2012-06-30

[古い航海日誌 霞峰丸③] 大時化の南シナ海、命がけの食事

無事にシンガポール海峡を通過した本船は南シナ海に出た、今までのべた凪が嘘のようだ、南シナ海は大時化、長さが300メーター近くあり、原油を満載している本船はほとんど揺れる事は無いがピッチング(縦揺れ)がいやらしい、、大きな波が船首にぶち当たる、飛沫がブリッジ近くまで飛んでくる、ギシギシと船のきしむ音、なんとも気持ちが悪いね、、こんな時は艫の食堂まで食事に行くのが億劫だが、食べない訳にもいかないし、フライングパッセージには二ヶ所のトンネルになった避難ヶ所がある、大きなうねりが来ると次にうねりが来るまでの間に猛ダッシュでトンネルの有る避難ヶ所まで走る、又タイミングを見て猛ダッシュ命がけだね、、、それでも艫に着くと飛沫で身体がショッパイ、、、食堂に行くと、今日は洋食だ、スープから始まる、ボーイさんが、次席さん、肉の焼き方はどうしますか?  私は中途半端な焼き方は嫌いだ、焦げるほど焼いて、、、最後はデザートの今日はアイスクリーム、これが一番おいしいね、、食事が終わって私とセコンドオフィサー(2等航海士)は船首にある仕事場まで帰らないといけない、今度はダッシュと言う訳にはいかないんだ、季節風と船が進んでいる為に出る風とが重なり猛烈な向い風、、フライングパッセージのハンドレールに掴まりやっと歩く、手を放せば飛ばされそうだ、、食事に行くのも命がけですでネ、、、、その代わりエンジンの振動なども無いし船にいる事を忘れるくらい快適だ、上手くしたもんだネ、、、身体じゅうが潮風と飛沫でショッパイ、急いでバスルームでシャワーを浴びてスッキリ、、、 さー、午後のワッチだ!

           

 

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2012-06-29

人生いろいろ、色々なお客さん、

この仕事をやっていると、当然の事ながら色々なお客様をお供する、今年から昼間だけの勤務になり、酔っぱらい客をお供する事はほとんどない、その代わり高齢者をお供する事が多くなり、車内での会話で人生の大先輩だ、大変ためになる話しを聞かせてもらえる事が多い。今日も88歳の老人だ、人工透析で病院に行くためにお供させて頂いた、過去にも1~2度お供させていただいたんだが、第二次世界大戦に参加されたと言う、東京大空襲の時は高射砲陣地で生と死の間をくぐり抜けて来たと言っておられた。東京が一面火の海となり逃げ場を失った多くの人々が川に飛び込み、沢山の死体が浮いていたと言う。車の中から外の田園風景を眺めながら昔を思い出すように、、、 運転手さん、どんな事があっても戦争をしちゃダメだね、、と言っておられたのが印象的だった。戦争に行かれた軍人経験者の人は話しをしてもどこか一本、筋が通っていると言うか違うんだなー、、、。

 

市内のある民間の老人介護施設に配車になった、この施設は温泉があり設備も良く入居費用も結構かかると聞いている、よくお客様をお迎えに行ったり、お供して行くがやはり入居しておられる方々が違う、言い方が悪いが、どちらかと言うと、いわゆる金銭的に余裕のある人々だ、、チョットおしゃれな帽子を被った品のある老人だ、車内で色々と会話をしていると90歳との事、耳も遠くは無いし、話し方、歩き方も歳の割にはしっかりとしている、、、陸軍の軍人経験者でモンゴルに出兵し、終戦は中国の北京の近くで迎えたと言う、 やっぱりなー! 私は尋常小学校しか出ていないが男女四人の子供は皆、お陰で国立大学を卒業して一流企業に入り、みんな幸せに生活していたんだが先日、神奈川県にお住まいの62歳のご長男が肺がんで亡くなられて葬儀に行ってきたと言っておられた、丁度同じ日に別の息子の孫の結婚式と重なっちゃってねー、でも孫はいつでも会えるから、、、と、いつもボーナスを貰うと必ず20万円送って来るんですよ、と言っておられたが決して自慢しているのではない事が話しの節々で解る、人それぞれ環境、条件が違う、金額の事ではない、離れて生活している子供達が年老いた一人暮らしの老人を心配するのは極当たり前の事だが、最近は当たり前の事が出来ない親、子供も多いように感じるがネ、、、私は子供達に恵まれて幸せで感謝しています、、と言っておられた、立派なお子様たちで幸せですね、でも、大先輩に失礼ですが、子は親の背中を見て育つと言いますから、お父さん、お母さんも立派だからですよ、、、と言うと、私は何もしないんですが立派に育ててくれた家内に感謝していますよ、、と言っておられた、奥さまは10数年前に亡くなられてそれ以来一人暮らしで来たそうだが、離れて暮らす子供たちが心配だから施設に入るように勧めるものだから心配させてもいけないしネ、、、今は施設で好きなスポーツのテレビを見たり本を読んだり、仲間の人と喋ったり、本当に幸せです、まだまだ家内の分まで長生きをしないとね、、、、と言っておれれたのが印象に残った。目的地に着いて、お客さん、いつまでもお元気で長生きして下さい、、と言うと、 あー、有難うね、と言って車が動き始めるまで手を振っていただいた、、、、、。

 

先日朝7時頃、駅前で待機していると70歳は超えているだろうか、案内所前のベンチの上で横になって寝ている人が、起きあがった顔を見ると、 何だ、あの人か、、 当社のドライバーで有れば大体の者は知っている、しょっちゅう酒を飲みに出て来て酔っぱらい、タクシーに乗るがお金を払わずにトラブルを起こす人だ、最近は暖かくなったのでベンチで寝て夜を明かし、お金も無いんだろう、一番のバスを待ってバスに乗って帰って行く姿をよく見る、、、、この人にだって奥さんもいれば子供さんもおられるだろうに、、、、人生色々だね、、、 

 

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2012-06-28

[古いスコアカード 第3の人生] 自動車教習所、二種免許、 ②

二種免許取得のための自動車学校通いが始まった、学科は集中講義で2日間ほどで終了し、後は二種特有の救急、救命、救護などの授業を残すのみだが、問題は実地教習だ、第一段階は構内での実地教習、狭路での通行、方向変換、鋭角コースの通過等など、一種に無い教習でしごかれる、狭いコースでハンドル操作、安全確認、減速、方向指示、等など頭がパニックになる、教官から、そんなんじゃとても危なくてお客様を乗せられないネ、、、頭がカチーンとくる、、うるせ―、じゃーお前がやってみろ! と言いたくなる。第1段階は2時間の補習をやらされた、第2段階からは路上教習が主体だ、交通法規を守るのは当たり前の事、ちょっとでも制限速度をオーバーすると、 スピード! とやられる、停止する時も止ったのが解らないように止れ、だの、曲がる時も滑らかに曲がれだの、そんな運転じゃお客様からお金を貰えないネ、、、と嫌みを言われる、兎に角、安全運転、安全確認、これに尽きる。腹が立っても見極めの判を貰わないと先に進めない、、我慢我慢だな、、、、そして1ヶ月間ほとんど毎日通い5人全員、目出度く検定試験に一回で合格する事が出来た、、後は学科試験だな、、、、

 

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2012-06-27

[hamさんの登山記] 戸隠山登山

 

今年は大雪だった精か周りの1,000メーターを越す山々には未だかなりの残雪がある、私の登山経験、技術では無理だな、、昨年達成できなかった北信五岳(ほくしんごがく、妙高山、黒姫山、飯縄山、斑尾山、戸隠山)の一つ戸隠山(1.904メーター)、今年初めての本格的登山ではチョット重荷だが、天気も良さそーだ、よし、行くか! 5時に家を出て途中コンビニでオニギリ、ポカリスエットを買い込み上信越自動車道を経由して1時間ちょっとで戸隠神社奥社の駐車場へ、ここで登山靴に履き替えて準備完了、道路を横断しようとしたら1台の車が私の前でスッと止った、私と同年輩くらいだろうか、窓から顔を出して、これから戸隠山に登るんですか? ときた、私も登りたいんですが、あそこは随分危険な山らしいですネ、急遽変更して黒姫山に登ろうと思うんです、、、 私も初めてなんですが、皆登っているんで私にも何とかなるかな、と思って来たんです、、、内心、私も心細いので、ご一緒にどうですか、、と誘おうと思ったが、車のナンバーを見ると、福島ナンバーだ、福島県からわざわざ来ている、こりゃベテランだな、私なんか足手間取になりかねないな、、誘うの止めておこう、、、、参道を奥社に向けて歩き始め、随神門を過ぎると大きな杉並木が(写真)延々と続く、400年前に植えられた杉の木だ、ひっそりと静まりかえった参道を40分位歩くと奥社に到着した、、、、

 

 

今までにもここ戸隠神社奥社には数回参拝に来た事がある、最近はパワースポットで人気があるらしく、朝早くから数人の参拝客の姿が、、、、登山の安全を祈願して大祓い祝詞を奏上した、他人からみると異様な光景に見えたに違いない。社務所の左側に登山口がある、ここで登山者カードを記入していよいよ出発だ、しかーしだ! ここでアクシデントが、登山口から右に行かなければいけないんだが、広い道の左に行ってしまった、おかしいなー、見た事のある道だが、、? なんの事は無い、又参道に出てしまった、 しまった―! 又やり直し、10分ロスッてしまった、気をとりもどして07:30出発だ、いきなり急登の連続、10メーター程登っては小休止、息が切れる、、参ったなー、 一人で良かった、連れがいたら迷惑をかけるところだわネ、、、、20分ほどで大きな岩のところに出た、ここで小休止、そして又歩き始めて50分後の08:20五十軒長屋に着いた。

