2017-04-24

[九州ぶらり旅] 伝説の里、高千穂 天岩戸神社 天安河原


天岩戸神社は宮崎県西臼杵郡高千穂町に鎮座し、日本神話(古事記・日本書紀)の中に書かれております天照大御神がお隠れになられた天岩戸と呼ばれる洞窟を御神体として御祀りしており、天岩戸神話の舞台となった場所です。 岩戸川をはさんで西本宮(写真)と東本宮が鎮座し、両社とも天照大御神を御祭神として御祀りしております。なお御神域である天岩屋戸の直拝は社務所にお願いすれば神職による案内がいただける。

 

天岩戸神社西本宮から岩戸川を上流に歩いて約10分で天照大神が岩戸隠れのため天地暗黒となり、八百万神(やおよろずのかみ)がこの天安河原(あまのやすかわはら)に集まり神議されたと伝えられ、この河原の一角に「仰慕窟」(ぎょうぼがいわや)と呼ばれる間口40メーター奥行30メーターの大洞窟 がある(写真)
固定リンク : トラックバック(0)
4おすすめ

2017-04-23

[九州ぶらり旅] 伝説の里 高千穂へ ①



ご当地に転居して4年目になるが、転居当初からお隣宮崎県北部の伝説の里、高千穂を訪れようと思っていたがなかなか機会に恵まれなかった。しかし先月末に交通事故に遭い、毎日整形外科に通院しているが、本来ならば天気がよい日曜日は趣味の山登りに行くところだが、幸か不幸か??今のところ山に登る状況ではない、
”災い転じて福となす” そうだ高千穂に行ってみよう、、、朝から素晴らしい天気だ、07:30家を出発、東九州自動車道を宮崎方面に向かった。佐伯ICから先は延岡南まで高速道は無料区間だ、途中北川ICを下りて 道の駅北川はゆま により休憩、また高速道に乗り延岡JCから高千穂に向かったが高速料金無料と言うのは有難いね、、高速道両側の山々の新緑は青空に映えて素晴らしい、高速道を下りて間もなく日之影町に入りR218号線を高千穂に向かったが時々渡る橋は遥かに高いところを通っている、眼下に綺麗な渓流が見えて素晴らしい眺めで楽しませてくれる。高千穂町に入ると間もなく信号を右折して最初の目的地の天岩戸神社(あまのいわと)に向かった、、、
固定リンク : トラックバック(0)
7おすすめ

2017-04-21

[古い航海日誌 日正丸②] ニューカレドニア ヌーメア観光 ②


海岸でのバーベキューを楽しみ駐在員が手配してくれたバスでヌーメア観光に出かけた。フランス領ニューカレドニアの首都であり最大都市のヌーメアはニューカレドニア本島南部の半島に位置する。南太平洋で最も都市化、産業化された街のひとつと言われている。メラネシアやポリネシアの多くの島からの出稼ぎや移民も多い。首都といっても小さな町だ、車で数十分も走れば端に行ってしまう。バスで高台に行ってみると、それは素晴らしい景色で圧倒される(写真)、何と言っても海の色がちがうね、高台には錆びついた旧日本軍が設置した高射砲が残っている。白い建物にアンテナ群が見える、あれは何だ? 近くに行ってみると毎航通信する Noumea Radio/FJP だ、、、
 

市内の中心部に戻り帰りの通船まで時間があるのでデパートに行ってみた、酒類は船で注文しているので特別に買うものはないんだが、フランスのシャネルの化粧品の香水などを数本買ってみたが特別にあげる人もいないんだがね、、、公園のベンチで掛けているとポリネシア系の現地人の女性2人が寄ってきて、ヤポン? ときた、 シー! と言うと、カメラで写真を撮ってやるか? と言っているようだが、フランス語でチンプンカン、、、一枚撮ってもらい、ついでに二人の写真を撮ってあげると大そう喜んでいた、、
固定リンク : トラックバック(0)
8おすすめ

2017-04-20

[パチリ と一枚] 二百名山 黒姫山


仕事でお供した山好きな客さんに勧められて、故郷より毎日のように目にする南葉山に登り、んー、山もいいねー! 東方向に見える菱ケ岳(1,129m)に登り、やっぱり百名山の越後富士 妙高山に登ってみたいなー! 勤務先の山好きな先輩に頼み一緒に付きあっていただいた。これで少し自信もつき2週間後に一人で二百名山、北信五岳の黒姫山(2,053m)に挑戦した。 コスモスが咲き誇る黒姫高原からスタートし約4時間、眼下に池が見える(写真)へー、こんな高いところに池なんてあるんだ! 何とも神秘的な光景で、すべてが初めての光景だ。
 

