2012-07-31

[今日の話] 連日の猛暑日

今年は例年になくこの地方は梅雨明けが早かった、入梅後も梅雨らしい天気は数日間だけ、今年はこちらに降る雨もみんな気の毒な事に一部地域、特に熊本、大分、福岡、に行ってしまった感じだ、大きな被害が出てしまった。昨年は紀伊半島方面に大きな被害をもたらした。近年は異常気象続きで、雨が降ればとんでもない降雨量を記録する、先日の九州地方の豪雨でもニュースで 1時間に100ミリを超す雨量とか、過去に経験した事のない雨量、、、、、とか、一般に1時間に1ミリ以下の雨で有れば傘なしでもOKと言われる、3ミリ以上になると舗装されていない道路で水溜りが出来ると言われる、これが70ミリ、80ミリ、100ミリと言う雨はどんな降り方か想像できない、、、、そして梅雨明けとなったら今度は猛暑だ、昔はこの地方は夏であれば連日31~2度くらい、暑いね、暑いね、、 と言っていたが近年は夏になれば31度2度は当たり前、35度前後が多い、35度を超す猛暑日と呼ばれる日も何日もある、この地方も昨年は38度を超す日もあった、今年も多分あるでしょうね、、、、、。最近は熱中症と言う病名が良く聞かれるが昔は無かったように思う、医学的には有ったのかもしれないが一般的には使われなかった、殆んどが日射病、熱射病だ、子供のころに夏、暑いのに外で遊んでいるとよく、日射病になるから帽子をかぶれ、、、、とよく言われた。炎天下でスポーツ、労働などによりたくさんの汗をかき、水分が足りなくなってしまう、いわゆる「脱水症状」だ、熱射病は室内でよく起こる、冬、暖房のよく効いた部屋で厚着をしたりすると身体の熱を十分に発散できなくなり熱が身体にこもってしまい体温に身体が対処出来なくなってしまう、又夏、部屋を閉め切った状態でいると同じような状態になる。夏の暑い時は、特に運動などをしている時は身体は高くなった体温を冷やすために沢山の汗をかく、当然この汗で失った水分の補給をしてやらないと熱中症、日射病になる訳だ、、、、。

 

何れにしても近年は異常気象だネ、、雨が降れば降ったでバカ降りするし、、暑くなればなったで、とんでもない暑さになるし、、雪が降れば降ったで大雪になるし、、風が吹けば吹いたでとんでもない様な大風が吹くし、、大きな地震が頻繁にくるし、、大きな竜巻が発生するし、竜巻なんてーのはアメリカの話と思ったがね、、、この地方は春夏秋冬(四季)がはっきりしていた、、しかーしだ! 最近は春と秋がかすれて来た様な気がする、春と秋が短くなり寒い冬が終わったら、いきなり夏へ、暑い夏が終わったら、いきなり冬へ、、、と言う感じだ。地球温暖化の影響でしょうね、、しかし、これは地球が勝手になった訳ではないような気がする、、みーんな人間が、人類がそーさせたのではないだろうか、、車が増えて排気ガスを出す、工場の煙突からは煙がたくさん出る、森林がどんどんなくなる、土がどんどんコンクリート、アスファルトで覆われる、世の中、便利になったツケが廻って来ているわけだ、、、、。

 

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2012-07-30

夏休みに入って、、

 

駅構内の待機場所から駅のアーケードを行く人々を眺めていると、学校が夏休みになり、あきらかに変化が表れている、小さな子供の手を引く親子ずれ、中学生、高校生、大学生の数人のグループ、電車が着いてタクシーに乗車する小さな子供ずれの親子の行き先は大体、水族博物館だ、お目当てはイルカショーだろう、中学生、高校生のグループの行き先は女の子の場合はAEON(イオン)のある大型ショッピングゾーンか海水浴場だな、リュックを背負った、ご年配のご夫婦も多い、多分のんびり史跡巡りだろうかネ、、、最近は組み立て式の自転車を持ってきて駅前で組み立て、さっそうと走って行くグループも多い、、、。

 

夏休みに入り、中学校、高等学校のいろいろな大会が目白押しだ、県内の高等学校のバスケットボールの大会、駅より大会の会場までジャンボタクシーでお供する、男子の高校生ともなるとこっちがからかわれる、、、運転手さんは、どんな子が好みですか? ときた、 へー、私はやっぱり日本的なぽっちゃり系が良いですネ、、、 やっぱりねー、、 マネージャーの女子学生を指さして、 こんなのはどー! ときた、すかさず女子学生、 いやー、やめて、キモイ、ときたね、、、参ったネ、、。

 

先週末は県内の中学校のテニスの大会があり県内の多くの中学校が集まったようだ、駅前の旅館から県北のある中学の女子生徒を会場までジャンボタクシーでお供した、、女子中学生となるとおとなしいもんだね、、引き続き郊外のある中学校まで迎えに行き男子のテニス部の生徒を会場までお供して、又夕方迎えに行き学校までお供した、車内で喋っている会話を聞いていても未だ幼さが残っている、こんな子供から最近問題になっている、いんしつなイジメなんて想像できないが、、、。

 

28日より ときめき高校総体 が始まった、我が故郷にも地方を勝ち抜いた高校生が全国から集合している。今朝も駅前の旅館から沖縄県から来た女子高生をジャンボタクシーで会場までお供して来た、お盆頃までは結構忙しそうだね、、、、。

 

 

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2012-07-29

[我が故郷] 稲田 諏訪神社と大ケヤキ

 

市内稲田1丁目、現在の稲田保育園の横に諏訪神社がありここに樹齢800年と言われる大ケヤキの木(写真)がある。かつては現在の保育園のある場所に市立新道中学校があった、hamさんの母校である、毎日の通学時、この諏訪神社の参道を通り学校に行った。休み時間にはたまにこの欅の下で遊んだり、教室の窓から先生の話も聞かずにケヤキの木を眺めた懐かしい思い出がある。昔は境内で盆踊り、草相撲(昔は土俵もあった)、子供たちの遊び場として地域の住民から親しまれていた。 このケヤキの大神木は樹齢800年と言われ幹周り9,3m 木の高さは25mにもおよび地元の人々に「お諏訪さんの大ケヤキ」と親しみをもって呼ばれています。約800年前の鎌倉時代、浄土真宗の開祖、親鸞聖人が布教の折にお手植えされたと伝えれれている。平成10年に 新日本名木100選 に選ばれ、平成14年 上越市文化財(天然記念物)に指定されている。

 

 

この大ケヤキ、長寿の一方で10年ほど前に菌の「コシキサルノコシカケ」の着生が確認され、又今年の大雪で大枝が2本折れ(写真)腐敗の加速が懸念され年々、大ケヤキの樹勢が衰えている、この様な現状を受け「大ケヤキ保存会」が発足し、地域のシンボルとして雄姿を次世代に引き継ぐため日々、大ケヤキの保存、手入れを行っている。隣の稲田小学校の児童も保存のための作業に協力し、大ケヤキとふれ合う中で、大切な自然を守る気持ちを学んでいると言う。

 

稲田諏訪神社は、鎌倉時代に信濃の諏訪付近の農民が、諏訪大社の「建御名方命」のご分霊をお招きして祀ったのが始まりと伝えられる。又神社付近を開田した事から現在につながる「稲田」の町名が付けられました。私が子供の頃の稲田は、1~3丁目まで商店が建ち並び賑やかな街並みであった。江戸時代、高田城が築城されてからは、高田の町の繁栄の為、直江津の関川にかかる橋が外され新潟方面からきた旅人も一旦、稲田を通り稲田橋を渡り(橋の西側に番所があった)高田を通り直江津に行った。稲田の町並みは当時の繁栄をうかがう事の出来る姿を今も残している。

 

 

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2012-07-28

[hamさんの日本の歌心の歌] 岡 晴夫 ♪ 憧れのハワイ航路 ♪

青春時代の夢は外国航路の船舶通信士、でも出来れば客船に乗りたいな、客船に乗ればハワイに寄る機会があるはずだ、、しかし客船に乗船する夢は叶わなかった。念願の船舶通信士になり北米航路の材木専用船に乗船した。冬の北太平洋の時化と言うのは想像を絶する、経験した者でないと解らないだろう。当直中に気象通報を受信していると当時の大阪商船三井船舶の南米航路の定期貨客船、 ”あるぜんちな丸” が本船よりも遥か南のハワイの近くを航行中だ、パナマ運河を通り南米のブラジル、アルゼンチンまで行くのだろう、、同じ南米航路の定期貨客船 ”ぶらじる丸” も同航路を運航している。日正丸に乗船時、アラスカのスキャグウェイからオーストラリアのタスマニア島のホバートへ向った時に丁度、ハワイの東方海上を通過した。 ハワイか、行ってみたいなー! デッキに出て海を眺めて、 はーれた空、そーよぐ風、、、、、、、 岡 晴夫の 憧れのハワイ航路 を口ずさんだもんだ、、あの甘い歌声が好きだねー!

