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2009-11-25

[我が故郷] 尾神岳と報尽碑(ほうじんひ)

23日の勤労感謝の日、朝から良い天気だ、、もともとじっとしているのが苦手な性分、かねてより行きたいと思っていた、尾神岳(おがみだけ) (写真左)の報尽碑へ行ってきた。 好きだねー、、! 自分でも思うわ、、、、、、、
吉川区に入り源地区より左に折れどんどん山を登っていく、すでには終わっている、約1時間で中腹の見晴らし荘に到着した。尾神岳は標高757メーターの山だ、日本海、佐渡ヶ島、遠くは能登半島も晴れた日は望める。又スカイスポーツのメッカだ。

尾神岳伝説
神の時代の頃、天照大神が天の岩戸に隠れた時、天手力男命が岩の開いた岩戸を力いっぱい開けた、勢いよく岩は空に飛び、信州に落ちて戸隠山に成ったと言う。しかしこの地では、この岩戸が空で二つに割れ、その一片が尾神岳になったと伝えられている。かってこの山の頂には神を祭る社があった。
地元ではこの小さな岩山こそが飛んできた岩戸だと伝承され、「岩が尾神に落ちたと言う話が伝わるうちに、どこかでその岩が尾神岳だと言うふうに変わった」とも、更に「飛んできた岩は岩戸の尾の部分で『尾神』の名がついた」とも語り継がれている。

見晴らし荘より数10メーター登ると上越市指定の文化財、報尽碑、入口の看板(写真)がある。数年前に道路も綺麗に整備されたようだ。1キロほど進むと10数台は停まれる駐車場があり、階段を登り小高い丘に報尽碑がある。犠牲になられた方のご遺族だろうか、関係者だろうか、綺麗な花、お線香が供えてあった。しかしこの地もあと1カ月もすれば深い雪に覆われ訪れる人もないだろう。私も100年も前の出来事を偲び、そっと手を合わせてきた。
       
報尽碑(ほうじんひ) 
正式には報尽為期碑(ほうじんいごひ)と言う。ご当地、新潟県は、宗祖親鸞聖人の配流の地であり、早くから浄土真宗の発展した地でした。蓮如上人も越後の地に足を運ばれ、江戸時代に入っても貞享2年(1685)に新井掛所(別 院)、享保18年(1733)年に高田掛(別院)が創設されるなど、新潟県は全国でも有数の信心篤い土地と言えます。

明治16年3月12日午後2時頃、川谷村(現、上越市吉川区)の尾神岳の中腹で(写真上)、幅100m長さ約200mの大雪崩が発生しました。この大雪崩に京都東本願寺再建用材(欅の巨木)を運搬していた数十名が巻き込まれ、多数の死傷者が出ました。雪に足場を失い、比較的体力の無い、高齢者、女性、子供が多く犠牲になりました。
近隣の村々ではこの事故を聞きつけるや、人びとが駆けつけて救助作業を始めました。雪を掘り起こし、助け出した人びとの体を、焚き火をおこして暖めました。しかし、一瞬の間に即死された方も多く、この事故は、両堂再建に関わる事故の中で、最大の被害を出したものでした。
27名が殉死し、50名を超す怪我人が出るという稀な大惨事となりました。殉職した27名は、男性が8人、女性が19人で、年齢別では50歳代が2名、40歳代が1名、30歳代が3名、20歳代が1名、10歳代が14名、10歳未満が6名でありました。中に2歳の幼児が2名いました。事故発生当時、2歳の幼い2名は時刻からして午後の授乳時間の頃と推定され、その痛ましさが想像されます。
惨事から4年後、明治20年9月24日に殉難者追善供養の石碑建立が許可され、尾神岳中腹の殉難現場近くに碑が建立されました。しかしその後、この報尽碑の存在は年月とともに忘れ去られていましたが、昭和31年(1956)地元有志による懸命の調査によって、草木に埋もれていた碑が発見されました。以降、地元の人びとによって碑は護持され、両堂再建に賭けた人びとの信仰心を今に伝えています。地元民はこれを報尽碑と呼び、折々殉難者を哀悼しています。
<参考>
実際に尾神岳での欅の巨木の運搬に使用された大橇(そり)が、柿崎町岩手集落(現上越市柿崎区)の円田神社から発見され、歴史の生き証人のようなこの大橇は、昭和36年親鸞聖人700回御遠忌の記念に本山に寄付され、現在は本山で展示されているという。

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コメント

報尽碑に行くまでの道はコンクリートで舗装されていましたね♪
尾神岳には主人の友達達とパラグライダーで数回いきました。


ポチ☆

[返信する] 2009-11-25 12:24:41 - 投稿者: erimi

パラグライダーをやられるんですか、良いですね、、
行った時も数人の人がパラグライダーの練習をやっていました。先生の山本さん、マキ割りをしていましたよ。

[返信する] 2009-11-25 15:57:11 - 投稿者: ham

報侭碑の資料集めでhamさんのページにたどり着きました。
はじめまして。
拝見して関心したことは、故郷(くびき)の歴史を知るうえで大変参考になりました。これからも活用させて頂きたいと存じます。
よろしく、お願いいたします。

