[街中で見かけた話題、光景] クルーズ客船 にっぽん丸

2014-06-30


本日、別府観光港に商船三井客船が運航するクルーズ客船 ”にっぽん丸” が入港する事は以前より情報を持っていた。19:00出港と言う事で仕事が終わってから別府まで行ってきた。別大国道を走っていると、かすかにオレンジ色のファンネル(煙突)らしきものが見えるが靄がかかりはっきりしない。だんだんと近づいてくると、んっ、間違いない、にっぽん丸だ、、私の知る限りでは今年に入り第4船目と思うが、今までに入港した7~13万トンに比べると一回り小さいが豪華クルーズ客船だ、現在のにっぽん丸は3代目になる、瀬戸内海に浮かぶ直島から別府に入港したようだが19:00に出港し横浜に向かう。近くで10分ほどじっくりと眺めてきたが、やっぱり船はいいねー! 若い頃、七つの海を渡ったころを思い出される、、、
 

 
にっぽん丸/JNNU
  • 総トン数     22,472 トン
  • 全長       166,65 m
  • 幅         24,00 m
  • 喫水        6,6  m
  • 馬力       10,450 psX2
  • 旅客定員      524 名
  • 就航       1990年9月20日 三菱重工業神戸造船所 
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[豊後の偉人] 瀧 廉太郎 終息の地

2014-06-29


 
日曜日で仕事は休み、梅雨も一休みで朝から晴れあがっている、大分市内の中心部の裏通りは複雑に一方通行が入りくんでいて新米タクシードライバーにとっては頭の痛いところだ。こういう時は歩いてじっくりと道を覚えよう、と考え出かけた。県庁脇を南北に走る道路の真ん中に遊歩公園(写真)がある。この中にいくつかの記念碑などが存在していたことは以前から承知していた、そのうちにじっくりと見に来るか、と思っていたがいい機会だ、この遊歩公園を歩いていると有名な 瀧 廉太郎 の銅像の前に人だかりができている、まずいなー、写真を撮りたかったのになー!
 

 
銅像にはたくさんの花束が供えられている(写真)、正装した人の姿も見える、集団に近づき恐る恐る、すいません、今日は何かあるのですか? と尋ねてみると、はい、今日は滝廉太郎の命日で慰霊祭があるのです、と教えてくれた。
これから慰霊祭が始まるところのようだ、こりゃまずい日にきたなー!関係者らしき人に、すいません、写真を撮らせていただいてもよろしいですか?と尋ねると、えー、どうぞ! すると関係者と思われる女性が、どうぞ!と言って紙袋と何やら二枚の印刷物を差し出してきた、そういえば他の人はみんな紙袋を持っている、いえ、私は関係者ではないのです、、いえ、おせったいですから、どうぞ!紙袋を頂きそっと中を覗くとお菓子やらジュース、資料などの印刷物が入っている。内心、写真を撮ったらその場を去ろうと思っていたが、そうもいかなくなってしまいましたってー、、今日は瀧 廉太郎の112回忌とのことだ、ちょうどこの日にここを訪れたのも何かの縁だ、ご親族の挨拶、地元の○○の館長、○○新聞のお偉さん、など等の挨拶があり(色々と勉強になりました)、最後に綺麗な二人の女性が奏でるフルート、尺八、に合わせ参列者全員で 荒城の月、花 を合唱して式典は終わった。まさかこのようなところで歌を唄うなんて思ってもいませんでしたって―、、、

 

 
天才音楽家 瀧 廉太郎は明治12年8月24日東京市芝区南佐久間町2丁目18番地(現港区西新橋2丁目)で父、瀧 吉弘の長男として生まれた。父が内務省に勤めていた関係でたびたび転任したので、廉太郎もしばしば学校を変えている。小学校は明治19年5月神奈川県で入学した、すぐに富山県師範学校付属小学校に転じ、ここで1年半を過ごし、明治21年5月東京の麹町小学校尋常第3学年に転入し23年3月尋常科を卒業し高等科に入学した。このころ父は大分県大分郡の郡長であったため、同年4月同校を退学し帰郷、同年5月大分県師範学校付属小学校高等科第1学年に転入学した。そして24年父が大分県直入郡群長に転じたため家族と共に竹田の町(現竹田市)に移り、25年1月直入郡高等小学校第2学年に転入した。そして多感な少年期をここで過ごしたのである。そして明治27年4月竹田小学校(現竹田市立岡本小学校)を卒業した。ここでの2年余りの生活が廉太郎の音楽志望へ大きな影響を与えたと言われている。同年9月と東京音楽学校に入学、小山作之助先生(hamさんの郷里の新潟県上越市大潟区出身)をはじめ、多くの先生、先輩の庇護のもとで勉学に励んだ。明治29年12月12日廉太郎は学友会の音楽会に初演奏をしている、曲目はラインベルゲル作のバラードと言われている。彼の署名入りの写譜が見つかり、それに 明治二十九年十二月十二日音楽学校学友会二於テ此曲ヲ独奏ス、是レヲ予ノ独奏ノ初メトス。時専修部二年生 瀧廉太郎記 とある。この演奏で彼の実力がおおいに認められ称賛された。
また廉太郎は美しいテノールの声を持っていて、学友会の音楽会に重唱や合唱にたびたび出演している、また管弦楽でクラリネットを吹いていたと言う。専修部2年の頃から演奏だけでなく、作曲、作詞の方にも頭角を表し、明治30年2月「砧」作詞、3月「日本男児」作曲、7月「春の海」、8月「散歩」作曲、12月「枯野の夕景」作詞、31年7月専修部を優等で卒業、9月研究科に入学した。32年9月音楽学校の嘱託になって後輩の指導に当たる事になり、留学に出発するまでの2年間を熱心に指導した。この間に作詞、作曲した物が現在一番多く残っている。33年10月1日ピアノ曲「メヌエット」、11月1日組歌「四季」、そして「幼稚園唱歌」の編纂をはじめ「荒城の月」「箱根八里」「豊太閤」もこの頃の作品である。
明治33年6月付けで日本の音楽家としては二人目となるドイツへの留学が発令されたが、出発を延期し34年4月6日横浜港をドイツ船ケーニヒルアルベルト号で出帆した。42日におよぶ長い航海を終え5月18日にベルリンに到着、ここで巌谷小波(いわやこなみ)と再会した、そして3週間滞在、見物し6月7日ライプチヒに着いた。10月1日音楽学校(設立者メンデルスゾーン)のコンセルヴァトリウムの試験に合格、翌日より学生となり授業を受けた。冬の訪れに廉太郎はその寒さで風邪をひき、ついに全快することなく、翌35年8月下旬に帰国する事になった。途中、ロンドンのテームズ河畔のチルベリイドックで「荒城の月」の作詞者 土井晩翠(どいばんすい)と、最初にして最後の劇的な会見をし、10月17日横浜港に入港し、東京市麹町上2番町22番地の瀧 大吉の家に落ち着いた、しかしはからずも11月23日、最大の理解者である従兄の瀧 大吉が脳溢血で他界したため、葉山での転地療養を諦め、病を心配して葬儀にも参列せずに24日に東京を出発し大分の父母の許へ帰った。その頃、父は官職を去り、大分県大分市稲荷町339番地(現府内町)で悠々自適な生活を送っていた。廉太郎はここで療養につとめながら「荒磯」をはじめ多くの作品を書いたと思われます。しかし肺結核を患っていた廉太郎は明治36年(1903)6月29日午後五時23歳の若さでこの世を去った。結核に冒されていたことから死後、多数の作品が焼却されたと言う。瀧家の墓所は日出町の龍泉寺にあるが(瀧家は江戸時代日出藩の家老職を務めた上級武士の家柄である)廉太郎は父と親交のあった大分市金池町の万寿寺に葬られている。  = 一部案内板より抜粋 =

