が終わると我々若者3人と女性7人、コーラを飲みながらお喋りタイムだ、何で若い乗組員がもっと来なかったのか! と嫌味をチクリと、、サードオフィサーのもてる事、、そのうちにレコードがかかり女性人はダンスを始めた、見ていると一緒に踊ろうと手を引っ張られて踊らされる、ダンスなんて全く初めてで解らない、身振り見まねで音楽に合わせて手と足、腰を動かし踊ったが、他人が見れば吹き出すだろう、、それでも段々とリズムに会いスムースに身体が動くようになるもんだ、、段々と打ち解けあい下手な英語でも結構と会話が弾むもんだ、、あっと言う間に数時間がたち、キャプテンは町長、シッパーなどとダバオまで飲みに行くと言う、我々三人は名残惜しいが材木を曳くタグボートで本船に戻ってきた、
固定リンク : トラックバック(0)
89おすすめ

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 他人船 ♪ 三船和子

2015-02-11

歌手の三船和子(本名 緒方一子)、愛知県一宮市出身、昭和40年作曲家遠藤 実さんのミノルフォンレコードの第1号歌手として「ベトナムの赤い月」でデビュー、翌年の昭和41年に「他人船」が大ヒットした。その後交通事故などの不運もあったが昭和58年(1983)「だんな様」で再デビューし大ヒットした。青春まっただ中の昭和41年、テレビの歌番組では橋 幸夫の「霧氷」、千 昌夫の「星影のワルツ」、マイク真木の「バラが咲いた」、青江三奈の「恍惚のブルース」、高倉 健の「唐獅子牡丹」などがいつも聞こえ、映画では昨年亡くなられた大俳優の高倉 健さんの「網走番外地」シリーズが放映されていた。

他人船     唄: 三船 和子

 
 

 
固定リンク : トラックバック(0)
87おすすめ

[今日の話] 大分と言うところ、 きれいな町づくり

2015-02-10

ご当地に引っ越して来て1年ちょっと、引っ越してきた当時は 随分きれいな街だなー、、それにもまして市街地の道路、歩道などでゴミ拾いをしている人の姿を多く見る、会社の前の歩道を朝まいにち掃いている社員、通勤の途中歩きながらゴミ入れのビニール袋を持ってゴミを拾いながら歩いている若い男性、日中でも車のいない時を見計らって道路に落ちているゴミを拾っている高齢の男性、晴れている日は毎日、道路と歩道の縁石の隙間に生えている小さな草取りをしているお婆ちゃん、街路樹の葉が散ると直に店から飛び出してきて履いている人、こんな光景はちっとも珍しくなくなった。市内の中心市街地の歩道にスモーキングエリアと書いたスペースがあり灰皿が置かれている、愛煙家の人がタバコを吸っている光景をよく見かける、。ご当地の町が綺麗な訳がわかった、、平成18年7月から「日本一きれいなまち」を目指して「大分市ポイ捨て等の防止に関する条例」がスタートし多くのボランティア団体によるポイ捨て防止パトロール活動が各地で行われ「日本一きれいなまち大分」の実現を目指している。また以前にも「全市いっせいゴミ拾い大作戦」などが行われギネスにも認定されたようだ。先日も別府大分毎日マラソンのコースをたくさんのボランティアの人たちがゴミ拾いをしていた、市民の皆さんの町を綺麗にすると言う意識がたかいようだ、「きれいな町はきれいな心から」 しかしこんな中でもポイ捨てをする人がいるのが残念だね、、、
固定リンク : トラックバック(0)
86おすすめ

