Mar22
毎月一回、各営業所ごとに全員懇談会と呼ばれるのが開催される。一日24時間、360日動いている仕事なので全員が一堂に会する事は不可能だ、従って行事は二日間にわたって行われ、どちらか都合の良い日に出席する事になっている。私の営業所は毎回、朝の6時半から行われる、ちょっと早いが仕事だ、、一番時間を割くのは、やはり事故だ、今は幸か不幸か全車にカメラが搭載されている。実際の事故を映し出し再現し、事故の原因、どうしたら防げるか、また過失割合等を検証する。長いあいだ運転をしているが知らない事、気が付かなかった事など随分と勉強になる。また明日から心機一転、気合を入れてハンドルを握ろうと思う、、、
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Mar21
長野県の小谷温泉登山口から登り始め約2時間、ようやく荒菅沢(あらすげざわ)に到着だ、やっと半分来たかね、、雪渓を慎重に渡る、、、

 
笹平より雨飾山頂上を臨む、急登が待っているね、、

 

 
 
北アルプスの山々を臨む、、、

 
百名山 雨飾山(1,963m)頂上だ、、、
 
 
2012・7・10
By  ham
 
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Mar20
ボトルシップ作りは焦ってはだめだ、凪で船が揺れていない、気分がのっている時に作業にかかる、朝起きて昼食に行くまでか、夕食後のせいぜい30分から1時間くらいで止めることにしている、今回は乗組員からもらったサントリーレッドの空瓶と私が飲んだハイニッカの空瓶の2本を使った。船体と船台が完成し塗装も終わり帆の作成に取り掛かった、帆は私はガーゼを使い、それにセメダインを塗りパリパリに固めるわけだ、船体には帆やマストを建てる時に使う糸やロープの糸を通す空間を作っておく。船体は外れないように強力な接着剤で空瓶に固定する。瓶の口から長いピンセット、自作の工具を使い糸を付けたマストの竹ひご3本を入れ船体の中を通し、船尾の穴から出した糸を引いてマストを立て、糸を船尾の穴に接着剤で止め、残った糸は針金の先にカッターの刃を付けた工具で切断する。後は外で帆を加工して、丸く瓶に入る太さに丸めて空瓶に入れてピンセット、工具でマストに接着剤で止める、、船尾から出ている不必要な糸を切断し、穴を埋めて塗装し完成だ(写真)、、。市販で売られている品は瓶をカットしてある物が多いね、、、たくさん作ったが、ほとんど他人にあげてしまい残っているのは実家に一個あるだけだ。仕事をリタイヤーしてサンデー毎日にでもなったら又挑戦してみたい気もするがね、、、
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Mar19
今日の日曜日は天気はよさそうだ、予定では墓掃除とお墓参り、その足で国東半島の姫島に行こうと思っていたんだが相方が風邪気味で姫島行きは取りやめ、お墓参りだけは行こうと考えていた。朝目が覚めたが体調がいつもと違う、起き上がろうとするが、めまいがしてダメだ、、少し経てば治るだろう、、今日は日曜日だし少しゆっくり寝ようと1時間ほど布団の中でウトウト、、起きるがやはり目まいがしてダメだ、半年ほど前にもこのような症状があったが暫くすると治り仕事に行ったが、今日は無理だわ! 元気だけがとりえのhamさんだがダウンした、お墓掃除には行かず留守番とした。昼にお墓参りから戻ってきたので軽くパンを1個たべて又布団の中へ、とうとう夕方まで一歩も家を出ず布団のなか、、日曜日になれば毎週毎週山に出かけ疲れがたまっているんだ、と相方は言うが、私は家にぼーっとしているとかえって疲れるような気がするんだが、やっぱり歳かね、、夕方になり何とかパソコンの前に座る元気がでてきた、明日になれば元通りの身体になるだろう、、、
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Mar18
土曜日は一般に暇な日が多い、しかしたまに予期しない長距離が出るのも土曜日だ、いつもはガスの補給は午後にする事が多いんだが土曜日は長距離が出た場合のために午前中に補給するようにしている、折角の長距離の仕事も燃料が無いため行けないほど腹の立つ事は無い。夕方までに何とか一日の最低限の目標は突破したので午後4時を過ぎたし、今日は土曜日だしそろそろ終わりにするかな! 車庫に向かっていると、 チンコン、チンコン 配車だ、モニターを見ると、駅近くの大手企業の通用口 とある。今日は休みの筈だがな、目的地に着くと既に二人の男が待っていた、一人はカバンを持っている、一人はこちらの会社の人のようだ、言葉使いなどから判断して大事なお客様のようだ、内心、こりゃ駅までだな? しかーしだ! 乗車すると、 空港までお願いします! 一般道経由で空港へ向かい始めたが、いやに車が多い、おまけに雨も降り始めてきた、フライト時間に遅れたら大変だ、お客様に事情を話し、高速道経由でよろしいでしょうか? あー良いですよ、確実な方で! と言う事で高速道を空港に向かった。遅くとも2~30分前には空港に着けないといけない、後ろからの警察車両を警戒しながら足を踏ん張り、気合を入れてハンドルを握りバンバン飛ばす、高速道から空港自動車道に入り、よし、ここまで来たら大丈夫だ、スピードを落とし予定通り35分前に空港に到着した。夜の交代者の時間までには戻れない、その旨一報を入れて、どうせ夜の交代者には少し待ってもらう事になる、コンビニへ寄りトイレ休憩し、ついでにコーヒーを一杯飲んで、さー、戻ろうかね! 車庫に戻ると交代者は待っていた、今日は洗車は無で交代者に引き継ぎ終わり。お蔭で二日分の売り上げだ、、先月は空港へ4回行き、今月も空港行きでついてるねー、、、
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Mar16

