hamさんのひとり言。

昔の話と今の話。

[癌ばる日記] やったネ、退院きまる、

2014-01-31

つい先日正月の雑煮を食べたと思ったら、一月も今日で終わり、14日に入院してもう17日になる、早いねー!数日前に主治医の先生が廻診の時に、自分に自信が付いたら退院は何時でも良いですよ、との言葉を頂いていた、あとは時間が解決してくれるはずだ、、入院している病棟は内蔵系だと思うんだが、入院患者は比較的に高齢者が多い、ほとんどが点滴スタンドを引っ張ったり車いすで廊下を歩いている。私も初めは身体から管を三本だして、腕には点滴が入り、スタンドを押して、顔をしかめて、ヨタヨタと歩いていたんだが、今はシャキッとしている、入院着を着ているので入院患者と解るが、他の入院患者から見れば、あの人、どこが悪いんだろね? と思っているに違いない。同室の入院患者も退院したり、入院したりでしょっちゅう顔ぶれが変わるが、今は私が最古参だ、しかーしだ! 歳は私が一番若いので為念、、、夕方先生が回ってこられた時に、先生、退院の件ですが、! あー、良いですよ、何時にしますか?と言う事で月曜日に退院が決まった。

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[街中で見かけた話題、光景] 大分と言う処

2014-01-30

こちら大分に来てもうじき3か月になる、正直なところ、えッ、未だ三ヶ月! と言う感じだ、もう半年くらい住んでいるような気がする、、、一言で言って、住みやすいところだね、地元の人は今日は寒いねー、と言うが雪国から来た者から言わせると、はー、今日は暖かいですよ、と言う感じだ。寒いと言っても日中に成れば陽が差し10度くらいにはなる。同じ九州でも大分市は瀬戸内海の気候に似ていて温暖で過ごしやすい、今日は16~7度はあるだろう。地方の都市にしては高層マンションが多いように感じる。これは大分県の人口の半数近くが大分市近隣に集まっているが、比較的山間地が多く海岸線に迫っていて宅地の確保がし難いところにあるんではないだろうか。これを裏付けるように、大分県は日本一、道路のトンネルが多い県だそうだ、なるほど山が多く、海岸線に迫り、リアス式海岸もあり、それだけに自然が豊かであることにつながる。

市内を歩いていると鶏のから揚げ屋の多いのに気付くであろう、いたるところに、から揚げ専門店がある。大分県は鶏肉の消費量は日本一だそうだ。 NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」でお馴染みの中津市は日本の「から揚げの聖地」から揚げ発祥の地と言われている。 (写真は大分県旗)

 

 

食品で圧倒的なシェアーを占めるのはカボス(写真)だ。全国の生産量の97%を占める。2位は愛媛県、昭和40年頃、県が生産を奨励したのが始まりのようだカボスの果汁は酸味に富んでおり独特の香りがあり刺身や焼き魚などの薬味として、又鍋料理のポン酢、酢の物などの料理に幅広く使われる。あまり知られていないが干しシイタケの生産量も日本一だ、2位は宮崎県。

佐賀関沖の豊予海峡で漁獲される、関サバ、関アジ、は全国的に有名だが、太刀魚の漁獲量は日本一だ。なるほどスーパーに行くと魚は種類、量ともに豊富だね、、、意外だが大分県民はスナック菓子の一世帯当たりの購入金額は全国一だそうだ。同じ九州にあって大分県の男子は「九州男児」という自覚は無いんだそうだ、勿論個人差はあると思うがね、、「日本一、夫が家事をしない県」も大分県。新潟県人の私から見る大分県は昔から遠い国、、、 「すべってころんで大分県」くらいしか知らなかったが、意外性のある面白い県なんだねー、、、。

 

 

 

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[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 新潟ブルース ♪ 黒沢明とロスプリモス