 

 

五十軒長屋で小休止、と思ったが人一倍汗かきのhamさん、小さな藪蚊のような虫が手で払っても払っても寄ってくる、虫よけスプレーでも準備してくるべきだったなー、やっぱり未だ素人だな、、そして暫くで岩をくり抜いたような百軒長屋(写真)に着いた、前を見ても後ろを向いても険しい岩肌だ、ここで小休止、、、奥社で見かけた同年輩位のご夫婦だろう、追いついて来た。

 

 

それからは鎖場の急登の連続だ(写真)、戸隠山は資料では中級と書いてある、私の登山の腕は、と言うと初級であろう、それも初級を上、中、下、と分けると初級か限りなく下に近い中級程度だろう、私の中で二人のhamさんが、格闘している、 山に登り始めて1年足らずで登山家気取りでいると大怪我をするぞ、、、、、 もう一人のhamさんは、 頑張れや、山は厳しいが、だからこそ登頂した時の達成感は登った人にしか解らないんだからな、、、、 鎖を持って隣の岩に飛び移る、 これ、俺の短い足が届かなかったらどうなるの、、、考えると鳥肌がたつ、、、だけどもう戻れないぜ、こんな処、登るよりは下りの方が体力は使わないが危険度は下りの方が危ないな、、慎重に一歩一歩よじ登り、1時間50分後の09:20、有名な蟻の戸渡りに着いた、、、、

 

 

ここが戸隠山登山の最大のポイント、蟻の戸渡りか、ふと右を見ると岩に小さなプレートが固定されている、良く見ると、、、 ○○さん、どうか安らかにお休み下さい、  と書いてある、恐らく転落死されたんだろう、そっと手を合わせてきた、丁度先程のご夫婦が蟻の戸渡りを渡っている、、人間の心理として後ろから来られると焦るに違いない、そっと手前で待ち、作戦を練った、私は以前の仕事で高所作業は何回となく経験しているが、2メーター程下を迂回出来る、ここは鎖がある、しかし、鎖までおりる時、足場などを見ると馬の背のようなところを行くよりも危険があると判断した、しかしこちらは両側とも数百メーターの断崖絶壁だ、怖さは迂回するよりも怖いが、、、、前のご夫婦の姿が見えなくなるまで10分ほど待ち、呼吸を整えて意を決した、、、写真などを見ると尾根を跨いで馬乗りの姿を見るが、私は低い姿勢で四ツンバリ(4本足)で慎重にそろそろと歩き無事通過した、、、

 

 

しかーしだ! これで終わった訳ではない、今度は有名な 剣の刃渡り と呼ばれる険しく切り立ったナイフリッジだ(写真)、ここは迂回路も無い、バランスを崩したら間違いなく人生の終わりだ、、しかし本当に皆こんな処を渡るのかよ、、、、皆に出来て俺に出来ない事は無い、 意を決して又手と足の4本歩きと馬乗りの格好で慎重にそろそろと進む、もう怖いなんて考えている余裕はない、必至だ、、そして15分かかって無事に剣の刃渡りを通過した、、、、どっと疲れが出た感じだ。

 

 

 剣の刃渡りを過ぎて15分ほどで西岳、戸隠山の分岐点の八方睨み(写真)に到着した。南の方向は多少雲がかかっているが雲の切れ目から見る北アルプスの山々、そして目の前に百名山の高妻山が、その後ろに乙妻山が、、、今までの苦しみが吹っ飛ぶひと時だ、、これだから止められねー、、、、

 

 

八方睨みから10分ほどで遂に 戸隠山(1904メーター)の頂上に立つ事が出来た(写真)感激だ。登り始めて2時間40分、の10:10だ、頂上は意外と狭い、誰もいないが昼にはチョット早いし、昼は一不動の避難小屋にしよう、、、10分ほど周りの景色を堪能して又歩き始めた。

 

 

戸隠連山の稜線を登ったり下ったり、右側が絶壁の稜線を歩いたり、遥か下の林の中に戸隠神社の奥社が見える、あの蟻の戸渡り、剣の刃渡りを無事通過し、戸隠山の頂上に立った達成感で心もうきうき、、しかし未だ先は長い、大体捻挫など怪我をするのは下りだ、、小鳥のさえずりなどを聞きながら、周りの景色を眺めながら1時間5分で一不動避難小屋までの中間点の九頭竜山(1,883メーター) (写真)に着いた。ここは周りは低い樹木であまり見晴らしは良くない、、10分ほど休んで一不動避難小屋に向かった、、、。

 

 

九頭竜山を出て又登ったり下ったりの稜線歩きだが少しづつ下っているようだ、左側に百名山の高妻山(写真) (2,354メーター)の雄姿が手に取るように見える、綺麗な姿だね、、我が故郷からは妙高連山の陰で見る事は出来ない、、何とか登ってみたいもんだ、、ヘリコプターが高妻山の周りあたりを飛行したり、ホバーリングしている、遭難者の捜索をしているんだろうか、、九頭竜山を出て1時間近く、んッ、何か匂いがするような、、、? そうだ、資料に避難小屋で泊まった登山者が周りで用を足して悪臭がして困る、緊急以外は泊まらないように、、と書いてあった、小屋が近いな!九頭竜山を出て1時間後、 鼻が良いね、案の定一不動の避難小屋が見えてきた。昼飯にするか、、しかーしだ! 小屋の入口に関西弁の二人のおばさんがで―んと腰かけている、避難小屋の前もそんなに広くないし、気の小さいhamさん、ここじゃ、オニギリ食べられないな、もうちょっと先まで行くか、、

 

 

 一不動避難小屋は高妻山への分岐点でもある、早々に避難小屋を後にして下山を始めると10分位で 氷清水(写真)に着いた、なるほど冷たい清水が出ている、汗でほてった顔を洗い、ここでオニギリを食べよう、、美味しいねー! オニギリを食べていると60代くらいの男の4人のグループが降りて来て休憩を始めた、すると今度は同じグループらしいが男女10数人降りてきた、、こりゃまずいなー、、、リーダーと思われる男性が、こっちは人数も多いので足手間取になるので、お先にどうぞ、、! と言う。早々に下山を始めたが、登山道と言うよりも岩がゴロゴロした川の中を歩いているようなもんだ、川を横断したり川の中を歩いたり、急な鎖場があるが、滑らないように注意が必要だ、、、氷清水を出て50分で遂に牧場に出た。牧場、キャンプ場の中を30分ほど歩いて県道に出たがバスは10分前に行ってしまった、参ったなー、奥社の駐車場までタクシー会社に電話したが1時間ほどかかると言う、歩くしかないな、疲れて足を引きずりながら、とぼとぼと県道を歩く事30分、やっと駐車場に着いた。7時半に奥社横の登山口を出発して8時間近く歩いたなー、、疲れたが登頂した達成感でなんとも気分が爽快だ、、、

 

 

 戸隠登山のスライドショーは  = こちら =

 

 

 

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2012-06-26

[今日の話] 久し振りの、妙高高原ゴルフ倶楽部

勤務先の恒例の春のゴルフコンペ、朝から良い天気だ、今回は妙高高原にある妙高高原ゴルフ倶楽部だ、私自身7年間のゴルフのブランクがあったので、ここ妙高高原ゴルフ倶楽部は実に10数年振りだ、今日のメンバーはMさんは調子が良ければ80台前半で廻る恐ろしい人だ、仕事はしているのかね、、! と言いたくなる、後の三人は私を含め大体どっこいどっこいってところか、私は今のところ年に2~3回の勤務先のコンペでクラブを握るだけ、これでスコアーアップにつながる程ゴルフはあまいスポーツではない、しかし私は負け惜しみを言う訳ではないが今の年に2~3回のゴルフに満足している。同伴者と冗談を言いながら、周りの景色を眺めながら(実際はそんな余裕はないんだけでネ、、)小さなボールを思いっきり叩く、ストレス発散にもなる、今日も良い天気で時々、ホールから妙高連山が臨める、汗ばんだ身体に時々吹き抜ける高原の風は何とも心地よい、、 しかーしだ! さすがのhamさんも昨日の戸隠登山は堪えたネ、、、、昔は一晩寝れば疲れもとれたが今はダメだね、、前半のハ―フは何とか持ちこたえたが、昼食で例により生ビールでカンパーイ、そして午後の2ホール目からは、言い訳をする訳ではないがもう腰が廻らない、、、それでも楽しい一日でした明日から又頑張るぞ―!

