[今日の話] nanaco カード と 私のお気に入りスポット

2014-10-31

いつものようにお昼前、いつもパンとジュースを買によるセブンイレブン。今日はサンドイッチにした、あとはジュースだ、レジに行くと店のスタッフの女性が、 あッ、お客さん、nanacoカードに新規加入でポイントが付くのは今日が締め切りですよ! と言う、そう言えばセブンイレブンのレジでお金を払わずにナナコカードをレジにかざして、チャリーン とやっているのを良く見かける、内心、 おー、かっこいいなー! そういえば数か月前に店のスタッフが nanaco 入会申込書をくれたが、カバンに入れてそのままだった。申込用紙は有るので今すぐに車の中で書いて来るよ、、と言う事で遅ればせながら nanaco の会員となった(写真)。さっそく2,000円をチャージして明日からは小銭をは合わなくてレジでチャリーンとやるぞ、、最近は食べる量は少なくなった、昼は食堂へ寄って食べるほど食べなくても良い、かと言って車の中で弁当を食べると匂いが付くので、たまに家に帰って食べる以外はパン一個と牛乳かジュースで十分、いつも公園近くのこちらのセブンイレブンで買う、毎日の事、スタッフにも覚えられたね、、昼食はお気に入りの公園で、、
 

旧大分港、フェリーが発着した埠頭付近は港園となっている(写真)、私のお気に入りスポットだ、駐車場が隣接し1時間は無料、トイレも掃除が行き届き綺麗だし、コンビニで買った昼食はいつもこちらで食べる、夏の暑いうちは車の中で食べるが良い季節になった、ベンチに掛けて海風に吹かれて海を眺めながら食べる昼食は最高だ、、いずれタブレット端末でも手に入れて昼休みパソコンでも覗きたいと思うが、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] 大西洋ど真ん中

2014-10-30

パナマ運河を出てカリブ海、そして西インド諸島の島々を眺めてからは、右を見ても左を見ても海、海、海、大西洋ど真ん中だ、毎日見る顔、会う顔も同じ、眺める景色も同じ、陸では考えられないネ、、毎日が単純な生活で退屈だ。朝の9時から10時頃目が覚める、ベッドの中で古い読み終わった週刊誌を読みなおす、部屋で洗面を済ませて11:30から昼食だ、単純な航海で食事が楽しみの一つになる、船内時間の12:00から16:00までワッチ(当直)だ、船の食事は早いが16:30から夕食になる、夕食後は、たまに下手なマージャンをするがカモにされるのがほとんど、気が向くと船のデッキを歩く、あとは部屋のソファーでひっくり返り本を読んだり、時々日記を書くくらいだな、今なら海の上から、いつでもメールもできるし、テレビもパソコンもできるだろうから陸に居るのとあまり変わらないだろうが。20:00から夜中の24:00まで夜のワッチだ、終わると、たまった下着の洗濯をしながら海水風呂に浸かる、シャワーを浴びて部屋で一人一杯やるわけだ。缶ビールを1缶やっつけて、愛用のニッカG&Gをロックで2~3杯、2時頃にはベッドに入り本を読んでいるといつの間にか寝ているネ、、、
凪で気が向くとボトルシップを作る、細かい作業なので船が揺れている時はダメだ、ジョ二ーウオーカーの空瓶で作るのが一番簡単なんだが、何個も作り慣れてくると物足りなくなり、ニッカウヰスキーの大びんに作ってみた(写真)、何日もかかったが時間だけはたっぷりあるからね、、、
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[第2の人生] 海の通信展

2014-10-28


ある時先生が、郵政省(現総務省)から海上無線通信60周年を記念して、大手町の逓信総合博物館で海の通信展を行ないたいんだが当研究室に全面協力をお願いしたい(写真)、と言う事で依頼がきて引き受ける事になったので頼むぞ、、との事だ。夏休みとは言え学生の乗船実習もあり研究室は大忙しだが、休暇下船中の先輩にも協力をお願いする事になった。
 

★ 海上無線通信60年のあゆみ     ー 図板 ー
★ 船との通信 (無線電報 無線電話)- 実演 -
★ 航行安全と無線        - 各種機器の展示 ー
★ 海難と無線           - 各種機器の展示 -
★ これからの海上通信        ー 図板 - 

など等だが、夏休みの期間中と言うこともあり、連日たくさんの人が訪れた。通信の実演(写真)、各展示機器の説明、パネルの説明など大変な忙しさだ、、

  

 
制服姿の現役船舶通信士の先輩の姿を見て、えー、かっこいいなー、僕も大きくなったら船にのりたいなー、、! と目を輝かせて言っていた小学生が何人もいたが、、、7月23日から8月11日までの20日間、貴重な経験をさせて頂いた。
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[街中で見かけた話題、光景] 大変な人出に大渋滞

2014-10-26


 

市内のトキハ(ときわ)デパートの本店が23日(木)に装いも新たにグランドオープンした、すぐ近くの大分駅の駅ビルが来春3月にオープンするが、こちらを十分に意識した大改装と思うが、、最初の休みの昨日の土曜日は大変な人出であった、すぐ前のスクランブル交差点は信号が青に変わるたびに大勢の人が渡ってくる(写真上)、近くの道路はパーキングに入る車が順番待ちでどこも大渋滞だ、一方通行のサンサン通り(写真下)も大変な混みようだ、ほとんどがパーキングに入る車、通過するのに信号が十数回変わるのを待たねばならない、そんな混んでいる所に行かなければいいじゃないか、と思うだろうが、それが又この道路が一番お客を拾えるから、他のタクシーもここに集まってくる、やっとお客さんを拾って遠くであれば良いんだが、ワンメーターの640円じゃ腹も立つが、お客さんが乗車してみないと解らない。まー1週間もすれば落ち着くだろうがネ、、ご当地ではなんと言っても老舗のデパートだ、お客さん曰く、 少々高くても贈り物はやっぱり同じ品物でもトキハの包装紙でないとね、、、となる、まーこの辺りを歩いている人の半分近くはトキハのヒマワリの絵が入った紙袋かトキハのマークの入った紙袋を提げているね。
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[新米ドライバー ②] とんでもねードライバーだ!