2014-01-28

病室の六階の窓からは大分市の歓楽街、都町の灯りが見える、、当時はちょっと大きな町の歓楽街にはキャバレーと言うのがあった。長い航海から帰り日本の港に入ると夜はビシッとスーツを着て、一目散にキャバレーに走った。故郷の今や日本海側最大の都市の新潟市、信濃川にかかる萬代橋の近く、信濃川沿いにキャバレー香港があった。エスカレーターで登り入り口を入るとボーイさんが席に案内してくれた。ホールのまん中には一段高くなったステージがある。少しずつ段になっていて、どのボックス席からもステージが見えるようになっている。やがてウエートレスがやってくる、人気のあるウエートレスは指名が入るといなくなる、又代わりの違ったウエートレスがやってくる、長い時間、席にいてくれるウエートレスは人気のないもてない女性だ、、ちょうど当時人気のあった歌手の西川峰子がステージで歌っていた。しかし、こうしたキャバレーもいつの頃からか見なくなった、、さびしいねー!地方の歓楽街の灯りを見ると新潟の歓楽街、古町、そしてキャバレー香港、美川憲一の新潟ブルース、を思い出す、、、美川憲一の新潟ブルースは見つからなかったので、黒沢明とロスプリモスで、、、。

 

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[癌ばる日記] 退屈な毎日、色々と感じる事

2014-01-27

こちらの病院に入院して明日で二週間になる。外泊許可もでて一晩だが自宅に戻り久し振りにゆっくりした、夕食は好物の寿司に刺身に、そして久し振りにビールを頂いた。こんなに長い間アルコールを口にしなかったのはちょっと記憶にないね、、夕方には又病院に戻り退屈な時間を過ごしている。もっとも入院中はむしろ退屈しているのが良いのかもしれない、ベッドに寝たきりでフーフー言っているのも辛いだろう。入院患者もいろいろだネ、高齢な患者さん、変な話だが、まーオナラをぷーぷー、私は病人だし、ここは病院だ、ある程度は仕方のない事だと思うんだが、遠慮をする様子もなく大きなのを何発もはじめる、数えきれない回数だ、自分の家ならともかく、同室には他の患者さんもいるんだがね、体調の都合でしょっちゅうオナラがでるのなら同室の人に一言かけておけば良いと思うんだがね、看護師さんに、売店で新聞を買ってくるように命令口調だ、十分に動けるんだから自分で買ってきたらどうかね、、と言ってやりたい。俺はこの病院に入院してやっているんだ、、と言わんばかりの口調、もっとも最近は患者さんが医療機関を選ぶ時代だがね

まだ若い患者さん、どこが悪いのか知らないが看護師さんが、これ○○CC何回かに分けても良いから飲んでくださいね!と言っても、ちっとも飲まないようだし毎回そうだ、 ○○さん、これ飲んでもらわないと、私帰れないんだけど、解ってるのか解っていないのか小さな声で、 んー! こっちがイライラしてくる、ベッドから飛び出して行って頭を一つ、こつーん、といきたいね。○○時から採血しますからね、、と言ってもその時間に看護師さんが来てもベッドにはいない、、、どうなってんだろうね、!それでも嫌な顔もせず、仕事とは言え感心する、、、。

ドクター、朝八時過ぎには廻診に病室に回ってこられる、そして九時から沢山の外来の患者さんを昼過ぎまで診察して午後からは手術などがあるようだ、そして夕方には又病室を廻って来られる、遅い時は六時過ぎだ、病院の先生も大変だね、、、。

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[第2の人生] 新しい下宿

2014-01-26

四畳半ひと間での下宿生活が始まった。一階が大家さんが住み、二階の数部屋がアパートとなっている。アパートと言っても間貸しだな、共同トイレに共同台所、私は一階の四畳半だ、トイレは大家さんと共同、周りは住宅街で静かだし環境は良いんだが、それだけに下宿人としてはイマイチ不自由だ、銭と、食堂は駅近くまで行かないと無いし、駅まで歩いて20分近くかかる。何よりも私にとって気になったことはトイレが大家さんと共同で使うと言う事と、大家さんのテレビの音が聞こえる事だ。と言う事はこちらの音も聞こえる事になる、私はテレビなどは持っていないし迷惑をかける事はないんだが、数年前から柄にもなくクラシックギターをやっている、習っているわけではなく我流だが、色々な楽譜も買い、自分なりにはかなりの腕前になっていたと思うんだが、、、しかーしだ! なにか落ち着かないんだなー、、思うようにギターも弾けない、今のように不動産屋に行って探す訳ではないので特別にお金がかかるわけではない、今度は急がず、じっくりと別の下宿を探そう、と言う事で、同級生で下宿している仲間に色々と尋ねて情報収集をしてみることにした。