 

 

  晴れた空 そよぐ風
  港 出船の ドラの音(ね)愉(たの)し
  別れテープを 笑顔で切れば
  希望はてない 遥かな潮路
  ああ 憧れの ハワイ航路

 

  波の背を バラ色に
  染めて真赤な 夕陽が沈む
  一人デッキで ウクレレ弾けば
  歌もなつかし あのアロハオエ
  ああ 憧れの ハワイ航路

 

  常夏の 黄金月(こがねづき)
  夜のキャビンの 小窓を照らす
  夢も通うよ あのホノルルの
  椰子の並木路 ホワイトホテル
  ああ 憧れの ハワイ航路

 

 

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2012-07-27

上越祭り&東洋一のハス祭り

7月23日より幕を開けた第33回の上越祭り、昨夜は関川上流の高田地区、稲田橋上流から船に乗った御神輿が川を下り直江津地区、荒川橋下流で集まった各町内19台の屋台、太鼓、笛、花火に迎えられ舞台は直江津に移された、仕事で市内を走っているといたるところで町内を廻る、ピーヒャラ、ピーヒャラ、ドンドン、屋台に出会った。昨夜の花火も天候に恵まれて沢山の人が出たようだ。明日は大民謡流しが行われる、今のところ天候も良いようだし今年の上越祭りは天候に恵まれ盛り上がっている、、、、。

 

 祇園祭の歴史は上越市の直江津地区(旧直江津市)が越後国府(今の県庁所在地)又は府中と呼ばれていた時代にまでさかのぼるが正確な記録は残っていないと言う。直江津は江戸時代の頃は、今町、又は直江津今町と呼ばれていた。祇園の神輿の出る「八坂神社」は昔は「今町祇園社」と呼ばれ大変歴史のある神社である。天平年間(729~749)に当時の聖武天皇が国ごとに国分寺、国分尼寺を建立したが(越後は直江津)この国分寺のある地にその地の平安を守るため全国に建立した神社で京都の八坂神社の流れをくむと言われている。この神社の御神体を収めた神輿を町中担ぎまわったのが祇園祭の始まりではないかと言われている。 江戸時代に入り慶長19年(1614)徳川家康の六男、松平忠輝は上杉謙信の死後、上杉景勝に替わり越後を支配した堀氏の福島城を廃し高田に高田城を築城し、その際、高田の城下町を賑やかにする為に、町、寺、神社などを高田に移させた、しかし「祇園社」だけは、朱印地、百石の拝領を辞退しこの地に留まりました、その代わり高田に出向いて祇園際を行う事になり、毎年7月23日、八坂神社のご神体が高田に入り祇園際が始まります(別名、裏祇園)、高田の街中を巡り7月26日、花火を合図に神輿は高田地区の稲田橋より船で荒川(現、関川)を下り直江津に向かいます。直江津地区では神輿が乗ったお召船を迎えるため大花火が上がる中、荒川橋に集まった19台の屋台が提灯、笛、太鼓を打ち鳴らし神輿を迎え28,29日は各町内を神輿の巡幸が行われ、各町内19台の屋台の曳き廻しが行われる。そして29日の夜、八坂神社に各屋台に積まれた御饌米の奉納でクライマックスを迎える。

 

 

東洋一とうたわれる、 第33回高田公園ハス祭り 本日よりスタートした、公園の外堀、約19ヘクタールに咲くハスの花は美しく幻想的な雰囲気を醸し出す。今日仕事で公園の横を通ると結構咲いている、北、西、南堀に咲いているが北掘り(北城高校側)が一番たくさん咲いているようだ、約40万本のハスの花が咲くと言う。子供の頃、夏になると父親に連れられてよく、カツボ、と呼んでいたが、葦のような物を馬車で取りに来た事を思い出す、当時はお堀の端にたくさん群生していたが今は全く無く、お堀一面がハスで埋まっている。期間中(7/27~8/19)公園を中心に多彩なイベントが繰り広げられる。

 

 

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2012-07-26

[古い航海日誌 霞峰丸③] 堺出港、サウディアラビア、カフジ行き

入港3日目の早朝、本船は又ペルシャ湾に向けて出港する、六時半出港スタンバイ、訪船していた家族もタラップを降りて下船する、原油を降ろし空船になった300メーター近い本船は見上げるほどの大きさだ、代理店からクリアランス(出港許可証)を受け取り準備OK,既にタグボートも本船の横に到着、艫、おもて、のホーサー(係船用のロープ)も外されタグボートが懸命に桟橋から離れるように引っ張っている、、2~3人の家族が桟橋で手を振っているが、貨物船の出港はドラマも色気も無い、、、数十分後、本船は港外に出ると2隻のタグボートも本船から離れて行った。友ヶ島水道を通り、紀伊水道へ、航海中は朝食は食べないんだが食堂に行き朝食、少しテレビを見て、ちょっとブリッジに肩でも振りに行くか、、! (写真) サードオフィサー(3等航海士)は富山商船出身だ、クオーターマスター(操舵手)は瀬戸内海の島、出身のベテラン、さー、お客さんが来たしお茶にするかね、、今航、奥さんが訪船されて土産に持ってこられたと言うお菓子を頂いた。乗組員は皆、家族のようなもんだ、本船は古い船の為30数名の乗組員が乗船している。船内は暖房で暖かいが、ウイングに出てみると晴れてはいるが2月の海を渡ってくる風は冷たい、右舷に四国、左舷に紀伊半島が見渡せる、、今度日本に帰る頃は南国では桜の便りが聞かれる頃だろう、、、。

 

肩振り 、、船乗り言葉で、お茶でも飲みながらお喋りでも、、、と言うような意味、

 

 

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2012-07-25

[今日の話] 暑中お見舞い申し上げます

 

 

 

 

暑中お見舞い申し上げます。

 

 いつも有難うございます、

 

   どうぞお元気で

 

    お過ごし下さいませ、、

 

 

 

 

 

  平成24年  盛夏

      

            By      ham

 

 

 

 

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2012-07-24

[今日の話] 家庭菜園、いろいろと収穫、

 

庭の隅に昨年から始めた家庭菜園、昨年は結構、楽しませて頂いた、百姓出身のhamさんだ、知識はないがやれば結構さまになっている。キュウリ、ナス、は既に初収穫も終わり、その後も結構収穫出来た。今日は5本ほど植えた枝豆も収穫した(写真)、これでビールでもあれば最高ってもんでしょう、! 昨年は失敗であった、オクラ、今年は逆に良くなりました、何回か収穫したが美味しいね、昨年は出来が悪かった、(多分病気でしょう)トマト、今年は今のところ粒も大きく良さそうです、ミニトマトは昨年に続き良くなりました。しかーしだ! キュウリは今年は失敗でした(多分病気でしょう)、今年初めて植えたスイカ、今のところ豆ほどの大きなスイカが2個なっているが順調に大きくなるか楽しみであるが果たして、、、、、野菜は生き物ですネ、難しいです、野菜農家のご苦労が解ります、、、

 

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2012-07-23

[hamさんの登山記] 権現岳登山

 

 いつも仕事をしていると目にする山、糸魚川市に位置する権現岳(ごんげんだけ)と鉾ヶ岳(ほこがだけ)、何れも標高は千メータ少しの山だが高低差は千メーターを越す、特に権現岳(1,104メーター)は資料によるとほとんどロープ、鎖、番線のきつい登りと言う、苦労して登って又同じところを降りてくるのも面白くない、それならば2時間ほど余計にかかるが権現岳から鉾ヶ岳(1,316メーター)の従走だな、と考えていたんだが、昨夜、急遽天気も何とか持ちそうだし 行くか、、! しかし登り口と降り口は違うんだがとても降り口から登り口の車のところまで歩く距離では無い、バスの時刻も調べたが降り口のところの路線は1日3便のみ、ダメだこりゃ! 休みも1日だし今回は権現岳だけの登山にしよう、、、、。 朝6時前、家を出発した、国道8号線を糸魚川市の能生に向かった、8号線能生町から県道に入り棚口(ませぐち)温泉へ、棚口地内へ入り民宿「山城屋」の手前を右折して棚口集落へ入ると権現岳が目の前に(写真)、ここは昭和61年(1986)1月26日の夜雪崩が発生し集落の住民13名の命が奪われた、山側に慰霊碑が建っている。10分位で登山口に到着、車は3~4台停められそうだ、靴を履き替えスパッツを付けて 07:20 出発だ、、。

 

 

登り始めて25分後の 07:45 ここでひと休み と言うポイント(写真)に着いた、初めの頃は渓流の流れの音が聞こえていたがほとんどが登り、休めと言うんだから休むか、5分の休憩だ、ところどころにロープの急登があるが10分ほどで 08:05 わらじぬぎ場 と言うポイント着いた。昔の人はここで草鞋をはき替えたのかね、、ここで又5分ほど休憩だ、

 

 

 

わらじぬぎ場 を過ぎると資料通りの急登の連続だ(写真)、写真を見る限りでは大した事が無いように見えるが、これ結構、急なんですでネ、、、ロープが無いと登れないだろう、垂直に近い登りも何ヶ所もある、昨日も雨が少し降った為、結構すべる、こりゃ帰りが思いやられるね、、ロープ、鎖、時々数本の番線が垂らしてある、、登り口には車は1台も無かったし今日は私だけだろうか、鉾ヶ岳から縦走してくる人がいるかもしれないネ、、少し登っては息をつき、何で苦しい思いをして登らないといけないのかねー、

 

 

