2009-07-04

[古い航海日誌  清峰丸] 船上の麻雀、、

比較的順調な航海を続け明後日には、北米ワシントン州のエバレットに入港だ。夕食を食べて部屋のベッドにひっくり返り古い週刊誌を見ていると、セーラーのNがドアーをノックして入って来た。次席さん忙しいですか??、、、、、、、、
忙しいかって、見て解らんかい、暇だから古い2回も読んだ週刊誌を読んでるんだ、、、お前、何を言いたいんだよ! いやー、話が解る、麻雀のメンバーが1人足りないんです、あまり麻雀が上手ではない、下手な故、良く誘われる、、、、、、、、止せばいいのに、意志が弱いね!
大きなて をテンパルと、、おい、気をつけろよ、なんてついつい口に出てしまう、、、、又、次席さん何かやってるぜ、気をつけろ、、なんてよく言われる、、どうやら私はテンパルと顔に出るようだな、、勝負師ではないね、
案の定、止せばいいのに今日も大きくやられた、、 (^へ^;) あとのまつり!
よーし、少し稼ごう! なんて人には敵わないわね、

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2009-07-03

[今日の話] 紫陽花ロード、、

朝起きてみると梅雨空、 んー、はっきりしない天気だな!、、ふと、思い出した、昨夜ご乗車いただいた、地元にある大きな会社の幹部3人の会話を盗み聞きした、別に盗む気はないんだが聞こえちゃったんだ。よくご利用いただいている大得意様だ、、社長、今正善寺ダム(写真)の紫陽花、ちょうど見ごろで奇麗だそうですよ、行ってみませんか、、、、、おー、そうか、行ってみたいな、、、、、、

早速に行って来た、以前にも1-2度来た事はあるが、この時期は初めて、正善寺ダムのアジサイ、きれいだよ、、と言う話は前にも聞いた事はある、通称 ”あじさいロード”とも言われているそーだ(写真右)。
なるほど、道路の両脇にアジサイが植えられている。この時期、紫陽花の有名な所はたくさんあるだろうが、それ程規模は大きくはないが見事だね。色々な色の紫陽花が見れる。

7月11日まで夜はライトアップされているそうだ。





    


       
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2009-07-02

[古いスコアカード 第3の人生] 大手メーカーの来店、

店をオープンして毎日が手探りだ、お客さんがおられれば9時でも10時でも店を開けている(2階が住居だから関係ないか)、電話が有れば何時でも出て行く、大分ナンバーの5万円のカローラ(写真)これが我が家のファミリーカー、兼、我が社の営業車、兼作業車だ。日曜日なんて―のは当然無い、
開店して1か月、今の状況だと最低限の生活は何とか出来そうだが、色々と先の事を考えると、とてもじゃないが無理だな、、しかしこれからの仕事だ、頑張ればきっと道が開かれる、、

店がオープンして数週間が経ったある日、1台の東京ナンバーのライトバンが店の前に止まった。背広姿の男が店に入り、無言で店内を見渡し、名刺を差し出した。東証1部上場の大手メーカーの東京営業所係長の肩書のA氏だ。
いやねッ、市内の○○社に来たもんで、ついでに寄りました、、と言う。内心ついでになんか寄ってもらわんでもいいよ、、むかムカ<<>>>¥、、、、、{{・・、、
これが今でも忘れない、第一声だ。しかーしだ、このA氏との出会いが、我が第3の人生に大きな係わりを持つ事に成るとは内心想像もしなかったな、、、。。。、、、・・
私は御社のような大きな会社と取引をする事は考えていないんです、細々とやっていければいいんです! 、、そんなんじゃお店をやる意味がないじゃないですか、、こいつ、ズケズケとものを言う男だな、内心は他のメーカー各社は何れは直接取引をしたいなー、と考えていたが、このメーカーは市内の他店との取引があるので、取引は無理だろうと考えていた。商品のカタログをどっさりと置いて、(内心卸問屋経由では、ほしいカタログもまともに入らない、有るのは売れない機種のカタログばかり、)帰り際、うちと取引するには保証金がいるんです、と言い残して20分位で帰って行った。

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2009-07-01

[新米ドライバー] 梅雨らしい天気、、

今日から7月、朝、目が覚めるとシトシトと雨の音、梅雨らしくなってきたね、、昨日も暑かった、仕事で駅の構内で待機している時は燃料節約の為エンジンを切っている、どうしても我慢が出来なくなったらエンジンをかけ、エアコンを入れる、、他の車もほとんどエンジンを切り窓を開け、中にはウチワ、扇子で涼んでいる、、、炎天下の車の中、暑がりのおいらは堪えるぜ。しかーし今日はその心配は無さそうだな! 朝9時から夜の12時まで驚異の12時間だ、、、、さーて、行って来ますでね!!

