
2012-02-29
2012-02-28
上越市南本町、旧北国街道沿いに日本最古の飴屋と言われ、国の登録有形文化財に指定されている(株)高橋孫左衛門商店がある(写真)、創業は寛永年間(1642年~)で粟飴、翁飴、笹飴、と飴一筋を創製、販売し続けている。水飴と寒天で作る翁飴は当時の高田城城主の参勤交代の土産として使われていた程で日持ちの良さと独特の食感が江戸を通じて全国に広まったと言われている。
「東海道中膝栗毛」の著者としても名高い、戯作家の 十辺舎一九(じっぺんしゃいっく) も訪れ、「越後道中記・金の草鞋」に、 「評判は高田の町に年を経て豊かに澄める水飴の見世、、、」 等と紹介されている、又、夏目漱石の「坊っちゃん」にも笹飴が登場する。明治7年の火事で奥の土蔵以外は焼失したが翌8年には再建している、能生(現糸魚川市)から山、一つ分の木を筏を組んで運び、又高田城の旧材も譲り受けたと言われている。
十返舎一九(じっぺんしゃいっく)
江戸時代後期の大衆作家、浮世絵師で、明和2年(1765)駿河国(現、静岡市葵区)で町奉行の同心の子として生まれた。静岡市葵区両替町一丁目に生誕の地の碑が建っている。、弥次さん、喜多さんでお馴染の「東海道中膝栗毛」は有名である。天保2年(1831)9月12日没。
2012-02-27
2012-02-25
2012-02-24
2012-02-23
2012-02-22
2012-02-21
2012-02-20
昨日は「草木の芽が出始める」とされる24節気の一つの「雨水」、県内は強い寒気の影響で今冬最低気温を記録したところもあった、しかし日中は時々陽が差していた、今日は薄曇りだが、時々雲の切れ目から太陽がのぞく、、、この日差しにも何かしら春を感じられるような気がするが、、、、。
子供の頃は今の時期、連日の雪模様から解放されて、晴れた日の朝は気温こそは下がり寒いが雪原が氷り雪原を自由に歩く事が出来る、しみ渡り と言って、小学校までショートカットで一直線、普段の半分以下の時間で行ける、この時期の晴れた日の楽しみでもあった、勿論、帰りは気温も上り、凍結も融けてしまいどびって(ぬかるんで)ダメだが、、、大人は自分の家の田圃に穴を掘り、春になると田んぼに蒔く堆肥をソリで運んでいた、今思うと、一面真っ白な雪原によく自分の家の田圃の場所が解るなー、、、と感心するが、、、少しづつ春の足音が感じられる雪国の今日この頃である、、、、、。昨日、仕事中にラジオのスピーカーから流れた曲、、、
作詞 百田宗治
作曲 草川 信 ♪ どこかで春が
どこかで「春」が生まれてる、
どこかで水がながれ出す。
どこかでひばりがないている、
どこかで芽の出る音がする。
山の三月東風ふいて
どこかで「春」が生まれてる。
草川 信(1893ー1948)
作曲家、草川 信(くさかわ しん)は、明治26年(1893)2月14日、長野県埴科郡松代町(現・長野市松代町)に生まれた。1913年に東京音楽学校(現、東京芸術大学の全身)に入学し、バイオリンとピアノを学びますが、そのときのピアノの師が、「靴が鳴る」や「雀の学校」の作曲者として知られる弘田龍太郎でした。その弘田との親交から、卒業後、東京で教員をしながら雑誌「赤い鳥」の童謡運動に参加し、1921年に「夕焼け小焼け」を作曲して、童謡作曲家として一躍有名になります。その後も「ゆりかごのうた」や「どこかで春が」「緑のそよ風」「夕焼小焼け」「春のうた」など、流れるような曲に、親しみやすく印象深いメロディを多数生み出したが、幼少の頃の草川 信はとてつもない腕白坊主であったと言われている、昭和23年(1948)に亡くなりました。
百田宗治(1893-1955)
明治26年(1893)大阪市に生まれた。昭和30年(1955)に死去。大正、昭和の詩人、児童文学者で高等小学校卒業後、個人的にフランス語を学び、大正4年、はじめて百田宗治の名で詩集「最初の一人」を刊行した。
2012-02-19
仕事で直江津海岸の親鸞聖人上陸の地の直ぐ横までお客様を迎えに行ったが、少し時間が早いので海岸線に出ると今の時期、珍しく太陽が顔を出し昨夜の新雪に眩しいくらいだ、今から800年前、浄土真宗の開祖、親鸞聖人がここ国府に上陸された海岸線を眺めると、絵画に興味があれば筆を運びたくなる光景だ、この寒空にサーフィンを楽しんでいる若者の姿も見える、いつもは空が鉛色、海は時化で季節風が吹き荒れている海岸線も今日は絵になる光景だ。春から秋にかけて大勢の観光客が訪れるが今は訪れる人はなく、雪に埋まり静まりかえっていた、、、、。 春が待ち遠しい越後の今日この頃である、、、