 

 

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2012-06-25

[今日の話] 戸隠山登山

梅雨空も一休みで今日、明日も晴れの予想、 シメタッ! 昨夜天気予報を確認すると今日は一日問題なさそうだ、して、長野県北部の天気予報も今日は大丈夫、、、よし、決行するか、、 行き先は戸隠山、北信五岳(ほくしんごがく、妙高山、黒姫山、飯縄山、戸隠山、斑尾山)で戸隠山だけは登っていない、しかし、ここが一番問題なんだわネ、、、、有名な、蟻の戸渡り、剣の刃渡り、のナイフリッジを通らなければいけない、逆の戸隠キャンプ場の方から登り往復すれば通らなくて済むが、戸隠山に登るのに、蟻の戸渡り、剣の刃渡りを通らないんじゃ、戸隠山に登って来たと言えない、、今年初めての本格的登山にはチョット荷が重いが、無理なら戻ってこえばいい、単独登山の強みだネ、、戸隠神社奥社を参拝出来るだけでも良いわ、、しかし、皆に登れて俺に登れない事も無いだろう、、、行ってみよう、、。行ってきました、噂通りのえらいところでした、お陰で疲れも倍増です、、、ブログにアップしようとパソコンに向かいました、 しかーしだ! 眠くて眠くて目がくっつきそうです、、マジに、、明日は芝刈りで又朝が早いし、急遽ブログのアップは中止で又後日です、、、

 

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2012-06-24

[今日の話] 上越祭り&東洋一のハス祭り

 

 数日前、JR直江津駅の北口に今年も上越祭り(祇園祭)、東洋一の高田公園のハス祭りのPR看板が設置された。しかーしだ! いつもより少し小さくなったんじゃないだろうかネ、、、? これも今の時代、経費節減か、、、看板を見ると、おー、もうそんな時期に成ったのか、月日の流れるのは早いもんだねー、

 

上越祭り

昔は高田の祇園祭、直江津の祇園祭と言っていたと思うが、高田市、直江津市の合併に伴い上越祭りとなったんじゃないかね、、祇園祭の歴史は上越市の直江津地区(旧直江津市)が越後国府(今の県庁所在地)又は府中と呼ばれていた時代にまでさかのぼるが正確な記録は残っていないと言う。直江津は江戸時代の頃は、今町、又は直江津今町と呼ばれていた。祇園の神輿の出る「八坂神社」は昔は「今町祇園社」と呼ばれ大変歴史のある神社である。天平年間(729~749)に当時の聖武天皇が国ごとに国分寺、国分尼寺を建立したが(越後は直江津)この国分寺のある地にその地の平安を守るため全国に建立した神社で京都の八坂神社の流れをくむと言われている。この神社の御神体を収めた神輿を町中担ぎまわったのが祇園祭の始まりではないかと言われている。

江戸時代に入り慶長19年(1614)徳川家康の六男、松平忠輝は上杉謙信の死後、上杉景勝に替わり越後を支配した堀氏の福島城を廃し高田に高田城を築城し、その際、高田の城下町を賑やかにする為に、町、寺、神社などを高田に移させた、しかし「祇園社」だけは、朱印地、百石の拝領を辞退しこの地に留まりました、その代わり高田に出向いて祇園際を行う事になり、毎年7月23日、八坂神社のご神体が高田に入り祇園際が始まります(別名、裏祇園)、高田の街中を巡り7月26日、花火を合図に神輿は高田地区の稲田橋より船で荒川(現、関川)を下り直江津に向かいます。直江津地区では神輿が乗ったお召船を迎えるため大花火が上がる中、荒川橋に集まった19台の屋台が提灯、笛、太鼓を打ち鳴らし神輿を迎え28,29日は各町内を神輿の巡幸が行われ、各町内19台の屋台の曳き廻しが行われる。そして29日の夜、八坂神社に各屋台に積まれた御饌米の奉納でクライマックスを迎える。7月に入ると直江津地区のあちこちで、ピーヒャラ、ピーヒャラ、笛太鼓の練習の音が聞こえる、、、この音を聞くと、おー、もう祇園の時期に成ったか、、、と感じる、、、。

 

高田公園、ハス祭り

高田城の本丸を囲むように濠が巡らされているが、その外堀にたくさんのハスが植えられている。7月の下旬になるとそのハスの花がいっせいに咲き誇り、それは見事なものだ。いつの日か、その規模から東洋一と言われ期間中、いろいろなイベントが行われ沢山の見物客で賑わう。

 

 

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2012-06-23

観光案内と越後上越、上杉おもてなし武将隊

平日の勤務は7時からだが土、日は8時か8時半から、今日は8時半からの勤務で久し振りにゆっくり出勤、今日は土曜日だし久し振りにのんびりと出来るかな、! 7時半過ぎに出勤すると運行管理者から、ジャンボ3台口の仕事があるんで準備出来次第ジャンボタクシー頼むわ、、ときた。港近くの旅館に宿泊している佐渡からバレーボールの大会に来た小学生を乗せて会場まで、いつもの事だが賑やかなんだわ、空車に成ると車庫に戻り小型タクシーに乗り換え、ニッサンのクル―とトヨタのコンフォートがあるんだが今日は嫌なニッサンのクル―だ、、細かい仕事を4~5回やって又ジャンボに乗り換えてくれと指示が、田園が続く郊外の村落の一軒に配車だ、結婚式で式場まで、途中親戚の方々の家に立ち寄り結婚式場までお供した。のんびりするなんてとんでもないな、、、、!

 

 

 遅い弁当を食べて、さー、あと半日、頑張るか! フロントに連絡を入れると、フロントに寄ってくれとの事、待合室に行くと60歳代と思われるご夫婦だ、帰りの電車の時間まで2時間程観光案内をたのむとの事、千葉から来られたと、、、お客さん仕事で来られたのですか? と尋ねると、 いや、遊びですよ、、 との事だ、羨ましい話だネ、、何ヶ所か周り最後に春日山城跡へご案内した、駐車場に着くと、やっぱり土曜日だね、たくさんの観光客が来ておられる、、おー、いるわいるわ、、 越後上越、上杉おもてなし武将隊の面々も、お客様が春日山神社に参拝しておられる時に丁度近くにいたメンバーの一人の上杉謙信公(写真)に、写真を撮ってもいいですか? 訪ねると、 おー、いくらでも撮ってくだされ、、慣れたもんだわネ、、、ポーズまでとるしまつ、、ついでに、 写真をブログに乗せても良いか、、尋ねると、 おー、それは、カタジケナイ、是非ともお願いしたいものだのー、、 すっかり上杉謙信公になりきっている、最近は全国にファンも多く出来ているようだ、、3時過ぎの電車に間に合うように2:45お客様を駅までお供して2時間の観光案内は無事に終わった。それから細かい仕事を幾つかこなして今日は4時までの勤務が4時半まで、結局のんびりなんて出来なかったね、、、、。

 

越後上越、上杉おもてなし武将隊

上杉謙信公の居城であった春日山を中心に市内の観光地や、イベント会場などで観光客のおもてなしやPR活動などを行っている。

 

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2012-06-22

[我が故郷] 東本願寺高田別院 稲田支院 光明寺

 

上越市稲田の十字路、信用金庫の東側にある光明寺(こうみょうじ)は上越市下門前にあった廃寺を稲田の竪町(現在の稲田2丁目)に移して小庵をつくり、新井別院(現妙高市)の通所(出張所)としたのが始まりです。その後、享保18年(1733)高田別院創建が認可され(享保15年の説もある)、寺号が高田へ移転しましたが、稲田竪町の通所は、光明寺旧庵として残されました。やがて高田別院が本願寺掛所となって、寺号は再び稲田に復帰しました。以来、本願寺抱寺(かかえてら)となり、明治13年(1880)には高田別院支院として今日に至っています。

天明6年(1786)荒川(現、関川)の大洪水で稲田2丁目南裏から現在地に移転しました、昭和30年代に成り県道が境内を通る為、一部改造されて現在の寺院となりました。毎年10月16日より親鸞聖人の報恩講があり「稲田のおたや」として昔は近郊から人々が集まり賑わいました。

hamさんも子供の頃「稲田のおたや」になると母親に連れて行ってもらい、竪町(現、稲田2丁目)の通りの両側にたくさんの屋台などが建ち並び、それは賑やかであった。稲田の商店街も今はすっかり寂れてしまって寂しい限りだ。

 