 登り始めて1時間半後の 08:50 胎内洞(写真)に着いた、丁度半分くらいの行程だ、ここで10分間の休憩にした、大きな岩が何枚か重なり合ったようなところだ、中は暗いようだ、ロープに沿って進んで下さい、 と書いてある、09:00 出発、中に入ると、こーもり が数羽びっくりして飛び出してきた、中はロープ伝いに降りたり、登ったり又狭くて通過するのに大変なところもある、私はやっとの思いで通過したが、身体の大きい人は難しいカモね、、通過してからもロープの急登の連続だ、15分ほどで 天狗の屋敷 と言うポイントに着いた、意味は解らないが数人位は留まれるスペースがある、

 

 

登山口を出発して2時間20分後の 09:40 白山権現 (写真)に着いた。この辺まで来ると前回登った雨飾り山、高妻山、等が見渡せる。勿論先客もいないし、登って来る気配も無い、祠の前にお賽銭を置き、登山の安全祈願でもと思い大祓い祝詞を奏上した、しかーしだ! ここで不思議な事が起こった。祝詞を奏上していると暫くで祠の後ろから一匹の蛇がするすると出て来て祠の横でとぐろを巻くではないか、おいおい、それ以上こちらに来るなよな、、これはゆっくり休んでいるところを起こされて怒って出て来たのか、喜んで出て来たのか私には解らない、、、、気が付いたらそのすぐ下のところに別のもう一匹の蛇も居るではないか、、たまげたね! 祝詞を奏上して直ぐにこの場を立ち去ったのは言うまでも無い、、

 

 

 白山権現を出発して30分、登山口を出発してちょうど3時間後の 10:20 権現岳(1,104m)の頂上に立った(写真)、よく晴れ渡って居れば北アルプスの山々、妙高連山、戸隠連山、遠く苗場山あたりも見えるようだが生憎の天気で景色はイマイチってとこだ、目の前に鉾ヶ岳、金冠、も迫っている、2時間も歩けば行けるんだが又の機会だな、、、昼にはちょっと早いし、チョット雲ゆきが怪しくなってきた、そのうちにパラパラときた、20分ほどまわりの景色を眺め10:40下山を始めた。下山途中、白山権現で祠の方を見たが先程の蛇の姿は無かった。雨が当たって来たので下山は滑るので特に注意して一歩一歩下って来た。天狗の屋敷あたりで登って来る一人の男の人に初めて会った、チョット登山者とは違う格好なんだ、小さなポリタンクのような物を手に提げている、今日は! と挨拶すると小さな声で、 一人かね、きーつけて! 不思議な人だなー、、そして胎内洞でハプニングが、暗い胎内洞の中でロープを伝い下って勢いが余ってコースから外れた畳1枚ほどのスペースに飛び降りてしまった、廻りはほぼ垂直な岩だ、どうしよう、上に登れなくなっちゃった、足を掛けて登るような岩も無い、一人では無理か、、、、最悪の時は先程の人が下って来ると思うが、鉾ヶ岳の方に従走ではダメだな、、ここで、こーもりと一緒に夜を明かすのなんて勘弁だ、考えた末、よく見ると枯れかかった1メーター程の木の枝が3本ほど目に付いた、これを利用しよう、3本並べて(1本では折れてしまう)少し曲がったところに足を引っ掛けて勢いを付けて何回か試みて手を延ばすとロープに手が掛かった、やっとの思いで上に這い上がりピンチを脱した。冷や汗をかいたネ、、、途中から雨も上がってきた、、下山を初めて1時間40分後の 12:20 ここでひと休み に着いた。 昼にしよう、、 コンビニで買ったオニギリを食べたが美味しいこと、、20分ほど休憩して 12:40 出発、ここまでこえばもう着いたようなもんだが、油断は禁物だ、13:00 登山口に無事に帰ってきた。

 

 

身体じゅうから汗が流れ落ちる、時間も早いし温泉にでも浸かるかね! すぐ近くの棚口温泉(ませぐち)の権現荘(写真)に立ち寄り温泉へ(500円)、露天風呂に出ると前は能生川の渓流、、いやー、じょんのび、じょんのび、、、

 

権現だけ登山のスライドショーは    = こちら =

 

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2012-07-22

ばーか暇な一日、、

日曜日は一般に暇なんだが今日は、ばーか暇だったな! 土日は8時か8時半からの勤務、今日は8時からだが朝は小雨の天気、いやーな予感がしたがね、、、、運行管理者の点呼を受けて出庫、 おはようございます、3○○異状なし、開局、どうぞ!  3○○ xxxx どうぞ、、フロントに無線で連絡を入れて一日の始まり。駅の構内で待機だ、日曜日は動いている車の台数も少ないんだが、40分ほど待機して1発目の仕事があるビジネスホテルから若い男女、携帯電話の大型販売店まで、恐らくDocomoAUSoftbank のヘルパーさんだろう、こんな時間じゃ途中での呼び止めも無い、又駅構内の待機場所へ、下りの特急電車が着いても降りてくるお客さんはパラパラ、、それも家族などが迎えに来ている、又電車に乗るお客さんも家族が送ってくる、会社は休み、これじゃ暇だわな、、たまに駅の正面から乗るお客さんも行き先は近くがほとんど、水族館だけは家族ずれで混んでいた、私も一度行ったが660円の基本料金、、車の中でラジオを聴きながらただ、ボケーっとしているか、アーケードの下を歩いている人を眺める、、これじゃ眠くもなるし、かえって疲れますでネ、、、、wink 4時の勤務終了まで5回お客様をお供しただけ、全走行距離31キロ、参ったネ!

 

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2012-07-21

タバコのポイ捨て、、

仕事で毎日、市内を走り廻っていると良い光景、悪い光景、実に色々な光景を目にする、マナ―の悪いドライバー、マナ―の良い気持ちの良いドライバー、警察のスピード違反の取り締まり、おッ、こんな処に隠れて白バイが交差点の一旦停止、踏切の一旦停止の違反者の取り締まり、など等いろいろだ、、、、、その中によく目にする感心な男性、毎朝6時過ぎに勤務先に向かう途中晴れた日は大体同じ場所で良く見る人だ、70歳くらいだろうか、ビニールの袋を提げて歩道、道路に落ちたゴミ拾いをしている、恐らくこの近くにお住まいなんだろう、、お金を貰ってやっている訳ではない自主的にやっている訳だ、誰かが捨てるから落ちているんだろう、、、3~40年前ならともかく、今は社会の情勢が違う、歩きながらタバコを吸い吸殻をポイ捨てする人、ゴミを投げ捨てる人に、この様な光景を見てもらいたいもんだネ、、、その様な人は恐らく何も感じないだろう、、、特に最近は他人の事を考えない、自分の事しか考えない、自己中心的な大人が多いように感じるが、、、、

 

最近は愛煙家の人々は肩身の狭い時代になって来た、駅前の観光案内所の前にベンチが置いてある、バスを待つ人などがよく利用されている、以前はこのすぐ横に喫煙場所があり大きな灰皿が置いてあったが、いつからだろうか、喫煙場所が30メーター位移動した、恐らくベンチでバスなどを待っている人から苦情が出たのだろう、、毎朝7時前から集まってくる数人の高齢者、80歳前後だろうか、10~15分位、楽しそうにベンチに座り、おしゃべりをして帰って行かれる微笑ましい光景だ、しかーしだ! この中の一人の方がよっぽどタバコが好きなんだろう、常にタバコをふかしている、恐らく周りにおられるタバコの吸わない人は迷惑だろうがネ、、私の知る限りでは、現役の頃の仕事は教育者であったと聞いているんだが、そしていつもタバコを吸い終わると靴でタバコの火を消して手で拾い前の道路の端に捨てている、恐らく本人は吸い殻のような小さい物はゴミという認識が無いんだろう、チョット情けが無い気がするがネ、、誰かが注意しないと気が付かないんだろうが、かなりの高齢者、注意する勇気のある人は、、、、?  見て見ぬ振りをするのも最近の日本の社会だ、、偉そうに言う私も以前は一日60本は吸う典型的なヘビースモーカーだった、タバコを辞めて20数年になるが、、条例などでゴミのポイ捨てなど厳しく取り締まる事も必要ではないだろうか、、、、

 

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2012-07-20

[古いスコアカード 第3の人生] 耐えがたき屈辱、そして思い出、

タクシードライバーの仕事は主に夕方から出勤し夜中の2時、3時に家に帰る、忙しい時は朝方に帰る事も、月に2~3回の泊まり勤務、たまに昼間の勤務があるが結構昼間の自由な時間がとれる、、廃業後も以前の仕事のアフターサービスがたまに出てくるが昼間の空き時間に十分対応が出来た。当然の事だが新規の営業活動はやめた。事業をやめた事により何人かの友人が私の周りから消えて行った、、別にこの世の中から居なくなった訳ではない、、開業以来の自営業の友人もそうだ、毎日のように電話が来る、又こちらも良く電話もした、別に用事がある訳でもないんだが、いろいろな事情から大変な時期があり我が家に寄ると妻がよく夕食のおかずをおすそ分けしたり、買って来た米、野菜をあげたり、、、、帰る車のガソリンがもう無い、、頼む、、と言う事で行きつけのスタンドへ行きガソリンを入れてあげる事も何回もあった、、大金ではないが何十回となくお金も貸した、、そんな友人も自然と私の周りから居なくなった、、、、。ある時、私が運転している車に昔のロータリークラブの仲間が乗車した、初めは気が付かなかったようだがダッシュボードの上に掲げてある乗務員証を見て、 おー、○○さん、おまん(貴方)タクシーの運ちゃんなんかやってんのかね、おまんも(貴方も)落ちぶんたねー(おちぶれた)、、とこうだ、内心、タクシーの運転手と言うのは落ちぶれた仕事なのかね、! と口の先まで出かかったが、こんな奴に物を言うのも腹が立つ、、どうにも腹の虫がおさまらず降りるときに、あんたのような人がロータリアンだなんて、○○○ロータリークラブも落ちぶれたもんだね、、! 多少の酒を飲んでいたとはいえ情けない男だ、たまに昔の知り合いと顔を合わせる事があるが大部分の人は、そっけない対応だ、中には、いやー、○○さん、久し振りですネ、元気ですか、たまに一杯でもやりませんか! と言う人もいるが、、、、、、、、