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2009-06-30

[新米ドライバー] 大変勉強になった一日

2日間の休みも終わり、今日から又泊を含めて5日間の勤務が始まる、夜半の雨も上がり今日は昼間の勤務、午前中駅前よりご乗車のお客さん、火力発電所建設地まで乗車、大手企業の技術屋さんだ、ほとんど毎週1-2日出張で来られるようだ。一般に技術やは難しそうな人が多いが、このお客さん色々と尋ねると、また丁寧に詳しく教えてくれるんだわ、発電所を太平洋側と日本海側に建設する意味??などなど。お客さん、電力会社は普通の製造業と違って、原料の安い時、暇な時などに多く発電して貯めておくという訳にはいかないんでなかなか難しいですね!、、んー、なかなか良いところに着眼したね、、貯めておく訳にはいかないが火力発電は原子力発電所と違って短時間に発電能力を変えられる、、、、、、、水力、火力、原子力、などなどそれぞれ長所、短所がある、、、、バランスよく造る事ですね、、、、な-るほどね-、

健康管理センターよりご乗車のご年配のお医者さん。運転手さん、もうこの仕事何十年やっているんですか? いえ、お客さん歳はベテランですが仕事は未だ1年ちょっと、新人です、でもこの仕事私に合っている様で楽しいですよ、それは良いことです、仕事をするのに苦痛を感じるのでは駄目です、私は普通の医者が皆嫌がるのが専門で楽しいですよ、だから70歳を過ぎても続けられる、、、、昔の話など色々とお聞かせ頂いた、、一般に気難しい感じの医師が多いんだが、、、こっちがそう思っているだけかもね!


あるホテルから数名の看護師さんが乗車された、どうやらこのホテルで検診が有ったようだな。中年の女性が3人だ、目的地に着くまで喋りっぱなし、
俺にも聞こえているんだが、そんな事まで喋っていいのかねー、と思うがそんな事お構いなし。たまにヤバイ話、Hな話になると、運転手さん、聞こえています? とくる、 いや、聞こえていませんよ! そー、じゃいいわね、内心、えッ、嘘だろう、、本当かよ、、  しいー! ないしょ! 

市内のはずれに配車になった。大手企業の営業マン、九州に出張だそうだ、これ又話好きで、最近の東海道新幹線の話など色々と聞かせて頂いた。
どれも結構な距離、売り上げには成るわ、色々勉強にはなるわ、6月最後の日、大変充実した1日でした。                 来月も頑張るじょー!   

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2009-06-29

[我が故郷] 福島城跡

直江津港の近くに昔、福島城と言うお城が有ったらしい、、お恥ずかしい話この程度の知識で有った。天気に誘われて思い切って行って来た。港町にある古城小学校の西側の校門より校庭に入るとすぐ左側の一角が福島城跡として整備されている(写真)。 ちょうど佐渡汽船乗り場から徒歩で3~4分で行ける距離、待ち時間を利用してちょいと如何ですかな、、、、、

    

室町時代から江戸時代に移る当時の建築形式をもつ典型的な平城、大城郭で有る(写真右)福島城跡は昭和42年(1967)から部分的に発掘調査が行われ石垣の跡や陶磁器片などが出土したが、縄張りの全体像や建造物については判明していない。