[新米ドライバー ②] ご当地のタクシー事情 ②

2015-02-09

ご当地で新米タクシードライバーを始めて八か月になるが大体のタクシー事情が分かってきた。人口比率の高い都市はタクシーも流しの比率が高いだろうし、地方では大部分は電話をいただき、配車になり、お迎えにあがる形態だ、ご当地は人口約48万人の中核都市だが、先輩の話を聞くと、昔は市内中心部の国道10号線、197号線、210号線を5回流せば2~3回はお客を拾えた、、と言う。しかし今は特に地方は一家に車が1~2台の時代だ、タクシー利用者が減ったうえに、ご当地も過剰気味のタクシーが目の色をかえて市内の中心部を流している、一番拾える駅前通りのデパート前のスクランブル交差点付近、午後ともなれば5~10台くらいのタクシーが列をなして流している、お客さんを拾えるのは至難の技と言えるね、、お供したお客さんから、私は○○交通しか乗らないんだわ!とよく言われる、有難い話だ、私が感じたところでは当社のタクシーが一番人気があるように感じるが、しかし当社のタクシーに乗って当社の悪口を言う元気のある人は少ないだろう、必ず他社のタクシーに乗って当社の悪口を言うお客もいるはずだ、昔はタクシードライバーがお客を選ぶ時代であったようだが今は逆だ、その点ご当地のタクシードライバーの接客は極めて不十分だと思う、以前に在籍した会社と比較したら悪いが比較にならない、これは単にドライバーだけの責任ではない、教育に問題がある。今の時代サービス業はどの業界も接客に力を入れている、その点タクシー業界は一部を除き遅れている、お客様を目的地まで安全にお供すれば良い、と言う時代は終わった、今はプラスサービスが重要だと思うがね、、この厳しい業界を乗り切っていくには今が正念場だと思う、、、
固定リンク : トラックバック(0)
89おすすめ

[新米ドライバー ②] ご当地のタクシー事情 ①

2015-02-08

ご当地で新米タクシードライバーを始めて八か月、、以前に故郷で6年間タクシードライバーを経験し、この仕事、地域により特に人口比率で、又色々な意味で大きな違いがある事を痛感した。最近のタクシー事情しか知らない私だが、いずれの地域でも耳にした事は、昔はお金になったが最近はさっぱりだ、おまけにチップなんてほとんど無い、、と言う。と言う事は会社側からみても同じことが言えるのだろう。ご当地はタクシー会社は20社近くあるようだが、おまけに相当数の個人タクシーが存在する、上位3社と思われる会社は全て他社を吸収合併している、数年でまだまだ淘汰されるだろう、。毎月1~2回ドライバーの運賃収入が公表されるが、上位と下位の差が著しく違う事だ、上と下では6~7倍の違いがあるだろう、その間にびっしりとひしめいている。勤務体系が昼間だけの人もいれば夜だけの人、隔日勤務で昼夜と勤務する人など色々だ、当然のことながら稼ぐのは夜の方が圧倒的に有利だ、22時以降は深夜割増になるし、比較的に長距離もある、その点昼間は比較的高齢者のワンメーターなどの近距離が多い、従って大部分のドライバーは夜が主体の勤務が多い、私は地理の不慣れ、身体の事を考え無理の無い昼間だけの勤務だ。毎月の収入も運賃収入の比率が極めて高いのでやればやっただけのうま味はあるが、そんなに甘くはないのが実情だ。私の場合は6~70パーセントは配車(指令)で動き、3~40パーセントは流してお客を拾う、配車は自動配車だ、従って待っていれば順番に配車になるわけじゃない、自動配車でないと公平性が保たれないだろう。市内を流すにしても勝手にどこでも流していれば良いってもんじゃない、お客さんを拾えそうな、しかも配車がくる可能性が高い地域を走る、これは他人に聞いてもなかなか納得する返事が返ってこない、自分で考え自分で開拓するしかないだろう、。私が所属する営業所でも数か所の待機場所がある、駅、ホテル、や市内の繁華街のタクシー乗り場など色々だ、私が待機するのは市内のシティーホテル、モニターを見ながらホテルの待機の台数、時間帯などを考え時々待機に入る、一日中おなじところで待機し、仕事が終わると又同じ待機場所に戻り待機しているドライバーも結構いるが、確率の高い地域を走り、お客さんを探しながら配車を待つのが一番効率が良いように思うが、いずれにしても楽をして運収が上がらないって事だね、、、
固定リンク : トラックバック(0)
111おすすめ