 廉太郎の墓は親族のご意向で2011年に瀧家の墓所の日出町の龍泉寺に移されました。

 
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[新米ドライバー ②] 理解できない自分勝手な大人

2014-06-28

最近は公的な施設の駐車場には必ずと言ってもいいくらいに、障害者用の駐車スペースが設けてある。普通の駐車スペースよりも広くなっていて車いすのイラストが描かれていて、誰が見ても直に解るようになっている。今日も仕事で昼の休憩に近くのコンビニでパンと牛乳を買って、いつもの港の公園の駐車場に行った。ここは1時間無料で駐車できるし、前が海でベンチもたくさん有り、綺麗なトイレもあるので最近は昼食はこちらの公園をよく利用している。今日は天気も良く土曜日で、やはりいつもより利用者が多いようだ。入り口の発券機で駐車券を取り空いているスペースに車を止めた。なるべく海の見える側に駐車するようにしている。パンを食べ終わってラジオを聞いていると1台の高級外国車が入ってきて、入り口のすぐ前の障害者の駐車スペースにバックで車を入れている、見ると運転しているのは女性だ、ほー、この女性がどこか身体に障害があるのかな?正直なところちょっと興味があった、車を止めて出てきたのは30代のすらっとした女性だ、車の後ろに回り後ろのドアーを開けているので、ははー、車椅子を下ろすんだな、誰か障害のある人でも乗っているんだろう、、と思ってみていると、何だー!車椅子ではなく、小さな仔犬をおろして、リードを付けて犬の散歩に公園に向かっていった。障害者の駐車スペースに止めなくても他の所に未だ5~6台の駐車スペースが空いている。若い頃のhamさんであれば間違いなく、ちょっと、あんた、そこは障害者用の駐車スペースだよ!と言ったろう。こういう自己中心的な女性は多分、空いてんだから良いじゃないの!と言うに違いない、空いているんじゃない、障害者のために空けてあるんだわ!と言いたいネ、、どう言う教育を受けたんだろう、私には理解できないことだ、高級外車に乗るようなお方であれば行動も高級であってほしいね、、、
 
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[hamさんの日本の歌心の歌] ♪早春賦♪ 国立音楽大学カメラータ・ムジカ合唱団

2014-06-27



作詞:吉丸一昌
作曲:中田 章 


1.  春は名のみの風の寒さや
   谷の鴬歌は思えど
   時にあらずと声も立てず
   時にあらずと声も立てず

2.  氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ
   さては時ぞと思うあやにく
   今日もきのうも雪の空
   今日もきのうも雪の空

3.  春と聞かねば知らでありしを
   聞けば急(せ)かるる胸の思いを
   いかにせよとのこの頃か
   いかにせよとのこの頃か

作詞の吉丸一昌は明治16年(1873)、大分県臼杵市で生まれました。東京帝国大学を卒業し、明治41年(1908)東京音楽学校(現東京芸術大学)教授となりました。故郷の臼杵市に吉丸一昌記念館(早春賦の館)が建てられています、大正5年(1916)43歳の若さで没。
吉丸一昌は大正の初めに何度か長野県の安曇野を訪れ穂高町(現安曇野市)あたりの雪解けを待つ風景に感動しこの歌を作ったと伝えられています。
穂高町のわさび農場の近くを流れる穂高川の土手に「早春賦」の歌碑が建っており毎年、雪解けの4月に「早春賦音楽祭」が開かれていると言う。
東京都出身で作曲の中田 章は「夏の思い出」 「小さい秋みつけた」 「雪の降る町」などを作曲した中田喜直の父にあたる。




 

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[古い航海日誌 鶴邦丸] 懐かしい日本の島影

2014-06-26

順調な航海を続ける本船は、バシー海峡を通過し石垣島、宮古島の遥か東方海上を北上し沖縄本島沖にさしかかった(写真)、約40日振りに見る日本の島影だ。本船の左舷側を○○タンカーの大型タンカーが沖縄本島の方に向かっているようだ、恐らく金武湾の石油備蓄基地に向かっているのだろう。沖縄の島影を眺めていると今航の色々な事が思い出される、なんと言っても私の電報の受信間違いで本船が数時間、目的地と違う方向に走った事だ、一生忘れられない大失態だ、私が退職を決意した大きな要因の一つになった。ちょっとした受信間違いがこれほど大きな意味を持つ間違いになるとは思わなかった、それだけ通信というものの重要性を改めて知る事になった。タンカーに乗船するのはこれが初めで最後になるかもしれないなー!
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[豊後の名所・史跡] 豊後一の宮 西寒多神社(ささむたじんじゃ)