 

 

 

30年に及ぶ小さな事業のお陰で随分と良い思いもさせて頂いた、大企業、中小企業、零細企業の社長も社長には変わりはない、幾つかの上場企業の社長、会長と一緒にゴルフをしたり、お偉さんが頭を下げてくるのも仕事の上とは言え、小さいながらも商売をしていたからに他ならない、景気の良い頃は金融機関の支店長も、社長、少しお金を借りて下さい、、、、、しかーしだ! バブルが崩壊し景気が悪くなると、今度は貸し渋りだ、今度はこっちが頭を下げて、すいません、少し融資をお願いしたいんですが、、、月末になれば支払いで頭が痛くなる事もある、スタッフに気を使ったり、言いたくない事も言わなければならない事もある、社長と言うのは孤独だ、良い事ならともかく、悪い事も最終的には結論を出さなければいけない、嫌な事、楽しい事、悪い事、色々な経験をする事が出来た30年であった。私の人生は大きく分けて四つに分けられると思う、生まれてから義務教育が終わるまでの15年間が第一の人生、青春時代、学生時代を都会で過ごし、憧れの外国航路の船舶通信士に、これまでの18年間が第二の人生だ、そして船乗り家業を辞めて故郷に帰り趣味が高じて小さいながらも事業を始めて約30年が私にとっての第三の人生だ、、その第三の人生も終わりにさしかかって来た。間もなく始まろうとしている私にとっての「第四の人生」楽しみでもある。ブログのカテゴリーの一つ 「古いスコアカード 第3の人生」 今日で完結編にしたいと思う。

 

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2012-07-19

[我が故郷] 直江津、 八坂神社

 

四国、関西、東海、関東甲信、に続き昨日、北陸地方も梅雨明けとなった。いよいよ来週23日から上越祭りが始まる、ここ数年は梅雨明け前で期間中ハッキリしない天気で大民謡流しが中止になったりイマイチ盛り上がらなかった気もするが今年は梅雨も明けた、やっぱり夏祭りは暑い方が盛り上がるネ、、、上越市合併前の高田市、直江津市の頃は高田の祇園祭、直江津の祇園祭、と呼ばれたが合併して41年、合併によって上越祭りと呼ばれるようになったのであろう。直江津の八坂神社(写真)の祭りである、昔は「祇園社」とも呼ばれた。

八坂神社は京都の八坂神社を勧請し創建されたと言う由緒ある神社である、素盞鳴命(すさのうのみこと)夫妻と八人の王子を祀っている事から「八王子」(はっちょうじ)とも呼ばれ武勇・商売繁盛の神として信仰が厚い。

 

 

 八坂神社の鳥居の額には「日吉・諏訪・八坂・三柱神社」と書かれている(写真上)。北側参道入口の鳥居には「諏訪神社」と書かれている、八坂神社は素盞鳴命(すさのうのみこと)、諏訪神社は建御名方命(たちみなかたのみこと)、日吉神社は大山昨命(おおやまくひのみこと)、この三社が元禄2年(1689)に合祀されたと伝えられ昭和3年に「八坂神社」と改称されたと言う。 「延喜式」神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)に記載されている頚城郡十三座の一座である佐多神社の論者とする説がある。

 

「延喜式」神名帳 ーーー 延長5年(927)にまとめられた「延喜式」の巻九・十のことで、全国の神社の一覧である。

 

論者 ---延喜式に記載された神社と同一もしくはその後裔(こうえい)「代々血でつながって来た血筋のある人、一族」と推定される神社のことを論社(ろんしゃ)と言う。

 

頚城郡十三座 --- 奴奈川神社(糸魚川市)、大神社(糸魚川市、論社あり)、阿比多神社(上越市、長浜)、居多神社(上越市五智)、佐多神社(糸魚川市、論社あり)、物部神社(上越市清里区)、水嶋礒部神社(上越市清里区、論社あり)、菅原神社(上越市清里区)、五十君神社(上越市三和区)、江野神社(上越市名立区)、青海神社(糸魚川市)、圓田神社(上越市柿崎区、論社あり)、斐太神社(妙高市)。

 

 

境内には「松尾神社」 「神明宮」 「稲荷神社」 「秋葉神社」 の末社がある。写真上は秋葉神社で、明治36年に静岡県の秋葉山本宮、秋葉神社より御御霊をお迎えし創建されました、防火の神様です。

 

 

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2012-07-18

[古い航海日誌 霞峰丸③] 大阪、堺港入港、

 

本船は予定通り大阪、堺港の関西石油、専用桟橋に着桟した。 (写真右は荷役中の日彦、300,000トン)いつもの事だが目の廻る忙しさ、入港手続きが終わると新しく乗船する乗組員、訪船してきた家族、本社から関係者、メーカー等が乗船してくる、無線室で届いた沢山の書類の整理をしているとクオーターマスター(操舵手)が、次席さん、お客さんが二人来ているがタラップのところで待ってもらってる、との事、行ってみると二人の青年が待っていた、 岡山のJH4○○○ JR4○○○ です、、、航海中、趣味のアマチュア無線で何回もQSO(交信)した仲間だ、休暇をとって早朝からわざわざ岡山から来たとの事、内心、恐れ入ったネ、、、仕事場の無線室に来て頂き、上司の通信長に挨拶、コーヒーを飲みながら無線室を案内、外に出てアンテナ群も説明しブリッジ(船橋)へ行くと丁度、サードオフィサー(3等航海士)がいたので話しブリッジを案内した、二人とも勿論こんな大きな船の中を見るのは初めて、、入港した当日の昼食は食事の数が解らない為ほとんどカレーだ、、司厨長に二人の昼食の追加をお願いすると快くOKとの事、少し時間をずらせてサロン食堂で三人でカレーで昼食、船の食事は美味しいですネ、、、二人とも感心する事、、ひと通り船内を案内して私の部屋で3時まで趣味のアマチュア無線の話しに花がさいたが、、、又お空での再会を約束して二人は又岡山に帰って行った。航海中故障したメインレーダーの新しい基板も到着し確認して一安心だね、、、本船は2晩停泊して3日目の早朝には又ペルシャ湾向け出港する、今航は家族も訪船しないので夜はテレビを見ながら一人で寂しく一杯といくか、、、、

 

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2012-07-17

優良賞、受賞、

 

5月に勤務先より第4回目の褒賞を頂いたが、今回、思いがけづ表彰状(優良賞)を頂いた。表彰状と言っても、そんなに大それたものでは無いんですがね、、、以前に30年近く直接お客様と接する仕事をしていたので多少は過去の経験が影響しているかもしれませんが、なにか、こっぱずかしい気もしますが、、いくつになっても賞を貰うのは嬉しいものですネ、、、もう少し頑張っか!

 

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2012-07-16

[hamさんの日本の歌心の歌] 行進曲 ♪ 海を行く ♯

仕事で港の横を通ると、いつもの岸壁に係留されている4はいの大型タグボート、いづれも、おもてのマストからメインマスト、艫のマストへと沢山の国際信号旗(International Maritime Signal Flag)が掲げられ風になびいている、お客さんが、 おー、大漁だったんですかね、! 一瞬、 えッ、 いや、お客さん、あれは漁船ではないので多分、今日は海の日の祝日ですから掲げているのだと思いますが、 あーそうか、今日は祝日だもんね、、 (私がそう思っただけで真意は解りません、天気が良いので旗の虫干しでもしているのかもしれませんが、、、、、)、お客さんを降ろした後、港の前で車を止めて海を眺める、どうせ今日は暇だし36度の猛暑日だ、ちょっと息抜きでもすっか、、、、沢山の釣り人が釣りを楽しんでいる、海を眺めていると遠い昔、学生の頃、訓練でよく歌った唄、、 男と生まれ海を行く、若い命の血は燃える、、、 を口ずさんだ、そして厳しかったカッタ―訓練(写真)を思いだした、、、、あの頃は若かったねー、、crying 当たり前か、、、、以前に確か一度、掲載した事があると思うんだが、海上自衛隊で歌われている、、、
 
 
 
 
 

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2012-07-15

[仲良し、ちびっ子二人] 40日振りのご対面、、

丁度、昼食時に携帯電話が鳴った、妻からだ、 孫たちが急に帰って来た、帰りにスーパーに寄り、これと、あれと、これと、あれ、を買ってきてくれ、、、、との事。  なんだー、孫が食べるものばかりじゃねーか、ついでにビールでも買っていくか、家に着くと婆ちゃんと外でお散歩中の二人、私の顔を見るなり、ニコッとして、あー、爺ちゃん、、、走って来た。 おー、覚えていてくれたかね、、、

 

 

しかーしだ! チョット乃愛ちゃんの様子がおかしい、、、

ちょっと熱があるようだ、、熱を測ると 40度、、

こりゃいかん、、さっそく、額に冷えピタ、

 

          あたし、おねつあるの、、?