県南の佐伯市の国木田独歩館を訪ねてきた。国木田独歩は明治4年(1871)8月30日、千葉県銚子市に生まれる(父、国木田專八 母、まん),幼名を亀吉、のちに哲夫と改名した,筆名は独歩、、



国木田独歩は明治26年に佐伯市の鶴谷学館に英語の教師として弟、収二とともに赴任してきた。二人は武家屋敷通りにある坂本永年邸に下宿した。坂本永年は独歩が教師として勤めた鶴谷学館の館長であり、公私ともに面倒をみたと言われる。このような佐伯市と独歩の関わりを彼の過ごした坂本邸で紹介するため建物を修復し国木田独歩館として公開している(写真)、(観覧料 一般200円)、、
 

国木田独歩は佐伯にいた1年足らずの日々を下宿先の坂本邸の2階で過ごした。この間近くの城山をはじめ元越山にも2回ほど登り素晴らしい眺めに涙をしたと言う、また佐伯の自然の中を歩きまわり、周囲の人々と交流をし、これらの経験は後の作品に大きな影響を与えたと言われる、「春の鳥」 「源おじ」 「鹿狩」など佐伯を舞台とする作品も少なくない。佐伯を離れ再上京後は従軍記者を経て雑誌編集などに従事するが明治41年6月23日病死、、明治の文壇に輝く名作を数多く残した。
独歩が下宿先の母屋の2階の窓からいつも元越山を眺めたと言う窓から、在りし日の独歩を偲び眺めてきた、、、(昔の家は2階の天井が低い、チビの私でも頭が天井に当たりそうだ)

 