2014-10-25

ご当地に引っ越してきてもうすぐ一年になる。引っ越してきた当時は 運転マナーが良い県だなー! と思ったほどだ、何処に比べてか? というと故郷の新潟県だが、、しかーしだ! 最近すごく感じるんだがご当地は運転マナーが決して良くない、むしろ悪いね、勿論マナーの良い人も沢山いるが、良い人と悪い人が極端だな。車線を譲ったり、割り込みをさせてあげると、ハザードを数回点灯し感謝を表して行く、路線バスも停留所から走行車線に出る時に当り前だが、車線を譲ると必ずハザードを2~3回点灯し感謝の意を表して行く。しかし悪いところも沢山ある、黄色の信号では当たり前のように交差点に突っ込んでいく、当然、赤信号に変わった直後なども平気で交差点に突っ込んでいく、交差点の右折車線で信号が青になるのを待っていて右折信号の ⇒ が出たので右折しようとすると、対向車線をスピードを上げて突っ込んで来る車両がしょっちゅうある、当然、対向車線は赤になっているはずだ、車間距離を開けないですぐ後ろにくっついて来る車も比較的多いように感じるね、それとやたらとクラクションを鳴らす事だ。

午前中いつものように市中心部近くのマンションが建ち並んでいる、中央線が有る2車線道路をゆっくり流していた、この辺りは配車がよく来るところなので一日に少なくとも10回くらいは通る場所だ。右側のスーパーから出る軽自動車が歩道に止って右折しようとしていた、、ギ、ーーー、 歩道にいた軽自動車が突然、私の前に右折しようと飛び出してきた、、
急ブレーキを踏み、ハンドルを左に切った、私の車は30度くらい左に向いて止った、と同時に車のエンジンルームの右側をかすめて私の前を直進して行った。急ブレーキが遅れれば右側に直角に、ハンドルを左に切らなければエンジンルームにまともにぶつかっていたろう。恐らく10~20センチも離れていなかったろう、こんなに肝を冷やしたのは何年振りだろう、、
するとどうだ、すぐ先の信号が黄色になると、エンジンをふかして加速して交差点に突っ込んで行った、こいつ逃げるつもりか? ハザードでも点灯するか、謝るような行動をすれば私もドライバーだ、それで終わったんだが、逃げるようにスピードを上げて交差点に突っ込んで行った。これにはおとなしいhamさんも見逃すわけにはいかない、こう言うドライバーは又同じような過ちを犯すに違いない、私も黄色の信号を突っ込んで後を追った。200メーターほど先の信号が赤に変わった、しめた! 軽自動車が赤信号で止まったので、車から降りて行った、8割がた私より歳も下だろうし、車の運転歴も私より少ないだろう、軽自動車の運転席の横に行くと50歳代と思われる女だ、涼しい顔をして前を見ている、気が付かないはずがない、窓をトントンと叩くと驚きもせずにウインドウを下げた。おい、危ないじゃないか、ぶつかるところだったろう、、悪びれもせず黙って前を向いたまま、私が急ブレーキをかけ、ハンドルを切らなければ完全に衝突していただろう、、それでも前を見て知らん顔、いよいよ頭にきた、こう言う自分勝手な奴はまた同じことを繰り返す、声を荒げて、ちょっと車を端に止めて降りろ! すると、やっと私の顔を見た、あんた、なんて運転するんだよ、人相の悪い私の顔を見て、どうせ、柄の悪いタクシーの運ちゃん、と思ったのだろう、小さな声で、気が付かなかったんです、すみません、、 と一言、気が付かないわけがない、私の車が来たから前を右折しようと思って急発進して右折したくせに、こう言うドライバーは事故を起こさないと解らない、自分は運転が上手だと勘違いしている奴だ、初めから非を認めて謝れば良いものを、謝らなければドアーを開けて、腕をつかんで外に出したろう、どうせ、暴力は止めて下さい、警察を呼びますよ、、と言うに違いない、あー、今すぐに警察を呼んでくれや、、と言ったろう。腹が立ったが、いつまでも頭にあるとこっちが事故を起こしかねない、今日は3時に仕事は止めた、車庫に帰り洗車し、車にワックスをかけ、エンジンルームも掃除してピカピカになった、、やっと気が晴れたネ、、、



 
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[豊後の名所・史跡] 日本の渚百選 「黑ケ浜」 と 姉妹岩

2014-10-24


佐賀関半島の関崎から少し南(漁港)に向かうと展望台がある、晴れた日に、ここから豊後水道、豊予海峡を望むと四国の島影、日豊海岸国定公園の島々が臨め心が安らぐ、、設置してある望遠鏡をのぞくと遠く豊後水道に浮かぶ水の子灯台が望めると言うが、、昔、船員時代に南太平洋のニューカレドニアからニッケル鉱を積んで佐賀関に向かうと最初に見えてくるのが、ぽっかりと浮かんだ水の子灯台だ、これを見ると、あー、日本に帰って来たなー! と言う気になったもんだ。
展望台から少し南に進むと 日本の渚百選 に選ばれている 黑ヶ浜(くろがはま)(写真)がある。名前の通り海岸が黒い、蛇紋岩と呼ばれる黒い石のために海岸が黒く見えることに由来している。黒ヶ浜は、対照的に白砂の海岸である白ヶ浜(しろがはま)に隣接している、このように白黒の海岸が隣接する地形は全国的にも珍しいようだ、、、

 