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2012-06-21

[古い航海日誌 霞峰丸③] レーダーの故障、

セイロン島(現、スリランカ)ドンドラ岬を通過した本船はマラッカ海峡に向け東に針路をとり航行していた、今の時期のインド洋はベタ凪だ、鏡のような海面を進んでいる、夜の当直中、一人で無線室でコーヒーを飲み一服しているとブリッジで当直中のサードオフィサー(3等航海士)から電話がきた、 レーダーの調子がおかしいのでチョット見てくれませんか、、 と言うものだ。ブリッジに行きレーダーを覗くと、おかしいな! 大分前から時々この様な症状があったが直ぐに治り気にもしなかったが、、、と言う、2台あるレーダーのうちメインレーダーだ、直ぐに通信長の部屋に行くと一人で一杯やっているところだ、、症状を話すと、夜だし暗いので明日の朝からでも次席君、チョット見てやってくれないか、、 と、こうだ。明日の夜にはマラッカ海峡に入る、2台有るとはいえ狭い海峡では2台フル稼働で使う、途端に憂鬱になって来た、当直が終わってからペルシャ湾で釣ったアジの開きで一杯やる予定で楽しみにしていたんだが、それどころでは無くなった、、参ったなー、こんな所でよー! メンツにかけて意地でも直さないと、夜は航行に差し支えるためブリッジは真っ暗にしてある、とにかく明日だ、、レーダーのマニュアルを出してトラブルシュ―ティングなどを参照し、症状からして不良と思われる場所の特定をしなければいけない、当直が終わっても暫く無線室で図面をにらめっこだ、明日の段取りなどを考へ、シャワーを浴びて、明日は朝起きなければいけないし、今日は一杯は止めにしよう、缶ビールを一缶のみ直ぐにベッドにもぐり込んだが、明日の事が頭に浮かびなかなか寝付けない、、、朝7時、目覚ましで目が覚めた、スッキリするために又シャワーを浴びてコーヒーを飲んでブリッジへ、本船は古い船だ、時々症状が出ていた事からして、どこか接触不良の可能性が高いが、可能性のある回路の大きな基板を外して無線室へ持って行き、基盤の端から慎重に目視でチェックし始めると一ヶ所、抵抗の色が少し変色しているヶ所がある、んッ、、ここが臭いなー、 直ぐにブリッジに行き基盤を取り付けて電源を入れ不良と思われるヶ所にチョット振動を与えると、不安定だが映像が出たりするではないか、ここだ! 基盤を取り外して無線室に持ち帰り抵抗を替えようと思うが同じ値の抵抗が無い、止む無く2本の抵抗を並列に使い応急処置だ、基盤のパターンも一部切れかかっている、ここも何れダメになる、、ここも細い銅線を使い応急的に処置しブリッジへ、頼む、直ッてくれ、、、 神にも祈る気持ちだ、、基板を取り付けて恐る恐る電源を入れてブラウン管を覗くと、やった―! 緊張がほぐれてどっと疲れが出た感じだ、サードオフィサー、もう壊さんでね! 次席さん、私が壊したんじゃないですよ、、、3時間近く悪い頭を駆使して頑張った甲斐があった、、意気揚々と無線室に戻り通信長に状況を報告し、大阪の堺宛てにメーカーから新しい基板を送ってもらえるように本社に依頼してもらえるようお願いした、いやー、次席君ご苦労さんだったね、部屋からビールを2本持ってきて、ワッチでも終わったら飲んでくれ、、と上機嫌だ、

 

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2012-06-20

将来有望な直江津沖

本日の新聞に、なんとも希望が持てるニコッとするような記事が出ていた。経済産業省資源エネルギ―庁が新潟県の佐渡島の南西沖30キロで来年4月から石油、天然ガスの掘削調査を行う、と言うものだ。埋蔵の可能性がある面積は135平方キロで、埋蔵している事が確認されれば中近東の中規模程度の油田と言われ勿論国内最大級の油田・ガス田となる可能性を秘めており2023年以降の商業化を目指すと言う。ちょうど我が故郷の沖合に成る、この辺りには今話題の新しいエネルギー、メタンハイドレ―ドもどっさりと埋蔵されているらしい、、、。

四方を海に囲まれた我が国は排他的経済水域EEZは世界6位の広さを持っている。海底には無限の資源などの可能性が秘められている、海洋国家日本の強味を活かしたいネ、、。しかし掘削技術、設備は欧米に少し水を空けられていると言う、隣国の中国、ロシアも必死にしのぎをけずっている、日本にとって海洋は最大のニューフロンティアです。

今年に入り愛知県沖で次世代のエネルギー資源と期待されるメタンハイドレ―ドの海底掘削試験も始まった、又コバルトやニッケルなどのレアメタルはハイテク材料として、先進国わが国産業の発展に必須の基礎資源であり、その需要は今後とも更に増大すると予想される、しかし残念ながら、その供給面を見ると、ほとんど全量を輸入に頼り、生産も特定少数国に頼っているのが現状だ、しかも産出国の政治情勢に大きく左右されやすい、この様な状況を考えると国連海洋法条約の下での積極的な海底鉱物資源の探鉱、開発の推進は非常に重要であると言えます。

 

 

昭和44年の6月、当時の石油公団がチャーターした学校の練習調査船(写真)で最近よく話題になる沖縄尖閣諸島に石油・ガス、など海底資源の調査に1ヶ月間参加した。参加と言っても私はそんな技術も知識もない、単なる調査船の乗組員(通信士)として参加しただけだけどさ、、、、、石油公団の技術者、学校の海洋資源の研究者などが乗船し、魚釣島、赤鼻礁、黄鼻礁、、、などの近海を1ヶ月間調査した、まだ沖縄が日本に復帰する前だ、那覇港、石垣港に入港し大歓迎を受けた思い出がある、いずれ 古い航海日誌 第2の人生 で紹介したいと思うが、、当時はこの海域、隣国中国は目も向けなかった海域だが、、、油田開発などをしているようだが、何年も石油を採掘する埋蔵量は無い筈だが、、今に成って領有権を主張する中国の真の狙いは海底に眠る石油・ガスではない様な気がしますがネ、、、、、。

 

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2012-06-18

[hamさんの日本の歌心の歌] 芹洋子 ♪坊がつる讃歌♪

 
 
             坊がつる讃歌          作詞:神尾明正/松本征夫
                                作曲:竹山仙史
                                唄  :芹 洋子
 
 
 

1 人みな花に 酔うときも
  残雪恋し 山に入り
  涙を流す 山男
  雪解(ゆきげ)の水に 春を知る


2 ミヤマキリシマ 咲き誇り
  山くれないに 大船(たいせん)
  峰を仰ぎて 山男
  花の情を 知る者ぞ


3 四面山なる 坊がつる
  夏はキャンプの 火を囲み
  夜空を仰ぐ 山男
  無我を悟るは この時ぞ


4 出湯の窓に 夜霧来て
  せせらぎに寝る 山宿に
  一夜を憩う 山男
  星を仰ぎて 明日を待つ


5 石楠花谷(しゃくなげだに)の 三俣(みまた)
  花を散らしつ 篠分けて
  湯沢に下る 山男
  メランコリーを知るや君


6 深山紅葉(みやまもみじ)に 初時雨(はつしぐれ)
  暮雨滝(くらさめたき)の 水音を
  佇み聞くは 山男
  もののあわれを 知る頃ぞ


7 町の乙女等 思いつつ
  尾根の処女雪 蹴立てつつ
  久住(くじゅう)に立つや 山男
  浩然の気は 言いがたし


8 白銀(しろがね)の峰 思いつつ
  今宵湯宿に 身を寄せつ
  斗志に燃ゆる 山男
  夢に九重(くじゅう)の 雪を蹴る


9 三俣の尾根に 霧飛びて
  平治(ひじ)に厚き 雲は来ぬ
  峰を仰ぎて 山男
  今草原の 草に伏す

 

 

坊がつる、は大分県の竹田市にある標高1,200メーターに広がる盆地、湿地で、阿蘇から続く九重連山の久住山、大船山などに囲まれた阿蘇、くじゅう国立公園に含まれている。タデ原湿原とともに日本最大級の面積を持つ湿原で 「くじゅう坊がつる、タデ原湿原」 として2005年11月8日ラムサール条約に湿地として登録されている、又ミヤマキリシマの群生地として国の天然記念物にも指定されています。

この歌は 旧制広島高等師範学校(現広島大学)山岳部の部歌として昭和15年8月に作られたと言われている。 四半世紀以上作者不明でしたが 昭和53年に判明した時、作詞者は千葉大名誉教授、神尾明氏で、作曲者は宇都宮大名誉教授、武山信治氏(竹山仙史は武山信治さんの書道の揮毫)でした。作詩の神尾先生はまさか自分が-書いた詩に曲がつけられてたとは知らなかったそうである。

歌手の芹 洋子さんがこの歌を唄うようになったきっかけは、昭和52年の夏、阿蘇山麓での野外コンサートの折、宿舎にギターを持った若者たちが遊びに来て「坊がつる讃歌」を唄い、コンサートで歌ってみたら、、、と勧められたのが始まりと言われています。

数年後から始まる、私にとっての第四の人生で、ここ 坊がつる を訪れる事を楽しみにしている、、、

 

 

ラムサール条約

ラムサール条約(Ramsar  Convention)は湿地の保存に関する国際条約で湿地の生態系を守る目的で1971年2月2日に制定され1975年12月21日に発効した。「ラムサール条約」は条約が作成されたイランの都市、ラムサールにちなむ略称である。
 

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2012-06-17

[古いスコアカード 第3の人生] 自動車教習所、二種免許、①

営業活動の参考にする為に、毎週火曜日に発行される求人情報の資料をハローワークに貰いに行くんだが、その中に妙に興味を引く内容があった。 あなたも2種免許を取りませんか、 無料! と言うものだ。 タダかー、良いねー! 心が動いた、 但し幾つかの条件がある、年齢が○5歳以上、決められたスケヂュールに沿って講習を受ける、他にも幾つかの条件があるが、どうでもなる条件だ、いわゆる高齢者に資格を取ってもらい仕事の機会を与える、と言う国の政策の一環だ、年齢制限は十分にクリヤ―するし、決められた日程での講習はどうでもなる、 よし、ひとつやってみるか! と言う事ですっかりその気に成り申し込みをしてみると係りの人が、 今年は申し込みが少なく、今のところ4人で中止に成るかもしれないが、 と言う事であったが一応申し込みをしてきた。 家族に話すと、そんな資格を取ってどうするの、タクシーの運転手でもするつもり、? と冷ややかな反応、、、別にタダだし、資格を取っても荷物になるわけでもないしネ、、、数日後、主催者側の機関より電話があり、人数が少ないが開催するので開講式に出てくれとのこと、式に出て見ると2種免許受講者は私を含めてやはり5人、あとは他の資格を取る(フォークリフト、交通整理員、など)人達が、と言う事で全く予期もせぬ自動車の2種免許を取る事になった。決められた日に自動車教習所に行くと主催者機関の担当者が来ていて細かい説明があり、教習所側からも今後の詳しい説明が、、、最近は昔と違い2種免許取得も難しくなり、若い人でも補習無しで取る人は皆無だ、ましてや皆様はかなりの年齢なのでそのつもりで頑張ってほしい、、、脅しともとれる嫌な発言、、、主催者機関からは正規な講習過程は無料だが補習は実費で本人負担、とこれ又嫌な話し、、、そこは○5歳以上の人生経験豊富な?受講生、、、 初めから規定の講習で合格出来ないのが解っていて、補習講習は本人負担とはおかしな話じゃないか! と詰め寄ると、 解りました、5時間の補習までは費用負担すると話しのわかる回答が、気を良くした受講生、調子に乗って今度は、5時間もの補習でも合格出来ないのは教え方が悪いのだろうから、教習所で費用負担して、、、と詰め寄ったが、それはダメだったな、、、、、 crying 。