2014-06-25



 
大分市寒田(そうだ)にある、豊後一の宮、西寒多神社(写真)、しかし豊後の国にはもう一つの一の宮、柞原八幡宮(ゆすはら)が存在する。しかし一つの国に一の宮が複数存在するのはここだけではない、私の故郷の越後の国にも、弥彦神社と居多神社(こたじんじゃ)がある。どちらにもそれぞれの歴史がありどちらが本当の一の宮かは私には解らない。
創祀は遠く、応神9年4月西寒多山上(本宮山)に宮殿を建立するとあり、延喜式内の大社として国司をはじめ武将の信仰があつく、特に大友能直、大友宗麟をはじめ代々の尊崇厚く応永15年(1408)3月、大友親世が社殿を現在地に遷し、家内安全、婚姻、学業、農業、食物、交通安全、などの守り神として人々の崇敬が深く、明治4年5月14日、国幣中社に列格され、豊後の国の一の宮として現在に至る。戦後神社本庁の別表神社となった。宝物として大友宗麟が愛用した印章、大友能直、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の古文書を有している。

 
  
 

26,506平方米の広い境内には樹齢450年と言われる、ふじ(市指定名木)があり毎年5月3日~5日まで、ふじ祭りが行われ、多くの人で賑わい、樹齢100年と言われる数百株の平戸ツツジも見事だ。また参道入り口の石橋、萬年橋(写真)は県指定有形文化財に指定されている。
 
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[新米ドライバー ②] 話の合うお客さん

2014-06-24

郊外の新しい大きな団地の中のメイン道路を勉強の為ゆっくりと流していると、歩道を80代と思われるお婆ちゃんがこちらを見ながら歩いてくる、何か用事が有りそうなので停車して窓ガラスを下ろすと、どこかにお客さんを迎えに行くんですか? いえ、道を覚えるために団地の中を勉強しているんです、、それじゃ、いいですか? えー、どうぞ、どうぞ、、Uターンしてお客さんの言われた方に向かった、バスで行こうと思ったが天気も良いし運動の為、少し歩くか、、と、なったようだ。そのうちに、へー、運転手さん趣味は山登りですか? ときた。助手席のヘッドレストの裏側にダッシュボードの乗務員証とは別にプラスチックケースに入った乗務員の名前と趣味などが書かれた物を毎日、マジックテープで貼るようになっている。入社時に趣味を聞かれたんだが、私は特別にこれだっ、と言うほどの趣味は無い、浅く広くだ。 とりあえず趣味は山登りと言う事にしておいたんだがネ、、、、
お客さんのお婆ちゃん、私も若い時は色々な山に登ったわ!人は見かけによらないね、、それからずっと山の話に花が咲いた、お金をいただいて、色々な情報を教えて頂けるのは、この仕事の特権だね、大きな本屋さんまでお供したが、歩けば1時間以上はかかるだろう、しかも山を切り開いて造った団地で坂も多い、ここを歩くと言う気持ち、やっぱり若い頃に山で鍛えた足腰がそういう気持ちにさせるのだろう、、私の感じでは、このお婆ちゃん、話し方、などからして若い頃は教師だったと思うがね、、、


 
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[今日の話] どうぞ宜しくお願い致します

2014-06-22













いつも当ブログを訪問いただきまして有難う御座います、
 心より感謝申し上げます、、、
これからも宜しくお願い申し上げます。 


ご訪問をいただき、お願いするのは心苦しいのですが、気が向く時で結構ですが、テキスト下部の おすすめ の所をポチッとクリックして頂ければ 幸甚に存じます(写真)。決しておかしなところには繋がりません、数字が一つ増えます。このことによりポイントが加算され、一年ごとに集計されてhamさんの僅かな収入になります、、、

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[乗船実習 新勝丸] 初めての外国

2014-06-20

マレーシアの南シナ海に面したヂュングンの沖にアンカーを下し発光信号で打ち合わせの通り翌日、通船で上陸した。生まれて初めて外国の地を踏んだわけだ。○○川丸の乗組員は既に近くの広場で野球の準備をして待っていた。船の乗組員はみな運動不足だ、野球の試合と言っても遊びだ、打てばエラー、投げれば暴投、走れば、すってんころりん、野球をやっていると現地の子供や大人がつぎつぎと集まってきた。2日目は久しぶりの野球ですっかり楽しむことが出来た。翌日になり○○川丸に鉄鉱石の積み込みが始まった、3~4日くらいかかるようだから本船はその後だ、それまでこの場所でアンカーを下して沖待ちとなる。
 
   
 
翌日、私と通信長、セコンドオフィサー、セコンドエンジニアーの4人で又通船で上陸したが私は出港するまで4回ほど上陸した。2~30分も歩けば町の外れに行ってしまうほどの小さな町だ、いたるところに椰子や南国特有の木が生い茂り、外国だなー!と感じる。そして海岸では綺麗な砂浜が続いている(写真右)、日本では見ることが出来ない古い車が走っている、しかし信号機なんてのは見当たらない。今日はお土産に椰子の実を買ってみた、、冷やして飲むと美味しい、と現地の人に勧められたんだが、あと現地の人がよく頭に被っていた笠を買ってみた(写真上)手に持っているのが椰子の実だが解るかな?
 
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[新米ドライバー ②] 馬鹿な運転手

2014-06-19

仕事で中年の男のお客さんを○○うどん、までお供したんだが、ここのうどん屋は安くてとてつもなく量が多いんだそうだ、運転手さんも今度行ってみたらいいよ!と教えてくれたが、安いのは有難いが量の多いのは最近はあまり御馳走ではない、最近はそんなに大食ではない。お客さんを下して中心部へ向かい、右折するために2車線ある外側の右折車線に入り交差点に差しかかると信号が黄色になった、減速して交差点の手前で止まると、私の後ろについていた軽のバンが私に、早く行けよ!  と言わんばかりに私の後ろから内側の右折車線に変更して赤の信号を突っ込んで右折して行った、おぬしもやるよのー!と思ったら、近くでけたたましく鳴るサイレン、慌ててルームミラーを覗くと白バイが赤色灯を廻し、サイレンを鳴らして私の横を追い抜き対向車の前を右折して行った、先ほど私の後ろから私が停車したもんだから車線を変えて赤信号を突っ込んで行った軽のバンが白バイに捕まったわけ、、、そんなに急ぐ必要があるのかねー!