[古い航海日誌 日正丸②] イタリヤ、キオッジヤ出港パナマ向け

2015-02-07

午後タグボートに曳かれてイタリヤのキオッジア(Chioggia)を出港した、今度は空船のため座礁する事はない。キオッジアには日本船が初めての入港であり、今までで一番大きな船らしい、岸壁の近くの野菜の選果場の若い女性社員が何人も岸壁で手を振ってくれている、こちらもデッキに出て手を振るが何かジーンとくるものがある、、、crying  停泊が長くベネチアにも二回いき、ゆっくりと観光もできたしお土産もたくさん買った、そして三食昼寝つきですっかりと太りましたって― (写真)、、又長い航海が始まる、トリエステ(Trieste Radio)の海岸局に中波で出港しパナマに向かう旨連絡を入れた、、 NW QTO Chioggia Bnd For Panama すると OK NW QRU Bon Voyage ときた。イタリアとユーゴスラビア(現クロアチア)の中波の海岸局が強力に入感する、暫くはローマの短波とフランスの短波の海岸局も聴守する事になる。ジブラルタル海峡までは色々な島影、アフリカ大陸などが見渡せるので退屈はしないだろう、夜のワッチ(当直)が終わり、ゆっくりと湯船に浸かり停泊中の貯めた洗濯をし部屋で一人寂しく宴会だ、、日本では朝の通勤時間の頃だろう、、、
固定リンク : トラックバック(0)
81おすすめ

[仲良し、ちびっ子二人] なかよしちびっこ二人

2015-02-06

夕食を食べ終わったし、久し振りに孫たちと話をするか、、と話をしていたら Skype がピロピロと呼び出しが、テレビをSkypeに切り替えると元気な二人の姿が映し出された。お姉ちゃんの 乃愛(ノア)ちゃんは4月から幼稚園の年長さん、妹の真愛(マナ)ちゃんは4月から年小さんになる。乃愛ちゃん、なわとびが出来るようになったと報告が、やって見せて、と言うと、ちょっと格好が悪いが20回は続けてできる(写真)、褒めてあげると何回でも披露してくれる、赤ちゃんの時から足が強い子だと感心していたんだが、運動神経は抜群のようだ、将来はアスリートかな?、運動系だな、スキーも出来るようになったし、プールで浮くようになったと、床に寝て浮く真似をしてくれたが、、こちらで単語を言うと紙にひらがなで書いて見せてくれる、、、
 

妹の真愛ちゃんも負けていない、やっぱりお姉ちゃんがいると違うネ、何でも真似をする、紙に名前を書いて見せてくれたが、大したもんだね、、私は幼稚園にも行っていないし、小学校に入ってからひらがなを覚えたような気がするがね、小さい子供は成長が早い、悔しいが爺、婆は崖から転げ落ちるように老いていくね、、、
固定リンク : トラックバック(0)
95おすすめ

