2014-03-31

[パチリ と一枚] 桜と菜の花

車で走っていると、あちこちで満開の桜を目にする、ちょっとした川の両側、片側にはずっと桜が植えられている、日本を代表する大手企業の工場の膨大な敷地の,道路に沿ってずっと桜が植えられているが、見事なもんですでね、、家の近くのウォーキングコースの一つ、菜の花と桜が見事です、、。

 

 

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2014-03-30

[豊後の名所・史跡] 六郷満山 馬城山伝乗寺 真木大堂


 

国東半島にある国の重要文化財に指定されている真木大堂(写真)、に行ってきた。のどかな田園風景が続く仏の里、国東半島、駐車場の周りに立つ、たくさんのカカシが迎えてくれた。

 

 

真木大堂(まきおうどう)は国東半島の豊後高田市田染真木にあり、六郷満山本山本寺(もとやまほんじ)の天台宗馬城山 伝乗寺(まきさんでんじょうじ)の堂宇の一つとして建立されたと伝えられています。伝乗寺は六郷満山65ヶ寺のうち本山本寺として36坊の霊場を有し、全盛期は広大な境内に七堂伽藍を有して隆盛を誇った大寺院であったと伝えられる。奈良時代の養老年間(717~724)に仁聞菩薩の開基と伝えられているが仏像などの作風からみて平安時代と思われる。現在の真木大堂は伝乗寺の各寺坊が衰退したので本尊をこの一堂に集めたものである。

 

 

約七百年前に火災のため寺院は焼失したが現存する九体の仏像は難を逃れ今日に至っている。大正7年に国宝に指定され昭和4年に仏像の大修理、昭和25年8月29日に重要文化財に指定され平成20年に収蔵庫(写真)が改修された。阿弥陀如来坐像、不動明王と二童子像、大威徳明王像、四天王立像など等、館内は撮影禁止で写真は掲載できませんが、これらの仏像には全霊を捧げ尽くして作った人達の魂がこもっているのでしょう、隣には旧本堂がある。

 

 

国東半島には六郷満山文化の遺産として宝塔、宝篋印塔、五輪塔、石佛など多くの石造文化財が残されているが、これらの文化財は半島全域の寺院や山岳地に散在しているため主に田染、河内地区の人々の協力により当寺院内に移されている。中でも国東塔(写真)は国東半島だけのもので壮重華麗な石造宝塔で他の宝塔と違う特徴を持っている。

 

本山本寺(もとやまほんじ)

六郷満山の全盛時には65の寺院があったとされ、本山、中山、末山の3群に分かれ、さらに本寺(28寺)末寺(37寺)に分けられていた。

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2014-03-29

多摩川での訓練

新学期が始まると我が専攻にも新入生がたくさん入学してきた。今度は先輩だ、がっつりと鍛えてやるぜ!なんだかわくわくしてくる、一人生意気そうな奴がいるが楽しみだね。4月の下旬の日曜日、恒例の初めての多摩川河川敷での訓練だ、体錬服、帽子はまだできていないが新入生全員が集まった。まずは ヤスメ! キョーツケ! 敬礼!の練習から始まりだ、そして歌の練習へ、ほらー、声が小さい、腹に力を入れて!げんこつで腹をたたく(写真)、今なら虐め、体罰、と言われるのかもしれないが、先輩からずっと引き継いできた電波通信専攻の伝統だ。4月も下旬の日曜日ともなれば多摩川には家族ずれ、若いカップルなどがたくさん来て楽しんでいる、我々のグループの周りには段々と見物客と言うか野次馬がたくさん集まってきて珍しそうな光景を眺めている、、、

 

お昼は各自が持ってきたオニギリ、弁当を食べて新入生は昼寝などで休んでいるが先輩はボート遊びなどを楽しむ、若い二人ずれの女性に、一緒にボートに乗りませんか!と声をかけると大体の女性は一緒に乗ってくれる(写真)先輩の特権だね、午後からは二組に分かれて上半身裸で騎馬戦をやるが恒例の行事だ。そして3時過ぎまでみっちりと鍛えあげるわけだ、2か月くらいは、晴れていればほとんどの日曜日は多摩川での訓練がある、これが嫌で残念だが辞めていった者もいるが、、、

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2014-03-28

[癌ばる日記] 退院後、二回目の検診

時の経つのは早いもので退院してから間もなく2か月になる、今日は退院後の二回目の検診で病院へ行ってきた。日中は20度をゆうに越たろう、汗ばむほどの暖かさで桜も一気に満開に近づいた。病院は相変わらずたくさんの人が来ている、自動受付機に診察券を入れて受付け票を採り外来の受付へ。こちらも座る椅子が無いほど多くの患者さんが待っている。こりゃ1時間待ちだな、、!しかし予約をしてある為か15分ほど待つと呼ばれた、診察室では主治医のM先生、その後状態はどうですか? 術後の後遺症の状態も少し改善されてきたようだし後は時間が経ち改善されるのを待つだけのようだ。薬を90日分処方して頂いたが、これも自分の判断で毎日飲まなくても、どちらでも良いような感じであったな、、今度は3か月後に病院に行き検査をして異常がなければ多分半年後になるだろう。

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2014-03-27

[今日の話] パソコン勉強会

2月のある日、パソコンのコンテンツのセミナー(勉強会)の案内があった、んー、時間はたっぷりあるし、参加してみるかネ、、と言うことで申し込みをして、全国4会場の福岡会場で受講してきた。9時前の高速バスで福岡市に向かい11時ちょっとすぎにバスターミナルに到着、時間はたっぷりある、念のため会場を確認して駅まで戻り駅ビルで早めの昼食とした。受付をしてセミナーが始まったが内容としては、ほとんどが解る範囲内であった。しかしスタッフの人に教えていただいたなかで私にとって2点ほど大きな収穫があった。普通の人からみれば、そんな事は当たり前じゃないか、そんな事が知らなかったの!と思うかもしれないが私にとっては大変な出来事で嬉しくなったネ、これだけでも福岡まで行った価値があったと思う。せっかく福岡まで行って来たんだし、もう少し勉強して色々なコンテンツを使いこなせるように頑張らないとネ、。

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2014-03-26

[古い航海日誌 鶴邦丸] インド洋を順調な航海、日光浴

 