スタートして5時間、遂に黒姫山の頂上に着いた。2週間前に登った妙高山、火打山、北アルプスの山々、上信越の山々360度の大パノラマだ、、素晴らしいなー、来てよかったなー、、初めて単独で登った2000メーターを超す山だ、涙が出るほど感激した事を覚えている。


1時間ほど頂上で感激にしたって、予定を変更し峰の大池分岐から火口の伝説の大池、七ッ池に下ったが、こんな高地にこのような光景があるんだ、初めての光景でまたまた感激したね、、、往復9時間30分登山口に戻ってきた、、、

 
2011・9・14
by  ham

 
固定リンク : トラックバック(0)
7おすすめ

2017-04-19

[第2の人生] 鶴邦丸 とんでもない大失敗

ホルムズ海峡を通過した本船はペルシャ湾をクウエートのミナ・アル・アマディ(Mina Al Ahmadi)に向け航行している。ペルシャ湾と言っても広い、少し白波が立っている、そして右舷にはかすかにアジア大陸のイランが見える、夜にはクウエートのアマディーに入港する予定だ。午後のワッチに入り間もなくクウエートの海岸局(Kuwait Radio/9kk)経由で代理店から電報が来た。本船の積地がアマディーからシュワイバ(Ash Shuaybah)に変更になるが東京の本社から未だ正式に連絡が無い、後ほど又連絡する、と言う内容だ。タイピングしてキャプテンに届けると、電文を見てキャプテンはブリッジ(船橋)に上がって行った。そして数時間後に海岸局が本船を呼んできた、国際電報を受信すると、電文の中に I I と言う文字が続いた、外国の海岸局の場合は I が二回 (・・  ・・)はレピートする意味にも使われる事があるんだが、私は次につながる単語からしてそのまま I I(アイ・アイ) と受信した。
当然だが受信した語数が一語多くなる、どうしょう、! 語数により課金される、焦ったがすぐにQSL(受信証)を送信しないで海岸局を待たせて1階下の通信長の部屋に走って行った。通信長は窓のカーテンを閉めて机に座り墨と毛筆で書道の練習中だった、電文を見せて状況を話すと、、これで良いよ、外国の海岸局の場合は語数が合わない事はよくある事だ、、と言う事でタイプで打ってキャプテンのところへ、やれやれ、、

 
16:00に当直が終わり通信長、三席さんと替わりメスルームで夕食を食べて入港前なので無線室に行くとキャプテンが電報を持って無線室に入ってきた。局長、どうもおかしいんだよなー、代理店が言ってる事と、本社が言っていることが違うんだが、、? キャプテンと通信長が電文を見ながら喋っている中で、、ひょっとして先ほどの電報、私の受信間違いではないのか、、でも通信長はあれで良い、と言っていた。不安になってきたが思い切って、通信長、先ほどの電報は、、、、、、、、! と状況を話すと、通信長の顔色が変わったのが判った、すると通信長の口から思いもかけない言葉が、君たちは未だ慣れないのに早く送信するから相手も早く送信してくる、だから間違うんだよ!ときた、、、
なにー、解らなかったからあんたに聞いたんじゃないか、あんたがそれで良いと言ったじゃないか、、、と思い、口から出かかったが、、しかし、定年前のナンバーワン通信長と言われる人だ、じっと堪えて我慢した、キャプテンが、局長、これは責任問題だぜ! そりゃそーだろう、数万トンのタンカーが逆方向ではないが、少なくとも数時間目的地と違う方向に走ったんだ、入港時間が遅れるのは間違いない、I I (アイ)二文字でほぼ反対の意味に変わってしまった、こういう事もあるんだと、つくづく通信の難しさ、重要性を再認識した。外国の海岸局の通信士はモールス符号が下手な人が多いんだが、
結局、積地は初めの通り Mina Al Ahmadi だ、悔しいやら、腹がたつやら、情けないやら、、、すっきりしないねー、、、
固定リンク : トラックバック(0)
10おすすめ

2017-04-18

[新米ドライバー] 調子が出ないねー!

4月も半分を過ぎてしまったが仕事、身体ともに調子が出ないね、、先月末の事故以来まいにち整形外科に通院しているんだが、仕事の朝の忙しい時間帯は避けて、整形外科の午前中の受付が終わる少し前に行くようにしている、比較的に空いていてリハビリもそんなに待たずに治療を受けられる。 しかーしだ!  自分のペースで仕事ができず動く時間も少なくなるので運収はいつもの月に比べると悪いね、、、  自分で決めている月の最低限目標の運収確保は今のところ微妙だね。
事故から間もなく1か月になるが腰(左臀部)の状態はあまり良くない、でも運転時の右足のシビレは随分少なくなってきたし、一時は左に向けなかったり、右足片方だけでは痛くて立てなかったが今はなんとか立てるようになったし、少しずつは回復に向かっているようだが、もう少し時間がかかりそうだな。救急車で運ばれたもう一人の被害者は怪我も大したことがなかったようだ、しかしレンタカーの車はエアーバッグが開きエンジン部分が大破し加害者の車とどうようで、全損でレッカー車で運ばれていった。
固定リンク : トラックバック(0)
7おすすめ