敷地内には庭園、土蔵(写真上)、井戸(写真下)、裏庭園などが残っている、、、
 
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Mar15
昼食をすませてワッチに入ると、まもなくセイロン島(現スリランカ)のドンドラ岬を通過した。今日で日本とは3時間半近くの時差がある、長崎無線局/JOSの一括呼び出しで本船が呼ばれた、この辺の海域まで来ると日本との通信も結構大変になる。一括呼び出しが終わると大体の周波数でQRY(通信順位)をとるがこれに入らないとこの辺まで来ると通信ができないことがある、2台の受信機をフルに使って16Mhzと22Mhzを聞いて長崎無線局/JOSを呼ぶがなかなか連絡がとれない、少し焦りも出てきた、すると南シナ海を航行中の同じ会社の社船 富士山丸が16Mhzで通信した、同じ会社の船なので船の周波数は同じだ、しめた、このチャンスだ!性根を入れてコールすると JHRF QRY5 と戻ってきた、やったー!そして富士山丸との通信が終わり本船の番だ、JHRF DE JOS QTC2 と呼んできた、2通の電報があるようだ。念のためテープレコーダーをセットして通信をすると1通は本社から、もう一通はセコンドエンジニアー(2等機関士)宛だ、 ○八四○オンナノコウマレタ、ボシトモニゲンキ」ハハ とある。そう言えば2~3日前に昼食の時にあまり喋らないセコンドエンジニアーが珍しく、次席さん、この辺でも日本と連絡が取れるんですか? と聞いてきた事を思い出した、結構大変ですがまだ連絡は取れますよ!夕食に行くときに艫のパッセージで会ったので、セコンドエンジニアー、おめでとうございます! と電報を差し出すと、受け取りすぐに読んでいたが、食堂のテーブルに座ると、いやー、予定日を三日ほど過ぎていたので心配していたんですよ、、あまり喋らないエンジニアーが嬉しいのか口が滑らかだ、セコンドオフィサー(2等航海士)がボーイさんに、 おい、メスさん、冷蔵庫から私のビール2~3本持ってきてくれ!セコンドエンジニアーの初めての子供の出産祝いと言うことでテーブルの6人で祝杯をあげた、。夜のワッチの時にセコンドエンジニアー(2等機関士)が缶ビールを3本持って無線室にやってきた、悪いけど電報お願いします、とメモを持ってきた、日本は夜中だし配達は明日でいいですか、いつでもいいですから、ワッチでも終わったら飲んで! とビールを置いて行った。夜になると長崎無線局/JOSの運用している周波数も少なくなる 13006,5KhzのJORでやっと電報を送信することが出来た。デ今日はなんだか良い仕事をしたような気がするな! ドンドラ岬を通過し、コースを北西にとりアラビア海をオーマン湾に向け航行している、自分と遠くまで来たもんだなー!
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Mar14
仰げば尊し
唄 : 立川澄人
 
 
 

今月に入り市内を走っていると卒業式を迎えた学生、生徒、園児、などの姿を目にする。「仰げば尊し(あおげばとうとし)」文部省唱歌で昭和30年代までは「蛍の光」と並ぶ卒業式ソングの定番であったが、現代は卒業式に歌われる歌は下記のごとく色々だそうだね、、時代の流れを感じずにはおれない、、、

合唱曲 「旅立ちの日に」、 
コブクロ 「桜」
森山直太郎 「さくら」
EXILE 「道」
ゆず 「栄光の架け橋」
いきものがかり 「SAKURA]
ZONE 「卒業」
など等

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Mar13
寝ても起きても360度なにも見えない、見えるのは真っ青な海だけだ、、以前に佐賀関丸に乗船時に甲板部のTさんからボトルシップの作り方を習い10個くらいは作った。全てジョニーウオーカー(スコッチウイスキー)の空瓶を使った、この空瓶は入口と本体の部分の径の差が少ないため比較的に作るのが容易で初心者向きだ。乗組員の一人がサントリーレッドの大びんのウイスキーを飲んでいたので飲み終ったら空瓶をビール1本と交換してもらう事で話が付いていた。そのウイスキーが飲み終えたと言う事で空瓶を頂きさっそくボトルシップ作りに取り掛かった。特別な工具は必要ない、カッターナイフに自作で作った工具が数種類だけ、材料も特別なものは必要ない、セメダイン、ガーゼ、竹ひご、塗装に使うペンキ、あとは無線室にあるものを活用するだけだな、、幸いに小さいころから手先は器用な方だ、なにせ瓶の中で組み立てるわけだ、結構ねばりと根性が必要だな、、、当直中の手が空いている時に船体を作る材木削りから始めサンドペーパーで綺麗に磨き赤と白のペンキで塗装する、、船体の出来上がりだ、、、
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Mar12