[新米ドライバー ②] 空港、送り迎え

2015-02-05

一昨日の夕方のこと、納金していると上司が、○○さん、明日夕方だけど空港までお客さんを迎えに行く仕事があるんだが行ってくれないかね、翌日の朝そのお客さんを今度はホテルから空港までお送りするんだが! 内心そんないい仕事、俺なんかで良いのかなー、先輩が聞けばひがむがね、、金額が決まっていて業者に手数料をとられるんだがね! やっぱりなー、、詳細を記した紙を受け取り確認すると、実際よりも若干少ない金額だが有難い話だわ、、空港の到着ロビーの出口の前にはタクシーはいくらでも止っている、わざわざ予約までしてくるところをみれば、こりゃ一般の旅行客やビジネスマンじゃないな? ふとお客さんの名前を見ると、んッ、この名前は! たくさんある苗字であれば同姓同名と言う事もあるが、そんなには多く無い苗字だ、○○界では有名な大者人物だが、、、
昨日の午後、時間に余裕をもって早めに空港に向かった、予定通り30分前に空港に到着し到着ロビーで到着予定を確認すると5分早く到着するようだ。空港横の道の駅の駐車場で時間調整のため待機していると東京からの便が着陸してきた。ボーディングデッキに着いたので帽子をかぶり空港の到着ロビーへ、名前を書いたカードを持って立つ事も考えたが相手の事も考え止めた、、制服を着て帽子をかぶっていれば誰が見てもタクシーの運ちゃんに見えるだろう、、しかーしだ! いつになってもそれらしい人は出てこないし、声をかけてくる人もいない、相手方の携帯電話の番号が解っているので電話しようかな、と思うと私の携帯に電話が、番号を見るとお客様の番号だ、はい、○○交通の○○でございます、すると、運転手さん、いま車の前にいるよ、とのこと、走って車に向かうと、ニコニコしながら小さな手提げカバンを持ってタバコを吸っている人、どうも失礼いたしました、○○さんでいらっしゃいますか! はい! と一言、想像した通り間違いない、よくテレビで観る顔だわ、、市内のホテルに向かったが車内で何度か電話されている内容を聞いていれば間違いないあの人だ。運転手さん、途中でタバコを吸いたいんだが何処かで一度止めてくれないかね! かしこまりました、別府市内くらいでもよろしいですか?別府市内のコンビニに寄ると美味そうに煙草を吸っておられたのが印象的だった。大分市内の指定のホテルまで無事にご案内したが、気疲れしましたって―、、、
朝ホテルの近くで時間調整をして指定の10分前にホテルの玄関に車を着けると、中から見ておられたのか、やー、おはよう! 大分空港に向かった、お客様、お煙草の休憩は別府を過ぎたあたりでよろしいでしょうか! 有難う、そうしてください!途中の日出町へ入りコンビニでタバコ休憩とした。やっぱり、喋りかた、仕草など貫ろくがあるネ、、予定通り無事に空港に到着した。肩の荷がおりた感じだ、空港近くのコンビニでコーヒーを飲んでいると折り返しの東京からの便が着陸した、ルンルン気分の鼻歌で大分市に戻って来ましたってー、、、 


 
固定リンク : トラックバック(0)
87おすすめ

[第2の人生] 日永丸 マコ入港 船上の正月

2015-02-03

あまりにもの静けさに目が覚めた、いつもだとエンジンの響きと心地よい震動がするが、ここは何処だろう、、錯覚を起こす、ふと我に返りポールドに目をやるとカーテン越しに日が差している、ベッドに起き上がりカーテンを開けると本船は停泊している。目を動かすと水平線にミンダナオ島のダバオの赤い屋根の街並みが見える。慌てて着替えて無線室へ行くと次席通信士のT先生が、ニコニコしながら、もう入港手続きは終わったよ、すると通信長の鬼のK先生もサロンから無線室へ来られた、おー、生きてたかよ! H先輩と四人で無線室でお茶タイムだ。そして数時間の航海で積み地のマコの沖合にアンカーを下した(写真)
 

 
マコに停泊中に正月を迎えた、故郷以外で初めて迎える新年が海外のフィリピンで迎える事になった。司厨部が腕を振るって作った豪華な正月料理がテーブルに並べられ(写真)、マコの町長、シッパー(荷主)も差し入れを持ってやって来て、キャプテンの音頭で乾杯となった。今日ばかりは材木の積み込みも休みだ、、、
酒、ビール、ウイスキー、ワイン、なんでも飲み放題だ、K先生、今日は実験も休みにするから飲め、! と言う事で飲みましたって―、勧められれば、はい、いただきます! 町長が明日、自宅でパーティーをするので招待するから是非とも来いとの事、町長の娘さん、友達の若い女性が多数集まるとの事だ、従って若い乗組員だけ招待すると言う、キャプテン(船長)、サードオフィサー(3等航海士)、H先輩、と私が代表で行くことになったが、えらいことになりました、
固定リンク : トラックバック(0)
106おすすめ