黑が浜の隣に姉妹岩(写真)がある、遠い昔、神武天皇ご一行の船がこの地の沖合を通ろうとしたところ、急に船が進まなくなりました。天皇御自ら海底をご覧になると、かって伊弉諾の命(いざなぎのみこと)が海に落としたと言われる御神剣(ごしんけん)を、大ダコが守護しているのが解りました。そこで天皇は海女の黒砂(いさご)、真砂(まさご)姉妹に御神剣を大ダコから受け取るように命じました。まず姉の黒砂が潜りましたが、ここは潮の流れが速いうえ、体力の限界を超えた深さまで潜ったので、御神剣を大ダコから受け取ったまま息絶えました。次に真砂が潜り、御神剣を姉から取り上げ、天皇にお渡ししましたが息絶えてしまいました。その夜、天皇の夢の中に姉妹が現れ、「ここを航海する船は、私達が御護りいたします」と告げました。翌朝、激しい雷雨で大岩が裂け、二つの岩となりました。それが姉妹岩で海の安全を護っていると言われています。又御神剣は佐賀関町の早吸日女神社(はやすいひめじんじゃ)の御神体となっています。                                 = 案内板より =



 
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[古い航海日誌 日正丸②] 大西洋上の正月

2014-10-23

パナマのクリストバルを出港して暫くはカリブ海の小さな国々の島影が望めたが、今は右を見ても左を見ても海ばかりだね、、明日は正月だ、夜の零時にワッチが終わりサードオフィサーと一緒に食堂で年越しソバを食べた。そして年が明けた元旦、海上は比較的穏やかだ、いつもは朝食なしで寝ているんだが今朝は眠い目をこすって起きた。テーブルには正月料理がところ狭しと並べられている、司厨部が何日も前から準備した正月料理、大変なご馳走だ、キャプテンの音頭で乾杯、、、
正月は当直の無い乗組員は休みだが船が走っている間は休みなしだ、食堂のテーブルにはたくさんのご馳走が並べられている以外は普段と変わらない、海上が時化ていないのがせめてもの慰めだ。一日中仲間の乗組員と酒を飲んでいる人、朝からマージャンをやっている人、寝ている人、テレビも映らない、ラジオも入らない船の上ではやる事は限られる、、でも一年に一回の正月は良いもんだね、、、

 
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[新米ドライバー ②] たまげたねー!

2014-10-22

駅前通りのスクランブル交差点から乗車の老夫婦、お二方とも80歳代かな?と思っていたんだが、奥さんが結構お話し好きな様子で色々と話をしてこられた、お二方とも愛媛県の田舎のご出身だが転勤で大分に来て、住みやすく良いところなんでそのまま住みついたとの事だ。ご主人が、いやー運転免許証を返納してきたら不便だねー! えー、お客さんたまに車の運転をされるんですか? いやー、毎日乗ってますよ、でも春で95歳になったからねー! 奥様が、お陰さまで二人とも体だけは元気でね、運転もしっかりしているんですが、身体が回転しなくて後ろが見えずバックが大変なんです、自分が怪我をするのは自業自得で仕方がないんですが、他人様に怪我をさせたら大変なんで思い切って免許証の返納しました、、、免許をとって60年だそうだ、しかも60年間、無事故無違反だって、奥様が、主人が車に乗らなくなったから買い物が不便で、、、食料品は重いから大変ですよね、すると、いや、食料品くらいは私が自転車で行くから良いんですが、主人の日曜大工の材料などを買って運ぶのに困るんです、、奥様も90歳は超えているだろう、、たまげましたって―!
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[癌ばる日記] 三ヶ月目の検査、、今日はついてたねー! 

2014-10-21

7月以来3か月ぶりに手術後の検査の日だ、勤務先から許可をもらい仕事を中断して病院へ向かった。自動受付機に診察券を入れると受付証が出てくる、これを持って中央処置室へ、採尿を済ませ今度は採血だ、 しかーしだ! いつになっても名前を呼ばれない、、いつもは遅くとも10分くらいで呼ばれたのになー、忘れてんじゃねーかなー、受付に、未だ名前を呼ばれないんですがねー、採血するんですよね! 今日はちょっと混み合っていますのでもう少しお待ちください!こっちは仕事中に来ているんだが、ふて腐って待つ事1時間、やっと採血が終わった。今度は外来の受付へ、検査の結果が出るまで1時間近くはかかるのは解っている、待つ事1時間ちょっと、やっと名前が呼ばれて診察室へ、多少の心配もあったが先生は、○○さん、検査の結果は異状なしです、前回より極わずか数値が上がっていますが、これは問題なし、誤差の範囲内ですから、、手術による後遺症も改善されているし薬の処方も無し、と言う事で次回の病院行きは来年の3月だ、2時間ちょっと待って診察は4~5分で終わった、、、