 
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[新米ドライバー ②] はらはら、どきどき、の毎日

2014-06-18

新米ドライバーも自立して1週間になるが、お蔭でトラブルもなく過ごす事ができた。しかーしだ! 毎日が、はらはら、どきどき、の連続だ。
今は配車(指令)、待機は無く、市内をながして道路を覚えることに専念している段階だ。半分は団地や主要道路を覚えることとし、半分は市内の中心部の道路を覚えるようにしている。しかしこれが大変なんですわ、片側2車線3車線に右折、左折車線が出てくるわ、中心部の裏通りは道幅も狭く、ほとんどが一方通行に当然、右折禁止、左折禁止ばかり、方向感覚が無くなり自分のいる場所が解らなくなる、主要道路に出るのに一苦労することがしばしばだ、、カーナビで自分の位置を確認してなんとか脱出するしまつ、、、 
しかし、この裏通りがまた人通りも多いし、手を挙げてタクシーを拾うお客が多いので、どうしてもこの難題を克服しないといけない、古ぼけた頭の爺にとっては結構大変ですでね、、デパート横の一方通行の道路から駅前通りのスクランブル交差点に出る100メーター位の間が一番お客さんを拾える、右側、左側から勝手に道路を横断してくる、また手を挙げる人も比較的多い場所なので脇見厳禁だ、。お客さん、私は未だ新人ですので、すみません道路を教えていただけますか? と、まー、初めから頭を下げる、えッ、もう3~40年くらいのベテランでしょう! はい、歳だけはベテランなんですが仕事は未だ新米なんです! 歳をとっていると良い場合もある、いまのところ、ほとんどのお客さんは快く教えてくれる、これが若いドライバーなら、おまえ、道も解らずによくタクシーの運転手やってんな! となるだろう、まー、当分は苦労しそうですね、、、
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[古い航海日誌 鶴邦丸] 南シナ海北上中、下船準備

2014-06-17

本船は南シナ海を山口県の徳山(現周南市)向け北上中だ、この海域から一昼夜ちょっと走れば香港だろう、しかし今の会社では先ず香港に行くことはないだろう。退職を決心したが何かしら寂しい気もするが、通信長は、せっかく国家試験を受けたのに船を下りてどうするの?と心配してくれているが、今のところ、これからのことは未だ何も考えていません、下船してからゆっくり考えたいと思います、、としか答えようがない。今航は三席さんも見習いで乗船しているが未だ独り立ちは無理のようだ。私の交代で乗船される先輩の職種は通信長だが海上籍から陸上籍に変わり現在は船員課勤務だが、海上籍に復帰し私の交代として乗船される。今の通信長が休暇下船されるとそのまま通信長に繰り上げだろう。下船準備といっても大した荷物は無いんだがクウェートでお土産に買った品物だけ入港後、通関を済ませて田舎に送るための準備だけしたが、、、夜の零時に当直が終わりシャワーを浴びて一人部屋でビールとウイスキーで一杯を初めたが、今日は酔わないねー、、、
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[豊後の名所・史跡] 日本名水百選 男池(おいけ)湧水群

2014-06-16


 
国道210号線の由布市庄内町から県道田野庄内線(621号線)でやまなみハイウエイの長者原方面に向かうと庄内町阿蘇野地区に「日本名水100選」に選ばれている男池(おいけ)湧水群(写真)がある。阿蘇くじゅう国立公園の一角を占める黒岳北麓の美しい原生林内に湧く名水である。
 

 
環境庁の「日本名水百選」に選ばれた男池(写真)は年中12,6度Cの水温を保ち、1日約2万トンという豊かな湧水量をほこっている。池の底まで透き通りモクモクと湧き出る水は神秘的だ。男池(海抜850m)は夏の最高気温が25℃で低地と比べて6~7℃低くすごしやすい。男池を基点に1.4kmの遊歩道が設けられていて原生林の中を森林浴も楽しめる、また黒岳にはシャクナゲが群生している。男池の東2kmくらいのところに二酸化炭素が含有された天然の炭酸水、白水(しろみず)鉱泉があり、県内には他に、竹田市の竹田湧水群、豊後大野市の白山川、が「名水百選」に選ばれている。
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[hamさんの登山記] ミヤマキリシマが見頃、平治岳登山

2014-06-15


 
九州に来て九重連山のミヤマキリシマの花を是非みたいと思っていたが、先月、久住山、中岳で見ることが出来た。しかし九重連山の平治岳(ひいじだけ)のミヤマキリシマはすごい、と言う話は新聞、テレビなどで承知はしていたが是非一度、この目で見てみたい、、との思いが遂に実現した。先週から見頃を迎えていたようだが日曜日は生憎の天気、今月から勤め始めると、そーは簡単に休むわけにはいかない、天気予報では晴れから曇り、今日が最後のチャンスだ、、、
 


今朝は2時半に目が覚めた、好きなことをする時は早く目が覚めるネ、、布団の中で今日の平治岳登山の色々な資料を頭の中で整理して3時に起床した。一人でパンとコーヒーの朝食を食べて3:50車で出発した。国道210号線を進み庄内町から県道の621号へ、ようやく明るくなってきた、この時間なら駐車場が満杯と言うことは無いだろう、家を出て1時間半後の05:20登山口の男池(おいけ)の駐車場に着いた。2ヶ所の広い駐車場は半分ちかくは止まっていた。駐車場にはいく張りかのテントも、恐らく大部分は車の中で寝たんだろう、登山靴に履き替えてトイレに寄り 05:40登山口(写真)を出発した、、、

 
まだ時間が早いせいか登山口に入るのは私と他に1~2組だ、綺麗な渓流の橋を渡り登山道へ、比較的に歩きやすい登山道を小鳥のさえずりを聞きながらトレーニングを兼ねてゆっくり登って行く、6時前の山の樹林帯の中は未だ暗い感じだ、途中のかくれ水で休憩にしようと思ったが何時になっても着かない、どうやら見落としてしまったようだ、帰りに寄ろう、、整備されている登山道とは言い難いが、登山道と言うものはこんなもんだろう、、ほとんど案内看板は見当たらない、時間が早いため、追い抜く事は無いが追い抜かれることもない、一人黙々と歩くだけだね、登山口を出てからちょうど1時間後の06:40 ソババッケ(写真)に着いた、5~6人の先客が休んでいた。ここまでは極めて順調に来た、むしろ早いペースだ、ここで1回目の休憩だ、途中のコンビニで買った水が美味しい、、、
 