シンガポール海峡を通過しマラッカ海峡へ、西に向かう船舶、東に向かう船舶と、たくさんの船が行き交い、左舷にはインドネシアのスマトラ島の島影が見え海を眺めていても飽きがこない。スマトラ島の西端を過ぎるとほぼ真西にコースをとりスリランカの南岸に向ける、南半球は夏でサイクロンでも来ない限り海上はべた凪、海の色は濃紺で不気味な青さだ、空は真っ青に晴れあがり暑いのなんの、朝起きてデッキに出て30分ほど日光浴だ(写真)昼食を食べて午後からワッチだ、インド洋に出ると日本との通信も結構大変になって来たね、今日はバッテリーの点検をして液が減っている箇所に蒸留水を補液し、手入れ、そして充電作業で時々比重を測定するんだがバッテリールームの暑い事、40数度はあるだろう、しかし今の時期この海域は比較的に湿度が低い為その割にカラッとしているので助かるネ、、、。

 

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2014-03-25

[我が故郷] 日本三大夜桜 第89回高田城百万人観桜会 

 

南の国では各地で桜の開花が伝えられていますが、2〜3日前より急に春めいてまいりました。今年はこちらに来て初めて南の国の花見を経験します、。しかーしだ! 花見は故郷の夜桜は何といっても日本一だろう、4,000本の桜、3,000個のボンボリの灯り、本丸の三重櫓、幻想的な世界を醸し出す。日本三大夜桜 第89回高田城百万人観桜会が4月4日から4月20日まで開催される(写真)。毎年期間中100万人を超える見物客が訪れる、今年開府400年を迎える我が故郷、上越市高田に沢山の人に訪れてもらいたいネ、。

 

 

 百万人観桜会の情報は  = こちら =

 

 

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2014-03-23

[パチリ と一枚] 好きな道

北国生まれで北国での生活が長かった私は南国特有の景色が好きで憧れる、とうとう南国に来てしまいましたってー!

国道10号線、別府市内、亀川あたりの道路を走るのが好きだ、、結構交通量が多いんだが偶然車が途切れて、パチリっと一枚、、、。

 

 

(片側2車線で正面の山が高崎山)

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2014-03-22

[豊後ぶらり旅] 人間魚雷回天と回天神社

 

以前に新聞で日出町に人間魚雷”回天”を祀った神社「回天神社」がある事は知っていた。場所は解らないがいつか近くに行った時にでも参拝しようと思っていたんだが、お彼岸のお中日で妻のご先祖の墓参りに行き,帰り道ちょっと海でも眺めていくか!と田舎道を走っていると道が解らなくなった、こんな田舎道だ、どこかに出るだろう、、! と走っていると小さな看板で回天神社と書かれたような物が目に入った、んッ、バックして確認すると間違いない、こりゃ俺に参拝して行け! と言ってるに違いない。狭い急な道を登るとすぐに神社の境内に、おー、ここが回天神社だ(写真)、氏神様の住吉神社の境内に小さな社殿がある。

 

 

敗戦が濃厚になった太平洋戦争末期の昭和19年、戦局を逆転するために、魚雷を人間が一人搭乗できるように改造し、母艦の潜水艦から発進し、運転して敵艦に体当たりする戦法が考えだされた。昭和19年9月1日、山口県徳山市(現周南市)大津島で回天の訓練基地が開隊し、続いて光基地(山口県光市)、平生基地(山口県平生町)と開隊された。昭和18年暮れまでご当地の真那井~糸ヶ浜に海軍軍事施設の建設が続けられていたが戦況の悪化で中止となり、その後用地は特攻基地用地に転用され、こちらの日出町大神牧の内に昭和19年秋に工事が始まり、昭和20年4月25日に、大神突撃隊基地として、司令の山田大佐以下約2000名で発足した。連日別府湾で激しい訓練が行われた。大神基地には第一兵舎から第十兵舎まであり、273名の搭乗員が訓練していた。なかでも第十兵舎に居た下士官搭乗員20名ほどは出撃直前であり、明日をも知れない命であり食事のあとなどで「大神回天隊の歌」などを歌っていたと言う。昭和20年8月2日大神基地の第十兵舎から8名の隊員が回天8基とともに高知県宿毛湾麦ヶ浦の突撃隊に出撃したが昭和20年8月15日の終戦を迎え解隊したため大神突撃隊からは突撃による戦死者は出ていない。しかし終戦10日後の8月25日、松尾秀輔少尉が基地内で自決したほか空爆による犠牲者が出ている。大神基地隊員の精神的支柱であった基地内の「回天神社」は山田司令の依頼により現住吉神社境内に遷座し、大神突撃隊開隊日である4月25日を例祭の日と定め以後、住吉神社宮司、氏子、総代により手厚く祀られている。毎年の慰霊祭には3年に一度全国から関係者が集まり行われる。大神回天神社には当時の潜水艦乗組員812名、白龍隊員120名、回天搭乗員106名、回天整備員35名、計1、073名が平成11年に合祀されて眠っている。拝殿内には当時の写真など貴重な資料が展示されている(写真) 。  合掌

 

 

境内の回天神社近くに昭和56年9月20日、実物の3分の1の回天の模型が展示された(写真)、平成14年4月25日、地元の漁師が海底より拾い上げた九三式魚雷の後部を譲り受け回天模型前に設置された(写真)。

回天Ⅰ型は、九三式酸素魚雷を利用し操縦室と操縦装置を付けた一人乗りの必殺の人間魚雷兵器として昭和18年に設計図が出来たがこの時点では海軍省は認めなかった。しかし昭和19年2月、トラック島が米軍の攻撃を受け海軍施設は壊滅状態となって軍首脳部は2月26日この兵器3基、試作の内令を呉海軍工廠に出した。7月6日に試作機3基が出来、諸試験を行った後7月25日、考案者の黒木中尉と仁科少尉の両名により魚雷試験場で本格的な有人航走試験が実施され、19年8月1日付けで正式に兵器として採用された。秘匿名とされていたが初出撃前には「回天」と命名された。

 

回天Ⅰ型 要目 性能

全 長 : 14,75m

胴直径 : 1,00m

全重量 : 8,3トン

行動半径: 10ノット  78キロメーター

      30ノット  23キロメーター

機 関 : 93式酸素魚雷機関

炸薬量 : 1,55トン

 