 

                  

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2012-06-16

残雪の妙高、頚城連山

 

丁度1年前の今日(6月16日)火力発電所建設地より撮った妙高連山の写真だ(写真上)。左より雲をいただく百名山の一つ、妙高山(2,454m)、その右が百名山の一つ、火打山(2,462m)、その右が新潟県で唯一の活火山、焼山(2,402m)火打山の下の黒い低い山が南葉山(949m)だ。今年は26年振りの大雪に見舞われたが、妙高、頚城連山も今年は雪が多いようだ、1週間ほど前よりようやく妙高連山も一部、山肌が見えるようになってきた。南葉山も未だに沢には残雪が残っている、5月の連休頃に山開きに成る近くの1,000メーターくらいの山は何れも山開きが1ヶ月近く遅れたようだ。昨年は念願の妙高山に登る事が出来たし、火打山も調子付いて50年振りに登る事が出来た。更に黒姫山、飯縄山、斑尾山、等と登りすっかり山に惚れてしまった。今年は、こりゃやっぱり日本一の富士山に登らなきゃ、、! とすっかりその気に成っているし、毎日市内を仕事で走り回っていると目に付く山が(写真の右端)んー、良い山だなー、あれは何て言う山だ? 調べて見ると、権現岳、鉾ヶ岳、、、、ここにきて大分雪も消えて山肌が出てきた、、よーし、これも何とか登らせてもらいたいなー、、他にも戸隠山、百名山の雨飾山、高妻山、苗場山、など等、、決してそうは若くはない自分をここまでかきたてるの、何なんだろう、、、

 

 

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2012-06-15

年金支給日で大忙し、、

今日15日は公的年金受給者の年金支給日、今日は忙しく成るな―! 毎回支給日は例外に無く忙しくなる、通常よりも動く車も多く配車になるんだが、、いつもは朝の7時前より仕事のピークが9時頃まで続き、その後一時は駅前の待機場所が待機の車で一杯になるんだが、今日は金融機関が始まる9時過ぎより動き始めたようだな、、 運転手さん、○○銀行に行ってくれる、そこで悪いけどちょっと待っててくれる、、お年寄りになるとATMは苦手で銀行の窓口を利用される人も多い、10分位で出てこられて今度はコンビニへ行くように指示、ここは数分で出てこられた、私の推測では何か振り込みをされたんじゃないかな、、次はスーパーに行くように指示、15分位待っているとカートにどっさりと乗せて出てこられた、、いやー、いっぱい買っちゃった、、やっと自宅までお供すると、運転手さん、悪いね、ちょっと玄関の前に置いといて、、、 えー、良いですよ、、スーパーで買ったたくさんの荷物を持って玄関まで、、、昼、食堂で弁当を食べていると、あちこちでいやー、今日は銀行、郵便局行きばっかだ、比較的短い距離ばかりだが忙しいんだ、皆さん今日の日を待っておられるんだね、、大部分の高齢者は、これが生活するための基になるんだもんな、、野田さん、しっかりと頼みますよ、、! 今日は駅構内待機も少なく久し振りに忙しかった、全走行距離142キロ、19回お客様をお供した、、

 

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2012-06-14

[今日の話] ウォーキング

4月からウォーキングを始めて2ヶ月半が過ぎた、大分身体も慣れてきたように感じるが。今日も日中は27度の真夏日であった、4時半過ぎに仕事から帰り直ぐに着替えてウォーキングに出発だ、今日は○○公園から展望台まで登り旧国道を通り○○神社などの史跡群を通り1周する50分~1時間のコースだ、春は桜が咲き誇り、そして木々が新緑に入り綺麗だ、今は山つつじが咲いていたり、名前は知らないが色々な花が山肌に咲いている、ウグイスなどの小鳥のさえずりも聞こえ目と耳を楽しませてくれる贅沢なコースだ、息を切らせて展望台に登りここで一息を入れる、眼下に日本海、直江津港を臨み直江津地区の市街地が手に取るように見える、遠くには米山、東頚城の山々までが見渡せる、、、この時間帯は最近、高齢者の散歩を楽しんでいる人達に結構あう、、大体が私よりも先輩に見受けられるので、 コンニチワ! と挨拶をするんだが三分の一の人は知らん顔、、、、向こうから歩いてきた帽子を深々と被った女性、数十メーター手前からぷっと横を向き、私の横を通り過ぎるまで横を向きっぱなし、、、気分悪いねー! 別に私の顔を見て頂かなくても良いんだが、何も横を向かなくてもいいじゃないか、、、そんなに背も高くは無いし、決してカッコの良い男とは言い難いが、そんなに見にくい体つき、顔つきでもあるめー、、! と言ってやりたい。 犬の散歩の中年の女性、彼女の方から コンニチワー、、! と言ってきた、 女性はこうでなきゃねー 、、いつもは殆んど歩く事の無い車社会、歩いていると周りの家々の形、お庭、など等が良く目に入り楽しませてくれる。汗かきの私はびっしょりと汗をかく、、家に帰りシャワーを浴びて一杯となる訳だ、、

 

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2012-06-13

[古い航海日誌 霞峰丸③] インド洋、洋上のアマチュア無線、

サウディアラビア、カフジを出港した本船はペルシャ湾とオマーン湾の間のホルムズ海峡を通過してインド洋アラビア海へ、時々本船の横をイルカの大群が時々とび跳ねながら本船と競争して泳いでいる。通信士が2名に減員されてからはセイロン島(現スリランカ)から西では基本的には日本の海岸局と通信はしない事になっている、確かにこの海域まで来ると日本の海岸局と直接通信するのは大変な事は事実だが、私個人的には異論もあるんだが組合との協定で決定された事項だ、当社はフランスの海岸局/FFSと交信する事になっている。従って約2週間ほど日本の海岸局と通信していないが、復航時スリランカのドンドラ岬を通過すると本社宛てに通過電報を打電する、 18ヒ1230ドンドラツウカ、ヘムイサカイ31ヒアサ」センテウ (18日12:30ドンドラ岬通過、31日朝、堺着予定」船長) となるわけだ。午後の私の当直時日本の海岸局、長崎無線局/JOS 銚子無線局/JCS と交信すると電報がどっさりとある、正月の年賀電報も数通受信した。

 

趣味のアマチュア無線も連日ペルシャ湾、停泊中以外は艫のドクター(船医)の空き部屋まで行って楽しんだ、インド洋まで来ると日本とは3~4時間の時差がある、午後の当直が終わって夕食後5時半頃から1~2時間アマチュア無線を楽しむ、21Mhzでヨーロッパ、アメリカの東海岸、南アメリカあたりが面白いように交信できる、外国は電信(モールス通信)が主だ、その後、電話で日本の局と交信する、毎日呼んできてくれる局もいる、沢山の友達も出来た、瀬戸内の島に在住の盲目の局もおられた、、、留守宅のある大分の同じマンションに住むH嬢とも交信出来たし、同じ大分市内の友人とも交信できた、私の郷里の新潟の局ともつながった、、夜の当直が終わってから又月夜の時は良いんだが真っ暗やみの中を艫の窓からかすかに漏れる明りを頼りに100メーターのフライングパッセージを歩いてドクターの部屋へ、日本では朝の3時4時だが電波伝搬状態の良い時は、 CQ CQ CQ こちらは JR6KRG 海上移動、、、、、、、と始めると、呼んでくるは、呼んでくるは、 もうそろそろ聞こえてくる頃だと待ってました、、、、、と、 ありがたいね!今度船が日本に入港したら船を訪ねてもいいですか? と言う岡山県のアマチュア無線家も、、、

            

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2012-06-12

巡視船 ” やひこ ”

 

朝仕事で海岸道路を走っていると中央埠頭に停泊している船の煙突の一部が見えた、 おッ、保安庁の船が入っているな、、、 良く見るとどうも煙突が2本あるようだ、PLクラスの大型の巡視船だ、 ”えちご” か ”やひこ” だな、、 近づいてみると 第九管区海上保安本部の巡視船 ”やひこ” だ。 PCクラスの巡視艇はたまに入港しているが巡視船はめったに入港しない。第九管区海上保安本部は新潟市にあり新潟県、長野県、富山県、石川県を管轄している。新潟海上保安部、伏木海上保安部、七尾海上保安部、金沢海上保安部、に分かれ更に規模の小さい海上保安署が管内に数ヶ所置かれている。我が上越には上越海上保安署があり巡視艇”なつぎり”が配属されている。大型船と言っても僅か1000トン~2000トンだ、冬の日本海や時化の時の勤務の苦労は元船乗りのhamさんにはよくわかる、、、