 
ソババッケを出発し暫く行くと、いよいよ岩がゴロゴロのきつい登りの登山道だ、岩に手をかけ、木の枝につかまり息も絶え絶え登る、いつも山登りで苦しくなると、なんで登山家気どりでこんな山になんか来たんだろう、家でテレビでもみていればよかったな~、 と思うんだがネ、途中で下山してくる二組の登山客に出会った、えー、こんな時間にもう下ってくるのかよ、恐らく昨夜は坊がつるの法華院温泉山荘に泊まって平治岳に登り今下山してきたんだろう、、もうそろそろ大戸越(うとんごし)に着くころだがなー! まもなく前方が少し明るくなってきた、そして何やら声が聞こえる、ぱっと視界が開け樹林帯が終わった、07:50 北大船山、坊がつる、平治岳の分岐の大戸越(写真)に着いた。平治岳の頂上方面を見ると一面ピンクに染まっている、見事なミヤマキリシマの群生だ、、、沢山の登山客が休んでいる、今までの疲れもいっぺんに吹き飛んだね、いやー来てよかったね!ここで景色を眺めながら2回目の10分間の休憩とした、、、
 

 
大戸越で10分間ほど休憩して頂上方面を見上げると登山道はびっしり花におおわれている、ここから先は登りと下りがそれぞれ一方通行になっている。まさに花畑の中を登って行く、見事な一語に尽きるね!登りは結構きついが少し歩いては周りの景色を堪能し又登って行く。下を見下ろすと先ほどの大戸越にはソババッケ、坊がつる、方面から続々と登ってくる。頂上は二つのピークがある、35分ほどで一つのピークに到着した。
 

 
大戸越からピークまでのお花畑が素晴らしかったがピークから平治岳の頂上に向かう頂上付近のお花畑はさらに素晴らしい(写真)、こんな高所の山の上にこんなに綺麗なところが有るのだろうか、思わず目を疑いたくなるほど素晴らしい光景だ。ミヤマキリシマの花だけではない、九重連山の山々、、360度の大パノラマだわね、、、
 

 
登山口を出発して3時間10分後の08:50、平治岳(1,643m)の頂上に立った(写真)。頂上には沢山の登山客が景色を楽しんでいる。向かいの北大船山の山も頂上付近がピンクに染まっているのが見える。2週間前に登った久住山、中岳などが手に取るように臨める。
 

 
頂上からは有名な坊がつるが手に取るように見える、テントサイトには色とりどりのテントの花が咲いている、そして目を少し上に向けると九州では一番高地にある温泉、法華院温泉と法華院温泉山荘が見える(写真下が坊がつる)。近いうちに是非坊がつるを訪れてみたいもんだ、、、平治岳の頂上を十分堪能し、もと来た道を下山を始めた、、、
 


下山は大戸越までは一方通行で下山専用道を一気に大戸越まで下山した。体力はまだ問題ないし、時間はたっぷりとある、思い切ってこれから目の前の北大船山へ登ってくるか?往復で2時間ちょっとだろう、いや、明日からまた仕事だし、無理は止めよう、またいつでも来れる、、と言うことでソババッケに向け下山を始めた、しかし続々と登ってくる登山客、道を譲ったり、挨拶をするのが大変だ、若い山ガールの二人組、私のリュックに下げたステンレスのマグカップを見て、上でコーヒーを飲んだんですか?親しげに聞いてきた、いや、コーヒーは飲みたかったんですが持っていなかったので、水で我慢しました!ソババッケで一息入れて又歩き始めた、あと1時間だ、途中で大きな大木が半分折れていた(写真)、恐らく百年以上は経っているだろう、、、
 
 
ソババッケを出て30分くらいで登りの時に見過ごした、かくし水(写真)に着いた、せっかくだマグカップに一杯飲んだが、美味しい水だ、そして30分ほどで登山口に無事戻ってきた、、、

★ 平治岳登山のスライドショーは  = こちら =
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[新米ドライバー ②] 新米ドライバーの初仕事

2014-06-13

研修も終わり、昨日よりいよいよ独り立ちした新米ドライバーだ。独り立ちと言っても未だ道もよく解らない、会社のほうから当分は売上よりも道路を覚えることに専念してくれ、と言われている、市内の中心部から離れて、いくつかの大きな団地を回ることにした。大きな団地だ、一回や二回じゃとても覚えられない、今回は方向性、大体の概略が解ればいい。団地の外れの車の通らない場所を探して車の中でパンと牛乳で昼食だ、終わると30分くらい地図を調べる、又カーナビをいじくりまわして使い方をマスターしないといけない。さーて、そろそろ市内の中心部の方に戻るかな、、主要道を走って、あるホームセンターの前で手を挙げる高齢者を発見、方向指示器を出して止まりドアーを開けると、○○まで頼みます! お客さん、私は新人で未だ道がよく解らないんですが教えていただけますか? ホームセンターの玄関まで行くと奥様が荷物を積んだカートでお待ちだ、荷物をトランクに積んで走り始めるが、地名は聞いた事がありそうだがまったく道は解らない、お客さんのカーナビで無事到着した。940 初めての仕事だ。約150キロほど走って新米ドライバーの一日目は終わった。二日目の今日も郊外を走り回り二組のお客さんをお供した、しかしお客さんを探すのなら市内の中心部だが、今は道路を覚えることに主体をおいている、ぼちぼち行きますって、、、
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[今日の話] いつも有難うございます! 二百万アクセス突破

2014-06-12

ブログと言う言葉すら知らなかった私がブログを初めて来月で7年になる。今朝はやくアクセス数が200万を突破した(写真)。以前から、よし丁度200万アクセス目を私がゲットしよう、、と考えていた、2~3日前より、11日の夜くらいかなー、と考えていた。今月より勤め初め、ましてやハンドルを握る新米ドライバーだ、寝不足はいけない、夜は早めに寝るようにしている、当然朝は早く目が覚めるが6時前に起きるようにしている。運が良ければ200万目をゲットできるか、、、朝、目が覚め時計を見ると4時38分だ、随分と早く目が覚めたな、はっと我に返りパソコンの電源を入れブログを開くとアクセスカウンターが1,999,956だ、この分だと200万は5時半ころだな、、布団に入りウトウトと、5時半過ぎにパソコンを開くと1,999,989だ、よし、いただきだ!自分がいくらクリックしてもアクセスカウンターは進まない、、そして5時45分ついに200万アクセスを達成した(写真下)
 