 
今日は病院に検査に行く日なので勤務中に3時間くらい抜け出す、その分すこし早めに家を出て点呼を受けて出庫した。いつものコースで中心部に向かうと、ある大きなホテルの前に待機のタクシーが一台もいない、しめた! すぐにUターンしてホテルの正面の待機場所へ、この時間であれば10~15分も待てばお客が来るだろう、、数分で2人の外人の男が乗車した、行き先は○○造船という、車内での二人の会話は英語ではない、フランス語でもドイツ語でもない、勿論スペイン語、ポルトガル語でもない、私の考えではノルウエ―人、ノルウエ―語だと思うがね、、造船所は広大な大手企業の敷地内にある、しかし、どの入り口から入れば良いのか解らない、よわったなー、、正面口に車を着けて守衛所で尋ねようと車を止めると、英語で、もっと先だ、、、というような意味の事を言っている、下手な英語で、造船所の場所が解るか、と尋ねると、この道を真っ直ぐもっと先まで行け、、と言っているようだ、そう言えばもっと先に確か海側に○○造船と書かれたクレーンが見えていたような気がする、どんどん進むと○○造船と書かれたクレーンが見えてきた、次の信号を左へ、、OK 無事造船所に到着した、2はいの大型船が艤装中だ、この二人、艤装中の大型船の船主の人か、艤装員の乗組員だろう、、お陰で1回でいつもの午前中くらいの運収になったネ、、気を良くして病院へ向かい午前中は終わり、いつもの公園でパンと牛乳で昼食。午後一番でデパートの横で乗車のお婆ちゃん、行き先は結構遠方だ、色々とお話をし目的地に着くと料金を払い、運転手さん、御茶でも飲んで! とチップを頂いた、普段の行ないが良いからねー、、気を良くして走り始めると直に近くに指令(配車)が来た、ここは他の営業所のエリアなんだが、すぐ近くのアパートから若い男性が乗車、行き先は市内中心部の歓楽街だ、普通なら空車で帰るところ往復とも実車だ、目的地に着くと、料金は3千円ちょっと、4千円出して、運転手さん、お釣りはいいからレシート頂戴! ときた、内心、若いのに随分できた男だねやー、、それから配車になるのは全て千円以上だ、今日はついてるねー、、、
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[第2の人生] 寮の引っ越し

2014-10-20

高輪の寮から研究室に通ったが、こちらは学生だけとなり、卒業生は新しく大田区の馬込に寮を借りる事になった。寮の名前は馬込青雲寮だ(写真)、古い木造2階建で二階には30畳くらいの広い部屋があり、こちらが自習室、卒業して乗船中の先輩も数名、上級の国家試験受験のため入寮してきた、私の同級生も数名入寮してきたがが、いずれも半年ほどで脱落していった。食事は一番後輩の我々数名が交代で食事を作る、しかし私は毎日こちらから研究室へ地下鉄で通っていたので食事当番は日曜日くらいだが、私の得意料理は野菜炒めとカレーだネ、このメニューを交互に作るわけだ。風呂だけは近くの銭湯に行くんだが結構楽しいね。夜は二階の自習室で皆で勉強するわけだが、解らないところはお互いに教え合いプラスめんもあるんだが、私はどちらかと言うと一人でマイペースで勉強するほうが良いんだが、、上級試験に合格した先輩は又乗船していく、、、
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[豊後ぶらり旅] 豊予海峡

2014-10-19

さわやかな秋晴れに誘われて佐賀関半島にでかけた。旧北海部郡佐賀関町、パンパシフィックカッパ―佐賀関精錬所(旧 日本鉱業佐賀関精錬所)、工場と漁業が主な産業の町だ、船員時代の数十年前、南太平洋のニューカレドニア、インドネシア、からニッケル鉱を積んで何回も入港した昔懐かしい町だが、当時とはずいぶん変わった。
 

佐賀関半島は昨年の秋以来1年ぶりになる。日豊海岸国定公園に属するこの辺りの海岸線は実に見ごたえがある。写真中央部の白い建物は関崎灯台だ、明治34年(1901)7月20日に初点灯した大分県で最も古い灯台である。前の海が豊後水道の最狭部の豊予海峡(または速水の瀬戸)を挟んで四国の愛媛県の佐多岬に相対する、写真左側の島影が四国の佐多岬だ、肉眼で高台に並ぶ風力発電がはっきりと望める、佐多岬まで僅か14キロメーターの距離。写真右側の島は瀬戸内海国立公園に属する関崎から3,5キロ沖合にある周囲5,5キロの高島で現在は無人島である。島はウミネコの営巣地の南限、ビロウ樹の自生の北限であり現在は観光地で、春から夏にかけてはウミネコ観光周遊船が就航し、7月 ~8月には島の西側海岸にキャンプ場がオープンし賑わう。大正10年(1921)から昭和9年(1934)にかけて、豊予海峡を通航する艦船を監視する豊予要塞が建設され、第二次世界大戦中まで運用され、現在も砲台跡や弾薬庫跡が残されている。終戦後の昭和22年には戦災孤児の収容施設が設けられたが、昭和28年に廃止され島は再び無人島となった。穏やかな海上では多くの漁船が関アジ、関サバの漁をしていた、、、
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[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ おんなの宿 ♪ 大下八郎

2014-10-18

青春まっただ中のころテレビでよく歌われていた。歌手の大下八郎さんは秋田県能代市出身で、のど自慢で民謡を歌っている時に関係者の目にとまり作曲家の船村 徹のもとでレッスンをかさね昭和38年(1963)にデビューし翌昭和39年に「おんなの宿」が大ヒットした。

作詞: 星野哲郎
作曲: 船村 徹       おんなの宿

 
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[街中で見かけた話題、光景] すっきりしたねー!

2014-10-17

大分市の中心部、R197号線の寿町の交差点に架かる中央町歩道橋(写真)、大分市中心部のバリアフリー化を進める一環で取り壊されることになった。たしかに歩道に歩道橋の橋脚が建ち車椅子や歩行の妨げになっていたようだ。昭和47年8月(1947)から使用されているようだが、老朽化が進み維持費もかさんでいたようだ、それに近年は利用者も激減していたと言う、お年寄りや足の悪い人は階段はどうも、、、と言いう事になるし、ほとんどが横断歩道を利用していた、そう言えば仕事で毎日10回以上はこの交差点で信号待ちをするが歩道橋を利用している人はほとんど見たことが無いね、、
 

歩道橋の撤去工事は台風18、19号の接近で二回延期されたが昨日の夜中、付近を通行止めにして工事が行われ無事撤去された、まだ橋脚が残っているが近いうちに撤去されるだろう(写真)、オアシスタワーホテル(写真右側)と道路を挟んで北側に建設中の県立美術館も来年の春のオープンに向け工事が進んでいて上品な外観が姿を現した。しかしこの交差点も歩車分離式にかわり赤信号にひっかかると随分と待たされる、忙しい時なんかイライラしちゃうね、、。来年3月の駅ビルの完成とあわせ、駅周辺の人の流れも変わるだろう、、、
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[新米ドライバー ②] 色々なお客さん