[今日の話] 大分と言うところ、 運転マナー

2015-02-02

一年前ご当地に引っ越してきた当時、車で市内を走っていて車線変更の車に車線を譲ったり、脇道からの車を車線に入れてあげたりすると、ほとんどの車がハザードランプを点滅して感謝の意を表す、今までに経験した事がない行動だ、路線バスなどは方向指示器をだして停留所から走行車線に出る時に減速、停止して車線を譲ると必ずハザードを点滅して行く。へー、交通マナーの良い県だなー! しきりに感心したもんだ、しかーしだ! これに騙されたね、あくまでも私個人の見解だが、毎日通勤を含めて8時間以上もハンドルを握って市内を走っているんだが、どこの地域に行っても運転マナーの悪い人はいるんだが、ご当地大分は運転マナーが一般に悪いね、、特に信号無視が目につく、2車線、3車線道路の交差点で黄色信号で止ると横を青信号のように交差点へ突っ込んでいく車、なかには減速どころか加速して交差点に入って行く車をよく見かける、当然赤信号になっても突っ込んでいく車もよく見かける、ブレーキとアクセルを間違ってるね、、交差点の中で右折しようと対向の直進車を確認し、右折信号(青の⇒)が出たので右折しようとしても直進車が平気で突っ込んで来る。先日も仕事でお供した高齢のお客さんも言っておられた、大分は信号無視するドライバーが多い、、とね。朝の通勤時、3車線道路で50~60キロで走っていると、車間距離をとらず、すぐ後ろ3~4メーター位にくっついて来る車がよくいる、こっちは九州以外の遠方の県外ナンバーなので多少は馬鹿にしているむきもあるんだろうがネ、ブレーキを踏んでやりたくなる、完全にガシャンだね、どうせ、急ブレーキをかけて!と言うに違いない。食べ物も美味しく、温暖で風光明媚な素晴らしい大分県だ、今年は「おんせん県大分」デスティネーションキャンペーン と言うイベントが開催され沢山の観光客も訪れるだろう、 法令を正しく守り、譲り合いと労りの精神 でハンドルを握ってもらいたいね、、、
固定リンク : トラックバック(0)
101おすすめ

[今日の話] 第64回別府大分毎日マラソン

2015-02-01


世界陸上代表選考会を兼ねた恒例の第64回別府大分毎日マラソン、寺澤徹、君原健二、宗兄弟、谷口浩美、森下広一など数々の名ランナーを世界へ輩出した歴史のある通称、別大マラソン、故郷の新潟は厳しい冬の真っ最中だ。青空のもと別府湾沿いの国道を走るテレビの中継を見ながら、こっちは吹雪だと言うのに九州は晴天かよ、暖かそうでいいなー、、といつも思っていた。その九州大分の地に縁があり一昨年の11月に引っ越し、昨年の第63回の大会はちょうど入院中で病院のベッドでテレビ観戦だったが、幸いにも今住んでいる所はマラソンコースからすぐそばだ、テレビで観戦しながら、トップ集団がだいぶ近づいてきたし、そろそろ応援に行くか!と言う事で近くの橋の上から見学を兼ねてお応援に行ってきた。真っ青に晴れあがった上空にはヘリコプターが飛び、風も弱く絶好のマラソン日和だ、さすがに上位を行く集団の走りは今の私の全力疾走よりもはるかに速いと思うがね、、市民ランナーも含めると3,700人を超す出場者だ、とても最後のランナーまで応援しておれない、悪いが途中で引き揚げて家でテレビを見ながら応援と言う事にした。
別大マラソンの歴史は、昭和27年(1952)1月20日、別府駅前をスタートし大分市白木を折り返す35キロのコースで始まったのが第一回大会だった。当時ヘルシンキ五輪を控えて別府市で合宿していた五輪代表候補の記録会として始まったが、大分県中津市出身で五輪代表候補のコーチを務めていた池中康雄さん(故人)が中心となって創設した。池中さん自身も五輪候補に挙がりながら、戦争のために出場の夢を絶たれた「五輪への道を開くためにも地元で全国大会を開催したい」という熱い思いから別大マラソンの歴史が始まったと言われている。

 
固定リンク : トラックバック(0)
129おすすめ

プロフィール

名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた
激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る
我が人生、






TOOLS




ブログランキングに参加中
下のバナーを 
ポチっと押して頂けると
有難いです、 お願い!
   ↓ ↓
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 新潟情報へ

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 大分県情報へ

人気ブログランキングへ





カテゴリ

最近の記事

最近のコメント

過去の記事

リンク

連絡先

RSS

アクセスカウンタ

04048917

QRコード