 
平成19年7月14日、興味半分、面白半分、カテゴリー[古いスコアーカード]、初めてのゴルフ でデビューしたhamさんのひとり言、正直なところ、こんなに長く続けられるとは思っていなかった。当初はボケ防止に、全国各地のゴルフ場を廻った事、外国航路の船員生活、30年近く続けた商売の事、などを日記と悪い記憶を頼りに書き始めたのが始まりだ。そのご晩年になり始めたタクシードライバーの事、これが元で郷土の史跡と名所に興味を持ち休みの時に名所史跡を廻り始めブログにアップし、お供したお客さんの話から山登りに興味を持ち山に登り始めブログで紹介し始めたり、お蔭でネタには事欠かなくなった、しかーしだ!これまで続けれた一番の原因は、なんの取り柄もない田舎の爺のブログを多くの人々に覗いていただけた事だろう、そして全国の、遠くは外国からも貴重なコメントも頂き感謝に堪えない。今では私の生きがいでもある、いつまで続けられるかは分からないが、しかし悩みもある、最近は1日10件~30件近くの特に海外からのスパムコメントが増え削除するのに閉口している、折角コメントを入れて下さる方には大変失礼なんだが承認後に掲載させていただいている、、、
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[今日の話] 知られざる名曲 ♪ 十国峠の白い花 ♪

2014-06-11

最近はパソコンに向かうのはデスクトップよりもノートの方が多くなった。テーブルの上に置いたノートパソコンに向かいながらテレビのチャンネルをあてもなく変えるが面白そうなのが無い、何気なくBSに切り替えるとBS朝日で歌が聞こえる、おー、良いのやってんじゃー、、日本の名曲 人生歌がある と言う意番組らしいが、ちょうど大歌手島倉千代子さんの追悼で、色々な歌手が島倉千代子さんの歌を歌っていた。私も島倉千代子と言う歌手が大好きだった、青春ど真ん中のころ連日ラジオ、テレビで声が聞こえていた。フォノシートと呼ばれる薄いプラスティックのような物でできたレコードを大事に持っていた、友達からレコードプレイヤーを借りてきて何回も何回もレコードが擦り切れてしまうほど聞いた曲が「十国峠の白い花」だ。数多いヒット曲の中で、この曲はその後あまりテレビなどで聞くことは無かったが私の好きな曲だ。昔取引メーカーと伊豆、箱根でゴルフを楽しんだ事があるが新潟から伊豆、箱根に向かう時に車で通った時にハンドルを握りながら懐かしく口ずさんだ曲でもある、、、。
この歌手ほど波乱万丈の人生を送られた大歌手はいないであろう、昨日ブログにアップした神戸一郎さんと偶然にも同年生まれで、しかもお二方とも75歳の若さで癌のためこの世を去られた。亡くなられる三日前に病床から新しい曲「からたちの小径」を吹き込まれた、やっぱりプロだねー、、私はこの曲を聴くと島倉千代子さんの人生を歌っているように思うが、、、

 
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[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 十代の恋よさようなら ♪ 神戸一郎

2014-06-10

                                               十代の恋よさようなら


作詞:石本美由起
作曲:上原げんと                  唄 神戸一郎

1) 好きでならない 人なれど
    別れてひとり 湖に
    悲しく棄てる 男の涙
    ああ十代の 恋よ さようなら

2) 月の渚を さまよえば
    返らぬ夢を 慕うよに
    はぐれて一羽 啼く水鳥よ
    ああ十代の 恋よ さようなら

3) 恋の名残りか むらさきの
    りんどう風に 散る夜は
    瞼に沁みる ホテルの灯り
    ああ十代の 恋よ さようなら


青春まっただ中の頃、テレビの歌番組によく出ていた歌手、、、
いやー、ハンサムだなー、、歌手の神戸一郎(かんべいちろう)、昭和13年(1938)9月7日生まれの神戸市出身、美声と歌のうまさは藤山一郎さんのようだ、との事から「神戸の藤山一郎」から芸名「神戸一郎」となったと言われている。昭和32年(1957)に歌手デビュー「十代の恋よさようなら」が大ヒットしNHK紅白歌合戦にも4回出場し、映画にも多数出演した。歌手を辞めてからは実業家として活躍されていたが本年4月27日、私と同じ病気で亡くなられた、享年75歳、、 合掌




 
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[乗船実習 新勝丸] マレーシア デュングン着

2014-06-09

朝あまりにもの静けさで目が覚めると本船のエンジンが止まっている、エンジンの振動の中で生活しているとエンジンが止まると逆に静かで目が覚める。ポールド(窓)のカーテンを開けてみると遠くの陸地に椰子の木ようなものがたくさん見える、おー、これがマレーシアか、生まれて初めて見る外国の地だ、、、本船はマレーシアのクアラ・デュングンの沖合にアンカーを下している(写真)。朝食を食べにメスルーム食堂に行くとセコンドオフィサーが今朝4時過ぎに沖に着いたとの事。すでに大手海運会社のグループ会社の○○川丸が先客で沖待ちしているので本船は暫く沖待ちとなるそうだ。パーサー(事務長)が来られて、アップさん、外貨はどうするね?それじゃ5万円ほどお願いします!そんなにたくさん使うところが無いとの事だ、余っても日本円に交換できないと言うので、とりあえず5,000円をマレーシア$に交換することにした。
夕方レクリェーションルームで乗組員が麻雀をしているのを見ていると当直のクオーターマスターがやって来て、おいアップさん、○○川丸が何やら本船にパカパカ発光信号を打ってきているぞ!と言う、麻雀をやっている次席さん、アップさん、ちょっと見てこいや、、、えー、私がですか! いま大きなのをテンパっているから手が離せないんよ、、参ったなー!クオーターマスター(操舵手)と一緒にブリッジに行くとすでに発光信号機(写真右)を準備してあるではないか。実習生とはいえ、解りません、と言いうのも面白くない、いちかばちか、、・-・-・- コチラハ○○マル K と打つと、○○川丸からも ・-・-・- 、、、、、、、、どうやら明日、野球の試合をしませんか?と言ってきているようだ、レクリェーションルームへ行くと、チョフサー(1等航海士)と次席さん、アップさん、○○川丸にOKだ、と言ってくれ!と言う。どうやらポールド(窓)から本船との発光信号を見ていたようだ。ブリッジに登り、コチラ○○マル、ヤキュウノケン、リョウカイ、ヨロタム(ヨロシクタノム)  すると○○川丸から、リョウカイ、アス九ジデヨロタム、ときた。クオーターマスターが、アップさん、大したもんだね、もうずっと本船に乗ってろよ!明日の野球が楽しみだなー、、、
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[今日の話] まったりとした一日

2014-06-08

今朝は久し振りにゆっくり寝た気がするネ、、7時過ぎに起きて何をするわけでもなく、テレビを見たりパソコンの前に座ったり、、午後からは久し振りに豊の国健康ランドへ行ってきた。ゆっくりと温泉に浸かり、サウナに行ったり、そして湯衣に着替えて2階のリラックスルームへ、椅子をリクライニングにして冷たい物を飲みながら30分ほどウトウトと、そして昨日買った市内の地図を開いて昨日仕事で回ったところの復習だ、また温泉に浸かりのんびりと3時間近く過ごし、今日はまったりとした一日を過ごした。さー、また明日から1週間がんばるぞー!、、、
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[新米ドライバー ②] 疲れましたってー!