2014-10-16

九時前に市内の中心部にある大きなファッションホテルに配車になった、二台口となっている、ひょっとしていつもの女の人じゃないかなー? 私の予想が的中しましたネ、、今までに約三か月間で数回お供している。毎回お迎えに行くと二台口で配車になり、その度に相手の男が違う、4~50代くらいの男だ、と言う事は愛人とか、彼氏と言うような関係ではないだろう、いつも私が先にホテルに到着しているので女性が私の車に乗車する事になり、男が女性を見送ってから後ろの車に乗車している。女性は古い大きな団地の公営住宅に住んでいる、私は家まで覚えているんだが、まさか、お客さん家は何回も行ってるので解りますから、、と言う訳にもいかないし、一応、形式的に、お客さんどちらまでいらっしゃいますか? と尋ねるがね、私だけで3か月に数回と言う事はこの女性、恐らく月に数回このような事があるのではないだろうか、事情は解からんことはないんだが、、車内で話すかぎりでは感じの良さそうな女性だがね、、、

市内中心部にある小さなファッションホテルに配車になった、大きなネオン看板もなく、一般の家の表札程度の色気のない小さな看板と言うより表札が付いているだけ、、この仕事をやっていなければ近くに行っても気が付かないだろう。車の中で待っていると一人の30代くらいの女性が乗車してきた、こういう所は自動ドアーだ、小さな聞こえるか聞こえないような声で中心街にあるマンションの行き先を告げた。大分市は人口が50万弱の都市にしてはマンションの数がめちゃくちゃ多い、確かあのマンションだと思うな、走り始めて間もなく携帯に電話が来たようだ、別に盗み聞きするつもりはないんだが、ちょっと興味のある、ただ事ではない話のようだ、俺も人が悪いね、、話の相手はどうやら旦那で喧嘩をしているか、仲がうまくいっていないようだ、昨夜は友人の家に泊まったと言い訳をしている、内心、嘘をつけ、、今タクシーで○○町だからあと10分くらいで着く、、とんでもない嘘だ、いまホテルを出て○○町だ、、目的地に着くとマンションの前に旦那さんだろう、ブスッとした顔で待っていた。事情は解らんが、旦那さん、奥さん浮気してるよ、、

 
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[今日の話] 知られざる穴場

2014-10-15


昨年の秋こちらに引っ越して、昔懐かしい佐賀関町の散策に出かけた折に良い店を見つけた。佐賀関町に入ってR197号線に道路を挟んで果物の直売所がある(写真)、ちょうどミカンの最盛期で杵築産、津久見産、佐伯産、愛媛産など等色々な種類のミカンが所狭しと並んでいた。値段も安いし、ミカンが大好きな二人の孫にさっそく送った。Skypeで話すと一箱のミカン、1週間も持たずに食べてしまったとの事、爺ちゃん又送ってね! それ以来この直売所には4~5回お世話になっている、上得意ですわ、、
 

 
夏の頃よりハウスミカンがスーパーの店頭に並んでいるが値段がちょっと高い、しかし先月あたりから早生ミカンがたくさん並んでいる、先日のSkypeで、 爺ちゃん又ミカンが食べたいよー! よし解った、、さっそく、いつもの直売所へ、今はミカン、梨、大分名産のカボスがたくさん並んでいる、あとはリンゴ、ブドウだな、ここの良いところは主のミカンなどは味見をして買える事だ、種類、産地によって甘さなどは違うのでそれぞれ味見をして納得のうえ買える。それにこちらから発送する運賃がめちゃくちゃに安い。こちらの直売所の回し者でもないんだが、これから柑橘類の種類、量とも増えてくるだろう、土日になると賑わう、、、
 
 
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[古い航海日誌 日正丸②] 洋上の散髪

2014-10-14

パナマのクリストバルを出港して又イタリアのラベンナまでの長い航海が始まった。本船に乗船する前に散髪屋に行き散髪をしたが1か月もたてば髪も結構延びる、正月もくるしイタリアまでは無理だ、今なら少々トラ刈りでもイタリアに入港する頃にはちょうど良くなる。パナマに入港する前に司厨長に都合の良い日に散髪をお願しておいたんだが、正月の準備で忙しくなるので明日の午前中に散髪するかね!と言う事でカリブ海を航行中に散髪だ、本船には自称理容師が2~3人いるが司厨長はちょいちょい乗組員に頼まれて散髪を引き受けているので腕は一番だ、今航は日本に帰るのはいつかはっきりしないので散髪の希望者が多いそうだ、、上手なもんですでね! 散髪が終わると裾を剃刀で剃って一丁あがりだ、さっそく風呂に行きシャワーを浴びて終了だ、あーすっきりした。昼食を食べに士官食堂に行った時にギャレー(厨房)に行き、司厨長、後で一本飲んでください! とビール一本を置いてきた、船のビールは免税なんで市販の約半値だ、安もんだねー、、、。
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[豊後の名所・史跡] 豊後高田市 昭和の町

2014-10-13


大分県の北部、周防灘に面した国東半島の付け根の部分に位置する豊後高田市、人口が23,000人ちょっとの小さな市だ。この町が元気で賑わっていた昭和30年代をもう一度よみがえらせようと平成13年から取り組んだ町づくり、ボンネットバスが走り懐かしい昭和30年代の町がよみがえっている。
 
     
    