                                    =  案内板より =

    

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2014-03-21

[hamさんの日本の歌心の歌] 選抜高校野球大会歌「今ありて」

春を告げる第86回選抜高等学校野球大会が開幕した。私は昔から高校野球が甲子園で始まると、いよいよ本格的な春だなー、、と感じる。開会式で選手が胸を張って行進する姿をみると、すがすがしく元気をもらえる、開会式の行進と言うと大会歌だ、夏の大会の「栄冠は君に輝く」ほど知られてはいないが、選抜大会の三代目の大会歌「今ありて」も良い曲だ、、、。

 

作詞: 阿久 悠

作曲: 谷村新司      今ありて

 

 

 

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2014-03-20

[今日の話] 路線バス

昨年の12月に市役所から一通の手紙が来た、大分市の住民になり1か月が過ぎたので「ワンコインバス乗車証」を発行するので希望する場合は写真を準備して市役所の窓口に、、、、、と言いう内容だ。市の中心部の活性化、高齢者にも外に出てもらう機会を増やしてもらう、などの理由で、ある年齢に達すると「ワンコインバス乗車証」を発行しているようだ。これを提示すると市内の路線バスは一回100円で何回でも乗車できると言うもの、ジョーダンじゃね~俺はそんなに年寄じゃないわネ、、! 妻が自分ではいくら若いつもりでいても他人から見ればそれ相応に見えるから、そんなに肩を張らないで折角だから作っておこう、、と言う事で市役所に行き二人で作っていただいた。私の入院中、妻は病院に来る時は車よりも100円でバスを利用していた。路線バスに乗車するのは何年振りだろう、恐らく2~30年振りだろう、最近は中心市街地に行く時はよく利用するようになった。長くても10数分も待てばバスが来る、乗車すると結構乗っている、半分以上は「ワンコインバス乗車証」と提示して100円のお客だ、、おー、バスも良いね! バスの場合は運転に気を遣う事も無い、駐車場を探す必要もない、最近は急がない時は路線バスにかぎるネ、、、。

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2014-03-19

[豊後の名所・史跡] 銭瓶峠(ぜにがめとうげ)と道標

 

県道51号線を大分方面から別府に向かうと、海抜335メーターの峠がある(写真)。この峠の十字路は昔から銭瓶峠(ぜにがめとうげ)と呼ばれ別府、湯布院、狭間、大分、へと通じる十字路で昔は重要な道路であったと言う。特に別府、大分間は海側を通る現、国道10号線と銭瓶峠を通る山側の二つの道があったが、海側のコースは近道であるが海が荒れると通行が出来なくなり安全な山側のこの道が本道とされてきました。目の前にはお猿で有名な高崎山がそびえ、高崎山の登山道へ続く林道はこの十字路の数十メーター大分寄りにある。この高崎山には古くから山城が築かれ大友氏時以来、高崎山城をめぐって幾多の戦いがくりひろげられました。南北朝時代、肥後の菊池軍を迎えうった戦い、安土桃山時代、薩摩の島津軍との戦いなどでこの峠が主戦場となりました。銭瓶峠の名前の由来ははっきりしないが、昔泥棒が盗んだ銭を瓶に入れてこの辺りに隠した、と言う言い伝えがあり峠の名前もこれに由来すると言われるが定かでない。

 

 

銭瓶峠にあるこの道標(写真)は中世かそれ以前に立てられたものと言われる。銭瓶峠は昔は重要な交通の分岐点で、ここから湯布院を経て政治の中心大宰府まで通じていた。

 

北別府道   西ゆふいんみち   南どうしり道   東府内道  と刻まれている。

 

 

峠の道標の隣に大きな銭瓶石(通称カンカン石)が置かれている(写真)、この石は鉄などの硬いもので叩くと、カンカンと響き音がするが、これはこの石の形状、置き方によるもので全国的に「カンカン石」と呼ばれる石は普通、讃岐石(サヌカイト)という石であるが、この石はいつの時代に誰がここに置いたかは明らかではないが、何百年も前からここに置かれていた事は確かのようである。くにさかいの「境界石」に使用されていたと言いう説が有力である。この石がはっきりと歴史に登場するのは約二百年前の江戸時代の中頃である。宝暦11年3月(1762)幕府の巡礼使がこの峠を通ると言うので銭瓶石から別府の赤松までの道路の掃除をすることで府内藩(大分)の農民と赤松村(幕府領)の農民が境界争いで大喧嘩をしているが、この争いを府内藩では「銭瓶石騒動」と呼んでいる。大きな石の上に小さな石ころが2個置いてあり試に叩いてみると成程カンカンと済んだ音がするネ、、。

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2014-03-18

[今日の話] 春本番か、、

 

 

天気予報では春一番が吹くか? との報道もあったが、ちっとも風が吹く気配が無い、日中の気温は21度くらいになると言いう。午後3時半、ウォーキングシューズに履き替えてウォーキングに出発。今日はどのコースにするかな!堤防コースにしよう、、。すぐ近くの小さな川の堤防を歩く、ここは今の時期は一面菜の花畑だ(写真)、花が満開で菜の花を摘む、と言う訳にはいかなくなったが、気のせいかプーンと良い匂いがしてくるようだネ、歩き始めるとすぐに汗ばんでくる、道路よりも高くなっているので車が突っ込んでくることも無い、15分ほどで堤防とお別れで国道197号線に出る、片側2車線で結構な交通量だが、広い歩道はキョロキョロしても安全だ、5分ほど歩くと1級河川の乙津川(おとず)に出る(写真)、橋を渡らないで今日は堤防へ、ここは車の進入禁止で安全だね、たまに会うのはウォーキングの高齢者(俺も他人の事は言えないけどさ、、)。堤防にはツクシ、タンポポ、名前は解らないが黄色、白、紫の小さい花がたくさん咲いている。こういうところを歩いていると実に気持ちが良い、河の対岸は桜の木が植えられているので来週あたりには開花するだろう、、25分くらいで下流の橋までたどり着く、ここから家に向かうか、気が向けばもう少し10分ほど堤防を歩くと次の橋にたどり着くが、今日はここから帰ろう、5分ほど歩いて家に着いた、1時間のウォーキングが終わった、いい汗をかいたねー!