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[癌ばる日記] 外泊許可が出たね、

2014-01-25

昨日の早朝に採血があった、あさの廻診で主治医から、夕方、手術の結果、今後の予定など詳しく説明しましょう、家族の方でもなんでしたら呼んでおいて下さい、、、との事で、夕方、妻に来てもらった。

術後の経過は良好のようである、全摘し詳しく調べた結果、当初の癌の場所以外にも内部に数ヶ所、ごく小さな初期の癌が見つかった、このようなことからして、今回の私の全摘手術は正解であったようだ。数日前に入院された同室の方も私と同じ癌だが、私よりもちょっと高齢だが、手術を望んだんだが体力的にリスクが大きく手術をしないで放射線治療だと言う。毎日治療の為、通院するのが大変なため入院されたようだ。先生より思いがけず外泊の許可も出た、今朝になり同室の一人は土日は治療が無いので家に帰ると言うし、もう一人は朝退院する、俺よりも遅く入院し早く退院か、、私も朝になり外泊届をだして外泊する事にした。妻に電話をして迎えに来てもらい、11日ぶりに我が家へ帰った。やっぱり我が家は落ち着くわ!今晩は久しぶりにビールといきたいね、、入院中は勿論アルコールは飲めないが不思議と飲みたくはなかったねー、しかし明日の夕方までには病院に戻らないといけない、来月いっぱい静養して体力をつけて3月より現役復帰と考えていたが、現実はそーは甘くないようだ、完全復帰の身体に戻るにはもう暫く時間がかかりそうだネ、、、。

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[癌ばる日記] 順調に回復

2014-01-22

手術が終わって今日でちょうど一週間が過ぎた。お陰さまで術後は順調で朝の廻診でカテーテルが外されてすっきりしたね、、抜糸もして、今日から傷口をあまりこすらないようにして、シャワーを使ってもOKとの事で、午後より洗髪して、八日ぶりにシャワーを浴びてスッキリしたね。特別になにもする事がないし、ただぼんやりと、テレビ、ラジオ、パソコン、本、、それでも一人前に時間が経てば腹が減る、朝6時、昼12時、夕方6時の食事、決して立派な食事とは言えない病院食だが楽しみだネ、、同室には私を含めて三人入院されているが昨日の午前中に一人退院された、おー少しは静かになるなー、、と思ったのもつかの間、直に二人入院されてこられて四人満室となった。夜中は看護士さんが来られたり、他人のイビキで(俺も他人の事は言えないけどさ)なかなか熟睡できないね、、山登りでヒュッテなどに泊まるときの耳栓を持ってこえばよかったかなー、と言いうことで順調に回復しているようだし、もう少しの辛抱だな、、、。

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[仲良し、ちびっ子二人] なかよしちびっこ

2014-01-21

入院して一週間になるがそろそろ退屈になってきた。

孫のちびっ子二人はどーしているかなー!

病室からではちょっとSkypeと言うわけにもいかないし、

写真を眺めているだけ、、、

 

 

 

こちらに引っ越す前、最後に新潟の家に遊びに来た時(昨年の10月)

の写真だ、最近は写真を撮ると言うと自分から勝手にポーズをとる、、

女の子だねー!

 