子供の頃、河原の砂利採りを商売にしていた家に部落でただ一台あった自動車、オート三輪と呼ばれていた三輪の自動車だ(写真上)、トヨタ、だの日産ではない、確か、くろがね、とか 水島、と書かれていた記憶があるが、河原に水遊びに行って、オート三輪の運転席にまたがり、ぶー、ぶー、と声を出して運転している気分になったネ、キックを踏んでエンジンをかけ、アクセルはハンドルに付いているレバーを回すんだったな、大村 崑さんがコマーシャルで宣伝していた、ダイハツ ミゼット、スバル360 など懐かしい車が展示されている。


昭和30年代、日本の高度成長時代の家電用品、家庭用品、事務用品、カメラ、などなどから当時人気のあった食品、看板など、よくまー集めたねー! 昔懐かしいおもちゃなど、数万点が展示されていると言う。
 

昔の小学校の教室も再現してある(写真)、ちょうど見学に来ていた女の子がオルガンを弾いて、親子が黒板にチョークで何かを書いていた、昭和の町にいると昭和30年代にタイムスリップした感じだ、、、
 
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[街中で見かけた話題、光景] 変貌する瀬戸内海航路と別府

2014-10-12


夕方、別府の国際観光港に行くと船体に大きな太陽が描かれた、お馴染みの大型フェリー ”さんふらわあ こばると” が着岸していた(写真)、別府と関西(大阪南港)を結ぶ大型カーフェリーだ。”さんふらわあ あいぼり” ”さんふらわあ こばると” 2隻で毎日、別府、大阪航路に就航している、夕方19時前後(曜日により違う)に両港を出港し翌朝の7時前後に入港する、約12時間の航海だ。船の横の岸壁では多くの釣り人が糸を垂らしている、こんな今でも世界のどこかで殺し合いの戦争が行われている、日本はなんと平和な国だろう、こんな光景を眺めていると40数年前を思い出す、、、

 
当時はカーフェリーなんて言葉は聞いたことが無い、関西から別府へは3,000トンクラスの関西汽船の純客船 ”こばると丸” ”あいぼり丸”(写真)が就航していた。当時、新婚旅行と言えば西日本では別府、宮崎が定番であった、連日関西、四国、北陸方面からの観光客、などが押し寄せた。南太平洋のニューカレドニア、佐賀関航路のニッケル鉱専用船に乗船していた私は、夜になると別府の歓楽街に繰り出したもんだ、たくさんの浴衣姿の観光客、腕を組んだ新婚旅行のカップルなどで賑わっていた。しかし今の別府の町はちょっと昔と違うな、、観光客に近づいてみると、おや、日本人じゃない、韓国語、中国語などだ、韓国、中国など東南アジアからの観光客が多い、昼間、別府の町を歩くと多くの若い外国人に会うが、ほとんどが海外からの留学生だ、さすがに別府は東京に次ぎ海外からの留学生が多い町と言われるだけの事はあるネ、近年は別府のお隣の湯布院が特に若者に人気がある、お互いが観光客の獲得にあの手この手で奮闘している、大分は何と言っても「日本一のおんせん県」だし、温泉好きの日本人には、温泉を利用しての観光客誘致が一番だろう、、、
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[第2の人生] 回航の仕事で徳島へ

2014-10-11

あるとき先生が、回航の仕事があるんだが、おまへ行ってくれないか? との事、旧運輸省港湾局の新造ドレッジャー船を徳島の造船所から名古屋港まで回航する仕事だ。毎日研究室で叱られてばかりで嫌になっていたところだ、気分転換にちょうどいい、願っても無いことだ。
大阪から和歌山へ行き、そこからフェリーで徳島へ渡った、もちろん四国へ来たのは初めてだ。どうせ来たんだし観光でも、、と言いう事で町の何処からでも見える眉山(びざん)へ行ってみた(写真)。298メーターのこの山、どの方向から見ても眉の姿に見えるのでこの名が付いたらしい、徳島市のシンボルだ。

ドッグに行くと数百トンのドレッジャー船が岸壁に係留されていた(写真)海底を掃除したり整地したりする浚渫船だ。予定では名古屋に向け出港するのは2日後との事、ドックでは私は特別にやる事も無い、昼間はぶらぶらと町を散策したり観光をしたり、夜はドックが用意してくれた旅館で過ごすだけの有難い仕事だね、、2日後の昼前に私を含めた回航の要員数名と、ドックの関係者数名が乗り組みドックを出港した。大阪湾を出て紀伊半島沖で色々と試運転を繰り返しながら航行する、日の暮れた洋上から眺める紀伊半島、潮岬の灯台の灯りが綺麗に見える。交代で舵をとったり、見張りをしたり、貴重な経験をさせて頂いた。朝方に伊良子水道から伊勢湾に入り指定された岸壁に着岸、港湾局の乗組員と交代し無事任務が終了した、、、
 
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[今日の話] 50年前の東京オリンピック

2014-10-10

「夢の超特急」東海道新幹線、東京ー大阪間が華々しく開業した10日後の10月10日、アジアで初めての東京オリンピックの開会式が秋晴れの国立競技場で行われた。敗戦国の日本が戦後20年、見事に復興した姿を全世界にアピールする良い機会でもあった。大手機械メーカーで働いていた私は、横浜鶴見区の会社の寮の食堂兼娯楽室で、14インチの白黒テレビで開会式の模様を他の寮生と食い入るように見ていたことを今でもはっきり覚えている。世界98ヵ国から選手、関係者が集まった第18回夏季オリンピック大会、国名が書かれたプラカードを持った防衛大学の学生を先頭に各国の選手団が、作曲家古関裕而さんが作曲したオリンピック行進曲に合わせ堂々と入場行進をした。日本選手団は「東洋の魔女」と言われた大松監督率いる女子バレーの日紡貝塚、柔道、ボクシング、レスリング、重量挙げ、男子体操、などで16個の金メダルを獲得した。開会式の最終聖火ランナーとして階段を駆け登ったのは酒井義則さんと言う私と同輩の早稲田大学の陸上部の学生だ、当時この酒井義則さんと言う学生を知っていた人はほとんどいないであろう、何故この酒井さんが聖火の最終ランナーに選ばれたか、、昭和20年8月6日、広島に世界で初めて原子爆弾が投下された1時間半後に広島市近くの三次市で誕生した、世界に平和をアピールする意味も含め、急遽、酒井義則さんが抜てきされたと言われている。あれから半世紀が経った今日、6年後の東京オリンピックに向け新しい陸上競技場を建設するため、たくさんのドラマを見つめてきた聖火台が移設の為撤去されたと言う。恐らく6年後のオリンピックの開会式にはスタンドで姿が見られたであろう酒井義則さん、先月の9月10日東京の病院で病死されたと言う、、、

第18回オリンピック 開会式

 
 
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[新米ドライバー ②] 懐かしいねー!