2014-06-07

昨年の10月に仕事をリタイヤーして8か月振りに始めた仕事、今は10日間の教育期間だ、座学も終わり今日から教育車による本格的な教育が始まった。朝から市内の中心部、郊外の大きな団地を10数か所150キロ近く走ったが、久しぶりに疲れましたってー!山登りよりも疲れた感じがする、しかし好きな仕事でここちが良い疲れだ。明日は1週間ぶりに休み、本来ならば恐らく今が見頃のミヤマキリシマを見に九重連山の平治岳に登りたいんだが明日は生憎の天気のようだ、まー元気であればまだまだチャンスはある、明日は久しぶりにのんびりと過ごそう、、、
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[古い航海日誌 鶴邦丸] シンガポール通過、下船決まる

2014-06-06

退職の件で通信長には一晩考えてみます、と伝えたが腹はもう決まっている、翌日9時過ぎに起きて無線室へ行き、当直中の通信長に、一晩考えてみたんですが、やっぱり私には船は向かないようなんで退社したいと思いますので、ご迷惑をおかけしますが交代の手配をお願いします、、と通信長に告げると、そうか、残念だがキャプテンに話してなんとか交代を手配してもらうよ! 気持ちがすっきりした。昼食を食べて午後のワッチに入っていると昼食の終わったキャプテンが電報送信帳を持って無線室にやってきた。 二ツ○○○タイショクネガイデタ、コウタイテハタム」センテウ 長崎無線局/JOS経由、本社の船員課あて打電した。翌日本船はマラッカ海峡に入り、夕方シンガポール沖を通過した。遠くにシンガポールの高層ビルが見える(写真)、タンカーではシンガポールの沖は毎航通るがシンガポールに入港することは無いだろう、、今の会社を辞めて次に入社したい会社は東南アジア航路の貨物船ばかりだ、シンガポールなんていつでも来れるだろう、、、シンガポール海峡を通過して本船は南シナ海にでた。キャプテンから本社の船員課宛に交代の電報を打ってもらったが二日間たっても、なんの連絡もなしだ、えー、イライラするなー、しかし三日目に電報が来た、 ニツ○○○トクヤマニテゲセン、カワリ○○○○」センインカ 下船は決まったが私の交代で乗船するのはなんと、本社勤務をしている私の先輩ではないか、交代がいなく急遽、陸上勤務から海上勤務になったんだろう、、こりゃー先輩に迷惑をかけるなー、、、なにかすっきりしないが、あと1週間がんばろう、、、
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[街中で見かけた話題、光景] 交通マナー、善悪

2014-06-05

長いこと住んだ土地から900キロも離れた地方に来て半年も過ぎると色々な違いを実感できる。狭い日本でもこれだけ違うんですな、特に冬の気候は、寒い雪の降る北国と南の国での違いは大変なものだ、言葉もかなり違うね。こちらに来た当時は意外と交通マナーの良い県だなー!と思ったがそうでもないネ、、あくまでも私個人的な見解だが、赤信号を突っ込んでくるドライバーが意外に多いのが残念だ、黄色の信号で交差点に突っ込んで行き交差点内で赤信号になるのならよくある事だが、交差点の手前の横断歩道で赤になっているのにアクセルをふかして突っ込んで行く車をよく目にする。しかーしだ!良い例もある、こちらが優先道路を走っていて、状況を判断して中に入れてやったり、車線変更する車を前に入れてやったりすると、半分くらいの車はハザードを3~4回点滅させて行く、先日前を走っていた路線バスが停留所でお客を下し右の方向指示器をだしたので当たり前のことだが減速し車線を譲るとハザードを点滅するではないか、、最近は市が発行してくれたワンコインバス乗車証を使って、よくバスも利用するが、朝、夕の通勤時間帯、一番左の車線がバス、タクシー専用車線に変わるが、これが意外にも守られていると思う、中にはたまに守っていない車も見るがね、、、
 
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[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ なみだの操 ♪ 宮路オサム

2014-06-04


 
    なみだの操     唄 宮路オサム

昭和40年代の後半テレビ、ラジオでよく耳にした歌だ、元「殿さまキングス」のボーカルとしてコミックバンドで活躍しその後、歌謡曲に転向、昭和48年(1973)にだした「なみだの操」が大ヒットした。私の好きな曲のひとつだが、茨城県出身の宮路オサムと言う歌手も好きだ、、、
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[乗船実習 新勝丸] 南シナ海ど真ん中

2014-06-03

バシー海峡を通過し本船は南シナ海に入った。時々空が真っ黒になりスコールが降るが、あとは晴天だ、たまに水平線に大型船が見える以外は海、海、海、、午前中の当直が終わり昼食を食べて又午後の当直に入る、さいきん株で儲けたせいか機嫌の良い次席さん、アップさん、ブリッジにでも行って肩を振ってこい!という。さっそくブリッジに上がるとセコンドオフィサー(2等航海士)は双眼鏡を覗いている、黒く日に焼けた顔にサングラスをかけて、なかなかかっこいい、クオーターマスター(操舵手)はウイングに出てペンキ塗りをしている。セコンドオフィサーは商船大の出身ですか? と尋ねると、いや、俺は頭が悪いから水産大学だよ!とご謙そん、、参ったね私は外国はこれから行くマレーシアが初めてなんですがズングンと言うところは面白いとこですか?と尋ねると、なにも無い小さな町だからあまり期待しないほうが良いよ!と、こうだ、、セコンドオフィサー天測を教えてくれませんか!と頼むと快く教えてくれると言う、六分儀を使って言われた通りにやるが結構むずかしい、クオーターマスターも来てお茶タイムとなった。セコンドオフィサーは仙台出身、クオーターマスターは福井県の東尋坊の近くの出身と言う、みんないい人だ、、、
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[新米ドライバー ②] 新入社員

2014-06-02

体も元気になったし、どちらかと言うとじっとしているのが苦手なタイプで少しずつ退屈を感じる今日この頃。元気なうちはもうすこし働こうと考えていたんだがなかなか私のような爺をつかってくれそうなところが無かった。できれば以前のタクシードライバーの仕事をもう少し続けてみたかったんだが家族から大反対さ、、ハローワークの資料を見ると数社のタクシー会社から求人はでている。どうせ駄目だろうから内緒で応募してみるか、私にとっては恐らく最後の仕事になるだろう、どの会社にしようか、どうせ駄目だろうから、このさい日本で一番大きなタクシー会社に応募するかネ、、、と言うことで過日面接を受けたんだが結果、予期もせず採用すると連絡があった。こうなったらこちらの思うつぼだ、、、今日が初出勤の新入生だ、しばらくは研修だが好きな仕事だし、いつまで続けられるか解らないが頑張ろうと思う。勤務時間も体力、気力は大丈夫と思うんだが地理的な不安、年齢を考えて昼間だけの勤務と言うことで会社に我がままを聞いていただいた。これからまたどんな人との出会いがあるか楽しみだ、、、 頑張るぞー! 
 