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[古い航海日誌 剛邦丸] 鶴邦丸、乗船きまる

2014-01-20

横浜で剛邦丸を下船して田舎には帰らず真っ直ぐ母校に行き、青雲寮から研究室に通い色々と手伝いをしてきたが会社より正式に乗船命令がきた。予定通り山口県の徳山市からタンカーの鶴邦丸に乗船だ。久し振りに恩師や後輩たちに会い、学校のすぐ近くにある喫茶店のスパゲテイーナポリタンを食べ、○○屋の弁当を食べ、○○のソバを食べたが懐かしい味だ、、、。 しかし数年前に上京した折に懐かしく母校を訪ねたが、すっかり変わり果て、喫茶店の跡は母校の校門あたりに変わり、ソバ屋、弁当屋、のすがたは確認できなかった。そりゃー40年も経てば変わるわなー、、、乗船まで未だ数日あるので久し振りに新潟に帰る事にした。田舎へのお土産に今回は奮発して虎屋の羊羹を買った。もう親のすねかじりではない、上野駅からは定番の急行 白山ではなく今回は特急 白鳥にした、勿論一等車ではなく二等車だけどさ、やっぱり煙の出ないのは良いね、田舎は未だ電化されてはいないので気動車だ、高田までの停車駅も少なく時間が少し早い、おー、食堂車が連結されているで、、、 田舎では久し振りにのーんびりと過ごした。

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[癌ばる日記] まったりとした日々

2014-01-19

なにもしないでただ寝ているだけでも月日は経っていく、、入院して5日が過ぎた、昨日の朝の廻診で腹から出ていた管が一本外され残りは一本になった、主治医の先生が、順調ですよ!まだ下腹部に力を入れると激痛が走る、咳をしたり笑ったりすると痛いね、風邪もひいていないのにたまに咳が出る、我慢して大きな咳になるとたまらなく痛い、多少体力が落ちているだろう、こんな時に風邪でもひいたら大変だ。テレビを見るか寝るか、たまにパソコンを覗くか、ラジオを聞くか、山の本を読むか、、これの繰り返しだ、昼間あまり寝ると夜、寝れなくなると困るし、なるべく昼間は寝ないようにしているがね、、テレビを見ても昼間は気に入った番組は無い、ベッドに横になり天井を眺めている、こんなゆっくりした時を過ごすのは過去に経験した事が無いような気がする、考えてみると中学校を卒業してから半世紀以上、突っ走ってきた、病室のベッドに寝て天井と話している、しかーしだ! こう言う生活は俺には向かないね、、早く元気になり又仕事でも初めて、そして好きな山登りをして、せっかく縁が有り九州の地に来たんだ、色々なところを訪ねてみたい。

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[癌ばる日記] 無事手術も終わり順調だ

2014-01-17

朝から点滴、浣腸など手術の準備が始まり食事も水も一切なし、午後1時過ぎからの予定と言うんだが、、だんだんと不安になってきたネ、午後になり手術着に着替えて待機、看護士さんから、○○さん、手術の時間が決まりました、1時40分から手術で35分にストレッチャーに乗り換えて部屋を出発しますからトイレに行っておいてくださいね!とうとう来る時が来たな、看護士長さんが名前と手術名を尋ねて、ストレッチャーに乗せられて手術室へ、入り口で看護士さんに名前、生年月日などを確認されて手術室へ。

男女数名の看護士さんと先生が、 ○○さん、生年月日と何の手術をするのか教えてください?内心、同じ事を何回も聞くなや、、と思うんだが、直に腰あたりに局部麻酔だと思うが注射、なにか管を通したらしい、点滴と一緒に全身麻酔を注射、、、、、、、、、、、、、、、、、、数秒で、眠くて眠くて、、、、、、、??????????

、、、、、、、?????????????

○○さーん、終わりましたよ、解りますか、 ?????少しづつ意識が戻ってきたようだ、うまくいきましたよ、順調に行って今5時です、予定より早く終わりました、、病棟の看護士さんが迎えに来てストレッチャーで家族と一緒に6階の病棟へ、今度は一人部屋だ。