 

 

上越海上保安署所属の巡視艇 ” なつぎり ” いつも南埠頭に停泊しているが、これからは夏のシーズンに向かいパトロールなどで忙しくなるだろう、、、、

 

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2012-06-11

[我が故郷] 天下の険 親不知、子不知(おやしらず、こしらず)

26年振りの大雪に見舞われた今年だが、丁度2か月前の4月、陽気に誘われて、北陸地方最大の難所と言われた天下の険、親不知(おやしらず)に行ってきた。国道8号線、糸魚川市内を過ぎ北陸高速道、親不知インターチェンジを過ぎて幾つかのトンネル、洞門を抜けると「天険トンネル」が見えてくる、その手前から海側に向かい岩を切り開いた道が、「天険親不知線」だ、(通称、親不知コミュニティーロード)この約1キロの道は「日本の道100選」に選ばれ現在は遊歩道になっている。ちなみに新潟県内からは「日本の道100選」に2ヶ所選ばれているが、一つはこちらで、もう1か所は国道148号線(糸魚川市から長野県、白馬、大町市に向かう国道)糸魚川市根知入口から姫川温泉などがある糸魚川市大所までがそうだ、糸魚川市から2ヶ所選ばれている、偉そうな事を言う私も知らなかったねー、、、! 天険トンネル入口の海側に小さなホテル「親不知観光ホテル」がある(写真)が、行った当時は営業をしていなかった。

 

道路脇の駐車場に車を止めて、北アルプスの北端が日本海になだれ落ちる絶壁に造られた古道、「親不知コミュニティーロード」を遠い昔の先人達の苦労に思いをはせながら歩いてみた。海側の大きな岩に詩が書かれている、、、、

親不知 雪が 海から 天へふる、   と書かれている。冬は季節風の強い日本海、シベリヤからの西風が岩肌にぶち当たり、空から降る雪が天に吹きあげられる様を詠んでいるのだろうか、、、。

 

親不知・子不知(おやしらず・こしらず)の名前の由来については、二つの説が有ります。一つは、危険な波打ち際を通る時には、自分の身を守るのが精いっぱいで、親は子を忘れ、子は親をかえりみる余裕が無かった事から「親しらず子しらず」だと言う説です。もう一つの説は、今から約800年前の平安時代の末、平 清盛(たいらのきよもり)の異母の弟、池中納言 平 頼盛(いけのちゅうなごん たいらのよりもり)は平家滅亡後も一人栄えていましたが、京の子供たちの悪口に耐えきれず、所領である越後五百刈村(現在の長岡市、旧中之島町五百刈)へ移り住みました。この夫の後を慕って、ここを通りかかった夫人が、二歳の愛児をふところから落とし、波にさらわれてしまいました。その悲しみのあまりに詠んだ歌が

親しらず子はこの浦の波枕 越路の磯のあわと消えゆく、

であり、それ以来この地を、親不知・子不知と呼ぶようになったと言う説です。断崖に荒波が打ち寄せる景色は迫力があり、新潟県の名勝に指定されています。

 

(第一世代の道)

この親不知の難所を越えればまるで極楽浄土を旅するようだという事で、この辺りは浄土と呼ばれており、そこには波除不動が祀られています。旅人は皆 「無事通り抜けられました」 と手を合わせて、先へと旅立って行ったと言われています。

(第二世代の道)

この天下の難所も明治11年(1878)、明治天皇の北陸御巡幸の時に海岸沿いは危険がある為、山道を遠回りした事を契機に国道建設運動が盛り上がり、明治16年(1883)に東西日本を結ぶ日本海側の大動脈が完成しました。この工事は断崖絶壁を縫って、すべて人力で行われ苦難を極めたと言われております。この様に明治人が近代国家建設に向けて開削した道が現在の「市道天険親不知線」です。高さ80メーターの断崖の上、国道としては道幅も狭く今から見れば決して快適な道とは言い難いが、この道が出来る前は、潮の満ち引きを考え、崖下の海岸線を命がけで通った事を考えれば当時の人達の喜びの姿が目に浮かぶようだ、、、、。

(第三世代の道)

その後、何回も改良と災害復旧が重ねられましたが、現在の車社会に対応して昭和41年(1966)、国道8号線 天険トンネル(延長734メーター)が完成しました。

(第四世代の道)

昭和63年(1988)、近年の高速交通時代に向かい、現在の道路建設技術の粋を集めて、日本初の海上高架橋、親不知海上インターチェンジを含む、北陸高速道が完成しました。

 

1代目が、親不知・子不知の名前の由来になった海岸線の旧北陸道、2代目がこの「天険親不知線」、海岸線に張りつくように続く現在の国道8号線は3代目、そして少し先の海に目をやれば海上を走る4代目の高速道路が見える。 青海八景 四世代道暮色 (写真)から眺めていると、遠い昔から現代社会までが見えて不思議な雰囲気にさらされる、、、、、。

 

この道を中程まで進むと、道路から見上げる大きな一枚岩に、約1メーター四方の字で、 「如砥如矢」 とのごとく、やのごとし、と刻まれている(写真)。砥石のように滑らかで、矢のようにまっすぐな道、という意味で、開通の喜びが表されている。この道路の工事に力を尽くした青海の人で、富岳磯平(とみおかいそへい)の書と言われています。

 

遊歩道を行くと東屋があり、その隣にイギリスの宣教師、ウォルター・ウェストンの像がある。ウェストンは明治22年(1889)から大正7年(1948)までの間に3度来日しました。日本アルプスや富士山など多くの山岳を紹介し、日本の近代登山の振興に大きく貢献しました。明治27年(1894)7月に、ここ親不知を訪れその景観に感動しその著書「日本アルプス登山と探検」のなかで一枚岩に刻まれた「如砥如矢」を紹介しています。毎年5月の下旬に 海のウェストン際 がここで行われ多くの関係者が訪れる、今年も27日に盛大に行われた。

 

ここ親不知は著名作家に愛され、古来より多くの文学作品に登場しています。

「源平盛衰記」 、、、作者不明。  「善光寺紀行」 、、、尭恵。   「奥の細道」 、、、松尾芭蕉。   「諸国道中金の草鞋」 、、、十辺舎一九。   「山椒大夫」 、、、森鴎外。   「親不知・子不知」 、、、深田久弥。   「日本海の波」 、、、久保田万太郎。   「越後つついし親不知」 、、、水上 勉。   「日本アルプス登山と探検」 、、、ウォルター・ウェストン。   「日本美の発見」 、、、ブルーノ・タウト。   など等たくさんある、、。作家の水上 勉(大正8年~平成16年)は著書「新日本紀行」のなかで親不知について次のように書いている。

越後の「親不知」を私は好きである。美しい日本の風土のなかで、私はいちばん「親不知」が好きである。私はこれまで「親不知」を何度訪ねたことだろう。東京に住むようになってから私は若狭へ帰るたびに、わざわざ北廻りの汽車に乗ったのは、「親不知」の風光を見るためであった。「親不知」は激しい断崖と荒波の海しか見えない、日本の中心部を横断する中部山岳地帯が、北の海へ落ちこむのはこの親不知付近である。山は固く、頑固な壁となって北陸道へ険しく襲いかかるように、樹木の少ない荒ぶれた肌をみせて落ち込んでいる、、、、、、

多くの著名人に愛され、色々な舞台となった親不知(おやしらず)を訪れたのは、ところどころ道路の脇に除雪の雪が残る季節であったが、今は日本海になだれ込む断崖に、はえつくばるように生い茂る木々の緑がきれいだろう、、、。

 

 天下の険、親不知、子不知のスライドショーは  = こちら =

 

 

      

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2012-06-10

[古いスコアカード 第3の人生] 慣れない営業活動 ⑧ 新しい仕事、

ある時、知り合いを通して、ある仕事を手伝ってもらえないか、、と言う話がきた。このある仕事というのは、この地方で4社目の携帯電話の開業に向けて、基地局建設の為の土地所有者との折衝の仕事だ。んー、面白そうだな、やってみるか、、、!  軽い気持ちで引き受けた、 しかーしだ! それが思っていたよりも大変な仕事なんだ。キャリヤー(携帯電話会社)よりコンピューターでシュミレーションし基地局建設希望場所の範囲を指定して、この範囲内で建設可能な場所を探せ、、とくる。指定した範囲内を色々と探し、良さそうな場所が見つかるとキャリヤーに報告、許可がおりると、これからが大変なんだ、先ずその場所が基地局など建設許可がおりる場所なのか、、、行政機関の担当部署に出向き調べてもらう、遺跡、史跡などの指定場所は先ず許可が出ない、あわせて市の景観条例などに該当しないか調査する、場所によっては、警察、消防、国交省、県の出先機関などに出向き調査、打ち合わせをする。問題が無ければ初めて建設予定地の土地所有者に会い諸事情を説明、借地が可能かを交渉をする、使用していない様な場所であれば、借地料などからして交渉が成立する事が多いんだが、OKとなると町内会長さんなどに会い状況を説明、了解を頂くんだが、ここで反対者が出れば、話はその先に進めない、OKとなると法務局に出向き校正図をとり、建設予定地から半径○○○メーターの範囲内の全ての土地所有者を調べ1軒1軒廻り了解を取り付ける、勿論1軒でも了解を頂けないとダメだ、土地所有者が遠方にお住まいの場合もあり結構苦労する、思った以上に手間暇がかかり、それなりの経費もかかる、、そして全てをクリヤ―して初めて土地所有者と正式に契約となる。ここまでが私の仕事だがあまり割に合う仕事ではないネ、今でも自分が契約までこぎつけた基地局を見ると、苦労した頃を思い出す、貴重な経験をした、、