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[hamさんの登山記] 日本百名山 九重連山 中岳、 天狗ヶ城、登山 ②

2014-06-01


 
頂上で周りの景色は十分に堪能した、(写真は眼下の久住高原と遠くに百名山の祖母山、傾山が臨める)、体調も良いし中岳へも登ることに決めた。しかし下山する人は全員久住分かれの方に下山している、これだけの人だ、中岳に登る人はいるはずだがねー!私は別のルートの稲星山の方に下り中岳を目指すことにした。ほとんど通る人がいないようだがもしルートを失ったら躊躇せずに又こちらに戻ろう、、そう決めて稲星山方面に向かった、、、
 
  
 
頂上を後にし誰も通らない決して良いとは言えない登山道をどんどんと下って行く、頂上や久住分かれからのルートにはあれだけの人がいるのに、このルートは人っ子一人通らない、すると下の方で何か動いた者を見た、へー、登って来る人がいるようだな!暫くすると大きなリュックを背負った50歳前後くらいの男の登山客だ、こりゃベテランの登山者に違いない、、登山道を避けて、あのーちょっとお尋ねしたいんですが?真っ黒に日に焼けた顔に白い歯だけが目立つ、ニコニコとした顔、はい、どーしました!中岳までのルートを尋ねると、稲星山へ登ってから下るルートと登らずに真っ直ぐ行くルートと二つあるが先で二つのルートは一緒になるという、やっぱり想像通りベテランだ、詳しく教えていただいた、やっぱり山男は親切で気持ちが良い、暫く下ると教えてもらったとおり南登山口から久住山、稲星山との分岐(写真左)に出た。さーどうする、稲星山にも登りたい気もするが、やっぱり今回は未だ先もあるしパスして目的地の中岳に向かおう、、道の両脇は笹がずっと生えている(写真右)、ひたすら平原を歩く、するとポツリポツリと稲星山から下山して来る人、登っている人の姿が見えてきた、そして左前方に中岳がそびえている、、、
 

 
間もなくすると稲星山からの道と合流し、中岳、久住分かれへの分岐だ、迷わず中岳へ進みまた登りだ、息を切らして登っていると時々下ってくる人に出会う、岩場の梯子(写真)を登り頂上はもうすぐだ、、、      
 

 
久住山を出発して約1時間、九州本土の最高峰の中岳(写真)の頂上に着いた。こちらも360度のパノラマで素晴らしい眺めだ、大船山、北大船山、平治岳(ひいじだけ)、目の前に天狗ヶ城、稲星山、久住山、三俣山、硫黄山からはガスが噴き出ている、そして眼下にはあの、坊がつる、水をたたえた御池、大船山、北大船山の頂上付近がピンクに染まっているのが見える、あれがミヤマキリシマの群生だな、久住山からの眺めとはまた違った眺めだ、もう感激!素晴らしいの一言だ、  
 

 
頂上からは有名な坊がつるが見渡せる(写真)、テントサイトには色とりどりの多くのテントが見える、近いうちに九州では一番高地にある温泉の法華院温泉、坊がつる、は是非訪れようと思っている。

阿蘇くじゅう国立公園にある坊がつるはタデ原湿原とともに国内最大級の湿原であり「くじゅう坊がつる・タデ原湿原」としてラムサール条約に登録されている。
 

 
水をたたえた、こんな高いところにある池、御池(写真左)、そしてなにも無い空池(写真右)、頂上から目の前に天狗ヶ城が見えている、時間はたっぷりある、ここから久住分かれに下山するなら目の前の天狗ヶ城に登って行くかネ、、、
 

 
中岳の頂上を後にして真っ直ぐに久住分かれに向かわず天狗ヶ城を経由して久住分かれに向かうことにした。少し下って稜線を歩き又登りだ、そして11:00天狗ヶ城(写真)に到着した。数人の先客がいたが昼食には少し早い、ここは周りの景色を眺めて久住分かれに向かい下山した。
 

 
11:35久住分かれを経由して避難小屋に着いた。そろそろ腹も減ってきた、飯にするかネ、、途中のコンビニで買ったオニギリ2個と、お~い、お茶、で昼食にした、美味しいこと、それにいい景色だ、至福のひと時だね。全く日陰は無いが時折吹く風は火照った体に気持ちが良い、この広場での登山客はざっと数えただけで100人は超しているだろう、それでもまだどんどん登って来る、たまげたネ、、、
 


避難小屋のある広場で20分ほど休憩をして下山を始めた。高度を下げてくると登山道わきにミヤマキリシマが咲いている(写真)、しかし今年は虫にやられて咲かない株がたくさんあるようだ、まだ少し早いようだ、後1週間くらいで見頃になるんではないだろうか、それにしても未だどんどん登ってくる登山客に会う、そのたびに挨拶するのも疲れるでね、、、     

   
                                      
 
国立公園内にある九重連山は登山道などもよく整備されて素人登山家の私でも十分楽しめる、近いうちに大船山、平治岳、三俣山、坊がつる、、などなどを訪れたいが来週あたり、天気があまり良くないようだ、そろそろ九州地方は梅雨入りだろうかネ、、あさ登山口を出発して7時間、無事に登山口(写真)に戻ってきた。荷物をベンチに置き早速に売店でソフトクリームを買って食べた、あまりにもの美味しさにすっかり嬉しくなり、帰り際ベンチに置いたリュックだけ持って手袋を忘れてきた、家にかえって気づく、、 歳だねー!

 久住山、中岳、天狗ヶ城、のスライドショーは = こちら =
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プロフィール

名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた
激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る
我が人生、






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