 

 

おねえちゃん、どうしたの、、、

 

いっしょにあそぼうよ、、うしろ、おして、、、

 

 

チョット、このあたま、じゃま、、、

 

いまワンダーランド見てんだから、、じゃましないで、

 

 

テレビを見るときは、しずかに見なきゃだめでしょ!

 

へー、わかったようなこと言うじゃん、、

 

 

マナちゃん、わるかった、ごめん、ごめん、

 

あー、おねえちゃん、やめて!

 

 

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2012-07-14

[今日の話] ブログを初めて6年、、、

ちょうど5年前の今日(2007年7月14日)初めてブログと言うものを始めた、明日から6年目に突入だ、よく若い人がブログをやっている、と言う話を耳にした、子供じゃあるまいし、ブロックなんかやって何が面白い! と、まー、お粗末だったな、、、、2006年よりアメリカのIT企業、Interush  (インターラッシュ)の会員になって毎月コンテンツ使用料を払っていたが、折角だ、利用しない手はないな、、たくさんのコンテンツの中にブログ(IRIS Webrush)があった、素人でも簡単に作成できるように成っている、これなら俺にも出来そうだな、呆け防止に始めるかネ、、以前、仕事の関係で全国の百ヶ所を越すゴルフ場に行っている、 「古いスコアーカード」と言うカテゴリーで書こう、そうだ昔船乗りで海外色々なところに行った、 「古い航海日誌」と言うカテゴリーで書こう、後はたまに出来事を「今日の話」と言うカテゴリーで書こう、、、、と言う事で数行の簡単な内容で書き始めた、、2ヶ月後、我が家の愛犬ミッキーの事を「我が家の三代目」と言うカテゴリーで書き始めた、そのうちに知らない人からコメントも入って来た、、いたって単純なhamさん、益々調子に乗って書き綴る、、アクセスカウンターを見ると毎日数十人の人が読んでくれる、そのうちに趣味で地元の名所史跡を廻ってこれもブログ「我が故郷」で紹介する事にした、仕事のタクシードライバーで感じたこと思った事、見た事も書き始めた「新米ドライバー」、可愛い孫の事「仲良しちびっ子二人」も紹介する事にした(これは今のうち、大きくなったら怒られるネ、、)など等、カテゴリーも段々増えて来た、Interushの写真のコンテンツ(IRIS  Studio)を使って色々な写真も紹介する事にした、今後は (IRIS Print) (IRIS Expo) も使ってより多彩な内容にしようと思っている、なるべく解り易い表現で、読みやすく、見やすいように、一人でも多くの人に読んで頂けるように、をモットーに書こうと思っている。5年間もの長い間、続けられたのは、こんなつまらないブログに沢山の人から目を止めて頂いたからに他ならない、、、、本当に感謝に堪えません、有難うございます、

 

  

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2012-07-13

[古いスコアカード 第3の人生] 新米タクシードライバー、、

ひょんな事から二種免許を手にした、駅前のホテルで地元の企業が集まっての合同就職説明会に行くとタクシー会社2社の担当者が出席していた、1社目は、うちはそんなに賃金払えません、、、、、 もう1社、地元では最大手の会社だ、、まー、面接でも受けてみて下さい、、、、、、5人いた仲間の一人は同じグループのバス会社に就職、4人が揃って同じタクシー会社の面接を受け揃って入社した。 まー半年くらいでも話のタネにタクシーの運転手をやってみるか、、、どちらかと言うと夜が主体の勤務体系なので比較的、昼間の時間がとれるので以前の仕事のアフターサービスも何とか出来そうだし好都合だ、、、、、。

思えば都会の大手機械メーカーに就職、しかし以前から憧れていた通信士という仕事の夢を捨て切れず、親に頼んで又学校へ通い始めた、そして数年後、念願の外国航路の船舶通信士の夢が実現した、途中本社勤務も経験し又船に戻り数年、、そして今度は人に使われるのではなく無線に関わる仕事を自分でやってみたく船会社を退職、事業を始めた、初めはなにもかも手探りの状態、それでも順調に業績を伸ばしピーク時は県内に5店舗を展開し数億の売り上げ、スタッフも十人いた、しかし30年近く続けた商売もバブル崩壊後の景気低迷で断腸の思いで閉店した、今度は自分一人で営業に廻り、今までの私の人生の中で一番辛く悔しい時期でもあった、そしてひょんな事から予期もしないタクシードライバーとなった、、、それが思ったより楽しく、半年位の予定が間もなく6年目に入る、、、元来、じっとしているのが嫌いなタイプ、、今度は何をしようかなー、、、、、と思うこの頃、、、

 

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2012-07-12

[今日の話] 恒例の納涼会

雨飾山に登って来て足が痛い、まだまだ訓練が足りないネ、、、しかし折角の休みだ、有効に使わないといけない、、いつもよりゆっくり寝て6時には目が覚めた、朝食を食べ、パソコンをちょこっと覗いて庭の草取りだ、夜の雨で土が濡れていて草取りもはかどるが、それでも庭、家庭菜園の草取り、4時間ほどみっちりと働いた、蒸し暑く身体じゅうが汗でびっしょり、、シャワーを浴びて昼食、昨日からの疲れと暑さでイマイチ食欲がないが、この際ダイエットで丁度いいか、、午後よりパソコンに向かい時計を見ると、もう4時だ、えー、もうこんな時間か、、、 今日は夕方から勤務先の納涼会だ、2回に分けて行われるが私は2日目、最近は飲みに出る事は殆んど無くなった、会社の新年会、納涼会、ゴルフコンペの表彰式、など年に数回だ、以前は三日と空けずに歓楽街に繰り出したもんだが、、、、納涼会も段々と盛り上がり8時までの予定が9時近くまで、しかし翌日の仕事の事を考えると、はめを外してガッツリと、、と言う訳にはいかない、出勤後のアルコールチェックがあるからだ、ごくわずかでもアルコールが検出されると、はい、それまーでよ! 車をおいてお帰り下さい、 あげくの果て○○書、となる。9時には帰宅したが、疲れとアルコールで直ぐにバタンキュウ、、、、、。久し振りの2日間の休みもアッと言う間に終わってしまった。

               

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2012-07-11

[hamさんの登山記] 日本百名山 雨飾山登山 

 

新潟県と長野県境に位置する、日本百名山の雨飾山(1,963m)は我が故郷からは妙高連山の陰で目にする事は無い、昨年よりhamさんの登山リストにはちゃーんと入っている、色々と調べて見るとそうは極端に難しい山でもなさそーだし、名前からしても女性に人気のある山らしい、どの資料を見ても荒菅沢の雪渓から臨む雨飾山の写真が出ている。昨日実行に移した、天気予報も良さそうだ、04:50 自宅を出発した。国道8号線を糸魚川へ、そして国道148号線に入り途中、長野県の小谷村から小谷温泉へ、雨飾温泉を過ぎて雨飾りキャンプ場から登山口の駐車場に 06:50 到着した、駐車場には既に5台の車が、登山の準備をしていると直ぐに松本ナンバーの車が、60代くらいだろうか、男性一人に女性二人のグループだ、二人の女性はファッションショーにでも出るような格好、鮮やかな登山衣装だこと、、、おまけに顔にはバンダナのような物を巻きつけサングラス、派手な月光仮面だな、、男の人も立派な登山スタイルにサングラス、それにつけ俺の格好はチョット見劣りするがネ、、昔からはきなれた作業ズボンだ、三人のグループは急いで出発して行った、ゆっくりと登山者カードを書いてポストに入れ、07:10 出発した。初めは木道の上を小鳥のさえずり、渓流の音を聞きながら、贅沢なもんですでね、、、、。直ぐに先程の三人のグループに追いついた、お先にどうぞ、、 と言う事でお先に足を進めた、、

 

 

 初めはルンルン気分で歩いていたが次第に登りが続くように成って来た、誰に頼まれた訳でもないのに、きつい思いをして何も山なんかに登らなくても良いのに、、折角の休み、テレビでも見ながらのんびりしていればよかったかな、、! と頭をよぎる、、、ブナの木の根っ子がゴロゴロしている歩き難い道を汗を拭き拭き歩くだけだ、10メーター程登っては息をつき、又歩きはじめる、一人だ、いつ休もうと何回休もうと誰にも迷惑はかからない、、途中 2/11、3/11、、、と頂上まで400メーターおきに案内板があるが目安となる、途中2回ほど数分の小休止をして順調に高度をかせぐ、、、そして前方に荒菅沢(あらすげざわ)が見えて来た、、、。

 

 

登山口を出発して1時間25分後の 08:35 荒菅沢(写真)に到着した。前方に雨飾山の頂上が見えている、 えー、更にあそこまで歩くの、随分急な山だね、話がだいぶ違うね、、、 この雪渓を渡るのかな、、? 向こう側のどこに渡れば良いのか解らない、よく見ると僅かに雪の上にかすかに赤い色をした部分があるような、、、はは―、この赤の線の上を進めと言う事だな、、 雪解けで赤が薄くなり解かりずらいんだろう、、それにしても落石が随分あり大小の岩が雪の上にゴロゴロしている、結構な傾斜だ、あんな岩の直撃を受けたら命は無いだろう、それに雪の上で音がしない、上の方を見ながら慎重に数十メーターの雪渓を渡る、この雪の下は多分空洞だろう、、途中で雪渓が落下する事は無いだろうなー、、下の方から吹き上げて来る風はひんやりとほてった体に気持ちが良い、、、5分ほど休憩して、ここからが本番だな、、、、。 

 

 

荒菅沢を過ぎると林の中をきつい登りが続く、岩がごつごつ、木の根っこがゴソゴソ、昨年の9月に黒姫山登山の時に右足の弁慶の泣きどころを岩に打ちつけた、苦い経験がある、慎重に急登を登りやっとの思いで尾根に出た、周りの景色が開け、2000メーターくらいになると風もひんやりと気持ちが良い、そして尾根伝いに進みところどころに岩の急登がある、落石などに気を付けながら進む、、、、。途中2組の下山者にあった、何時頃登られたんですか?  6時だ と言う、随分早いですねー!