 

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2012-06-09

火力発電所

 

 

 私がひょんな事からタクシードライバーを始めたのが平成19年、この年に火力発電所の工事が始まった、埋め立てられた広い敷地に、おびただしい数の杭打ち機が立ち並び基礎の杭打ちの仕事をしていた。勤務の日は殆んど毎日と言ってもいい位、お客様をお供して発電所の建設地を訪れている。従って工事が始まった時から見守ってきた光景だ。工事に携わるたくさんの会社のプレハブの現場事務所は幾つも建ち並んでいる。電力会社の現場事務所も当時はプレハブの事務所、社員の方をお迎えに行っても廻りは海だ、冬などは強い季節風のなか、寒いし、ドアーを開けるにも苦労をした。5年経った今は立派なサービスビルが完成している、冬でも風に苦労する事は無い、 楽になったねー! 社員の人も工事が始まった当時からいる人も、、、写真はちょうど3年前の6月の写真だ、タービンなどが入る発電建屋もまだ一部分の骨組みの段階だ。来月から2系統、4つの発電機のうち1号機が営業運転に入ると聞いている、春から外の付帯工事も急ピッチで行われているようだな、、敷地内の緑化もボチボチ進んでいる、完成時には恐らく鉄の塊が建ち並ぶ敷地内に多くの緑地が出来るんだろう、、、燃料のLNGを積んだタンカーも昨年の10月に第一船が入港以来4回入港している、来月又LNGを積んで入港するようだ。   

 

 

タービン建屋は完成している、今は私の推測では4号機のガスタービンの据え付けの段階ではないかと思うがネ、、、、燃料貯蔵用の3つのLNGタンク、二つは完成、残りの一つももうじき完成だろう、、。お客様をお供して、私自身も興味があるので、ちょこちょこ質問する事にしている、勿論誰でもと言う訳ではないが、、お客様の様子を察して、、なかには目をつぶっている人もいる、本を読んでいる人もいる、 やっぱり一流企業のエリート社員は違うね、、、、 この発電所は最新鋭の方式を採用しているようだ。コンバインド・サイクル発電方式と言うらしい、(発電に使った熱エネルギ―をもう一度使い発電する方式、) マイナス162度に冷却された燃料の液化天然ガス(LNG)を燃焼すると、高熱が発生する、同時にガスの体積は急激に膨張するが、この膨張の力を利用してガスタービンの羽根車を回し発電機を回し発電する。ガスタービンから出た排気ガスはまだ高温なので排熱回収ボイラーで回収し、これを再利用して高温・高圧の蒸気を作り、蒸気タービンを回し発電する。このように2つのタービン「ガスタービン」「蒸気タービン」を回すことにより、燃料の節減、環境に配慮した効率よい発電方式、 つまり、一粒で二度おいしい、、、って訳だ。発電された電気は送電効率の面から変圧器で27万5000ボルトに昇圧し、送電線で長野県に送られ中部電力の送電網に繋がれる事になる。 (写真は現在の物)

 

 

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2012-06-08

[hamさんの日本の歌心の歌] 松島アキラ ♪ 湖愁 ♪

私の青春時代はまさに歌謡曲黄金時代であった、なけなしの小遣いでSPレコードを買ったり、当時は確かフォノシートと呼んだような気がするが、ペラペラな薄いプラスティックの様なレコードを買ったり、友達からレコードプレイヤーを借りて夢中で聞いた、、、父親によく、 勉強もしないでそんな事ばっかして、、、 叱られた。その精でも無いだろうが、私は昭和36年高校受験に失敗した、全く想定外で途方に暮れ、浪人するか、就職するかの選択に迫られた、担任の先生の、若い時の一年や二年は幾らでもとり戻せる、、来年又受験すればいいじゃないか、の言葉で踏ん切りがついた、よし、来年又受験しよう、、、 先生の勧めもあり夜は普通高校の定時制に通い昼間は遊んでいるわけにもいかないし、職業訓練所(古いねー!、今で言うテクノスクールだ)へ通った。同級生にめっぽうギターの上手なのがいた、小林 旭の真似でもしたら天下一品だったな、この年も多くの歌謡曲が大ヒットしたアイ・ジョージの「硝子のジョニー」、石原裕次郎の「銀座の恋の物語」、植木等の「スーダラ節」、小林旭の「北帰行」、坂本九の「上を向いて歩こう」、島倉千代子の「襟藻岬」、マヒナ・スターズの「北上夜曲」、フランク永井の「君恋し」、仲宗根美樹の「川は流れる」、など等があるがどれも好きな曲だ、その中に 松島アキラ の 「湖愁」 も大ヒットした、、、

又この年、世界初の有人宇宙船、ガガーリン少佐を乗せたソ連の「ボストーク1号」が打ち上げられ成功した。 「地球は青かった」の言葉は有名である、、。

 

 

 

湖  愁

作詩 宮川哲夫  作曲 渡久地政信
昭和36年
1 悲しい恋の なきがらは
  そっと流そう 泣かないで
  かわいあの娘よ さようなら
  たそがれせまる 湖の
  水に浮かべる 木の葉舟


2 ひとりの旅の 淋しさは
  知っていたのさ 始めから
  はぐれ小鳩か 白樺の
  こずえに一羽 ほろほろと
  泣いて涙で 誰を呼ぶ


3 夕星一つ 又一つ
  ぬれた瞳をしのばせる
  思い出すまい なげくまい
  東京は遠い あの峰の
  越えてはるかな 空のはて

 

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2012-06-07

ジャンボタクシー、、

 

 私が勤務する営業所に現在4台のジャンボタクシーがある、入社した頃はジャンボタクシーを運転するのは大体10年以上のベテラン運転手だったが最近は台数も増え、又需要も増えた精もあると思うが入社数年の若手の人も運転するようになったようである、私は決して若手ではないが、どう言う訳か昨年よりジャンボタクシーも乗るようになった、どう言う判断基準なのか私は述べる立場では無いのでなんとも言えないが、、、。最近はジャンボタクシーの利用者が増えてきたのは確かである、、乗客定員は大人9名である、料金は大型料金が適用になるが乗車人数によっては普通の小型、中型タクシー 2~3台使うよりは随分と割安である、結婚式、法要、グループの観光、、など等、又最近はお客様も賢くなり、ビジネスでも利用される、、、車庫に戻り乗り換える手間などが有り、現場の我々は近距離の場合などは特に、えー、、! となるがこれも仕事だ、、 乗車されるお客様の人数も多いし、車体も大きくなるので新米ドライバーのhamさんは随分と神経も使う、、、、。今日も朝一番である会社の社長様を会社までお供して、空車になると予想通りフロントより車庫に戻りジャンボタクシーに乗り替えるよう指示がきた、、ある新築のアパートから中部電力の火力発電所建設事務所までの定期の仕事、、、建設事務所で空車になると今度は○○○小学校へ行くように指示が、、1週間前にも来た事があるんだが今日もジャンボタクシー2台、3年生の授業の一環で校区の地理の勉強との事、、2台に分かれて乗車して来た、まー、賑やかな事、前回と同じ男の子が助手席に乗って来た、 おい、○○お前、この間も前に乗ったから今日は俺に替われや、、 あたしも前に乗りたい、、、と女の子、、可愛いもんだね、、こんな子供に怪我でもさせたら大変だ。東京まで結婚式に行く家族のグループなど長距離に利用されるお客様も結構おられる、使い方によっては随分とお得だね、、、、。

 

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2012-06-06

[今日の話] hamさんの、今日の一日

今年に入り勤務を夜主体の勤務から昼間の勤務に替えて頂き、体力的には随分と楽になった。 しかーしだ! 一つだけ困った事がある、それは自分の時間がなかなか取れない事である、土日以外は朝の7時からの勤務、4時半過ぎには起床して新聞に目を通しながら大体がパンで簡単に朝食、着替えて20分位パソコンに向かいチェック、、、6時ちょっと過ぎには出勤する。勤務終了は7時からの時は基本的には15:30までであるがほとんど残業で帰宅が4:30~5:30位になる、大急ぎで着替えて晴れていれば1時間ほどウォーキングへ出発、帰って食事と言うか焼酎で一杯となる、、早目に切り上げて入浴かシャワー、そして30分から1時間半位パソコンに向かう、9時を過ぎると最近は目がくっつきそうになる、、、、ヤバイ! 気が向けばちょこっとテレビを見て10時前には寝る、、、、、色々とやりたい事は沢山あるんだが時間が無くて出来ない、、一日27時間くらいにならんもんかネ、、、つい、たまの休みが重要だ、、今日は1週間振りの休み、久し振りに7時前まで寝たネ、、、久し振りにゆっくりと新聞を読みながら朝食、女房にいつも 新聞を読みながら食べるのはやめろ、、! と叱られるが、 時間が勿体ない、と言うか癖、と言うか行儀が悪いね、、今日の予定は庭の草取り、僅かな家庭菜園の残ったところに野菜の苗を植える、曹洞宗 林泉寺へ写真を撮りに行く、ウォーキング、と忙しい、、