 

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2014-03-17

[古い航海日誌 鶴邦丸] シンガポール、マラッカ海峡通過

南シナ海を航行中は多少の時化はあったが毎日じりじりと照りつける熱帯の天気だ。そんな中でも時々空が真っ黒になり急にスコールがやってくる、バケツをひっくっり返したような降りかただが10〜15分もすればおさまり又南洋の太陽がじりじりと照りつける。夜になりデッキから南の空を眺めると南十字星が高い位置に綺麗に見える、水平線から水平線まで360度、どこを向いても満天の星、洋上でしか味わえない眺めだろう。日本を出て8日目、本船はいよいよシンガポール海峡だ、夕方シンガポールの島影が見えてきた、夕食後甲板部、機関部にスタンバイがかかった。

早めに無線室へ行き通信長と当直を交代した。早速にシンガポールの海岸局、Singapore  Radio/9VG  の航行警報を受信する。大型船は、船名、トン数、ドラフト(喫水)積み荷、仕向け地、海峡の通過時間、速力、などを無線局に通報し、その資料を海岸局が航行警報として送信してくる。受信した航行警報をブリッジに持っていくと皆ピリピリしている、デッキに出てみるとシンガポールの夜景が綺麗だ、初めて眺めるシンガポールの夜景、感激したね、左舷に見える島影はスマトラ島だろうか、時々すれ違う大型船の赤、緑の航海灯が不気味だ、ずっとこの夜景を眺めていたいがそうもいかない、、。無線室で中波(500Khz)を聞いているとガリガリと空電がすごいね、思わずボリュームを下げたくなるが無事当直も終わった。そして一日で一番楽しいシャワーを浴びて一杯の時間、明日目が覚めればマラッカ海峡だろう、、、。

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2014-03-16

[hamさんの登山記] 大分100山 両子山登山

朝起きると天気予報通り晴れあがっている、しかも日中は暖かくなると言う、こりゃ家にじっとしておれないな! 急遽、国東半島の最高峰の両子山(ふたごさん)、720,6メーターに登る事にした。

 

 

カーナビをセットして10時前に家を出て、国道10号線を進むが空は雲一つない天気、日出から空港自動車道に入り、安岐ICで降りて県道を進む、しかーしだ!またしても過去の失敗の経験が生かされなかった。途中のコンビニによって昼のオニギリと水を調達する予定が走れども走れどもコンビニが無い、なるべく目的地に近いところのコンビニに寄ろうと思っていたが、と言うよりも面倒くさくて後回しにした結果だ。山は町の真ん中にはない、早くコンビニに寄ればよかったね、登山口は有名な両子寺(ふたごじ)だ、見物客、参拝客が来るところだ、自動販売機くらいは有るだろう、、。のどかな田園風景の中に両子山(写真)が見えてきた。家を出て1時間40分、登山口のある両子寺に到着した。

 

 

両子山の登山口は六郷満山 別格本山総持院両子寺の境内にある、広い駐車場に車を止めて入り口で拝観料200円を払い境内へ。登山コースは2コースある、お山巡り七不思議コースと頂上に無線の中継所があるが、関係車両が通る専用の舗装道がある。行きはお山巡り、帰りは舗装道に決めた。登山靴に履き替えて自販機で水、お茶を買い12:00出発した。途中多くの石仏などに手を合わせ両子寺奥の院を参拝し山道を進むが一般の参拝客が歩くような登山道ではない、登山道として良く整備はされていない、案内板なども少ないので登山道を見誤まらないよう注意が必要だ。途中七不思議の針の耳(写真)などを通り進むが途中よりきつい急登だ、前方に何やら動く物体が、何だ!近づくと同年配の登山客だ、私に先に行け、と言うがこっちもそんなに体力は無いが、結局先に歩くことに、虎ロープにつかまりきつい登りを登って行くと幅30メーターくらいに渡って木がなぎ倒されて山肌がむき出しになって登山道が無い、何だこりゃ!どうやら昨夜の震度5の地震で山崩れが起きたようだ、震源地にも近い、引き返すか現場を見ながら暫く考えた、落石もなさそうだ、コースを予め考えて先陣をきって登る事に、落石に注意し、倒木、岩に手をかけて、足場を決めて慎重に山崩れの現場を通過したが、精根も使い果たして、同年輩の登山者の通過を見届けて、今度は私は後をゆっくりと登る事にした。暫くで稜線のようなところに出た、左に鶴見岳、右に周防灘などが木々の間から見えてきた、頂上が近いな! 10分くらいで目の前に無線中継用の鉄塔が目に入った、登り始めて1時間35分、両子山(ふたごさん)頂(720,6m)に到着した。

 

 

頂上は(写真)ほぼ360度のパノラマだが、あいにく少しもやがかかった感じだが周防灘、姫島、別府湾、九重方面が望めた、きれいに視界があれば、遠く中国地方、四国、阿蘇なども見渡せるであろう。頂上には国交省、防衛省、警察庁と思われるマイクロ波の中継アンテナの鉄塔と、アマチュア無線のレピーター(430Mhz,1,2Ghz)用のアンテナがたっている。頂上に更に立派な展望台も建っていた。腹が減ったが昼食に食べるものも無いし、15分ほど景色を堪能し下山を始めた。帰りはジグザグの工事用道路を下る、舗装はしてあるがきつい下りだ、道路には杉の葉がたくさん落ちていて勾配がきつく滑りやすい。大体怪我は下りに多い、一般車は通れないので車が来ることは無い、足に負担がかからないように狭い道路をジグザグに下り40分ほどで両子寺に着いた。観光バスや参拝客が結構きている、ついでに見学してもと来た道を帰路についた。

 

 

★ あまりパッとした写真は無いが興味のある人は = こちら =

 

 

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2014-03-14

[今日の話] わたしのウォーキングの新兵器

 

 

 