  
福島城の歴史
上杉景勝は1598年豊臣秀吉より会津(120万石)に移封(国替え)を命ぜられ、豊臣秀吉の家臣、堀秀治が越前の国より入城、春日山城主となった。
堀氏は春日山城は山城で有り何かと不便であり、この地に築城を始めた。
ところが城が完成しない慶長11年(1606)5月26日堀秀冶が31歳で亡くなってしまい、子供の堀忠俊が11歳で春日山城を廃止して福島城の城主となった。ところが徳川家康も恐れていた家老の堀監物が亡くなると城主の後見人問題で監物の子供、直清と直寄が権力争いをしてしまい。それを知った徳川家康は慶長15年(1610)、堀氏を改易(領地などを取り上げる)とし堀家を潰してしまい、そして家康は同年直系の6男松平忠輝を信州・川中島から移し七十五万石の福島城主とした。外様大名の加賀100万石の前田家と米沢の上杉家を牽制する為の重大な意味があったと言われている。福島城は、慶長12年(1607)に完成したが、同19年に廃城となり、わずか七年間の存在でしかなかったが、時代が室町時代から江戸時代に移る当時の築城形式をしめす典型的な大城郭である。
その間に城主は堀忠俊・松平忠輝の二代にわたったが、いずれも一国一城の越後の城主であった。慶長8年(1603)、徳川家康が江戸幕府を開いてから、天下の諸侯は春日山城のような山城の必要がなくなり、堀氏も春日山城から福島城へ移ったのである。しかし、松平忠輝も四年後の慶長14年(1614)、福島城を廃止し、新たに高田城を築いて移ってしまった。城を移した理由は明らかではないが、毎年、雨季になれば関川、保倉川が氾濫するからだ(城主が波の音がうるさくて眠れないと言う説もある)と言うまことに短命な城であった。福島城跡碑(写真左)の建つ石垣の石は当時の石、である。
徳川家康が恐れていた天下の陪臣(またけらい)3傑
  堀監物直正(堀家) 直江兼続(上杉家) 小早川隆景(毛利家)

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2009-06-28

[新米ドライバー] 久し振りに忙しかった週末、

最近は暇な日が多いんだが、さすがは月末の週末、給料も大体は入ったし、大手企業はボーナスも出たし、、久し振りに忙しかった。こーでなくちゃねー!、、夕方6時半頃からのお客様はほとんどが居酒屋、割烹、など等へ、
そして、8時、9時頃は2次会へ向かうお客様が多い、、、だいたいこのお客さんが問題だ、、、、居酒屋、宴会場へ迎へに行ってもすぐに出てこない、やっと出てきてから又問題だ、、2次会はどこに行く、、俺は帰る、、あそこの店は、ばばーばかりだ、そこはブスが多い、、etc,,,
どーでもいいんだけど、忙しいんで早くしてよ!! と言いたいわ。。。。、、あげくのはて、行先は歩いても行けるすぐ近くのスナック、、、、、いい加減にしろ!  (^へ^) 、、 
そして11時頃より帰宅が始まる、これからが勝負、、思いがけない売上につながる事も、しかーし、、思いがけない、どうにもならない酔っ払い客に遭遇する事も、、、

夜の9時過ぎ、駅前のホテルに配車、行ってみると若いご夫婦に、子供、それとお婆ちゃん、、結婚式の2次会が終わり家に帰ると言う、行き先を聞くと結構遠い山間部だ、国道から県道に入り、どんどん山の中に入って行く、
内心、こんな処に住むの嫌だなー、、そして県道から脇道に入り更に奥へ、、、、、、、、、、、、、、、、
いやー、こんな奥に人家が有るんだろうか??、、そのうちに奥さん、荷物が有るから、下に降りてもらおうか、、、、旦那さん、 いやー、道が狭いし、急な坂だし、、、、???いや、お客さん、道さへ有ればどこにでも行きますよ!、、それじゃ、悪いけど、そこを左へ降りてくれる、、はい!
勿論、街灯なんてのはない、真っ暗、、内心、道なんて無いじゃないの、車のライトでは道は見えない、、?? 恐る恐る左にハンドルを切って1~2メーター行くと、とんでもなく急な下り坂、しかも道幅も車1台ぎりぎり、 参ったなー、、、、
えッ、お客さんこの道行くんですか? えー、右側は崖ですから気を付けて下さい、、道さへ有れば何処へでも行きます、と言った手前、、、??、、
お客さん、このまま行ってもUターン出来ますかね? えー、家の前で何とか。。。。いやー、お客さんには悪いが、俺はこのような処に住むの勘弁だわ、、、でも住めば都かね、、

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2009-06-26

[今日の話] 第2回 上越市 「謙信 兼続」検定

戦国の武将、上杉謙信はご当地の春日山城で生まれ越後守護代として、私利私欲の為でなく、人として生きる正しい道 「義」 の為に戦いました。
その後継者となった上杉景勝は、謙信の義の心を受け継ぎ、家臣のNHK大河ドラマ「天地人」の主人公、直江兼読は兜の前に他人を思いやる仁愛の心を表した 「愛」の文字を掲げ上杉家を支えました。
上杉謙信公、上杉景勝公、直江兼読公、ゆかりの地であるご当地、上越市ではその遺徳、精神を学び、郷土の誇り、愛着を育んで頂く事を目的として、上越市「謙信、兼読」検定 を実施いたします。