口には酸素マスクを当てられて両手に点滴、胸には心電図だろうか、ペタペタとくっついて、指にも腕にも血圧測定だと思うがくっついて、両足の膝から下にもマッサージのような物が付けられて、簡単に言うとエコノミー症候群になるのを防ぐんだと、身体の中から管が3本も出ていて寝返りをしたくても動ける状態じゃない。看護士さんが、明日の昼ごろまでは飲み食いはダメですよ、それにしても口の中はカラカラに乾いて水を飲みたい事、。看護士さんが1時間おきに来られて血圧、体温測定、管に付いたオシッコ、出血している血液などをチェックいている、喉は乾くは、とても寝れる状態ではないネ、、、背中から入っている痛み止めが効いているようで、さほど痛みがないのがせめてもだ、、、。朝になり酸素マスクが外された、朝の廻診で先生が、おー元気だね、昨日手術した人とは思えないね!足に付けられたものと、心電図、指に付いたのが外され、やっと少し動けるようになった、夜中は腰が痛くて参ったね、昼からは飲み食いの許可も出た、歩いて下さいと言う事で看護士さんと一緒に病棟の廊下を歩く、食欲があり、こっそりとインターネットを覗く元気も出てきた。部屋の窓からは晴れあがった別府湾が見渡せ良い眺めだ、故郷ではおそらく雪だろうになー、、今朝の廻診が終わり一人部屋から四人部屋に移った。背中から体内に入っていた管が外された、1~2時間するとやはり痛みが出てきた、咳をしたり、笑ったり、起き上がったりする時はやっぱり痛いねー、今のところ順調のようだな、明日にはもう一本の出血した血を出す管が外される予定だ、うまくいけば今月一杯で退院できるか、、、そう願いたいね!       

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[癌ばる日記] 入院、手術前夜

2014-01-14

10時前に病院に入り前回の検査入院と同じ病棟の部屋に落ち着いた。寝間着に着替えて待機していると担当の看護士さんから今後の大体の入院の流れについて説明があり、その後病棟の看護士長さんが来られて簡単な説明、夕方から主治医の先生から手術の詳細の説明があるので家族の方を呼んでおいて、ってことで急遽電話して妻に来てもらう事に、昼前に明日の手術を担当すると言う男性の看護士さんが来られて色々と手術の説明があった。

今までは比較的簡単に考えていたが説明を聞くたびに段々と不安になってきましたでね、、!夕方より妻と長男が来院し担当医三人から手術の方法、合併症、手術によるリスクなど詳しく説明があった。正直なところ柄にもなく少し怖くなってきたのも事実だ、まー何例も経験したベテランのドクターだ、後はまな板の上の鯉だな、夕方最後の食事をして夜の12時からは飲み物もダメだと言う、明日の朝7時から手術に向けて点滴などの準備に入り1時過ぎから手術の予定だが、明日と明後日は辛い二日間になりそうだな、、、

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[今日の話] 入院準備完了

2014-01-13

以前より晩年は雪の降らない九州で残された人生を過ごそうと考えてはいたんだが、昨年の夏の健康診断で病院での再検査を指摘され、総合病院で検査の結果、思いもかけずに、かなり高い確率で癌の可能生を指摘された。さらに入院して精密な検査が必要との事で入院、通院などを想定し急遽引っ越してきた。こちらに引っ越して検査入院の結果、癌であることが判明したが、比較的に初期であること、悪性ではない事で一安心、治療法などいろいろ説明を聞きリスクもあるが全摘手術を選択した。手術に向けての色々な検査、輸血用の自己血貯血も数回行ないすべての準備が終了した。2~3週間の入院と聞いているが前回の検査入院で大体の要領は解っている、入院中の準備もすべて終わったし明日の入院を待つばかり。基本的に入院中はインターネットは部屋からは不可能であろうが、まーこっそりとやるでしょうね、!

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[豊後の名所・史跡] 豊後国分寺跡

2014-01-11

 

大分市国分地内、久大線の豊後国分駅からほど近い大分川左岸に、天平年間に各国に建立された国分寺跡があり(写真)国の史跡に指定されている。

発掘調査の結果、寺域は東西183メートル、南北300メートルといわれ、この中に中門、金堂、講堂、食堂(じきどう)が南北に並び、金堂の南西に七重塔が位置し大伽藍を有していた。七重塔は高さが推定60メーター余りと言われる巨大な塔であったと考えられ、全国に64ヵ寺ある国分寺の中でも三本の指に入ると言われている。現在は広大な敷地跡に史跡公園と大分歴史資料館が建てられ散策しながら歴史、学習などに親しめる場として整備されている。大分市歴史資料館には、豊後国分寺の七重塔の復元模型や豊後国分寺からの出土品などが展示されている。