今のところ、サンデー毎日のhamさん、運動不足が悩みの一つだ、運動をすればいいじゃないか、となるが、今のところ手術の後遺症がまだ完全ではなく過激な運動は無理でウォーキングくらいだ。新聞のチラシを見ていた妻が 痩せないのでこの靴を買って歩いてみるかなー、と言う、そんなのは食べる量を減らして運動をすりゃ痩せるよそれが出来ないから言ってんじゃない、最近は新聞、テレビの昼間の宣伝は健康食品、ダイエット食品、健康器具などでうんざりする。チラシを見ていた妻が2足買うと安くなるから一緒に買わないか と言いう、チラシにちょこっと目を通すと、アメリカで開発された、、、、、、いろいろと書いてあるようだが、これだけ大きなチラシで、開発した研究所などが書いてあるから、効果は別として、害にはならないだろう、いつも愛用している運動靴の裏が剥がれて先日もボンドで修理したところだ、そろそろ新しいのにしないとなー、と思っていたところだし、思い切って買う事にした。

 

 

10日ほど前に注文の靴が届いた(写真)、さっそく履いてウォーキングに出かけた、ちょっと初めは違和感があったが、数十メーターも歩くと、、、んっ、こりゃちょっと違うな!足のスネと言うか弁慶の泣きどころにくる、垂直に立ってつま先を上にあげた時と同じ感覚だ、又膝の少し上の部分にもくる、又靴裏の構造からしても、歩くと土踏まずを刺激する、それに軽くて思った以上に歩きやすい、内心、こりゃ今までの運動靴で歩くよりも3~4倍くらい歩いた効果が有りそうだな、、と思っていた、今日も午後からウォーキングに出かけたが、間もなく汗ばんできた、足も軽く前に出る感じ、こりゃ意外に効果があるかもね、。さっそく古いチラシを探して読んでみた。決して販売先の回し者でもないし宣伝するつもりはないが、発熱型ダイエットシューズ、燃焼素材と特殊ソールが全身に作用し、10分歩行でジョギング1時間分に相当する燃焼効果がある、又、運動効果は一般的なスニーカーの16倍になり、短時間でー500Kcalの効果がある、と書いてある。勿論個人差はあるだろうが四分の一の効果と考えても価値があるかな、と考えている。益々ウォーキングが楽しくなってきましたってー!

 

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2014-03-13

春休み、南紀の旅

正月を田舎で過ごし、短い冬休みが終わり学校が始まると間もなく後期の試験が始まる。試験が終わると短い試験休みが有る、もっとも単位を修得し追試験などが無い場合だが、、間もなく春休みだ。田舎に帰っても今の時期はアルバイトも無いだろうし未だ寒い日もある、同じ下宿の和歌山県串本出身のY君に、お前んとこに遊びに行ってもいいか、そのかわり夏休みに実習が終わったら俺んちにこいや!と言う事で南紀の旅をする事になった。同僚のT君、M君も一緒に行くことに。東京駅から紀伊勝浦行きの急行「那智」に乗車、勿論2等車だ、四人で向い合せに座り夜遅くまで喋りまくったね、、朝の8時過ぎに那智勝浦に着き、乗り換えて串本まで、そして有名な橋杭岩のすぐ近くにあるY君の家にお世話になった。

 ここは串本 向かいは 大島

    なかをとりもつ 巡航船  、、、、、

串本節でお馴染みの大島(写真)へみんなで渡り船着き場の前の食堂で食べたうどんの旨かったこと、3月と言うのに桜が満開でさすがは暖かい、、。

(写真の後ろ、海に一列に浮かぶ岩は有名な橋杭岩だ、)

 

 

Y君の地元だ、彼が高校の同級生に電話して、おい、車で迎えに来てくれや!色々と車で案内して頂き本州最南端の潮岬(写真)に出かけた、おー、ここが有名な潮岬か!ここには中波の海岸局/JSMがある。そして隣の捕鯨で有名な太地町へ出かけ、那智勝浦へも出かけ観光バスで熊野那智大社、有名な那智の滝などを廻った。Y君の家には3日間すっかりお世話になったが帰りは3人で又急行で東京に戻った、、、。

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2014-03-12

[パチリ と一枚] 南国、冬の昼下がり

南の国では、フェニックス、ヤシの木、の街路樹は珍しくもない、どこにでもある光景だが、雪国生まれの私が真冬にこの光景を見ると嬉しくなり、思わずシャッターをきりたくなる、、、

 

 

 

 

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2014-03-11

外から中が見える公衆トイレ

  

 

最近ご当地でちょっと話題になっている 「全国初の外から中が見える公衆トイレ」、家庭内のトイレであれば我慢が出来ない事もないが、公衆トイレとなればおだやかじゃない、法にふれる可能性も否定できない。外から見る人は おー、やってるやってる、、、! ですむが、なかで用を足す人はとてもじゃない、出るものも出なくなるネ、、。地元の商店街協同組合が街の活性化につながれば、、との思いから防犯を考慮した話題性のあるトイレ(写真)を公園に隣接する商店街に設置した。テレビなどでも紹介され話題をまいた。勿論、常に内部が外から見えるわけではない、人がトイレの中に入るとセンサーが働きガラスが曇り中が見えない、スモークトイレだ。  しかーしだ! 夜気分の悪くなった女性がトイレに入っていると、途中からガラスの曇りがとれてガラスが透明になり、中が見えてしまった、、、と通報があり関係者、設置業者などが調べると、中で35秒以上うごきが無いとスモークが切れてガラスが透明になる事があるとの事、スモークが切れる時間は長く設定できるそうだが、もともと防犯を優先したトイレ、、そのままで、注意書きの紙を貼ったと言う。普通はトイレの中で用を足す時はじっとしているんではないだろうかね、商店街の活性化には一役かったようには思うが、実用性はどうだろう、、近くに行ったついでに寄って用をたしてきたが、、、。

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2014-03-10

[豊後の名所・史跡] 天台宗 蓮華山富貴寺(ふきじ)

 

四季折々に美しく表情を変える、みほとけの里、多くの古刹の寺院が存在する国東。豊後高田市の六郷満山 天台宗蓮華山富貴寺に行ってきた。富貴寺は平安時代の養老二年(718)仁聞菩薩(にんもん)の開基と伝えられ、宇佐神宮大宮司の氏寺として開かれた由緒ある寺院です。中でも阿弥陀堂(富貴寺大堂)は、宇治平等院鳳凰堂、平泉中尊寺金色堂と並ぶ日本三阿弥陀堂のひとつに数えられています。現存する九州最古の木造建築物であり、昭和27年、国宝に指定されている、又阿弥陀如来坐像は大正7年に国宝に、昭和25年に重要文化財に指定されていて、まさに『仏の里くにさき』を代表する文化財です。