2017-04-17

[街中で見かけた話題、光景] 第92回高田城百万人観桜会






ご当地の桜は今日の雨でほとんどが散ってしまったが、故郷の新潟県上越市の日本三大夜桜で有名な第92回高田城百万人観桜会は大変な人出であったようだ。新潟のタクシー会社に在職中は仕事に山登りに大変お世話になったI先輩から観桜会の写真が送られてきたので、ちょっと故郷の自慢をしたくなりアップしました、、、 ライトアップされた三重櫓と夕方の三重櫓、さくらロードです。

高田公園の桜と花見
陸軍第13師団が高田に設置されるのを記念して、高田の在郷軍人が広く郡内、各町村の軍人に呼びかけて寄付を集め明治42年3月にソメイヨシノの苗2,200本を植えたのが始まりです。総経費は当時のお金で391円60銭であったと言われる。しかし当時この場所に騎兵隊が有り桜の若葉が馬に食べられてしまい、よく育たなかったが、大正3年に成り、ようやく美しい桜の花が咲きそろい、大正6年になり、市民が師団に入り花見をする事が許されました。大正14年に保勝会(現在の観光協会)が出来て10日間、偕行社(かいこうしゃ)「将校集会所」付近まで露店や見せ物興行の入る事などの許可がおり、全国にその美観を宣伝し大正15年(昭和元年)に第1回の観桜会が開催されました。その後、第2次世界大戦で観桜会は一時中断されたが、戦後間もない昭和22年4月、占領下の重苦しさを払いのけるかのように再開され、平成2年4月、「財団法人日本さくらの会」から 桜の名所百選の地 に選ばれました。 現在は4,000本を超す桜が植えられています。高田公園内の陸上競技場入り口に、高田公園の桜の由来を伝える 櫻の碑 が昭和3年11月に建立され名実ともに日本を代表する桜の名所だ。

高田城と三重櫓
上越市(旧高田市)の中心市街地に面積約50ヘクタールの高田公園がある。高田城跡に整備された公園であり、この公園の南西部、本丸跡に三重櫓(写真)が復元され上越市のシンボル的存在になっている。慶長19年(1614)に築城され、明治3年(1870)に火災のため焼失した高田城のシンボル的存在であった三重の櫓を、上越市発足20周年記念事業として、平成5年(1993)に建設され、1,2階は高田城に関する資料の展示、3階は展望室になっています


高田城築城
慶長15年(1610)年2月、福島城主となった松平忠輝は、まもなく国役普請(幕府の命による工事)として高田菩堤ヶ原に高田城を築きました。築城の理由は、加賀の前田家、出羽の上杉家に対抗する為であり、また諸大名に天下普請を命じることにより、経済的圧迫を加えようとしたこと、さらに佐渡金山の支配を強化する為であった事などが考えられます。
慶長19年(1614)年3月、本格的な工事が始まり、仙台城主 伊達政宗、米沢城主 上杉景勝、松本城主 小笠原秀政、谷村城(山梨県都留市)主 鳥居成次をはじめとする13大名が、家康の命令で工事に参加したと言われている。そのうち小笠原秀政と鳥居成次が譜代大名であるほかは全て、外様大名であり、特に松平忠輝の舅(しゅうと)の伊達政宗は、普請最高責任者として自ら陣頭指揮をとりました。
伊達政宗はこの年の7月、8月に各藩の役人や人夫も相次いで引き上げさせたが、このころ城郭がほぼ完成したと見られています。このように松平忠輝は福島城を廃し、竣工わずか約4か月後に新築なった高田城に入りました。築城計画によると、天守台を石垣とし、それ以外は全て土塁とすることに決まっていたが、実際には石垣を構築せず、天守閣も造りませんでした。その理由として、大阪冬の(1614)が迫っていた事と近くに石垣に使う石が無かった事があげられます。南西部に造られた櫓が高田城のシンボルであったと思います。又外堀は自然の河川を利用して作られ非常に幅が広い事が特徴です。築城当初は二重の櫓でしたが、松平光長の時代に地震で崩壊し、三重の櫓を新たに建設しました。
慶長15年の築城、初代城主松平忠輝以来、明治4年(1871)廃藩となるまでの257年間、最後の城主は榊原政敬(さかきばらまさたか)であった。

松平忠輝(1592-1683)