国分寺(こくぶんじ)、国分尼寺(こくぶんにじ)は、天平13年(741)聖武天皇がその当時全国的にはやり病が多く発生したり、農作物の不作続きで人々が動揺していた時代であった、疫病神を取り除き人々のよりどころとし、平和な国にするのが狙いで各国に建立を命じた寺院である。正式名称は、国分寺が金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)、国分尼寺が法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)である。国分寺は僧20人をおき、国分尼寺は尼僧10人をおき、各国には国分寺と国分尼寺が一つずつ建立され、国府があるところか、その周辺に置かれた。多くの場合国庁とともにその国の最大の建築物であったと言われる。大和国(奈良県)の東大寺法華寺は総国分寺、総国分尼寺とされ、全国の国分寺、国分尼寺の総本山と位置づけられた。

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[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 越のおおはし ♪ 坂詰晴夫

2014-01-10

私の友人で新潟県長岡市在住の坂詰晴夫氏が近くを流れる信濃川にかかる 越のおおはし を題材に詩を書き歌っている曲です。

 

作詞: 坂詰晴夫      越のおおはし

作曲: 諏訪利行

 

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[豊後湯めぐり] 神崎温泉 天海の湯

2014-01-09

 

雨降りも昨日限りで、ちょっと風が強いが今日もまた綺麗に晴れあがっている、ちょっと温泉にでも云ってくるか!市内にも選ぶのに困るほど沢山の温泉施設があるんだが、やっぱり海の見える景色の良いところがいいなー、、と言う事で今回は西大分の 神崎温泉 天海の湯 (写真)に行ってきた。西大分の国道10号線から豊後一の宮、柞原八幡宮の方に(山側)曲がり日豊本線のガードをくぐり直に右折する、坂をどんどん上って行く、それも初めはかなりの登りだ、雪が無いからいいが、雪道では4WDでないとまず登れないね、、登りきり、暫くで右側に天海の湯が見えてくる。ちょうどラジオ局のアンテナが建っているところだ、、、

 

 

入り口を入り券売機で500円を払いフロントへ、横には簡単な売店もあるようだ、階段をおりて天然かけ流しの大浴場へ、オーシャンビューの風呂からは眼下に別府湾、別府市街、国東半島、大分市街、遠く四国の島影も望め、想像通りの展望だ、夜も綺麗な夜景が臨めると思うがね、浴室にはサウナもある、温泉は少しぬるめだが、お湯に浸かりゆっくりと景色を眺めるには少しぬるめが良いだろう、、外には、そうは広くはないが露天風呂がある、今日は冬型の気圧配置で季節風が強く早々に露天風呂は引き上げたが、風が無ければ最高だね、ただお湯に浸かると別府湾は見えなくなるのが残念だ。

フロントの奥にはいくつかの家族風呂、露天風呂付きの家族風呂もある、休憩室(写真)もオーシャンビューで眺めは素晴らしい。隣には信州のソバのみを石臼でひいたそば粉から作る天海ソバがある。この次は風呂上りにソバでも食べてみようかね、、。

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[第2の人生] 下宿の引っ越し

2014-01-08

下宿の娘さんとの気まずい事件から、下宿の小母さんの態度も明らかに違うし、一日も早く下宿を替わる決心をしたんだが、なかなか食事を提供してくれる下宿は見つからない。同じクラスの仲間が、今住んでいるアパート、アパートと言っても一階が大家さんで二階が貸し間になっているところらしいが、一階に一部屋、空いているところが有るらしいが聞いてあげる、、と言う事で聞いていただくと、OKとのこと、場所は渋谷区の祐天寺で、渋谷から東横線に乗り学芸大学で降りるんだと言う、とにかく一日も早く下宿を出たく、部屋も確認しないで直にお願いする事にした。下宿の小母さんには、寮に空きが出たので寮に移る、、と嘘をつき、急遽引っ越すことになった。引っ越しと言っても大した事はない、布団袋と愛用のギターと、段ボール2個でおわり、タクシーに積み込んで引っ越しが完了したネ、、。3年前の秋に思いもかけず同じ専攻の同窓会の案内が届き何年か振りに上京し一泊して翌日、四十数年振りに青春時代懐古の旅を思いつき当時の下宿、学校、寮、会社、などを廻ってみた、、、。