 

 

富貴寺大堂(写真)とその中に収められている本尊の阿弥陀如来像は970丈にも及ぶ一本の榧(かや)の巨木から、六郷満山寺院を開基したとされる仁聞(にんもん)菩薩の手によって造られたと伝えられています。大堂内は極楽浄土の世界を描いた壁画が施されておりますが、風化が激しいようです。他にも境内には僧侶が修行のときに使用したとされる、梵字が刻みつけられた仁聞石や鎌倉時代の笠塔婆、室町時代の国東塔等があり、かつての富貴寺の繁栄ぶりを偲ぶことができます。なお堂内の壁画保存の為、公開時間は08:30~16:30まで、又悪天候の場合は公開を停止しているようです。

 

六郷満山

国東半島には古代から、六郷満山と総称される天台宗の密教寺院が多く築かれ、大分県宇佐市の宇佐神宮を中心とする八幡信仰の影響を受けて神仏が習合した文化が栄えた。

国東六郷満山霊場は、六郷満山に数えられる寺院を中心に、国東半島に点在する33の寺院からなる霊場であり、宇佐神宮との密接な歴史的関係のため、霊場巡りは33ヶ寺に加えて宇佐神宮を巡ることになっている

 

 

 富貴寺スライドショーは     = こちら =

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2014-03-09

[今日の話] 世の中、狂ってるね、

最近は荷物持ちでよくスーパーに出かけるが、お菓子のコーナーで3~4歳くらいの男の子が大きな声で、ママ、チョコがほしい、、! 生まれて間もないような赤ちゃんが寝ているベビーカーを押した母親らしい30歳前半くらいの女性が男の子に近づき、しゃがんで、買ってあげるからチョコ一個だけだよ、、、小さな子供に言い聞かせている、よくある光景だ。スーパーを一回りしてレジの近くに来ると、パンがほしい!男の子の泣き声が聞こえる、振り向くと先ほどの男の子だ、ほー、僕パンがほしいのか! と声をかけると首を縦に振って、パンがほしい! 又大きな声で泣いている、たまりかねた母親だろう、レジに並んでいた先ほどの女性が、人差し指を口に当てて、しーっ!と言うしぐさをして戻ってきて、小さな男の子の手を引っ張って少し離れたところに行った、近くで品物を探す振りをして耳をすまして聞いていると、しゃがんで子供の両肩に手をあてて、さきほどママと約束したでしょう、、、、、優しく忍耐強く言い聞かせている、当り前のこととは言え、このような親ばかりであれば小さい子供の虐待なんて無いだろう、ましてや小さい子供に首輪を付けて窓枠に縛るなんて到底考えられない。子供の虐待なんてのは、父親がするのかと思ったら、母親も一緒に成って虐待をするのだから始末が悪い。もっとも片親だけでもまともであれば、止めもするだろう。もちろん昔は虐待なんて言葉は聞いたことが無い、最近は親が子供を殺したり、子供が親を殺したり日常ちゃわんごとだ、世の中、狂ってるね、、、。

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2014-03-08

[古い航海日誌 鶴邦丸] 南シナ海、次席通信士の一日

日本を出港して5日目、南シナ海のど真ん中をシンガポール向け航行中だ、三島型の本船は静かで乗船中であることを忘れてしまう、40名近い乗組員で船橋楼に居るのは、船長、1等航海士、2等航海士、3等航海士、通信長、次席通信士、3席通信士の7名だけで静まり返っている。目が覚めて時計を見ると9時過ぎだ、カーテンを開けて船外を覗くと晴れわたり外は暑そうだな。顔を洗い歯を磨き、着替えて、そろそろお茶の時間だな、無線室へ行くか、、無線室は1階上だ、おはようございます! それじゃお茶にしようか、通信長、三席さん、と3人でお茶だ、通信長はあまりコーヒーを好まないようだ、昔の人だねー、三席さんは初めての乗船で船と言うのは全く知らない、通信長に仕事以外でも、船での礼儀、しきたりなど、いろいろと指摘され指導されているようだ。1時間ほど無線室で肩を振り、部屋に戻りソファーにひっくり返り本を読む。11:30フライングパッセージを歩き船尾楼のメスルーム食堂まで食事に行く。12:00からワッチのセコンドオフィサー、セコンドエンジニアーと三人で昼食、部屋に戻るとボーイさんがベッドメイク、部屋掃除を済ませて部屋は綺麗になっている(写真)、10分前、さーて行くか!

 

11:50 有難うございました、交代します! はい、別にありません、じゃお願いしますね!通信長が無線室を出て行く、初めは三席さんも通信長と一緒に、「お願いします」と言って出て行った、、ん? 三席さん、ワッチは12時までなんだから、あんたは12時までいなきゃダメだよ!ちょっと先輩風をふかせて注意してやった。この航路でシンガポールまでは時差も少なく日本との通信は昼間は16Mhz、22Mhzで容易にできる、当直中は500Khzの聴守、長崎無線局/JOS、銚子無線局/JCSの一括呼び出しの聴守、天気図の受信、新聞、航行警報などの受信、電報、気象通報などの送受信、そしてログブック(業務日誌)に記入、などが主な仕事だ、、

 

さーてと、休憩するかネ、、一人でコーヒーを入れてセブンスターを喫って一服する(写真)、もちろん休憩中でも500Khz聴守,無線局の一括呼び出し、FAXの受信などがあり、時計、時間は常に頭においておかなければいけない、時間も船内時間、日本時間/JST、世界時間/GMTを使うわけだ。今日は電波法で定められている救命艇用携帯送受信機の試験をする日だ、デッキに出てホイップアンテナを延ばし、ハンドルを廻し発電し各部の動作状況を確認し、結果を英語でログブックに記入する。

4時に当直が終わり又通信長、三席さんと交代し4:30から夕食に又フライングパッセージを100メーターほど歩いてメスルーム食堂まで行く。

夕食後は今のように洋上ではテレビも見れないし、パソコンも無い、レクレーションルームへ行って古いビデオを見るんだがそれも数日で観終わってしまう、未だマージャンの知らないhamさん、部屋に戻りベッドにひっくり返り本を読む。