2014-10-08

今日はそこそこの売り上げがあったし終わりにするかなー、!営業所に向かっていると、チンコンチンコン、指令がきた、すぐ近くのスーパーに配車だ、真っ黒に日に焼けた60歳前後だろうか、男と奥さんだろう、スーパーのカートに段ボールを積んで待っていた。行き先は5号地の船だと言う。毎朝わざわざ遠回りだが内航船が停泊している5号地の横を通って市内の中心部に向かうんだが、、船で私だけ降りて女房は途中のホームセンターで買いものをして、そのあと家まで頼むとの事、あそこに見える船だよ!よく見かけるファンネル(煙突)マークだ、お客さん、あのファンネルマークはよく見るんですが何処の会社ですか?と尋ねると、えッ、運転手さん、ファンネルなんて言葉よく知ってるね!ときた、あーそーか、一般の人はファンネルなんて言葉は知らないし、使わないわな、、いや私も昔ですが船に乗ってたことが有りますから、煙突よりファンネルの方がスムースに口から出ます、、大手製鉄所の荷物を運んでいるんだそうだ、そう言えばその会社のマークだわ。岸壁で,ちょっと乗船しても良いですか、と尋ねると快くOKとの事、さっそくブリッジに登ってみた、約1,000トンほどの内航船だ、乗組員は4人と言う、内航船はなんでもやらないといけない、との事だが、やっぱりブリッジから眺める海は良いねー、、! 鋼材を積んでいるんだが間もなく香川県の港に向かうとの事だ、、 Bon Voyage 、、、
 
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[今日の話] 台風一過

2014-10-07

大型で強い台風18号はスピードを上げて東北沖の太平洋で温帯低気圧に変わった。今朝は雲一つない秋晴れの朝を迎え、降水確率も夜中の零時まで0パーセントだ。澄み切った空気、朝から眩しいくらいの陽が差していた。大型の18号台風が九州地方に接近し、大分県地方、今回はかなり影響が出るだろうと覚悟はしていたんだが、玄関の観葉植物の鉢が倒れた程度ですんだ。今年に入ってからもいくつかの大型台風が九州に接近し、今回は直撃を受けるな、今回はやられるな、、しかし何れもうまいこと大分県を避けて行った、。仕事でお客さんをお供し、雨、洪水、地震、台風など災害の話になると、ほとんどの人が口をそろえて、大分県と言うところは、特に大分市は大きな災害の無いところなんだ!と言う。あるお客さんは、すぐ向かいに四国があるから雨が少ないんだって、、、 またあるお客さんは、 大分市は近くに高い山が無いから雨が少ないんだって、、、どれも科学的な根拠をもとに言っているわけではないんだろうが、確かに大分市が晴れでも隣の別府市は雨と言う事はよくある、雨が降って居なくても曇っている事もよくある、あるお客さんは、別府は温泉の湯気で雨が多いんだって、、と言うが私は、別府市は海岸からすぐ裏に鶴見岳、由布岳など1,000メーターを超す山々をひかえているのが原因であると考えるがね、、、それにしてもまた台風19号が南方の海上にひかえていて気になるところだネ、、、
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[古い航海日誌 日正丸②] パナマ運河通過、クリストバル着、大西洋へ

2014-10-06


パナマ運河は中米のパナマ共和国にあり、太平洋と大西洋、カリブ海を結ぶ閘門式の全長約80キロメートルの運河だ(写真)。海抜26メートルにあるガツン湖を挟んで船を水門に入れて海水をポンプアップして船を持ち上げ、ガツン湖を航行し、今度は水門の海水を抜いて海抜0まで下げるわけだ。待ち時間を入れて約24時間くらいかけて通過する。
 

運河は東行き、西行き、の一方通行だ、運河の両側の機関車が本船に繋がれたワイヤーを引っ張り閘門の中に入れる(写真)、船尾の水門を閉めてポンプで海水を入れると船が徐々に浮上してくる。次の水門と同じ水位まで浮上すると船首の水門を開いて次の閘門まで移動し又船尾の水門を閉じて海水をポンプアップして船を浮上させる。対岸の運河を太平洋岸に向かう船が閘門に入っている、北欧ノルウエーの貨物船だ、デッキにはデッキチェアーに掛けて日光浴をしている女性の姿が、多分船長の家族だろう、日本船とえらい違いだネ、、実に20数日振りに見る女性だわ、、
 

太平洋側の閘門を通過した本船はガツン湖と言う湖に出た(写真)、部屋のポールド(窓)からパチリ、ここは海水ではないので船底に付いた藻などが取れて自然に掃除をしてくれる。ちょうどクリスマスが終わったばかりで、夜になり湖岸の灯りなどが綺麗だ、、、
 