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[癌ばる日記] 二回目の自己血貯血

2014-01-07

今日は二回目の輸血用、自己血貯血に病院へ行ってきた、二回目なので要領は解っている、今日はあまり待たないでスッと行きたいね、、!受付を済ませてトイレに寄り中央処置室へ、間もなく看護婦さんに呼ばれて、それじゃ採血しますがこれにおしっこを採って、はッ、ここに寄る前にトイレに行ってきましたが、、もう出ませんか! そんなに出ません! 内心、そういえば一回目の時も採尿したわな、、採血をして、いろいろ検査し結果が出るまで1時間近くかかるので、その間に採尿をしてくれとの事で一安心。前回もかなり待たされたのはこの為なんだな~、、結局待つのは同じだ、30分ほど待って採尿をし担当科の外来受付へ、待つ事やく40分、名前が呼ばれて診察室へ、主治医の先生より、検査結果も異状が無いようで予定通り14日午前中に入院し15日に手術が正式に決まった。当日までに風邪などひかないようにし、しっかりと体力を付けておいてくださいね、、、! ドキッ、、、又中央処置室へ行き二回目の自己血採血だ、ベッドに寝て数分で終わったが例により30分ほどベッドで安静にして無事貯血が終わった。

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[街中で見かけた話題、光景] 別大国道ウォーキング

2014-01-06

 

今年のお正月はのんびりしすぎて、気が緩み体調を崩してしまった、多分風邪でしょうね、、おかげで3日から昨日まで3日間家で寝正月となった。やっと体調もある程度回復してきた感じ、もうじっとしておれない、午後から豊後一の宮の柞原八幡宮(写真)に参拝した。ここまで来てこのまま帰るのも芸が無いな~!天気も良いし別大国道を歩いてみよう、、

 

 

今回は国道10号線(別大国道)の三分の一くらいの地点の田ノ浦ビーチ(写真)まで車で行き、ここに車を置いて別府まで海岸線を歩くことにした。 以前からこのルートを景色を眺めながら歩きたいと思っていたんですよ、、田ノ浦ビーチは海岸線に沿って細長い公園と言うかビーチと言うか、夏小さな子供たちが水遊びをするには危なくないし最高でしょうネ、公園内にレストランなどもあるし、夏にでも孫たちが遊びに来たら是非連れて行ってやりたいところですね、今の時期でも公園内の歩道を歩いていると、犬の散歩に来ている人、ウォーキングの人など結構会うね、、、

 

 

長い田ノ浦ビーチを過ぎると広い歩道(写真)が、ずっと別府まで続いている、この歩道、自転車も通行可能だが足裏の絵が描いてあるところが人が歩くところ、自転車は自転車の絵を描いてはっきりと区分されているので危険が無く(但し規則通りに通行している場合だがね)有難い歩道だ。片側3車線の別大国道、九州でもっとも交通量の多いところらしいが、さすがだ、、片側は別府湾に面し山側は山が道路まで伸びていて、その間をぬって日豊本線が道路と平行に走っている。田ノ浦ビーチから間もなくで猿で有名な高崎山自然動物公園、マリン水族館、うみほたる、などの施設がある。

 

 

うみほたるを過ぎると歩道は多少狭くなるが、それでもまだ車が通れるくらいに広い歩道が続き、段々と別府市街が広く見渡せるようになる(写真)、亀川方面を眺めると沢山の湯煙が見える、そして別府の裏側に鶴見岳、由布岳が顔を見せてくる、別府湾、山並み、別府市街、大分市街、道路を行く車、などを眺めながら歩いていると飽きないね、田ノ浦ビーチの端から約4~50分くらいで別府市街の入り口に着く。ここからUターンして来た道を大分市方向に帰路に着くが、今度は逆で遠くに大分市街が見渡せる、海岸線に沿って大手企業の工場が連なっている、新日鐵住金のシーバースには10数万トンの鉄鉱石専用船が着桟して荷役中だ、沖には大型タンカーだろうか、鉱石専用船だろうか、1ぱい沖待ちしている、瀬戸内海航路の大型カーフェリーも着岸している、、そしてうみたまごを通り田ノ浦ビーチに戻ってきた。往復で約1時間40分くらいだ、大分市の市街外れから歩けば往復2時間ちょっとはかかるだろう。

