2009-01-12
[ニュース] 成人式
■家族に感謝、美容師に 母を亡くした神戸・銘田さん
「ママ」が大好きだった。美容専門学校に通う銘田(めいだ)奈津紀さん(20)=神戸市東灘区。あの朝、倒壊した自宅から姉とともに脱出した直後、屋根が崩れた。母のさつきさん=当時(33)=は鏡台の下敷きに。遺体は右目が開いていた。眠らせてあげたくて、まぶたに触れた。
震災後しばらく多可郡中町(現・多可町)の親類宅に疎開した。ときどき母が見えたという。「こっちを見て笑っていたり、学校の噴水のそばに座っていたり。あ、おるわって、安心できた」
神戸に戻り、遺児を支援するあしなが育英会の神戸レインボーハウスに通った。無理に笑う日々だったが、そこでは素直になれた。徐々にママの死を受け入れた。
美容師になり、親を亡くした子どもの髪を切るボランティアをしたい。地震後、祖母に髪の毛を切ってもらったとき、自然と笑顔になれたから。
年末、成人式を前に記念撮影をした。紫色の振り袖姿。祖母が「ママが生きてたらな」と漏らした。いつもなら笑顔を返せるのに、そうできなかった。「大人になったのを、見てほしかった」
祖父母や姉、いとこらと十人で暮らす。どんなときも、周りには支えてくれる人がいた。
「思いやりとか、もらってばっかりだったから、与えられる人になりたい。成人式の日は『ありがとう』しか言えないと思う」(中島摩子)
■励まし自信に、世界へ 支援訴え日本一周、芦屋出身・矢崎さん
震災後に兄と自転車で日本一周をし、被災者支援を呼びかけた芦屋市出身の矢崎直道さん(19)は、立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)で世界の環境・貧困問題を学ぶ。「行動が社会も自分も変えることを震災が教えてくれた」。卒業後は国際社会に活躍の場を求め、渡米するつもりだ。
震災で芦屋の自宅マンションは支柱に亀裂が入った。家族とともに自転車で神戸市長田区の祖父母を見舞った帰り、三宮の辺りでビルが倒壊したのを目撃。それがきっかけで心に傷を負い、小学生になってもトイレに行けなくなった。
日本一周は兄の正道さん(22)が発案。小学三年だった一九九七年の夏休みに出発した。母由美子さん(56)は「達成感が自信につながる」と、旅立ちを見守った。旅先では震災で県外に疎開したお年寄りに励まされたり、車を止め募金してくれる人に出会ったり。「行く先々での応援に後押しされた」。三千三百キロを四十四日間で完走した。
その後、母の知人がいるニュージーランドの高校に進学。自ら話しかけないと生活もままならない海外暮らしをし「一人で生きる自信がついた」と振り返る。
大学で、留学中だった米国出身のジェナ・シューマンさんと出会い、今夏に婚約予定。「将来、二人で貧困や環境問題の解決に役立ちたい」と話す。(増井哲夫)


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