終戦直後、東京・上野駅周辺で路頭に迷っていた戦災孤児たちを旧鷹巣町に受け入れ、世話を続けた北秋田市宮前町、豊村政吉さん(82)が栄養失調などで亡くなった孤児たちの供養の集いを同駅地下道で営んだ。東京大空襲があったのは1945年3月10日。今年で65年を迎えることから、この日を一つの節目とし、孤児や引き揚げ者の援護活動に協力した県内外の関係者らに供養の集い計画を呼び掛けた。沖縄に出征したまま消息不明の兄を捜すため、終戦直後に上京した豊村さんが、上野駅周辺の悲惨な光景に居たたまれず、孤児に声を掛けたのが活動の始まりだった。地元で世話をした孤児の数は、45年12月から60年代半ばまでに300人を超す。

 

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