と言う事で本年3月第1回検定が行われた。
 平成18年11月24日 申込
 平成19年 3月 2日 受験 
 平成19年 3月19日 発表

ボケ防止に受験し、何とか合格(私が合格するくらいだから簡単)


第2回上越市「謙信、兼続」検定が行われます。
  10月24日(土曜日)
  会場は、上越市、新潟市、 
  受付は7月1日から、

  詳細は、
  上越市「謙信、兼続」検定実行委員会事務局
 


▲尚、今回から前回の合格者を対象に「義の級」も 行われるんだと、
▲前回、同様の4者択一問題の他に記述式の問題も出題されるんだと、
▲合格ラインも80点にアップされるんだと、

合格者には「合格証」 (写真)が与えられる、又お店での商品の購入、飲食店などでの飲食、色々な催しものでの特典などなどが有る、、、、
先日、この特典を利用して 越後上越「天地人博」 2回目行って来た。


どうせ乗りかかった舟、ボケ防止も兼ねて、「義の級」受けてみるつもり、、しかーし今回は前回の様なわけにはいかないだろうなー!

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2009-06-25

[古い航海日誌  清峰丸] 順調な航海です、

房総半島の南端、野島崎を過ぎると日本の島影も段々と遠ざかり、約2週間、見えるのは、 海 海 海 だ。どんどんと北上し千島列島、カムチャッカ半島の遥か沖合を航行中だ、3月とも成ると冬型もだいぶゆるみ、前航の大時化が嘘のようだ。しかし、今度はガスだ、ガスがかかり始めると一寸先が見えない、見えないと言っても、見えるのは海だけだけどさ、、この海域は北米航路、沢山の大型船が行きかう、、レーダーだけが頼り、2台のレーダーがフル稼働だ。故障すると夜中でも起こされる、、頼む!故障しないで!!  レーダーマストに付いている霧笛が鳴っている。 ボーッ! ボーッ!

無線室の時計だ、ちょっと変わっているでしょ! 毎日時報に合わせているので正確だ、 毎時間15分~18分 45分~48分 (赤色)地球上の中波500Khz(主に大型船、海岸局)での電波の発射を中止、聴守する、
毎時間00分~03分 30分~33分 (緑色) 中短波 2091Khz、 2182Khz (主に漁船など小型船、海岸局)での電波の発射を中止、聴守する、そしてその結果をログブック(業務日誌)に記載する。
この時間、この周波数にて、遭難信号、緊急信号、安全信号を送信する事になっている(急を要する場合はこの限りでない)。

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2009-06-24

[古いスコアカード 第3の人生] 念願の、○○○○商会、開店だ!

趣味がこうじて、よし、お店を始めよう!  と決めて約1年、昭和53年9月、遂に開店の日がきた。開店と言っても世間で言う華々しい開店風景は全くなし、
間口が2間半の小さなお店、小さな看板が一つ、勿論、電飾看板なんて―のも無い。東京の卸問屋1社との取引、花環の一つも無い、興味のない人から見れば、何のお店だろうねー、いつ、出来たのかね~! と言う感じだろう。かろうじて入口のガラスに貼ってあるポスターが頼り、、、、

      
お店にはエアコンも無し、これから段々と涼しくなる、来年の夏までには何とかしたいねー、、 ガラスのショーケースもすきすきだが、予算の関係で今は無理、、、、、、、、    (^0^;)
地元にはこの業界では老舗の会社が1社ある、到底ちから比べでは勝ち目はない、しかし、いずれは追いつき、追い越さねばなー、、
オープンして、お客さんが来てくれるんだろうか、、開店時間、カーテンを開けるが誰も開店を待っていてくれる人はいない、、当たり前か~!
開店のDM届いているんだろうかなー?? 数枚戻ってきたが後は戻ってこないところを見ればDMは着いているんだろう。    そして2時間くらいして、 きたー!、、、、、 
初めてのお客さんだ、 感激、、 閉店まで何人かのお客さんが来店、それでも7万円くらいの無線機が1台と小物が少々、、、、まー、こんなもんか。後は様子見のお客さんだ、、レジスターなんてのは当店には無い、印刷されたDMが入ってきた箱(写真右)が当店のレジだ????今でも私の机の引出しの中で小物入れとして活躍している。

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