親鸞聖人上陸の地の案内は = こちら =
2012-02-18
2012-02-17
霞峰丸/JFVQ
重量トン 121,298 トン
全長、 278 メーター
幅、 44 メーター
深さ、 21 メーター
満載喫水 15 メーター
エンジン、 27,600 馬力 (ディーゼル)
航海速力 16 ノット
乗組員、 33 名 (最大39名)
1966年5月28日、日立造船因島工場で竣工(1981年海外へ売却)
春4月20日、ここ堺港で乗船して約5ヶ月9月17日朝、大阪の堺港、関西石油の専用桟橋に着岸した。例により戦場のような忙しさだ、官憲が乗船し、入港手続きが終了すると代理店、本社からの関係者、ポートヘルパー、ポートパーサー、が乗船して直ぐに荷役が始まる、交替者、家族などが乗船してくる、私も交替の次席通信士と事務関係、機器の引き継ぎをし昼には本船での全任務が終了した。
本船での最後の食事、定番のカレーライスだ、入港時は食事の正確な数が解らないのでカレーが多いネ、、士官食堂でキャプテンをはじめ皆に下船の挨拶、セコンドオフィサー(2等航海士)、次席さんがいなくなるとマージャンでカモになる人がいないし、寂しいね、、と、こうだ、、、部員食堂に行きボースン(甲板長)ナンバン(躁機長)司厨長、に挨拶、本船は古い船の為、乗組員の数も多く、賑やかだ。ポートパーサーが海運局に公認の雇止め手続きに行き戻って来た、船員手帳、下船旅費などを貰い何時でも下船出来る、午後の3時過ぎ、通信長に下船の挨拶、タラップまで見送りに来て頂いた、お世話になった霞峰丸を下船した。南海電車、地下鉄御堂筋線、と乗り継ぎ新大阪からタクシーで伊丹空港へ、夜の9時前に5ヶ月振りに我が家に戻った、、、、、。
2012-02-16
3月3日のひな祭りは引っ越しで雛段を飾れないので、今年はママちゃんの、古いレトロな雛段を爺ちゃん、婆ちゃん家に飾りました。昨年5月6日に生まれた真愛ちゃん(まな)は初節句、名前旗も出来たし、準備完了です、、、後はご馳走してもらうだけ、、、、、。
乃愛(のあ)2歳4カ月
どう、、おおきくせいちょうしたでしょう、、!
真愛 (まな) 9ヶ月
ハイハイはじょうずになりました、、、
つたえ歩きもできるよ、、、、
みんな、あたしのこと、声がわるいっていいます、、、失礼しちゃうわ!
みんな、あたしのこと、顔は、五角形だといいます、
そんなの気にしていたら、いきてゆけないって、、 あたし、マイペース、、、
ねむたければ、どこでも、寝る、、、
爺ちゃんは、「この子は、おおものになる」 と言います、、、
2012-02-15
2012-02-14
2012-02-13
今ご当地では連日、市の除雪費が底をついただの、大雪、除雪のニュースが大半を占めるが、今年もあちらこちらで 第87回高田城 百万人観桜会 のポスター(写真)が目に付くように成り、この大雪で気持ちがトーンダウンしていたんだが、少しホットした気分になる。今年は4月6日~22日までの17日間だ、この大雪で桜が咲くのかや、、? 開花が遅れるだろうなー、、! と心配したくなるが、心配したもんじゃないネ、、、、春になればちゃーんと消える、、、それにしても植物は頭が良いね、温度計も無い、カレンダーも無い、何も見えなくても、春が来ると、ちゃーんと開花する、高田公園の桜も毎年の開花は多少の前後は有るが10日と違わない、毎日暖かい日が続けば早く花が咲くってもんじゃーない、寒い日が続き、その後、暖かい日が続くと桜も春を感じ、開花すると言う訳だ、、、今年は意外と開花が早いかもね、、、、、。観桜会のPR用ポスターと言えば桜の花に高田城の三重櫓が描かれたのが定番であったが今年は桜の花に月が描かれている、ポスターから三重櫓が外れたのは10年振りだとか、、、。
第87回を数える観桜会、年々見物客も増えて最近はずっと百万人を突破していたが、昨年は3月11日の東北大震災で規模が縮小され又節約ムードで百万人を割ったが、その分、今年は見物客も増えるだろう、4000本のソメイヨシノが咲き誇り、3000個のボンボリの灯りと共にお堀の水面に映る景観は日本三大夜桜の名に恥じない見事なものであろう、、、、又期間中300を超す露店も建ち並びムードを盛り上げる。この時期、仕事でお客様をお供していると良く聞かれる、 三大夜桜の他の二つは何処だね! 上越市、高田城址公園の夜桜は「日本三大夜桜」 とPRされているが、他の二つは昔(10年 程前)は京都の円山公園、長崎の丸山公園、 だと言っていたが、両者とも桜の規模は 小さく、夜桜はPRしていない為最近は 東京の上野公園、青森県の弘前公園、と 言っている。 しかーしだ! 上野も弘前も日本三大夜桜とは 言っておらず、上越市民の自称のようだ、 いずれにしても上越市の夜桜は規模、内容 からしても日本一といっても過言ではない。 (写真は昨年)