 

 

荒菅沢を出て1時間40分後の10:20 笹平(写真)に着いた。ここで5分ほど休憩、結構広い平地だ、高山植物がチラホラ、これからだんだん増えていくだろう、、前方に雨飾山の頂上が直ぐ見えている、周りの景色を眺めながら比較的平坦な笹の中の道は快適だ、、途中で来る時に荒菅沢から見上げた雪渓を今度は上から見下ろす事が出来る、、

 

 

笹平から平坦な道を歩き最後の急登を登ると笹平を出て35分、11:00 雨飾山の頂上(1,963メーター)に到着した。いつもの事だが感激だ、頂上は意外と狭い、すぐ近くにもう一つのピークがある、こちらには五つの祠が祀ってある、、三人の先客が景色を眺めている、三人とも30~40代だろうか、こちらは○○代、途中のコンビニで買ったオニギリを口にほうばる、旨い事、、、雲の切れ間から北アルプス、妙高連山、戸隠連山が臨める、、しかしあいにく日本海は見えなかった、登山口を出発して3時間50分、まー順調に来た方だろう。山の天気は変わり易い、雷がゴロゴロきても困るし30分ほど頂上に滞在して下山を始めた、、、、

 

 

元来た道を下山だ、帰りは余裕だね、、笹の道を歩いていると途中、荒菅沢を見下ろせるところが、おー、あそこからよく登って来たねー! 大体怪我をするのは下りの時だ、慎重に下り、登りの半分の1時間15分の12:45 荒菅沢に着いた、 しかーしだ! ここまで来ると安心感か、気の緩みか、疲れがどっと出て来た、岩に腰を下ろすと冷たい風が気持ちいいんだ、ちょっとシートでも敷いて昼寝をしたい気分、15分休憩するつもりが、後5分、後5分で25分も休んでしまった、いかん、出発しないと、、ほれ! 13:10 重い腰を上げてとぼとぼと歩き始めた、、そして木道まで来るとホットしたが、下りにも関わらず登りとあまり変わらず1時間15分もかかってしまった、14:25 無事登山口の駐車場に戻って来た。今回は帰りに雨飾荘に寄り温泉に浸かってくる予定でいた、しかし温泉に浸かり疲れが出て気持ち良く事故でも起こしたら大変だ? そのまま車を走らせ5時前に戻って来た。

 

 

 雨飾山登山、スライドショーは    = こちらをポチッと =

 

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2012-07-10

[今日の話] 山登り

2週間ほど前に戸隠山に登ってきたが、すぐ近くに百名山の高妻山が見えていた、富士山に似た美しい山だ、久し振りに2連休となるので、よし、高妻山に行くか! と思ったが、色々と調べた中に、日本の百名山の中でも歩く時間、険しさなどは三本の指に入る、もうあの山には登りたくない、 と言うのがあった、かなりの山に登っているようだし、 まずいなー、今の俺には無理だな、後にしよう、、 と言う事で同じ百名山の一つ、新潟県と長野県の県境にある雨飾山(1,963m)に行ってきた。結構きつかったがねー! 今日はガッツリ疲れたので一両日中に詳しく書こうと思いますので今日は止め、、、、、

 

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2012-07-09

「えちごトキめき鉄道」

 

3年後の平成27年春、北陸新幹線の長野~金沢間が開業し、東京から金沢まで一本のレールで結ばれる、従って現在上越地域を走るJR信越線、北陸本線はJRから経営分離される事になる。経営を引き継ぐ新しい会社の名前が「えちごトキめき鉄道株式会社」に決まり7月1日から新会社で活動している。信越本線の直江津から長野県境までの38,1キロの新しい線路名は「妙高はねうまライン」、はねうま、とは春先に妙高山に現われる、馬が跳ねる雪型で、農家の人々はこの跳ね馬が現れると農業の準備に入る目安としてきた。又北陸本線の直江津から富山県境までの60,6キロの新しい線路名は「日本海ひすいライン」に決まった、翡翠は糸魚川市特産の緑色の石である。両方とも地元のローカルを意識した現代的な良い名前じゃないかな、、、、、。新幹線が開業すると我が故郷の新幹線の駅は直江津地区ではなく、高田地区に新しい駅が出来る事になる、過去にもそうだが、新幹線が開業して活気が出て賑やかになった地域もあれば、逆に錆びれた地域もあるのも事実だ、今直江津地域は活気が出るのか、逆に錆びれて行くのか期待と不安が入り混じっている、私は今の状況では不、と見ている。直江津駅は上野駅から信越本線経由の終着駅、北陸本線の終着駅、昔はたくさんの乗降客で賑わった、三角屋根の直江津駅(写真左)当時が懐かしいがこれも時代の流れだろうか、、、  (写真右は現在の直江津駅)、

              

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2012-07-08

[古い航海日誌 霞峰丸③] バシ―海峡通過、入港準備

 

シンガポール海峡を通過した本船は時化の南シナ海を順調に航海し5日目、台湾とフィリピンの間の台湾寄りの海峡、バシ―海峡を通過した(写真左参照)、夜だと台湾南端のガランピの灯台の光が見える事があるが今航は昼間で見えない。ここまで来るともう庭に来たようなもんだ、夜になると日本の中波の海岸局の信号も聞こえてくるし、短波の通信もいつでも簡単に出来る、日本を出港したのが昨年の12月のクリスマスイブ、正月をシンガポール手前の南シナ海で迎え、1月ももうすぐ終わり、ここまで北上すると船内の冷房も必要なくなった、入港前には暖房に切り替わるだろう。今航は堺港で6名の乗組員が交替する。私は夏頃まで乗船する予定だ、まだ1航海が終わりかけているだけ、先が長いねー、、、。入港前になると何かと忙しくなる、乗組員から外地で購入した携帯品を申告してもらい、官憲に提出する携帯品リストの作成、クル―リスト(乗組員名簿)の作成、免税の酒、タバコ、リストの作成など等、上司の通信長と手分けして作成する、又無線局の公衆通信の各提出書類の作成、次航、日本で受け取る消耗品の発注など等、結構忙しいんですわ、航海中、趣味のアマチュア無線で百人を超す人とQSO(交信)した中で今航、大阪の堺へ岡山から遊びに来ると言う人も、勿論、顔も知らない、今航は家族も訪船しないし、まーいいか、、、、。

              

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2012-07-07

今日の直江津港

 

建設中の中部電力、上越火力発電所に燃料のLNG(液化天然ガス)を積んだタンカーが入港した、昨年の10月に初めての第一船が入港して以来第五船目の入港になる、1ヶ月以上前に7月8日に入港予定との情報は持っていたんだが1週間前に担当の技術屋さんを仕事でお供したので、お客さん、今回のLNGタンカーの入港は予定通り8日ですか、、? と尋ねると、 おー、運転手さん詳しいね、! 今の予定では7日の○○○○パイロット、オンボードで○○○○頃着桟予定ですネ、、今回はアフリカのアルジェリアからLNGを積んでくると言う、1週間前と言うとスエズ運河経由なら南シナ海、アフリカのケープタウン周りならインドネシアのロンボク海峡あたりだろう、いずれにしても今の時期は時化る海域ではない、アクシデントでもない限り遅れても精々2~3時間だな、、、今朝、中部電力のスタッフの方をお供した、以前にも何回かお供しているのでお客さんも私の事を覚えていて下さって、乗車されるなり、 ○○さん、今日○○時に船が入りますよ! はい、お客さん、ちゃーんとカメラを持ってきました、、お客さんを降ろして帰る途中、気になる海をちょこちょこ見ていると倉庫群の間に港外に向かう1隻のタグボートが見えた、 んッ、タグボートを使うような大型船の姿は見えなかったし、出港するような船も着岸していないし、LNG船が沖に着いたか? 中央埠頭の近くにくると、いつも係船している岸壁に2隻のタグボートの姿が見えない、見ると港外に向かって走っている、南埠頭に係船している2隻のタグボートも出発する準備をしている、予定通りだな、間もなく沖に着くだろう、と言う事は昼頃には専用の桟橋に着桟するな、、、、昼食を食べて駅正面で待機していると下りの特急電車から降りたお客の一人が乗車、行き先は火力発電所だ、シメタ、空車になったら写真が撮れるな、 しかーしだ! 雨がどしゃ降りだ、お客さんが下車されて空車に鳴ったが雨は益々ひどくなり着桟している船がかすんで見える、今回もエンブレン型と呼ばれる船体がタンクになっている船だ、多分12~3万トン位だろうか、参ったなー、折角カメラを持ってきたのによー! しかし、仕事が終わる頃には何とか雨も小降りになったようだ、仕事が終わり洗車もほどほどに火力発電所へ向うと、着く頃にはなんとか雨もあがった感じ、やっぱり普段の行いが良いんだね、、しかし、好きだねー、、、1-1号機は今月から営業運転に入っているし、1ー2号機は試運転に入っている、恐らく来月の終わり頃には又LNGタンカーが入るだろう、、、 