8時より夜の当直が始まる、7:50無線室に行き通信長、三席さんと交代する、夜の当直はほとんど無線室に尋ねてくる乗組員はいない、日本との通信は12Mhz,8Mhzで容易に出来る。そして12時前にオートアラーム(警急自動受信機)の動作試験をして結果をログブックに記入、Tested auto alarm in good condition and then commenced watch on auto alarm at 16XXgmt  当直が終わった、、、。

 

夜中の零時に当直が終わり、部屋に戻り素っ裸になり腰にバスタオルを巻いてバスルームへ、3日に一度洗濯をするが洗濯機を回して湯船にどっぷり浸かる、湯船は海水風呂だがシャワーを浴びて部屋に戻り、パントリーの冷蔵庫に冷やしてある缶ビールを2缶、簡単なオツマミで乾杯といく、一日でこの時間が一番幸せだ、ビールを飲みながら時々、柄にもなく日記をつける、、1時半か2時頃にはベッドに入り本を読むんだが、知らないうちに寝ているね、、、。

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2014-03-07

[hamさんの登山記] 大分百名山、高崎山登山

 

毎日少しづつウオーキングをしてはいるんだが未だとても山に登る状態じゃないだろう、初夏の久住連山のミヤマキリシマの時期までにはなんとか間に合わせたいと思っている。退院して一番初めの山はお猿で有名な高崎山(628,4メーター)と決めていた。いくつかの登山ルートは有るが、今回は自分の体力の回復などを試すのが目的で一番みじかい距離のルートを選んだ。駐車場から50分くらいで登れるようなんで距離的には問題ないんだが、山登りは平地を歩くのとは違う、病み上がりの体力を試すにはちょうど良い、と言う訳で狭間町(由布市)方向に向かった。途中コンビニでオニギリと水を買って走っていると鶴見岳、豊後富士と呼ばれる由布岳(写真右、鶴見岳、左、由布岳)が綺麗な姿を見せている。県道51号線から林道に入ると狭いが比較的良い道だ、しかし対向車が来たらおわりだな、、20台近くは止められるだろうか、駐車場に着くと1台もいない、こりゃ今日は高崎山登山は貸切だな!

 

 

登り始めると登山道は広く良く整備されている。緩い登りを歩き始めて後ろを見ると遠く久住連山が見渡せる、駐車場には我が愛車が一台(写真)ずっと左方向が阿蘇の方向だ。運が良ければ高崎山の猿に会うかもしれないが、この辺にいる猿はグループから仲間はずれにされたか、団体行動が出来ない落ちこぼれの猿だろう、景色を眺めながら、ゆっくりゆっくり登って行く、途中木陰から別府湾、大分市街が綺麗に見渡せる、やっぱり山は良いねー!

 

山登りと言うほどの山ではないが、昨年8月の白馬岳(2,932メーター)に登ったとき以来だ。予定では白馬岳の後、浅間山、赤城山、巻機山、越後駒ヶ岳、火打山、、などを考えていたんだが、健康診断で身体の異常を指摘され全て取りやめ、今回が7か月振りの山登りだ。登り始めて約45分、高崎山(628,4m)の頂上だ(写真)。見通しは悪いが木立の隙間から別府湾、久住連山が見える。頂上にはその昔、豊後一の山城、高崎山城が有ったところ、さすがに広い。広い頂上は貸し切りだ、途中コンビニで買ったオニギリを食べて30分くらいで下山を始めた。

 

 

帰りは県道51号線を別府に抜けて帰る事にし、別府に向かうと途中、青い別府湾に別府市街が綺麗だ(写真)、思わず車を止めてパチリ、、山登りの試運転は、まずまずだったな、脚を鍛えてこの次は鶴見岳だが今日のようなわけにはいかないだろう、そして由布岳と続く、、、。

 

 

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2014-03-05

ウォーキング

退院して1か月が過ぎ、体力つくりも本格化してきた、ストレッチ、スクワット、晴れた日のウォーキング、と言っても、まーほとんど晴れているが、好きなコースの中で堤防を歩くコースがあるんだが、堤防に植えてあるスイセンと菜の花が満開で楽しませてくれる。菜の花はよく見ると摘んであるところが結構ある、私もついでに新芽のところを摘んできて菜の花のオシタシにして食べたが美味しいネ、、ツクシもだいぶ顔を出している、今度はこれも摘んで帰り油炒めかね、197号線を歩いていると桜の木を見たが3分咲きくらいに咲いていた、コース上の堤防でずっと桜並木になっている所もあるが後2~3週間もすれば、こちらの桜も満開となり見事だろう。益々ウォーキングが楽しくなるね、、、。

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2014-03-04

新しい下宿と冬休みのアルバイト

新しい下宿に引っ越してからは毎日が楽しい、二階には仲間がいるし夜はいつも彼の部屋に行き一緒に勉強をしたり、もう一人の高校生の下宿人のK君も含めてお茶飲みをしたり、名前の由来はわからないが、あだ名はボーと言う、将来は医者になると言う事で三重県から出てきて東京の高校に通い、東大生の家庭教師をつけて勉強していた、よくお茶のみに誘うと、勉強しているんだからあまり誘わないで下さいよ、皆さんとは違うんだから!と言っていたが、医者にはならず、ならずと言うよりも成れなかったような気がするが、今は郷里に帰り実家の家業を継いでいると言う。当時は母親が2~3か月に一度、三重から夜行電車で訪ねて来ておられた。数年前に40数年ぶりにすっかり変わった大田区千鳥町の下宿を懐かしく訪ねたが、、、。

 

