2010-02-09
[東海] あの世とこの世 その2 (kounotake)
昨日からの続編 ちなみに犬や猫、野生動物のあの世とこの世はよく分かりません。もし人間同様、あの世では似たもの同士の性格の動物が集まりケンカが起きず、そして、この世ではエサの奪い合いや縄張り競争というなら、動物もこの世に修行の為に来てることになります。しかし、動物の修行年数は10年から30年と短いから(亀など長生きする例外的な動物もいるが・・・)人間に比べたら楽である。人間もかつては人生50年と修行時間が短かったが、医学の発達で人生80年となった。しかし、反面、人工呼吸器などで体は自分の意思で動かせず、自分で食べることができない人が、半ば無理矢理生かされている現実もある。自分の意思で歩くことや食べること、しゃべるという意思表示すらできない人が人工呼吸器や流動食などで長生きさせられているのは私、個人的には大反対である。直る見込みが100パーセントあるならまだしも、可能性が0%に近い状態で、一生、自分の意思で食べたり、歩いたり、しゃべったり出来ず、ただ死を待つだけでは本人があまりにかわいそうである。もし野生動物に生まれていれば、こんな無駄な長生きをしなくて済むのである。彼らは医者にかかったり、人工呼吸器をつけられ、無理矢理生かされる機会はないので、その点はうらやましい限りである。また、それが本来の生き方かも。昔は人間も野生動物に近い生き方をしていたのだから・・・・・・・。医学も苦しみを緩和する目的から、長生きさえすれば本人が苦しくてもよいという風潮があるから、無駄な延命措置をとらねばならないと思う。かつて姥捨て山というのがあり、年老いて、病の回復の見込みがない老人を息子が山へ行き、捨てに行き、老人は死を静かに待つというのがあった。ただ、そのやり方だと飢え死にするのに、10日くらいはかかるから簡単には死なない。その証拠に市橋容疑者が2週間近く断食しても生き延びている。一番よいのは尊厳死や安楽死をもっと積極的に実行すべきである。なお、尊厳死や安楽死についての私の考え方はまた明日述べることにする。