今度は往路は山側の歩道をウォーキングに専念し、復路は海側の歩道を景色を眺めながらのんびりと歩くのが良いね、、、。

 

 写真に興味のある方は  = こちら =

 

 

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[古い航海日誌 剛邦丸] 青雲寮

2014-01-05

横浜の京浜港で油送船剛邦丸を下船し故郷の新潟には帰らずに学校に向かった。もう学生じゃないんだ、今度は先輩だわ!お世話になった先生に挨拶に研究室に行った、乗船するまで後輩たちの面倒を見てくれ、午後の俺の授業、お前が少し学生たちに話をしてくれ、と相変わらずだ。学生たちの前で乗船中の体験談などを話すと、学生たちの目は輝いている、俺も数年前まではこうだったなー乗船まで青雲寮(写真)でお世話になる事にした、寮と言えば聞いたところが良いんだが、東京の高級地、高輪の泉岳寺の横に位置する場所にはおおよそ不似合いな築4~50年は経っているであろう木造二階建ての一般の住宅を改造して寮に使っている。一階は8畳ほどの部屋がリビング兼食堂兼自習室だ、両側の押入れがカーテンで仕切られたベッド兼自室だね、プライバシーなんて気の利いたものは持ちあわせていない、二階はお客さん用、先輩用に使っている、ここで十名近い学生が交代で食事を作り、朝六時の総員起し、甲板掃除(掃除)、国旗掲揚、から消灯まで規則正しい寮生活を送っている。ここの寮生活を送った経験のある学生はひと味ちがうのは言うまでもない、卒業後、国家試験に合格し船会社に就職する時に、寮にいた学生を指定して採用する会社があったのも事実だ。卒業した先輩だ、甲板掃除や食事当番は無いが決してだらしのない生活は出来ない、6時の総員起こしには起きて学生達と一緒に食事をする、朝食はアルマイト(金属)の食器にご飯とみそ汁、それにせいぜい生卵か焼き海苔くらいだ。毎朝食事当番が寮長から食費を預かり買い出しから食事つくりまで担当する、少ない予算からなんとかやりくりをしなければいけない、行きつけの八百屋の大将が、今日は何を作るんだい、これ余ったから持ってけや、、、とよくタダで頂いたもんだ。勿論アルコールなんてもってのほか、、こんな中にも月に一回、誕生会と言いうのがある、誕生会と言ってもいわゆる飲み会だ、この時ばかりはおおいに飲むが回り近所に迷惑をかけるのは厳禁だ、、乗船までの2週間ほど青雲寮から学校までの通勤が始まった、、、。

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[今日の話] 平成26年、年頭にあたり

2014-01-02

晩秋になり、ばたばたと準備をして九州、大分の地にやってきた、そして私にとっての第四の人生がスタートした。太陽がふりそそぐ穏やかな、暖かい新年を迎えた、今日も雲一つなく真っ青に晴れあがり気温も15度くらいあったろう、、こんなに暖かい、のんびり過ごしている正月はあったろうか、、、。

今年は先ず身体の不具合を治すことから始まる、二月はゆっくり静養して体力をつける事に専念し三月は活動を始める準備にとりかかるだろう、そして四月からは又なにか仕事でも始めたいんだが、減価償却の終わった寿命の来ている私に出来る仕事はあるだろうか、世間はそんなに甘くはないだろうな、、、。

せっかく新しい地に来たんだし、時間を作りいろいろな地を回ってみたいと思う、そして折角「温泉県おおいた」に来たんだし色々な温泉も回ってみたいと思う、、、。

四年前より始めた山登り、まずお猿で有名な600メーターちょっとの高崎山から始めよう、そして鶴見岳、由布岳、夏にはミヤマキリシマが咲き誇る九重の山々に行きたいと思う、1~2年のうちに九州の百名山は何とか制覇したいと思うが果たして、、、。

と言う事でとうぶんはのんびり出来そうにないネ、、、

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[今日の話] 明けましておめでとうございます

2014-01-01

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血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた
激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る
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