 

 

一段落し着替えて庭の草取りだ、今のうちに取らないと大変な事になるんですわ、チュウリップの球根も掘り起こして秋まで保管する、汗をふきふき昼過ぎまでかかりようやくなんとか綺麗になった。昼食を食べてホームセンターまでこれから植える野菜の苗を買いにひとっ走り、、植えるのは夕方にしよう、、カメラを持って 林泉寺へ出かけた、仕事などで何度も来ているんだが、今日は写真を撮りながらゆっくりと見学でもしよう、平日は比較的観光客も少なく、写真を撮るには好都合だ、良く手入れのされた境内など、緑が美しい(写真)、上杉謙信公、堀家、など等の墓地もじっくりと廻って来た、そして宝物殿へ行くといつもの説明の小父さんが暇そうにしておれれる、二三質問をすると、待ってました―! とばかりに色々と詳しく説明をして頂いた、さすが詳しいわ、、いずれ纏めて又ブログにアップしたいと思いますがネ、、、。

 

 

そして恒例のウォーキングへ、汗かきの私は汗が流れ落ちる、、しかし暑い時に汗をかくとなんとなく気持ちが良く痩せた気分になれる、、? そして先程買ってきた野菜の苗、枝豆、オクラ、スイカ、四角豆、シソ、ゴーヤ、 と肥料を混ぜた畝に植えた、そしてたっぷりと水やり、、前回植えたナス、キュウリなどは順調に大きくなってきた、後はたまに肥料をやり、草を取り実がなるのを待つだけだ、来月には初収穫が出来るだろう、、、今日、イチゴも10個くらい収穫出来たし食べてみると味は最高だったネ、、、。

 

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2012-06-05

[仲良し、ちびっ子二人] ちびっ子のひとり言、

1週間振りに家族で、リクも連れて爺ちゃん、婆ちゃん、のところに

遊びに来ました、、、

みんなで、ママちゃんの、誕生祝いもしました、、、何歳か知りません、、、

 

 

爺ちゃんが、うえたイチゴがすこしくなったので

あたし、とってきました、、

爺ちゃんも、一つ食べてみるぅ、!

おいしいよー、、

 

 

マナちゃん、うしろから押してくれる、、

んー、いいよー!

お姉ちゃん、爺ちゃんとこ、広くていいねー

           

 

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2012-06-04

[古い航海日誌 霞峰丸③] サウディアラビア、カフジ発堺向け、

夜半過ぎ荷役が終わった、クリアランス(出港許可証)を受け取り直ぐに出港だ、出港と言っても広い海の上、沖のブイに係留してあるだけ、ペルシャ湾でも一番面白くも無い積地だ、だからタンカーはきらいだネ、、エンジンが動き始め日本に向かい走り始めた。入港前に集めた乗組員の酒、タバコ類を入れたストアーの封印を外して預かった酒、タバコを各食堂のテーブルの上にリストと一緒に置いておく、、、航海中の方がよっぽど気が楽だ、部屋の鍵をかける必要もないし、酒も飲めるし、所定の場所ではタバコも吸えるしネ、、バスルームの湯船にどっぷりと浸かり手足を延ばす、、気持ちイー、、、そして部屋に戻り、腰にバスタオルを巻き付けて部屋で一杯だ、あまり冷えていない缶ビールを一気飲み、そして愛用のニッカ G&G のロックでちびちびとやる、、至福のひと時だ、、一人で飲んでいると色々な事を思い出す、、、家では妻や二歳になった長男、元気だろうか、、日本まで半月ちょっとの航海だ、、まだ先が長い、そろそろ寝るかネ、、、

 

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2012-06-03

[古いスコアカード 第3の人生] 慣れない営業活動 ⑦ 辛い日々、

毎日々、飛び込み営業で廻っていると、そんなに大きな町ではない、可能性のあるところは殆んど廻ってしまった。半分以上は話しさえ聞いてくれないのが現状だ、以前の本業の仕事であればお陰でこの地方ではそこそこに名前が通じるが、今の仕事では、つくづくネームバリューの無さを実感した、テレビで宣伝している大手企業と張り合うのは到底無理な話だね、、、、。契約が取れない時は1ヶ月以上廻っても契約が取れない、、 あー、そろそろお昼だから訪問してもダメだな、、今日は天気が良いから社長はいないわな、、月末だから社長は忙しくて話しなんて聞いてもらえないだろうな、、、、自分に都合の良いように勝手に判断してしまう、そんなんじゃダメだ、頑張らんと、、と自分に言い聞かせて廻り始めるがやっぱりダメだ、公共施設の駐車場に車を止めて、色々と考えるが、そんなに良い安は浮かばない、食堂に寄り昼飯を食べる余裕はない、スーパーに寄りパンとコーヒー牛乳を買い、車の中で昼食だ、嫌気がさして、車の中で夕方からのアルバイトまでラジオを聞いて時間をつぶすのも度々あった、      辛いなー!

 

店舗を閉鎖する数年前からはゴルフも行っていない、車で長距離に出る 事も無くなった、仕事は軽ワゴン車で十分だ、全く使わなくなり車庫に入りっぱなしの愛車クラウン、使わなくても車検、自動車税、任意保険、等と経費がかかる、、、思い悩んだ末、売る事にした、思えば私と車は、5万円の中古のカローラから始まった、中古のカリーナ、中古のギャランΣ、そして、やっと買った新車のトヨタマークⅡ、そして遂にクラウン、 いつかはクラウン と思い頑張ってやっと手に入れたクラウンだが断腸の思いで手放す事にした、今はそんな贅沢は出来ない、 と自分に言い聞かせたが、、、、、 辛いねー!

             

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2012-06-02

年に一度、恒例の全員研修

毎年の事だが6月に入ると憂鬱な時期がある、、各営業所から集まり恒例の全社員研修だ、全社員が一堂に会する事は不可能なので7日間にわたって行われる、30数年勤める先輩に聞くと、私が入社した時は既にこの研修はあった、、、 と言うから30数年以上続いている事は確かだ、、私は2日目の今日だ、この研修もあと何回受ける事になるんだろうか、、あと1回か、2回か、これが最後になるか、、

 

 

朝の05:50 上杉謙信ゆかりの曹洞宗 春日山 林泉寺 に集合だ、そして06:00 いよいよ研修の始まり、発声練習で 五大接客用語、安全運転の心構え、 の斉唱だ、静まり返った境内に ゴォーン ゴォーン、、、、 いい感じだね、! (写真は林泉寺惣門と山門)

 

             静けさに 鐘の音

              

                     ひびく林泉寺

 

続いてお御堂に集まり現在の40世住職による、座禅を組んで法話を聞く、4百数十年前、上杉謙信もここ林泉寺で幼年期、6世天室光育、7世益翁宗謙和尚によって厳しく文武の教えを受けたんだろうな、、そして、おつとめで般若心経(はんにゃしんぎょう)等をあげて1時間の修行は終わり、、その後会社のトップのお話、担当課より安全運転、サービスに対する講義があり、いよいよ外に出て、一番嫌なサービスのロールプレイングだ、、一人ずつお迎えから乗車のドアーサービス、車内の会話、降車時のドアーサービス、挨拶、など細部にわたり細かくチェック、間違ったり悪い場合は又やり直しだネ、、、、そして昼近く今日の全ての予定は終わった、、 ヤレヤレだわネ、、、、!

 

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2012-06-01

[我が故郷] 旗持城跡

 

国道8号線、旧北国街道の米山峠を抑える要所に位置する旗持城跡に行ってきた。国道8号線の米山の信号を過ぎると登りになるが、その山側に旗持山(城山)の登り口がある(写真)。車が3~4台ほど停められるスペースが有り、そこに車を止めて登り始めた。

 

 

標高366メーターの低い山だが、海岸線にそびえる山で、低い割には登山気分を味わえる山だ、十数分歩くと 水場 がある、暫く歩くと お城坂 と言う名前の案内板が立っていた、枯れ葉を踏みしめて登って行くと、左側がパット開けた、見ると みはらし と書いた案内板が立ち木にぶら下がっていた、今年は雪が多かったからなー、、 紐で木に縛り付けてきた、日本海が眼下に見渡せる、なかなか見応えがある景色だ、、案内板では登り1時間とあったが、50分で頂上、旗持城跡に着いた(写真)。なかなかの絶景だ、視界が良ければ遠く佐渡島、弥彦山なども見えるんだろうが、今日はダメだ、、、、

 

 

 旗持城は標高366メーターの堅固な山城であり、天嶮の地形を巧みに利用して構築された為、大規模な普請は見られない。旗持城が歴史上に登場するのは天正6年(1578)の 「御館の乱」 の時である、ここ旗持城に上杉景勝軍の佐野清左衛門尉が立て籠り、柏崎方面より春日山城を攻撃しようとする上杉景虎軍を抑え、景勝軍の勝利の一翼を担ったと言われている。

 

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名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた
激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る
我が人生、






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