おまんたも、 たまねわどーだね、
高田の夜桜、きれーだでね 見に来てくんなえや、、、
(翻訳、皆様も、たまにはいかがですか、高田の夜桜、綺麗ですから、見に来て下さい)
2012-02-12
折角の休みだが除雪作業で終わりそう、この重労働の除雪作業、せこい話だが、何かを頂けるとか、お金になるとか、、、であれば我慢も出来るが、精々、運動になる、ご飯がおいしく頂ける程度、春になればみんな融けてしまうんだがネ、、、朝の3時過ぎに除雪車が来る、これが問題だ、道路を除雪した、硬く重たい雪を敷地の真口に比例して置いて行く、、3台停めてある車の前にこの重たく硬い雪をどっさりと置いて行くが、どこに文句も言える訳でもない、高齢者に出来る作業ではない、仕事でお年寄りをお供すると口説いておられるが、わかるねー、、、! スノーダンプが足りずホームセンターに行ったが既にどこも売り切れで買う事が出来なかった、こんな季節商品、来年まで手に入らないでしょうね、、、
上越市の積雪は2メーターを越えた、昭和59年から3年間続いた「3年豪雪」時の昭和61年以来、26年ぶりになる。今後も降雪が予想されているが、嫌になっちゃうねー! でも雪が降ると、ニコニコ、
降らないと困る人、業種もあるので複雑だ、、市内でも比較的雪が少ない私のところでも既に2メーター近い、屋根の上は風で雪が飛ばされて少ないが廻りは多いねー、(写真) 家庭菜園も花壇もみーんな雪の下だ、でも未だいい方だ、連日テレビ、新聞などで妙高市の関山、魚沼の津南町が豪雪で報じられているが、市内に34ヶ所の積雪の観測点があるが市内牧区棚広新田では5メーターを突破している、、4メーター以上の地点も何ヶ所もあるこの雪、業種によっては空からお金が降ってくる、、、、,と言われるが、今の時代、石油のように何かに使えないものだろうか、、、。
2012-02-11
2012-02-10
2012-02-09
2012-02-06
昼間の勤務に変わって一番良い事は、ややこしい酔っぱらい客の相手をしないでいい事だ、しかーしだ! 朝の8時過ぎあるスナックに配車、このスナックは大体がややこしいお客が多いんだが、もともと朝まで酒を飲んでいるんだから大体想像はつく、、、、お店のドアーが空いて出てきた50歳前後か、作業服を着て髪を短くした作業員風の男、、、出てくるなり私の顔を見て、、、 おい、なんか文句あっか! とこうだ、 いえー、お客さん、お待たせしました、どうぞ、! 俺、金がね―んだが良いか、タダにしておけや! いえ、お客さん、料金は頂戴しないと、、、 何、この野郎ー! ごちゃごちゃ訳の解らない事を言っているが、 おまえ、幾つだ、、、? ときた、 私は○○歳です、、 すると、人が変わったように、 おら(俺)乗るのやめた、! 内心、おー、結構、結構、金を頂いても乗せたくないわ、、、、 それでは、キャンセルで良いですか、 と尋ねると、 おー、 と一言、、、歳を取っている良い事もあるんだわ! さっさと現場を立ち去ったネ、、、
あるアパートから乗車の40代と思われる女性、以前にも一度、お供した事がある、行き先は結構遠くだ、大雪の話から色々と話し始め、韓国出身との事だ、そー言われればちょっと時々違和感のある日本語だ、市内の山間部の男性と結婚し女の子供が二人、しかし数年前にご主人が病死されてから女手一つで二人の子供を育て一人は大学を卒業して首都圏で社会人として自立、一人は高校生と言う、山間部の田舎の事、冬に成れば慣れない屋根の雪降ろし、色々と近所付き合い、部落のしきたりなど大変であったようだ、子供の高校の通学の事を理由に、家の管理を親戚に頼み今はアパートで子供とワンちゃんと暮らしているが、今は幸せだと言っておられた、、身内もいない異国での慣れない生活、つくずく、いざとなると女は強いなー、、、と感心した。 それにしても聞きもしないのに、他人にあまり話したくない事まで色々と話して聞かせてくれた、、、これも、そうは若くないhamさん、話しやすかったんだろう、、、、歳をとっていると良い事もあるんだわ、!