天気も良さそうだし、先週に引き続き山行きとなった。今回は県南の佐伯市にある九州百名山の元越山(もとごえさん)と決めた。先週登った彦岳も素晴らしい展望であったが日本屈指の展望峰と言われる元越山は明治時代の文豪、国木田独歩を虜にしたことでも有名だ、また第2次世界大戦後まもなくこちらの調査にあたった地理調査所(現国土地理院)の技官が日本の四大展望地の一つにあげたと言うエピソードもあると言われている、早る気持ちを抑えて登山口に向かった。高速道で佐伯ICを下りて、家を出て1時間ちょっとで木立登山口(写真)に到着だ。駐車場には福岡ナンバーの同年配と思われる男性が準備中だ、登山靴に履き替え準備をしているとやはり福岡ナンバーの車が来た、同年配と思われる男性だ。登山届を記入して出発だ、、、



登り始めて間もなく体が汗ばんできて汗が出始めた、木立の中を登って行く、ホー、ホケキョ、、ウグイスの鳴き声だ、今年初めて聞く鳴き声だね。登山口を出て1時間10分で林道に出て東屋がある展望台だ、ここで10分ほど休憩とした、、、
 

標高こそは581,5メーターと低いがほぼ海抜0メーターからの登りで累計標高差は640mある、しかし比較的に登りやすい登山道で助かった、登山口から約1時間40分で元越山の頂上に立った(写真)、頂上には1等三角点がある、、、
 

頂上からは360度展望でき予想通りの眺めで圧倒された(写真)、九州百名山に選定され、明治の文豪 国木田独歩も元越山をこよなく愛し、下宿先の部屋の窓から眺めていたと言われています。国木田独歩は佐伯に滞在していた間に元越山に 2度登り、「元越山に登る記」にその眺望のすばらしさを記しています。頂上からの眺めは遠く四国の山々・豊後水道・鶴御崎半島から水の子灯台・先週登った彦岳・由布岳・祖母山・傾山・久住連山・阿蘇連山までまさに360度の眺望です。山と渓谷社発行の「展望の良い山全国選抜12」にも選ばれたことからもその眺望の良さがわかります。


残念だが少し靄がかかっていた、私のカメラと腕では表現できないので一番上の写真は問題なさそうなサイトから黙ってパクッテきました (汗) 



頂上には1等三角点、国木田独歩碑文(写真、左)、天側点(写真、右)がある。登山口で一緒だった一人は私は登りの途中で下山されてこられ、もう一人は頂上で休んでおられた、3年前から山を初められ山の魅力に魅せられ九州100名山を達成したいと頑張っているようだがお先に下山された。景色を眺めているともう一つの登山道から地元の佐伯市からの若い3人組が登ってこられ色々と説明して頂いた。間もなく私が登ってきた登山道から私よりも高齢と思われる男性が来られた、横浜から来たとの事だが、驚いたのは山登りが目的ではなく全国の1等三角点を走破、確認が目的だと言う、えー、それって全国で1000か所くらいあるそうじゃないですか?  すると、 えー9○○箇所あるんですよ(細かい数字は忘れた)、大分県には○○箇所(細かい数字は忘れたが10か所くらいだったな)あるんですが、ここで1か所潰したので明日国東半島にある○○山(名前は忘れた)を訪ね大分県は全部制覇したことになりますよ! と持参されている資料を見せて頂いた、 いやたまげたね?? ついでに頂上にある天側点と書かれた石柱の事を訊ねると、これは全国に40か所くらいあるとの事で随分と古い物らしい、、頂上で1時間も楽しみ先に下山を初めたが、帰りは休憩なしで1時間10分くらいで登山口に戻ってきたが、比較的に空気が澄んでいる秋にもう一度ほかの登山口から登ってみたいと思う、、、帰り道、思い立ち国木田独歩記念館に立ち寄ったが何れご紹介したいと思う、、、

 
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良い思いも沢山させて頂いた激動の人生、
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