               

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2012-07-06

進む高齢化社会に思う、、

昼間の勤務をやっていると当然の事ながらお供するお客さんの半分以上が高齢者だ、ごく一部の高齢者を除き大部分の高齢者は現在の生活に不安を感じながら生きているのではないだろうか、、、、、

 

住宅街のある一軒に行くと50歳前後だろうか、女性が乗車、子供が駅に着くのでJRの駅により娘を乗せて○○病院まで、 との事、今は神奈川県に住んでおられるが、母親は病院に入院し、父親は自宅に一人暮らしだが85歳と高齢で心配なので毎週末に帰って来ている との事、お手伝いさんでも頼めばいいんだが経済的にそんな余裕はないし、と言っておられた。

 

ある一軒に配車になった、今までにも何度もお供している、恐らく90歳近いんではないだろうか、一人暮らしのお婆ちゃんだ、歩くのもやっと、玄関の鍵もかけられない、代わりに私が鍵を掛けてあげる、行き先はある老人ホームだ、身体も動かないし、もう一人で切なくて、、、、と嘆いておられた、それやそーだろう、この年で女手一つで身の回りの世話から全て自分でやらないといけない、、老人ホームを見に行くんだとの事、、目的地に着くとホームの入口まで30メーターくらいある、入口まで歩けるかや!(入口まで歩けるかな―)、 お客さん、私におんぶされますか? と言うと手でいやいや、、と言う仕草、古い施設で玄関まで車が入るように作られていない、、この際、仕方がないな! 狭い通路に無理やりに車を突っ込んで玄関先まで持って行った、出る時はバックで苦労しましたネ、、、。

 

この様なご家庭をたくさん見て来ている、もう少しお年寄りが安心して暮らせる社会をつくれないものか、特に今の高齢者は希望もしないのに辛い戦争を経験し多くの犠牲をはらい、敗戦国の日本を、血と汗と涙で世界有数の経済大国に育て上げた人達だ、決して政治家の力なんかじゃない、、、今の政治家は口を揃えて事あるごとに国民の為、国民の為、と言うが本当の国民の為と言うのは何なんだろうか、、消費税増税法案も解るがもう少し身の回りの小さな事でも確実に実行して行く、、、国会議員の定数削減も取り上げられているが、衆参合わせれば700人を超える国会議員だ、普通の議員さんの歳費でも月百数十万円、年3回の期末手当、文書、通信交通費、秘書官の手当て、など等、莫大な金額になる、OECD加盟国の中では議員数は少ないと言うが、党、会派の人数稼ぎのために有名人を議員に当選させる、悪いがこの様な人に真の政治が出来るのだろうか、「世界一になる必要があるんですか、二位じゃいけないんですか、、、」なんて言っているような大臣じゃダメだね、、恐らく削減した議員100人の費用で何千人もの高齢者の生活をまかなえるのではないだろうか、、、全ての国会議員とは言わないがもう少し、ほんとうの真の政治をしてもらいたい、と思うのは私だけだろうか、、、、。

 

 

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2012-07-05

[古いスコアカード 第3の人生] 二種免許、合格 ③

自動車教習所での実地試験は合格したが、今度は学科試験を受けなければいけない、運転免許センターに行けばいつでも良いんだが、このいつでも良い、と言うのが問題で、なかなか交通法規の勉強が手に付かない、2種特有の問題もあるし、合格点も1種に比べると高くなるしちょっと勉強をしないといけないが、それがなかなか落ち着いて手に付かない、、、参ったなー! 昼間は営業に廻り、夜、晩酌を減らし2~3日頑張り思い切って運転免許センターに行った。試験は一種も二種も一緒に受験するが今日は2種の受験者は私一人、問題は落ちついてよく考えれば解るんだが、わざとに間違えるように書いてある、それに問題数も多い、、、、試験も無事終ったが、今回はダメかもしれないな、、、( ^0^; ) そして数十分後、試験結果が発表になった、、、??やったー、合格だ! 直ぐに写真を撮ったりしてその場で新しい運転免許証が交付になった。数週間後、今回の講習の主催者側から連絡があり、受講の修了式をするので出席してくれ、との事、当日指定された場所に行くと、今回の受講の修了証を一人一人に手渡してくれた。そして地元タクシー業界の人(なんて事はない、今お世話になっている会社の役員さんだ)の業界の話しなどがあり、折角二種免許を取得したのだから是非タクシー業界で働いてみては如何か、、、、と言う話し、、後日、色々な企業が一堂に集まった就職説明会があるので是非それに出てほしい旨の話が、 俺は別にタクシーに乗るために二種免許を取った訳でもないし、無料で2種免許が取れる、、と言う事で受講したんだけど、どうしよう、、??

             

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2012-07-04

[hamさんの日本の歌心の歌] 仲宗根美樹  ♪ 川は流れる ♭

4月になろうかというのに周りの田んぼには未だ雪が残っていた、昭和37年の3月下旬、16歳の私は夜行の鈍行の汽車に乗り、翌朝上野駅に降り立った、、、大都会、東京は修学旅行で来た時以来だ、慣れない都会での生活は寂しいやらで泣きたい時もあったなー、、、そんな時に元気を貰ったのが毎週日曜日の午後のテレビ、 1週間のご無沙汰です、、、! 名司会、玉置 宏の ”ロッテ唄のアルバム” だ、歌謡曲全盛期で、北島三郎、舟木一夫、橋 幸夫、西郷輝彦、弘田三枝子、三橋美智也、島倉千代子、、など等きりがない、そんな中に沖縄出身の歌手、仲宗根美樹がいた、ハスキーな声がなんとも魅力があった、、、

 

 

 

川 は 流 れ る

作詩 横井 弘  作曲 桜田誠一
昭和36年 
1 病葉(わくらば)を 今日も浮かべて
  街の谷 川は流れる
  ささやかな 望み破れて
  哀しみに 染まる瞳に
  黄昏の 水のまぶしさ


2 思い出の 橋のたもとに
  錆びついた 夢のかずかず
  ある人は 心つめたく
  ある人は 好きで別れて
  吹き抜ける 風に泣いてる


3 ともし灯も 薄い谷間を
  ひとすじに 川は流れる
  人の世の 塵にまみれて
  なお生きる 水をみつめて
  嘆くまい 明日は明かるく

 

                  

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2012-07-03

[我が故郷] 上杉謙信公ゆかりの、曹洞宗 越州春日山 林泉寺

林泉寺の歴史

 

春日山下にある春日山(かすがさん)林泉寺は曹洞宗のお寺である。明応6年(1497)越後守護代長尾能景公(ながおよしかげこう、上杉謙信公の祖父)が亡父、長尾重景公の17回忌にあたり菩提を弔うために、柿崎町下小野(現柿崎区)にあった禅寺をこの地に移し、上州雙林寺(そうりんじ、現、群馬県子持村)の高僧曇英恵応禅師(どんえいえおう、長尾重景が尊敬した)を招いて春日山城下に建立し、重景の法号を取って春日山林泉寺とし、以後長尾家の菩提寺となった。それから40年後、天文5年(1536)7歳から天文12年(1543)までの7年間、虎千代(後の上杉謙信)は林泉寺六世天室光育(てんしつこういく)大和尚に文武の道を学び、更に七世益翁宗謙(やくおうしゅうけん)大和尚について禅の教えを学び、さとりを開いたと言われ、武将上杉謙信の素養はこの時に培われたと言われている。上杉謙信の後を継いだ景勝公のとき、上杉家が会津に移封となり、変わって越後領主となった、堀家、高田城主、松平越後守(まつだいらえちごのかみ)家、榊原家の菩提所となり、又代々から「禁制状」を下され厚く保護されていました。又徳川二代将軍秀忠公以来、御朱印地(江戸時代において,将軍の朱印状によって領有を認められた寺社の領地)の寺領を受け、「下馬・下乗」(ここから人は馬、乗り物から降りなさい)の札を立てる特遇も許されるなどの歴史を重ね、創建当時は七堂伽藍が建ち並び威容をほこっていたが、寛永年間(1624~44)と弘化4年(1847)の火災で本堂、庫裏、楼門、宝物などが焼失したが信徒の献身的な努力により復興し現在に至っている曹洞宗の名刹である。

 

 

惣門

 

 

入口に立つ惣門(写真)は春日山城の搦手門(からめてもん)を上杉謙信によって移築されたと伝えられる往時を今に伝える唯一の門である。門の右側にある石標は禁牌石(きんはいせき)と言い「不許葷酒入山門」と書かれており、無端国龍和尚が建立したと言われており、お酒を飲んでいたり生臭い匂いをさせてこの先に入る事を禁ずる、と言う意味であろう。

 

 

 

山門

 

 