2012-02-05
2012-02-04
立春とは言え北の国は例年にない大雪に見舞われている今日この頃、、南の国、沖縄では桜の花(緋寒桜、別名カンヒザクラ)が見頃だろう、そろそろ沖縄の桜前線が南下し始めているかな、、、、、(本土と違って沖縄では桜前線は南下する)、後2ヶ月もすればこちらでも桜の開花が告げられる頃だ、、、、、、。 仕事、遊びを含めて10回は沖縄を訪れているだろうか、沖縄を訪ねると大体足が向くところがある、南部の玉城村(現、南城市)にある ” 浜辺の茶屋 ” と言う喫茶店だ、(隣に有名人の家がある)一風変わった造りのここで潮風に吹かれ、海を眺めながらのコーヒーは格別だ、近くに住む後輩曰く、沖縄にはこの様な景色の良いところは幾らでもありますよ、、、 と言われて連れて行かれた軽食喫茶、少し海岸線から入るが木立の間から見える海の景色、思わずため息が出るほどの絶景だ、、ここのベランダのテーブルでコーヒーをすすっていた時にかかっていた 詞、曲 嘉納昌吉 ” 花 ” 、、、この歌を聞いていると身も心も洗われる、、、、、、
2012-02-03
二人で熱を出したり、大雪で家に閉じこもりの日々、、、、
たいくつで、身体が、うずうずします、、ごごから久し振りにはれたので、爺ちゃんが幼稚園に迎えに来ました(きっと、爺ちゃんあたしにあいたかったんだヨ、、、)。 爺ちゃん、婆ちゃん家にあそびに行きました。
爺ちゃんと、ソリであそびました、、
でもさむいし、つめたいし、あたし雪はにがてのようです、、、
今日も爺ちゃんと雪だるまをつくりました、、
前のときよりもじょうずにできました、、、 見て!
そのころ真愛ちゃんは、というと、、
やかましい、おねえちゃんもいないし、、、
あたし、テレビひとりじめで、テレビかんしょうです、、
寒くなったので、いえにはいると、いい―においが、、、
だいどころにいくと、婆ちゃんが、えほう巻き、と言うのをつくっていました、、
あたしも、お手伝いをしようと思いましたが、おなかもすいているし、食べる事にしました、、おいしー!
夜はみんなで豆まきをしました、、、
鬼は、もちろん爺ちゃん、、
(影の声、ちらかっている部屋だネ、、、)
2012-02-01
2012-02-01
2~3日前、仕事で市内の高田地区を通ると道路は消雪用のパイプから出る水で雪はほとんど無いが(写真)屋根を見ると、結構有るねー、この分だと近いうちに一斉の屋根の雪降ろしになるなー、、昨年、一昨年と2年連続で高田地区の一斉雪降ろしが実施された、昨年は雪降ろしがされた後、2月は観測史上もっとも降雨量が少なかった、と言う事は比較的天気の日が多かった訳だ、しかし予報ではまだ2~3日は冬型が続きそう、、市内、高田地区の住宅密集地区では雪降ろしをする場合、大部分の屋根の雪は道路に降ろさないといけない、当然通行の妨げに成る、従って日にちと時間を定めて一斉に屋根の雪降ろしを行う訳である、雪降ろしが終わると重機、ダンプカーなど総動員で一斉に雪の排雪作業に取り掛かる、雪降ろし実施の目安として屋根の積雪が140センチ又は1平方m当たり雪の重量が420Kgと定めている、近年では平成18年が県内は豪雪に見舞われた、この年の高田地区の積雪は162センチ、しかーしだ! 昨日現在の積雪は既に174センチを記録している、市内では34ヶ所の観測地点があるが既に11ヶ所の観測地点で積雪が3メーターを越え22ヶ所の地点で2メーターを越えている、市内牧区棚広新田では515cm、清里区の旧青柳分校で438cm、安塚区須川で410cmを記録している。今週末の4~5日、高田地区の一斉屋根の雪降ろしが実施される事に決まった、市内のあちこちで交通規制が実施される、これが終わってからが又大変だ、生活に影響が出ないように短期間での排雪作業、重機、近隣からのダンプカーも総動員で市内の雪捨て場所までダンプカーで運ぶ、道路の圧雪はダンプの往来で穴だらけに成る、車の運転が仕事のhamさんにとっては、たまらんネ、、、、市内でも比較的雪の少ない私のところでも1メーター近くは有るだろう、、屋根の雪降ろしなんて事に成らないよう、ただ祈るばかり、、、今日は仕事が休み、駐車場の除雪でもしようと思うが、今も雪がもこもこ降っていますって―!
| Sun | Mon | Tue | Wed | Thu | Fri | Sat |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 |