文禄元年(1592)8月、徳川家康の六男として江戸城で 生まれる。家康51歳で母は側室茶阿局(ちゃあのつぼね)です。8歳で伊達政宗の娘五郎八姫と 婚約し、慶長15年(1610)2月、堀氏に替って 越後福島城主となる。慶長19年(1614)高田城を 築いて入城するが、僅か2年後の元和2年(1616)7月忠輝は父である家康により城地を没収され伊勢の朝熊(あさま)現三重県伊勢市、に配流を命じられました。その理由は、忠輝がキリスト教の布教とヨーロッパとの通商貿易に積極的であったことなどにより、江戸幕府の基盤を確立するうえで不安材料とみられたことなどであると思われます。朝熊にとどまること2年、元和4年(1618)3月、飛騨高山城(岐阜県高山市)主 金森重頼に預けられた後、寛永3年(1626)4月、諏訪高島城(長野県諏訪市)主 諏訪頼水に移され、天和3年(1683)7月、92歳で死去するまでの58年間、高島城南の丸で過ごしました。多芸多才のひとであったと言われ 墓所である長野県諏訪市の貞松院月仙寺 には彼の人柄を偲ばせる遺品が数多く残されている。

 
固定リンク : トラックバック(0)
10おすすめ

2017-04-15

[今日の話] 育毛剤

数年前より毎朝洗面台に向かって鏡を見ると、額の部分から頭の中心部にかけて髪が薄くなり頭の表面がずいぶん見えるようになってきた。タクシードライバーになってから仕事中は帽子をかぶっている精もあるかもしれないが、まー長い間人生を歩んできた勲章と思ってあまり気にもしなかったが、ここ数年はいやに気になるようになった。2~3ヶ月くらい前だろうか、相方が、これ使ってみる! と少し残っている育毛剤をくれた。育毛剤もテレビで色々な製品の宣伝をしている。私はこのての商品はまったく興味が無い、悪い事は無いだろうが、テレビで言っているほどの効果はないだろう、、まー中には例外もあるだろうがね、、折角だから面白半分に毎朝洗面の時に頭の髪の薄い部分に数滴たらしてマッサージをしてみた。2週間ほどたったある朝、相方が、あらー、ちょっと髪の毛が生えてきたんじゃないの! と言う。そんな事あるわけないじゃないか、、試しに洗面台の鏡を注意深く覗くと、なるほど額の髪の毛の生え際あたりに細い産毛のような毛がたくさん生えてきているようだ。へー、こんな事ってあるんだ! それからは毎朝と夜、洗髪した時などに育毛剤をつけている、最近は鏡を覗くのも楽しくなってきた。明らかに薄毛で頭の表面が見えていた面積が少なくなってきたね。手で頭に触れても感触ではっきりと解る、、たまたまこの育毛剤が私の頭に合うのかもしえないが、こんなに効果があるとは思わなかったネ、、、
固定リンク : トラックバック(0)
9おすすめ

2017-04-14

[hamさんの日本の歌心の歌] ♪ 夫婦坂 ♪  都はるみ

作詞 : 星野哲郎
作曲 : 市川昭介      
夫婦坂
唄  : 都 はるみ 


 
 

 
固定リンク : トラックバック(0)
8おすすめ

2017-04-13

[古い航海日誌 日正丸②] ニューカレドニア ヌーメア ①


通船で20分ほどでヌーメアの岸壁に着岸した、他に大型の外航船が1隻、荷役作業をしている。当社のヌーメア駐在員が手配してくれたマイクロバスで海水浴場の端に到着した。海岸線には欧州風の高級ホテルが建ち並び、海岸ではビキニ姿の観光客が泳いでいる、ハワイのワイキキ海岸のように観光客がたくさん泳いでいるのと違い、のんびりと高級リゾート地の雰囲気だ、そんな中で我々は、、、、ちょっと場違いな一団に見えるがね、、駐在員が手配してくれた食材でバーベキュウだ、心地よい海風に吹かれて、綺麗な女性のビキニ姿を眺めてのビール、これは最高だわ!!  酔い覚ましに海水パンツに着替えて泳ぐ人、私はビールを飲んで景色を眺めたほうがいい、、、
航海中はそれぞれ当直時間が違うので一緒に飲みかわす事はない、すっかり上機嫌になり、こんどはバスで観光に出かけた、、、
固定リンク : トラックバック(0)
11おすすめ

<< 2017年04月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

TOOLS




現在の閲覧者数:



ブログランキングに参加中
ポチっと押して頂けると
有難いです、 お願い!
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 新潟情報へ

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 大分県情報へ

人気ブログランキングへ





Profile

名前は:ham 
年齢は:爺 ♂
血液型:B型 みずがめ座

辛い事もあったが楽しい事も、、
良い思いも沢山させて頂いた激動の人生、
昔のこと、今の事、自由に綴る我が人生、






Recent Comments

お問い合わせ

RSS

RSS2.0

Access Counter

03833820

QRコード