冬休みになり田舎に帰る事にした、上野駅からいつもの急行”白山号”で高田駅に降りるともう初雪が降ったんだろう、道路の端には雪が有る。バスに乗り途中から40分ほど歩き夏休み以来4か月ぶりの我が家だ。夕飯の時に親父が、夏休みにアルバイトした会社から先日電話が有って冬休みに帰ったら又アルバイトを頼むと言ってきたがどうする、、、! 夏休みにお世話になった時、社長が卒業したらぜひうちの会社に来ないかと言っていた、内心、とんでもねー、下手をしたら娘の婿にさせられる可能性がある、別にあてもないが、今回は他のアルバイトを探すよ!翌日、ふと思い出し地元の老舗の百貨店に電話をしてみると、年末年始の間アルバイトで採用してもよいとの返事で翌日から行くことになった。高田駅前の本町5丁目の十字路にある新潟県内で最も古い百貨店だ、いずも屋百貨店、田舎では東京の三越、高島屋のようなネームバリューがある。仕事は雑用で倉庫から品出しの手伝いをしていたが翌日、店が忙しいのでちょっと手伝って、と言う事で1階の贈答品売り場へ、お歳暮、新年の御年始などの買い物で大忙しだ、そのうちに売り場の責任者が、○○君、おまん(貴方)客扱いがうんまえね(上手だね)、明日からこっちの売り場へ来てくんなえ(来てください)との事、、包装なんかは女性店員さんがやっているのを見ていれば直に覚える、お客さんが買われた商品を包装して、のしがみに書くお名前を聞いて名前書き専門のオジサンに頼むわけだ、確か、打ち出の小づちの中にカタカナでと書いたマークにいずも屋と入った淡いピンク色の包装紙だった記憶があるが、。

 

いずも屋百貨店

高田(現上越市)の駅前十字路にあり県内では最も古い百貨店で、田舎では東京の三越、高島屋と同じくらいのネームバリューがある老舗の百貨店だ。その後、向かえに長崎屋が出来、翌年に同じ本町に大和デパートがオープンし商売が激化し、その後ジャスコ(現イオン)と業務提携し営業していたが、ジャスコが新しい商業施設に移転する事になりいずも屋の名前は消えた。

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2014-03-03

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 仰げば尊し ♪

3月に入り、あちこちの学校で卒業式を迎え、新たな学校へ、社会人へと巣立っている。卒業式と言うと私は ♪蛍の光♪ ♪仰げば尊し♪ を思い出すが、私は卒業式で歌ったのは「蛍の光」だけだ、寒い木造の運動場で歌の意味も解らず音楽の先生の指導で「蛍の光」の練習をさせられた記憶がある。しかし今は卒業式で「蛍の光」「仰げば尊し」を歌う学校はほとんど少ないと言う。歌詞の言葉が難しい、歌詞の一部が民主的でない、などなどの理由のようである。今は「旅立ちの日に」 「贈る言葉」 「さくら」 などが歌われているようだ。しかしかって日本の植民地であった、台湾では今もこの曲「仰げば尊し」が卒業式の歌として定着しているようである。

 

私はこの曲は作詞者、作曲者不明のスコットランド民謡と思っていたが、最近になり作詞者はアメリカのティシモー・H・ブロスナン(T・H・Brosnan)であることが判明し、作曲者はH・N・Dとしか判明していないが女性であると推測されている、曲名もズバリ Song for the close of school となっていて、まさしく卒業式の歌だ、、、。

 

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2014-03-02

[豊後ぶらり旅] 四浦半島の河津桜が見ごろ

 

大分県南部、臼杵市から宮崎県境までは美しいリアス式の海岸線が続く、津久見市から豊後水道に突き出た四浦(ようら)半島の河津桜が見ごろと言いうことで行ってきた。

 

 

平成17年より四浦半島の住民の人たちが中心となり、地域の沿道に河津桜の苗木を植栽し、毎年少しづつ植栽を続け、地区の人達の粘り強い努力により善意の苗木が贈られるようになり、現在は3600本を超す河津桜が見ごろを迎えている。桜の木は未だ小ぶりだが、10年もすれば見事な桜の名所となるであろう。気温が上がり、晴れあがった日曜日の今日は、県外からの見物客を乗せた観光バスも来て、たくさんの人が桜を楽しんでいた。津久見湾の青い海の色に河津桜のピンクの色が映え一層美しさを増していた。

 

 

昭和30年(1955)飯田勝美が静岡県賀茂郡河津町で原木を発見したのが名前の由来である。日本のオオシマ桜とカンヒ桜の自然交雑種と推定されてい。河津桜の花は下を向いて咲く、、と言う話を聞いたことが有るんだが、なるほど、ほとんどの花は下を向いているが(写真)、他の桜はどうだろうか、、気にもしなかったが、、、。

 

 

 四浦半島 河津桜スライドショー     = こちら =

 

 

 

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2014-03-01

[今日の話] 腕時計との別れ

私の左手首で20年近くの間、行動を共にしてくれた腕時計SEIKO DOLCE「セイコードルチェ」 (写真)、遂に任務を終える時期がきたようだ。私は昔から腕時計を手から外すのは風呂に入る時だけ、、今の時代、時計なんてのは何処にでもあるから時間はそこそこに解る、腕時計をみて時間を確認するのは一日何回あるだろうしかし腕についていないと不安なんだなー、朝布団の中で目が覚めると必ず腕時計を見る、んー、おかしいなー、遂に頭がおかしくなったかー、、??、頭じゃない、時計がおかしいんだ、止っている。時計屋さんから1年半くらい経つと、「そろそろ時計の電池交換の時期です、、、」と葉書が来る、しかしそれから半年くらいは十分動くので止るまで使っている、そー言えば随分前に葉書が来ていたような気がするな! もう一個の電池切れで動かないΩ(オメガ)の時計を持って時計屋さんへ、、、お客さん、セイコーのドルチェはもう寿命ですね、だいぶ錆も出ています、修理に出すとメーカーに送り分解掃除と部品交換などで、1~2か月かかり費用も数万円はかかると思います!との事だ。数年前より登山に行って汗をかき時々文字盤の中が汗で曇っている事が数回あり1~2度止ったことがあったが、又針を動かすと動き始め正確に時を刻んでくれた、年数がたち防水性も悪くなってきていた。数年前に仕事場の担当のタクシーの中と思うが無くして目の色を変えて探したが見つからなかったが、1週間後あれほど探しても見つからなかったタクシーの中から出てきた。それだけに愛着もあり直には諦めきれなかった、、もう一度修理に出すか、とも思ったが年金生活じゃ諦める事にした。今も机の引き出しの中で静かに眠っている、手に取ってみると、いろいろ昔の事が思い出される、おまえも俺と一緒に長いあいだ頑張ってくれたなー、、! 

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名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る我が人生、






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