私は、現在、報侭碑に関するビデオを検討中です。
事故発生から133年。どのような切り込みにするか悩んでいます。

[返信する] 2016-02-20 10:43:56 - 投稿者: 金谷山のレルヒ : MAIL

金谷さんのレルヒ様

つたないブログにご訪問いただきまして有難うございます。
上越市に生まれ育ち、ひょんな事から地元の名所史跡に
興味を持ち、上越地方の名所史跡を200ヶ所くらい
廻り、ブログにアップしました。

報侭碑に関するビデオ制作を検討中とのこと、大変な
お仕事でしょうね、、どうぞ頑張られて下さいませ。

私は縁がありまして2年前に大分県に引っ越して生活
しております、残された人生をこの地で過ごそうと考えて
おります、、

[返信する] 2016-02-20 21:45:24 - 投稿者: ham

hamさん
返信ありがとうございました。
今は大分にお住まいなのですか。残念です。
近くにお出でならば、いろいろとご教授を頂きたいと思っていました。

ところで、高田町内の寺分布についてご存知ですか。

高田開府に伴い、福島城から高田に移り寺町を構成した。しかし、寺町以外にも多くの寺院が点在し、構えも立派なお寺があります。
私の推測では、殿様が変わる度にお供して高田に移り、空き地を提供されたのではと思っています。

これも高田の歴史探訪と思っていす。

[返信する] 2016-02-22 16:08:35 - 投稿者: 金谷山のレルヒ

福島城から高田城へと変わった時に高田の町を賑やかにする為に直江津のお寺などを高田へ移したようですね。寺町も高田城を守るために城の西側にお寺を集めたようですね、、上越の由緒ある寺院は廻りましたが日本でも寺町のようなところは無いのではないでしょうか、、、

[返信する] 2016-02-24 21:10:19 - 投稿者: ham

hamさん こんばんは
今日、祥月報盡為期碑参拝研修会に参加してきました。
会場は「スカイトピア遊ランド、参加者は50~60人くらいでした。
明日は7時にスカイトピアを出発し、報尽碑参拝に向かいます。

[返信する] 2016-03-11 21:42:20 - 投稿者: 金谷さんのレルヒ

ham さん
おはようございます。
昨日、報尽為期碑参拝に参加してきました。

主催は、真宗大谷派高田教区第12組。参加者は20数名でした。
7時スカイトピアを出発。地元出身者のガイド付きでした。
晴天い恵まれ楽な雪中行軍でした。
報尽碑の前で、僧侶による読経に参加者も声を合わせ供養してきました。
その後、旧街道を通り川谷集落まで行き、迎のバスで11時30分スカイトピアに戻りました。

この一部を、拙いブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/fukai5239/35744723.html
をご覧ください。
今回、参加して、おおよその状況を知ることができました。
これを元に、ビデオ制作には時間が掛かりそうです。

[返信する] 2016-03-13 08:53:51 - 投稿者: 金谷さんのレルヒ

ご参加お疲れ様でした、
慰霊碑には何回か行きましたが、上越地方の人々でも報尽碑の存在を知らない人が多いのではないでしょうか。上越地方には由緒ある史跡が多く存在しますが、行政ももう少しPRに力を入れていただきたいと思いますね、、

[返信する] 2016-03-13 17:08:43 - 投稿者: ham

おはようございます。

今回の地震の影響は如何ですか。
テレビ等ですごさを感じています。

余談ですが、先日、4月9日雪解け後の報尽碑に行って来ました。
駐車場の一部に残雪がある程度で、車で行けました。
途中、尾神のしだれ桜が満開で出店もありました。

[返信する] 2016-04-17 08:54:24 - 投稿者: 金谷山のレルヒ

ご心配をいただき有難うございます。

大分県は今のところ被害は熊本に比べたら少ないですが
段々と震源地が移動しているようでちょっと心配です。

いよいよ雪国も春の訪れで動きが活発になりますね、、
ご当地は新緑が素晴らしい時期です、、、

[返信する] 2016-04-18 06:52:05 - 投稿者: ham

おはようございます

ご無事で安心しました
どのように変化するか不安でしょうがご自愛ください

[返信する] 2016-04-18 08:55:24 - 投稿者: 金谷さんのレルヒ

2年半のご無沙汰です。
お変わりございませんか。
当地は暖冬の影響なのか暖かな12月です。昨日は高田の最高気温は22.7℃と汗ばみました。
南葉山には11月23日に初雪が降りましたが、今は全て消えています。
この度、報尽碑ビデオ「報盡為期碑物語」が漸く完成しました。
当初は、雪中参拝を中心にと思っていましたが、方針を変更し歴史編も組み込みました。
資料調べでhamさんのブログに到達それは2009.11.25日でした。
その後資料は地元の真宗大谷派寺院関係者らご教授をいただきました。
年数が掛かりましたが、何とかまとめる事が出来ました。
御礼とご報告といたします。  ありがとうございました。

[返信する] 2018-12-05 22:06:15 - 投稿者: 金谷山のレルヒ : MAIL

ご無沙汰です、
お陰様でこちらの生活にもすっかり慣れて何とか元気でやっています。
ご当地も今のところ暖冬で27度の夏日でした、、(笑)
「報盡為期碑物語」の完成本当におめでとうございます。
ご苦労されたんでしょうね、大雪崩が発生し大きな被害がでた
事を上越地方の多くの人に知っていただきたいですね、、、

[返信する] 2018-12-06 21:01:12 - 投稿者: ham

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