境内に入ると参道に立派な山門 (写真左)がある、謙信公は七世益翁宗謙大和尚から「第一義」の真意を学ばれ二階造りの山門を寄進、更に山号「春日山」、「第一義」の大額を揮毫され山門に掲げました。謙信公建立の山門は江戸末期の地震で焼失しましたが、現在の山門は大正14年に謙信公生誕400年を記念して建立されたと言われています。2階は唐様式、下の方は和様式の総ケヤキ造りで釘は1本も使われていません。左右の仁王様は仏法を守る守護神と言われており、郷土の彫刻家、滝川美堂作です。現在山門の上部に掲げてある大額の 「春日山」、「第一義」 (写真右)は謙信公の直筆を模写したもので、本物は宝物館に展示してあります。山門の前、本堂の後ろに広がる庭園は室町時代の様式の庭園と言われています。

 

 

 

春日山懐古詩碑

 

 

春日山懐古詩碑(写真右)を詠んだ大槻磐渓翁(1818~1878)は江戸時代後期の漢詩文にすぐれた史家頼 山陽先生(1780~1832)と並んで有名な仙台、伊達藩の儒学者。上杉謙信公を特に敬い慕って、雄図なかばにして亡くなられた、春日山の天守閣跡に立って名将、上杉謙信公を偲んで詠まれた「春日山懐古」は名詞として有名である。   = 案内板より抜粋 =

 

 

本堂

 

 

本堂は創建以来2度の火災にあい、明治22年に再建されましたが、現在の建物は林泉寺開基500年を記念して平成10年(1998)10月に完成し翌年の5月16日に落慶法要が盛大に行われました。正面から見ると鳳凰の形をした屋根となっており、屋根の上部に五領主さまのご紋が並んでいます。真ん中が越後守護代長尾家の家紋の九曜巴(くようともえ)、その右側が上杉家の家紋の竹に雀(竹輪双飛雀)、右はじが高田城主、松平家の家紋の三葉葵、左側に堀家の家紋の丸に梅、左はじが最後の高田城主、榊原家の家紋の源氏車となっている。本堂の内陣に本尊として釈迦牟尼仏(お釈迦様)、脇侍として象に乗っておられるのが普賢菩薩、右側の獅子の上は文殊菩薩、右に大権修利菩薩、左には達磨大師像、脇間には、開山雲英恵応禅師像ならびに五大名霊牌と大謙信公座像を祀っている。

 

 

 

あ宝物館

 

宝物館(写真左)は昭和46年に開館、林泉寺を菩提所とされた上杉謙信公をはじめ、各大名ゆかりの品々が多数展示されている。生前中に描かれたものとして唯一現存する上杉謙信公の肖像画、謙信公直筆の山門の「春日山」・「第一義」の大額、往時をしのばせる春日山城図、上杉軍の軍旗、仏像、甲冑、馬具など等、、、

 

 

お墓所

 

 

林泉寺の綺麗に手入れのされた境内は七万五千坪と言われているが、その一角の山手に歴代城主、川中島合戦戦死者の供養塔、林泉寺歴代住職のお墓などがある。

 

 

墓地に入ると間もなく右側に堀家三代のお墓がある。謙信公の後を継いだ上杉景勝が会津に移封となった後、春日山城主となった堀 秀治公のお墓(写真左)、慶長3年3月上杉景勝が会津に移り、代わって豊臣秀吉の功臣、堀 秀治が越前北庄城(福井市)から45万石の大名として春日山城に入った。秀吉は江戸城の徳川家康を見張るため、信頼のおける秀治を越後に封じたのである、慶長11年(1606)5月26日、31歳の若さで死去した。堀 秀治公の墓は堀家三代の墓の入口にある。その隣に秀治公の祖父の堀 秀重公のお墓がある、秀重公は美濃(岐阜県)の斉藤道三に仕え、その後織田信長、豊臣秀吉に仕え堀家の基礎を作った方だと言われています、慶長11年(1606)11月2日春日山城で75歳で死去した。堀家墓地の一番奥に秀重公の子で(秀治公父)堀 秀政公の墓がある、秀政は織田信長の側近として活躍、本能寺の変ののち、豊臣秀吉に仕え、北庄城(福井市)主となる。天正18年(1590)5月27日、小田原攻めの陣中、38歳で病死した。

 

 

堀家の墓の横を先に進むと上杉謙信公のお墓がある(写真)、前後して二つ並んでいるが何れも五輪塔です(空、風、火、水、地、を表すと言われている)。前の小さなのが謙信公の墓で後ろの大きい五輪塔は大正5年に上杉家の供養のために立てられたもの。いつ訪れてもお墓の前にお花が供えられている。その左隣に大きな川中島合戦の戦死者供養塔がある、林泉寺14代住職、玄室和尚が川中島に行き、敵、見方を問わず遺骨を拾い供養されたそうです、元和9年(1623)8月9日に建立されたと言われています。謙信公の墓の横の歴代住職の墓の隣に謙信公の父、長尾為景公、その隣に祖父の長尾能景公の墓がある。又林泉寺の西、宮野尾地区に謙信公の母親、虎御前の墓が林の中にひっそりと建っている。

 

 

突き当たりの一番高いところにある墓地は高田城四代目城主松平光長公の一粒種、綱賢(つなかた)公の墓(写真)で、大きな岩の中に蓮の花をもった聖観音像が浮き彫りになっております、綱賢公は延宝2年(1674)、42歳の若さで高田城で亡くなられました。続いて妻の松平土佐さまが61歳で亡くなり城主、光長公が非常に悲しんだと言われています。すぐ近くに土佐さまの墓があります、大きな岩には法名と命日が大きく刻んであり、参道の燈篭は綱賢が24対、土佐さまは12対ありましたが、今でも跡が残っています。綱賢公が亡くなられて世継ぎがないため家老、小栗美作(おぐりみまさか)と氷見大蔵の越後騒動が起こり松平光長の時代は終わってしまいました。

 

三つ並ぶ墓の中央の大きな墓(写真)は榊原政岑(まさみね)公の墓です。榊原藩の藩祖、榊原家政は知勇兼備の名将で徳川四天王として活躍した話しは有名である。小牧、長久手の戦いは天下に名をとどろかせました。姫路15万石の榊原8代、榊原政岑は旗本の身分であったが本家に子が無く、榊原家を継いだと言われております、政岑は堅苦しい事は嫌いで正妻を持たず江戸吉原の遊女と遊び高尾を身請した事がもとで質素倹約令の八代将軍、徳川吉宗は怒って寛保元年(1741)隠居を命じ、政岑の子供で幼少の政永を高田城15万石に転封させ、政岑も翌年罪人を乗せる青乗物で高田に護送された。政岑の墓には明治になるまで金網がかけてあったと言う。

高田城主、榊原家は、 政永(まさなが)⇒政敦(まさあつ)⇒政令(まさのり)⇒政養(まさきよ)⇒政愛(まさちか)⇒政敬(まさたか)

 

 林泉寺のスライドショーは   = こちら =

 

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2012-07-02

[今日の話] 家庭菜園、初収穫、

 

昨年から始めた家庭菜園、秋まで結構楽しませて頂いた。お金の事を考えればスーパーで買った方がかなり安上がりだろうね、! 昨年は5月の連休に(5月5日)に一部植えたんだが、早く植えれば早く収穫出来ると言う訳でもないんだネ、、、ある程度気温が上がり、暖かく成らないと苗が大きく成らない事が解った。今年は5月の末に一部植えたんだが1週間後くらいからはどんどん大きくなり4日前にキュウリが2本、ナスが4個、初収穫出来た(写真)出来具合はまーまーでしょう! 昨日もキュウリが5本収穫できました、やっぱり採りたては新鮮でキュウリの香りがプーンとするわネ、、、ミニトマトももうじき収穫出来そうだ、トマトはその後になるか、追って、枝豆、オクラ、カボチャ、四角豆と続くでしょう、、しかし、スイカは自信が無いね、、、、、。秋まで楽しみが増えたってもんだ、、

 

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2012-07-01

営業運転が始まった火力発電所

 

過去にも何度も取り上げた、建設中の中部電力の火力発電所、昨年より試運転の始まった2系統のうちの1系統の1号機(1-1)、着工以来5年、いよいよ今日より営業運転に入った。59,5KWの電力を発電し特別高圧鉄塔で供給地域の長野県に送電される訳だ。既に2号機(1-2)も5月より試運転に入っており予定では来年の1月から営業運転に入る、2系統全てが営業運転に入る2014年5月には59.5X4=238万KWで中部電力が所有する11火力発電所で5番目の供給力となるそうだ。当発電所はLNG(液化天然ガス)を燃料とする最新鋭の多軸式コンバインドサイクル発電方式を採用した設備であり、国内最高水準の熱効率を達成していると言う。これにより将来的に限りあるエネルギー資源をより有効的に活用でき、更にCO2排出量の削減も図ることができ、環境に優しい最先端を行く火力発電所と言う事になろう。46万㎡の膨大な敷地に大きなタービン建屋、制御室などが入るサービスビル、燃料のLNG(液化天然ガス)貯蔵用の18万KLの巨大な3つのタンク、LNGを積んだ大型タンカーが着桟する桟橋など等、、一部を残しほぼ完成しているようだ。同じ埋立地の反対側では国際石油開発帝石のLNG備蓄基地の建設も始まり2年後の操業に向け工事が進んでいる。又同じ埋立地内に将来的には○○電力も火力発電所を建設予定と聞く、、何れは日本屈指のエネルギー基地となるであろう。

 

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名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた
激動の人生、
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