ガツン湖を通過して今度はカリブ海側の閘門に入るが、今度は逆で閘門の中の海水を排水して、船体が下がり(写真)、船首の門が開き次の閘門に入り、船尾の水門を閉めて海水を排水し船体を下げ、大西洋側と同じ水位になり無事パナマ運河を通過した。大西洋側のクリストバルに着きここでバンカー(燃料)を積み込むので数時間停泊すると言いう。夜中には出港するが夕食を食べて目の保養、気分転換に上陸してみた、裏通りは行かない方が良い、という事なので人通り多い通りを選んで歩いてきた。ズボンの後ろのポケットに財布でも入れて歩いていれば間違いなくスリにやられる、、、
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[第2の人生] 七転八倒、苦悩の日々

2014-10-05

毎朝8時前には研究室に行き、新入生の通信術の受信の補講を見なければいけない。モールス符号を覚えるのではなく、音感式と言う方法で訓練する、・- (トツー)と聞こえればAではなく、手が自然とAと動くようにする訓練だ、それだけにマスターするまでには、それ相当の時間が必要だ、授業だけではとても足りないので毎朝、授業が始まるまでの1時間、補講をするんだがそれの指導だ。9時からは主にお茶入れと、かかってくる電話の電話番だ、これが簡単のようだが大変なんだ、今のように携帯電話なんて無い、相手から色々と要件を聞き先生が帰られた時に報告するんだが、まともにすんなりといくことは稀だ、何時に電話があったんだ!  どこの山田さんなんだよ! それでおまへは、どう答えたんだ! 、、、、、、などなど爆弾が落ち、大きな声で怒鳴られる。研究室にお客さんがいようと、学生がいようと、お構いなしだ。寮に帰るのはいつも夜の9時過ぎだが、時々と言うより、しょっちゅう夜のお付き合いのカバン持ちだ、夜と言えば一杯がつきもの、12時、1時に車でご自宅までお送りする。毎日が七転八倒の日々だ、しかしこの研究室での経験が私の長い人生の中で、どれだけプラスの方向に導いてくれたか計り知れない、、、。
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[街中で見かけた話題、光景] 護衛艦 ” さわぎり ”

2014-10-04


国道10号線、別府市内を走っていると、国際観光港に自衛艦が着岸しているのが見えた。躊躇せず岸壁に向かうと、自衛官が寄ってきて、艦内見学の時間が終わってしまったので艦内には入れないが岸壁からならどうぞ、との事で艦首から艦尾まで眺めてきた(写真)
 

海上自衛隊、佐世保基地、第二護衛隊群 ”さわぎり”
排水トン : 3,550トン
全長   : 137m
幅    : 14,6m
喫水   :  4,5m
最大速力 : 30ノット
馬力   : 54,000hp 2軸推進 

♪ 海を行く ♪ 
学生の頃に一部歌詞を変えてよく歌った歌です、
 
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[豊後の名所・史跡] 天台宗 峨眉山 文殊仙寺

2014-10-03

 

国東半島にある六郷満山の古刹、天台宗 峨眉山 文殊仙寺(もんじゅせんじ)に行ってきた。国東半島を一周する国道213号線の富来から約10キロほど内陸に入る。のどかな稲穂が実る田園風景から段々と山に入る、奇岩怪石に囲まれた仙境一帯の大自然は「日本の自然100選」にも選ばれている。
駐車場(写真左)から約300段の石段を登り始めると、参道の左右に点在する石佛と林閑とした空気が出迎えているような気がするから不思議だね(写真右)、、境内には600年前の仁王石像、十六羅漢像、梵鐘、日本一の高さを誇ると言われる宝筐印塔など見るところが多い。又寺院周辺には1時間くらいのトレッキングを楽しめる遊歩道がある。

 

文殊仙寺の開山は648年(大化4年)で、中国唐時代仏教の五大霊場の一つである五台山より迎えられた文殊師利菩薩を御本尊に安置した役(えん)の行者の開基と伝えられている。この御本尊は秘仏で十二年ごとの卯年の春の大祭に御開帳される。
文殊菩薩は諸菩薩の首位におかれる大吉祥菩薩で、衆生の知恵と福徳円満の力を授ける知恵の母であり、 ”三人よれば文殊の知恵” の発祥地で日本三文殊の一つとして広く知られている。また奥の院の岩窟から湧き出る霊水は「知恵の水」と呼ばれ人々に古くから信仰されている。

 
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[今日の話] 十月、神無月(かんなづき)

2014-10-01

今日から10月、神無月(かんなづき)、出雲の国、出雲大社に全国の神様が集まり一年の色々な話をするのに集まるため、出雲以外には神様がいなくなる為、神無月(かんなづき、かみなしづき)と呼ばれるようである、逆に出雲では神在月とよぶ。

★ 秋の気配が日に日に深まってまいりました、、、、、
★ さわやかに天高く馬肥ゆる季節となりました、、、、、

まさにこんな挨拶がぴったりの季節、十月、私は一年で一番好きな季節だ、暦の上では9月から秋だが、9月はまだ残暑が厳しい日が有るし、11月になると結構、寒い日もある、ちょうど間の10月が一番いい季節だね、天候も一番安定しているころだ。スポーツの秋、実りの秋、米や色々な秋野菜が収穫時を迎えるし、色々な果物も収穫時期を迎える。
しかーしだ! 6月より4キロダイエットしたが注意しないとネ、、

50年前の今日、夢の超特急、東海道新幹線が開業した。当時では世界最速の210キロで運転され、東京~大阪間を4時間で結んでいたが、現在は時速270キロに向上し東京~大阪間が2時間25分となり、来年の春には285キロにアップされ、更に数分短縮されると言う。さらに東京~名古屋間を時速500キロ、40分で結ぶリニア中央新幹線の2027年開業を予定している、出来る事ならば乗ってみたいもんだが、ちょっと無理かもね、、。
10月最初の日の今日、張り切って出勤した、忙しかったねー、しかし心地よい疲れだ、暇な方が疲れる、、、

 
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プロフィール

名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた
激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る
我が人生、






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